喧嘩の仲裁の後でアルクェイドはシュリを迎えに行った。
イリアに預けた物も回収して、メゾン・イメルダに戻ったまでは良かった。
そう、アパルメントに着いた時に、レンの鼻歌が聞こえるまでは……
シュリに伝えることも忘れて、鼻歌が聞こえてくる場所に一目散に向かった。
「…………何をしている?」
「あら、おかえりなさい」
アルクェイドは楽しそうなレンに声をかける。
機嫌の良いレンがにこやかにアルクェイドに振り向いた。
「もう一度聞く、何をしている?」
「何って、見て分からないかしら」
そう言って、レンはいつものゴシック調のドレスの上から純白のエプロンを付けていた。
それを見せびらかす様にクルッとターンをした。
そして、再びアルクェイドに向き直った所でアルクェイドの横にいるシュリに気づいた。
「貴方がシュリね?
レンよ、これからよろしくね」
「あ、ああ……よろしく」
レンは丁寧にお辞儀をした。
そんなレンにやや驚きながらもシュリも軽く頭を下げる。
そんな二人を気にした風もなく、アルクェイドはレンを冷ややかな目で見続けていた。
それほどまでに、彼はレンの行動を信じられなかった。
例えレンがエプロンを着けていても、この場以外ならそこまでアルクェイドは焦らなかった。
「あ、アルってばまた大量にそんなの買ってきて」
アルクェイドが手から下げている袋の中身を確かめて肩を竦める。
「もう、そんなに買わなくてもレンが作ってあげるのに……」
「やっぱり料理なのかっ……」
レンのその言葉にアルクェイドは驚愕した。
アルクェイドは慌ててレンの肩を掴む。
「俺が作るからレンは大人しく待ってるといい」
「たまにはレンが作ってあげるわ。
ほらほら、あっちで待ってて」
アルクェイドとシュリはレンに押されて、その場から追い出されてしまった。
レンは二人を追い出すと笑顔で戻っていった。
アルクェイドは失意の顔で席に座った。
まるで全てを諦めたかのような表情だった。
「なんでそんな顔してるんだよ」
先ほどまでの彼とは思えないほど、アルクェイドは動揺していた。
「……レンが料理をするのは初めてだ」
「え?」
いつもはアルクェイドがヨルグの分も含めて食事を作っている。
それはアルクェイド自身がバランス良く栄養を取るためであり、レンやヨルグにも作るのはついでだった。
作ること自体は対して手間ではないが、アルクェイドも製作者の端くれである。
時には一心不乱に何かを作り、工房に篭ることも多い。
その時の為にアルクェイドは定期的に今日のように簡単に食べられるパンなどを大量に購入する。
そして、今までに大量に購入していたのは、メゾン・イメルダの改装中に全て消費してしまっていた。
故に今日、シュリのついでに購入したのだった。
「俺はレンと長い時間一緒にいることが多かった」
レンがパテル=マテルと共に行動する以上、彼にはメンテが必要なため結社の工房『十三工房』に世話になることが多かった。
そして、アルクェイドも以前はそこにいることが普通だった。
だから、必然的に彼らは一緒にいることが多かった。
「その長い時間の中で、一度もレンが料理しているところなど見たことがない」
「でも、それの何が問題なんだ?」
「……………………」
シュリのその言葉にどう応えていいのか分からなかった。
レンはかつて、楽園から救出された時からヨシュアがワイスマンの指令によってブライト家に潜入するまでの間、ヨシュアから薬剤の調合などを全て教えてもらっている。
その期間は実に一年にも満たない。
だが、それはあくまでも薬剤の調合の範囲内だ。
「料理というものは善意によって兵器にも成り得るということだ」
「はぁ?」
料理には、食材には食べ合わせというものが存在している。
それは同時に食べるものや順番などがある。
料理とは科学に準ずるものである。
食材そのものから使用する調味料に器具までもが、下手をすれば危険な化学反応を起こしてしまう。
そして、素人で一番怖いのが食べてくれる人の善意を思って、好物や体にいい物を適当に入れてしまうことだった。
それだけなら、アルクェイドにとっては何も問題はない。
せいぜい味がひどくなるだけだ。
