さぁ、誓いを果たそう
それが俺の生きる目的であり、意味なのだから
たとえ、それが強制であろうとも
誓いは果たさねばならない
それが対価なのだから――――
「何よ、これ……」
ギルドへと担ぎ込んだアルクェイドの止血をしようと服を破いたエステルは驚愕した。
アルクェイドの胸から異常な量の血が流れ、今はある程度収まっているが、上半身は赤黒く染まっている。
何よりも、アルクェイドの体は数カ所機械が埋め込まれていた。
最初は胸当てか何か思ったが、外れないところを見る限り、埋め込まれている。
それも長年そのままなのではないかと思えるほど、ボロボロで傷が幾多も刻まれている。
そして、それは機械だけでなく、生身の体にも細かい傷が多数存在していた。
中でも一番酷いを思えるのが、肩から斜めに切り込まれている傷だった。
サイズ的には決して大きくはない。
だが、かなり深く抉られていることは分かる。
それも、かなり歪でめちゃくちゃな力加減で抉られていた。
「とにかく手当しないと、エステル包帯とかを持ってきて」
「う、うん」
気になることは多々あれど、まずは傷の手当をしなければいけない。
ヨシュアの指示に従い、エステルは包帯、タオル諸々を取りに階下に降りていく。
「どうして、古傷が開くほど無茶するくらい、あの娘が気になるんだ?」
一瞬しか垣間見ることが出来なかった緑髪の少女を思い出してヨシュアはそう呟く。
けれど、それに答える声は無い。
「呼吸も安定しているから大事にはならないと思うけど……」
「持ってきたわよ」
エステルが戻ってきてヨシュアは本格的に手当をする。
とは言え、血を拭き止血と包帯を巻く程度の簡単なことしかできないが、ヨシュアはかつてレンにも教えたことのある薬を持っていた薬草で調合する。
「これでしばらくは様子見かな」
薬を塗って包帯を巻くと、ヨシュアは安堵の息を吐いた。
「そう……
じゃあ、これ片付けてくるわね」
「お願いするよ」
エステルに片付けを頼み、ヨシュアはアルクェイドの横に椅子を持ってきて座る。
「昔もこんなことがあったような気がするな……」
それはブライト家に潜入する前の記憶。
今はもうぼやけて一部も思い出せないけれど、こんなことがあったような気がする。
そんな感覚がしていた。
日頃からの疲れと今日の騒動。
何より、アルクェイドからの攻撃でヨシュアの体力はすでに限界だった。
「あぁ、そうだ……
アレは……
楽園と似たような場所に行って……」
ぼやけた記憶を微かに思い出しながら――――
「その帰りに、アルは……
何処かへ行って……」
微睡みの中へと墜ちていった。
「戻ってきた時は血塗れだったような――――」
「悪い、少し寄る場所がある。
先に報告に戻っていてくれ」
「いつものアレか?」
蒼の言葉に銀はあまり気にしていないように言う。
黒は意志を感じさせない虚ろな目をしたまま何も発しない。
「まぁ、似たようなものかな」
蒼は見た目からは想像できないほど大人びた目を何処かに向けて言う。
そして、他二人の返事を待たずに消える。
「いいの?」
そこでようやく黒が初めて声を発した。
けれど、その声色は実に無色だった。
「いつものことだ、問題無いだろう」
そう、いつものこと。
今までにもこういうことは何回もあった。
けれど、銀は後悔した。
普段は気にしない黒が何故あんなことを言ったのか気付くべきだったと。
そして、あの時に止めるか、自分も付いて行くべきだったと……
―その日、蒼は右手を無くし、血塗れになって戻ってきた―
蒼はその時にあったことを何も語らなかった。
正確には、帰ってきてから一言も発しなかったのだ。
だから、あの後に何があったかは誰も知らない。
だが、その頃から蒼は蛇の施設に篭ることが多くなっていった。
それも外に出ることすらも厭う位に。
蛇での役割柄というのも含めても、数ヶ月に一度くらいしか外に出なくなってしまった。
蒼の時に何があって腕を失くしたのか、外に出なくなったのかは誰にも分からない。
「……………………」
アルクェイドが倒れてから3日。
アルクェイドは目を覚ました。
首を微かに動かして辺りを見渡す。
時間にして深夜。
もう数刻で陽が昇る時間になるだろう。
ギルド内にいることを察して、アルクェイドはヨシュアとエステルが自分を運んだことを理解した。
彼の近くには彼のコートを含む持ち物が簡単に纏められていた。
(甘い奴らだ)
アルクェイドはそんな風に皮肉に口を歪めても音を発しない。
時間も時間ということで、アルクェイドが居る階には誰もいない。
気配を察するには下の階には居るようだが、動きがないことを見るに寝ているようだ。
それを確認すると、アルクェイドは音もなく立ち上がる。
コートを羽織り、持ち物全てを回収する。
そして、自分が寝ていた場所に一本の根と二対の剣を置いた。
細部まで精巧に作られた根、白の剣が二本、それと対を成すように黒の剣が二本。
そして、最後に手紙を一枚書いて置いた。
アルクェイドは懐から道化を表す仮面を取り出し付けた。
そして、音もなく窓から飛び出していった。
「………………………」
アルクェイドはしばらく屋根の上を跳び渡っていた。
そして、ある路地で地面に降りる。
「おお、お前がそうなのか」
その場には数人が立っていた。
その中から1番偉そうな人間がアルクェイドにやや近づいて声を発する。
「……………………」
だが、アルクェイドはそれに答えない。
「して、約束のものはどれだ?」
男の声に余裕はなく、アルクェイドが反応シないことに普段ならば多少は怪しむだろうが、それすらもない。
「早く出すんだ!」
動かないアルクェイドに男はさらに声を荒げて言う。
そして、アルクェイドは懐から青い薬の入った袋を出した。
「おお、それがか!
