刹那の軌跡 【完結】   作:天月白

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第13話 機械仕掛けの胎動

ティオと会話に何かを感じたアルクェイドは次の日、裏通りに向かった。

その裏通りにあるアンティークショップ『イメルダ』にアルクェイドは入っていった。

「イッヒッヒ、いらっしゃい」

中には煙を吹かせた怪しげな老婆がカウンターに座っていた。

「何の用だい?」

「アンタの物件を一つ貸して欲しい」

「……………………へぇ」

その言葉に意味深に笑い、アルクェイドを品定めするような目で見る。

「アンタは誰だい?」

「ヨルグの息子だ」

「おや、あの偏屈爺に子供が居たとはね」

イメルダは少し目を見開いて驚き、椅子に凭れて煙を吹かした。

「そうさねぇ……

 貸してやってもいいが、無料で貸してやるわけにはいかないね」

そう言って、イメルダはカウンター前にいるアルクェイドに向かって煙を吹かす。

アルクェイドはそれを鬱陶しげに手で払う。

「何が望みだ?」

「Aと名乗る者が今、このクロスベルに居るらしいじゃないか。

 そいつが作っている銀細工を幾つか持って来な」

「このくそババァが……」

「ヒッヒ、アタシの情報網を舐めるんじゃないよ」

アルクェイドの鋭い視線も素知らぬ顔でイメルダは笑う。

最初からアルクェイドの存在を知っていたのだ。

どんな奴か知らなくとも、ヨルグの息子という情報でそれに辿り着いたこの老婆は侮れないとアルクェイドは認識した。

「ヒッヒッヒ、そんなに構えるんじゃないよ。

 そうさねぇ……

 出回っている物と同じようなアクセサリーじゃ価値が低いしねぇ。

 このクロスベルのマスコットである『みっしぃ』の形のを幾つか作ってもらおうか」

「また七面倒な物を要求しやがって……」

そのアルクェイドの鬱陶しそうな言葉にイメルダは笑う。

「このアタシに貸しを作ろうってんだ。

 それなりの対価を用意してもらわないとね」

「3日後でいいな」

「期待せずに待っているよ」

「ほざけ」

ニヤリとイメルダは笑って、アルクェイドに煙を吹かす。

それを手で払ってアルクェイドは踵を返す。

アルクェイドが店を出ていってからイメルダは呟く。

「ヒッヒ、まだまだヒヨっ子じゃないか」

プレ公演が終わり、つかの間の休息をアルカンシェルのメンバーは楽しんでいた。

その目玉である、リーシャとイリアは市内を巡っていた。

プレ公演の日からリーシャが何処か沈んでいるのを察したイリアは彼女を連れ出していた。

今この場でもリーシャの顔は何処か悲しげだった。

−なんでアレを持っているの?彼は生きている?−

リーシャの中ではその二つの疑問が渦巻いていた。

「ほらリーシャ、今度はあっちに行くわよ」

「イ、イリアさん」

沈んだ顔をしているリーシャをイリアはさらに連れ回す。

こうして無理矢理にでもイリアがリーシャを連れ回してるのは、何か気分転換になればと思ってのことだった。

だが、イリアはそれをおくびにも出さない。

理由を言った所でリーシャがそれを認めるわけがないからだ。

だから、気遣っていることを悟らせない様にいつものように振り回す。

無論、リーシャとてイリアの気遣いには気づいてる。

しかし、イリアもそれを認めることがないだろう。

これが、彼女たちの関係を表していた。

イリアはいつも自信満々で誰かを振り回す。

そんなイリアをリーシャは眩しそうに見ていた。

そんな後ろ姿に何処か懐しさを感じて―――

-あの子は寡黙だったけど、同じようにいつも連れ回してくれていた-

だけど、そんな気遣いでさえも、今のリーシャにとっては忌まわしい記憶を呼び起こさす一因だった。

何故ならば―――

-そんなあの子を殺したのは私なのだから-

そんなことを考えていただからだろうか。

彼女は近づいてくる二人に話しかけられるまで、気づくことはなかった。

「あの~、ちょっといいですか?」

アルクェイドは百貨店に向かう。

