刹那の軌跡 【完結】   作:天月白

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第15話 機械仕掛けの王様

ローゼンベルグ工房内のアルクェイドの部屋。

室内にはこれまでに造ったであろう銀細工の数々が置かれ、少しだが書籍も置かれている。

後はベッドが有るくらいだ。

そのベッドの上にはレンが寝転がってエニグマ=Mを触っている。

楽しそうに微笑みながら足をパタパタと動かしている。

その傍らには先程まで使っていたことが分かる携帯端末が今も電源が付いて置かれている。

レンのエニグマには、この間まで猫のストラップしか付けられていなかったが、今はそこにみっしぃのストラップが増えていた。

そのストラップは銀で出来ていた。

それはアルクェイドの試作品だった。

部屋に有る机に目をやるとそこには幾つものみっしぃが置かれている。

顔だけのバッジやレンの持っているようなストラップ、さらにはぬいぐるみと同じサイズの踊っている姿の像まで有る。

一つ一つが本物と思える程遜色ない。

それらが実に全部で20は有るだろう。

アルクェイドは各一つずつ持って、イメルダの所に行っている。

レンが楽しそうにしていると、部屋にファルケが紙をくわえて入ってきた。

机の近くに有る止まり木に下りると、レンに向かって一鳴きする。

「はいはい、分かったわよ」

レンはアルクェイドの部屋から出て、ケースを持って戻って来た。

ケースの中には明らかにサイズのおかしいネズミが入っている。

どう見ても魔獣である。

「工房内じゃなくて外でしてよ」

レンの言葉を理解したのか、ファルケは魔獣を足で掴むと外に向かって飛んでいった。

「でも、なんでアルは魔獣なんて捕まえてるのかしら?」

後日、支援課に魔獣を圧倒する鷹の調査が依頼されるということがあったがそれはまた別の話だ。

レンは地面に落ちたファルケの持ってきた紙を取る。

紙にはBと言う文字と結社のマークが描かれていた。

「本物に仲がいいわね」

手紙を机に置くと、端末を使ってアルクェイドにブルブランから手紙が来たことを通知した。

「確かに、これで貸してやろうじゃないか」

アルクェイドの銀細工の出来を確かめて、イメルダ夫人はそう言った。

「どの物件だい?」

「旧市街、メゾン・イメルダ」

「アンタも物好きだね」

夫人は煙を吹かしながら笑う。

鍵を取り出すとアルクェイドに放り投げた。

アルクェイドは無造作にそれを掴むと踵を返す。

もうここには用はないと言わんばかりに。

「ヒッヒ、何をするか知らんが、あたしゃに迷惑かけんじゃないよ」

「無論」

それだけを言うとアルクェイドは扉から出て行った。

「まさか本当に持ってくるとはね。

 冗談半分だったんだがね……

 しかもこの出来だ。

 こいつぁ、あの噂も本当かも知れないねぇ。

 死神を創ったのはあの坊やって噂もね、イッヒッヒ」

裏社会ではそう言った噂は有り触れている。

世に自身の物を売り込もうと茶地な曰くを自ら作り出す者もいなくはない。

しかし、それが上手く行く者は少なく、何処からかその曰くは破綻する。

アルゲントゥムも作られていると噂されている一つだった。

だが、製作者に辿りつけるものは極僅かで、夫人もヨルグと少なからず交流があるために知り得た情報だ。

故に、噂が噂を呼び、さらに死神が取り憑いているという噂まで重なり、真実は分からない。

それは神秘さよりも薄気味悪さが際立つが、裏社会に通ずるものは、須らく、そういったものの方を好む。

夫人の見た感じとしては、IBCが売り出している一般的に広まっている物でも、少ならからず感銘を受ける。

だが、今夫人の目の前にある物は明らかに格が違う。

「魂とでもいうかのね……

 ゾッとする魅力を感じるね」

そこに込められた想いを見ただけでも感じてしまう。

「もはや、呪いと言ってもおかしくないよ。

 それこそ、死神という狂信者が出るほどまでにね……

 しかし……」

そこで一つだけ夫人に疑問が思い浮かんだ。

これまで裏社会に流通したものでもこれほどまでの物は見たことがない。

