刹那の軌跡 【完結】   作:天月白

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第21話 機械仕掛けの迷い子

「さぁ、始めようか。

 全てを変える。

 何もかもをだ。

 運命などと、巫山戯た言い分は許しはしない。

 世界が腐っているならば、全てを変えるまでだ」

 

男は怒気を込めて重々しく呟く。

確証など無い。

だけど、男は本能で分かっていた。

薄暗い部屋の中で、カチャカチャと音を立てて端末を叩く。

目の前のモニターは数多くあれど、全て機械的な何かをを映していた。

そして、彼から1番離れて備えられているモニターのみが別の映像を映している。

彼が端末を叩く度に、何処からかピピッと何かの音がしている。

 

「慌てるな、そのうち機会はある」

 

彼のその言葉で、音は鳴らなくなった。

そして、彼は正面のモニターに一通の手紙を表示させる。

 

「…………………………」

 

そこに書かれている内容を理解して即座に処分する。

そして、そのまま立ち上がる。

デバイスに接続されていたエニグマを掴んで部屋から出ていった。

彼が出ていった後に、全てのモニターに道化を表すピエロの顔が映しだされた。

それはほんの一瞬ですぐさま元の画面に戻った。

それと同時に、誰かの笑い声が響いた気がした。

だが、誰もいないこの部屋でそれを聞いた者は居らず、確かめるすべもない。

ただ、薄暗い部屋の中で、モニターの光のみが存在していた。

 

 

 

 

 

支援課のメンバーが朝食を摂っていた所に一枚のカードが飛んできた。

彼らの囲うテーブルの真ん中に突き刺さった。

 

「どっから飛んできやがった」

 

ランディはテーブルから距離を取り、周りを見渡す。

しかし、何処から来たのか分からなかった。

ドアから窓まで全てが閉まっていたのだ。

 

「一体、どうやって……?」

 

恐る恐るロイドはカードを引きぬいた。

そこには文字が書かれていた。

 

 我が依頼を叶えるに値するか試させて貰う。

 第一の指令は、偽りの時告げぬ太陽を捧げる祭壇の元に。

 

そう書かれていた。

 

「一体何なんでしょうか?」

 

「分からない」

 

「俺達に用があるってことは分かるが……それだけじゃな」

 

「そうね。

 誰かも分からないのはちょっとね……」

 

皆が怪訝な表情を浮かべている中でロイドだけは違っていた。

 

「みんな、この依頼受けてみないか?」

 

「は?」

 

「しかし、何処の誰が送ってきたかも分からないのですよ」

 

「それでも、何か気になるんだ。

 受けないといけない……

 いや、この依頼主に会わないといけない気がするんだ」

 

そのたった一枚のカードから何かを感じたロイドは真剣な顔でそう言った。

 

「分かった。

 お前がそこまで言うなら何かあるんだろう」

 

「そうね、気になるのは確かだし」

 

「幸い緊急性の高い依頼は来てないようですし」

 

「ありがとう、みんな」

 

全員の賛同を得たロイドの手元にあるカードの裏側には黒い子猫とBの文字が書かれていた。

 

「で、なんて書いてあるんだ?」

 

「それが……」

 

ロイドはカードを皆に見せる。

 

「これはまた……」

 

「七面倒臭い感じだなこりゃ」

 

「これは場所を示しているのでしょうが……」

 

「1つずつ解いていってみようか」

 

ロイドはホワイトボードに単語ずつに分けて書き並べた。

 

「まず、最初の偽りだけど……」

 

「それは文字通り偽物ってことだと思うわ」

 

「それで間違いないだろう。

 次の時告げぬだけど……」

 

偽りの下に偽物とロイドは書き込んだ。

次のワードに下線を引く。

 

「時を告げると言えば時計が思い浮かぶな」

 

「流石に多すぎるかと」

 

「だよなぁ」

 

ただの時計という事ならば、市内にあるのだけで無数にある。

 

