第1話 機械仕掛けの銀時計
帝国との国境の境に設置されたベルガート門と呼ばれる関所。
「漸く着いたか」
そこを通り、クロスベルへと向かうと思われる男がいた。
帝国からクロスベルへ入ろうと、今まで乗ってきた物から降りて窓口へと歩いた。
通門審査票に書き込み、窓口嬢へと手渡す。
「お名前はアルクェイド・ヴァンガードさんですね?」
「あぁ」
「通門目的は帰宅……
場所は……ローゼンベルグ工房?」
「何か問題でもあるか?」
帰る場所に首を傾げられた事に、疑問を持ち訪ね返す。
「い、いえ……
あの、あなたが人形作りで有名な人なんですか?」
少し狼狽えながら、窓口嬢は目の前の男へ聞く。
クロスベルのローゼンベルグ工房と言えば誰もが知るほど有名だ。
アンティーク人形で有名な人物がそこにいるという噂だ。
そこで作られた人形はマニアが桁外れなミラを出して欲しがるという。
そこに帰るとなると聞きたくなることだろう。
そうでなくとも彼女は警備隊の一員だ。
目の前にサングラスをして、黒い生地に深紅の歯車の刺繍がされたコートを着ている男がいたら不信に思い、話しかけるのは当然だろう。
「違う」
「そ、そうですか、しっ失礼しました」
冷たく否定された言葉に彼女は慌てて頭を下げる。
「もう通っても良いか?」
「はっはい、どうぞ!」
アルクェイドはそれを聞くとここまで乗ってきた物に戻っていった。
乗り物に近づいて行くと恐らくそれが有る場所を中心に人の円が出来ていた。
-また何時ものことか
それを煩わしく思いながらも戸惑いなく歩いていく。
そこに集まっている人を掻き分けながら歩む。
「人の物に纏わり付かないでくれないか?」
「これはあなたの物ですか?」
乗り物の場所まで行くと一人の警備服を着た少女が立っていた。
「そうだが、それが何か?」
「あなたのコレは何でしょうか?
一見、タイアが有ることから乗用車の一つだと思うのですがこういう形は見たことないです」
「
二輪車だから色々面倒だが、その分便利ではある」
「いえ、そういう意味ではなくて……」
「ああ、法律上の問題か?
一応一般乗用車として登録もしてあるし規律も守っている」
「そうですか、それは失礼しました」
それを警備隊の少女は敬礼して謝罪をする。
「気にしないでくれ、いつものことだ。
……あー、えーっと……」
「私はノエル・シーカーといいます。
階級は曹長です」
「と言う訳だ、曹長。
もう行ってもいいか?」
「はい、結構です」
アルクェイドはオーバーサイクルに跨ってエンジンをかけた。
一定のエンジンの駆動音と心地良い振動がアルクェイドの体に伝わっていく。
「あぁ、そうだ、余計な手間をかけた手間賃だ。
二つ渡すから、窓口の奴にも一つ渡しておいてくれ」
そう言ってアルクェイドは、腰に付けたバッグから無造作に丸い銀色の物を二つノエルに投げ渡した。
同じ物が幾つも入っているのか、手を入れた時にガチャガチャと音がした。
ノエルが慌てて受け取るのを見ると一気に加速して瞬く間に姿が小さくなっていった。
「彼は一体誰なんでしょうか?」
ノエルは突然の行動にも驚きながら、その後姿を見送った。
彼の姿が見えなくなるまで呆然としていた。
彼女は手元にある、先ほど投げ渡された物を見るとすぐさま驚愕した。
「えっ!?