これまで、幾つもの種類を作ってきたが、既製のキャラクターをモデルに作るのは初めてだった。

いつもは簡単な形か自分の想像内に存在するモノだけを作ってきた。

今回は既製品があるから、それを元に作らねばならない。

だから、百貨店に来て人形を買いに来たのだ。

「まさか、ファンシーショップに来ることになるとはな……」

明らかにアルクェイドは周りの光景との違和感が酷い。

いつものように仰々しいコートではないラフな格好とは言え、青年が、しかもそれなりに見栄えのする背格好のアルクェイドが居るのは場違いとしか言いようがない。

もっと年がいっていたなら娘のプレゼントを選んでいると思えるかもしれないが、いくら大人びて見えるアルクェイドでもそうは見えない。

みっしぃを探しているアルクェイドを遠巻きから訝しげに見ている者も居る。

少女の気に入りそうな人形やアクセサリー、置き物に紛れて青年がしゃがんで品定めをしていたら気にもなるだろう。

「……どれがみっしぃなんだ?」

アルクェイドの前には無数の様々な種類のぬいぐるみ。

これまでぬいぐるみ等の人形になど興味を持ったことがない。

ヨルグの作品を何度か見たことがあるが、それとは此処に並んでいるのは全然違う。

元々、違いが分かったところでみっしぃを見たことがないアルクェイドに一見で理解できるわけがない。

正確には、見たことはあるかもしれないが、それがみっしぃだと知らなければ意味が無い。

「コレも違う、コレも違う、コレも……」

だから、アルクェイドはいちいち製品に付いている名前を確かめてみっしぃを探していた。

一心不乱に名前を確かめながらブツブツと呟いていたら、それはもう怪しいを通り越して怖い人だ。

「なんでこんなに数があるんだ……」

最初は周りにも名も知らぬ少女が見えたが、いつの間にか消えていた。

しかし、アルクェイドはそれに気づかずに次から次へとぬいぐるみを掴む。

そんな怪しいアルクェイドに近づく二つの影があった。

リーシャとイリアに話しかけてきた二人は一組の男女だった。

「あの〜、ちょっといいですか?」

「あら、遊撃士が何の用かしら?」

その男女は遊撃士の証たる、篭手の紋章を付けていた。

「アルカンシェルのイリア・プラティエさんとリーシャ・マオさんで間違いないですね?」

声をかけてきた少女ではなく、少年が問うてきた。

気さくそうな少女と違い、少年の方は少し真剣になっているのか、目に力が篭っていた。

「ええ、そうよ。

 それで、私たちに何か用かしら?」

「ある人物についてちょっと聞きたいことがあるんです」

少年はさらに目に力を込めてイリアに聞く。

それは態度は冷静だが、焦っているようにも見える。

「私はエステル、こっちはヨシュア。

 レンって娘を知ってる?

 菫色した髪の女の子なんだけど……」

「それなら知っているわよ。

 アルクェイドが連れてきていた娘だわ」

「アルクェイド?」

聞いたことがない名前にエステルが首を傾げる。

ヨシュアはその名前を聞くと微かに反応した。

だが、ソレに気づいたのはリーシャだけだった。

「アルカンシェルのオーナーよ。

 髪が蒼く、目が深い青なのよ」

「そんな人がなんでレンと……」

聞き覚えのない人がレンと一緒にいることに気になってエステルは考え込む。

ヨシュアもヨシュアで、ブツブツと何かを呟いている。

「どうしたのかしら?」

「さ、さぁ……」

二人の様子がおかしくなり、イリアとリーシャは首を傾げるしかなかった。

ヨシュアは何処か思い詰めた表情をして、顔を上げた。

「ありがとうございました。

 行こう、エステル」

「ちょ、ちょっと、ヨシュア?

 あ、えと、ありがとうね」

エステルはいきなり背を向けるヨシュアに驚いて、急いで礼を言って彼の後を追いかけた。

イリアとリーシャはその二人を呆然と見送るだけだった。

「ちょ、ちょっとヨシュア。

 一体どうしたのよ?」

いきなり早足で去ったヨシュアを追いかけるエステル。

いつもの様子と違うヨシュアに戸惑いながらも声をかける。

「もし、本当にアルならやばいんだ!」

「やばいって何が?