ならば―――

「死神は一体何処でコレ相応の物を見たんだろうね?」

アルクェイドはアンティークショップから出ると、そのまま旧市街へと向かった。

夫人から受け取った鍵でぼろアパートに入る。

ひと月ほど前に支援課が魔獣を駆逐したために現在は見当たらない。

「マペットで掃除させるとして、魔獣が入らないように塞ぐか」

修繕ならば問題ないと考えて、魔獣が入り込んだと思われる穴を塞ぐ。

無論、穴の先にいる魔獣も駆逐する。

居くる場を追われた魔獣が隠れ住んでいるだけなので弱いのしかいない。

その穴の先にアルクェイドは面白い物を見つけた。

「なるほど、これに引き寄せられていたか」

そこには、それなりの大きさの七耀石があった。

一応、所有者たる夫人に渡すために回収した。

穴を塞いだ後は、マペットが数台床を忙しなく動いている。

最後にガラスを張り直し、住民がいてもおかしくないアパートとなった。

恐ろしく早い時間で修繕が完了した。

とはいえ、もう日が沈んで夜になっていた。

だが、アルクェイドの目的はこれからだった。

最奥の広い部屋にローゼンベルグ工房から機械を深夜の内に運び入れた。

周りにバレないように慎重に、日数をかけて少しずつ……

必要な機械を全て運び入れると、端末を弄り始めた。

それらが全て終わると、大分日数が経ち、創立祭の前日となっていた。

急に綺麗になったアパートを不思議に思った住民も多いが、夫人は創立祭を目処に修繕しただけだと、笑って誤魔化していた。

アルクェイドから渡された七耀石に比べたら、微々たる手間だったからだ。

かなりの時間をかけたが、アルクェイドはようやく一段落ついたことに満足気だった。

アルクェイドの考えは二つあるが、どちらも市内のほうが都合がいいからだった。

そして、いつものコートを着て、市内に出た。

市内から聞こえてくる賑わいは明日の創立祭のことばかりだ。

時刻にして既に夕方。

それでもまだ準備があるのか、万全にしたいのか、忙しなく動く人ばかりだ。

そんな光景を遠巻きに眺めて歩いていたら、アルクェイドはアルカンシェルの前に来ていた。

「いつの間にかリーシャも増えているのか……」

以前はイリアしか描かれていなかった看板にリーシャも描かれていた。

銀としての彼女に出会った時に言われた言葉が不意に頭に過ぎった。

「なんで持っているのですか、か……」

アルクェイド自身も何時、何処で手に入れたかなんて覚えていない。

気づいたら持っていたのだ。

-マイスターにでも聞いてみようかな-

そんなことを考えた時だった。

「ッッッ!?」

アルクェイドの頭に痛みが走った。

それを和らげるように頭を振っていたら、声をかけられた。

「あら、アルクェイドじゃない」

「イリア・プラティエ……

 と、リーシャ・マオ」

「だからなんでフルネームなのよ」

「私はついでなんですね……」

「別にそういうわけじゃないが」

いきなり現れて、まともな対処が出来ていないだけなのに、そんなことを言われては堪らない。

二人の対応に戸惑っていて、先程何を考えていたか忘れてしまった。

「でも、丁度良かったわ。

 明日、付き合ってもらうわよ」

イリアはとてつもなくいい笑顔を浮かべてそう言った。

「なんでこんなことになっているんだろうな……」

アルクェイドは一人ため息をついた。

創立祭の公演も上手くいき、日も沈んで夜となっている。

昨日のイリアの言っていたのは彼女の部屋での宴会だった。

彼の目の前には空の酒瓶が10以上転がっていた。

この部屋の中には四人いるが、男はアルクェイドだけだ。

彼の左腕には抱きついているレン。

向かい側にはリーシャにセクハラしているイリアの姿。

非常に目のやり場に困る光景が彼の前に広がっている。

リーシャの悲鳴が響くイリアの部屋。

アルクェイドはかなり居心地が悪かった。

それをごまかすためにさらに酒を呷る。

レンが呑むことにイリアは面白がって、アルクェイドは別にいいかと思って止めなかった。

リーシャは一応止めていたが、結局レンは呑んでいる。

その結果がコレだった。

「ちょっと、アル!

