刹那の軌跡 【完結】   作:天月白

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魂響―たまゆら―
勾玉同士が触れ合ってたてる微かな音

魂が触れ合い波紋を広げる
それを特務支援課はどう感じただろうか……



第33話 機械仕掛けの魂響

背後から一閃された一撃。

アルクェイドはソレをしゃがんで避けた。

彼は左手を床につけてしゃがみ、一閃は頭の上を空を切る。

やや粘った水に彼の左手が浸かる。

一閃はそのまま先程まで彼が弄っていた端末を真っ二つに裂ける。

裂けた端末は大きな水音を立てながら、ガラクタへと変わる。

アルクェイドはすぐさまソレを行ったモノを見る。

ソレはすぐに背後に飛んだのか距離があり、薄暗い部屋の中でははっきりとは見えない。

パッと見、犬や狼の形状に近い体型の生き物だった。

否、四つ足動物の様な構えを取った何かだった。

だが、そんなことよりもアルクェイドには気になっていることがあった。

 

「この床でどうやって近づいた……?」

 

床には彼の足首まで浸かるほどの粘った液体がある。

なのに、アルクェイドに接近するまで気付かなかった。

つまり、目の前の生き物はこの液体に触れずに近づいてきたということ。

ただの獣にそのような知性はない。

彼の前には異常な獣が殺意を向けて唸り声をあげている。

鋭利な何かは爪か牙だと予想している。

だが、ソレの脅威よりもアルクェイドは獣の知性を警戒していた。

目の前の獣は少なくとも人程の知性と、それを実行する能力があるということ。

獣を警戒してコートからナイフを出そうとコートに手を入れた時だった。

目の前の獣が動き出した。

 

「ちッ」

 

獣の行動でどうやって水音を立てずに近づけた理解した。

獣は壊れたカプセルを踏み台にしながら次々と飛び移りながら駆けている。

カプセルには壊れたときの破片が台座にも乗ってはいるが、全てに微妙な空間が空いているのだ。

 

「常にコイツの通り道ってことか」

 

獣の爪が彼の目の前で一閃する。

ソレをナイフで弾き、獣を後ろに受け流す。

獣は先ほど自ら壊した端末へと乗る。

アルクェイドはバックステップで獣と距離を取る。

だが、粘った水のせいかいつもよりも動きが鈍い。

速さが鈍くなることを獣は知っているのだ。

だから、カプセルの上を動いている。

 

「ソレを経験で知ったのか、知性があるのかは微妙なラインだな……」

 

アルクェイドは獣に知性があると言う結論を一時保留にする。

液体を避けるのは、知性故か経験か、それともこの液体が獣にとって苦手なものなのか。

アルクェイドとしては、最後のであって欲しいのだが……

警戒しつつ獣の動きを見ていると、獣は再び彼に飛び掛ってきた。

獣は再び横に一閃する。

アルクェイドはそれを背後に倒れるように避けるとサマーソルトで獣の顎を蹴る。

彼は一回転せずに倒立のまま体勢を保つと、獣の頭を両足で挟んで床へと叩き付ける。

派手に水音を立てながら獣は液体に浸かり、叩き付ける最中に彼は獣の前足を掴み獣の背後へと捻る。

アルクェイドは獣の前足の感触に違和感を感じながらも捻り上げ、関節が本来曲がらない方向に曲げて骨を折る。

 

「コイツはッッ!?」

 

犬か狼だと思っていた獣は人間だった。

だが、人間にしては歯が牙のように伸びているし、爪も鋭利に長い。

それに驚いたアルクェイドは一瞬獣の手を掴んだ力を微かに緩めてしまった。

その瞬間、獣の腕がアルクェイドの喉元を狙って伸びてきた。

彼はそれを避けるために背後に跳ぶ。

 

「なんだ、コイツ……」

 

アルクェイドは訳が分からなかった。

獣の腕の骨は確かに折ったはずだった。

なのに、それは痛みも感じずに真っすぐ伸びてきた。

痛みだけならまだ分かる。

薬物か原因か、痛覚が死んだか鈍っているかだと思える。

だが、関節でもない箇所から腕が曲がり、アルクェイド目がけて真っすぐ伸びてきたのだ。

しかも、先ほど腕の骨を折ろうとした時に、骨の折れる音が全く聞こえなかったのだ。

 

「骨がない上に、骨くらいの硬度になれる神経か筋肉かってところか……?」

 

