刹那の軌跡 【完結】   作:天月白

30 / 86
第28話 機械仕掛けの仮面

「………………」

 

重苦しい空気の中で支援課と二人の少女は口を閉ざす。

アルクェイドが投げてきたファイルにはとある教団の資料が挟まれていた。

その中で気になる情報が三つ。

一つはその教団の被験者のリスト。

一つはその被験者に対して行ったこと及び結果。

一つはグノーシスと呼ばれる蒼い錠剤の性能及び副作用。

どれもこれもが普通に看過できないものであった。

 

「レンちゃんもわたしと同じだったのですね」

 

リストを軽く目を通して見つけた三人の資料。

一人は言葉を発したティオ・プラトー。

一人は呼びかけられたレン・ヘイワース。

 

「わたしもあなたも、助けられていたのね、アルに…」

 

レンはその事実よりも気になる最後の一人の資料を睨んでいた。

 

「死神、ですか…………」

 

あの時、顔を剥いで見えた顔は資料に載っているものと全く同じだった。

無論、目は狂気が宿っておらず、一見では同一とは見えない。

けれど、それ以外はまるで同じだった。

 

「わたしも漸く理解しました。

 お友達という言葉の意味を……

 確かにあの時に一緒にいたんです。

 アルさんがわたしの前に来た時に、死神も同じ部屋に」

 

ティオは思い出していた。

あの時、アルクェイドが敵から逃げるときに一人の研究者が言っていた言葉を。

 

 

「くそ、あいつはなんなんだ。

 おい、コイツらを別の部屋に入れておけ」

 

その言葉の意味を。

あの時に彼の行動を見ていたのは自分だけではなかった。

あの時の事が自分にとって救いであったように、死神にとっては神に等しい光景だったのだ。

 

「なぁ、君たちは一体何者なんだ?」

 

ロイドは遂にその疑問を口にした。

今まで幾度と感じたその疑問。

けれど、迂闊に触れてはいけないことだと分かっていたから触れはしなかった。

否、触れようとしてもアルクェイドが先手を打って触れさせようとしなかったのだ。

けれど、そのアルクェイドはここにいない。

 

「…………蛇って組織を知っているかしら?」

 

「いや、知らないな」

 

「私もよ」

 

支援課の面々は首を振る。

二人ほどは何も発言も行動もしていないが。

 

「そこの課長さんは聞いたことがあるんじゃないかしら?」

 

「課長が?」

 

「…………………」

 

今まで何も発言しなかった課長を全員が見る。

セルゲイ課長は目を閉じたまま暫くタバコを咥えていた。

 

「はぁ………」

 

そして、長い息を吐く。

セルゲイはタバコを灰皿に押し付けて火を消す。

 

「蛇―――身食らう蛇(ウロボロス)と言う組織は噂程度で聞いたことがある。

 彼らは何処にでもいて、何処にでも潜んでいる。

 全ての国の中枢だったり、市民だったり、軍人にも紛れている。

 彼らは何時でも何処でも現れる、とな……」

 

「あながち間違いではないわね。

 アルも私もその組織の一員なの。

 私はだったという過去形だけど……

 正直な話、今のアルの立場は良く分からないけど。

 もっとも、私が今、蛇に所属していたとしても、蛇の計画なのか違うのか真偽は分からないけれど」

 

「分からない?」

 

「ええ。

 誰が味方かは分かっても、それがどんな風に関わっているのかは分からない。

 だって、私達が動くために計画の全貌を知らされている訳じゃないの。

 執行者(レギオン)は言われたことをやればいいだけ、それがどんな過程だろうと結果がそうなればいいだけ。

 仮にやりたくないことなら断っても問題ないしね」

 

「組織に所属しているのに?」

 

「私がやらなくても他の誰かがやるだけよ。

 勝手に組織を抜けても構わないし、口封じに消されるわけでもないもの」

 

つまりはそれだけ蛇の組織は強大で底が見えないことに他ならない。

 

「蛇という組織はね、執行者がどう動くかもある程度予測しているのよ。

 だから、私達が好き勝手動いても蛇にとっては関係ないのよ」

 

「………………」

 

あまりにも異常な組織を知り、各々は口を開けない。

 

「でも、レンちゃんみたいな小さな娘までそんな組織にいたなんて……」

 

「別に珍しくはないわよ。

 ある組織では警戒心を抱かないという理由で孤児を集めて殺人をさせるとこもあるわよ。

 10にも満たない子どもが政治家を暗殺したりね」

 

「そんな………」

 

「勘違いしてるかも知れないけれど、私は別に後悔なんてしてないわよ?