 聞いてる!?」

「ああ、聞いてるよ。

 まさか、レンが酔うまで呑むとは誤算だった……」

レンの目は据わっており、アルクェイドに絡む。

或いは酔ってはいないが、酔っている演技をしているのか。

それを判別する事も出来ず、どちらにしても絡まれていることには変わりはない。

「さぁ、リーシャ。

 その胸を揉ませなさい!」

「や、やめてください」

悪酔いしているイリアがリーシャの胸を揉もうと迫り、それを必死に避けるリーシャ。

リーシャも顔は赤くなっているが、アルクェイドが見ている限り、それほど呑んではいなかった。

恐らく、銀の時のように内気功で血流を良くしているのだとアルクェイドは思った。

先程からチラチラとアルクェイドを見ていることから何か気になっていることがあるのだろう。

単に助けを求めているだけかもしれないが……

(助けてください!)

リーシャと目が合ってもアルクェイドは視線を逸らす。

(自分でなんとかしてくれ)

それに負けずにリーシャは目に力を込める。

それでもアルクェイドは視線を逸したまま、酒を呷る。

(……散らしますよ?)

終いにはリーシャは軽く殺気を込める。

よほど切羽詰っているということなのか、銀が薄っすらと出てきているようだ。

「……………………」

流石に酒がかなり入っている状態で言われると焦ってしまい、冷や汗が出る。

前回はなんとかなったが、帰りに銀として来られると困るためにイリアに声をかける。

「その辺にしといてやれよ」

「何よ、私の邪魔をする気?」

イリアが据わった目でアルクェイドを見る。

「少しは俺の立場というか、男が居るということを考えては貰えないか?」

「やっぱりアルはそうなのね?」

そこで、レンも彼らの会話に混ざってきた。

もうアルクェイドには嫌な予感しかしなかった。

もうどうにでもなれと酒を呷る。

「やっぱりって何が?」

「前にね、もっと凹凸のある体になれってアルが言ったのよ」

「なッッ、ちがッッ!?」

酒を呑んでいる時にそんなことを言われ、アルクェイドは否定しようとするが酒が肺に入り、咳き込んでしまう。

呼吸を整えている間にイリアはニヤニヤといい笑顔を彼に向ける。

リーシャは更に一層顔を赤らめて手で胸を隠す。

「へぇ~、アルクェイドもそんな目で見てたんだ」

「んなわけあるかっ」

「でも、前に私にそう言ったわよね」

「ぐっ、そらっ、むう。

 確かに言ったよ……」

間違ってはいないがそういう意味で言ったわけじゃなかった。

だが、今は何を言っても無駄だ。

横目でレンを睨むと楽しそうに笑っている。

それでアルクェイドはレンが酔っていないことに気づいた。

アルクェイドは諦めて大人しくからかわれることに決めた。

それからしばらくして、イリアが不意に別の話を持ちだした。

「あ、そうそう。

 この間、レンちゃんのことを遊撃士に聞かれたわよ」

その発言で、アルクェイドとレンの手が止まった。

「エステルとヨシュアって言ったかしら」

「で、何を聞かれた?」

「レンちゃんを知っているかって聞かれただけよ。

 アルクェイドのことも少しは教えちゃったけど……

 何かいけなかった?」

「いや、問題ない」

少し頭を振って否定する。

すこしばかり沈黙が部屋に訪れたが、すぐさま宴会の雰囲気に戻る。

そこからさらに二時間ほど経った頃、アルクェイド以外は全員酔いつぶれてしまった。

「本当に危機感のない奴らばかりだな。

 ……一人を除いてな」

ソファに倒れている三人を見渡してアルクェイドは呟く。

最後の一言は聞こえないようにして……

寝ている三人に毛布を掛けていく。

近い順にレン、イリアと。

そして、リーシャにも毛布をかけようとした所で腕を掴まれた。

「やはり、起きていたか」

「気づいていたんですか」

「それはお互いに……だろ」

「そのようですね」

リーシャは腕を放すと、立ち上がった。

「外で話しましょうか」