「だったら、鐘だったらどうかしら?」

 

「確かにクロスベルの象徴にもなっているからな」

 

「鳴りもしねえしな」

 

「と、なると場所ですか」

 

「太陽の祭壇って奴だな」

 

「鐘があるのは、全部で四ヶ所です」

 

クロスベルの中央広場にあるのが一つ。

銀の依頼で向かった星見の塔。

 

「この間、月の寺院で鐘の音がしたという報告もあります。

 警備隊が見に行っても特に何もなかったそうですが……」

 

「どれも太陽って感じがしねえな」

 

「確か、古戦場が太陽の砦って呼ばれていたこともあるわ」

 

「それだ!」

 

エリィの言葉に全員が声を上げた。

 

「なら、行く場所は決まったな」

 

「ああ、行くぞみんな」

 

「おう」

 

皆は立ち上がって外へと向かう。

その中でティオだけはボードに近づいてカードを取る。

カードに描かれた絵を何処かで見たような気がしていた。

それに、何処か胸騒ぎがしていた。

嫌な空気がずっと張り詰めているような、変な感覚がしていた。

 

「あ、皆を追いかけないと……」

 

それに気づいたティオは支援課のビルから出て、中央広場に出た。

他の三人はすでに向かったようでもう見なくなっていた。

急いで追いかけようと走りだした時に、ティオの横を知っている人物が走っていった。

 

「あれは……」

 

黒地のコートに赤い紋様、そして菫色のドレスの二人は何時になく、焦った表情をしていた。

それを見たティオはすぐにエニグマを取り出していた。

先刻から感じている空気がさらに重くなったような気がした。

 

「すみません、用事が出来たので依頼はお願いします」

 

「ティオ?

 いきなりどうしたんだ?」

 

ロイドに繋がり、そう告げると心配そうな彼の声がした。

 

「なんでもありません。

 少し、気になることが出来たんです」

 

「……無茶はするなよ」

 

「はい」

 

ティオの声から察したロイドだったが、それ以上何も言わずに通話を切った。

何を言っても無駄だと察したのだろう。

 

「すみません」

 

通話が切れてからそう謝ったのは彼らに後ろめたいからなのか。

ティオはそう呟いてから二人の背を追いかけた。

彼らは西通りと西街道の境目に立っていた。

 

「アル、何処に行ったか分かる!?」

 

「話しかけるな、少し静かにしてくれ」

 

アルクェイドとレンはピリピリとした空気を発していた。

普段からは感じられない空気にティオは声をかけるのを躊躇った。

アルクェイドの方からキーンとした音をティオは聞いた。

 

「コレは……?」

 

「………………」

 

アルクェイドは目を閉じて集中していた。

 

「動いているのは乗用車が一台だけだ。

 あいつは何処に行った?」

 

「ココから出ていったはずだけど………」

 

「今のは………」

 

「仕方ない、とりあえず行ってみるぞ」

 

「あら?

 ティオじゃない、どうしたの?」

 

アルクェイドが焦った所を初めて見たような気がして、ティオは呆然としていたらレンがティオに気づいた。

 

「どうしたのっていう台詞はこちらの方だと思いますが?」

 

「そうかもね」

 

レンはいつもの優雅さを見せているが、どこか落ち着きがない。

 

「一体どうしたのですか?」

 

ティオは2人がここまで焦る理由が気になって問う。

 

「子供が1人で外に出た」

 

ずっと街道に視線を向けたままのアルクェイドが答えた。

 

「ティオも捜すのを手伝って貰えないかしら?」

 

「勿論構いません」

 

レンの言葉にティオは二つ返事で頷いた。

 

 

 

 

 

 

