「ねぇ、君は何をしているのかな?」
突如リーシャの背後に現れたソレ。
突然の事にリーシャは動けなかった。
銀という暗殺者として生きてきたのにも関わらず、背後を簡単に取られてしまった。
それは背後にいる者が自分よりも強者ということに他ならない。
そして、リーシャは運が良かったとしかいいようがない。
彼女がソレに背後を取られても動かなかったのはただの勘だったからだ。
「ねぇ、君は何をしたのかな?」
幼い少年の声がべっとりとリーシャに纏わり付く。
「なんで答えてくれないのかなー?
もしもーし、聞いてるー?」
口を開いてはならない。
そんな感覚があった。
そしてそれは正解だった。
その間にアルクェイドが動いていたからだ。
ソレを掴もうと飛びかかっていた。
けれど、ソレは簡単にアルクェイドを避けた。
だが、アルクェイドの狙いはソレを捕まえることではない。
ソレが背後に跳躍すると共に、リーシャの腰に手を回して引き寄せて抱き寄せる。
「え、ちょっと、きゃあっ!?」
リーシャを掴むとソレからかなり距離を取る。
アルクェイドは距離を取ったままソレを睨む。
「……あの、放してもらえませんか?」
「ああ、悪い」
「アレは何ですか」
「……死神だ」
「なんで邪魔するのかなー?
あはははははははは、はははははは」
「ああ、アレが……」
壊れたテープレコーダーの様に笑い声を発し続ける。
「……武器は持っているか?」
「短刀が少しだけ」
「俺も似たようなものだ。
心許ないが、今此処で、潰す!」
アルクェイドは駆けながら靴から刃を出す。
飛びかかって胴を一閃する。
死神はそれを背後に下がることで避ける。
そこにアルクェイドの背を飛び越えて短刀を握りしめたリーシャが跳びかかる。
死神の頭を目掛けて突き刺そうと両手で握り締めている。
正面から死神を見ていたアルクェイドは不意に死神は笑みを浮かべたのが見えた。
その瞬間、ゾッとした感覚がアルクェイドを襲った。
背を超えたリーシャの足を反射的に掴んで引き寄せた。
「待て!」
「きゃあっっ!?」
思いも寄らないことをされてリーシャは嬌声を上げる。
「もー、なんで止めるかなー。
そしたら、その娘は死ねたのに。
あはははははははは、あはははははははは」
「何ですか、コレは」
「知るか」
アルクェイドとリーシャは死神と会話しようとしない。
まるで子供の様に死神は拗ねる。
それでも笑い声は止まらない。
「君は死にたがっていたんじゃないの?
突然、親から見捨てられて、怖くなった」
「ッッ」
「だから、思考を止めて、死に場所を探していたんじゃないの?」
その言葉で反射的にリーシャは飛び出してしまった。
「リーシャ!?」
それを止めようとアルクェイドも駆け出す。
「あああああああああああああ!!」
リーシャは直線的な動きで死神に迫る。
死神は突き立てられた短刀を最小限の動きでかわすと、リーシャ目掛けて手を伸ばす。
その前にアルクェイドがリーシャの背を掴んで地面に押し倒す。
死神はそのままアルクェイドを攻撃せずにリーシャ目掛けて手を動かす。
アルクェイドは死神のその行動の間に顔面に蹴りを入れた。
アルクェイドはすぐさまリーシャの背を掴んで下がる。
「落ち着け、アレと会話するな」
「でもっ、でもっ!」
アルクェイドに掴まれたまま、それでも死神に飛び掛ろうとする。
「しっかりしろ!
お前はそんな事のために生きてきたわけじゃないだろ!」
リーシャの両肩を掴んで向き合う。
アルクェイドの視界に泣きそうな顔のリーシャが見える。
これまで銀として行動して、手は血で染められている。
その手が震えていた。
-生きてきた意味なんて、もうないよ-
そう彼女の目が語っている。
銀という家業は私の父親で半分途切れていた。
私はその銀としての力をすべて受け継いだその日に父親から言われた。
「好きに生きろ。
銀でも何でもいい、やりたいことを見つけろ」
そんな言葉を残して父は、先代の銀は死んだ。
なんでそんなことを言われたのか未だに理解出来ない。
これまで、頑張ってきたのに、なんでそんなことを言うのか?
