刹那の軌跡 【完結】   作:天月白

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第19話 機械仕掛けの競争

アルクェイドはシュリとパンをイリアに一旦預けて、港区へ向かう。

大量のパンをイリアが受け取った時は頬が引き攣っていたが、アルクェイドの食いたかったら食ってもいいという言葉に一応頷いていた。

 

「一体何の用なんだか」

 

コートのポケットに片手を突っ込み、もう片方の手で受け取ったカードをクルクルと手遊びに回す。

アルカンシェルから出掛ける時にリーシャが何か言いたげだったが、今度聞くことにした。

まだ迷っているように見えたからだった。

アルクェイド自身も彼女とどう会話すればいいのか分からなかった。

不意に突風が吹き、手元からカードが飛んで行ってしまった。

それを目で追いかけると屋根の上に菫色の何かが見えた気がした。

それが気になって注視してみると知っている少女の姿がそこにあった。

 

「レン……?」

 

彼女はそこから何かを見ているようだった。

その視線の先に目を向けると、彼女と同じ菫色の髪をした優しそうな男性。

彼の手に繋がれた赤毛の少年と、反対側の手を握る同じ赤色の髪をした女性。

仲睦まじい一組の親子をレンは眺めていた。

 

「……レン」

 

再び彼女に目を戻すと、レンは不思議な目をしていた。

彼女の目に宿っているのは、怒り、不安、苛立ち、疑問、それと……

 

「寂しさ?」

 

レンはアルクェイドに気づくと驚いた目をして、慌てて動いて彼からは見えなくなった。

彼女を追いかけようとした瞬間、アルクェイドは誰かに肩を掴まれた。

 

「やぁ、待っていたよ」

 

その男は柔和な笑顔を浮かべていた。

 

「悪いが俺はお前を知らない」

 

冷たくその手を払い、男を睨む。

 

「残念だが、こちらには用があるんだよ」

 

アルクェイドのその言葉に特に気にした風もなく、肩を竦めた。

アルクェイドは一層冷たい眼差しで男の眼前に手を差し向ける。

 

「いい加減にしないと剥ぐぞ、その皮」

 

「や、やめてくれたまえ。

 私はミステリアスなのが売りなのだから」

 

「訳が分からん……

 で、どういう理由で呼び出したんだ、B」

 

アルクェイドがその名を出した瞬間、見知らぬ男は怪しげな笑みを浮かべた。

 

「どうしていつも君は騙せないんだろうね?」

 

「お前は言動が分り易すぎる。

 レンを見習え、レンを」

 

「彼女のロールプレイは恐れすら感じるよ。

 彼女は天才なのは理解しているがね。

 それと、今の『僕』はバレルだ」

 

見知らぬ男はとてもいい笑顔で言い放った。

また面倒な事を思いついたのだと気づいたアルクェイドはため息を付くしかなかった。

 

「それで、何の用だ?」

 

「喧嘩に参加しようと思ってね」

 

バレルは実に楽しげな笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は旧市街。

そこには多くの人間が集まっていた。

集まっている面々もそれなりのメンツだった。

特務支援課、ギルドのニューフェイス、そして、旧市街の不良を纏める2グループのリーダーたち。

そこに何処から聞きつけたか記者のグレイスまでいる。

創立祭でテンションがあがり、不良が暴走したことが原因で支援課が出張ることとなった。

彼らのやる気を発散させるなら迷惑にならない方法ということになり、今の状態になっていた。

これに目をつけたブルブランは親友を巻き込んで支援課を含めたメンバーを確かめるようだった。

 

「その勝負、『僕』たちも混ぜてはくれないかな?」

 

人のよい笑顔を浮かべながら、一発触発だった彼らの元へ進んだ。

そこに集まっているメンバーは一体何を言っているんだという顔でバレルを見た。

だが、ヨシュアはアルクェイドに気づくとエステルを引き寄せた。

支援課はバレルを気遣って心配しているし、アルクェイドも止められている。

ワジは彼らの普通じゃない佇まいに気づいて面白そうに笑っている。

ヴァルドは叩きのめせる相手が増えることに喜んで歓迎していた。

支援課の中でティオだけはアルクェイドに近寄っていた。

 

「ちょ、ちょっと、ヨシュアいきなりどうしたのよ?」

 

「あの黒いコートの男がアルだよ!」

 

「あんですって!?」

 

ヨシュアの声に反応して、エステルはアルクェイドを仇でも睨むかのように睨んだ。

 

「あんた!」

 

「ん?」

 

アルクェイドの前まで行って勢い良く指を指す。

 

「よくもうちの子を!

