バカとテストと召喚獣IF 優子ちゃんinFクラス物語   作:鳳小鳥

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問22 開戦/Bクラス

「ぶっ殺せ──っ!」

 

なんて、物騒な台詞と共に試召戦争が開戦した。

 

「Fクラス、行くわよ!」

「「「おおぉぉーーーーーーっ!!」」」

 

こっちは優子さんが周囲の壁──もとい味方の最前線メンバーに声援を送っている。

雄二の作戦通り、まずは優子さんを主体にBクラスを教室まで一気に追い詰める作戦が開始された。

前方に壁役の人員を四人、中央は優子さんを真ん中に据えその両端にも護衛を置きその後ろにも前列と同様の四人をつけたフォーメーションを組んでいる。すべて優子さんを守るための陣形。まさに鉄壁の防御だ。

さらに後方には僕を含めた予備の補充人員が十人ほど集まり雄二からの伝令や逆に現場を状況を逐一を報告する為の報告班もいる。

 

「来たぞー。Bクラスだ!」

 

最前線を走っている味方が警報のような大声を上げた。

目を凝らして奥の奥を見据えると、新校舎の踊り場から七人のBクラスがこっちに向かって前進してきている。なるほど、まずは様子ってところか。

このままの調子でFクラスとBクラスが進むと丁度渡り廊下の中央ぐらいで勝ち合いそうな気配だ。

最前線のチームに遅れないよう、僕ら補充班も一定の距離を保ちながら戦場へ足を動かす。

 

「Bクラスの奴ら、高橋先生を連れてるぞ」

「Fクラス近藤召喚します。試獣召喚(サモン)──!」

『Bクラスも()びます! 試獣召喚(サモン)──!』

 

渡り廊下──二つの校舎を結ぶ唯一の橋の上で召喚フィールドが展開される。そして掛け声と共にそれぞれの足元に幾何学模様が浮かび召喚獣が現れた。

 

Fクラス 近藤吉宗

総合科目 780点

 

VS

 

総合科目 1980点

Bクラス 野中長男

 

げっ!? なんて点数だ! これがBクラスの力かっ。

 

「相手を戦死させようと思わないで! 今はとにかく耐える事だけに集中するのよ! ──試獣召喚(サモン)!」

 

圧倒的な戦力差にも関わらず優子さんは気圧されることなく召喚を開始しながら味方に指示を出す。

前の四人と両隣にいる二人も召喚を開始しBクラスの召喚獣と武器をぶつけ合い火花を散らす。四方で勝負が展開されながらも、味方の一撃により攻撃が弾かれたその小さな隙を逃さず、優子さんは僅かにダメージを受けながらもまずは一体の敵召喚獣を倒した。

 

『くっ、やはり強い……!』

『木下に気をつけろ! 奴らに渡り廊下を渡らせるな!』

 

Bクラスの側の新校舎の方からも声が飛び交う。

ここで確実に優子さんを戦死させる為か、向こうからさらに五人の生徒が教室から現れ召喚を開始した。

今の所はなんとか善戦しているが元の点数が低い僕達はすぐに持ち点が底をつきそうになり、数分の攻防で交代を余儀なくされている。

 

「くそっ、もう持たねぇ!」

「新田、俺が交代する! Fクラス氷室召喚します!」

「すまん、頼んだ!」

 

後方で待機していた氷室君が戦線に上がり、今までBクラスの召喚獣と必死に戦っていた新田君が補充試験を受けるために後退する。

実力で完全に負けている僕達では、ただ戦死しないようこうして交代しながら戦うのが今の精一杯だった。

その間に優子さんは召喚獣を縦横無尽に暴れさせ少しずつであるがBクラスの部隊を一人一人打ち倒し、一歩ずつ戦線を前進させていっている。

この調子なら僕もすぐに召喚しなくちゃいけなくなるな。準備だけはしておかないと。

 

『くっそ、Fクラスの癖になんてしつこいんだ。ほとんど点数もないのに』

『Fクラスの奴ら、マジで本気できてるな』

『これじゃ木下に近づけないぞ。俺達、本当にこんなクラスに勝てるのか……?』

『やばい! 戦死しそうだ! 誰か助けてくれ!』

 

段々押されてきていると感じているBクラスから戦きが聞えるようになった。

Fクラスの猛攻に驚いて少しだけ向こうの攻めが弱くなっている。よし! 良い感じだ!

 

『き、木下っ、待ってくれ! お願いだから補習室送りだけは──っ!』

「ごめんなさい。これは競争じゃなくて戦争だから。手加減はしてあげられないの。と言っても元からそんな気ないけどね」

『そんな──っ。鬼の補習は勘弁……ぎゃああぁぁっ!?』

 

群がる召喚獣の攻撃を壁役のみんなが分散して受け止めている間に優子さんがまた一体相手の点数をすべて消し飛ばす。容赦ないなぁ優子さん……。

ちょっとずつだけど確実に戦線は前に進んでいる。雄二の提案した特攻作戦は思いのほか順調に進んでいた。

 

「……と言ってもこっちの被害も無視できないなぁ」

 

パッと見では僕達がリードしているように見えるけど、よく見るとBクラスの召喚獣を一体倒す度にこちら側も一人から二人ほど戦死させてしまっているから、状況は五分五分(イーブン)だ。

点数では負けているというのに、それでもなんとか持ちこたえているのはひとえに前回の試召戦争で召喚獣を使った経験が生きているからだろう。

点数の差を経験で補う。まさにFクラスらしい戦い方だ。

……それでも、途中離脱して戦線を抜け補充試験を受けに行ったメンバーのことも考えると、やっぱりまだ僕達は不利な状態には違いない。

目標のAクラスの一歩手前、Bクラスと互角に近い戦いを繰り広げている光景に僕は思わず手を強く握り締める。

白熱した戦いに汗を流しながら一部も見逃さないよう戦場を凝視していると、戦線の後方陣から僕に声がかかった。

 

「近藤がやられそうだ! 吉井、交代してやってくれ!」

「了解!」

 

ようやく僕の出番か。よし、やってやる!

みんなの戦っている姿を見て火がついた僕の足はいち早く戦場に向かうべく力強く地面を蹴った。

なんていうか、みんなにばっかりいい見せ場を作らせるわけにはいかないよね!

