ポタッ……ポタッ……
ロイドが抱える緑髪の少女の顔に紅い、紅い血が少しずつ落ちてくる。
アルクェイドが手に持つナイフの刃の先から落ちてくる。
「チッ……」
アルクェイドは睨む。
左手首を切り、二人を阻むように交差する二本の剣を。
アルクェイドはロイド達がアルクェイドを認識する前に、距離を取る。
大きく跳んだ場所に棍が叩き付けられる。
アルクェイドはそれも避けて、塀から屋根へと移る。
そして、忌々しげに二人を睨む。
「ヨシュア……?」
「早く行くんだ!」
ロイドと少女を庇うように立つヨシュアと屋根に向けて棍を突き付けるエステル。
突如二人が現れ、何が起こったかも理解が追いついていない支援課は戸惑うばかりだ。
二人の視線の先を見ると、月明かりが逆光となって顔は分からないが誰かが立っていた。
さらにロイドと少女に付いた血から、追っ手が来たんだと悟った。
そして、今の自分たちでは相手にすらならないことも。
「クソッ!」
走りだしたロイドは歯ぎしりする。
誰かは分からないけれど、守ろうと思っても何も成すすべなく殺されるところだった。
それだけは理解が出来た。
だからこそ、歯痒かった。
戦うことすら出来ない自分の未熟さを、至らなさを、弱さを。
走り建物の中へと消えて行く支援課を見下ろしながら、アルクェイドは両手にナイフを握る。
そして、先程以上の速さで屋根から駆け下り、追いかける。
「させないわよ」
エステルはエニグマを取り出し起動させる。
「ダイアモンドダスト!」
アルクェイドは足を止めた。
それはアーツに備えてではなく、目の前に氷の壁が出来ていたからだった。
アルクェイドはゆっくりとエステルに視線を向ける。
「あんたの相手はアタシたちよ!」
エステルは豪語した。
しかし、アルクェイドは彼女を見ていない。
彼女の後ろにいた彼を見ていた。
「何故邪魔をする!?
牙ァァァ!!」
アルクェイドは叫びながら右手のナイフを振り向きざまに投げる。
ヨシュアはそれを弾き飛ばすと、塀から屋根へ、そして閉園しているテーマパークへと向かう。
アルクェイドはそれを追いかけていく。
「ちょ、ちょっと!?」
すっかり置いて行かれたエステルは慌てて二人を追いかけていく。
ロイドたちが用意していたボートでミシュラムを去った頃、アルクェイドとヨシュアはテーマパークの中央に位置する広場に対峙していた。
「何故邪魔をする」
「聞きたいのは僕の方だよ」
「あ?」
アルクェイドの左手首からは未だに血が垂れてきていた。
それを特に気にせずに、目の前のヨシュアを睨む。
「聞きたいことは幾つかあるけれど、一番は君らしくないからだ」
普段のアルクェイドならば先程のように叫ぶこともなければ、邪魔をしたヨシュアを追いかけてくることもないだろう。
「なんであの娘を殺そうとしたのよ!」
アルクェイドの後ろからようやくエステルが追いついた。
「世界は変わらなくてはならない」
そう吐き捨て、アルクェイドはヨシュアに跳びかかる。
ヨシュアは双刃を交差させてナイフを受け止める。
その双刃を引くように逸らして背後に跳ぶ。
アルクェイドのナイフは阻むものがなくなり、地を穿つ。
ナイフが地を穿つと同時に今度はヨシュアが斬りかかる。
刺さってないもう片方のナイフで刃を止めると、ヨシュアが動くよりも早く、刺さったナイフから手を放してヨシュアの胸ぐらを掴んで、エステルに投げる。
「あんたらはいつもそんなことを言うわね!」
飛んで来るヨシュアが自力で立てなおしているのを見たエステルはアルクェイドへと駆け出す。
そのままアルクェイドに肉薄すると棍を横に一閃する。
アルクェイドはしゃがんで避けると、足払いをする。
エステルはそれをジャンプで避けた。
だが、アルクェイドは体を手だけで支えて、もう片方の足でエステルの腹部を蹴る。
「くッ」
だが、エステルは棍で阻む。
それでもエステルはかなり後ろに蹴り飛ばされてしまった。
ヨシュアもエステルもそれなりに場数を踏んできた猛者ではある。
だが、そんな彼らだからこそ、アルクェイドの強さを少し交えただけで理解した。
「あの時も思ったけど、やっぱり強い」
アルクェイドはゆっくりと立ち上がる。
「世界は変わらなくてはならない」
アルクェイドが再度口を開く。
先ほど言った言葉をさらに冷たく言う。
「エステル・ブライト、貴様に問おう」
「何よ?」
アルクェイドはエステルを見据える。
アルクェイドの雰囲気が変わったことでエステルは身構える。
「少し前の白面に
彼の陰謀を止め、リベールの英雄となった気分はどうだった?」
「どうって……」
「その途中で牙と説得し、多くの仲間を率い、多くの人間の期待を受け止めて、遂に白面を撃破した」
「それが何だって言うのよ」
「それが全て予め決められていたらどうする?」
「え……」
「お前が遊撃士を目指し成ることも、ヨシュアの失踪も再開も、白面の敗北すらも予め決まっていたことだったらどうする?」
「な、何を言って……」
「喜劇も悲劇も愛憎劇も何もかもが誰かの手の平だったらどうする?」
「それってアタシたちの軌跡が全て誰かの手の平だって言うの!?」
「そうだ」
エステルは肩を震わせる。
百日戦役はハーメルンの悲劇によって起こった。
その悲劇もある人間達によって引き起こされたものだ。
だが、始まりだけでなく、終わりすらも仕組まれているとアルクェイドは言う。