 返してもらうわよ!」

 

「は?」

 

エステルに人攫い扱いをされてアルクェイドは面食らった。

いきなり公衆の面前で人攫い扱いにされては堪らない。

だが、その公衆はこれから始まることに夢中で彼らの細かい話は聞こえておらず、バレルと言い争っているメンバーもおり、彼らに近い人物の耳にしか入らなかった。

 

「ああ、お前がエステルか。

 レンやブルブランが世話になったようだな。

 借りを返しておこうか?」

 

「ぐっ」

 

アルクェイドは凄みを利かせてエステルを睨む。

一瞬エステルは怯んだが、すぐさま睨み返す。

 

「くく、冗談だ。

 あいつはあいつの意志で動いている。

 自分で見つけるんだな」

 

「言われなくても見つけてやるんだから!」

 

憤慨しながら、エステルはヨシュアの元に戻る。

その予想通りのエステルの行動にアルクェイドは楽しそうだ。

 

「い、いきなりケンカを売るなんて君は全く……」

 

呆れ顔のヨシュアにエステルは、ごめん、と謝る。

アルクェイドがどんな性格か知っているヨシュアは危害の可能性はないが、それでも心配していた。

 

「今の、どういう意味ですか?」

 

ティオは訝しげな目でアルクェイドに問う。

 

「レンのことさ。

 色々あるんだよ。

 どいつもこいつも、何かしら抱えている」

 

曖昧なアルクェイドの言葉だったが、それ以上誰も問うことがなかった。

そう言われては安易に聞けはしない。

少なくとも、此処に居る主要の人間は何かしら抱えているのだから。

 

「何でもいいから、とっとと始めようぜ」

 

ヴァルドが指を鳴らしながら意気揚々と言う。

 

「『僕』たちも参加でいいのかな?」

 

「勿論構わないぜ。

 その命知らずな所、気に入った!」

 

バレルの言葉にヴァルドは盛大に笑う。

相方となる彼の行動にワジは肩を竦める。

 

「ぼくも構わないよ。

 少しばかり興味があるんだ」

 

ワジは飛び入りが気になって目を向けている。

 

「だけど……」

 

彼らの言葉に戸惑うロイド。

彼らを一般人だと思っているロイドは必死に止めようとしていた。

 

「大丈夫だと思いますよ」

 

「ティオ?」

 

戸惑うロイドにそう言ったのはティオだった。

 

「少なくとも、アルさんはかなりの実力者です。

 相方のバレルという人ははっきりとは分かりませんが……」

 

「俺もそう思うぜ」

 

「ランディ」

 

ティオの言葉に賛同するロイドのパートナー。

 

「このレースに参加しようと言っている時点で、それなりの実力があるんだろう」

 

「彼らは大丈夫だよ」

 

「ヨシュアまで……」

 

アルクェイドの素性を知っているヨシュアが声をかける。

 

「アルとは古い知り合いでね。

 多分この中で一番強いんじゃないかな?」

 

「君にそこまで言わせるのか……」

 

ヨシュアのその言葉にロイドも頷いた。

ロイドも彼らの飛び入りを認めると、ヨシュアはエステルのもとに戻る。

ヨシュアが戻るとエステルはバレルの方を見て何やら唸っていた。

 

「どうしたの?」

 

「いやね、あのバレルって人、何処かで会ったような感じがするのよね」

 

「彼に?」

 

「ん~、何処だったかな~?」

 

だけど、いくら唸った所で思い出すことは出来なかった。

今回、参加するメンバーとなったのは、これをすることとなった原因の不良のリーダーたるヴァルドとワジ。

それを止めに来た支援課からロイドとランディ。

同じくそれを止めに来て、これを提案したエステルとヨシュア。

それに飛び入りのアルクェイドとバレル。

走者の順番は実況を名乗り出た、記者グレイスがクジで決めることとなった。

そしてその回りには多くの観客。

それから離れて屋根の上に潜みながらレンが楽しそうに眺めていた。

 