朝焼けに包まれた冷たい空気の漂うクロスベル市内。

その市内の住宅街の一角。

まだ誰もが眠る時間。

ヘイワース宅の二階。

レンの弟たるコリンが眠る布団の上に妙な人形が舞っていた。

その人形のせいで彼は起きてしまった。

未だ幼い彼の好奇心は恐怖というものを知らず、人形に大いに興味を抱いてしまった。

彼を体を起こすと、人形はクルクルと回りながら床へと着地する。

そして、彼を招くような動きをしながら階段を器用に飛び跳ねながら降りていく。

コリンはその後をまるで蝶を追いかけるように立ち上がり追う。

微かに霧がかかり、陽光でダイヤモンドダストの様にキラキラと反射している。

霧がかかることが滅多にないクロスベルでの発生。

大人なら多少は怪訝に思うだろうが、コリンにその様な知識など無い。

人形はクルクルと飛び跳ねながら外へと導く。

時にコリンの周りを回ったり、飛び越えたりと彼の興味を引きながら段々と市外へと誘う。

如何に早朝とはいえ、誰かがいたなら止めるだろうが、この時には不運にも誰もいなかった。

唯一の幸運といえば、コリンの姿を一体の機械が捉えていたことだった。

レンの頼みでアルクェイドが街の各所に放っていた小型の機械。

その一体が微かに彼の姿を捉えていた。

コリンは人形に導かれるままに、西街道の分岐点にまで来ていた。

そして、人形は一段と大きく飛び跳ねると、金髪の少年の手に乗った。

 

「おにいちゃんはだれ?」

 

そして、その少年は一言発した。

 

「君のお姉さんのお友達だよ」

 

それを聞いたコリンは緩やかに倒れた。

それを見ながら金髪の少年は楽しそうに口元を緩めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

街道を走る三人。

 

「警察学校に向かったぞ」

 

キーンとした音が張り詰める中で、アルクェイドはそう言った。

 

「他には動いてるのはないの?」

 

「魔獣しかいな……なにか降りた」

 

「降りた?」

 

アルクェイドが言った瞬間に一気に空気が生温いものへと変化した。

アルクェイドとレンにはその空気に覚えがあった。

 

「コレは……」

 

「……死神!!」

 

二人は更に加速した。

ティオのことなど忘れているようだった。

 

「速すぎます」

 

見る見るうちにティオは二人から離されて行く。

ティオは置いて行かれてしまった。

いつもの彼らならティオが来ることを止めていただろう。

だけど、それすらに気づかずに彼らは死神に気を取られていた。

 

「見えた!」

 

彼らが着いた時には乗用車は既になく、普段は閉ざされた門は開いていた。

 

「あいつは何処?」

 

「……………」

 

「アル?」

 

門の前に来ても空気はすれど、死神はおらず、怪訝にレンは首を傾げる。

それに答えないアルクェイドを見る。

 

「なんで門が開きっぱなしになっている?」

 

普通なら閉まっている門が、今になっても開きっぱなしになっている。

明らかに不審だった。

そんな彼らを中心に突如、旋風が舞う。

 

「これは……」

 

木の葉が舞い、砂も巻き上がる。

不快なトーンの高い笑い声が辺りに響く。

アルクェイドは奥歯を噛み砕んばかりに噛み締める。

 

「下がれ、レン」

 

アルクェイドはコートの両ポッケからエニグマを1つずつ取り出した。

 

「エニグマ起動、デュアルシステム-Ⅱ『インペトゥス』」

 

アルクェイドは2つのエニグマを起動した。

それぞれ黒と緑の光を放つエニグマを重ねる。

 

「ちょ、ちょっと!?