 

「近藤君、おつかれさま。ここは僕が受け持つから回復試験受けに行ってよ」

「ありがてぇ。よろしく頼むぜ」

 

疲弊していた近藤君と持ち場を交代し近藤君を下がらせる。

 

『おい、吉井が出たぞ』

『Dクラス代表を倒したって言うあの……』

 

Bクラス陣営は僕の登場に目を見開いて注目している。ふふ、なんだか照れるなぁ。

さて、じゃあそろそろ僕の本気を見せるとしようか。

 

「覚悟してもらうよBクラス。試獣召喚(サモン)!」

 

喚び声に応じて足元に幾何学模様が浮かび上がり、その中心からデフォルメされた僕の召喚獣が現れる。

品やな体躯。

絹の糸ように風になびく髪。

かつてDクラスの代表を倒した剣が光に反射して妖しく光り輝く。

ここに最強の召喚獣が顕現する──っ!

 

『……なんだあれ?』

『木刀と学ラン?』

『不良か?』

『吉井の召喚獣は無視しろ! 見るからに雑魚だ!』

「ひどい!? せっかくカッコいいシーンになるはずだったのに!?」

 

そりゃあ学ランに木刀じゃ威厳なんてこれっぽっちもないけどさぁ!

 

「吉井君、邪魔!」

「え? ぬぉっほぉぉぉーっ!?」

 

突然召喚獣の右腕とお腹の間から優子のさんの召喚獣を武器を突きつけて突進してきた。丁度僕の前にいて避けきれなかった敵の一人があっけなく戦死する。痛ったぁ!? ちょっと掠ったよ!?

 

「優子さん僕まで殺す気っ!?」

「敵の間に立つアンタが悪いのよ。おかげて狙いが逸れちゃったじゃない」

「なんて横暴!? それでもちゃんと点数を全損させている辺り、さすがだね……」

 

ていうか優子さん、強すぎ。

 

「もう結構戦ってるけど点数の方は大丈夫?」

「みんなが守ってくれたおかげであまり減っていないわ。まだ十分戦えるから心配しないで。それより、余所見してるとやられちゃうわよ」

 

言うや否や、一体の召喚獣が僕に向かって槍を突きつけながら走ってきた。

 

「おっとっと」

 

それを身体を右に少しだけ動いて回避する。ついでに木刀で足払いをかけて体勢を崩させた。

 

「あ、危ない……。Bクラスの点数じゃあ一発でも受けたらそのまま補習室行きになるよ」

「なんか見てて危なっかしいわね。吉井君の戦い方って」

「まあ基本逃げだからね……。僕の点数じゃあダメージもほとんど与えられないし。とどめは全部優子さんに任せるよ」

 

転んだ召喚獣の腕を両手で掴み、そのままぐるぐる回して遠心力を利用して勢いよく投げ飛ばした。

召喚獣の力と観察処分者の雑用で身についた操作経験でこんなこともできるんです。

 

「優子さん、パス!」

「はい。どうぞ」

 

召喚獣が投げられた先には丁度優子さんが武器の先を向けていて、まるで輪投げでポールに輪っかを嵌めるように真っ直ぐ召喚獣が直撃した。よっし、これでまた一体撃破。

 

「やった! この調子でガンガン攻めて──」

『『『試獣召喚(サモン)!!』』』

「!?」

 

少しだけ場の空気がFクラスに好転しはじめたと思われた時、新校舎からさらにBクラスが五人現れ一斉に召喚を開始した!

 

「増援が来たか。やっぱり簡単に進ませてはくれないね」

「そりゃあね。同じ状況ならアタシでもそうするし。Fクラスも戦力を追加するわ。後ろの待機している班も加勢して。ここから一気にBクラスまで進むわよ!」

「「「了解!」」」

 

Bクラスに合わせるようにこちらも主戦場に人員を投入する。

現在渡り廊下の進行具合は七割ほど、このままの調子なら新校舎に突入するのも難しくない。

これまでの優子さんの猛攻の影響でBクラスの勢いも大分減退しているし数で押せばFクラスの点数でもなんとか戦えるだろう。

召喚獣の数も増え、さらに激しい勝負が展開しそうなその時、待機班に混じって連絡係の須川君が血相を変えて走ってきた。

 

「大変だ! Bクラスが後ろから攻めてきた!」

「なんですって! どういうことなの?」

「突然四階からBクラスが六人ほど隊列を組んで襲ってきたんだ。今島田を中心に防衛してるが点数の差で俺達が押されてる!」

「四階? じゃあBクラスは踊り場で二手に分かれていたのか……」

「……そう、それで彼らは新校舎に踏み入れられることを極端に嫌がったのね。アタシ達を挟み撃ちする為に」

「っ!? それってピンチなんじゃあ!?」

「ああ。だから至急救援を頼む! このままじゃあ旧校舎の部隊は壊滅してしまう」

「救援って言っても、僕達の方も数を増やされて丁度人手がほしかったところなのに……」

 

なんてタイミングの悪い奇襲攻撃なんだ。いや、もしかするとこれも根本君の作戦なのか?

 

「須川君。旧校舎で展開している教科は分かる?」

 

顎に手を当てて考える顔をしていた優子さんがふとそんな質問を口にした。

状況に急かされている須川君は早口言葉のように向こうの状況を語る。

 

「数学と日本史だが、それがどうかしたのか?」

「ありがとう。……吉井君、ここはいいから旧校舎の班の支援に行って来てくれない?」

 

須川君の話を聞いた優子さんが僕の方を見てそんなことを言った。

 

「え、僕?」

「そうよ。日本史なら吉井君でもある程度の点数は取ってるし、倒すとまではいかないまでもなんとか足止めはできるはずだわ」

「でもそれじゃあここの防備はどうするの?」

「それは須川君にお願いするわ。須川君、構わないわよね?」

「ああ。俺なら大丈夫だ」

 

ふむ、それならいけそうだな。正直旧校舎の方もかなり心配だし、ここはお言葉に甘えよう。

 

「分かったよ。それじゃあちょっと行って来る!」

「頼んだぞ吉井」

「よろしくね。アタシが直々に指名したんだから向こうで戦死なんてするんじゃないわよ」

「うん。僕なりになんとか頑張ってみるよ」

 

優子さんと須川君の言葉を胸に、僕は戦線から離脱すべく身体を半回転させて脱兎の如く戦場を走り抜けた。

今の尚戦っている味方の間を何度も通り抜け、渡り廊下を全力疾走する。

旧校舎の踊り場は校舎の一番端にある。とにかくそこまで駆け抜けよう。待ってて美波!