「ふふふ、楽しそうね」

 

そう呟いて、彼女はエステルとヨシュアを見る。

 

「もう少しだけ、隠れていさせてね。

 ちゃんと、前に進みたいから……」

 

不意に彼女はこちらを見ていたアルクェイドと目が合った。

ヨシュアよりも隠密は旨くはないが、それでも簡単に見つけられるものじゃない。

なのに、アルクェイドは彼女を見つけ出していた。

 

「やっぱり貴方は気づいちゃうのね。

 それでも、やっぱり彼らには伝えない。

 本当に厳しくて、とても優しい王様……」

 

アルクェイドによって造られたエニグマ=Mを抱きしめて彼女は呟く。

自身の体まで抱くようにして……

不安を抱きしめて彼女は想いを馳せる。

それは何に対してなのか。

彼女自身も分かってはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

グレイスによって決められた順番は不良、支援課、飛び入り、そして最後に遊撃士になった。

先ほどからエステルはアルクェイドを露骨に睨んでいる。

アルクェイドはそれにため息をつくしかなかった。

 

「おやおや、随分嫌われているね」

 

「黙れ」

 

アルクェイドは誰のせいでこうなったと言わんばかりに茶化しに来たバレルを睨む。

 

「そんなことよりも傷は大丈夫かい?」

 

バレルは心配そうな声色でアルクェイドに問う。

 

「こんなのに誘っておいて、今更過ぎるだろ」

 

そう言って、アルクェイドは胸をさする。

かつて、彼女によって付けられた傷。

まるで戒めのように、どんな手を加えようが消えることはなかった。

 

「大丈夫だ。

 何時ものことさ」

 

「とは言っても、昨日はアレと殺し合って、最後は全力だったじゃないか」

 

アルクェイドはバレルのその言葉に何を思ったのか目を瞑る。

そして、数秒後に目を開き、遠い目をしていた。

 

「殺し合ってなど、いない」

 

「何?」

 

それが何を言っているのか理解出来ずに首を傾げる。

 

「アレから俺に攻撃されたことは初めて出会った時しかない」

 

「……つまり、アレは君に攻撃せずに凌いでいただけだと?

 そんな馬鹿な……」

 

アルクェイドの強さは嫌と言うほど知っている。

その恐ろしさ、気高さ、尊さを妬みたいほど羨ましく思っている。

故にバレル、ブルブランは死神のその行動を不可解に思った。

ある者は恐怖を抱き、絶望して無惨に殺される。

ある者は見惚れて、痛みすら感じずに最期を迎える。

ある者は恐れか歓喜故に刃向かう。

それのいずれかでない死神の行動を信じられなかった。

だが、諦めでも抗いでもない行動の意味を、理解出来ないでもない自分に自嘲した。

 

「気高き者を自分が汚したくなったということか……」

 

「何か言ったか?」

 

だが、その呟きはアルクェイドに届かなかった。

 

「いや、何でもない」

 

だからこそ、ブルブランとしては死神の行動を理解したくない。

ブルブランならば、その輝きを尊重し、更に輝けるように全力で相手する。

それで自らに敗れれば、それまでだと彼は言う。

彼の思う美とは天上に輝く気高さ。

アルクェイドの思う輝きはまた少し違うが……

 

「はぁ……」

 

アルクェイドはため息をついた。

今もエステルの睨む視線が一時も外れることがない。

ヨシュアに不満げに目を向けるが、彼は首を横に振るだけだった。

 

「エステル、いい加減落ち着きなよ」

 

「絶対レンの居場所を吐かせてやるんだから!」

 

「はぁ、アルがついてる限りレンは安全だよ」

 

「あたしはそういうことを言ってるんじゃないの。

 あの子はいまも独りなのよ。

 だから、あたしが独りじゃないって教えてあげるのよ」

 

「エステル……」

 

その言葉にアルクェイドの目がエステルを見る。

エステルの言葉にアルクェイドは苛立ち気に歯軋りした。

 

「B、少しだけ……

 ある程度までは本気で行く」

 

「はぁ、やり過ぎないようにな」

 

アルクェイドの言葉にバレルは肩を竦ませて言う。

そして、レースの幕は開かれる。

レース内容は単純に旧市街を一回りするだけだ。

途中にある三つのチェックポイントを叩いてゴールするだけという実に単純なものだ。

ただし、他の走者に対して妨害、罠を仕掛けるなど何でもありだ。

刃の付いたものと飛び道具は禁止となる。

全員は準備を終え、グレイスはそれを見ると開始の合図を告げた。

まず不良のリーダーたるヴァルドとワジが一気に駆け出した。

 

「さぁ、開始致しました!

