他愛もない日常のメロディー   作:こと・まうりーの

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第8話 「高町家にて」

まずは一度翠屋の前に戻って、そこを起点に説明をして貰うことになった。

 

「あっちが海で、臨海公園があるの。で、ここからまっすぐ行くと駅だよ」

 

なのはさんが嬉しそうにガイドしてくれる。丁度翠屋がある通りが駅前から続くメインストリートになっているらしい。翠屋の店外にはテラス席が用意されており、これのおかげでだいぶ歩道が広く見えるのだが、実はこのテラス席の部分は翠屋の私有地なのだそうだ。

 

「もっと駅の近くだとデパートとか、大きめの建物もあるんだけどね。この辺りはちょっと落ち着いた感じでしょ」

 

嫌いじゃないけれど、となのはさんは付け加えた。確かに雑踏の中にある喫茶店よりも、若干閑静な場所にある喫茶店の方が優雅な気がする。翠屋が繁盛しているのは、料理やスイーツなどの味ももちろんなのだが、場所が良いことも関係しているのかも知れない。

 

私達がさっき店を出た時は、まだ中学生や高校生くらいの女の子たちがかなりたくさん店内にいたのだが、ふと見ると今はだいぶ落ち着いているようだった。時計を見ると、17時15分前だった。

 

「まだ少し時間があるね。良いところがあるんだ。着いてきて」

 

15分ほどかけて、なのはさんに連れられて行った先は高台にある公園だった。桜台公園というらしい。階段を上がりきると大き目の池があり、貸しボートなどもやっている様子だ。そこから少し離れたところに小さな広場があり、海鳴のセンター街が一望できるようになっていた。

 

「うわぁ、すごいね…ヴァニラちゃん、あっちに海が見えるよ」

 

「ホントだ。あ、あれが大学病院かな」

 

今朝までお世話になっていた場所なのだが、遠目に見ると大分印象が違う。丁度日没を迎えようとしているところで、辺りは夕焼けに染まっていた。

 

「この時期、日の入りが早いよね。もうあと10分くらいかな? ここから見る夕焼けがまたキレイなんだ」

 

そう言いつつ、なのはさんは近くにあったベンチに腰を下ろした。アリシアちゃんと私もそれに続き、同じベンチに腰を下ろす。

 

「そう言えば、2人共聖祥にくるんだよね? 」

 

日の入りを待ちながら、急になのはさんが聞いてきた。

 

「聖祥っていうのは? 」

 

「わたしが通っている小学校だよ」

 

「ああ、それなら士郎さんが手配してくれている筈。なのはさんと同じ学校っていってたから」

 

「うん。私も話だけは聞いてる。聖祥小学校って言うんだね」

 

「いつから来れそうなの? 」

 

「それが、色々と面倒な手続きがあるようで、正確な日付はまだ」

 

「そっか。はっきりわかったら教えてね」

 

「うん。あ、そろそろみたい」

 

丁度、太陽が山の稜線に沈むところだった。

 

「日の入りが海だったらもっと素敵だったんだけど、残念ながらあっちは東なんだよね」

 

「じゃぁ、今度早起きして日の出を見に来ようよ」

 

「アリシアちゃん、ナイスアイディア…って言いたいところだけど、実はわたし、ちょっと朝は苦手で」

 

なのはさんはにゃははと苦笑しながら言った。日が落ちると、街には灯りが点き始める。夜景もさぞ綺麗なのだろうと思いながらも、晩御飯に間に合うように帰宅する約束もあったので、私達は広場を後にした。

 

 

 

高町家に戻ると、良い匂いが玄関まで漂っていた。台所には桃子さん。

 

「お帰りなさい。みんなちょっと手を洗って、食器並べるのを手伝ってもらえる? 」

 

「はーい」

 

なのはさんに連れられて洗面所に行き、3人並んで手を洗うと、ダイニングに戻って食器を並べる手伝いをした。翠屋の方はもう店じまいかと思ったのだが、実はかなり遅い時間まで営業しているそうで、桃子さんも食事が終わったらまた店に戻るのだとか。

 

「そういう訳だから、食後の洗い物は一緒にやろうね!」

 

桃子さん達の負担を減らすのは大賛成だったし、なのはさんとのコミュニケーションももっと取りたかったこともあって、私とアリシアちゃんはなのはさんと一緒に洗い物をすることになった。

 