それだけでなく、白面-ワイスマンすらもその誰かに踊らされていたという。
しかも、それを本人に知られることもなく。
「もし…もし仮にそうだったら、そいつをぶっ飛ばしてやるわよ!」
「なら、そいつが神と呼ばれる者だったらどうする?」
「ッ!?」
エステルだけでなく、ヨシュアもその言葉で怯んでしまった。
その瞬間にアルクェイドは二人に一気に詰め寄る。
「それが許せないなら世界が変わるしかないだろう?」
アルクェイドは二人まとめて横に薙ぎ払う。
「ガッ!?」
「グッ!」
ヨシュアは辛うじて反応できたがエステルはまともに受けてしまった。
吹き飛ぶ二人に追撃を仕掛ける。
二人の足を掴んで地面へと叩き付ける。
「それすらも知らないくせに邪魔をするな」
アルクェイドはゆっくりと歩き始める。
もう二人に興味がないと言わんばかりに。
「だから俺たちは存在する。
身食らう蛇は活動する」
エステルは去ろうとするアルクェイドに向けて手を伸ばす。
「身食らう蛇は目的を厭わない。
ソレ故にワイスマンは己の欲望を満たすために結社を利用した。
しかし、それすらも神の手の平でしかない」
アルクェイドは忌々しげに右手を強く握りしめる。
「運命などという言葉はロマンティストの言い訳だ。
身食らう蛇はそれを認めない」
痛さに身を震わせながらも、立とうとし、手を伸ばす。
「だったら、あのような少女を殺すことも厭わないというのか!?」
「当然だ」
アルクェイドは背後からいきなり襲うヨシュアの双刃を右の手のひらで受け止めた。
「まだ動けるとは感心する」
「一つだけ聞かせて欲しい」
防がれたことに悔しがりながらもヨシュアは少しづつ刃を押して詰め寄る。
「なんだ?」
力一杯押しているヨシュアに対して、アルクェイドは涼しげな顔で受け止めている。
「君が異常な行動を取るほど、あの少女に執着しているのはどうしてなんだ!?」
「………………」
「…?」
その言葉に返事がない事にヨシュアは疑問に思った。
それはアルクェイドならば、余程のことがない限り聞かれたことには答えるからだ。
だが、今の彼は全く答えない。
「…それは……」
「それは?」
だが、それ以上は続かない。
しかし、それは当然だった。
アルクェイドにすらも理解できてはいないのだから。
だけど、何故か無性にあの緑髪の少女が―――
「むかつくんだよ!」
「ッッッ!?」
アルクェイドは受け止めていた双刃を握り砕いた。
粉々となって地へと落ちていく。
それに怯んだヨシュアを蹴りあげる。
「ヨシュア!
後ろ!」
今も倒れているエステルにはアルクェイドが背後に回ったことが見えていた。
アルクェイドの左手にはエニグマが握られていた。
それが黒く輝き出す。
「飛べよ、ゼロ距離バースト」
エステルは嫌な予感がした。
エニグマが嫌な輝きを放っているからだろうか。
かつて経験した死という物が脳裏に浮かぶ。
「ヨシュアアアアァァァ!!」
エステルは叫んだ。
喉が潰れると思えるほど大きな声で。
だけど、何も起こらなかった。
少なくともエステルからはそう見えた。
異様な間があった後に先に動いたのはヨシュアだった。
アルクェイドの手を掴むとそのまま撚るようにして彼の背後に回る。
更にヨシュアはアルクェイドのコートを剥ぐようにしてアルクェイドを地面へと叩き付ける。
地面に伏せられたアルクェイドは砕けた刃を気に止めずに右手を付いて立ち上がる。
その時にコートが刃によって破れ、その下から鈍い光が反射していた。
それは月明かりによって照らされていた黒い金属ー義手だった。
アルクェイドの右手は義手で、先程まで覆っていた肌色の皮が少し残っている。
「チッ」
アルクェイドは煩わしそうにボロボロになった右腕の所のコートを引きちぎった。
その下は肘のところまで機械で出来ていた。
「それは……」
「久しぶりだぞ。
コレを知っているのは限られた奴だけだ。
レンですら知りはしない」
アルクェイドは目を睨むように細める。
その目はとても冷たい輝きを放っていた。
「くるっ!」
その異常な雰囲気の変化からヨシュアは悟った。
アルクェイドが本気で攻めて来るということを。
ヨシュアは身構えようとした。
「遅い」
だが、ソレよりも速くアルクェイドが懐まで駆ける。
右手の義手でヨシュアの腹を強く殴る。
「ぐあっ!」
そのまま後ろに飛ばされるヨシュアの背後にアルクェイドは一瞬で回り込む。
そこからは一方的だった。
弾き飛ばされるヨシュア。
それに追撃を仕掛けるアルクェイド。
ぎりぎりヨシュアは防御しているが、両者の力量の差はあまりにも大きい。
「カンパネルラ程度の力で勝てると思っていたのか?」
より一層強くヨシュアを蹴って地面へと叩き付けるアルクェイド。
その声色は何処までも冷たかった。
そして、着地したアルクェイドはゆっくりとヨシュアへと近づいていく。
「あ……」
ヨシュアは動かない。
エステルは這い蹲りながら近づいていく。
「ヨシュア?」
エステルは動かないヨシュアへ呼びかける。
だが、反応はない。
「あ…ああ……」
アルクェイドはヨシュアの間近まで来ていた。
百日戦役の時と同じように目の前で大事な人が死ぬ感覚。
それがエステルを襲った。
「あ…あ…ああああああ!?」
アルクェイドは手を振り上げる。
悲痛なエステルの叫びが聞こえていないかのように。
「そこまでだ」
突如、そこに新たな声が聞こえた。