 まずはワジ、ヴァルドのペアがチェックポイントを目指して駆け出します」

 

「へっ、まさかお前とコンビを組むとは思っても見なかったぜ!」

 

「それは僕も同じだよ」

 

普段はいがみ合い、幾度と衝突した二人。

それ故に互いの実力は理解していて厄介だろう。

一つ目のチェックポイントを叩き、折り返して二つ目へと向かう。

 

「今だ!」

 

「了解!」

 

振り向いて駆け出した所にロイドとランディが二人目掛けて攻撃を仕掛ける。

ロイドがヴァルドを、ランディがワジへと襲いかかる。

 

「しゃらくせえ!」

 

「ぐっ」

 

ヴァルドは持っている金属棒でロイドのトンファーを弾く。

あくまでも危害を加えないように配慮したロイドの一撃は軽く、ヴァルドに一閃されて簡単に弾かれる。

ワジはランディのハルバートを難なく受け流す。

 

「甘いよ」

 

「ちっ、速い。

 だが……こいつはどうだ!」

 

しかし、ランディは受け流された勢いのまま、刃が付いてないことを利用して、棍の様に手を組み替えて刃の部分を掴み、柄でワジに攻撃する。

ハルバートをその様に使われるとは思わず、ワジは手で受け止めた。

 

「まさか、そんな風に使うなんて思わなかったよ」

 

「止められるとは思ってなかったんだけどな……」

 

「おーっと!

 いきなり妨害を仕掛けた支援課だが、あっさりと捌かれてしまった!

 ランディ選手の刃が付いてないことを利用した攻撃も受け止められてしまったぁ!」

 

四者がそれぞれの武器で押し合い、せめぎ合っている。

その攻防の間にアルクェイドとバレルが横を通りチェックポイントを叩く。

四人とも気づいてはいたが、目の前の相手と対峙している間に彼らは四人の間を通り抜けた。

 

「こんの……やろう!」

 

チェックポイントを叩いたアルクェイド目掛けて、ヴァルドはロイドのトンファーを薙ぎ払った勢いのまま金属棒を振り回す。

 

「そうはいかないよ」

 

バレルは模造剣でそれを止めた。

アルクェイドが振り向いた所で、彼の姿は影によって陽が当たらなくなった。

アルクェイドはすぐに上を向くが逆光でよく見えない。

 

「こんのおおおぉぉぉ!!」

 

その何かは盛大に声を上げながら得物をアルクェイド目掛けて振り下ろした。

アルクェイドは真上で両の手に持ったナイフを交差させて受け止める。

 

「甘いわね!

 狙いはこっちよ!」

 

重力の力も加えた振り下ろしの勢いのまま、止められた上で押し込んで、そこを軸に一回転してチェックポイントを叩く。

アルクェイドはその押された勢いで駆け出して、バレルもそれに続く。

 

「遊撃士も飛び入りも相手の力を利用してそれぞれ上手く行動したぁ!

 これで、第一チェックポイントを叩いてないのは支援課だけになってしまった!」

 

ワジとヴァルドも支援課の二人の武器を弾いて先の二人の後を追いかける。

エステルとヨシュアもそれに続き、ようやくチェックポイントを叩いたロイドとランディも追いかける。

 

「エステル!