食事の支度が終わると、なのはさんが翠屋に士郎さん達を呼びに行った。高町家の晩御飯は、基本的にみんなで一緒に頂くのだそうだ。個人的に用事などがあって食事が不要な時は事前に連絡する必要があるらしい。

 

数分もすると士郎さんと恭也さんがなのはさんに連れられて戻ってきた。一緒にいる眼鏡をかけたおさげの女性が恐らく美由希さんなのだろう。

 

「挨拶が遅くなってゴメンね。君達がアリシアちゃんとヴァニラちゃんだよね? 聞いてるとは思うけど、あたしが高町美由希。なのはのお姉ちゃんだよ。よろしくね」

 

にこやかに挨拶してくる美由希さんに私とアリシアちゃんも笑顔で自己紹介をすると、みんなで食卓についた。私が「いただきます」と言うと美由希さんが、イギリスでも食前に『いただきます』というのか、と聞いてきた。

 

ちなみにミッドチルダでも食事の前には、言葉こそ違うものの食事に感謝する意味の言葉を言う。直訳すれば正に「いただきます」である。英語でも、辞書で調べると”Let’s eat.”といった記載があるが、それとは別に食前の祈りなどもあるようだし、食に対する感謝の意を込めた言葉はどこの世界にも存在するはずだ。そう答えると美由希さんは興味深そうにしていた。

 

 

 

桃子さんが作ってくれた食事はとても美味しかった。食事を終えると士郎さんと恭也さん、桃子さんは翠屋に戻り、私はアリシアちゃんと一緒に流しの前に立ったのだが、なのはさんと美由希さんには拭き上げと片付けをお願いしたところ、あっという間に作業が終了してしまい、今はリビングで休憩中だ。なのはさんは学校の宿題だろうか、教科書を広げており、アリシアちゃんはそれを横で一緒に見ている。

 

「あ、そう言えば週末に2人の服とか買いに行くんでしょ? どんな服がいいの? 」

 

美由希さんが唐突に聞いてきた。

 

「そうですね…私もアリシアちゃんも、手持ちの服は今着ているものだけなので、もう少し寒さを凌げるものがあると良いですね。いつまでもなのはさんの服を借りる訳にもいきませんし」

 

「あー、えっと、そういう意味じゃなくて、ヴァニラちゃんが好きな服ってどんな感じのもの? 」

 

少し質問の意図をはき違えていたらしい。買って貰う立場で贅沢は言えないが、ふと私がミッドチルダで着ていた服のラインナップを思い出す。

 

「好きという意味では白系の服が好みですね。今着ている水色も嫌いではありません」

 

「そっか、淡い色が好きなんだね。アリシアちゃんはやっぱりピンク色が好き? 」

 

「うーん、色は結構何でも好き!ピンクだけじゃなくて青い服も着るし、あと黒も好きだよ」

 

「あ、アリシアちゃんの容姿だと、黒はすっごく似合うかも」

 

なのはさんも会話に加わってきた。どうやら宿題も終わったようだ。

 

「服の形とかはやっぱりワンピース系がいいのかな? 」

 

「あまり形にはこだわりません。ワンピースやジャンパースカートは着やすいので好きですが…そういう意味ではアリシアちゃんの方がコーディネートし甲斐があると思いますよ」

 

「えー、そんなことないよ。ヴァニラちゃんだってほら、バリ…じゃなくてあのひらひらした服好きじゃない」

 

アリシアちゃんはどうやら私のバリアジャケットについて言及したいらしいが、さすがに今ここでお披露目する訳にもいかない。そう思っていたら、美由希さんがこれ以上ないくらいに食い付いてしまった。

 

「へぇ~、ひらひらした服が好きなんだ。どんなの? 写真とかないの? 」

 

「えっと、写真は…ないですね。っていうか、そんなにひらひらはしてないですよ? 袖とか裾に少しだけひらひらがついているだけで」

 

「あー私、絵描けるよ」

 

「ホント? 描いて描いて」

 

なのはさんから紙とペンを借り、アリシアちゃんが描き上げた私のバリアジャケットは、簡単な線画であるにも関わらず、デザインははっきりと判るものだった。

 

「うん、ちゃんと特徴が掴めてる。よく覚えてたね」

 

「私、ヴァニラちゃんのこの服好きだったんだー」

 

「ふーん、何かの制服か、コスプレみたいな感じの服だね」

 