コレって……」
銀のチェーンに結ばれたそれはある機械だった。
そこに刻まれた盾と翼を組み合わされた紋章の上にVの文字。
これは世界で有名な銀細工のエンブレムだった。
それは誰が造っているのか、どこに住んで居るのかさえ謎に包まれた作品だった。
ある時は裏社会のオークションで、ある時は田舎町の露天商の中に……
売られている場所すらも不特定で、出品者は知らない奴から買ったと言う。
オークションではその国の大物だったり、露天商では前から居た浮浪者や捨て子から買ったという。
作られた物は様々で、何かの像であったり、時計だったり、アクセサリーだったりする。
有名な芸術作品はある種の法則性が必ず存在する。
絵ならば書く対象、細工ならば造る種類といった風に。
それは各個人の誇りや求める物が起因するからだ。
こういう天才と呼ばれる狂人は、何かを極めることで産まれる。
その何かに重点、誇りとして揺るぎない物が存在するからだ。
故にそれを根底に置いた統一性があるはずなのだ。
しかし、これは何も統一性が無いのだ。
敢えて法則性を上げるならば素材が銀と言うことだけ。
何故制作者が個人だと分かった理由は全ての品に小さい深紅の歯車とその上にAと刻まれていたからだ。
そして、一番の謎はどうしてそれが有名になったのか……だ。
それはこのエンブレムを刻まれた最初の品が原因だった。
最初の品は5年前にある捨て子が質の悪い商品に売ったことが始まりだった。
その捨て子がある日、目覚めるとその紋章が刻まれたペンダントを握っていた。
それを見た捨て子は、ある優しい人が価値ある物をくれたのだと喜んだ。
その捨て子は大はしゃぎで近くで開いている露天商に売りにいった。
その露天商は物を見る目があったのか、捨て子の持っているペンダントがとても価値ある物だと思った。
しかし、意地悪な露天商は数十ミラで捨て子から買い取った。
思った程ではないと思った捨て子だったが、数十ミラも渡されると駆け足で去っていった。
それにほくそ笑んだ露天商はそれを数万ミラで売りに出した。
しかし、流石に高すぎたのか、その日はそれは売れなかった。
少ししょぼくれながらも帰った露天商だったが、次の日から現れなくなった。
数日後、不思議に思った捨て子は、人に聞いてみるとペンダントを売った次の日にバラバラ死体で見つかったという。
それに驚いた捨て子だったが、次の日目覚めると、手に死んだ露天商に売ったはずのペンダントがあった。
また誰かがくれたと思った捨て子は売ろうとしたが、あの露天商は既にいなくなっている。
仕方なく、捨て子はペンダントを首からかけながら街を歩いていた。
すると、捨て子は老婆から声をかけられた。
「坊や、良いペンダントをしておるね。
それを売っては貰えぬかの?」
声をかけてきた老婆は街で有名な人で、アクセサリーを集めるのが趣味で世界中から集めていると噂だった。
捨て子は喜んで売ると数万ミラも手渡された。
ペンダントがそれ以上の価値があると見た老婆は捨て子を遠い町の孤児院に連れて行った。
孤児院に連れて行かれた捨て子は今もその老婆と交流を保ちながら、孤児院で暮らしている。
それ以降、度々世界にそのエンブレムの品が至る所に出回り始めた。
その品々はわざと価格を低く買うと購買者が謎の死を迎えることが幾度も起きた。
その品々は曰わく品として世に出回った。
裏社会のオークションで売られている理由はそれだった。
芸術作品としても価値が高いとされるそれらは、買うものが後を絶たない。
そして今から3年前に表社会にも出回り始めた。
それはアクセサリーなどの小物を主に、IBCが売り始めたのだ。
それも子供のお小遣いで買える値段でだ。
これは裏社会に大きな影響を与えた。
普通の品が世界に出回ったことで曰わく品の価値が下がったのだ。
それを原因に世界中の有名人が制作者を捜したが何も情報が得れなかったのだった。
そして本の1ヶ月前にまた新たな品が出回った。
それは
銀時計サイズの細工で開くとモニターとスイッチが数個ある。
モニター内で好きな動物が飼えるという物だった。
これは特に女性に大いに売れた。
10種類のタイプがあり、それぞれ飼えるものが違う。
一つのタイプに3種類のペットが飼える。
しかし、これは数がとても少なく、一番人気のタイプは数十万ミラで取り引きされている。
ノエルの受け取った銀細工はそれだった。
「銀の翼と盾、それに深紅の歯車……
それに、これはオーバーペットの一番人気タイプ!?
間違いなく本物のアルゲントゥム製品!
