祭りの最終日の夜。
月明かりが夜の街を照らす。
「いい風だ」
深藍のローブを纏い、ウォークスに乗って疾走する。
「さて、何処から仕入れたものやら……」
東街道を走り、湖に繋がる川に辿り着く。
「さぁ、行こうじゃないか」
アルクェイドはウォークスに乗ったまま、川に突っ込んだ。
水に沈むと思われたウォークスは、何事も無くそのまま水上を走る。
水が跳ねて、月明かりに反射してキラキラと輝いている。
まるでそれを彩るかのように、淡い蒼色の光が見える。
アルクェイドは一直線にクロスベルの一種の名物テーマパーク、ミシュラムへ向かう。
この夜を皮切りとして、全ては零へと向かう。
-全ては、終わりから始まっていた-
ミシュラムの一角にある別荘街。
その最奥にある一際大きい別荘。
クロスベルのある議員、ハルトマンの所有する今回の競売の会場。
その門の前にアルクェイドは一人で現れた。
二人のルバーチェ団員が門の両側に立っているが気にせずに近づく。
アルクェイドが門を通ろうとした時に二人がその前に立ちふさがる。
アルクェイドは二人にクロイスから受け取った通行証を見せる。
「はい、確かに。
失礼ながら、お名前を」
「ローゼンベルク工房の主人の代理だ」
「え?」
二人がその言葉に戸惑っている間にアルクェイドは何事も無く二人をすり抜けた。
二人がアルクェイドに振り向く間もなく、次の客人が近寄ってくる。
二人はその相手の対応をしなければなかった。
「お名前を」
「ガイ・バニングスです」
アルクェイドは別荘内に入ると辺りを見渡した。
如何にも高価と分かる装飾が数多く配置され、綺羅びやかに演出していた。
だが、それを見た彼は顔を顰めていた。
「センスがねえな」
特に一定のパターンがあるわけでもなく、高価な物を適当に目立つように置かれ居るとしか思えない。
そのことにアルクェイドは溜め息をついた。
宝の持ち腐れと彼は思う。
解放されている一階を一回りした頃に見知った顔がロビーに立っていた。
この競売に乗り込むために正装をしてはいるが、アルクェイドは二人が誰か一瞬で見抜いた。
その見知った二人の側にはルバーチェの幹部、ガルシア・ロッシが居た。
「おい、お前どっかで会ったことはないか?」
「いや、特には……」
ガルシアは怪訝な顔をしながらも更に追求はしなかった。
「そうか……
呼び止めて悪かったな。
坊ちゃん、嬢ちゃん、楽しんでいってくれよ」
そう言い残してガルシアは立ち去った。
噂に聞く彼の発言とは思えず、二人は彼の背中を呆然と見送った。
「何してんだ、お前ら?」
そんな二人にアルクェイドは声をかけた。
先程まで掛けていたサングラスを濃い藍色のコートに仕舞いつつ、彼らに歩み寄る。
「アル!?」
「何でここに!?」
アルクェイドと突然出会い、昨日言われた言葉が二人の頭に過ぎる。
「驚きたいのは俺の方なんだがな」
過剰なまでに驚いた二人に肩を竦めた。
「お前たちが此処にいる方が問題だろうが、バレたら捕まるでは済まないぞ」
やや睨みを利かせて二人を睨む。
それに軽く怯んだがロイドが強い目をして睨み返す。
アルクェイドはその反応に驚きを隠せなかった。
そして、彼は二人に分からないようにうっすらと口元を緩めた。
「まぁ、いい。
此処は目立つ、ついてこい」
アルクェイドは彼らに背を向けて歩き出す。
二人は彼の後に続く。
ロビーの真反対に位置する、水の流れる庭園の様な場所で足を止める。
「ここなら、多少マシだろう」
危ない会話でも水音に消されるということだろう。
「さて、ロイド、エリィ。
なんでこんな無茶をしている?
