「動き回ったせいで酒が酷い事になってしまった。
まさか、朝まで寝るとは思わなかった」
翌朝、アルクェイドは創立祭の賑わいの中を歩いていた。
あの後、メゾン・イメルダにブルブランとレンはついてきてしまった。
死神のことを仮眠を取った後に調べるつもりだったのにそんな時間が無くなってしまった。
「レンにバレない様にする為だというのに、意味が無いぞ」
あそこを借りた一つの意味が瞬く間に霧散してしまったことに嘆いていた。
「死神のことも気になるというのに……
どうしてこう、問題ばかり出て来るんだ」
アルクェイドは頭を抱える。
「まずは、イリアのとこに忘れたコートを取りに行かなければ。
アレには大事なモノが大量に入っているというのに……」
普段ならば、忘れるということは有り得ないだろう。
だが、昨日の酒と死神、更にはブルブランまで来るという出来事があった。
そのせいで、あの後に取りに帰るという選択は出来なかった。
「レンとBにどれだけからかわれるか分かったもんじゃないからな」
夜中に女性の眠る部屋に行く。
そこにどんな理由があろうとも、あの二人がからかうことは火を見るより明らかだった。
一人嘆きながらも、アルクェイドはイリアの住む、アパルメント、ヴィラレザンに着いた。
階段を登り、最上階にあるイリアの部屋の前に行くと、扉が若干開いていた。
「………誰か居るな」
最初はイリアが慌てて出かけたせいで鍵を閉め忘れたのかと考えたが、中で動く気配がした。
ゆっくりと音を立てずに扉に近寄る。
動く気配のサイズからして死神でないことに安堵する。
空き巣か何かと考えて、アルクェイドはその動く者の背後に移動した。
「そこで何をしている?」
「うひゃあ!?」
アルクェイドの声に驚いた不審者はアルクェイドのコートを掴んでいた。
声を上げると、すぐさま飛び上がり、机を蹴って中央にある柱に跳んで、それも蹴ってソファの端に着地する。
「なかなかいい動きをする。
だが、素人にしては、だ」
それにさしたる驚きもせずに帽子を被っている不審者の背後に回り、コートを取り返す。
「これは返してもらう。
大事なモノなんでな」
取り返したコートを羽織っていると、不審者は扉の方に逃げていた。
アルクェイドはコートを羽織ると、扉から出る前に襟首を捕まえた。
「は、放せ!」
「勝手に侵入してる奴が言うな」
「お、お前こそ!」
「俺はイリアの友人だ」
アルクェイドは不審者の帽子を取る。
「か、返せよ!」
不審者は年端もいかぬ子供だった。
「ほう、どれどれ?」
アルクェイドは顔を見て頷くと、子供の腕や足を何かを確かめるように触る。
「や、やめろ!」
「十分素質はあるな。
お前、親は?」
「んなもんいないよ!」
「いないか……
それじゃ住むところもないだろう?」
「お、驚かないんだな」
親がいないことに特に驚いた素振りも見えないアルクェイドに子供が問う。
「親がいない子供なんて世界全体で見ればかなりいるからな。
俺は覚えてすらいないさ」
「え……?」
アルクェイドはなんでもないようにそう語る。
子供は何かいけないことを聞いたしまったかのように暗い顔をした。
「んな、顔すんな」
アルクェイドは取った帽子をシュリに被せてグリグリと頭を掻き乱す。
「女のその顔の使い道は別にあるぞ」
「や、やめろよ!」
「ははっ、お前、俺のとこで働いてみないか?」
「へっ!?」
その言葉に少女は驚いた声を上げた。
「顔も可愛いほうだから、栄えるだろう。
身体的素質もある」
「な、何言ってるんだよ!」
体を触られたり、顔を近づけられて恥ずかしくてやや顔が赤くなってしまっている少女。
意味が分からずに子供はアルクェイドからやや距離を取る。
「そう逃げるなよ。
お前にも悪くはない話だぞ?