 迂闊にアルに攻撃しないでって言ったじゃないか!」

 

「うるっさいわねぇ。

 あんな奴、コテンパンにしてやるんだから!」

 

ヨシュアの忠告も聞かずにエステルは一気に駆け出して前の二人を追い抜く。

 

「うおおりゃあああぁぁぁ!」

 

そして、アルクェイド目掛けて棍を横に一閃する。

 

「おまえなら、そう来ると思っていたよ」

 

そんなエステルの行動にアルクェイドは不敵に笑う。

アルクェイドはコートを広げて背後に跳び、エステルが棍を振るうよりも早く視界を奪う。

 

「わぷっ!?」

 

「少しは君も大人しくしないとね」

 

バレルはコートに突っ込んだエステルを素早く、何処からともなく取り出したロープでぐるぐる巻にした。

 

 

「な、なんとぉ!

 エステル選手が一瞬で縛り上げられてしまった!

 これでは動きようがありません!」

 

「ふふ、お先に」

 

二人がエステルに構っている間にワジとヴァルドは第二チェックポイントを叩く。

アルクェイドとバレルもそれに続いてチェックポイントを叩く。

ヨシュアはエステルのロープを解こうとしているがきつく結ばれてなかなか解けない。

不良の二人に続いて、第三のチェックポイントにアルクェイドとバレルは向かうと、曲がり角でロイドとランディにすれ違う。

 

「この程度の実力なのか?

 だとしたら、とんだ期待はずれだな」

 

アルクェイドはロイドとランディにだけ聞こえるように呟いた。

意識して明らかに失望を込めた声色で……

 

「くそっ!」

 

「……………」

 

その言葉にロイドは悔し気に歯軋りする。

 

「ここ………かにさ…られるか」

 

「え?」

 

「ここまで馬鹿にされて大人しくしてられるか!!」

 

いきなり声高らかにランディは吠える。

 

「うおおおおおおおおおおお!!!」

 

ランディは辺りの空気が震えるほどの雄叫びを上げた。

それは、戦争等で自らを奮い勃たせ、敵を威嚇するために高らかに叫ばれる雄叫び。

 

「アレは戦奴の雄叫び(ウォークライ)か。

 あの血の匂いは猟兵団(イェーガー)だったからか」

 

アルクェイドは背後から聞こえてくる盛大な鬨の声に納得して呟いた。

ロイドはいきなり雰囲気の変わったランディに唖然としながらも、駆け出したランディの後に続く。

ランディは第二チェックポイントを勢い良く叩き、近くに立て掛けられた木材を利用して屋根に登る。

 

「ロイド!

 お前は下から回ってくれ!」

 

「あ、ああ、分かった」

 

ランディに言われたままロイドは先の四人を追いかける。

ロイドが前の四人に追いつくと、四人はせめぎ合っていた。

バレルはヴァルドの力任せな攻撃を巧みに受け流し、アルクェイドはワジを攻撃しているが、ワジは出来るだけ触れないように避けている。

その四人の中に上から何かが投げ込まれた。

それは地面に落ちると同時に大きな音と威烈な光を発した。

 

「ぐあっ」

 

「くっ」

 

四人は慌てて目を覆うように手を動かすが遅すぎた。

 

「行くぞ、ロイド!」

 

「ああ!」

 

その隙を逃さずにランディは上からアルクェイドとワジを、ロイドは横からバレルとヴァルドを攻撃した。

四人は弾かれて壁に飛ばされた。

 

「おーーーっと!!

 最後の最後で支援課が、まさかの大逆転かぁ!?」

 

ロイドは二人を弾いた勢いのまま最期の第三のチェックポイントを叩く。

ロイドとランディはゴール目掛けて走りだした。

 

「このまま支援課の勝利で幕を閉じるのか!?」

 

実況のグレイスや観客達までそう思い、ロイドとランディもそう確信して気を抜いた時だった。

 

「お前たちの本気を魅せてくれ」

 

彼らの背後からゾッとする冷たい声が聞こえた。

 

「ッッッ!?」

 

彼らは瞬時に恐怖という感情故に反射的に振り向いて得物を眼前に構えていた。

そして、それは正解だった。

二人が構えた瞬間に鈍い金属音が響いた。

 

「アル…クェイド…!」

 

二人が振り向いた視線の先にはナイフを突きつけたアルクェイドの姿があった。

それぞれ片方のナイフで二人の武器を押す。

ギリギリと軋み上げながらも二人は全力で押し返そうとするが、片腕ずつのアルクェイドに押し込まれている。

 