 全部壊すつもり!?」

 

「全てを蹴散らせ、黒き風の舞(ニゲアテンペスタース)

 

エニグマから黒い風が放たれて、彼らを取り囲む風を吹き飛ばす。

その風を吹き飛ばしても止むことはなく、いつの間にか風の向こう側に立っていた少年に向かって飛んでいった。

けれど、少年が手を前に出すと黒い風は次第に弱まって、遂には消えてしまった。

 

「僕にそんなのが効かないのは忘れたの?」

 

金髪の少年は実に楽しそうにケラケラと笑う。

 

「あの子を何処にやったの!?」

 

レンは鎌を取り出して少年へと跳びかかる。

 

「わわっ、いきなりだなぁ」

 

いきなりの行動に驚いた風なことを言いながらも、危なげ無く鎌を避ける。

それでも構わずにレンは鎌を振るい続ける。

 

「あ、そうそう。

 君にも聞きたいことがあったんだった」

 

レンの猛威を気にしない感じで世間話をするかのように彼女に問う。

その言葉に答えずに蹴りなどを混ぜながら少年に肉薄する。

けれど、一撃たりとも当たらない。

 

「停滞という曖昧な位置に留まり続ける気分はどうだい?」

 

「っ!?」

 

その言葉に微かにレンの動きが鈍る。

けれど、それは一瞬。

 

「ずっと自分を偽り続けてきた人生に光は当たるのかな?」

 

笑いながら少年は言う。

嘲笑い、バカにしているわけでもない。

ただ純粋に知りたいから問うている。

そんな口調、声色だった。

 

「これは恨み続けてきた人たちに対して行動なのかい?

 君の行動は矛盾してないかい?」

 

「黙りなさい!」

 

ずっとレンは家族に捨てられたと思っていた。

いや、今も頭の隅ではそう思っている。

それでも懸念はあった。

だから結社の力を使い、ヘイワース家を調べて、このクロスベルへと来た。

だから、本当ならばここでコリンを探して行動しているのは少しおかしい。

少年はこう言っているのだ。

 

 本当に君を捨てたのかどうか確かめるなら、今彼女らの親はどう行動するのか見るべきだ

 

「だったら、今の君の行動はなんでなのかな?」

 

「黙りなさいって言ってるでしょ!」

 

「本当は見たくないんでしょ?

 自分が捨てられていると認めたくないか……」

 

「お前、本当に黙れよ」

 

アルクェイドはレンに囁くために顔を近づけた少年の顔を横から蹴飛ばした。

彼は近くの木の根本に眠らされて放置されていたコリンを抱えていた。

レンが攻撃していた間ずっとコリンを探っていたのだ。

 

「あはははははははは」

 

蹴られて木々に体をぶつけても少年は笑う。

 

「人の過去を探って楽しいか?」

 

「僕はあなたの邪魔になる奴を消しているだけですよ!」

 

狂った目でアルクェイドを見る少年。

高らかに声を上げて叫ぶ。

 

「どいつも、どいつも、あなたの心を惑わしている!

 あなたの輝く眩しい光を雲で遮っているんだ!」

 

一層壊れた声で笑う少年。

何が彼をここまで追い立てているのか分からない。

 

「あいつ、薬でもやったのかしら?」

 

嘗てアルクェイドとレンが死神と初めて出会った時よりも明らかにぶっ飛んでいる。

レンが少年の狂気を感じてそう言った時に、アルクェイドとレンの後ろにティオがようやく追いついた。

 

「はぁはぁ、ようやく追いつきました」

 

「これはこれは………」

 

ティオを視界に捕らえた少年は驚きの声を上げた。

 

「いつかのお友達じゃないか」

 

「はい?」

 

いきなり少年にそう言われてティオは首を傾げた。

 

「まさかお友達が三人も揃うとは思っても見なかったよ」

 

「なんの話ですか」

 

ティオも少年の怪しげな気配を察知して、スタッフを構えながら少しずつアルクェイドとレンに寄る。

自分の力ではまともに相手にならないことを察している。

 

「名残り惜しいけど、今回はここまでかな?