下手したら殺されるぞ?」
支援課がルバーチェにしたことを考えれば、どうなるかは火を見るより明らかだった。
「それでも、この目で確かめておきたかったんだ。
このクロスベルを覆う魔の闇が何処まで深いのか」
「ふっ、良くもまぁ、こんな馬鹿に付き合えるな」
分の悪すぎる賭けをしているロイドに呆れながら、横にいるエリィを見る。
「ソレを手助けするのも私達の役目よ。
それに、見たかったのはロイドだけじゃないの」
「なるほど……」
彼女の背後関係を考えれば、むしろ当然。
だとすれば、此処にいない残る二人の役割も自ずと見えてくる。
むしろ、今気になるのは彼女の発言だった。
「そう言えば、レンちゃんは来てないの?」
「あー、レンは此処には連れてこれないんだ。
少し事情が有ってな……」
その言葉に二人は首を傾げる。
「まぁ、まずはこの場を楽しむんだな。
ただし、呑まれるなよ、この場の空気に」
「アル?」
話は終わったとアルクェイドは歩き出す。
背後の二人に軽く手を振りながら、振り向いて意地の悪い顔を見せる。
「せっかく正装しているんだ。
滅多に出来ないデートでもするんだな」
「なっ!?」
「クックックッハハッ」
カマをかけたアルクェイドにまんまと引っ掛かったエリィは顔を赤くした。
一方、アルクェイドの言った意味が分からずに呆然とするロイド。
通路に出たところでアルクェイドは足を止める。
「盗み聞きは行儀が悪いぞ?
レクター・アランドール」
「なんのことだい?
俺は此処で水の音を聞き惚れていただけさ」
惚けた態度で手に持つリュートを奏でる男。
真面目に演奏する気もなく、かと言って不快音でもないが、明らかな不協和音。
男の態度がそうならば、そいつが奏でる音も惚けていた。
「何処も彼処も道化ばかりか……」
頭痛がすると言わんばかりにコメカミを押さえて歩くアルクェイド。
「変な奴だな」
レクター・アランドールはそんなアルクェイドを見てそう呟いた。
「てか、お前誰だよ!?」
アルクェイドの姿が見えなくなってからそう叫んだ。
レクター・アランドールの叫びは虚空に響くだけだった。
「ん?」
アルクェイドはさらに歩を進めていると、なにやら言い争っている言葉が聞こえた。
あまりの激しさについ目を向けると、視線の先には言い争う男女とそれからやや距離を取っている一人が立っていた。
アルクェイドはその一人の側まで近寄った。
「ワジ・へミスフィア」
「やあ、君まで此処に来ているとはね」
「不良のリーダーがこんなことに居ていいのか」
「一応仕事でね」
ワジはそう言うと言い争う女の方に視線を送る。
アルクェイドはそれで察した。
「まぁ、なかなかこれで面白いことが多くてね。
結構退屈はしないのさ。
君もどうだい?
君ならそれなりにいけると思うよ」
ワジは言いながらアルクェイドにワインを差し出した。
表情を変えずにそれを受け取るとグラスを軽く揺らす。
「良いものを呑んでるな」
「香りだけで分かるのかい?」
「それなりにな……」
「へえ、君は本当に不思議だね」
ワジは面白いものでも見つけたかのように興味深そうにしている。
「お前ほどじゃないさ」
アルクェイドは一気にワインを煽るとワジを探るような目で見る。
「それはどういう意味かな?」
それを意に返さぬような笑顔を浮かべて見返す。
言葉はとても柔らかいが、次第に空気が張り詰めたものに変わっていく。
「お前の体格…いや骨格か。
お前の性別はどっちだ?」
「見て分からないのかい?」
「分からないな」
アルクェイドの言葉に笑顔で返すが、アルクェイドは速攻で答える。
いつの間にかワジは笑顔ではなくなっていた。
「俺は見れば大体女か男か分かるが、お前はどちらの特徴もあるし、どちらもない」
「世の中には中性的な人間も多くいるさ」
「いや、そういう見た目の話じゃない。
動きで筋肉の付き方、骨の位置が大体分かる。