なのはさんの指摘はもっともだと思う。今にして思えば私も何故ムーンエンジェル隊でヴァニラが着ていた服をバリアジャケットにしたのか、よく判らなかった。そのうち他のデザインも登録しておこうと思う。

 

「あ、でも似たような系統の服ならあるよ。ほらこれ」

 

美由希さんが見せてくれた雑誌に載っていたのは若干おとなし目のゴスロリファッションだった。

 

「ゴスロリって、アンティークドールみたいなのばっかりじゃないんだよ。普段着で着てる人も多いし、ほら、このブラウスとか可愛くて絶対似合うよ」

 

「ホントだ。あ、この黒いスカート、可愛い」

 

「あぁ、フリルティアードだね。アリシアちゃんはこういうのが好みなんだ」

 

美由希さんとアリシアちゃんは大いに盛り上がっていたが、私は「琴だった頃」からあまり着るものには頓着しない方で、服のデザインについてはあまりよく判らず、相槌を打つくらいしかできなかった。

 

その後、美由希さんの提案で私達はなのはさんの部屋に移動し、いくつかなのはさんの服を試着させてもらうことになった。実際にどんな色や形状が似合うのかを確認のだと言っていたけれど、着せ替え人形で遊ぶような感覚も多少はあったのではないだろうか。私もアリシアちゃんもいくつかの服を着せられては写真を撮られた。

 

「うーん、やっぱりなのはの服だけだとちょっと偏りがあるなぁ…色味とかももうちょっとバリエーション見てみたいけど」

 

「あ、お姉ちゃん、それならちょっとデジカメのメモリーカード貸して」

 

なのはさんは何かを思いついたようで、パソコンを立ち上げると、デジカメからメモリーカードを抜き取ってパソコンに直接挿入した。

 

「こんなのはどうかな? 」

 

暫く何かの操作をした後、なのはさんが手元の画面を見せてくれる。そこには私とアリシアちゃんの写真、それから色々な洋服のパーツが選べるお店のサイトのようなものが表示されていた。

 

「最近多いんだよ。自分の写真を取り込んで、バーチャル試着できるようになってるの」

 

「ナイス、なのは。じゃぁこれでいろいろ見てみようか」

 

美由希さんは嬉しそうに画面を操作し、私達は色々なコーディネートを確認した。結果として判ったのは、アリシアちゃんにはティアードやシフォンのような形状が良く似合い、私はサーキュラーやプリーツ系があっているということだった。ちなみに色については、髪色のこともあるのかもしれないが、アリシアちゃんは基本的に何色でも大丈夫で、私は原色系の服は避けた方がよさそうだ。

 

「という訳で、週末はこんな感じの服を買いに行くことに決まりました」

 

美由希さんがまとめたラインナップを見せてくれる。

 

「ありがとうございます。何故かメイド服としか思えないゴスロリドレスがリストにあるのが気にはなりますが」

 

「いいんじゃないかな? かわいいから」

 

アリシアちゃんはお気に召したようだ。まぁ私も買って貰う立場だし、文句は言わないが。

 

「ねぇ美由希お姉ちゃん、来週このメイド服着て翠屋のお手伝いに行ってもいい? 」

 

「あはは…それはいらぬ誤解を受けそうだから控えてもらえると嬉しいかな」

 

アリシアちゃん…そこまで気に入ったのか。

 

「そうだ、アリシアちゃん、ヴァニラちゃん、明日少し時間とれないかな? 」

 

なのはさんが聞いてきた。

 

「うん、桃子さんとも相談するけど、午後ならたぶん大丈夫」

 

「明日の夕方、友達に紹介したいの」

 

「そう言う事なら問題ないと思う。今日の感じだと、なのはさんが帰ってくるころにはたぶんヒマを持て余してる」

 

「ねぇ、なのはちゃんの友達ってどんな人? 」

 

「えっとね、すずかちゃんとアリサちゃんっていうんだけど、2人共とってもいい子だし、アリシアちゃんやヴァニラちゃんともすぐに仲良くなれると思うんだ」

 

暫くその話で盛り上がっていたのだが、ふと気付くと既に時計が21時を回っていることに気付いた。

 

「あ、もうこんな時間…なのはさんは明日も学校だよね? 」

 

「ホントだ。明日の支度もしないと」

 

「なのは、寝る前にお風呂入りなよ。折角だからアリシアちゃんとヴァニラちゃんも一緒に入っちゃえば? 」

 