どうすれば目の前のような化物が生まれるのか全く理解不能だった。

だが、それに思考を囚われている場合ではない。

アルクェイドは目の前の獣をそういうモノだと認識して対処する。

獣は唸りつつアルクェイドを警戒する。

強者だとアルクェイドを認識し、相手の出方を窺っているようだった。

液体に浸りつつも、先ほどと然程変化が見られないことから苦手なのではなく、動きにくくなるからだと判断した。

アルクェイドとしては、支援課を追いかけることを考えると時間をかけられない。

彼は一気に獣へと迫る。

獣は跳んで避ける。

だが、アルクェイドは獣が跳んだ瞬間にナイフを投げつける。

彼の投げたナイフは獣の肩に突き刺さった。

だが、獣は苦痛に怯むこともなく、更にアルクェイドから距離を取る。

しかし、アルクェイドはそれを許さなかった。

背後に跳ぼうとした獣が動く前に一気に詰め寄り、肩に刺さったナイフを掴むと縦に引き裂いた。

獣の心臓すらも真っ二つに裂け、獣は液体に倒れこむ。

獣はそれでも暫く動こうとしていたが、アルクェイドはそれを見る間もなく、来た穴を跳び上がる。

彼は獣が生き絶えるのを確認せぬままに、支援課を追うために駈け出した。

獣は真っ二つにされたにも関わらず、少しの間藻掻いていたが、しばらくすると動かなくなった。

獣が動かなくなってから数分後。

その死肉に群がる何かが蠢いていた。

蠢く集団は死肉をグチャグチャと貪り食っていた。

 

 

 

 

 

 

 

アルクェイドよりも大分先に進む支援課。

彼らの前にはルバーチェのガルシアが立ち塞がっていた。

各々の武器を構える支援課に対して、ガルシアは無防備だった。

 

「まさか、小僧どもがここまで来るとは思ってもみなかったぞ」

 

厳かな、けれど静かにガルシアは言った。

支援課はそれに応えずに息を飲んで武器を強く握り直す。

 

「通るがいい」

 

ガルシアは短く言い放つと、道の隅へと体を退かす。

 

「え?」

 

「何のつもりだ?」

 

呆気に取られたロイドと、それを怪訝に思うランディ。

ガルシアはもう意味はないと、呟いた。

 

「意味が無い?」

 

「そうだ。

 俺が此処を守る必要も意味も、もうない」

 

ガルシアの言う意味とは何かを探る支援課の面々。

 

「それは、此処迄にルバーチェの構成員が一人もいないことに関係しているのですか?」

 

ティオはここまでに来るまでの違和感を彼に問うた。

ガルシアはそれに答えない。

だが、その沈黙が答えを意味していた。

 

「まさか、マルコーニも……」

 

ランディがそれを察してルバーチェ会長の名を口にした。

 

「あの人は俺の恩人だ。

 恩を返す人も、組織ももうない。

 ルバーチェの生き残りは俺だけだ…………」

 

此処からは見えない空を仰ぎ見るようにガルシアは顔を上に向ける。

 

「一体誰が…………」

 

「死神以外に居るわけがないだろうが」

 

ガルシアはその名を忌々しそうに言う。

だが、怒気は篭っているが言葉に力がない。

 

「俺達は手を出してはいけないものに手を出してしまっていたのさ」

 

それはグノーシスという薬剤に対しての言葉なのか、それとも…………

 

「ともかく、俺がここにいる理由はない」

 

「ならば何故此処にいるんだ?」

 

足止めするつもりが無いのなら此処に立っている意味はない。

それでも、ここに居た理由はひとつ。

 

「義理みたいなものだ」

 

マルコーニが求めたグノーシスという現状を打破出来るかも知れない可能性。

それを与えたものに対しての最低限の義理。

結果的にそれがルバーチェの崩壊を助長していたとしても、彼は礼儀を果たした。

少なくとも、時間稼ぎという義理を。

そして、それを果たした彼は歩き出す。

ガルシアはそのまま支援課の四人の横を通り過ぎる。

 

「これからどうするんだ?」

 

ロイドは前を向いたまま、歩いて行くガルシアに問う。

 

「無論、死神を探す」

 

「死ぬつもりですか?」

 

かつて死神と対峙したことがあるティオが問う。

アレの前に立った時の威圧感と不快感。

それはガルシアには遠く及ばない。

それはガルシアにも分かっているだろう。

それでも、ティオは問いてみたかった。

 

「敵わなくとも一撃でも殴り飛ばしてやる。

 それが俺に出来るあの人への恩返しだ」

 