私が初めて人を殺した時のことを引きずっているからだろうか?
あの男の子を、親しかった唯一の子を殺してしまった。
今でも覚えている。
彼の言葉、行動、家、一つ一つが色あせずに思い出せる。
最初は銀という家業が嫌だった。
金とか犯罪者だとか良く分からない年子の時。
ただ、親が人を殺していることが嫌だった。
そして、それを私に教えてくるのも嫌だった。
だけど、家族としての繋がりは、それしかなかった。
だから覚えた。
何度怒られても、叩かれても、必死に覚えた。
それでも、嫌なことは嫌で、初めて稽古から逃げた時だった。
私は親から見つからないように、山の中にある小屋の裏に隠れていた。
「こんな所で何してるの?
せっかく晴れてるのに、そんな所にいたら勿体無いよ」
それが私と彼の初めての出会いだった。
彼女の目を見て、苛立ち気にアルクェイドは舌打ちをする。
奥歯を噛み砕かんばかりに歯軋りをする。
「なら、お前は諦めてろ!」
そう吐き捨て、起き上がる死神を睨む。
リーシャの肩から手を放すと彼女は力なく座り込んでしまった。
「俺は断る!
道具な、奴隷な人生など!
絶対に、お断りだ!!」
アルクェイドの脳裏に鐘の音が響いたときの光景がフラッシュバックする。
それを右手で握りつぶすと言わんばかりに眼前で力を込めて握りしめて宣言する。
そして、丁度起き上がった死神に飛びかかる。
アルクェイドの手にはリーシャの握っていた短刀。
それを死神は腕を交差させて止める。
金属同士がぶつかり合う鈍い音がする。
「どれだけ、滑稽でも、醜くても、愚かでも!
這い蹲っても、手を這ってでも、諦めはしない!」
死神の交差させた手を掴み、地を蹴り上げて掴んだところを時点にして上から死神の背後に回る。
その勢いのまま、死神を振りかぶって地に叩きつける。
そして、顔面を狙って短刀を突き立てるが、死神は顔を動かして辛うじて避ける。
「ダメだよ、どんだけ頑張っても逃げられない。
いつまでも、いつまでも、追いかけて、追いかけて、追いつくんだよ」
死神の嘲笑が辺りに響く。
未だにリーシャは動けない。
-なんであんなに強いのだろうか?-
アルクェイドも悩んでいる。
それが先刻、リーシャが出した名前で動揺していることがはっきり分かった。
-なのに、なのにどうして立ち向かえるの?-
アルクェイドが激昂している。
死神の言葉はリーシャだけでなく、アルクェイドも抉っている。
それがリーシャにも理解できているからこそ、アルクェイドが理解できなかった。
「無駄だよ、幸せに向かって行動した所で、人生は全てバッドエンドなんだよ」
死神はアルクェイドの足を引っ張って、立ち上がるとリーシャに向かって駆け出す。
「君は邪魔だよ。
あの人を惑わすなら、もう消えてよ。
君はもう、価値なんてないんだから」
リーシャの首を絞めようと走りながら両手を伸ばす。
彼女はその光景を呆然と眺めていた。
死神の手がリーシャに届く直前、何かが彼女らの間を通った。
それに気づいた死神は立ち止まる。
リーシャがその通った物に力なく目をやると、そこには一枚のカードが地に刺さっていた。
そして、何処からか、パチパチと拍手する音が聞こえる。
「おやおや、久しぶりに親友の輝きを見れたかと思えば、何やら無粋な奴が居るじゃないか。
だが、それが迷える姫君の心もまた奮えるスパイスの一つと考えるとこれまた面白い。
闇と闇の狭間で輝く月というのも、また乙なものだね」
近くの崖に月をバックに立つ者がいた。
「遅かったな、親友」
服についた土を払いながらアルクェイドは立ち上がる。
そして、崖の上に目を向けてそう言った。
「ふっ、真の主役は遅れてくるものだよ」
