日はもう落ちかけて夕方となっている。
アルクェイドとティオは支援課のビルにいた。
レンはまた少し考えるために一人になりたいと言ってこの場にはいない。
「確かにアレを見た覚えはないと?」
「はい。
少なくとも記憶にはありません」
死神からお友達呼ばわりされたことに疑問に思い、記憶を探っても該当するものはない。
「忘れているという可能性は……
いや、アレを忘れろというのは困難か……」
アレほど強烈な人物はたとえ忘れたくても忘れられないだろう。
「だとすれば、アイツがお友達と判断する条件があるはず……」
それを考え、適当に紙に書き殴る。
書いては斜線を引いて消す行為を幾らかした所で、アルクェイドの手が止まった。
ティオはそれに気づいて声を掛ける。
「どうしたんですか?」
「……仮に記憶していないのでは無く、出来ない状態だったなら……」
かつて見たティオの経歴がアルクェイドの頭に過ぎっていた。
そして、その時に出会ったというアルクェイドとティオ。
「アイツは俺の銀細工に執着する……」
その時にアルクェイドがした行動。
「アイツが最初にした行動は俺の得物を奪った」
「アルさん?」
アルクェイドにはティオの声は届いていない。
一心不乱に紙に順序立てて書き続ける。
アルクェイドが死神に奪われた物。
それは彼が手がけた最高の武器であり、銀細工。
一本の鎖と、それに繋がれた二本の杭。
「なんで今まで気づかなかったんだ!?」
「ッ!?」
アルクェイドは紙とペンを思いっきりテーブルに叩きつけた。
突然の行動に驚き、体を竦ませるティオ。
それに対して、気遣う余裕もなく、アルクェイドはビルから急いで出て行った。
「アルさん?」
ティオは彼の行動を止めることも出来ず、ただ呆然と見送るだけだった。
そして、彼が書き残した紙に目をやった。
「一体何が……ッ!?」
ティオはその紙を手に取ると最後に大きく書かれた文字を見て、目を疑った。
そこには大きな文字でアルクェイドが出した結論が書かれていた。
『死神はD∴G教団の関係者、または被害者』
ロイド達はアルカンシェルの扉を開いた。
奇妙なカードから始まった依頼は最後の場所を劇場に指定した。
そこに着いたのはロイド達支援課だけでなく、エステルとヨシュアの姿もあった。
祭の期間であるとは思えないくらい異常なほど、劇場内は静かだ。
人の気配すらしない。
彼ら5人は、何かに誘われるかの様に真っ直ぐホールの扉を開く。
寄り道も言葉もなく、舞台前まで歩む。
「よくぞここまで辿り着いた」
彼らが舞台前まで行くと、急に舞台上に一つのスポットライトが当たった。
それと共に拍手の音がした。
「誰だ!?」
支援課の三人は一斉に得物を構える。
それと対してエステルとヨシュアは何もしない。
「安心したまえ。
私は君たちに何もしない。
……少なくとも今はね」
ライトを浴びた人物がそう言った。
5人に最後の言葉は聞こえなかった。
「久しぶりだね、ブルブラン」
「君たちに再び出会えて嬉しいよ。
ヨシュア・アストレイ」
「悪いが僕はもうヨシュア・ブライトだ」
「ふふっ、そうかね。
では、そう呼ぶようにしよう」
「それにしても、随分静かだな」
二人が対話している間に辺りを見渡したのかランディが呟いた。
劇場内には彼ら以外に人の気配はない。
ただでさえ、有名なアルカンシェル。
しかも祭りの合間となれば、公演がずっと開かれていてもおかしくない。
「何事にも間というものが存在するのだよ。
これも所謂、演出の一つだ。
空気というものを入れ替え、場と役者を休ませる。
その差がより一層高みへと導くものさ」
ブルブランはその呟きに応え、演技のような大げさに動いて言う。
「それで、あんたの今回の狙いは何!?」
ブルブランにエステルが問う。
エステルはいつまでも本題に入らない彼に痺れを切らした。
前回彼に煮え湯を飲まされたのが気に入らないのか、声が荒々しい。
「最初に伝えてあるはずだが?」
ロイド達に送られたカードに書かれていた依頼という文字。
「その内容はアルに対してなのか?」
今度はヨシュアが問う。
アルクェイドがこのクロスベルに居るという事。
彼を昔から知っているヨシュアはその異常を感じていた。
本来、依頼を頼まれるはずのロイド達は三人の並々ならぬ因縁を察して口を挟めない。
「そう、君たちに頼みたいのは彼のことだ」
舞台上の人物は大きく息を吸うと、はっきりと言い切った。
「私の親友であるAを……
アルクェイド・ヴァンガードを殺して欲しい」
「殺して欲しいだと…?」
思いがけない言葉に全員が息を呑んだ。
五人が驚愕している中で、ブルブランだけが不敵な笑顔を浮かべていた。
「何も本当に殺して欲しいわけじゃない。
私は彼を止めて欲しいだけだ」
「止める?」
つまり、ブルブランは殺す気でないと彼を止められないという。
「私の知り合いの占い師が彼が自ら破滅に向かうと言ったのだ」
「そんなのあんたが止めてやればいいじゃない。
親友なんでしょ、それにあんたも強いじゃない」
「私には彼は止めれないのだ。
私は彼にかける言葉を持ちあわせてはいない。
それに……………」
そこまで言って、ブルブランは口を閉ざす。
「それに……?」
最後の言葉を繰り返す彼らに応えずにブルブランは続きを言う。
「君たちにとっても悪い話ではないさ。
報酬の前払いとしてシュヴァルツオークションのチケットをあげよう」
「なんだって!?」
最近幾度と聞いたその言葉に支援課は驚いた。
エステルやヨシュアからも聞いたルバーチェが開催する闇オークション。
「当然、達成してくれたら追加で報酬を払わせてもらう。
最も、依頼達成が先になるか報酬を渡すのが先になるかは分からないが」
そこまで言うとブルブランは次にエステルたちを見る。
「無論君たちにも手伝ってもらいたい」
「なんであたしがアンタの手伝いをしなきゃならないのよ!」
明らかに敵意を持つエステルが当然のごとくブルブランに反論する。
「待って、エステル」
今にもブルブランに突っ掛りそうなエステルをヨシュアが止める。
「アルが破滅に向かうとはどういう事なんだ?