どんなに華奢な男でも、どんなに逞しい女でもその性別の特徴までは変えられない。
なのにお前はどちらでもない。
おまえはなんだ?」
「………………………………」
アルクェイドの言葉にワジは黙ってしまった。
「別に答えたくないなら構わないが、この質問には答えられるようにしといたほうがいいぞ」
「……それは君も同じじゃないかな」
それはワジの反撃だった。
そして、それはアルクェイドにとっても同じことだ。
「まるで自分に言い聞かせているように聞こえるよ」
「そうかもしれないな」
ワジの言葉にアルクェイドは自嘲の笑みを浮かべた。
「お人好しなバカどもに関わり過ぎたかもな」
「王様にそこまで言わすとは流石といった所かな」
アルクェイドは少しだけ目を細める。
「最近少し派手に動き過ぎだよ」
「忠告は有り難く受け取っておこう」
アルクェイドはワジに空のグラスを返す。
「一つだけ言っておく」
ワジに背を向けて、一言だけ言い残した。
「邪魔をするなら誰であろうと、殺す」
一気に空間が張り詰めた冷たい空気に変わる。
ワジに手渡されたグラスにいきなり罅が入った。
「怖い怖い」
ワジはその罅割れたグラスにアルクェイドの後ろ姿を透かして見る。
「コイツは洒落にならないかも知れないね」
ワジがそう呟いた時、オークションの開始が告げられた。
オークションの客もルバーチェの構成員も会場となる広場に集まっていた。
他には最低限の監視しか残っていない。
アルクェイドは誰とも出会うこと無く二階へと上る。
−助けて−
目的は売りだされる自分の創り上げたモノが一体どれなのか。
それを確認するためだった。
アルクェイドは自身のモノは一応何処に売ったかは把握している。
無論それが売り払われることもあるだろうし、盗まれることもあるだろう。
だが、それらの情勢もアルクェイドは網羅していた。
−助けて−
なのに、売りだされることに気づいた後で調べても何も分からなかった。
つまり、この場で出されるのは偽物か……
それとも、アルクェイドが予想としていない物が売りだされてるのか。
そして、オークション出品の保管室前まで着いた。
扉の前には二人の構成員がいた。
アルクェイドは二人に気づかれる前に、気絶させた。
そして、アルクェイドはドアを開いた。
保管室の中には有名なものが数多く置かれていた。
異国の逸話のある武器防具。
有名な絵画や彫像、アクセサリー。
その中に、一際目立つ一つの銀象を見たとき、アルクェイドは目を見開いた。
「何故……
何故コレが此処にある!?」
−助けて−
それに目を囚われていたから、その足元にある異彩を放つ鞄に気付かなかった。
それと同時に窓からの侵入者にも気付かなかった。
「また、会えましたね」
半ば伝説化している暗殺者、銀が窓枠に立っていた。
だが、アルクェイドはその場に居合わせた銀に対してまだ気づいてないように見えた。
そして、その銀もアルクェイドが目を奪われているそれを見たときに声を発せなくなった。
アルクェイドはその銀象があるという事実から、銀はそれから感じられるモノに驚愕して、口を動かせなかった。
銀は感じていた。
その銀象からでも十二分に伝わって来る意志の硬さを、崇高さを、気高さを、そして想いを。
それは言うならば、まるで―――
「鋼………」
銀は無意識に、その言葉を呟いていた。
「ああ、鋼だよ」
その呟きに応えるようにアルクェイドは口を開いた。
それを告げる口調は、苛立っているように聞こえた。
此処にコレがある意味、そしてそれから感じた意志。
「ああ、クソッ、ムカつくな」
アルクェイドは左手で前髪を掻き上げて、髪の毛を掻き乱す。
銀は何故アルクェイドが苛立っているのか分からなかった。
「今更過ぎるだろ……」
アルクェイドは溜息をつくと、ようやく落ち着きを取り戻した。