住む所も働く場所も与えてやるんだ。
無償で貰いたくはないだろう?」
「それは、そうだけど……」
見ず知らずの男からそんな誘われ方をすれば誰でも逃げるだろう。
「よし、そうと決まれば、先ずはその汚れた体を洗ってこい」
「え、きゃあ!?」
アルクェイドは少女を抱き抱えると風呂場へと投げ入れた。
状況を把握できないまま、少女は言われるがままに従った。
その間に、アルクェイドはコートからやや大きいアクセサリを取り出した。
「あいつならどんな輝きが似合うだろうか……」
アルクェイドはその完成されたアクセサリをヤスリで削り始めた。
彼女の舞う姿を想像しながらフィーリングで形を決める。
見る見ると、それは一つの形へと整われていく。
丁度少女が出てくる時に、それは完成した。
「タイミングがいいな。
コレをやろう」
アルクェイドは銀のチェーンで結ばれた、星のペンダントを少女の首にかけてやった。
「こんな綺麗な物、いいのかよ?」
「ああ、お前のために創ったんだ」
「俺のためって……」
首から下げられた物を見ようとしているのか少し、顔を俯けた。
「そう言えば、名前を聞いていなかったな」
「シュリ、お前は誰だよ?」
「アルクェイド・ヴァンガード。
アルカンシェルのオーナーだ」
「えええええええええええええ!?」
ようやく互いの名前を知った二人。
シュリはアルクェイドの言葉に驚愕した。
ヴィラレザンにシュリの叫び声が響いた。
「いや、待て、騙されないぞ」
「疑り深いやつだな」
ジリジリとシュリは後ろに下がる。
アルクェイドはそんなシュリを見て、肩を竦めた。
その時、ぐ~という音が聞こえた。
「お前……」
「な、なんだよ」
「腹が減っているのか?」
「昨日から何も食べてないもん」
「よし、来い」
その言葉に、アルクェイドはシュリの腕を掴んで外へと歩き出した。
ヴィラレザンのある西通りのベーカリーにアルクェイドはシュリを連れていった。
「お、いらっしゃい」
「そうだな、取り敢えず……」
アルクェイドは店内を見渡す。
「アレとソレとコレを50個ずつ」
「は?」
「え?」
「お前も好きなのを頼んでいいぞ」
「う、うん……」
聞き間違いだったのかどうか、本当だったとしてそんなにどうするのか気になるところだが、シュリは関わるのを止めた。
「あ、ありがとうございました」
程無く店内から出てきた二人は直ぐ側にあるテーブルに着く。
出来るだけ気にしないように務めているが、どうしてもシュリはアルクェイドの持つ計150個のパンに目がいってしまう。
受け取るときの店員も顔が引き攣っていた。
「どうした?」
「いや、何でもない……」
シュリは無心でアルクェイドに買ってもらったパンを食べた。
シュリが食べ終わると、彼らはアルカンシェルへと向かった。
そして、アルクェイドは扉を開ける前にシュリへと振り向いた。
「最後にお前に聞きたいことがある」
「聞きたいこと?」
「ああ……」
それだけ言ってアルクェイドは扉を開けた。
舞台では未だに公演中で受付には、オーナー代理の老紳士がいた。
彼はアルクェイドに気づくと頭を下げて近寄ってきた。
「オーナー、本日は如何な御用でございましょうか?」
アルクェイドに問いながら、チラリとシュリを一瞥する。
それから逃げるようにシュリはアルクェイドの影に隠れる。
「面白い娘を見つけたんだ。
最後の審査をしたくてな」
「なるほど、オーナーも人が悪いですな」
嘗てにもあったのか、老紳士は高揚に頷いた。
そして、優しげな目でシュリを見た。
「特別室の鍵でございます」
「ありがとう」
アルクェイドは老紳士からプレ公演の時の市長が居た部屋の鍵を受け取った。
そして、奥に進んでいく。
「貴方も幸運な人ですな、彼に認められるとは」
「え?」
老紳士にそう言われてシュリは戸惑った。
そして、老紳士は目を奥に向けた。
シュリもそれに釣られて視線を向けるとアルクェイドが控え室の通路へと歩いていた。
慌ててシュリはアルクェイドを追いかける。
アルカンシェルには、安全性のために秘密経路がある。
特別室は以前に市長が居たように重要人物や金持ちが鑑賞する部屋となる。
前回では同室内での犯行となったために使われることはなかったが、控え室のある通路にある隠し階段から、その部屋の手前に出れるのだ。
他の観客の邪魔にならないように、アルクェイドはそちらを使う。
「ほ、本当にオーナーだったんだ……」
シュリのその呟きに答えずに部屋の鍵を開ける。
シュリは部屋に入れられるとすぐさま眼の前の光景に目を奪われた。
舞台では丁度、イリアとリーシャが舞っていた。
二人は巧みに舞う。
彼女たちの綺麗な容姿に装飾された服、そして演出となる舞台装置。
それらが全て流れるように動き、一つの世界を表している。
「アレは独りでは栄えない。
互いに表す輝きが違う。
比較対象があるからこそ、分り易く、より輝きを増す。
あの中から誰かが欠けても駄目。
何かが足りなくても駄目。
何かが多くても駄目だ。
全て微妙なラインによって保たれている」
「……うわぁぁ……」
そんなアルクェイドの解釈なんて、もう耳に入ってなどいなかった。
ただただ、目の前の光景に目を奪われていた。
公演が終わっても、シュリは未だに興奮していた。
「どうだった?」
「すごかった……」
アルクェイドの問いに、シュリはそうとしか答えられなかった。
「それでいい。
真に素晴らしいものは、称える言葉が陳腐になるものだ。
言葉の単語というものは究極を指しているのだからな」
アルクェイドのその言葉にシュリは訳が分からずに首を傾げるだけだった。
「それで、お前に聞きたいことだが……」
入る前に言われていたことを思い出して、シュリは息を飲んだ。
これからどんな質問をされるのだろうかと緊張している。
「別にそう構えなくていい。
イリア・プラティエとリーシャ・マオ、中央で舞っていた二人。
あんな風に誰かを魅了してみたいか?」
「え……
でも、そんなこと出来るわけ無いし……」
アルクェイドの質問にシュリは肩を落として覇気がなくなる。
「出来る出来無いという下らない質問はしていない」
アルクェイドはしゃがんで、俯いているシュリの頬に手を添えて正面を向かす。
彼女を正面から見据えてもう一度問う。
「してみたいか!?
