支援課の四人がヨアヒム・ギュンターを止めに行ってもう数時間が経とうとしていた。
すでにリーシャとレンは役目は終わったとIBCのビルにはいない。
そのビルに残っているのはエントランスにいるアルクェイドのみ。
キーアも支援課のビルに残るセルゲイへと連れて行かれた。
アルクェイドもデータ回収が終わるとビルから出て、戻ろうとしている時だった。
「―――――」
脳裏に変な光景とノイズが走った気がした。
一瞬しかその違和感は存在せず、特に気にせずに歩き続ける。
湾岸区へと降りる坂の途中で視界に太陽の光が差し込んだ。
もう完全に夜が明けようとしている。
それを眩しく思いつつ歩き続けると、また脳裏に浮かび上がる光景。
今度はしっかりと、その光景が何なのか知覚出来た。
「ッ」
それが何を表しているのか分からないが、それに映る人物たちを求めて、彼らがいる方向に目を向ける。
けれど、それも数秒。
またアルクェイドは歩き始める。
―助けて―
湾岸区の中を歩き、黒月の事務所の前に止まる。
数秒見ると、背を向けてまた歩き始める。
―助けて―
また脳裏に光景が浮かぶ。
今度は少女が泣き叫ぶシーンだった。
日の光から察して、今から数時間後だろう。
―助けて―
今度は最初の光景が浮かぶ。
異形の化物にそれの前に倒れる四人。
四人の体は傷だらけで、血も大量に流れている。
武器の刃は欠け、スタッフの柄は折れ、銃は壊れ、トンファーは片方は持ち主から遠くに転がっている。
―助けて―
化物が止めと言わんばかりにエネルギーを収束させていく。
そんな中で、ボロボロになりながらも立ち上がる少年の姿が見えた。
―助けて―
「ぐッ……」
アルクェイドは頭が割れるように痛む。
体が動かず、そのまま壁に凭れるようにずり落ちる。
「くはッ……オゥエ……」
胃の中の物を吐き出す。
なければ胃液を、唾液を、そして血を。
すでにもう足の感覚はない。
まるで元から無いような気がする。
それを確かめるように足に目をやる。
「なんで……だッッ!」
その足はまるで子供のような足をしていた。
次の瞬間にはそれが段々と腐り始める。
「おいッッ!」
そして、足の肉が腐り、落ちて、しまいには骨が見え始める。
「どうな…ってんだ!」
しかもそれが段々腰へと近づいていく。
腰も子供のように小さくなり、肉が腐り、落ちて、骨が見える。
尋常ではない痛みが体に走るが、それが気にならないほどに異常な光景が目の前にある。
腐り落ちた肉は消えているし、足の骨も半分くらい消えている。
カラスが啄んだ?
犬が持ち去った?
有り得ない。
そんなモノは視界に入ってないし、何よりも腐った肉の臭いがしない。
異常な現象は止まらない。
もう胸の下にまで腐敗が侵食してきている。
―助けて―
そんな状況でも脳裏に浮かぶ光景は見える。
立ち上がった少年に目掛けてエネルギーが放たれる。
そして、白い閃光に少年が包まれた瞬間。
アルクェイドの体は全て消え去った。
「――――ッッ!?」
アルクェイドはソファから飛び起きた。
そんな彼を寝転がっていたレンが吃驚した顔で見ていた。
アルクェイドはすぐさま自らの体を見る。
そこにはちゃんと体があるし、小さくもなっていないし、腐ってもいない。
「ふぅ……」
アルクェイドは深い息を吐くと力なくソファに凭れる。
「どうしたの?」
そんなアルクェイドを見てレンは問う。
「…………なんでもない」
アルクェイドは短く答えると時間を確かめた。
それはロイドたちにヨアヒムの情報を伝えた45分後だった。
ロイドたち支援課は太陽の砦に向けて出発した。
アルクェイドの機兵がなくなったことで、少なくとも砦までに障害は存在しないだろう。
彼らがIBCのビルを出てから既に数十分が過ぎていた。
「今頃砦に着いた頃かしら?」
「そうじゃないかな」
最上階から外を眺めていた二人は砦の方を見ていた。
リーシャは今も犬の仮面をしていた。
アルクェイドは今この場にはいない。
「あれ?