 僕は諦めないからね、ずっとずっと僕だけが味方なんだから」

 

トーンの高い笑い声を響かせながら少年は消えた。

不快な笑い声がしばらくの間、響き続けた。

 

「……何だったのですか、アレは」

 

「死神だ」

 

「今のが……」

 

アルクェイドの短い返答に納得したように頷いた。

けれど、ティオは何処か違和感を感じていた。

アレは死神と言うよりも……

 

「あれの何処が神なんでしょうか?」

 

「神と云う物は弱者が創り上げた偶像だ。

 アレの本質はむしろ、ソレを創り上げる側だ。

 そして、神の本質は独り善がりだ」

 

それを短く言い放つとアルクェイドは抱えていたコリンを背負い、レンへと近づく。

その言葉の真意を問いたかったけれど、彼が会話を断ったということはそれ以上言うつもりはないことを理解して、口を閉じた。

 

「大丈夫か」

 

死神が消えて、座り込んでしまったレンへと声をかける。

 

「ねぇ……アル」

 

「ん?」

 

リーシャと同じように死神の言葉が堪えたのか、彼女の声は弱々しい。

 

「レンは、どうしたらいいのかな?」

 

「それはお前にしか決められないことだ。

 だが、焦って答えを出す必要はない」

 

「レン、あいつの言葉を否定出来なかった……」

 

見たくない現実から目を耳を逸らすことしか出来ない。

そう死神に断言された。

 

「1つだけ、確かめる方法がないわけでもない。

 だが、それを信じるかはお前次第だ」

 

「それでもいいの。

 お願い、アル」

 

レンの弱々しい声に頷き、アルクェイドはティオの方を見た。

 

「ティオ、後で話がある。

 支援課のビルで待っててくれないか」

 

「分かりました」

 

話というのは死神のことだとすぐに分かり、ティオは頷いた。

 

「少しだけ一人にさせて……」

 

出来るだけ声色を強くしてレンは去った。

それを追いかけようとしたティオをアルクェイドは止めた。

ある意味で三人の中で一番弱いのはレンだった。

ある意味で一番強いのも彼女なのだが、それは彼女の形成させているものが問題だった。

自己を創り上げる。

それはある意味で便利だが、とても脆く不安定でしか無い。

簡単に言ってしまえば、彼女の行動を他人に委ねているということだ。

ある一定以上のストレス故の逃避行動。

子供なら誰しもが言い訳に使う、誰かのせいと言う言葉。

これをより明確に作り上げた故のレン本人の脆さ。

半年前に創り上げた壁をエステルに全部剥がされてしまった。

ただでさえ、脆い心に重度のストレスをかけられてしまえば、こうなることは明白だった。

だからこそ、アルクェイドは止められなかった。

尊大な言い方をすれば、彼女のためなのだから。

 

「くそが……」

 

それでも、アルクェイドは自分の情けなさ不甲斐(ふがい)なさに悪態をつきたかった。

だけど、ティオを止めた。

1番彼女に声をかけたいだろうと思われる彼が。

それが分かるからこそ、ティオは何も言わずに留まった。

レンには時間が必要だった。

自分と向き合う時間が……

 

 

 

 

 

 

 

レンが去り、ティオも先に帰った。

アルクェイドは一人、佇んでいた。

 

「風が出てきたな」

 

黒いコートを靡かせて、コリンを背負って空を見上げた。

その視線の先には太陽を妨げて、彼らに影を落とす存在が見えた。

流れる雲の隙間から巨大なモノが太陽の光を遮っていた。

 

「聞いてないぞ」

 

その巨大なモノを見上げてアルクェイドは呟いた。

 

「ちゃんと伝えたはずだよ?」

 

一層強く風が吹くと、アルクェイドの背後にある岩に少年が座っていた。

 

「予定よりも速すぎるだろう。

 道化師、カンパネルラ」

 

「久しぶりだね、王様」

 

カンパネルラは岩から飛び降りて、アルクェイドの横に立つ。

 

「ちょっと他の所に用があったから、ついでに君に会ってみたくなったのさ」

 

「用……ね。

 方向からして帝国か」

 

「そ、幻炎計画の下準備って奴さ」

 

「箱舟を連れて……か?」

 

「ぼくとしてはそこまで仰々しくしたくはないんだけどね」

 