 

 

       ☆

 

 

優子side

 

吉井君から戦場から離脱して約三十分が経過した。

戦線の進行具合はあれからかなりリードできていて、すでに主戦場は渡り廊下から新校舎の踊り場まで進んでいる。Bクラスの教室は踊り場のすぐ傍なので教室はもう目前に迫っていた。

 

Fクラス 木下優子

総合科目 2096点

 

VS

 

総合科目 1630点

Bクラス 工藤信二

 

目の前に立ちはだかった召喚獣を手に持った武器で一突きし点数をすべて喪失させる。

 

「……大分点数も減ってきたわね」

 

最初に召喚した時と比べると千点以上消費している。いえ、むしろこれでもまだ抑え目の方ね。

周囲のクラスメイト達が盾になって守ってくれているおかげで順調と言ってもいいほどうまく攻め入ることができたんだから。チームワークの賜物だ。

反面、向こうは攻め崩されて陣形はバラバラに散っていた。今もFクラスの何人かが団体を組んで各個撃破に当たっている。ここまで来ればアタシが無理に暴れなくても教室まで攻めることができるでしょう。

そろそろアタシも点数を回復しておきたいし、ここは一旦みんなにこの場を任せて試験を受けに行きましょうか。

 

「須川君、点数がちょっと心配だから補充試験に行くわ。この場の指揮権はすべて貴方に任せていいかしら?」

「む、そうか。わかった。ここなんとしても死守するから遠慮せず行ってきてくれ」

「ありがとう。無理はしないであくまで今の状態をキープしてくれればいいから。それじゃあ後はお願いね」

 

須川君にこの場をすべて託しアタシは召喚範囲外である十m先まで戻るため地面を蹴る。

そうして走って渡り廊下を経由し旧校舎の教室まで戻る途中、どこからか話し声のような音が聞えてきた。

 

『それで、どうしたって?』

『うーん、どうやら吉井みたいだぞ』

「?」

 

気にあるワードが耳に入りつい足を止めて周囲を見回す。吉井って吉井君よね? どうかしたのかな?

新校舎から渡り廊下は主戦場だけあって人が入り乱れていて、誰が話しているのは判別がつかない。

何の話をしているのか気になりあちこちをキョロキョロと探るアタシを置いて、先ほどの声は会話を続けた。

 

『旧校舎で戦ってる階段から落ちて頭を怪我したって、今保健室に運ばれたらしいぞ』

『出血もしてたってよ』

『うわぁ……』

「!?」

 

聞えてきた会話の内容に思わず目を見開いた。心臓が驚きに反応して一段階大きく鼓動する。

吉井君が、怪我……っ!?

 

 

       ☆

 

 

僕が旧校舎に戻ると、そこではBクラスと思しき生徒六名とFクラスの仲間が二つの召喚フィールドの中で戦っていた。

その一つ、数学エリアには特徴のポニーテールを揺らしながら召喚獣を操る美波の姿もある。

数学は美波に任せておけば多分大丈夫なので、取り合えず先に日本史のエリアに飛び込み中にいた横溝君の声をかけた。

 

「横溝君、援護にきたよ!」

「おお吉井か、助かる。Bクラスのやつらかなり強さでもう二人やられちまった。このままじゃ日本史が全滅して数学で戦ってる島田が挟み撃ちされてしまう」

「分かった。ここは任せて! 試獣召喚(サモン)!」

 

喚び声に反応し足元から召喚獣が現れる。僕は召喚獣が完全に出現するのと同時に点数が表示される前に敵本陣へ特攻をかけた。

 

Fクラス 吉井明久

日本史 101点

 

VS

 

日本史 75点

Bクラス 鈴木次郎

 

どうやら前の戦闘で消耗していたらしく、僕程度の点数でも一撃を沈められた。

日本史フィールドには後三人のBクラス。その奥には数学のエリアで美波が二体の召喚獣を相手になんとか持ちこたえている。

自陣にはなんとか生き残っている者が三人、僕を合わせて計四人のメンバーがいる。ここさえ乗り切れば形成は逆転できる!

 

「みんな! なんとしてもこの場を乗り切るんだ!」

「「「おぉーーーーっ!」」」

 

発破をかけると、皆勇ましい声で答えてくれた。まだいけるな!

 

『くっそ。吉井まで来るなんて聞いてないぞ。何やってるんだ教室前の連中は』

『愚痴ってる場合か。点数では俺達が勝ってるんだ。冷静に戦えば負けるわけないだろ!』

『そ、そうだな。よしっ』

 

向こうも前向きな台詞をかけて味方の不和を押さえている。こっちとしては動揺して滅茶苦茶に暴れてもらった方がやりやすいんだけどなぁ。

 

『吉井っ、覚悟!』

「む!」

 

真正面から剣を構えた召喚獣が走ってくる。

 

Fクラス 吉井明久

日本史 101点

 

VS

 

日本史 173点

Bクラス 吉田卓夫

 

直線的な攻撃だったので、召喚獣に横っ飛びをさせてこれを避ける。

あまり召喚獣に慣れていない彼は自分の攻撃が当たらなかった事に驚いている隙に、胴と腕に一発ずつ木刀を打ち込んだ。

 

Fクラス 吉井明久

日本史 101点

 

VS

 

日本史 140点

Bクラス 吉田卓夫

 

全然減ってない! やっぱり弱いよ僕の召喚獣……。

 

『くっそちょこまかと! メタルスライムみたいなヤツだな!』

 

そこまで弱くない!

 

「吉井、ここは連携プレイだ」

「連携? どうするの?」

 

横溝君の耳打ちで提案してきた。何かいい案でもあるのかな?

 

「まず、吉井が敵に向かって一直線に突撃する」

「ふむふむ、それで?」

「そしてその後ろから俺が吉井の召喚獣ごと敵を串刺しにする」

 

なるほど。それは効果抜群だ。

 

「ってそれ僕が一番大ダメージじゃないか! 観察処分者は攻撃されるとフィードバックするんだよ! 絶対に嫌だ!」

「四の五の言っている場合か! このままじゃ島田が戦死するんだぞ!」

「その前に僕が戦死するよ!」

「大丈夫だ。俺は気にしない。お前の死は決して無駄にはしないからな」

「僕が気にするんだよ!」

「うるさいヤツだな。ええい、早く逝ってこい!」

 

横溝君の召喚獣が僕の召喚獣を背中を押そうを回り込む。そうはさせるか!

