刹那の軌跡 【完結】   作:天月白

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第12話 機械仕掛けの鐘

もう既に辺りは暗くなっている。

今頃アルカンシェルではプレ公演と支援課による予告犯逮捕が行われているだろう。

距離にすればそんなに時間がかかる筈じゃないのに日はとっくに沈んでいる。

昼間から体が重い、頭が痛い。

ようやく目的地である月の寺院が見えた。

「ここからだ……」

ふらふらと足が覚束無い。

塔の鐘を見てからか、触ってからかどっちかだと考えられる。

いや、もっと前からか?

思えばクロスベルに来てから何かがおかしい。

何かに呼ばれているような感覚がずっとしている。

塔に行ってから、ソレが強くなった。

今もこうしてふらふらとソレに呼ばれる様に歩いている。

意識はある。

別にこの先に行きたいと思ってるわけじゃない。

しかし、足はその先へと向かう。

頭の中では向かってはならないと警告している。

でも、俺はその先を知らないといけない気がする。

何かの真実に辿りつける気がするから―――

「???」

真実を知ってどうするんだ?

分からない。

自問自答なんてしたことがない。

いつも只々、マイスターに恩を返したいだけだった筈だ。

それだけの為に生きてきた筈だ。

寺院の中を歩いていると変な魔獣が居る。

そもそも魔獣なのか、これは?