僕が覚えている限り、そんなことになるような彼じゃないと思うけど」
「それについては同意だ。
だが、彼女がそう言ったならば保険をかけておく程度には信じるに値する」
「それは何時、何処で起こるんだ?」
「私にも分からない。
だが、場所はこのクロスベルで間違いないだろう。
彼が此処に来ていることが何よりの証拠だ」
アルクェイドにクロスベルに来るように誘いの手紙を出したのはブルブランだ。
だが、その彼でさえもアルクェイドがクロスベルに来るとは思ってもいなかった。
人から引き篭もりと呼ばれるほどのアルクェイドが此処に来ている。
しかも、工房に居るだけでなく、借家を借りて普通に出歩いている。
これはアルクェイドの行動をよく知る人物なら想像すら難しい。
その異常が今起こっている。
だから、ブルブランは保険をかけた。
彼を止められるであろう、支援課に。
「当然、君たちにも相応の報酬を渡す」
「アンタからなんて欲しくないわよ!」
「それが家出娘であったとしても?」
「レンのこと!?」
ブルブランはそれに応えずに大袈裟に動いて言う。
「それでは君たちが彼を止められることを願っている」
言い切った後、ブルブランは音もなく消え去った。
五人はそれを呆然と見送るしかなかった。
暫くブルブランが居た舞台を眺めていたが、五人は言葉少なにアルカンシェルから出た。
誰もいなくなったはずのアルカンシェル。
しかし、確かにそこに気配が未だ残っている。
そして、その人物は舞台の裾から現れた。
中央に向かうとしっかりと何かを睨んで言った。
「さっきの意味、どういうことですか?」
虚空を睨んで彼女は問う。
「ふっ、やはり君を問うてくるか。
ヨシュアは空気を読んでくれたというのに。
ある意味当然といったことだが」
ブルブランはまるでずっとその場にいたかのように現れた。
「彼が破滅に向かうという意味を教えて下さい」
「やれやれ……
だから、私も知らないと言ったではないか」
彼女の問いかけにブルブランは肩を竦ませる。
その言葉に彼女はギリッと歯軋りをする。
「それと、それに…の先を教えて下さい」
「仕方あるまい。
君はAの大きなファクター足りえる存在だ。
特別に教えて上げよう。
君の思いが彼に届くように祈り込めて」
ブルブランは彼女から目を逸らし、アルクェイドの作ったシャンデリアを仰ぎ見る。
明かりに照らされて煌めくそれは、大きな存在感を放っていた。
「私では彼を止められないのだ。
私はむしろ、その光景を見てみたいとも思っているのだ。
Aがどの様な輝きを見せてくれるか期待してしまうのだよ」
「だからさっさと送れって言ってんだ」
「やれやれ、そう簡単に分かるものじゃないんだよ?」
端末からでも相手がイラッとしているのが分かる声色が響く。
「教団の生存者を調べて居場所を特定するだけだろ」
「それがどれだけ無茶か分かってるかい?」
「結社とは協力関係のはずだ。
俺が今まで結社に対してしてきたことの報酬をもらうだけだ」
「それは無論分かってるつもりさ。
ヨシュアにグロリアスを破壊されたときは修復不可能だと思ってたのに、たったの一月で修理しちゃうんだからね。
それだけじゃなくて、ゴルディアス級のオーバルマペットにも大いに協力してもらったっけ」
少年はその時のことを楽しかったように嬉しそうに言う。
「だから、それに対する対価を要求する」
「分かったよ。
でも少し時間がかかるのは仕方ないからね」
「出来るだけ早く頼む」
「はいはい、じゃ調べられたら送っとくね、ばぁい」
先程まで繋がっていた端末をクルクルと手で遊ぶ。
「本当に突然なんだから」
少年は可笑しそうに笑う。
「ま、当然かな?
誰だって奴隷は嫌だし……
でも、皆が王様に成りたがるのはどうしてだろうね?
奴隷も王様も同じなのにさ」
クスクスと道化は笑う。
この人物ほど道化が似合う者は居らず、この人物ほど道化が似合わない者はいない。
「さーて、これはどうしようかな?」
終始笑う道化は画面に映るデータを見て言う。
教団の生存者の一覧を一通り流し見してある人物で止まる。
「なるほど、これが原因か。
確かにぼくらも迷惑してたけど……」
道化は意味深に口を愉快に歪ませた。
「じゃ、ちゃんと送っておくよ」
そして道化はデータを転送する。
依頼人とは別の場所に………
「さぁて、どうなるかな?
ぼくとしては、彼には残っていて欲しいんだけどな」
実に愉快そうに道化は笑う。
道化の様に演じ、道化の様に他者を振り回す。
唯一、君主に、盟主に、王に、神に不尊な言動が許される存在。
それが道化。
それが道化師・カンパネルラ。
「真実を知った時、彼はどんな行動に出るだろうね。
今から本当に楽しみだよ」
何時までも、何時までも、その場に道化の笑い声が響きわたっていた。