したくないか!?
どっちだ!」
「………い。
して……い」
「はっきりと言え!」
「してみたい!」
アルクェイドの質問にシュリは、はっきりとアルクェイドの目を見て言う。
アルクェイドはそれに満足気に頷いて立ち上がった。
「あ……」
「シュリ」
アルクェイドは手すりの前まで移動して、彼女の名前を呼んで振り向いた。
アルクェイドは笑顔で彼女に言った。
「ようこそ、アルカンシェルへ。
君に、高みへと、頂きへと登る権利を授けよう。
君の輝きが、新たな世界を魅せてくれると願っているよ」
シュリは何を言われたのか、頭で理解するよりも早く、心で理解した。
嘗て彼女の故郷では塩の杭が現れた。
少し前に、リベルアークでケビンが白面に用いたものだった。
白面、ワイスマンがそうなったように彼女の故郷は塩になった。
木々も家も、動物も、そして人でさえも。
その時から彼女は独りとなった。
生きるために、盗みや空き巣をした。
ただただ、死にたくないという思いで。
前にも、盗みを失敗したときに捕まって、彼女の境遇に同情して引き取ると言った人もいた。
だけど、その悉くを彼女は拒否した。
-俺の何が分かるんだ!?-
同情的な哀れみをした眼差しで見てくる人々が憎らしく思った。
所詮は偽善だと。
自分の建前や社会的体裁の為に良い事を利用としているに違いないと。
上辺だけ取り付くって、下品な笑顔で詰め寄ってくるのがシュリには見えた。
人の汚い部分だけを独りになってからは見続けた。
だけど、今日、この時に、シュリは人の輝きを見た。
今まで、誰よりも、あのイリア・プラティエよりも輝いて見えた男の姿を―――
初めは胡散臭いやつだと思った。
いきなり現れて、孤児だということにも微塵も驚かなかった。
剰え、自分も同じだと言った。
しっかりとした強い目をして……
俺は自分のことが嫌いだった。
いきなり独りになって、盗みをしてまで生にしがみついた。
川とかで顔を洗う度に、水面に映る自分の目が嫌いだった。
生きているくせに死んだように目が濁っていて、それでも生きようと藻掻く自分が嫌だった。
いつも、いつも思っていた。
-なんで生きているんだろう?なんでそこまで生きようとしているんだろう?-
意地汚く、愚かで、哀れなまでの自分。
そんな自分と同じように親がいないという奴。
そんなあいつに興味が湧いた。
いきなり風呂場に投げ入れられて、言われるままに従いながらそんなことを思った。
後で聞いてみよう、そんな事を考えた。
体を洗った後、そっと扉を開いてあいつを探してみるとソファに座って何かをしていた。
ゴリゴリという音やシュッシュッと何かを擦り合わせているような音がしていた。
それが終わったのか何かをコートの内側にしまうとこっちに歩いてきた。
俺が覗いていたのがバレていたようだった。
あいつの手には銀色に輝く綺麗な星の形をしたものがあった。
俺の為に造ったなんて言われて気恥ずかしくなってしまった。
そんなこと言われたことなんてないから、どう反応したらいいのか分からずに俯いた。
そこで名前を聞かれて初めて相手が誰なのか聞いてないことを思い出した。
あのアルカンシェルのオーナーだなんて信じられなかった。
どんなに驚きの連続でも、体は正直で、おなかが鳴ってしまった。
あいつは呆れ顔で俺の手を掴んだ。
手を引っ張られて、近くのベーカリーに連れて行かれた。
あいつは何か大量に頼んでいたけど、気にしないようにした。
食べている間にさっきあいつが言った、親を覚えてないってどういうことか聞いてみた。
「良く覚えていないんだ。
ただ、親だと思っていた人に、14か15の時にな。
お前は拾った子だと言われたんだ」
その時のあいつはどんな気持ちだったんだろう……
捨てられたなら憎めただろう。