早くこっちに渡せ!」
アルクェイドは無造作に男に向かって投げる。
男は突然のことにそれを慌てて受け取る。
そして、それを後ろにいた部下に渡す。
「おい、貴様それを呑んでみろ」
いきなり言われて、焦りながらもそいつは薬を一つ飲み込んだ。
だが、見た目的には何も変わらない。
男は多少訝しんで、呑んだ男の隣の奴を指さす。
「お前、そいつと戦え!」
ボスに言われては拒否するわけにもいかなく、乗り気はしないまま男は構える。
それに対して、薬を呑んだ男は何処か嬉々として男を見る。
そして、戦いが始まる。
戦いは一方的だった。
二人の能力的にはだいたい同じはずだった。
だが、今の戦闘では薬を呑んだ男が一方的だった。
まず攻撃が当たらない。
全て紙一重で避けられてしまう。
そして、攻撃の一撃一撃がかなり重い。
男は相手が倒れても攻撃を続けていた。
「おい、止めろ!」
薬を呑んだ男が止まらないので、他の人間が止めるが数人がかりじゃないと抑えることすら出来ない。
だが、そんなことには意も返さずに偉そうな男はニタリと笑う。
「こいつはすごい!
コレさえあれば、奴らに舐められることはない!」
そして男は盛大に笑い出す。
突然に様子が変化した薬を呑んだ男に抑えつつ、他の部下たちは戸惑っていた。
ボスが盛大に笑い出したことは勿論。
こんな風に変わってしまうことに戦慄して、恐怖していた。
その中でガタイのいい男がやや冷ややかにボスを眺めていた。
その間、アルクェイドは一歩も動かず、一言も発することはなかった。
そして、男たちは自分達の根城へと戻っていった。
アルクェイドはその後ろを彼らの姿が見えなくなるまで見ていた。
そんな彼らの姿を上から見ていたものがいた。
「ふふふふ、これで彼もこちら側に来てくれたら楽なのですが……」
声から察するに女だろうということが分かる。
「まぁ、無理でしょうけども。
仮にも蛇の構成員、それもかなり上位の。
しかも、かなり強い暗示がかかっているみたいですし……」
女の声色は言葉ほど残念そうではない。
「彼女を見ればそれが解けるかと思ったのですが、そこまで甘くはないようですわ。
でも、多少は言うことを聞くようには成ったようですわね。
彼にも呑ませた方が確実かもしれませんが、暗示がどういう風にかかっているか分からないのは鬱陶しいですわね」
そして女は薄く笑う。
「何故彼があの力に関わっているのかは分かりませんが、都合がいいことには変わりはありませんわ。
追々それも分かるでしょう、彼女から直に聞けばいいことなのですから。
それまで、楽しみにしていましょう。
今はあちらの方にも手を煩わせていますから仕方ないですわね。
それに、アレに出会わせてアレを今潰されても困りますしね」
彼女の笑い声が静かに響き、何かを唱えると彼女の姿は消えさってしまった。
その場の空間に残されたのは道化の仮面を付けたアルクェイド。
アルクェイドは力なく、多少ふらふらしながらも歩き始めた。
補足、アルクェイドの義手はごく一部しか知りません
それは本人が語らなかったのと、戻ってきた拠点が小規模なのと彼とある程度認識のあるメンバーだったことに起因します
つまり、ヨシュアが聞いたのは大怪我をして帰ってきたという情報のみです
知っているのはカンパネルラ、ヨルグと言ったアルクェイドよりも上位で蛇の中枢に近いメンバーの一部です
碧に出てきた博士、鋼も知っています