「な、なんて力だ」

 

「く、っそお!」

 

「……え、うわっ!?」

 

ロイドは驚いてしまった。

何故アルクェイドが他の三人と違って彼らに追いつけたのか。

アルクェイドには効いていなかったのではなかった。

アルクェイドは目を瞑ったままロイドとランディを攻撃していた。

その事実に驚いてロイドは押し込まれてバランスを崩してしまった。

押し込まれていたランディがロイドが押し込まれてアルクェイドの力のバランスが崩れたことを見抜いて、力尽くでナイフを弾いてアルクェイド目掛けてハルバートを振り下ろす。

それをアルクェイドはナイフを捨てて、振り下ろされるハルバートを素手で掴んで背後に投げる。

その時にアルクェイドはロイドの正面から体を逸らして半身となった。

それを好機と見たロイドはランディに合図を出す。

 

「行くぞ、ランディ!」

 

「合点承知だ!!」

 

ランディはアルクェイドに投げられて危なげ無く着地して、先にアルクェイドに突撃したロイドと挟み撃ちにする。

 

「はっ、とう、うりゃ、せい!」

 

「おら、このっ、どうだ、はぁ!」

 

両者はアルクェイド目掛けて連撃を繰り出す。

最初に突撃してきたロイドに体を向けて、一撃目を受け止めたアルクェイドに背後からランディのハルバートが襲いかかる。

僅かに連撃の間を空けて、ロイドとランディは交互に攻撃するように襲う。

この怒涛の連続攻撃をまともに受けては危険だろう。

最初こそ弾かれた音がしたが、幾度と確かな手応えを感じた二人は同時に一旦距離を取る。

そして、呼吸を合わせて一気に止めとなる一撃を放つ。

 

「バーニングレイジ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

前から襲い来るトンファー。

後ろから迫り来るハルバート。

無心でそれを察知したら、不意に脳裏に何かが響いた。

 

-助けて-

 

まだまだ荒いが素質は十分だろう。

 

-見つけて-

 

それは俺が関与するところじゃない。

 

-ごめんなさい-

 

朧気ながら見える光景。

頭を抱えて謝り続ける緑髪の少女。

鐘が鳴っていた時に見えた光景だ。

何故だろう……

その姿がとても憎い。

いや、俺が殺したいほど憎いのはその少女か?

分からない、分からないけど無性に腹が立つ。

後悔して謝るくらいなら最初からそうしなければいい。

………俺はこれまで後悔してきたことがあっただろうか?

覚えている限り、無い。

それは何事も上手く行なってきたから?

それは有り得ない。

事実、幾度と俺は失敗していることがある。

何事も上手く行なってきたわけではないし、予想しない異常な事態も幾度と経験してきた。

そして果たせなかったことも大いにある。

なのに、それをあーすれば、こーすれば良かったと、思ったことはない。

何故?

 

-ごめんなさい-

 

ああ、そうか……

それは俺が―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか、こんな終わり方になるとは思いもよらなかった」

 

「まぁ、そうだな。

 それよりも、ロイド。

 お前の怪我は大丈夫なのか?」

 

ランディは横に座っているロイドの腕に巻かれた包帯を見ながら心配そうに聞く。

 

「アルが言うには軽い捻挫だってさ。

 明日には治っているだろうって、手当してくれたよ」

 

ロイドはその巻かれた包帯を労るように摩りながら言う。

 

「てか、アルクェイドはなんでも出来るな……

 本当に何者だよ……」

 

「ははは、確かに」

 

「細工は作る、動力機械も作るどころか誰も作れないようなオーバーサイクルまで。

 戦闘は強くて何をされたのかも分からない、さらには簡単な医術も熟知してやがる」

 

「俺としてはあのコートの中に一体どれだけの物が入っているのか気になるけどな」

 

エステルを巻いたロープ然り、ロイドの腕の包帯然り、更にナイフにバレルの持つ模造刀までコートの内側から取り出していた。

 

「あーあ、それにしてもあの時本当に何されたんだろうな……」

 

ランディは大きく足を伸ばして腕を枕にして地べたに寝転んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「バーニングレイジ!!!」

 

ロイドとランディは怒涛の連続攻撃を放った。

その凄まじい勢いに彼らの周りに砂が舞い上げられ、彼らがよく見えずシルエットしか分からない。

 

「決まったー!!