本当に何者……?」
軽く投げ渡されたそれを落とさないように気を付けながらもアルクェイドが消えた方角を眺めていた。
四肢の魔獣事件を調べている特務支援課。
その四人はマインツへと向かう途中にあるローゼンベルグ工房前へと着いていた。
「ローゼンブルグ工房……?」
「あぁ、此処が……」
がっちりと閉められた鉄の柵に提げられている看板の文字を読むとエリィが納得するように呟いた。
「あら、お兄さんたちだぁれ?」
彼らの後ろにスミレ色をした髪のゴシック調のドレスを来た少女が立っていた。
「君は?」
「あら、レディの名前を聞くときはまず自分から名乗るものよ?」
「ははっ、意外にませているじゃないか、お嬢ちゃん」
「こらランディ、俺はロイド」
「エリィよ、よろしくね」
ロイドの自己紹介を皮切りに次々と名を名乗る。
「レンよ、よろしくね」
レンはドレスの裾を軽く摘み上げてお辞儀をする。
ロイドたちはレンに最近起こっている魔獣事件について聞いてみたが此処に来たばかりで何も知らないとのこと。
工房の主も居ないことをレンは言うとロイド達は立ち去ることに決めた。
「それじゃ、何かあったらいつでも頼ってくれよ?」
「じゃあ、早速だけど、聞いてもいいかしら?」
ロイドの言葉にレンは訪ねてみた。
「空のように蒼い髪と海のように深い青の目をしたお兄さんを知らないかしら?」
「いや、知らないな……
皆は知っているか?」
「いや、俺も知らねえな」
「私もよ」
「……私もです」
「蒼い髪ってティオ助みたいな色なのか?」
「いえ、もうちょっと濃い色よ。
色々と目立つ人だから知っていると思ったのだけど……」
「君のお兄さんかい?」
「いいえ、でもそんな感じかしら」
兄と言われてくすくすと可笑しそうにレンは笑う。
「お兄さんたちが知らないならまだ帰って来てないのかも」
「一人で大丈夫なの?」
「大丈夫よ、レンはお姉さんだから一人でお留守番出来るわ。
それじゃあね、支援課のお兄さんたち」
そう言ってレンは鉄門を潜って行った。
レンが通ると門は独りでに閉まってしまった。
「なぁ、俺たちって支援課のこと言ってないよな」
「あっ」
「クロスベルタイムズを読んで知ってたんじゃないのか?」
「そうなのかもね」
「それにしても蒼い髪ですか……」
「お、ティオ助、気になってるのか?」
ランディが何処かニヤニヤとした顔でティオに尋ねる。
「いえ、自分と同じ髪色と言われて気になっただけです。
決して、ランディさんが想像したようなことではありません」
彼らは和気藹々と談笑しながら分かれ道へと降りていった。
西クロスベル街道から市内を通り、マインツ山道を通る。
その途中に現れる魔獣たちを旨く避けながら道を突き進むオーバーサイクル。
「この辺も大分整備されたな」
今ではバスも通る道は完璧に石畳へと整備されている。
土のように大きな振動にならずに細かい振動がアルクェイドの体に快い揺れを与える。
途中、クロスベル市内の整備のされ方はやや異常とアルクェイドは思った。
他の国を見てきたからこそ、何か違和感を感じていた。
「まぁ、俺には関係ないか。
そういや、今はクソジジイが居ないんだっけか……」
山の中腹に来た辺りでローゼンベルグ工房の方から四人組が歩いてくるのが見えた。
「ん?
うちの客にあんな奴らいたか?
アルカンシエルの新人か?」
ローゼンブルグはクロスベルの劇場の機械の作成から調整まで受け持っている。
それの関係あるとアルクェイドは思った。
「なぁ、君たち。
うちに何か用事か?」
アルクェイドは丁度全ての階段を降りてきたロイドたちに話しかけた。
「はい?」
「今ローゼンブルグから歩いてきただろう?」
「そうですけど……」
「おい、なんだこれは?」
「分かりません、乗用車のように走って来ましたけど……」
ランディとティオがアルクェイドのオーバーサイクルに興味を示した。
「空のように蒼い髪に海のように深い青の目……
レンちゃんの言っていた人かしら?」
「レンを知っているのか?」
「ええ、先程工房前で会いました」
それを聞くとアルクェイドはオーバーサイクルのハンドルの下に嵌っている何かを弄り出した。
「はい、何かしら?」
するとそこから先程ロイドたちが出会ったレンの声がした。
「帰っているなら連絡しろって俺が言えた立場じゃないな」
「その通りよ、分かっているじゃない。
それよりも早く帰ってきてもらえないかしら?
もう3日も待っているのだけれど……」
「ちっ、もういい、すぐ行く」
「早くしてね。
そうそう、近くにいる支援課のお兄さんたちにお礼を言っておいて」
それを告げるとレンの声はしなくなった。
「だ、そうだ」
「えっと、今のは……?」
「通信機を使った通話だが?」
「いえ、そういう意味じゃなくて……」
「なぁなぁ、それよりもよ。
兄さんが乗っているそれを教えてくれよ」
「そうですね、私も気になります。
こんなの見たことがありません」
ランディとティオは目を輝かせていた。
「オーバーサイクルだ。
また後で工房に来るといい。
その時に詳しく解説してやろう。
今は五月蝿い娘が待っているのでね」
「あのませた嬢ちゃんか」
「分かりました、明日にでも早速寄らさせていただきます」
ランディ、ティオだけでなくロイドたちも目の前のモノに興味津々だったが、今は事件を追っていることを忘れてはいなかった。
事件を優先させるために彼らは再びマインツへと向かい始めた。
「支援課……特務支援課か……
Bが興味を持った1つか。
一人、いや二人か。
赤毛ともう一人、血の臭いがするな。
ロイド・バニングス、リベールの時の奴に比べると分かり難いな。
まぁ、アレは馬鹿みたいに分り易すぎただけか」
彼らの後ろ姿を見ながらアルクェイドは苦笑しながら、彼らの後ろを姿を眺めていた。
そして再び、エンジンをかけるとオーバーサイクルは階段を物ともせずに登り始めた。