アルは何処に行ったの?」
先程まで、この場に居たはずの彼はいつの間にかいなくなっていた。
辺りを見渡しても姿は見当たらない。
「それにキーアちゃんの姿もありません」
「まさか……」
彼が自ら否定した言葉をするとは思えない。
だが、その可能性がないわけでもない。
それに、アルクェイドの暗示も完全に解けたわけではない。
彼が内容を全て把握していない可能性もあるし、暗示がそれだけとは限らないのだ。
二人はこの場にいない彼らの姿を探し始めた。
何処かの階の何処かの部屋、彼らはいた。
「ごめんなさい」
キーアは虚空に向けて謝った。
しかし、少女以外に誰もいない。
「ひっく……えうっ……」
キーアは遂に泣き出してしまった。
これから何が起こるのか、それを知っているからこそ、彼女は泣き出してしまった。
これから起きることはそういうものだったし、そうなる原因を創ったのは他でもない彼女なのだから。
そうして泣いていると、部屋の扉が開いた。
「どうしたの?」
リーシャが扉を開いて泣いている彼女を見つけた。
リーシャはキーアに歩み寄り、彼女を優しく抱きとめた。
「大丈夫よ、ロイドさんたちは負けないよ」
少女を励ますように言うと、キーアは首を振った。
「そうじゃないの……
ロイドたちのことじゃないの……」
「皆のところに戻りましょう。
皆と一緒に入れば安心だから」
そう言って、リーシャは彼女を抱えて部屋から出る。
部屋を出たところで疑問が思い浮かんだ。
「あれ?
キーアちゃんを探しに来たんだっけ……?」
目的の人物がいない気がするような感覚に陥ったが、他に誰もいなかった。
誰か忘れているような気もしたが、結局それが誰なのか分からなかった。
「彼らは大分潜っているか……」
砦内に侵入して最初の通路を抜ければ、下へと降りる螺旋階段と呼ぶには中央の空間が広すぎる階段と穴が存在していた。
その穴は覗き込んでも下が全く見えない闇に覆われていた。
アルクェイドはそのまま階段を使わずに、穴へと飛び降りた。
一気に降下して地面が見えたところで杭を投げて引っ掛ける。
繋がれた鎖を利用して速度を緩めて地面へと着地した。
その時に鎖が軋む音が予想以上に大きい気がした。
「ガタがきているのかもな」
アルクェイドは鎖の調子を確かめつつ、先へと進む。
それから幾分か進んだところで違和感に気づいた。
「血の匂いが濃すぎる」
支援課が戦ったと思われる魔獣の臭いだけではない。
鉄の錆びたような臭いが立ち込めていた。
「こっちか?」
それは奥へと進む道ではない。
だが、異常なほどの臭いはそちらの方からしていた。
アルクェイドはそちらへと足を進めた。
「これは…………」
まず最初に見えたのは壁や床に黒くなった液体。
否、ソレは血だ。
血の中の鉄分が酸化して黒く変色しているのだ。
そして、小型の魔獣に食い散らかされている腕等の肉片。
その血肉に群がる魔獣を蹴飛ばして更に進む。
アルクェイドが一歩進むごとに、ぐちゃぐちと、柔らかいものが潰れる音がする。
腐臭がしていないところを見ると、死後からそう時間は経っていないようだ。
「こいつらが死ぬ前に支援課は先に行ったということか……」
突き当たりまで進むとアルクェイドはそういう結論に達した。
そこに到るまでにまともな形で残っていた死体はなかった。
腕は幾重にも切られ、足は変な方向に折り曲げられ、顔は苦痛と恐怖に歪み、目が抉られているものもあるし、脳がぶちまけられている物もあった。
「支援課がコレと出会わなくて正解だな」
彼らにはこの惨状は耐えられないだろう。
そして、先に進もうと振り向いた時だった。
「ん?」
足音が少しだけおかしい場所があった。
それを確かめるために、何度かわざと大きな音を立てる。
そして、そこの下は空洞になっていることに気づいた。