ガルシアは力の限り握り拳を作る。

それは力のいれ過ぎで震えている。

握った掌から爪で皮膚が裂けたのか、少しだけ血が垂れる。

 

「どんな相手だろうと俺なりに礼はしなくてはならん」

 

それが彼の―ガルシア・ロッシの魂であり、誇りであり、正義だった。

ガルシアはそれだけ言うと、再び歩き始めた。

支援課は彼の歩く音が聞こえなくなるまで、前を向いたまま立っていた。

ガルシアの言葉にそれぞれが何かを感じたようだった。

 

―それが私の想いであり、正義だ。君の正義はなんだ?―

 

数時間前にIBCビルの社長室でディーターに言われた言葉がロイドの頭の中に響いていた。

 

「行こう」

 

「ああ」

 

「ええ」

 

「はい」

 

支援課の四人は再び奥へと歩き出す。

それぞれに何かしらの想いが渦巻いているのを感じながら――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「あはははははははは」

 

空間に不愉快な笑い声が響く。

それと同時に鈍い金属音が鳴る。

二つの人影がとてつもない速度で動いていた。

片方は死神、片方はアルクェイド。

崖が見える場所で死神をアルクェイドが見つけたのだ。

狭い道のど真ん中で、男性が寝転がっていた側で。

男の名前はアーネスト。

かつて、銀の名を騙り、エリィの祖父であるマクダエル現市長を暗殺しようとした男だ。

それが何故、死神に殺されかけていたのかアルクェイドは知らないが、死神を殺すことを最優先で彼は動いた。

そして、現状となっている。

前にアルクェイド自身が言ったように死神はアルクェイドを攻撃しない。

アルクェイドの容赦ない攻撃を全て手で受け流す。

その度に鈍い金属音が鳴り響く。

対して死神はアルクェイドに行動を制限する多少の妨害はすれど、マトモな攻撃は一度もしない。

別に手加減をしているとかいう問題ではない。

死神にとって、アルクェイドは不可侵の存在であり、崇拝すべき神。

故に彼を傷つけるなど、有り得ない。

だが、死神が攻撃しないことがアルクェイドには煩わしかった。

死神が防御に専念しているが故に、アルクェイドもマトモな一撃を入れることが出来ない。

死神の経歴を考えて教団による強化と狂化がされているのは当然。

それだけでなく、バトルセンスも一級品だった。

だからこそ、これまでアルクェイドは死神を殺すことが出来なかった。

本気で全力が出せるなら圧倒して倒せるだろうが、彼には得物がなく、体は疲労している。

故に、アルクェイドは死神にマトモな攻撃を入れることが出来ない。

両者は完全に拮抗している。

まだ前回の時のように疲労がなければアルクェイドが勝つだろう。

しかし、今のアルクェイドは古傷が開き、体力も消耗している。

アルクェイドの体力の限界は近いだろう。

 

「グッ!?」

 

そして、その時が遂に訪れた。

アルクェイドは足元に転がる何かに躓いてしまった。

それはアーネストだった。

すぐさま立て直そうとするアルクェイドだったが、足にガタが来ているのかすぐに膝を付いた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

無理もない。

古傷が開き、レンとリーシャとの戦い、異常な数の機兵の統率に、先程の獣との争い。

先ほど獣との戦闘で、生き絶えるのを確認する前に移動したのは、これからあるだろう戦いに向けて体力を温存するためだった。

もし起き上がれば更に体を酷使することは必至。

だから、一気に戦闘を終わらせて確認する前に移動した。

時間をかければ、無理なく倒せただろうが、彼らに追いつけなければ意味がない。

 

「ヴァヒャーイ」

 

アルクェイドが膝をついている間に死神はすぐに姿を消した。

 

「チッ……」

 

アルクェイドは息を整えるとすぐに立ち上がり、今も転がったままのアーネストを無視して先へと進む。

 

「頭いてえ…………」

 

アルクェイドはそれだけ呟いて先へと進む。

アルクェイドは少しだけフラフラしていた。

体が悲鳴を上げても先に進む。

進まなければならないような気がしていたから、彼らに追いつかなければ、一緒にいなければならないと感じていたから。

アルクェイドは足を動かして先に進むために歩き続ける。

そして、彼は遂に深淵へと辿り着いた。

 

―ああ……これが俺の役目だったのか―




次回で零は終わりかな
やっと半分ですな……
次回はラストバトルとエンディングとやや長いかも…
バトルとエピローグと分けるかも知れませんが

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