コツコツと足音を響かせて、肩を竦ませながらアルクェイドの周りを歩く。

 

「そろそろ、君も戻ってきてくれないかな?」

 

「………………」

 

「前回の件で協力者もかなり減った。

 なにより、君の技は簡単に替えの効くものじゃないからね。

 ぼくたちの目的は分かっているだろう?」

 

「世界は変わらなくてはならない………か」

 

「そう、それは君が1番分かっているだろう?」

 

「もちろん分かっているさ、だが……」

 

「だが?」

 

「悪いが、そんな時間はもはや無い」

 

「それはどういう意味だい?」

 

「そのまんまさ」

 

アルクェイドはカンパネルラに背を向けてクロスベル市に向かって歩き始めた。

 

「やれやれ、振られたか」

 

やれやれとカンパネルラは肩を竦めた。

 

「また会いに来るからね、ばぁい」

 

パチンと指を鳴らしてカンパネルラは消えた。

 

「そうそう、いつまで見ているんだい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

ヘイワース宅の塀の内側に忍ぶアルクェイド。

外からでもコリンがいなくなったことで、慌ただしいのが伺える。

アルクェイドはコリンを下ろして、壁に凭れる。

家の中からする気配は二人のみ。

 

「牙の十八番を借りるぞ」

 

何かに了承を取るように呟き、コートからフルートを取り出した。

アルクェイドはキーンとした音と共にフルートを奏でた。

辺りに物悲しい音が響き渡る。

その音を聞いた者は須く足を止めたという。

 

 

 

 

 

 

「あら、ロイド達じゃない」

 

「そんなに慌ててどうしたんだい?」

 

西通りに来ていたエステルとヨシュアは、そこにロイド達支援課の3人が走って来るのが見えて声をかけた。

 

「依頼で駆け回っているんだ」

 

「こんな時まで大変だね」

 

「こういう日だからこそ頑張らないといけないけどな」

 

「そうね」

 

そこでエステルは1人少ないことに気付いた。

 

「そういえばティオちゃんはどうしたの?」

 

「ああ、何か用事が出来ていないんだ」

 

「そうなんだ」

 

ヨシュアはその言葉にどこか引っかかった。

だが、それを考える前に別の事に気を取られた。

 

「あれ……?」

 

「エステル?」

 

エステルが辺りを見渡して首を傾げていた。

 

「ヨシュア、この曲は……」

 

何処からか微かに聞こえる音色をエステルの耳は捉えていた。

 

「これは……」

 

彼女たちにとっては聞き慣れた曲だった。

 

「なんだ、この曲は?」

 

「ヨシュアの音に似ているけど全然違う」

 

「エステル?」

 

エステルはこの音を聞いて辛そうな顔をしている。

 

「なんで、こんなに辛そうなの……」

 

音としては悲しい気持ちになるが、エステルだけは違う感想を述べた。

それは、彼女だけがずっと同じ音を聞いていたからだろうか。

 

「ヨシュアは優しい音だけど、コレは何かに絶望しているような気がする」

 

その瞬間、彼らの中心に一枚のカードが突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

「こんなものか」

 

家の中の気配が動かなくなったことを感じて、アルクェイドは演奏を止めた。

アルクェイドはフルートをしまい、コリンを背負って家の中へと入っていく。

 

「お子さんが見つかりましたよ、ヘイワースさん」

 

「ああ、ありがとうございます」

 

まるで、アルクェイドにコリンを探すことを依頼していたかのようにヘイワース夫妻は彼を迎えた。

安らぐように寝ているコリンをソフィアが強く抱きしめる。

子供が迷子になっただけにしては異常な反応に見えるだろう。

だが、彼らは一度娘を無くしているが故に、当然と言える。

それを知っているアルクェイドも怪訝に思うことはなかった。

 

「お姉ちゃん……」

 

母親に抱き締められているコリンがそう寝言を言った。

コリンがいなくなり、焦燥していたソフィアにはその言葉は届かなかった。

だが、ハロルドの顔が変化したことをアルクェイドは見逃さなかった。

ソフィアはコリンを抱えたまま二階に上がっていった。

 

「妻も気が気で仕方なかったのでしょう」

 

「今、お子さんが言ったお姉ちゃんとは?