分からない。

自分を狙ってくるモノがなんのか分からない。

だけど、俺の前に立ちふさがってくる。

「邪魔だ、邪魔をするな!」

一斉に襲いかかってくる魔獣が邪魔だ。

戦技(クラフト)―陽炎」

体を揺らして軸をずらし、的を安定させない。

それに釣られて魔獣共の狙いが各々ズレてしまう。

その隙間を最低限の動きで摺り抜けながらナイフで斬り付ける。

俺が通り抜けると魔獣共は体液をぶちまけながらバラバラとなる。

それを気にも留めずに最奥を目指す。

そして寺院を最奥にソレはあった。

微かに振動して鳴いている鐘が――

「グッッッガァッッッッ!?」

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。

鐘の泣きそうな音が頭に響く。

痛さで俺は膝をつく。

こうして意識を保つことさえ困難なほど痛い。

仮に気絶したとしても痛みですぐに起きてしまうだろう。

頭どころか脳を鷲掴みにされて揺さぶられている気分だ。

音に反応するかのように、頭に知らないモノが映る。

こんな光景を俺は知らない。

神だなんて知らない。

御子なんて知らない。

因果なんて知らない。

力を振り絞って鐘に少しでも近づく。

「お……俺に……見せるな……」

今も尚、泣きそうな音で鳴いている鐘に近寄る。

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。

今すぐにでも鐘を止めろ。

鳴らしていてはいけない。

本能でそう感じる。

「俺は……

 俺はッ……」

脚が重い。

でも一歩ずつ近づく。

泣いている緑髪の少女が見える。

そんな少女なんて知らない。

「俺はそんなことの為に生きているわけじゃない!!」

痛みに耐えながらも、原因である鐘を力いっぱい殴る。

頭に響いている音を掻き乱すように鈍い音が響く。

「はぁ……はぁ……」

泣くような音と鈍い音が次第に重なりあって段々と小さくなっていった。

「……くそがっ……」

俺は鐘に殴りつけた格好のまま倒れた。

そのまま目を閉じる。

起きる気力すらない。

瞼の裏に微かに先程とは違う光景が浮かぶ。

もうそれはピントのずれた写真の様に何が写っているか分からないけど。

ぼんやりとどんな光景なのか理解できてしまう。

俺が知っているのと違う。

それを俺に見せるな。

理解するな。

覚えるな。

見てはいけない。

だって――

だって、これじゃ――

俺は―――

俺は――■■みたいじゃないか――

「ここは……」

アルクェイドはまだ夜が明ける前に目を覚ました。

微かに白い日の光が辺りを照らしているが太陽自体は見えない。

「確か、俺は呼ばれて……ッ」

何があったか思い出そうとして、頭痛がする。

思い出すことに警告されているかの様だ。

それを気にせずに無理矢理思い出そうとする。

「そうだ、鐘!?」

鐘に呼ばれた事を思い出し、背後にある鐘を見るが今は鳴りを潜めていた。

自分の思い違いだったのかと思う位鳴る気配はない。

鐘が鳴っていた時に何があったか微塵も思い出せないまま、アルクェイドは此処に居ても無駄だと感じ寺院から去った。

知りたくないことを思い出しそうだから……

アルクェイドは山道を降りてくるが足取りは極めて重い。

それでも、誰にも会わないように気をつけながら工房に戻る。

誰にも会いたくないが、一人で居たくもなかった。

工房にはまだ日が昇る前に着いた。

工房内に入ると人の気配を感じた。

「マイスター……」

レンから頼まれたのかパテル=マテルをメンテナンスしていた。

アルクェイドはそんなヨルグの姿を眺めていた。

暫くは眺めていたが、アルクェイドは声を掛けずに自室に向かった。

ヨルグもアルクェイドには気付いていたが、挨拶すらなかった。

自室に着いたアルクェイドは懐にしまっていた仮面ごと無造作にローブを脱ぎ捨てた。

首から下げた歪な銀翼を握り締めて、ベッドの上で丸まった。

「違うよな、違うよな、違うよな」

頭の中に響く鐘の音を反射的に否定していた。

-認めたくない-

その一心だけがアルクェイドの中に溢れていた。

鐘の音が告げることを認めてしまったら……

「俺は一体何なんだよ?」

-今も昔もこれからも、ずっと■■なのかよ-

自分を否定する考えが頭によぎった。

それを必死に頭から追い出す。

それでもその思考は止められない。

アルクェイドは逃げるようにいつものローブを掴んで走りだした。

独りでいたら嫌な考えに染まってしまいそうになると思ったアルクェイドはクロスベルまで来ていた。

いつもの黒と深紅のコートを着て、ゆっくりと歩いていた。

市内は昨日のアルカンシェルのプレ公演と支援課の犯人逮捕で大いに盛り上がっていた。

歓楽街も西通りも中央広場も東通りもそこら中でその話が聞こえる。

他に比べて、比較的人が少なく、後日にある創立謝祭の準備に追われている港区に来た。

人の邪魔にならないように端のベンチに座っている。

アルクェイドは呆然と準備の光景を眺めていた。

「…………………」

湖から流れてくる快い風が頬を撫でる。

すぐ側から聞こえてくる喧騒もどこか遠くに聞こえる。

それから一時間くらい眺めていただろうか。

「そんな所で何をしているんですか?」

不意にすぐ近くから声が聞こえた。

「あ………………」

声の方に顔を向けるとそこにはティオ・プラトーが立っていた。

今、会いたくない一人だった……

昨日はアルカンシェルの依頼を無事達成することが出来た。

いつも何かに付けて支援課を目の敵にしていて快く思っていない輩にはいい気味だと思う。

昨日のこともあり、今日は仕事は休みとなった。

それでも市内に出ると事件の事で周りがとやかく五月蝿いことには変わりはなかった。

けれど、それは自分たちがしたことが認められていることで少しだけ頬が緩んでいた。

それでも少し煩わしく感じていたは事実だ。

対応に少し疲れて一息つくために快い風が来る港区に来た。

そして、彼を見付けた。

港区の端にあるベンチに一人で座っている彼はいつもと様子が違った。

彼の視線の先には楽しげに走り回っている子どもや働いている大人たち。

それを羨ましそうに悲しそうに、泣きそうな目をして見ていた。

わたしは今まであんな目をした人を見たことがなかった。

まるで生きている世界が違うような……

違う、アレはそんな目じゃない。

そう、まるで生きていることが羨ましいような目だ。

だからわたしはそんな目をしている彼が余計に気になってしまった。

だけど、声をかけていいのか悩んでしまった。

でも、放っておくことは出来ない。

例え、わたしを助けてくれたことを忘れていても。

それが夢だと思っていたことでも――

-なんだ、結局わたしもロイドさんのことを笑えない、お人好しじゃないですか-

だからわたしは彼に声をかけた。

寂しそうに子供が一人で膝を抱えている様な彼に……

「そんな所で何をしているんですか?」

「あ………………」

声に反応してこちらを向いた彼は驚いて、さらに泣きそうな目をした。

アルクェイドに声をかけたティオは何も言わぬままのアルクェイドを暫く見ていたが、答えが返ってこないことに溜め息をつきながらアルクェイドの横に座った。

アルクェイドはティオから逃げるように少しだけ反対側に移動した。

行動だけ見ればティオの座る場所を空けたように見えなくもないが、紛れも無くそれは逃げだった。

暫く彼らは無言で座っていた。

「今日はどうしたんだ?」

先に口を開いたのはアルクェイドだった。

「昨日の事件で周りが騒がしいので少し疲れて休憩です」

「そうか」

嫌そうな顔をしているが、僅かに口元は緩み、声はやや嬉しそうだった。

「今までわたしたちを厄介者扱いしてきたくせに急にべた褒めして来るんですよ。

 本当に鬱陶しかったのでロイドさんに押し付けてきました」

「ははっ」

言っている内容と感情が全然咬み合っておらず、嬉しそうな顔をしているティオ。

それが本当に眩しくて、羨ましくて、アルクェイドは乾いた笑みを零した。

「初めて笑いましたね」

アルクェイドが笑ったことにやや驚きながらティオは言う。

「そら、俺も笑いはするさ」

「そうですか?

