ルバーチェ商会。
今、クロスベルの裏社会を仕切っていると言っても過言ではないマフィアだ。
しかし、少し前から共和国のマフィア、黒月が進出してきて、その対処に追われている。
未だ、表に分かるほど荒々しく争っているわけではなかった。
だが、水面下では熾烈に争っていた。
少しずつではあるが、ルバーチェ商会の支配を侵食してきている。
本来、マフィアというのは互いの領域には不干渉が基本だ。
国を越えての進出はまず有り得ないと言える。
だが、それを破ってまで得る利益は大きい。
クロスベルの特殊性故に。
あくまで州であり、帝国と共和国の板挟み。
リベール王国の玄関口もある。
さらには世界一の金融のIBCに、エプスタイン財団法人まである。
だからこそ、黒月もリスクを冒してクロスベルに進出してきたのだ。
どんな争いでも物をいうのは戦力だ。
兵器に関しては密貿易でどうとでもなる。
しかし、兵隊数は簡単には増やせない。
悠長に素人を鍛えている時間はない。
だから、なんとかして増やそうと画策したが、悉く特務支援課に潰されたのだ。
実質的な人数は減ってはいない。
魔獣を使えることも大きな戦力にはなった。
だが、それを大規模にやることは出来なくなっている。
特務支援課ではなく、厄介な捜査一課が出てくる可能性もある。
いくら大物議員と繋がっていても、無償で釈放はされない。
ミラにも限りはあるのだ。
故に、これから如何にして戦力を増大させるかをルバーチェ会長、マルコーニは悩んでいた。
そこに、通信が入ってきた。
「誰だ?」
「初めまして、と言っておきましょうか。
ルバーチェ会長、マルコーニ」
スクリーンに映写された人物は画像が乱れ過ぎていて誰かは分からない。
だが、それを特に気にしなかった。
「誰だと言っている」
厄介事ばかりで、少し苛立ちながらマルコーニは言う。
「ふふ、今はそんなことはどうでも良いでしょう。
あなたたちに朗報を伝えに来たのですよ」
「ほう?」
画面の怪しげな人物の言葉にマルコーニは眉をひそめる。
「黒月と戦うには戦力が心許ない。
だけど、策は悉く特務支援課に潰された」
「何が言いたい」
「もっと簡単な方法があると言っているんですよ」
「何?」
「簡単ですよ。
今のメンバーが強くなれば良いだけです」
「貴様にもそれは無理だと理解出来るだろう」
確かに、今のメンバーが強くなれば1番楽で確実だろう。
しかし、短時間で強くなることは不可能だ。
ルバーチェ商会にもガルシアのような強者は少なからずいる。
だが、彼らにも仕事はあるし、下っ端を鍛練する時間はない。
「ならばもう一つ。
傭兵やイェーガーを雇えば良いのですよ。
黒月が雇った銀のようにね」
「馬鹿をほざくな!」
確かにミラはかかるが、それが手っ取り早いのは確かだ。
しかし、いつ仕掛けるか分からない戦いの為に莫大なミラを浪費し続ける訳にはいかない。
ミラをケチって、一人二人雇った所でタカが知れている。
ならば、決戦直前にイェーガーを雇う?
それも無茶だ。
確かにミラは最低限で済むだろう。
しかし、一個師団の人数を、それも銃器を持った集団が秘密裏にクロスベルに入れるわけがなかった。
それに、相手の都合もあるだろう。
傭兵というモノは信用が重要だ。
他に契約があったら、それを破棄して尚見合う報酬を払わなければならない。
故に論外だ。
だから、マルコーニの反応は当然だった。
そのマルコーニの言葉に画面の人物は盛大に笑い出した。
マルコーニは忌々しげにそいつを睨む。
一頻り笑うと画面の人物は再度口を開いた。
「なんの為に私が連絡したと思っているんです。
その両方とも、私が用意しましょう」
「……なんだと?」
マルコーニはその言葉の意味を瞬時に理解できなかった。
「メンバーを強化する方法、銀を越える強者をお貸しすると言っているんですよ」
「それで、貴様になんの得がある?」
「いえいえ、これは私の親切心ですよ」
「……………………」
抑揚のない声で画面の人物は言う。
マルコーニは画面の人物が信用ならないと判断した。
それだけでなく、彼にはプライドがあった。
自分たちだけの、自分の力で何とかするというプライドが。
「切るぞ」
「ふふ、今はこれで構いません。
ですが、あなたは必ず私の力を乞うでしょう。
その時に再び会いましょう」
マルコーニはその言葉を最後に通信を切った。
「宜しかったのですか?」
今まで、マルコーニの側にずっとついていたガルシアが口を開いた。
「これは我々の問題だ。
他者になど関わらせん」
それは黒月を排除したときの利益を独り占めする為の欲なのか。
それとも、単に力を借りるのが嫌だったのか。
少なくとも、ガルシアは借りなくて正解だと感じていた。
そして、さしたる策も浮かばないまま時間だけが過ぎ去っていった。
「あぁ……………」
死神は恍惚とした表情で上を見上げていた。
「やっぱり、綺麗だったなぁ……」