 確か、ヘイワースさんには娘さんはいなかったですよね?」

 

本来ならば、コリンはレンの事を知らないのに、そう言った彼の異変すらもハロルドは気付かなかった。

アルクェイドがそう言うと、ハロルドは眼を閉じて熟考した。

数十秒後に目を開き、溜息をついた。

アルクェイドを椅子へと誘い、ハロルドも向かいに座る。

 

「私たちは一度、娘を亡くしているのですよ」

 

ハロルドは辛い顔をして口を開き、語り始めた。

過去に投機的な事業に手を出し失敗。

負債を抱え込み債権者から逃げる最中、共和国の友人宅に娘、レンを預けた。

その後、債務整理にイアン先生の協力も得て、真面目な事業で借金返済に専念する。

借金を返済した1年後、レンを迎えるために友人宅を訪れるが、友人一家は不審火により全滅していた。

絶望した夫婦は心中をも考えるが、妻が子を身ごもっていることがわかり、心中を思いとどまる。

成長していくにつれて、いなくなったレンに似てくるコリンを見て、この子と共に家族皆で幸せになることが、せめてものレンへの償いになるだろうと思っている。

時折、辛そうに言葉に詰まりながらも全てを語った。

 

「償い……ですか」

 

「ええ、あの娘に出来なかったことを、コリンにしてあげることがなによりの事だと思っています」

 

「…………………」

 

「今でも、レンが、あの娘がいなくなったことに私たちは立ち直れてはいません。

 ですが、コリンはあの娘と同じ目に合わせたくはないのです」

 

「…仮に、レンが貴方達を恨んでいたらどうしますか?」

 

アルクェイドは建前やオブラートに包む気はなく、率直に問うた。

アルクェイドにもハロルドが言っていることは事実だろうと思う。

だが、事実がどうあれ、感情というものは難しいものだ。

捨てられていませんでした、だからと言って、そうだったのですか許します、等という簡単にそう心変わりが起こるわけがない。

 

「恨まれて当然だと思っていますよ。

 私たちはあの娘を不幸にしてしまった。

 だけど、だからこそ、コリンには有りっ丈の愛情を注ぐことに決めたのです」

 

「そうですか」

 

アルクェイドは立ち上がり、扉へと向かう。

 

「彼女の選択次第では本当に償えるかも知れませんよ」

 

「それは、どういう意味で……」

 

ハロルドが全てを言い切る前に、アルクェイドからキーンとした音が広がる。

その音を聞いた瞬間、ハロルドはゆっくりと倒れた。

そのままアルクェイドは振り向きもせずに扉を開いた。

 

「だが、それを決めるのはレンだ。」

 

 

 

 

 

 

 

「こんなところにいたか」

 

レンは西街道の崖の上に膝を抱えて座っていた。

レンが見ている方向には、ヘイワース宅が良く見えた。

良く此処に来るのか雑草が踏みならされていた。

 

「幻惑の鈴の手口まで借りた結果だ」

 

アルクェイドはレンの横にハロルドとの会話を記録したボイスレコーダーを投げる。

しかし、レンはそれを受け取らずに地に落ちた。

雑草がクッションとなり、損傷はない。

アルクェイドはそんなレンに何も言わずに背中合わせに座った。

 

「…………………」

 

「…………………」

 

彼らの間にしばし静寂が訪れた。

 

「ねえ」

 

先に口を開いたのはレンだった。

 

「何も教えてくれないのね」

 

「…………………」

 

アルクェイドは何も答えない。

 

「レンはアルのそういうところが大嫌い」

 