死んだなら悲しめるだろう。
今の困った顔を見る限り、どうしたらいいのか分からなかったんだと思う。
「昔の話さ。
別に珍しくもない話だ」
そう優しげに語るあいつの顔が印象的だった。
普通に生きていたら珍しいと思うけれど……
どういう意味か聞いてみた。
「世界全体でどれだけ孤児院があるか知っているか?」
俺は分からずに横に首を振る。
「俺が知っているだけで数百は下らない。
そこに居る奴はまだ運が良い」
運が良いとはどういう意味なのか。
孤児なのにどうして、と俺は思った。
更に聞いてみると、また今度な、と優しげに言った。
俺が食べ終わったのを確認して、あいつは立ち上がった。
アルカンシェルの扉を通ってからは全然覚えてない。
覚えているのはあいつの笑った顔だけだった。
アルクェイドの宣言から、シュリは呆然としていた。
アルクェイドは動かないシュリの手を引き、非常経路を使い控え室に向かう。
そこには午後の部に備えて準備する者、休憩するものに分かれている。
受付にいた老紳士も此方に来ていた。
アルクェイドは彼に30個程パンを渡し、皆に渡すように告げた。
室内を見渡すと、イリアとリーシャが端の方にいた。
アルクェイドはシュリを連れて彼女たちの方に向かう。
「あら、こんな所まで来るなんて珍しいじゃない」
彼らに気付いたイリアは軽く手を振りながら、声をかける。
リーシャはアルクェイドに気付いた瞬間、ビクッと体が反応した。
その姿にアルクェイドは微かに息を吐いた。
「少し言って置きたいことがあってな」
アルクェイドは彼女たちの前に未だに放心しているシュリを差し出した。
「誰、この娘?」
「お前の家に侵入した空き巣だ」
「は?」
アルクェイドの行動が訳が分からずに首を傾げる。
「コートを取りに行ったら、こいつが侵入していてな。
動きがなかなか良かったからスカウトした」
「なるほど……」
イリアはアルクェイドの言葉に頷くと、しゃがんでシュリの目線の高さに合わせた。
「貴方はアルクェイドに認められたのね。
誇って良いことなのよ」
シュリは言われている意味が分からずに、口を閉じていた。
「貴方は彼の期待に応えないといけないわよ。
その可能性は十分にあるのだから」
それはイリアがアルクェイドを認めているからこそ、言える言葉だった。
「ちょっと……
この娘に何したのよ?
全然反応しないじゃない」
何を言っても反応しないシュリを見て、イリアはアルクェイドの方を見る。
「何って、特別審査をしただけだが……」
その言葉にイリアは呆れながらも納得した。
「女心を理解しようとはしない癖にこの男は……」
「なんだ?」
「何でもないわよ。
それに、輝きに触れたからかもしれないし……」
イリアはそう呟くと立ち上がった。
「この娘の名前は?」
「シュリ」
イリアは、そう、と頷いて、シュリの目の前で猫騙しをした。
「わぁ!?」
パンと言う音に驚いてシュリは正気に戻った。
「何で空き巣をしていたかは不問にするわ」
「え?」
目の前のイリアからそう言われてシュリは不思議に思った。
「ただし」
イリアは人差し指を立てて、シュリの顔の前に持ってくる。
「アルクェイドの期待に応える為に頑張ること、良いわね?」
「………うん!」
何を言われたのか理解して、大きな声で返事した。
「頑張りなさい」
そう言って、イリアは立てた人差し指でシュリの額を軽く押した。
そして2人は笑い出す。
アルクェイドはそんな2人を眩しげに眺め、リーシャは羨ましそうに見ていた。
その時、アルクェイドに向かって一枚のカードが飛んできた。
それに気づいた彼はすかさす掴んだ。
それは誰からも見えない角度で、尚且つアルクェイドの手に収まる位置に飛んできた。
そこにはBの一文字とそれに添えられた黒い仔猫の絵が描かれていた。