銀がアルクェイドにコレが何なのか訊こうとしたところで階段から誰かが上ってくる気配を感じた。
「ちっ」
アルクェイドは窓枠に立っている銀を掴んで、ローブの内側から鎖を取り出した。
そして窓から跳び、屋根に向かってソレを投げる。
杭が突き刺さり、二人は振り子のように振れて屋根へと上る。
その途中に銀の仮面は外れてしまったが、辛うじてそれが落ちる前に掴むことは出来た。
「いきなり何するんですか!?」
「……………………」
仮面を直しつつ、銀はアルクェイドに問う。
だが、アルクェイドは先程の保管室に注意を払っていた。
部屋の前の構成員が倒れていても騒ぎになっていないことから、支援課だろうということが予測がついた。
「お前の用はもう済んだだろ、さっさと帰れ」
アルクェイドは別荘の門の方を見下ろして言った。
黒月に雇われている銀が此処に来た目的は簡単に考えられる。
銀がソレを成す前にアルクェイドが発端を、支援課が更に発展させてしまった。
「確かに、仕事はもう達成しました。
ですが、私は貴方に聞きたいことがあるんです」
「その前に……」
銀が続きを言う前に、アルクェイドは言う。
「敬語をいい加減に辞めてくれないか。
お前の言葉は何処か本質が感じられない。
銀の時だから尚更な。
俺は取り繕った言葉に興味はない」
今は取り繕う言葉は欠片も必要ない。
銀の仮面を付けているときには、意図してなのだろうか、抑揚がない。
気功によって骨格を変えているのが原因なのか声にも特徴がない。
銀の状態でどれだけ感情を込めても感じられるのはどうしても薄くなる。
「貴方も仮面を付けているじゃないですか。
それとどう違うんですか……」
アルクェイドが付ける道化の仮面。
それをしている時点で同じだと銀は言う。
「アレは裏に入ったときからのペルソナだ。
アレは俺の本質だ、と言いながら道化がくれたのさ。
だから、どっちが俺なのかは知らない」
今のアルクェイドが本当なのか、普段の何処か掴めない飄々としたアルクェイドが本当なのか。
あるいは、両方か。
更に銀が口を開こうとしたときに、館内から騒ぎが聞こえ始めた。
「始まったか」
「そうですね」
銀はアルクェイドに背を向けて屋根の端へと歩き出す。
「私は貴方に聞きたいことがまだあるんです。
だから、また会いに行きますね」
そう言って、銀は屋根から飛び降りた。
「………………」
アルクェイドはその言葉に何も返せなかった。
ただ、銀が言ったときに笑ったような気がしたから……
アルクェイドは、館の前に現れた集団を視界に捉えて正気に戻った。
閃光弾の光と共に支援課の四人が門を飛び出していく。
その先頭を走るロイドの腕の中に抱えられている一人の少女。
緑髪の幼げな少女。
「あ……………」
-助けて-
「ああ…………」
-助けて-
「あ、ああ、ああああああああッッッッッ!?」
その姿を捉えた瞬間、アルクェイドの様子は豹変した。
脳裏に流れる嫌な記憶と感覚。
その何もかもが告げていた。
全てはコイツのせいだとーーーー
「…………」
アルクェイドは力無く倒れるように駈け出した。
屋根からテラス、塀へと流れるように移動して降りていく。
まるで着地した衝撃などなかったかのように、地を這うように支援課を追いかける。
アルクェイドの先には支援課を追いかけるルバーチェの構成員と猟犬がいた。
抱えた少女を庇うように戦う支援課。
少女を庇いつつ戦いながらもなんとか追っ手を撃退した。
追っ手を倒した瞬間にアルクェイドは更に加速する。
「ロイド!
さっさと行くぞ!」
ひとまずこれで逃げれると支援課が気を抜いた瞬間だった。
逃げようとロイドが振り向いた先には、音もなくアルクェイドが現れていた。
「死ね」
とてつもなく冷たい声で緑髪の少女目掛けて杭を振り下ろした。
月明かりの照らす夜に真っ赤な鮮血が散った。
アルクェイドを、ロイドを、緑髪の少女を綺麗な血の色に染め上げた。