刹那の軌跡 【完結】   作:天月白

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第11話 機械仕掛けの銀闇

前回の昼食会からさらに一月後。

今日、アルクェイドとレンはアルカンシェルに来ていた。

「殺人予告ねぇ……」

アルカンシェルにイリア・プラティエの殺人予告状が届いていた。

「………………………で?

 予告犯は何がしたいんだ?」

その予告状をヒラヒラと軽く振りながら、アルクェイドは鼻で笑った。

「私を殺したいんじゃないの」

殺すと宣告されていながらも、イリアは実に明るかった。

「だったらその人は馬鹿なのね」

「見ろ、こんな子供にも馬鹿にされているぞ」

「子供じゃないわよ」

「ですが、流石に見過ごせないと思います」

イリアが依然と明るいのはこの様な幼稚な脅迫状など履いて捨てるくらい来ているからだ。

容姿端麗、人を魅了する言動、その上類い希な有名人ともなれば、それに嫉妬する人間などいくらでもいる。

今回もそれに類するものではあると思われるが、一つだけ違うものがあった。

「まぁ、名前が書いてあっては気にもなるか」

「初めてのことだしね」

今回は最後に名前が書かれていた。

たった一文字で『(イン)』と……

「銀か……」

「知ってるの?」

「共和国の不死と言われる伝説の暗殺者だ」

「伝説?」

「一世紀以上同じ名前が裏社会に出回っている」

「それで不死ね……」

「だからそんな名前を書いてる時点で馬鹿なんじゃない」

そう言って、レンはとても可笑しそうに笑う。

「本物がそんなモノ送ってくるわけ無いし、偽物に間違いはないな」

「でも、偽物が送ってきたとして、一体何のために?」

「さぁな……」

本物であったらそんなモノを送るわけがなく、すでに暗殺しているだろう。

偽物であるなら予告状など送れば警戒されて素人がするには困難になる。

故に、ソレ以外の目的であることが分かる。

愉快犯という可能性もあるが、銀という名を書いて送っている時点で安易にそういう判断は下せない。

一般人が簡単に知れる名前じゃないのだ。

-何処までも、その名から逃れられないの?-

客席で問題の予告犯の目的について四人で考えていた。

だが、その中でリーシャだけが思い詰めたような顔をしていた。

「………………………」

それをアルクェイドは気付かれないように見ていた。

「何処までも逃れられないというのなら、私が守るだけ」

ジオフロント内を歩く伝説の暗殺者『銀』

「でも、一体誰が?」

ある程度の予想は出来るが決定打に欠けることには違いがない。

自分で止められれば良いのだが、確実性を取るならば犯行現場を抑えることだ。

しかし、その時は絶対に銀は手出しができない。

だから、こういう遠まわしをする必要があった。

考えながらもジオフロント内の魔獣を圧倒しながら目的の深部へと急ぐ。

「ねぇ、やっぱり私だけが逃げることなんて出来ないのかな?」

首から下げた、歪な形の銀翼を握りしめて、銀は軽快なリズムを大きな音で響かせている部屋の前まで辿り着いた。

「私が殺したことを許してはくれないよね……」

仮面に遮られて顔は見えないが、容易に泣きそうな顔をしていることは予想が出来た。

銀はその思考を振り払うように頭を振るとドアを開いた。

いつもと違う深藍のローブを纏い、フードをかぶる。

それに道化を表す仮面を付ける。

その様は闇でしかなかった。

その姿からは人らしさを感じられず、機械の様に歪で。

全てを襲う、闇の恐ろしさしか分からない。

「何処に行くの?」

「月を見にな」

「そう、気をつけてね。

 今の貴方は得物が無いのだから」

「分かっている」

その言葉を最後に闇は消えた。

音もなく消え去った闇は消えても尚、その場に色濃い闇を残していった。

「銀は存在しますよ」

ロイドたちはアルカンシェルから依頼を受けていた。

イリア・プラティエの暗殺予告を情報を受けて行動していた。