 その割にはいっつも仏頂面じゃないですか」

ティオはアルクェイドをジト目で見てくる。

なんともないただの会話が、心地よく感じる。

「大体ですね。

 いつもいつも溜め息ばかりで、口を開けば短く否定の言葉ばかり。

 こちらがいつも話しかけているのに、真面目に聞こうともしないで面倒くさそうな顔して……」

ストレスが溜まっているのかティオはつらつらとアルクェイドを次々と言う。

そんなティオを見ていると自然と微かに口元が緩んだ。

「……聞いているのですか!?」

「ああ、勿論」

アルクェイドが上の空なのに気づいてティオは声をあげる。

アルクェイドは反射的にそう答えていた。

「ならいいです」

明らかに聞いていないのはティオにも分かっていた。

けれど、それを指摘することもなく、不満気に頬を膨らませながらベンチに勢い良く(もた)れる。

再び彼らの間に沈黙が訪れるとアルクェイドは再び目線を前に戻した。

前かがみになっているアルクェイドを横目でチラチラとティオは見ていた。

明らかにいつもと様子の違うアルクェイドに聞きたいことが有るのは明白だったが、ティオは一切何も触れようとはしない。

それからまた両者は何も言わなくなった。

さらに10分くらいしたらまたアルクェイドが口を開いた。

「何も聞かないんだな」

ずっと真横で気にされ続けていたら嫌でも気づくだろう。

「勝手に荷物を背負われるのは嫌なんでしょう?」

「誰から聞いたんだ」

「レンちゃんですよ。

 この間、ウォークスの乗り方と一緒にあなたの対処法を色々教えてもらいました」

「余計なことを……」

ティオの言葉にアルクェイドは自嘲の笑みを浮かべた。

「それとは別のことをしたわけなんですがね」

「別のこと?」

「ええ、レンちゃんが言ってましたよ。

 アルの1番の優しさは辛い時は何も言わずに側にいてくれることだって、ね」

「……マセガキが」

その言葉でアルクェイドは本当に泣きそうになった。

きつく目を閉じてそれを堪えると顔を上げて語り始めた。

「少しだけ、少しだけ……

 自分がしてきたことに自信が持てないんだ。

 全てが夢で、幻で、そう思ってただけなんじゃないかって思ってな」

「……わたしにはあなたに何があったのか分からないけど、わたしもつい最近までは夢だと思っていたことがあったんです。

 今でもそれが本当の事だったのかは分かりませんが……」

ティオはそこで区切ると大きく息をすった。

「例え夢だったとしても、本当はなかったことでも――わたしはそれに救われたのです」

自信満々であの時のことを真実だとは言えない。

でも、あそこで少しでも救いを感じれたから、わたしは生きているのだとティオは思っている。

-ロイドさんの熱血というか臭いセリフが移りましたか-

ティオは自分で言ったことに少し照れ臭く感じてしまっていた。

記憶に自信はなくても、救いの事実には自信をもって肯定できるとティオははっきりと言った。

「そうか……」

アルクェイドはそれを心に浸透させた。

「少し落ち着いたよ。

 俺はこれで行くとするよ」

決して笑顔ではないけれど、泣きそうな顔ではなくなったアルクェイドはそっと立ち上がった。

「そうですか」

ティオはそれにそっけなく返すとアルクェイドは歩き出した。

ティオはその後ろ姿を眺めていた。

「ああ、俺のことはアルでいいよ」

「分かりました。

 また会いましょう、アルさん」

振り返って軽く手を振ってアルクェイドは去っていった。

姿が見えなくなるまでティオは眺めていると背後からロイドがやってきた。

「はぁはぁ……」

走ってやってきたのか、それとも疲れているのかロイドは息が荒かった。

「ロイドさん」

「ティオ、俺に押し付けていくなよ」

「すみません」

「ここで何をしていたんだ?」

「アルクェイドさん、アルさんと少し話していただけです」

「アルクェイド……?」

「……?」

アルクェイドの名に変な反応をしたロイドにティオは不思議に思った。

「……………あ!

 あ、ああ、アルクェイドさんか。

 レンちゃんと同じように言うなんて少しは仲良く慣れたみたいだな」

「ええ、少しだけですが」

先ほどのロイドの反応を怪訝に思いながらもティオはロイドと一緒に支援課のビルに戻っていった。


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