咄嗟に僕は横溝君の召喚獣の腕を手に取り、ちょっと前の要領で敵に向かって投げ飛ばした。

 

「な、なんだとぉ!?」

『な!? 召喚獣を投げた!?』

 

横溝君。召喚獣の扱いで僕と張り合おうなんて自殺行為だったね。やはり所詮Fクラス、おつむが足りてない。

強風のような勢いで、横溝君の召喚獣は相手に向かって一直線に飛んでいく。

度肝を抜かれたBクラスは抵抗する暇もなく、召喚獣はカミカゼアタックを受け後方へ吹き飛んだ。

 

「隙アリ!」

 

僕の召喚獣が最速で相手の下までダッシュし、横溝君諸共木刀で突き刺す。

 

Fクラス 横溝浩二

日本史 DEAD

 

VS

 

日本史 DEAD

Bクラス 吉田卓夫

 

「……横溝君、君の犠牲は無駄にはしないからね…………」

「「いや、あきらかにお前が殺しただろう……」」

 

なんのことだかさっぱりですな。

 

「さあ、あと二体だよ!」

 

これで三対二。形成は僕達に有利だ。

 

『っ、お、おい。ここは一旦引いといた方がいいんじゃないか?』

『馬鹿! Fクラス相手に引き下がれるか。おらぁ!』

 

頭に熱が溜まった一人が召喚獣を突撃させてくる。狙いは田中君の召喚獣。

 

「へっ、この瞬間を待ってたぜ! 福村!」

「おう!」

 

田中君が合図を送ると、福村君は敵の攻撃を避け右に飛んだ。

 

『な!?』

『お、おい!』

 

実は二人は向かい合わせの姿勢で戦っていて、福村君と田村君が突撃してきた召喚獣を交わすと、その先には丁度福村君が交戦していたBクラスの召喚獣がポカンとした顔でミサイルの如く飛んできた味方を見ている。

勢いを殺しきれない召喚獣の特攻は、そのまま味方に直撃し錐揉み状に転がった。

 

「チャンス、このまま畳み掛けろ!」

「オッケー!」

 

団子になった二体の召喚獣に福村君と田中君が武器を構えて突撃する。

 

Fクラス 田中明

日本史 67点

 

VS

 

日本史 108点

Bクラス 工藤信二

 

Fクラス 福村幸平

日本史 63点

 

VS

 

日本史 98点

Bクラス 高橋直哉

 

一方的に倒されるBクラスの召喚獣。

敵陣の召喚獣はこれで全滅し補習担当の教師に戦死者が連れて行かれた後、日本史のフィールドが解除された。

 

「やった! これで美波の元にいける!」

『おっと、そうはいかないぜ』

「えっ!?」

「……アキ、ごめん。捕まっちゃった……」

 

向こうでもいつのまにか戦いが終わっていて、Bクラスの男子生徒の一人が美波の首に腕を回して拘束していた。

 

「美波!?」

『動くな! そこから一歩でも進んだらこの女を戦死させてやる』

 

もう一人が僕達に牽制の言葉を叫ぶ。

この距離じゃあどうやっても相手が美波に止めを刺す方が早い。くそ、Fクラスに数少ない女子をリタイヤさせることでこちらの士気を下げる事が目的だな。

人質なんて、なんて卑怯な。まるで悪役の代名詞じゃないか。

どうする? 美波がいなくなると大事な戦力を一人失うことになって僕は暴力に怯える必要がなくなる。

 

……あれ? 問題ないな。

 

「総員突撃ぃっ!」

『『な、何ぃっ!?』』

「おいぃっ!? それでいいのか吉井!?」

 

仕方ないさ。戦争に犠牲は付き物なんだ。美波には運が悪かったと思って苦汁を飲んでもらおう。

 

「それに。美波ならあの程度の拘束、力で無理矢理抜け出せるはず。つまり、あの美波は偽者だ!」

「な、なんでよぉーっ!?」

『ま、待て! コイツは本物──』

「バレた作戦に固執するなんて見苦しいぞ! 諦めて補習室行きになれ!」

『だから本当に──ああぁあぁっ!?』

 

いつまでも言い訳のように取り繕い続けるBクラスの二人を三人で襲い召喚獣に止めを刺す。

二人はそのまま補習室へ連行されていった。さて、これで残りは……。

 

「あ、アキ……?」

 

この美波モドキだ。

 

「みんな注意して! いつどこから襲ってくるか分からないからね!」

「ちょ、ちょっとちょっと! さっきの演技じゃなかったの! ウチは本当に本物の島田美波よ!」

「まだ白々しい演技を続けるか、この大根役者め!」

 

いい加減諦めて正体を表せ!

 

「ふ、ふふふ、フフフフフフフ…………」

 

周囲を包囲して最大限に警戒していると、突然美波モドキが顔を俯かせて不気味な笑い声を発した。ついに正体を現したか!?

 

「ねえアキ?」

「……うん?」

 

再び顔を上げた美波はとてもいい笑顔を浮かべながら僕に問いかけた。

……なんか嫌な予感………。

 

「人間の首って、何回ぐらい回せば千切れるのかしらね?」

「包囲中止! これは本物の美波だ!」

 

こんな物騒な台詞を言うのは美波以外にいない!

 

「美波、大丈夫だ──」

 

ヒュン──ッ

 

「……え?」

 

慌てて美波の元へ駆け寄ろうとすると、その直前で何か風の衝撃波のようなものが僕の頬を掠めた。

その後ドロリとした血の感触に思わず言葉を失う僕の前で、美波の左腕が振りかぶったかのように肩に沿って真っ直ぐ伸びている。

 

「……前から人を男扱いするわ同性愛者と勘違いするわ。さらには偽者呼ばわりするなんて、ここで一度しっかりアキを教育しなくちゃいけないみたいね」

「あ、あの、美波……?」

 

美波の背中から溢れる只ならぬ物騒な気配に思わず後ずさる。これは……いつもの比じゃない!

 

「そ、それじゃあ俺達は先に本陣に戻るからな。行こうぜ田中」

「そうだな。達者でな吉井」

「ちょっと待って二人とも!? 僕を見捨てないで!? しかも田中君、それはこの先しばらく会わない人に対する言葉だよね!?」

 

いや、しばらくどころか一生現世とさよならすることになるやもしれない。

ここは僕も逃げた方が懸命だ!

新校舎の方は現在先行部隊が戦っていて一方通行の状態なので、もう一方の旧校舎の踊り場から階段を下る為に走り出す。

 

「そ、それじゃあ僕も偵察任務があるから、じゃあね美波──っ!」

「待ちなさいよアキィィィィィィッッ!!! ここで引導を渡してあげるからぁっ!!」

「ひぃぃぃぃぃっっっ!?」

 

恐ろしい形相で僕の後を追いかけてくる美波。

鬼だ! 鬼がいる!