共和国の暗殺者ということで、前にイアン先生から聞いた黒月と呼ばれるマフィアに馬鹿正直に訪ねていた。

その黒月クロスベル支部のリーダーたるツァオ・リーと運良く面会することが出来た。

その男から発せられた言葉に一同は息を呑んだ。

「ちゃんと手続きを踏めば、銀を雇うことは出来ます。

 不死と言うものがどういう仕組みなのかは知りませんがね」

ツァオはずっと人のよい笑顔を浮かべている。

しかし、微塵も目が笑ってなどいない。

「しかし、今クロスベルは銀が霞むくらいの狂者が訪れているのですよ」

「なんだって!?」

「それは一体……?」

「ここ最近、頻発している殺人事件はご存知ですね?」

「それは勿論」

「それはその人物の仕業なんですよ」

「一体誰なんですか?」

「さぁ、誰も知らないのですよ。

 ただ、噂だけが一人歩きをしているのです。

 死神と呼ばれる狂者がね……」

ツァオはそこまで言って大きく息を吸う。

「それともう一人」

「まだ居るってのか?」

「ええ、死神を生み出した王様がね」

そこまで聞いて、ロイドは少し眼を閉じて何かを考えて目を開いた。

「どうして、俺達にそこまでの情報を教えてくれるのですか?」

「最初に言ったじゃないですか。

 私は貴方達のファンなのですよ」

最初から最後までツァオは人のよい笑顔を浮かべていた。

ジオフロントに引き篭もっているハッカー、ヨナ・セイクリッドから銀の依頼を受け取り、ロイド達は星見の塔へ向かう。

内部では時・空・幻の上位3属性が働いていた。

塔の前で調査をしていたノエルを加えて、5人は塔内部へと突入した。

それから数分遅れで塔の前に蠢く闇が現れた。

「…………………」

-助けて-

闇は塔を見上げると、痛みを抑えるかの様にこめかみを抑えて頭を振る。

痛みを抑えると、闇は開かれた門を足蹴にして塔外壁を駆け上がった。

一気に塔の頂まで駆け上がった。

闇は頂に着くと、そこに吊された鐘に歩み寄る。

鐘を指で削らんとばかりに忌々しそうに爪を立てる。

自分でも何をしているのか理解出来ない闇は、苛立ちを込めて鐘から指を離す。

闇は再び頭を振って塔内部へと降りる。

そこには特務支援課を待つ銀の姿があった。

「お前は誰だ?」

暗殺者たる銀に気配を微塵も感じさせずに接近してきた闇へと銀は振り返る。

「只の傍観者だ」

コツコツと階段を響かせながら闇は銀に近づく。

得体の知れない闇に銀は得物を抜く。

「悪いが私に傍観者風情を相手している暇はない」

常人では視認出来ない速度で銀は闇を切り裂く。

しかし、銀の凶手は空を切り裂くだけだった。

「手が早いな。

 よほど余裕が無いと見える」

「…………………」

銀は答えずに避ける闇を切り裂き続ける。

しかし、闇には届かない。

「殺るなら本気で来い」

「ッ…………………」

闇の発言に絶句した銀は無言で立ち止まる。

「まぁ、本気で来られたら流石に不利だから丁度良いか」

そう言って、闇は靴の踵を勢い良くもう一方の踵に叩き合わせる。

その瞬間、両の靴先から靴の形に沿って刃が現れた。

さらに折り畳んでいた袖を手が隠れるくらいまで伸ばす。

「さぁ、始めようか」

闇は銀へと駆け出す。

首を刈るように脚を回す。

銀はそれを斜め下に避けながら、凶手で腹を狙う。

しかし闇は回し蹴りの勢いのまま、それより早くにナイフを見えない手から投擲する。

それに気づいた銀は大きく後ろに跳ぶ。

「流石に速いな」

「それだけが取り得なのでね」

「そんなことはないだろう」

本の少し、微かに闇は楽しそうに揺らめいた。

今度は銀が動いた。

先程の意趣返しなのか、闇の首を狙う。

闇はそれをナイフを左から当てて受け流す。

回って回転の力を使って銀の凶手を受け流すと、左手にナイフを握りしめ、銀の背中に刺そうとする。

銀は受け流された勢いのまま走り抜ける。

その最中に振り返り、闇へ短刀を投げる。

闇はその短刀を真正面からナイフで止める。