嘗て、アレを見たときと同じ感覚が死神に訪れていた。
「ぼくは運がいいなぁ……
二度もあんな眼差しを見れるなんて……」
呟きながらしゃがんで、血だまりに沈めていたモノを引っ張り出した。
ジャラジャラと音をさせながら鎖を丁寧に台座に置いた。
それは、血に浸されていたのに、銀色に煌めいていた。
「そう、これの様に微塵も色褪せない。
汚されないんだ。
あぁ、アルクェイドさん……」
彼の名を呼んでから死神は血だまりに勢い良く頭を着けた。
「すみません、貴方の名前を呼んでしまうなんて……
貴方はぼくごときに呼ばれてはいけないんだ」
死神は真に心酔していた。
そこで死神は思い出した。
「あの女はあの人を惑わしたんだった……
あの人の邪魔をしたんだ。
消さなくちゃ消さなくちゃ消さなくちゃ消さなくちゃ消さなくちゃ消さなくちゃ消さなくちゃ」
死神は鎖を清める様に血をかけていく。
口元を歪ませて笑い出す。
「あはははははははは、あはははははははは。
そうだよ、ぼくが、このぼくが、あの人の1番の理解者なんだ!」
祈りを捧げる様に膝を折り、手を掲げる。
「………………………ふふ」
狂気に満ちたこの空間に、誰かの声が聞こえた気がした。
それは死神の笑い声に掻き消されてしまった。
誰かがこの空間に居れるなんて普通は有り得ない。
入り込むと同時に常人ならば気絶する。
強者ならば近寄ることすらしないだろう。
それでも誰かは確かにいた。
誰かは死神を見て笑ったのだ。それも、嬉しいそうに……
「あの女はあの人に捧げよう。
そうしたら、もっと輝くかなー?
楽しみだよー。
あの女はどんな風に泣いて喚いて命乞いして、絶望してくれるかなー?
あはははははははは、はははははははは」
いつまでも、いつまでも、この空間に笑い声が響き続けた。
死神と出会った日の夜。
私は夢を見た。
今でも偶に見ては魘される悪夢。
死神に会ったせいなのか、それがさらに酷くなっていた。
いつも夢に出てくる、あの子。
アルクェイドは多分、あの子なんだと思う。
髪の色も、目の色も同じだった。
最初は色が同じ人だとしか思わなかった。
だけど、あの銀翼を持っていた。
レギス・エクス・マキナが持っていた時は信じられなかった。
ただの銀翼ではなく、歪に欠けていたからこそ分かった。
あれは私が壊したのだから。
今でも、鮮烈に覚えている。
あれは私の誕生日だった。
彼に出会って半年。
その日は、銀の試験の日だった。
試験意義は、銀として行動するときに動揺しない様にするため。
内容は、親しい人の暗殺。
私はあの子よりも家族の繋がりを選んだ。
選んでしまった。
何度後悔しただろう。
何度夢に見て泣いただろう。
その夢の中で彼は一度も責めてくれなかった。
その時の事は嫌でも夢に見ると言うのに。
それが、本当は責められたくないのだという自分の本心だと思えてしまう。
その度に泣いて、謝った。
-あぁ、これが彼なりの復讐なんだ-
そう考えて逃げ続けてきた。
最近になって、アルクェイドに出会って、初めて分かった。
あの子、ケイ君はどんな顔で死んでのか覚えてなかった。
夢の中でさえ、霧がかかったように見えない。
それに気付いて、ほっとしてしまった自分がいた。
私はそれを知りたくない。
だけど、逃げ続けて出会ってしまった。
もう逃げ場などない。
「君が今まで見てきた事を思い出して見ると良い」
世界的に有名な犯罪者の言葉が頭から離れない。
ただ単にケイ君を殺した事を忘れるな、と言う意味ではないと思う。
その考えに逃げてはいけない。
よく考えて決めよう。
そこまで考えて私は初めて思った事があった。
-何かを必死に考えるなんて初めてかもしれない-
取り敢えず、今度ちゃんとケイ君に話してみよう。
-もう、私は逃げたくない-
「厄介な事になりましたね……」
黒月クロスベル支部のリーダーのツァオは悩んでいた。
彼の座っている前の机の上にある一枚の紙。
そこに書かれている内容は到底信じられる内容ではない。
だが、一蹴することも出来ない。
死神が黒月を執拗に狙うだろうと言う情報が書かれていた。
「かなり芝居描かった言い回しですが、これと共に贈られるとね」
その紙に付与されていた一枚のカードを手遊びにクルクルと回す。
そこにはBの一文字が書かれていた。
「まさか有名な怪盗Bから贈られてくるとは……
と、言うことは銀は女性なのでしょう」
怪盗Bは恋多き詐欺師だという情報もある。
それにツァオ自身も銀の正体はある程度予測が出来ている。
「どうやら一波乱有りそうですね。
さて、どうしましょうか……」
ツァオは怪盗Bから贈られた紙ともう一枚、別から送られた紙を燃やす。
怪盗Bからの紙は漏れないようにするため。
もう一枚は単純に要らないからだ。
「私がこうするのが分かっていたから紙で言ってきたんでしょうけどね」
ツァオはそう呟きながら、ユラユラと燃える紙が燃え尽きるまで眺めていた。
それはどちらの紙に対する言葉なのか。