これじゃ試召戦争の勝敗どうこうより前に僕の命が危険だよ!

 

 

       ☆

 

 

二階と四階を何度か往復してやっと美波を撒いた後、息絶え絶えの調子で教室に戻ってきた。

美波、なんて体力なんだ……。おかげで逃げている途中何度生死の境を彷徨ったか。

 

「………………」

「………………」

「あれ?」

 

てっきり雄二からいつもの罵倒でも飛んでくるかと思いきや、教室内は異常なほど静まり返っていた。

気になり視線を巡らせると教卓の前では代表の雄二とムッツリーニが神妙な顔つきで何か話し合っている。僕が戻ってきた事には気がついていないみたいだ。一体どうしたんだろう?

取り合えず僕は二人に近づいて話を聞いてみることにした。

 

「雄二、ムッツリーニ。何かあったの?」

「…………明久か」

「おう、今までどこ行ってたんだ?」

「ちょっと凶暴な猛獣と鬼ごっこを……」

「はぁ? この大事な時に何を遊んでるんだお前は。……まあ今はいい。それより明久、お前木下を見なかったか?」

「へ? 秀吉ならそこで補充試験を受けてるじゃないか」

「アホ。姉の方だ。木下優子が今どこにいるのか知っているのかと聞いたんだ」

「優子さんなら今も前線で戦ってるんじゃないの?」

「「………………」」

 

僕が答えると二人は再び真剣な表情で何かを考え出した。何だ?

 

「まさか、……優子さんに何かあったの?」

「…………今、木下優子は行方不明だ」

 

ムッツリーニの台詞に僕は心臓が飛び出そうなほど驚いた。

 

「っ!? な、何で! どういうこと!」

「わからん。明久が来るちょっと前に教室に戻ってきたと思ったら何もせず出て行ったっきり戻って来ねえ。前線の須川も姿は見てないらしい」

「…………明久なら何か知ってると思ったが」

「ううん、僕も何も聞いていない。優子さん、どこ行っちゃったんだろう」

「前線にも戻っていない。教室にもいない。そして明久も何も知らないとなれば……。可能性として上がるのは誘拐だな」

「誘拐っ!?」

 

それってつまり誰かに攫われたって事!? そんな、一体誰に!

いや……。今の状況でそんな真似をしそうな人物に一人だけ心当たりがあるぞ。

 

「ひょっとして、根本君が……?」

「…………おそらく。確立として一番高い」

「だろうな」

 

雄二とムッツリーニは僕の立てた推測に頷いて同感の意を示した。

 

「詳しい方法はわからんが、とにかく根本は何らかの方法で木下を特定の位置に移動させて閉じ込めた可能性が高い」

「で、でも優子さんの点数ならBクラスに遅れをとることなんてないはずでしょ?」

「召喚獣ならな」

「え……?」

「…………一人の人間を捕まえて監禁するだけなら、男子の一人か二人入れば十分事足りる」

「そういうことだ。木下の召喚獣の存在を邪魔に感じている根本がそんな自爆行為をするはずがない。多分力ずくで押さえ込んで空き教室のどこかに突っ込んだんだろう」

「──っ」

 

まんまとしてやられた悔しさや守ってあげられなかった不甲斐なさに思わずぎりっと強く歯噛みした。根本君、卑怯だ外道だと思っていたけどここまでやるなんて。

居ても立ってもいられず、衝動に駆られ身体を反転させて教室から飛び出そうと走る。

 

「待て明久!」

 

扉を開き身を乗り出そうとしたところで、雄二の怒声に身体がピクリと震えて固まった。

 

「なんだよ雄二。早く優子さんを助けなくちゃ──!」

「それは結構だが。お前、木下優子が今どこにいるのは知ってるのか?」

「……あ」

 

そういえばそうだった……。場所が分からないんじゃあ助けようがない。

 

「どうしよう雄二! 優子さんがどこにいるのかわからないよ!」

「だから落ち着けっつってんだ。場所はわからんが予想はできる」

「ほんと!?」

 

さすが雄二! こういう時の頭の回転の速さは頼りになる。

 

「それで、優子さんはどこで捕まってるの?」

「今の時間、普通のクラスは授業中だ。つまり特別教室らへんは使用しているとは考えづらい」

「…………じゃあどこかの空き教室に?」

「いや、普通そういう教室は普段は鍵が掛かっている。可能性としては低い」

「そんなの職員室に入って鍵を借りてくればいいだけじゃないか」

「先生になんて言って何にもない教室の鍵を、しかも試召戦争中に拝借するんだ。よほどのことでもないと貸してくれないだろう」

「それは……」

「まあ、借りるんじゃなくて盗むなら話は別だがな」

 

じゃあ空き教室は候補から外していいのかな。でもそれじゃあ優子さんはどこに囚われているんだ。

特別教室は駄目。普通の教室もアウト。後は更衣室とか体育倉庫や部室、そして保険室辺りしか思い浮かばないぞ。

 

「更衣室とかはどうかな?」

 

取り合えず思いつく限りの候補を挙げてみる。どうせ分からないなら消去法でとことん選択肢を潰していくしかない。

僕が意見すると雄二は目を少しだけ大きくして関心したように薄い笑みを浮かべた。

 

「明久にしては悪くない考えだ。確かに更衣室なら誰もいないから監禁室には打ってつけかもしれん」

「…………それはない」

 

ムッツリーニはやけにきっぱりと否定した。

 

「どうして? 何か不都合でもあるの?」

「…………設置したカメラに木下優子の姿はなかった」

 

……この場合、僕は突っ込まなければならないのだろうか。

 

「ああもう! じゃあ優子さんはどこにいるんだよ!」

「屋上だ」

「へ?」

 

あっさりと断言した雄二に思わず首を傾げる。

 

「一階は窓から逃げられるリスクを考慮して除外する。主戦場の三階も見つかる可能性が高いからパス。残る二階と四階は授業をしている教師の目が行き届いている。そこに女子を引っ張っていく男子共なんぞ見つかったら一発で御用だ。とすると残るは屋上しかない」

 

懇切丁寧に説明してくれる雄二。

 

「なるほどね……。それじゃあすぐに助けに行かないと!」

「…………一人は危険。向こうには見張りがいるはず」

「だな。できれば少数で攻略したいところだ。前線の人員を割くのは正直厳しい。あとなるべく召喚獣は使わないようにしたい」

「あぁ。一人二人程度じゃBクラスに勝つのは難しいもんね。でも、それじゃほかにどうするのさ。先生に報告するとか?」

「……そうだな」

 

うーん、と雄二は目を閉じ顎に手を当てて考える。召喚獣を使わず、尚且つできれば穏便に優子さんを助ける方法を模索しなければいけないんだ。

三人で円を組んで何かいい案はないかと普段使わない頭をフル回転させて探し出す。

と、そこで突然ガララ──ッ!と扉が激しい音を立てて開いた。な、何だ!?