 支援課の強烈な一撃がアルクェイド選手に放たれ、まともに受けていては無事では済まないでしょう。

 これはもう、飛び入りの勝利は不可能なの……か……えっ!?」

 

あくまで二人共ゴールしなければ勝ちとはならない、このレースにとって片方が欠けることは絶対に避けなければならない。

誰もがアルクェイドに多大なダメージが与えられたと思った瞬間、砂煙から何かが飛び出した。

否、弾き飛ばされたのだ。

一つは纏められて置かれていたドラム缶に突っ込み、もう一方はギャラリーの前へと転がっていった。

ギャラリーは目の前にまで飛ばされてきた物体を見る。

 

「ぐ……ぅぅ……」

 

それはランディだった。

そして、砂煙の中からコツコツと靴音をさせながらアルクェイドが現れた。

 

「……………………」

 

何が起こったのか分からずに、実況のグレイスまで唖然としていた。

アルクェイドはそのまま、ドラム缶の上で痛みを堪えているロイドの側まで歩く。

 

「…った……」

 

「立てるか?」

 

そう言って、アルクェイドはロイドに左手を差し出した。

 

「え?

 あ、はい…いたっ!?」

 

「手首を捻ったか。

 大半がただの打撲だから心配はいらないだろう」

 

ロイドがアルクェイドの腕を掴もうとした腕を逆にアルクェイドが掴む。

アルクェイドはロイドに肩を貸して立ち上がる。

 

「こっちの方も地面を転がった時に付いた擦り傷とかだけだね」

 

いつの間にかバレルがランディの傷の具合を確かめていた。

 

「って~、一体何が起こったんだ?」

 

アルクェイドに何をされたのか分からずに首を傾げ、傷口を押さえながら立ち上がる。

 

「それよりも、これだと勝負は中止ですね」

 

ランディはともかく、盛大にドラム缶に突っ込んでいったロイドは歩くのは大丈夫だろうが走ることは無理だと自分自身がよく分かっていた。

 

「おや?

 何を言っているんだい?」

 

「は?

 どう考えても続行は無理だろ」

 

バレルが首を傾げてそう言うが、ランディがすぐさま否定する。

周りのギャラリーもそう思っているし、グレイスも怪我人が出てまで続行出来るとは思わず、屋根の上から降りてきた。

 

「続行も何も、もう勝負は着いているじゃないか」

 

「はぁ?」

 

バレルの言っている意味が分からずに、その場の全員の思考が一致した。

こいつは何を言っているんだ、と。

 

「まず、君が居るのは何処だい?」

 

「何処って、ギャラリーの……あ」

 

「そう、君は既にゴールの場所を飛ばされた時に通っている」

 

「だが、ロイドは通っちゃいないだろ」

 

「さて、A…アルが君達を襲ったのはゴール目前だった。

 そこで君たちは彼に気づいて振り返る」

 

バレルは説明しながらゴールの場所へと歩いて行く。

 

「そして、アルに攻撃した時にロイドは一旦下がった。

 その時に彼はゴールのラインを越えていたんだよ」

 

ゴールへと着いたバレルはゴールのラインとして引かれていた白線の一部が擦り切れている所を指差した。

それは明らかに何かが通った後だった。

そしてソレは、ロイドの靴幅と一致した。

 

「しょ、勝者!

 特務支援課!!」

 

そして、実況のグレイスの声が高らかに響いた。

 

 

 

 

 

 

「俺も分からない。

 気づいたら飛ばされていたよ」

 

「ロイドもそうか……」

 

ロイドの言葉に残念そうに言うが、表情も声色も全く残念そうではない。

 

「……なぁ、ランディ」

 

「なんだ?」

 

ロイドは先程ランディが見せたモノが気になっていたが、聞いていいものか悩んだが、気づいたら口を開いていた。

 

「さっきランディが見せた技は一体……」

 

「あー、あれか……」

 

ランディはロイドの顔から目を逸らすと、日が落ちかけて夕日で紅く染まっている空を遠い目をしながら見上げた。

 