シュリもそれなりに顔を歪ませるだろうが食べられるだろう。
最悪、アルクェイドが買ってきたパンもある。
だが、今料理をしているのはレンだ。
彼女がアルクェイドに多少の好意を持っていることはアルクェイドも理解している。
だからこそ、アルクェイドはレンが料理にヨシュアから学んだ薬剤を混ぜてしまうことを危惧していた。
それがどういう化学反応をするか分からない。
アルクェイドはレンが自分を思って作ってくれていることを知っている。
だから、出来たものがなんであれ、無下に扱うことはしない。
彼にはそれを食べるという選択しか無い。
「レンがレシピ通りに作ってくれることを願うしか無いな………」
「………」
沈痛な表情をしているアルクェイドにシュリは何も言えなかった。
もっとも、アルクェイドが懸念しているのはそこではない。
食べた時のレンに対する反応がどうしたらいいのか分からないのだ。
「酷かったら酷いで認めてちゃんと教えてやるか……」
彼女が誰かのために行動することは悪いことじゃない。
-独善だ、偽善だ、と言われようが、子供は無邪気に笑うほうが良い-
シュリの目にはアルクェイドが微かに笑ったように見えた。
「ふんふん~ん」
レンの嬉しそうな鼻歌が響く。
「エステル達といたときは危ないからって止められてたからね。
初めてだけど頑張るわ」
そう意気込んだものの、レンは食材の前で佇んでいた。
「そうは言ったものの……
何をどう作ればいいのかしら?」
アルクェイドが買った食材を一通り出したものの、これまで一度も料理したことのないレンは何から手をつけたらいいのか分からなかった。
「何かレシピとか無いのかしら?」
レンはアルクェイドが暇さえあれば本を読んでるのが多かったことを思い出した。
彼は何が自分の為になるか分からない為にどんな本でも読んでいる。
その中に料理の本も無論含まれている。
「病気になると面倒だから栄養には気をつけてるって言ってたわよね」
レンはアルクェイドの性格からして近くに置いてあると考えて、戸棚を開け始めた。
「え~っと、これかしら?」
レンは戸棚の中にやや古ぼけた本を見付けた。
「こんなに古い本持ってたかしら?」
レンは怪訝に思いながらも試しに開いてみた。
「これは……」
「さ、出来たわよ」
「コレは……」
レンは出来た料理を二人の前に出した。
その料理を見るや、アルクェイドは眉を顰めた。
「……やっぱり、これじゃ料理とは言えないわよね」
そんなアルクェイドを見て、レンは叱られた子供のように俯いた。
そんなレンを尻目に見ながら、それを掴んで口に運んだ。
「ふむ……少々塩が多いが旨いぞ」
おにぎりを食べ、手に付いた塩を舐めとりながらレンの頭に手を置いた。
「いきなり難度の高い物を作らずに出来る物を作ったのは良い判断だ」
優しい目でレンを見ながらアルクェイドは微笑んだ。
「と、当然じゃない。
こんなの簡単に出来るわよ」
レンは照れくさそうに顔を背ける。
アルクェイドはレンの米の熱さでやや赤くなっている手を掴んだ。
「これからは料理も教えてやるからな」
その手を労るように撫でながらそう言った。
「すぐにアルより上手くなるんだからね」
「まぁ、頑張れ」
意気込むレンに対して、アルクェイドは苦笑した。
「変な奴だ」
今日一日、アルクェイドという男に出会って、連れ回されて、家まで与えられた。
シュリはアルクェイドを良く見ていたけれど、結局出た感想はそれだけだった。
たまに遠い目をする時もあれば、子供のように目を輝かせたり、死んだような目をしたり、とてもいい顔で笑ったり……
-俺もあんな風に楽しくなるのかな-
アルクェイドは本当に人生と言うものを楽しんでいるような気がした。
だけど―――
-たまにいないように感じるのは何故だろう-
「そう言えば、何でおにぎりなんて作ろうとしたんだ?」
「それはこの本に自分が確実に作れる物で愛情を込めるほうが相手に伝わるって書いてあったのよ」
「本……?
えらい
「それに、たまには攻めるよりもやや引いてみた方がいいと思ったのよ」
「お前は……はぁ……」
「効果覿面だったしね」
「お前には勝てねえな……」