 

「おっまたせしましたぁぁ──っっ!」

 

おさげの髪を風になびかせながら豪快な足取りで教室に入ってきたのは、なんとDクラスの玉野さんだった。

 

「誰だ?」

「…………確か、Dクラスの玉野美紀」

 

ど、どうして彼女が?

それにおまたせしましたとは一体誰に向かって言ってるんだ?

 

「た、玉野さん!? なんでここに?」

「はい、玉野美紀です! アキちゃんようやく出来たよ!」

 

天真爛漫な笑顔で玉野さんはとことこと歩いてくる。

よく見ると、彼女は両手で何か黒っぽい布のようなものを持っていた。出来たってなんだろう?

僕は玉野さんに何かを頼んだ記憶などない。そもそも玉野さんとは試召戦争以前の接点がまったくないのだ。

その彼女がこんなに嬉々として僕に届け物を持ってくるなんてわけがわからない。

驚きのあまり固まってしまった僕とムッツリーニの代わりにいち早く復活した雄二が玉野さんに一歩近づいて声を掛けた。

 

「Fクラスに何の用だ? 見ての通り今は試召戦争中だ。用件があるなら手短に言ってくれ」

「大丈夫。時間なんてまったく掛けないから。私はアキちゃんにこれを渡しに来ただけなの」

 

言って玉野さんは持っている布を僕に差し出す。

まだ事態をよく飲み込めていなかった僕は言われるがままそれを受け取ってしまった。

 

「…………これは、服か」

 

隣で見ていたムッツリーニに僕の手に収まった布を見て口を開く。

服? つまりこれは玉野さんからの純粋なプレゼントってことでいいの?

な、なんかちょっと照れくさいな。女の子に何かをもらうのなんて始めてだし。ちょっとドキドキするよ。

でも服か。どんな服なんだろう。

時間はないけど見るだけなら、と決めて僕はさっそく服を広げてみた。

 

「………………」

「………………」

「………………」

 

両手を左右に伸ばした瞬間、僕を含めた周辺が一瞬で静かになった。

なんというか。それはフリフリだった。

黒を基調としたレースにフリルにリボン。それに下半身に穿くと思われるスカートのようなもの。

これがまた異様に横に膨らんでいてパニエか何かでも入っているようだ。

 

……端的に言うと、それはゴシックロリータだった。

 

「な、なんじゃこりゃーーーーーーーーーーっっ!?」

 

思わず大声で叫んでしまった僕。ちょ、ちょ!? えーー!

どういうこと!? なんで玉野さんが僕にこれを渡すの! 僕にこれをどうしてほしいの!

 

「ちょっと玉野さん!? なんなのさこれは!」

「ん? 見ての通りアキちゃん用の衣装だよ。私頑張って作ったの! 絶対アキちゃんに似合うと思って!」

「いやいやいや似合わないから! 大体これは女の子の服じゃないか! 僕は男子だから絶対無理!?」

「あ、忘れてた」

「いや忘れるとかそういう問題じゃ……」

「はいこれウィッグ」

「全然わかってない!? 玉野さんは僕を女の子にしないと気がすまないの!?」

「何を言ってるの。アキちゃんははじめから女の子じゃない。心が」

「身心ともに男だよ!」

 

ああもうなんか話がわけのわからない方向に向かってる!? 何なんだこの子!

 

「ちょっと雄二とムッツリーニも何か言ってよ」

 

助けを求めて二人にも話しを振る。

 

「………………」

「雄二?」

 

いつからか、雄二は難しい顔でまた考え事をしていた。

その視線は誰にでもなく、僕の持っているフリフリ衣装に向けられている。コイツ……何を考えているんだ。

その雄二が思案から戻ってくると同時に、よく見る悪いことを考えている時の笑みを浮かべ。

 

「明久、作戦を思いついたぞ」

「え……?」

 

なんか、嫌な予感が…………。

 

 

     ☆

 

 

新校舎の屋上の鉄扉を静かに少しだけ開くと、雄二の言うとおり優子さんが手を縄跳びようなもので後ろに縛られ二人の男子がその傍に立っていた。

推測通り。こちらに気づいた気配もなし。ここまでは上々。

後は囚われている優子さんの身柄を確保しなければならない。

……嫌だけど。本当に心から嫌だけど! ……やるしかないよね。

深い溜め息をついて、生唾を飲み込み気合を入れて僕は外の世界へと飛び出した。

 

……ゴスロリ衣装で。

 

「きゃあああぁーーーーーっ!?」

 

そして開口一番、ありったけの声量で叫ぶ。

 

『『っ!?』』

「えっ」

 

悲鳴に近い大声に三人は驚いた顔で僕の方へ顔を向けた。

 

『だ、誰だあれ!?』

「変態よぉ! 女子を縛って悦に浸ってる変態がいるわぁーっ!」

『なっ!? ま、待て! これには深い事情が!』

「変態変態変態ーーっ!? 先生に言いつけてやるーーー!」

 

言うだけ言うとすぐに身体を回して来た道を走って引き返す。

 

『今の、Fクラスの島田じゃなかったよな。ということは一般生徒か!? なんでだ! 今授業中なのに!』

『考えてる暇あるか! 仕方ない! 俺はあの女子を追うからお前は見張ってろよ!』

『わ、分かった』

 

一人か……。できれば二人ともついてくれればやりやすかったんだけど。仕方ない。後はムッツリーニの手腕に期待しよう。

取り合えず四階の踊り場までたどり着いた僕は、近くの壁に身を隠して相手が来るのを待つ。

先生に言うと言ったのがかなり聞いたのか、相手は肩で息をしながら走って追いかけてきた。見ようによってはちょっと危ない人に見えなくもない。

 

『くそ、どこ入った!』

 

キョロキョロと周囲に顔を振って探している敵に、僕はこっそりと近づいてその腰に両腕を回してがっちりと固定する。

そこで僕の存在に気がついた彼はありえないものを見るような目で僕を凝視した

 

『なっ!?』

「くたばれぇーーーーっ!!」

『うおおおおおっ!?』

 