 そもそも、そのアルクェイドって誰よ?」

エステルのその言葉に足を止めるヨシュア。

「アルクェイド……

 アルクェイド・ヴァンガードは……」

そこまで言って、ヨシュアは大きく息を吸う。

そしてエステルに振り向いた。

「君もアルゲントゥム製品は知っているだろう?」

「そら、かなり有名だもん。

 誰でも一個くらいは持っているんじゃない?」

「彼はそれの製作者だよ」

「ええ!?」

それだけ言うとヨシュアはさらに歩き出す。

エステルもそれに慌てて続く。

「でも、それの何処がやばいのよ?」

「正直、これはどうでもいい内容だよ。

 問題は彼の戦闘能力だよ。

 彼の武器は特殊すぎるんだ」

「武器?」

「彼はその持ち前の技術で武器を全て自作しているんだ」

「それの何処が問題なのよ?」

稀にだが、自分の手にあった最高の武器を得るために自作する人物もいる。

確かに珍しいことには違いないが、特殊とはまた違う。

「誰も知らない技があるということ。

 これは君もその怖さが分かるだろ?」

「それは、分かるけども……」

エステルはヨシュアの言いたいことが全く分からなかった。

容量の得ないことばかり言っているように感じる。

「そして、彼はレン以上に人形を自在に操ることが出来るんだ」

「ちょっと待って、それって……」

エステルの声を無視して、ヨシュアはさらに続ける。

「彼はオーバーマペットすらも自作することが出来る」

それは即ち、アルクェイド・ヴァンガードはパテル=マテルに匹敵するオーバーマペットを操れるということ。

「おまけにこっちの方が問題だ」

まだ、それ以上に厄介なことがあるとヨシュアは言う。

「アルは父さんと同じなんだ」

「ッッッッッ!?」

その言葉にエステルは衝撃を受けた。

彼女たちの父親、カシウス・ブライト。

それと同じということ。

即ち、それは理に至っているということをエステルは瞬時に理解した。

アルクェイドに近づく二つの影。

それらはアルクェイドの背後に近づくと声をかけた。

「こんな所で何をしているんですか?」

その声にアルクェイドは振り向くとそこにはティオとエリィがいた。

エリィは苦笑して、ティオはジト目で見ていた。

「どうかしたのか?」

彼女たちに気づくとアルクェイドは立ち上がってそう言った。

「ファンシーショップに怪しい人が居るので何とかして下さいと店員に苦情が来ているそうです」

「それでどうしてお前たちが来ているんだ?」

「それは、私がこの百貨店のオーナーと知り合いだからよ」

アルクェイドの疑問にエリィが苦笑しながら答える。

「そうか、では仕事頑張ってくれ。

 俺は今忙しい」

アルクェイドは再び背を向けてしゃがみこもうとする。

それをティオが服を掴んで止める。

「だから、貴方がその怪しい人なんですよ!」

「何?」

「いいから、こっちに来てください」

ティオはそのまま服を掴んでアルクェイドを引っ張ってファンシーショップから連れ出す。

訳が分からなかったが、アルクェイドは大人しくそれに従った。

アルクェイドは百貨店内で話をするのかと思っていたが、それに反して外にまで連れ出されてしまった。

そして、百貨店を出た時だった。

その時にはティオもアルクェイドの服から手を放していて、アルクェイドは渋々後をついて行っていた。

アルクェイドの左側から子供がぶつかって来た。

「え……?

 きゃっ!?」

「おっと、大丈夫か?」

「あ、はい。

 あ、あの、右手は大丈夫ですか?」

「………………………………」

「あ、あの……?」

「…大丈夫だ。

 気を付けて行きなよ」

その子供にそう言うと走り去っていった。

ティオとエリィはその走り去った子供を見送ったが、アルクェイドは子供が走ってきた方を見ていた。

その視線の先に明らかに異質なものが見えた。

黒いローブを羽織り、フードまでかぶっている。

場所が悪いのか、顔だけは暗く、アルクェイドには見えなかった。

ソレの背丈は大人よりも頭一つ分小さいくらいだ。

昼間からそんな格好をしていては必ず目立つはずなのに、誰もソレが見えないかのように振舞っている。

だけど、ソレは誰ともぶつからずに、むしろ周りの人がソレを避けるかのように通っている。

ソレを数秒見ていると、不意にソレが笑ったように見えた。

その瞬間、ソレは人に遮られて見えなくなり、再びその場が見えると、もうソレはいなくなっていた。

-本当に来ていたんだな、必ずお前を-

事件だけでは判断は出来なかった。

けれど、今、確かに死神は姿を表した。

昼間の大通りで、人が多すぎて行動できないことを分かっていて現れた死神。

挑発を受けたアルクェイドはあくまでも冷静でいた。

アルクェイドは嘗て一度だけ、死神と対峙したことがあった。

その時のことを思い出して、アルクェイドはきつく右手を握りしめた。

腕が震える程、力を込めて握りしめた。

普通なら爪で手のひらが裂けてしまう程。

「どうしたの?」

ずっと、ソレが居た方に視線を向けているとエリィが声を掛けてきた。

彼女の後ろにはティオが見える。

どうやら、支援課の建物に向かっていて、アルクェイドが動かないことに気づいたようだ。

「いや、なんでもない」

握りしめていた右手を上げて、彼女たちには手の甲が見えるようにして軽く振る。

「そう?

 ならいいけれど……」

エリィが背を向けて支援課へと歩く。

その後ろに続きながら、アルクェイドは振り上げた裂けた手のひらを見詰めて軽く握り締める。

そして、なんとなく空を見上げた。

その空は、アルクェイドの髪のように蒼くなく、雲で覆われた灰色だった。


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