崖から飛び降りて、音もなく着地する。
白いタキシードに白いマントを棚引かせ、手に持つステッキを回転させる。
そして、回転を止めて、片手で白いシルクハットを摘むと名乗り上げた。
「怪盗B、参上!」
「さて、無粋な奴を排除しようではないか」
ブルブランは死神を見据える。
そして、パチンと指を鳴らすと何処からともなく鎖の両端に杭が付いているものが現れた。
「これを武器にするといい。
君の作ったものには遠く及ばないが、それなりに使えるだろう」
ブルブランはそれをアルクェイドに投げる。
「助かる」
それを跳躍して掴むと死神目掛けて杭を投げる。
死神は横に飛んで逃げる。
アルクェイドは地面に杭が刺さる前に鎖を引っ張って引き戻し、もう片方を死神に向かって投げる。
それも避ける死神に向かって戻ってきた杭を掴み投げる。
だが、死神はそれすらも避けてしまう。
「ナイスだ、A。
デスマジック!」
死神の背後にいきなり棺が現れる。
逃げている途中に現れて、死神はその中に入れられてしまった。
「美しく散るがいい!」
その棺にブルブランは巨大な剣を突き立てた。
「まだだ!」
杭を両の手にそれぞれ握りしめて棺に真上から突き立てる。
その威力で棺は粉砕される。
その寸前に、棺から黒い蠢くものが出てくるのが見えた。
その方向にアルクェイドは疾走する。
キンキンと至る所で金属音が響く。
もはや、常人には視認すらできないだろう。
「ここまで鬼気迫るAを見たことがない」
ブルブランはその光景に目を奪われていた。
闇が闇を駆逐するその様に。
そして、彼が来てからも鳴り止まない死神の笑い声も……
「恐ろしい、アレも人の成れの果てだと思うと、身震いもする。
アレも一つの輝きというのか……」
もはやブルブランにすら、彼らの中に入るという考えは浮かばない。
ただただ、彼らの戦いに見蕩れていた。
鳴り響く金属音、耳に障る笑い声、ジャラジャラという鎖の摩擦音。
崖を蹴り、木々の枝を斬り折り、地面に杭が刺さる。
月明かりに照らされる闇と闇。
それらはもう、一つの世界となっていた。
「素晴らしい」
ブルブランは無意識にそう呟いていた。
彼らの創りだした世界にブルブランは見惚れていた。
「君はアレをどう思うかね?」
ブルブランは振り返り、座り込んでいる少女に目を向ける。
そして、彼と同じように呆然と眺めていたリーシャに問う。
「怖いです」
「怖いか……
私も怖い。
だが、同時に羨ましく思ってしまう。
あの高みに登れたらと、考えてしまう」
それ故に目を奪われるとブルブランは言う。
「私は……
なんだか悲しそう」
「ほう?」
自分と違う感想を言われてブルブランは驚いた。
「なんだか、あの人は泣いている様に見える」
そうリーシャが言った時だった。
不意に別の音が混ざり始めた。
「くっ、クッ、くっくっ、クックックッ」
次第にその笑い声は大きくなり始めた。
拮抗していた闇と闇は片方に大きく傾き始めた。
何がどうなっているのかははっきりとはわからない、
だけど、二つの闇が交差する度に片方は大きく吹っ飛んでいる。
だが、それを物ともせずに動く死神。
それでも傷は増えていく。
限界の訪れた死神は崖に無様に叩き付けられた。
そして死神は地面へと転がり落ちる。
アルクェイドも死神の側へと降りてくる。
精悍な眼差しで死神を見下ろしている。
「ああ、やっぱり綺麗だ」
アルクェイドを見返して死神はそう呟いた。
それを気にせずにアルクェイドは死神のフードを剥ぎとった。
その素顔はアルクェイドそっくりだった。
「何!?」
「なんだと!?」
アルクェイドだけでなく、ブルブランも驚愕した
その間に死神は崖を蹴って大きく跳躍する。
「あはははは、驚いた?