「そうか」

 

アルクェイドはレンが困っていると、何も言われずとも手助けしてきた。

時には迷惑がられることもあったが、気にせず手助けし続けた。

その癖に、肝心な所は一切触れようとしない。

 

「アルはレンの事が嫌いなの?」

 

「いや……」

 

いきなり何の話なのか分からずにアルクェイドは曖昧に答える。

 

「ちゃんと答えて」

 

レンはアルクェイドの肩を引っ張ってアルクェイドの顔を真上から見下ろす。

アルクェイドは今まで見たこともない目を向けられて驚いていた。

縋るような、弱い目。

それでいて、本当の事を言って欲しい強い目をしていた。

普段の猫の様にのらりくらりと冗談を言って茶化すようなレンではなかった。

 

「…………………」

 

2人の視線は両者の目をじっと見る。

 

「……なぁ、お前は俺の……」

 

アルクェイドは口を開いて何かを聞こうとした。

 

「いや、何でもない」

 

だが、それを止めた。

懸念はあるが、今レンにそれを聞いては、全てが崩れ落ちていきそうに思えたから。

だから、アルクェイドはこう答えた。

 

「考えた事がない」

 

「そう」

 

レンは頭を下げる。

アルクェイドからは髪の毛に遮られて顔が見えない。

アルクェイドはレンに倒された体を起こす。

アルクェイドはボイスレコーダーに手を伸ばす。

 

「レン、怖いのは分かるが向き合う為に来たんだ。

 ちゃんと聞いておけ、お前は前に進めるから」

 

アルクェイドはレンの手を掴んでボイスレコーダーを握らせる。

 

「聞いている間、レンの手を握っていて」

 

「分かった」

 

アルクェイドはいつぞやの崖の上と同じようにレンを膝に乗せる。

普段ならば、絶対にしない行動をアルクェイドはした。

レンはアルクェイドのらしくない行動に小さくありがとうと、呟くとボイスレコーダーを再生した。

 

 

 

 

 

 

 

 

全てが聞き終わった。

レンは途中からボイスレコーダーを落としていた。

レンは俯いている。

 

「レンは間違っていたのかな?」

 

弱く震えた声で呟いた。

 

「俺も明確に記憶していたなら恨んでいたと思う」

 

記憶があるが故に恨み続けていたレン。

記憶がないが故にどうすればいいか分からないアルクェイド。

どちらが正しくて間違っているなどと判別する方法などない。

 

「レンはこれからどうしたらいいのかな……」

 

その言葉が出るということはレンは迷っているのだろう。

そして、後押しをして欲しいのだ。

 

「結社にいてもいいし、ブライト家に行っても良い」

 

それでもアルクェイドはレンの意志に委ねる。

 

「なんならヘイワース家に戻っても構わない」

 

アルクェイドの言葉にレンは驚愕した。

 

「そんなの出来るわけが……」

 

「何処かに孤児として引き取られていたとしたらいい。

 そういう事が出来なくはない」

 

「でも、今更どんな顔して戻ったら……」

 

「ずっといなくてもいい。

 だが、生きていることは伝えた方がいいと思う。

 彼らはまだ、お前を探し続けている」

 

アルクェイドは嘘をついた。

アルクェイドがレンに嘘をついたのは初めてだった。

 

「パパ……ママ……」

 

レンはもう堪えられなかった。

レンは泣き始めた。

叫声を上げるようなことはないが、アルクェイドの腕を抱きしめて思いっ切り泣いた。

アルクェイドはレンの頭を抱き締められていない方で優しく撫でた。

レンが泣き止むまで撫で続けた。

アルクェイドは空を見上げる。

何かを考えるように目を閉じた。

 

「どちらかであるか分からない限り答えられない」

 

泣きじゃくるレンに、その言葉は届かなかった。

そして、その崖の上の二人を、一匹の獣が見ていた。

その蒼き毛並みを持つ獣はどちらを見ていたのか……


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