抵抗する暇を与えないよう、すぐにその腰を持ち上げてバックドロップ。

リノリウムの床に叩きつけガツン!と首元で嫌な音がすると、同時に相手の力がなくなった。気絶したみたいだ。

完全に意識を失ったことを確認して、僕は両腕を解放し手をパンパンと払う。

 

「ふぅ、これで仕返し完了。後はムッツリーニだね」

 

気絶した敵は一応転んで意識を失ったように見せかけて横にしてまま僕は再び屋上へ続く階段を駆け上がった。

そしてもう一度屋上へ出ると、ことはすべて終わっていた。

優子さんの手の縄は解かれていて、その横ではもう一人のBクラスの見張りだった人がグッタリと泡を吹いて倒れていた。一体何をやったのか非常に気になる。

あの敵を殺ったであろうもう一人の救出班であるムッツリーニは表情一つ変えず単々と事項を口にする。

 

「…………任務完了。人質を確保。これより離脱する」

「つ、土屋君!? どうしてここに」

「…………木下を助けに来た。明久と一緒に」

「えっ、吉井君? どこにいるの?」

 

あー、やっぱり気づいてなかったんだね。そりゃそうだ今はウィッグで長髪だし。普段の僕とは似ても似つかない。

な、なんか出たくない。このまま顔を出したら僕は公衆の面前で平気と女物の服を着る変態というレッテルを貼られることになりそうだ!?

ここは見なかったことにして早々に教室に戻ろう。うん、そうしよう。そうすれば誰も傷つかない!

そんなわけでこんなところからはさっさと退散する為に回れ右して歩き出す。それじゃ!

 

「…………!(ふっ)」←物凄い勢いでボールペンを投擲するムッツリーニ。

「ぶへっ!?」←スカートの裾にボールペンが刺さって思いっきり転倒する僕(ついでにウィッグが外れる)

「あ」←僕に気づいた優子さん。

 

ムッツリーニきさまぁぁぁああああああああああああ!!!!!!!!!!

 

「…………バカめ。このまま逃げられると思ったか」

「何するんだよムッツリーニ! これ以上僕を辱しめてどうしようっていうの!?」

 

僕のメンタルポイント(略してMP)はもうゼロなのにっ。

 

「…………きっと、こうするのほうが面白いと思ってやった。後悔はしていない」

 

こいつ、いつか殺す。それか同じ目に合わせてやるからな! 覚えてろよ!

 

「まさか吉井君にそんな趣味があるなんて、意外だったわ──って普段だったら言いたくなるけど。さっきのわざとらしい悲鳴でなんとなく事情はわかったわ」

 

一方こちら、今まで敵に捕まっていた優子さんは冷静に場の事情を一人で理解していた。

よかった! 優子さんが(比較的)常識人で良かった。

 

「………………似合ってるわね(ボソ)」

「ん?」

 

僕は女装趣味の変態ではないことを誤解しないでくれたのは嬉しいけど、何でその割に優子さんはさっきから親の仇を見るような鋭い目で僕を睨んでいるんだろう……。

 

「…………秀吉といいコイツといい。何でこんなに似合っているのよ。男なのに! 男なのにっ!」

 

何かよく分からない理由で彼女は憤慨していた。秀吉がこの服を着たらすごく似合いそうなのには同意だが僕まで似合っているというのはおかしいと思う。

それから暗い顔でぶつぶつと念仏のように小言を言い続けたかと思うと、ふと正気に戻ったのか恥ずかしそうに顔を赤くしながら咳払いをして仕切りなおした。

 

「こほん。ともかく助けてくれてありがとう」

「ううん。それより優子さんに怪我がなくてよかったよ」

「…………何があった?」

「……ちょっと気になることがあって。それを調べようと思ったらBクラスの待ち伏せにあったの。どうやら偽情報を掴まされたみたい。おかげでクラス全体に迷惑をかけちゃったわ。ごめんなさい」

 

自分がまんまとBクラスがしかけた罠に引っかかってしまった事が悔しいと優子さんの顔色が語っていた。

僕も屋上で美波といる時に根本君の卑怯な行動を一度経験しているからその気持ちはなんとなく理解できた。

ともあれ過ぎてしまったことは悔やんでも仕方がない。それよりこれからどうするかということを建設的に考えるべきだろう。

 

「失敗は誰にでもあるよ。そのことを反省するのも大事だけど今はBクラスにどう勝つかを第一に考えようよ。終わりよければすべてよしって言うしね」

「…………明久にしてはまともな意見」

 

とことん失礼な友人だな。

 

「吉井君の言う通りね。試召戦争に勝ち抜くことがアタシ達の目的なんだから。頭を切り替えるわ」

「うん。それじゃあ教室に戻ろうか。多分雄二も何か作戦を考えてくれてるよ」

「…………俺は別の用事がある。悪いが二人で戻ってくれ」

「ありゃ、そなの?」

 

どうやらムッツリーニは別件がまだあるらしい。僕は何も聞いてないんだけど。何をするんだろう。

 

「土屋君。用って何なの?」

「…………クライアントとの情報は一切口外できない。雄二に会えば分かる」

「分かったわ。じゃあアタシと吉井君はこれから教室に戻るわね。あとはよろしくね」

「…………了解」

 

短いやりとりの後僕と優子さんはムッツリーニと別れ、この頃よくお世話になっている屋上を後にした。

二人で静寂に包まれた校舎の階段を下りる。三階の喧騒はここまで届いていないらしい。試召戦争なんて変わったことをするだけあってさすがに校舎の防音関係はきっちりしている。

……今更だけどこの服装歩き難いな。中途半端に足が露出している膝の辺りがスースーするし、その癖ふとした拍子に足で踏んでしまって転びそうになる。

早く男子の制服に着替えたいことこの上ない。

 

「……それにしても、よくそんな変──特徴的な服があったわね」

 

僕が身に着けているゴスロリ服を上から下まで見ながら隣で階段を下りている優子さんはそんな台詞を漏らした。

 

「いや、これは学校にあった物じゃなくて作ったらしいよ。その理由は理解できなかったけど……」

「作った? これを? ……すごいわね。一体誰が?」

「Dクラスの玉野さん」

「…………あぁ」

 

玉野さんの名前を聞くと露骨に苦い顔をする優子さん。玉野さんのこと知ってたの?

 

「優子さんって玉野さんと知り合いなの?」

「あ、いや……、そういうのじゃなくて、偶然あの子と話をすることがあってその時彼女の事を知ったのよ。ほら、この前にアタシの下駄箱に手紙入ってたでしょ。あれよ」

「へぇ。あれが。…………ん?」

 

あれ? ちょっと待って。あの時に手紙って確かラブレターじゃなかったっけ?