美由希さんが提案してくる。そういえば病院ではまともに入浴していなかったことを思い出した。まずは確り身体を洗わせてもらうことにしよう。

 

 

 

高町家のお風呂は子供3人で入っても問題ない広さがあった。ちなみにミッドチルダには、身体を洗い場で洗った後でゆっくりお湯に浸からせるタイプのお風呂と、バスタブに張ったお湯に入浴剤を混ぜて身体もそこで洗うタイプのお風呂がある。地球で言えば日本風と西洋風といったところか。幸いH(アッシュ)家もテスタロッサ家も、お風呂は日本風のものを使用していたのでアリシアちゃんも困惑することは無かった。

 

ちなみに、下着だけは新品のものを用意されていた。さすがに下着まで借りる訳にもいかないので、これは素直に助かったと思う。お風呂から上がり、なのはさんから借りたパジャマを着て廊下に出ると、丁度帰宅したらしい士郎さん達と鉢合わせした。

 

「お、3人揃ってお風呂か? 早速仲良くなったようでよかったよ」

 

士郎さんがにこやかに言う。翠屋は22時で閉店し、帰宅したのだそうだ。ちなみにクリスマス時期は深夜まで営業時間を拡大するらしい。

 

「クリスマスにはわたしも店内の飾りつけをしたり、ポップを作ったりするんだよ!」

 

「それは楽しそう。私達も手伝わせてね」

 

クリスマスを知らず、不思議そうな顔をするアリシアちゃんに「後で説明するから」とアイコンタクトを送りつつ、なのはさんに答えた。ついでにダメ元で聞いてみる。

 

「そう言えば…さすがに聖書は持ってないよね? 」

 

「うーん、わたしは持ってないなぁ。アリサちゃんなら持っているかも知れないけど。お姉ちゃんは? 」

 

「ウチはクリスチャンじゃないしね。残念だけど持ってないよ。でもどうしたの? 急に」

 

「いえ、クリスマスと聞いて、久し振りに読んでみようかと思ったのですが」

 

これは嘘。アリシアちゃんにクリスマスのことを説明するのに使おうと思っただけだ。

 

「そっかぁ。『クリスマス・キャロル』なら持ってるけど、読む? 」

 

あ、ディケンズの小説だ。主旨は若干違うが、英国人を装うアリシアちゃんなら知っておいて損はない話だろう。

 

「ありがとう。良かったら是非」

 

「うん!じゃぁお部屋に持っていくね」

 

「本も良いけれど、今日はもう寝るんだぞ」

 

士郎さんが呆れたように言う。私達は「はーい」と答え、桃子さんや恭也さんにもおやすみなさいと挨拶をすると部屋に戻った。

 

 

 

「アリシアちゃん、起きてる? 」

 

なのはさんから本を借りた後、士郎さんの言いつけを守って灯りを消し布団に潜り込んだのだが、なかなか寝付けなかった私は小声でアリシアちゃんに声をかけてみた。

 

「う、ん…どうしたの? 」

 

アリシアちゃんは既にうとうとしていたようだ。

 

「ごめんね、まだミッドに帰る方法は全然思いつかない。しばらくはここで生活することになると思うから、そのつもりでいてね」

 

「うん。わかってるよ、大丈夫」

 

「何か判ったらすぐに教えるから」

 

「ねぇ、ヴァニラちゃん…無理はしないでね? 私は本当に平気だよ。それよりも折角こんな珍しい体験をしてるんだから、帰るまではもっと楽しもうよ」

 

アリシアちゃんにそう言われて一瞬言葉に詰まる。

 

「私も別に帰りたくない訳じゃないけれど、判らない時はどう頑張っても判らないから。あまり思い詰めずに、気楽に行こう? 」

 

そうか、そう言う考え方もあるんだ。アリシアちゃんのこの言葉で私の気持ちは随分と楽になった。

 

「ありがとう。じゃぁあまり気負わないことにするね」

 

「うん!じゃぁもう寝よう? おやすみなさい、ヴァニラちゃん」

 

「うん。おやすみ」

 

アリシアちゃんはすぐに寝付いたようで、規則正しい呼吸が聞こえてきた。私も今のやり取りで気分が楽になった所為かすぐに睡魔に襲われ、そのまま意識を手放した。

 




アリシアちゃんがたくましいです。。

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