「昔取った杵柄みたいなもんさ」

 

ランディは明らかに話を曖昧に言う。

後ろめたい何かがあるのか、思い出したくないのか、それは彼にしか分からない。

 

「ランディ、今の俺じゃ頼りないかもしれないけれど……

 ランディだけじゃない、エリィもそうだったように、恐らくティオも何かを抱えて、目的があって支援課に来たんだと思う」

 

そんなランディに向かって、ロイドは真正面から向かい合う。

 

「みんなが何を抱えているのは分からないけれど、それでも……

 それでも、俺がみんなに頼られるような強い男に成れたら、話してくれないか?」

 

ロイドはランディの目をしっかりとした意志を持って見詰める。

 

「ロイド……」

 

「例え、その何かを解決させることは出来なくても、一緒にその荷物を背負うことは出来ると思うんだ。

 だから、何時でもいいからランディが話してもいいと思ったら、話してくれないか?」

 

ランディは驚いてロイドの顔を見る。

 

「だって、俺達は仲間だろ?」

 

「……………………く」

 

「ラ、ランディ?」

 

「…く…くっ、くくく、はははははははははは」

 

ランディは盛大に笑い出す。

ランディはロイドの頭を掴むと思いっ切り髪を掻き回す。

 

「うわっ!?

 止めろって!」

 

「はははははは、ちょっとジーンとしちまったじゃねえか!

 生意気言いやがって、はははははは」

 

笑いすぎて涙腺が緩んだのか、目尻に少しばかり溜まった涙を指で払って、ランディはようやく笑うのを止めた。

 

「どうかしたんですか?」

 

ランディが笑い終えると同時に売店でラムネを買ってきたティオとエリィが帰ってきた。

 

「いや、お嬢も大変だなって思ってな」

 

「私がどうかしたの?」

 

話の流れが分からないエリィはロイドにラムネを渡しながら首を傾げる。

 

「はは、嫌でもそのうち分かるようになるさ」

 

意味深に笑うと、ランディは渡されたラムネを一気に飲み干す。

そして、何気なく周囲を見渡すと、何故か未だに縛られたエステルがアルクェイドににじり寄っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと!?

 いい加減コレ解きなさいよ!」

 

レースが終わり、全員差があれど肩で息をしている中で、アルクェイドだけが平然と立っていた。

 

「バレルに解いてもらえよ、結んだのはあいつだろ」

 

エステルの相手が面倒だと言わんばかりに溜め息をつきながら、コートの中に出したものを片付けている。

 

「あいつならさっさと帰ったわよ!」

 

エステルは解かずに帰ったバレルに憤慨してギリギリと歯軋りしていた。

 

「切ろうとしても切れないし、何でできてるのよコレ!?」

 

ヨシュアが解けなくて切ろうとしたのか、ロープには所々に切れ込みが入っていた。

 

「切れないはずは無いんだがな……」

 

アルクェイドはしゃがむとロープを触る。

 

「あー、これは俺でも無理だ」

 

「なぁんですってぇ!?」

 

「冗談だ」

 

「むっか~!

 あんた解けたら一発殴らせなさい!!」

 

「ほら、大人しくしてろ」

 

アルクェイドがナイフを縦に一閃すると瞬く間にロープは切れて地面に落ちてしまった。

そしてその瞬間にパンと気持ちの良い音がした。

しかし、エステルの拳がアルクェイドに届かずに彼の手に収まっていた。

 

「助けたのにこの扱いか」

 

アルクェイドはそんなエステルに溜め息をつきながらヨシュアへとエステルの勢いを利用して投げる。

ヨシュアはエステルを受け止めると、更にアルクェイドに飛び掛ろうとする彼女を羽交い絞めにする。

 

「放しなさいヨシュア!」

 

「ダメだよ、またアルに喧嘩売る気でしょ」

 

アルクェイドはそんな二人を気にも止めずに落ちたロープを回収している。

アルクェイドは立ち上がると支援課の四人を眺める。

そして、エステルとヨシュへと視線を移動させて、その次に不良たちを見た。

そして、やや長い間見ていたが、視線を逸らす。

 

「…まぁ、いいか」

 

アルクェイドはその場に居る誰にも気付かれずに姿を消した。


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