しかし、眼前で止めた短刀の柄に符が付けられていた。

戦技(クラフト)-爆雷符」

「ッッ!?」

銀が冷たく吐き捨てる様に言うと符が爆発した。

爆発の煙が消えると、そこに闇は存在していなかった。

煙が消えると同時に銀の斜め上からナイフが数本飛んできた。しかし、銀は苦もなくナイフを避けて、ナイフは床に刺さるだけだった。

先程銀が居た場所の少し後ろに闇は降りてきた。

「今のは少し焦ったぞ」

「余裕で避けていた癖に」

「気付いていたか」

闇は敢えてギリギリで避けてダメージを受けたと思わせて油断を誘っていた。

しかし、銀はそれを見抜いていた。

「互いに本気で闘えないのが歯痒いな」

「…………………」

闇の言葉からは何も感情が伝わってこない。

銀はその言葉に応えずにいた。

「どうした?

 迷っているのか?」

「ッッ…………!?」

「そんなに鈍い殺気ならそんなところだろう」

淡々と闇は銀に言葉を告げる。

「予想はついてるが聞いておくか」

「…………………」

銀は闇に応えずに仮面で見えないが睨んでいるのが容易に想像出来る。

「どうして自分の名を勝手に使われて、他人に任せるのか?

 こういう仕事は名が1番大事だ。

 それを貶める行為だ。

 他ならぬ銀、お前自身がしないといけないことだ。

 それを何故他人に任せる?

 まるで犯行の時はそれ以上に大事な仕事が有るみたいじゃないか」

そこまで言われて銀は闇にこれまでとは比べ物にならない位斬りかかる。

それ以上何も言わせないとばかりに切り伏せる。

「それ以上口を開くな!」

しかし、闇は両の手のナイフで逸らし続ける。

最初はやや押されながら攻撃を捌いていた闇は、次第に攻勢になっていった。

最初は闇が退きながらだったのが、足が止まり、今では逆に銀が退き始めている。

「焦りすぎだ。

 裏稼業で生きて来た割には意外と直情的だな。

 それとも、何かずっと後ろめたいことでもあるのか?」

「ぐッッ………」

「それは何だ?

 後悔か?

 懺悔か?」

闇は問う。

銀の抱えた後ろ暗いモノを探るように語る。

その間も攻撃の手を休めることなく、銀を追い詰めていく。

「思えば最初に見た時も何か思い詰めていたな」

「ッッッ………………!?

 何の話だ!!?」

一体何時の話をされているのか分からない銀はそれまでも言葉もあって、つい直線的に闇の胸元を横に一閃した。

反撃を予想していなかった闇は慌てて避けたが凶手がローブの胸元を裂ける。

「それとも、何か忘れたいことでもあるのか?」

「ッッッッ!?」

1番触れられたくない言葉と有り得ない筈の物が闇の胸元で光っていた。

それを認識してしまった銀は驚きで行動を止めてしまった。

「どうして……」

「あ?」

銀はそれを認めたくないように顔を下に向けてソレから目を逸した。

「どうして……

 どうしてソレを持っているのですか!?」

顔を上げて訴える銀の目線の先には銀の持っている歪な形の銀翼に似た歪な形の銀翼があった。

「何の事か知らないが、どうやら待ち人が来たようだ」

下からやってくる気配を察した闇は靴の刃を戻し、再び袖を捲る。

「今回は此処までの様だ。

 それでは、再び会うことも有るだろう。

 その時は争い無しで語り合おう」

「ま、待って!」

銀は消えようとする闇に縋るように手を伸ばす。

しかし、銀が止める間もなく、闇は音もなく消えさってしまった。

今まで1番速く闇に駆け寄って掴もうとするが空を握るだけだった。

「やっぱり私は逃れられないのかな?」

胸元に隠された闇が持っていた銀翼とはまた少し形の違う銀翼に手を当てて、銀は小声で呟く。

その姿だけ見れば、迷い子が親を捜しているような姿だった。

銀は下から登ってくる5人の気配を感じて顔を上げる。

「そうだ、私が今しなければならないことは―――」


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