「そうだな」

アルクェイドはコートを置いたままリーシャの背の後に続いて外に出た。

彼らが出ていき、扉が閉じられた後、少女が上半身を起こした。

「ふふ、面白い事になりそうね」

懐からエニグマ=Mを取り出して開く。

「ねぇ、貴方はどう思う?」

機械信号がなり、画面に文字が表示されていく。

「もう、パテル=マテルは心配性ね。

 大丈夫よ、彼はそこまで弱くないわ」

それは答えているというよりかは自分に言い聞かせているようだった。

さらに文字は表示されていく。

「そうね、私も逃げ続けるのは止めないとね。

 でも、もう少しだけ、このままで居させて。

 お願い……パテル=マテル」

画面は何も答えなかった。

冷たい夜風が二人の酒で火照った体を冷ましていく。

その心地よさにアルクェイドは身を任せていた。

外に出ても歩き続けるリーシャの後に続いていくと、市外に出てしまった。

「何処まで行く気だ」

リーシャはバス停を超えた辺りで立ち止まった。

この時間ならバスが来る心配もない。

そして、彼女はアルクェイドに振り向いた。

「貴方、ですよね?」

「何の話だ」

「星見の塔に現れた道化の……

 いえ、機械の王様(レギス・エクス・マキナ)

その名前が出た瞬間、周りの空気が一気に張り詰めた。

「教えてもらえますか。

 貴方が何故、あの銀翼のペンダントを持っているのか」

リーシャはアルクェイドの一挙手一投足を注目している。

アルクェイドは沈黙したまま、手で後ろ髪をかき上げた。

「はぁ……

 何処でその名前を知った」

「先に私の質問に答えて下さい!」

普段からのアルクェイドからは想像できない低い声が聞こえた。

しかし、それに怯むことなくリーシャは声を上げる。

「何時からは知らない。

 気づいたら持っていた」

「そんな……」

「だから、何処でその……」

「だったら!」

アルクェイドの話を聞かずに一方的にリーシャは言う。

「だったら、■■という名前に覚えはありませんか!?」

「ッッッ!!?」

その言葉を聞いた瞬間、アルクェイドは反射で動いてしまった。

アルクェイドを動かしたのは恐怖という感情だった。

動きは雑で殺意も散慢、素人と変わりない動きだった。

けれど、手だけは明らかにリーシャを殺しにかかっていた。

何も喋らせない様に喉を目掛けて放っていた。

そんな行動をされると思っていなかったので、思わず全力で蹴り返してしまった。

「かはっ……ごふっ」

アルクェイドは咳き込むと同時に喀血した。

リーシャに反射で鳩尾に蹴りを入れられてしまったが、なんとか倒れずにいた。

「ごめんなさいっ!」

慌ててリーシャはアルクェイドに駆け寄ろうとした。

「近寄んな!」

だけど、それをアルクェイドが大声を上げて全力で止める。

その声にリーシャは思わず足を止めてしまった。

「なんだよ、これは!?」

アルクェイドの脳裏には見覚えのない光景が()ぎる。

ノイズが多すぎて誰だか分からない。

誰かが笑っている。

その誰かの手を引っ張る。

いつも連れ回していた。

家にある親の手伝いで作った物を渡そうとした。

そこから真っ赤な光景になった。

もはや何がなんなのか判別ができない。

鋭利な何かが目の前を通る。

誰かが冷たい目をして立っている。

その目には誰も写っていなかった。

自分を見下ろしているはずなのに―――

-そんなの俺は知らない!-

ガラスが砕け散るようにその光景は崩れ落ちた。

そんな時だった。

態度がおかしくなったアルクェイドを心配していてリーシャは気付かなかった。

辺りの空気が夜風の冷たさから、ねっとりとした肌に纏わり付く様な空気に……

それはリーシャの背後に現れて、彼女の肩に手を置いて彼女に笑いかけていた。

「ねぇ、君は何をしているのかな?」


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