 アルに助けてもらったことには感謝もしているし、一緒に行動できたし楽しかったわ。

 ただ、少し運が悪かったから楽園に連れて行かれたけど、そのおかげでアルに出会えた。

 だから―――――」

 

レンはそこまで言って大きく息を吸う。

 

「――――アルには恩返しをしなくちゃいけない。

 だから、それを手伝って欲しいの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「眠れ、この世界は腐っている」

 

クロスベルは深い霧に包まれていく。

街の至る所にアルクェイドは機械を配置させる。

その機械は霧を大量に吐き出している。

街の人々はその霧を疑問に思う前に、霧を吸い込むと建物の中に入り昏倒する。

 

「邪魔が入る前に、今のうちに消しておく」

 

薄く目を開き、支援課の建物を睨む。

彼の手には鎖と杭が既に握られている。

彼の回りには多くの機兵。

外から邪魔が入らないように、街の出入口には警備隊が封鎖していた。

警備隊もヨアヒムが与えたグノーシスに侵されていた。

 

「構わないだろう?

 それが誓いなのだから」

 

邪魔をするなと、彼は睨む。

彼の後ろには一際大きい機兵が佇んでいた。

 

「黙れ」

 

アルクェイドは一際冷たい声で言う。

 

「時期早尚だろうがなんだろうが、こんな世界は認めない。

 奴隷のままなど認められん。

 だから全てを壊す」

 

アルクェイドはゆっくりと右手を掲げる。

右手から耳鳴りのようなキーンとした音が広がると、機兵は動き始めた。

アルクェイドは大きな機兵の肩に跳び乗る。

その機兵は飛び上がり、上空へと舞う。

 

―全ては零に起因する―

 

何かに呼応するかのようにクロスベルに鐘の音が響いたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「手伝い?」

 

「それは構わないけれど、何をするの?」

 

「それは――――」

 

レンが答えようとした時、外から音が聞こえた。

 

「みんな、伏せて!」

 

その言葉を言い終える寸前に、窓から無数の銃弾が侵入し、銃撃音が鳴り響いた。

レンが言わなければ、伏せるのが遅れ、誰かが怪我をしていた可能性が少なくなかった。

銃撃音が止むと同時にカランカランと音を立てながら窓から何かが放り込まれた。

バシュッという音がすると、室内にスモークが立ち込める。

 

「煙幕か!?」

 

そして、ドアや窓から音を立てながら何かが侵入してくる。

 

「この音は……」

 

レンが頭を上げて、音の原因を確かめるために目を向けると幾つもの機兵の姿が確認できた。

 

「アルの機械人形兵器(オーバルマペット)!」

 

ある機兵は斧を振り上げ、ある機兵は槍を繰り出す。

室内の備品を砕きつつ、近づいてくる。

 

「逃げるぞ!」

 

ランディはハルバートを振り、最前列の機兵を纏めて吹き飛ばす。

 

「早くキーアちゃんを!」

 

吹き飛んだ機兵を避けるために飛び上がった機兵をエリィが撃ち抜いた。

 

「全てを凍らせる、アブソリュート・ゼロ!」

 

ティオはオーバルスタッフを駆使して全ての機兵を凍らせる。

 

「今のうちです、裏口から逃げましょう」

 

「ごめんね、アル!」

 

レンは纏めて凍った機兵に向けて鎌を投げる。

鎌は機兵を幾つも切り裂きつつ弧を描く。

ロイドがキーアを抱えて裏口に向けて走りだす。

 

「たまには俺も動いてやるか」

 

セルゲイは壊れた機兵を踏み越えてやってくる機兵に弾丸をぶち込みつつ言う。

 

「ここは俺に任せて、全てを片付けてこい」

 

「はい!」

 

ロイドたちはセルゲイを背に駆け出した。

裏口を蹴破り、道に出る。

しかし、そこにも少数ではあるが機兵が配備されていた。

 

「砕けなさい!」

 

レンが走りつつ鎌を一閃。

数体を纏めてガラクタへと変える。

 

「こっちにもいるのかよ」

 

ハルバートで機兵を叩き潰しながら言う。

手前の機兵を潰した先にも無数の機兵が見える。

 

「こっちです」

 

一部機兵の数が少なく見える東へと一同は進む。

それでも機兵が多数に追撃を仕掛けてくる。

銃器の使用はほぼなくなってきているが、斧や剣など近接の系の武器で攻撃してくる。

とはいえ、エリィの銃やティオのアーツで足止めされ、レンやランディに破砕されていく。

中央広場を抜けて、東通りを走る。

 

