刹那の軌跡 【完結】   作:天月白

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指が動く動く。
此処数日は書くスピードが異常に早いです。
やはり感想が来ると異常にモチベが上がりますね。
この勢いで零は終わらせてしまいたい……


第30話 機械仕掛けの幸不幸

ここで少し、幸福と不幸について考えてみよう。

幸福とは幸せ、すなわち満ち足りているということだろう。

ならば、不幸とは欠けているものがあるということだろう。

人は得ることと失うことで幸不幸を判断する。

これはあながち間違いではないだろう。

大切な人―例えば、家族や恋人を得れば幸せに繋がるだろう。

反対に、家族や恋人を失えば悲しみになるだろう。

失うことは不幸に繋がる。

故に人は幸せになることを願い、なるために何かを得ようとする。

では、何かを得ることも、失うことも、元から決められていたらどうなるだろうか。

幸せな者は幸せな者になるとして、不幸な者は不幸な者として。

敗者は敗者になるべくして生まれ、勝者は勝者になることを決められて生まれる。

生ける物、死す物に差はなく、全て決められていたらどうなる。

勝つこと負けること、奪うこと奪われること、生けること死すこと。

この世の全てが何かによって決められ、それを全てそうせざるをえないということ。

もしそうならば、この世に自由というものはなく、その何かの奴隷でしか無い。

何かを選ぶときに選んでいるのではなく、選ばさせられている。

その事実に気づいたとき、それはどんな気分だろうか。

これまで歩んできた人生に意味はなく、得た物失った物に価値はなく、勝者でなければ敗者でもない。

何かの気分によって悉くが意味がなくなってしまう。

さて、仮にソレに気づいた場合、気付いた者は何を望むだろうか。

全てに絶望し死を選ぶか、ソレを壊すために画策するだろうか。

気付いた者は後者を選んだ。

自分の歩んできた人生を意味あるモノへとするために。

だが、何かの力は強大すぎる。

故に彼は考えた。

どうすればソレを壊せるのだろうかと。

そして、彼は結論を出した。

何かの力で何かを壊せばいいのだと。

今までの人生を価値あるモノにするために、奴隷のままでは居たくないために、アルクェイド・ヴァンガードは何かの力を得ることに決めた。

誰にも気付かれないように、何かにすら気付かれないように、全てが終わったときに壊してやろうと決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レンがアルクェイドに顔を近づけ、唇が触れようとした瞬間、アルクェイドは一気に後ろに跳び下がった。

体に鋼糸が絡まっていることも厭わずに跳び、服は裂け、幾箇所も肉体が裂けて血が滲む。

 

「ッッッッッ!?」

 

アルクェイドは目を見開かせてレンを見る。

その目には虚ろではなく、正気だった。

 

「もう、後少しだったのに……」

 

レンはその様をとても可笑しそうに、少し残念そうに笑って言う。

彼女の背後にいるリーシャすらも、彼女の行動を信じれずに呆然としている。

 

「おまっえ、い、いきなり何しようとしやがる!?」

 

「何って決まってるじゃない。

 キスよ、キス。

 ベーゼって言ったほうがいいかしら?」

 

「どっちでも一緒だろうが……」

 

アルクェイドは頭痛がすると言わんばかりにコメカミを抑える。

そして、溜め息をつきながら気怠そうに力を抜く。

 

「おい、リーシャもボケッとしてないでさっさとこれを外してくれないか?」

 

未だに体に纏わり付く鋼糸を軽く持ち上げて言う。

 

「え、あ、はい」

 

キス一歩前までの行動を他人に見せていたというのに、アルクェイドの態度は一切気にした風がない。

そのことに若干戸惑いながらもリーシャはアルクェイドに近寄って鋼糸を外していく。

 

「あの………」

 

「ん、なんだ?」

 

リーシャが鋼糸を外している間、体の細部の調子を確かめているアルクェイドに向かってリーシャは問うた。

 

「ケイく…アルクェイドさんはあの娘とデキているんですか?」

 

「デキている?