「ここか!」
アルクェイドは右手の義手で思いっきりその場所を殴った。
すると、床は砕け散り、空洞が見えた。
砕けた床は空洞へと落ちていき、ピチャピチャと水音がした。
だが、水と呼ぶにはえらく粘ったような感じがした。
そこからは先ほど以上の血の匂いが漂ってきた。
アルクェイドは戸惑わずにすぐさまそこへ飛び降りた。
「これは……!?」
飛び降りたアルクェイドが辺りを見渡すと、そこに立ち並ぶのは人が入れそうな大きさのカプセルが並んでいた。
そのカプセルの全てが、砕け、中の物をぶち撒けていた。
それらの状態から見ると、カプセルが壊れたのは大分前のようだった。
だが、アルクェイドはそこに違和感を感じていた。
「床の液体は何故残っている?」
仮にこの床の液体がカプセルから出たのならば、すでに気化していないとおかしい。
この廊下の湿度はそれほど高くはない。
ならば、液体が零れたのはつい最近か、ただの液体の通り道になっているかだ。
そう考えて、アルクェイドは廊下の先に進む。
しばらく進むと、一つの端末が存在していた。
アルクェイドは迷わずそれを起動させる。
最近まで使われていたのか、すぐに起動し内容を見ることが出来た。
幾つもの項目がある中で、最近開かれた形跡があるものを開く。
「ここに記すはデッドの内容とす」
■■■■の悲願の達成となる素体生成。
素体生成には幾つもの障害があり、未だに達成は出来ていない。
だが、ようやくその素体と成れる■■■■■■を生み出すことに成功した。
しかし、それはあくまで素体であり、これからの展望は未知数である。
そこで、私はその素体のコピーを生成することにした。
以下、元の素体をオリジナル、コピーをデッドと記す。
デッドはオリジナルほど素体に向いているわけではない。
だが、デッドにはオリジナルほどの自意識はない。
あくまで力を使用するだけならデッドのほうが使い勝手はいいだろう。
だが、■■■■はデッドを認めようとはしないだろう。
何故ならば、自意識があるとないでは■■■■の悲願を達成するか否かの重要な点だからだ。
そのために私はデッドを■■■■から秘匿した。
この部屋は仕掛けが作動しなければ入れないし、何よりも侵入者撃退する■■も存在している。
よって、私はこの部屋にデッドを秘匿することにした。
「ここからが最近追加された内容か」
初めてデッドが目を開いた。
デッドがオリジナルのように自意識が芽生えたということなのだろうか?
だが、デッドに呼びかけても痛みを与えても反応はしない。
自意識ではなく、生体反応が活発になったということだろう。
それから数日後、デッドが私の呼ぶ声に反応するようになった。
はっきりと認識することは出来ないが、デッドと呼ぶと目が微かに私が呼ぶ方に向くのだ。
この数日でデッドは生命体として著しい成長を見せている。
それが喜ばしいことなのか、面倒な事なのかはまだ分からない。
私にとって重要なのは、力を行使するのに影響がないかどうかだ。
だが、その力も未だ使うことは出来ない。
なんという事だろうか!
デッドを初めてカプセルから出した時に素晴らしいことが起きた!
私がデッドの腕を掴んだ瞬間、知らないイメージが脳裏に浮かんだ。
それは■■■■■■■■■だったのだ!
これから私は■■■■のことまで知ることになった!
これが■■■■の悲願の力の片鱗なのだろうか!
デッドは私のいうことを聞くことが出来るまで成長した。
これからはこの施設に篭る必要すらないだろう。
よって、ここは閉鎖することにする。
とはいえ、もしもの場合に備えてこの施設は残すことにする。
■■を残しておけば問題無いだろう。
「誰かの日記か…………」
アルクェイドがそれを読み終わり、呟いた時だった。
彼の後ろから鋭利な何かが一閃された。