あれも玉野さんが送ったの? あれ、でも確か優子さん指定された場所に行って告白されて彼氏ができたって。でも手紙の差出人は玉野さん? ん、ん~~!? やばい、頭が混乱してきたぁっ!

 

「ちょ、ちょっとストップ! 優子さん、あの時もらって手紙って男子からじゃなかったの?」

「はい? 違うわよ。あれは美紀が出したものよ」

「……彼氏ができたっていうのは?」

「は?」

 

ポカンとする優子さん。

 

「何言ってるの? そんなわけないじゃない。何かと混在してない?」

「え、えー──っっっ!?」

 

驚愕の事実に驚いた声が周囲に響いた。

いや、いやいやいや! どういうこと!? じゃあ今までのって、単に僕の思い……違い?

 

「……さっきから何か変よ? ねぇ、大丈夫?」

「優子さん! 優子さんって今好きな人とかいないの!」

「ば……っ!? い、いきなり何よ!」

 

途端に顔を真っ赤にして怒鳴る優子さんに攻め寄る僕。だが冷静に状況を分析している余裕はなかった。

これだけは今なんとしても確かめたい。僕は今までとんでもない勘違いをしていたのかもしれないのだから。

服装がゴスロリであることなどすでにどうでも良くなっていた。

頭の中でいい言葉の組み合わせを考える暇もなく。僕はただ思いつく限りの語彙を駆使して今一番言いたいことをそのまま打ち明けた。

 

「大事なことなんだ! 僕は優子さんの事が知りたいんだよ!」

「あ、アンタはそんなにアタシのこと…………」

 

潤んだ目で優子さんは僕を見上げる。うん? なんか様子がおかしいけどひょっとして何か間違えたか?

 

「~~~~~っっ!? ちょっと待って!」

「え?」

「……試召戦争が終わったら、話すから……それまで待って。今はまだ気持ちの整理ができないもの」

「気持ちの整理? よく分からないけど……うん。優子さんはそういうなら待ってるよ」

「……」

 

首まで赤くして子犬のように小さく頷く優子さん。

僕としては待ち望んだ餌を前に待ったを掛けられたようで焦らされるが本人がそういう以上この場で深追いはできない。

でも……そうか。もし僕がずっと勘違いしていたのなら、まだチャンスがあるってことだよね。

そう思うと不思議なことに僕は両肩に乗せられた重い荷物を下ろされたかのように開放的な気分に身を包まれた。

世の中すべてが楽しくて愛おしく感じる。今この瞬間を生きているのがこれほど嬉しいと思ったことはないほどに。

……あぁ。もう認めるしかない。というか迷う余地も選択の余地もなく分かっていた。

僕って、この人のことが好きなんだって。

 

「────っ!!!」

 

自覚した途端、急に視界がぐにゃりと曲がった。

やばい、顔が熱い。脳みそが沸騰しそうだ。心拍数はここにきて最高潮。Dクラス代表と戦った時と比べ物にならないくらい緊張してる。僕ってこんなに純情少年だったのか。

……そうだよ。大体最初から試召戦争をして彼女をAクラスに入れてあげたかったのもそれが一番の理由だったんだ。

好きだから助けてあげたい。これ以上に説得力のある理由がどこにあろうか。

結局、僕は僕が思っている以上に単純だった。

 

「………………」

「………………」

 

それからはずっと無言で階段を下っていく事になった。

近すぎず遠すぎない。そんな曖昧な距離感は不思議ととても心地よくて。教室前まで着いた時には名残惜しいと思えた。

 

 

      ☆

 

 

ガララッ

 

「──お、戻ったか」

 

扉を開けると相変わらず教壇の上でノートと睨めってしていた雄二が顔を上げて僕達の方を見た。

その目が安心の色を浮かべると、すぐに疑問に変わった。

 

「ってなんだお前ら。なんかあったのか?」

「な、何で……?」

「なんか……うまく説明できんが。余所余所しい感じっつーか。いや、いい。今はそれどころじゃない」

「坂本君、何かあったの?」

「何もない。ただこれ以上前線を維持できないというだけだ」

 

あっさりと言う。でもそれってかなりピンチってことなんじゃないの!?

 

「大変じゃないか! 早く救援に向かわないと!」

「分かっている。ここから俺と本陣の連中も出ないと抑えきれない。木下、戻った早々で悪いがもう回復試験を受ける暇はねぇ。ここからは戦死覚悟で行ってくれ」

「分かったわ。元々アタシがミスしたのが原因だもの。その責任は取るつもりよ」

「結構。──いいか。ここが最後の戦いだ。この場を乗り切った方がこの戦争に勝つ」

 

雄二の瞳はまじりっけなしの本気だ。コイツがそういうからにはここがBクラス戦最後の大一番と見て間違いないだろう。

思わず生唾を飲む僕と今も必死にテストの回答用紙にペンを走らせているクラスメイトを一瞥した雄二は、手をパンパンと叩いて注目を集めた。

 

「みんな。テストはもういい。書き終わりそうなヤツ以外はテストを中断してくれ」

「よいのか? もうほとんど点数がない連中もいるのじゃが」

 

今まで試験を受けていた秀吉が立ち上がった答えた。

 

「あぁ。これ以上時間を引き延ばせない。使えるやつはどんどん使っていく」

 

ガラッ!

 

「見つけたわよアキぃっ!」

 

壊れそうな勢いで教室のドアを開けたのはちょっと前に鬼の形相で僕を追ってきていた美波。そうだった! 僕はこの子に追われてるんだった!

 

「ひぃっっ美波!?」

「ナイスタイミングだ島田。お前も聞いてくれ」

「この場であんたの首を──って何? 作戦会議?」

「そうだ。この試召戦争で最後のな」

 

殺気の塊と化した美波は雄二の言葉で徐々に冷静さを取り戻す。首を、の後に何が続いたのか怖くて聞く気にもなれない。

そうして教室内のすべての視線が雄二に集まる。

それは、まさにクラスの代表という立ち位置に相応しいと思える風景だった。

クラス代表として前に立つ雄二がどれほどのプレッシャーを背負っているのか想像もできない。僕なら緊張して声が出ないほどだろうなんてぐらいには漠然と思える程度だった。

そんな針の筵に近い中で、それでも堂々と雄二は告げる。

 

「これから、最後の作戦を説明する」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






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