 どういう意味だ?」

 

彼女の言っている意味が分からずにアルクェイドは首を傾げる。

 

「だから、その…………」

 

「私とアルが好き合っている―恋人同士なのかって聞いてるのよ」

 

核心に迫れないリーシャの代わりにレンがとてもいい笑顔で言う。

 

「はああああァァァッッッッ!!?」

 

「きゃあっ!?」

 

レンの言葉にアルクェイドは今までしたことがないような素っ頓狂な声を上げた。

リーシャは耳元でそんな大声を上げられてビックリしてしまった。

 

「はぁ…………」

 

大きなため息をつきながら、全ての鋼糸と鉤爪が外れたアルクェイドは立ち上がる。

 

「お前もコイツの冗談を真に受けるな」

 

しゃがんだままのリーシャの頭を軽く叩いてから、レンの方に歩いて行く。

 

「もう、私は冗談であんなことを……イタっ」

 

レンが全てを言い切る前にアルクェイドがレンの頭を指で弾く。

 

「相変わらずお前はませすぎだ」

 

「ところで……」

 

「あん?」

 

リーシャから呼びかけられてアルクェイドは振り向いた。

 

「アルクェイドさんにかけられていた暗示ってのは一体なんですか?」

 

「そうよ、私もそれが気になってるの。

 カンパネルラも知っているし、誰にかけられたの?」

 

「アイツが教えたのかよ……」

 

アルクェイドの脳裏にはカンパネルラが笑う様が簡単に想像できた。

 

「まぁ、色々ブレてたみたいだからいいがな」

 

アルクェイドは暗示で行動していたときのこともちゃんと記憶していた。

ただ、少しだけ気になることがなくも無いのだが…………

 

「俺の暗示はある意思に対しての上書きを行うようにしていた。

 レンは知っているだろうが、俺が特殊な組織を壊滅させていたことがある。

 それは暗示をかける原因が理由だ。

 俺にそういう組織を壊滅させるように行動させられていたことに気づいたんだ」

 

「させられていた?

 一体何のために誰が?」

 

「そこまでは知らん。

 だが、何かを強制させられているのはいけ好かないから暗示をそれに上書きさせた。

 そういう意志が介入したときに発動して、外に出ないようにする暗示をな」

 

「じゃあ、アルが異様なほど外に出なかったのは……」

 

それはつまり、その意志がほぼずっと介入していたという事実に他ならない。

 

「じゃあ、最近はどうなのですか?」

 

「さぁな。

 ワイスマンが死んでからかけ直していないし、それに……」

 

「それに?」

 

暗示のブレよりもアルクェイドはあの時の脳裏に浮かんだヨルグの顔が頭の隅から消えなかった。

それが気になっていたが、考えても解は出ない。

 

「いや、なんでもない。

 病院の医師―ヨアヒムだったか?

 そいつが意志を介入させてきているのは分かった。

 そいつがあの娘を欲しがっていたから操られている振りをして連れていこうとしていた」

 

「あの娘をね……

 でも何のために?」

 

「アイツは気分がいいと勝手に暴露してくれるから連れていこうとしてたんだけどな?」

 

「でも、ここまでする必要はないんじゃないかしら?」

 

市内への入り口に転がったままの機兵に目をやってから、ジト目でアルクェイドを見るレン。

 

「なんだろうな、抑えが効かなかったとしか言いようがない」

 

「抑えが?」

 

レンがオウム返しに聞き返してもアルクェイドは遠い目をして答えない。

彼は微かに頭を振って二人を見る。

 

「まぁ、ヨアヒムは彼らに任してもいいだろう」

 

「支援課に、ですか。

 いいんじゃないでしょうか」

 

「アルに啖呵を切ったのだから、そのくらいの気概は見せてもらわないとね」

 

「決まったところで、奴らに伝えに行くか」

 

「そうね」

 

先にアルクェイドが歩き出し、レンが左腕に抱きついて続く。

それに少しだけ間を空けてリーシャが続く。

 

「あ、そうだ」

 

何かに気づいたようにアルクェイドはリーシャに振り返る。

 

「敬語は止めろって言っただろ」

 

「すみま……ごめん」

 

少しだけ望んでいた言葉と違う事を言われて微かに肩を落とすリーシャ。

少しだけ俯いた彼女を見たアルクェイドは微かに笑う。

 

「ククッ、アルかケイで構わないぞ」

 

「ッ!」

 

そう言われてリーシャはすぐに顔を上げる。

言われた言葉の意味することを理解してリーシャもレンと同じようにアルクェイドに向かって駆ける。

 

「おいッ!?」

 

いきなりの衝撃にアルクェイドは少しだけよろめいた。

リーシャの行動にレンも呆気に取られていた。

 

「うん、ケイ君!」

 

満面の笑みで、リーシャはアルクェイドの右腕に抱きついていた。


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