それじゃあね、ヴァヒャ~イ」
「あら、素顔はちゃんと見せるものよ?」
その逃げた死神の正面に鎌を構えたレンが現れた。
その鎌を一閃すると、死神のアルクェイドの顔は裂けた。
その下から死神の本来の顔が現れた。
金髪金眼の幼い少年の顔が見えた。
死神は顔を手で隠すようにして、慌てて逃げさってしまった。
「あら、挨拶もないだなんて礼儀知らずな子ね」
「ふふっ、どうやら最後に美味しところを持っていかれてしまったようだな」
「喧しい」
突如現れたレンを見て、ブルブランは肩を竦める。
レンは未だに座り込んでいるリーシャに近寄っていった。
「貴方に何があったかなんて知らないけど、死神に目を付けられたのだから気をつけなさいよ」
「…………………」
「まさか、アレに殺して貰えるなんて甘い考えじゃないわよね?」
その言葉にリーシャはビクッと反応した。
「あの状態のアレに捕まったらずっと玩具にされるわよ。
死ぬまで、いえ、死んでも玩具よ。
よく考えることね」
リーシャにそう言うと、レンはアルクェイドに近寄った。
アルクェイドはずっと死神は消えた方向を見ていた。
「どうしたの?」
「何処かで見たことがある気がする」
「え?」
死神の素顔を見るのはアルクェイドでさえも初めてだった。
なのに、アルクェイドは何処かで見たことがあった気がする。
「そんなことよりも、Bは何しに来たんだ?」
「手紙で教えたはずだが……」
「まだ読んでない」
「君は全く……
私が先に興味を抱いた者達だ。
どんな者達か見極めたくなったのさ」
それだけがブルブランの目的でないことはアルクェイドもレンも気づいたが何も言わなかった。
「さてさて、それではAの新居に向かうとしようか」
それを誤魔化すためか、それとも辛気臭い空気を変えるためか、ブルブランはおどけた調子で言う。
親友たるアルクェイドと未だに動く気配のないリーシャの疲労を心配しての行動なのかもしれない。
考えるのは後でも出来るということなのだろう。
「お前、居座るつもりか」
「あら、それじゃ私もそっちに住もうかしら?」
「ふふっ、良いのかい?
彼らに見つかってしまうよ」
「良いのよ、もう逃げないって決めたから。
見つかったらそれはそれでちゃんとするわ」
「見つかったらと言った時点で半分逃げているだろうが」
「あら?」
彼らは楽しそうに笑いながら市内へと歩いて行く。
その彼らにリーシャは声をかけた。
「貴方は一体誰なんですか?
私は、どうしたらいいんですか……」
前者の質問はとっさに出ただけだ。
むしろ、彼女は後者の答えを知りたかった。
「知るか、お前が決めろ。
お前の人生だ、他者に委ねるな。
人として生きたいならな」
「私からも助言するとしよう。
よく考えることだよ。
君が見てきたことを思い出して見るといい。
思考を止めてしまっては死んだも同じだ」
それだけ言うと、彼らはさっさと市内に戻ってしまった。
「そんなの……」
リーシャは泣きそうな声で呟いた。
それを聞き遂げるものは誰もいなかった。
「……そうだ、明日も公演があるんだった。
帰って、休まないと……」
ようやくリーシャは立ち上がった。
市内に戻ったと見せかけて、ブルブランが現れた崖の上に三人は居た。
彼らはリーシャが動くのを待っていた。
普段の彼女ならば彼らに気づいただろうが、今の彼女では気づく気配もない。
「アルは彼女が気に入ったの?」
「どうして?」
「だって、あんな事言うなんて珍しいから」
「かも、しれないな……」
「ということは、彼女が輝けるかどうかは君にかかっているということだね。
愛しの姫君が見つかって良かったじゃないか」
「そんなものじゃないだろ」
-どう相手にしたらいいか分からないだけだ-
アルクェイドは思い出していた。
彼女が言っていた名前も、彼女と関する過去も。
-殺された相手に見蕩れたなんて、恥ずかしい思い出だったんだから-
「あの時の冷たく見下ろされる目を綺麗だ、なんて思ったなんて言えるわけ無いだろう」
「何か言った?」
「なんでもないよ」
「それにしても、少々期待はずれだったか」
ブルブランは実に残念そうに呟く。
「思考停止はダメだと言ったばかりだというのに」
「癖みたいなものなんだろう。
劇団にもイリアに無理矢理誘われたみたいだったからな」
「ふむ、それすらも自己の意志ではなかったというわけか。
だがしかし、故に物語は栄えるというモノ!」
「はいはい、あなた達の趣味は分かったから静かにしましょうね」
「意志の弱い者が成長する姿は輝くものだ。
しかし、それが成せるかどうかはまた別の話だがね」
レンの静止の声も聞かずにブルブランは語る。
「美とは、頂に輝く尊きもの。
彼女はそれに至れるか否か。
実に楽しみだよ」
ブルブランのその言葉を最後に三人の姿は消え去った。