「やばいわね」

 

「え?」

 

この現状にレンが呟いた。

 

「この機兵の配置、仕掛けている傾向…………

 アルに誘導されているわ」

 

「なんだと!?」

 

言いながらも背後から迫る機兵を叩き潰して、東街道へと出た。

 

「そんな…………」

 

「こいつは……」

 

レンはソレを見上げて呟いた。

その視線に釣られるように見上げると月明かりを遮る物が見える。

今までの機兵とは比べ物にはならないほどの威圧感。

支援課のビルにすら匹敵する大きさの物は人形だった。

 

「アルの巨大人形兵器(オーバーマペット)神の尖兵(アインヘリアル)!!」

 

一同は武器を構える。

だが、その人形は微塵も動かない。

エリィが今のうちと言わんばかりに発砲するが、耳障りな音がするだけで欠片も傷も与えられない。

ランディがハルバート振るっても弾かれるのみ。

だが、それでも人形は反応しない。

 

「………動かない、何故?」

 

動かない事にレンは訝しむが冷たい人形は動かない。

 

「それに、アルもいない?

 一体何処へ?」

 

人形と共にいるだろうと思っていたアルクェイドもいない。

レンの頭が浮かぶ次々の疑問に自問自答している間も、支援課は人形に攻撃を加えるが有効打どころかカスリ傷すら与えられない。

その間に、後ろからは機兵がやってくる音がしていた。

レンがいち早くその音に気づいて振り返ると、隊列を組んで尋常じゃない数の機兵が存在していた。

その中にはある機兵は腕が片方なかったり、下部しかなかったりと、破壊してきた機兵も紛れていた。

その機兵たちは街道に出る前に全て立ち止まった。

 

「やはり動かないか」

 

その時、上空から声が聞こえた。

振り返っていたレンは勢い良く人形の肩を見る。

そこには人形と共にいるときにはいつも乗っている彼の姿が見えた。

道化の仮面をした彼の姿が――――

 

「何が足りないのか……

 パテル=マテルとどう違うのか……」

 

「あ……あぁ……」

 

完璧な自律(人間のような)行動はどうすればいいのか……」

 

そこまで言ってアルクェイドは首を振る。

そして、キーアを睨む。

 

「アル!!」

 

「さぁ、そいつをよこせ」

 

レンの声には応えずに、アルクェイドはキーアを冷たい目で見続けている。

そして、ゆっくりと右手をキーアへ向ける。

 

「安心しろ、ちゃんと返してやるから」

 

それだけの言葉でゾッとする寒気が支援課を襲う。

 

「断る!」

 

確固たる意志で発言したのは、姿勢を見せたのはロイドが最初だった。

それに続いて、エリィ、ティオ、ランディと次々に意志を見せていく。

レンには、それを見てアルクェイドは笑った様に見えた。

レンはただただ戸惑っていた。

彼が彼女を狙う理由も、状況も分からない。

だけど、一つだけ分かっていることがある。

そして、少しだけ目を閉じると、決意したように声を上げる。

 

「アル!」

 

その声に応えるようにアルクェイドはレンへと顔を向ける。

だが、その続きを言うことは叶わなかった。

人形の両足の間を一台の車が突き抜けてきた。

支援課の前に横滑りになって止まった。

 

「早く乗りたまえ!」

 

それはディーター・クロイスの車だった。

支援課の面々は乗り込んでいく。

 

「君も早く!」

 

ディーターは動かないレンを見て言う。

だけど、彼女は横に首を振る。

 

「私は彼に用事があるの」

 

「だが!」

 

それでもレンは動かない。

ディーターは歯がゆそうにしながらも車を急発進させた。

レンはその車を横目で見送りつつ、風にスミレ色の髪を棚引かせる。

一同を乗せた車は機兵を蹴散らして突き進む。

恐らくIBCに向かったことだろう。

車の駆動音も聞こえなくなり、辺りは静かになる。

レンはゆっくりとアルクェイドの方に鎌を向ける。

 

「ここで、アルには恩を返すわ。

 私は貴方と対等にありたいの。

 だから――――――」

 

アルクェイドはその言葉を静かに聞く。

微塵も動かずに、じっとして。

 

「カンパネルラの与えた、その仮面を叩き割ってあげる!」

 

高らかに声を上げて、レンとアルクェイドは同時に跳んだ。

レンはアルクェイドを目指して。

アルクェイドはレンに向かって飛び降りる。

そして、アルクェイドの杭とレンの鎌が交差して金属音を響かせる。

ここに、アルクェイドとレンの戦いが開幕した。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。