他愛もない日常のメロディー   作:こと・まうりーの

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第7話 「翠屋」

手続きの関係でもう一晩だけ病院に泊まった私達は、翌朝士郎さんに連れられて高町家に向かうことになった。

 

着の身着のままで地球に漂着してしまった私達は纏める私物も殆どない。洗濯して貰った私服に着替えてポーチを身に付けると、借りていた『かぐや姫』の絵本を受付に戻して全ての整理を終えた。退院にあたり、お世話になった看護師さんにお礼と、まともにお話しできなかったお詫びを伝えると、微笑みながら「元気でね」と返してくれた。

 

「じゃぁ、そろそろ行こうか。自宅にはこの時間誰もいないから、先に翠屋に寄るよ。まだ営業時間前だけどね」

 

士郎さんに連れられて病院を出た。翠屋に行くと聞いて大喜びしているアリシアちゃんを窘める。この時間、恭也さんは学校に行っているのだそうだ。昨日は偶々祝日だったため、士郎さんと一緒にお見舞いに来ることが出来たらしい。病院からタクシーで翠屋に向かう間、私達は高町家の家族構成について教えて貰った。

 

士郎さんの奥さんが桃子さん。そして長男の恭也さんと長女の美由希さん、次女のなのはさんの5人家族なのだそうだ。恭也さんは大学受験を控えた高校生、美由希さんは恭也さんと同じ高校の1年生。そして末っ子のなのはさんは小学2年生とのこと。

 

「君達も里子としてうちに来ることになる訳だから、なのはと同じ小学校に通ってもらおうと思うんだが、いいかい? 」

 

「お気遣いありがとうございます。助かります」

 

「もう家族になるんだから、そう言った遠慮は無用だよ。戸籍の方が出来上がるのにまだ少しかかるから、編入はもうちょっと先になるけどね」

 

「はい、わかりました」

 

「ああ、それから戸籍上は君達2人共7歳と言うことにしてあるからね。学力的には問題ないだろう? 」

 

「え…それは構いませんが、理由を聞いても良いですか? 」

 

「ヴァニラちゃんの方は、精神年齢が高すぎるんだよ。それに性格的に、いきなり知らない子供たちの中に放り込まれたら確実に壁を作ってしまうだろう? 」

 

身に覚えがあり過ぎる私は素直に頷いた。

 

「その点、一緒に暮らすなのはやアリシアちゃんと同じクラスなら、気兼ねせずに話が出来ると思ってね。他にも同じクラスにはなのはの友達で、日本に帰化したご両親を持つ子がいるんだ。面倒見のいい性格だから、色々と助けになってくれるはずだ」

 

何から何まで、士郎さんの気遣いに感謝する。

 

「アリシアちゃんの方は君と比べれば年相応な部分も多いから、本当なら1年生からスタートするのが望ましいんだけど…さっき言った通り君自身の助けになるだろうし、それに例の翻訳システムだっけ? どういう原理かは知らないけれど、君の傍にいないと効果を発揮していないみたいだからね」

 

「…さすがです。そこまでお見通しでしたか。でも、大丈夫なんですか? その…クラス割とか」

 

「ああ、その辺も伝手があってね。融通は利かせられるよ」

 

「じゃぁ、ヴァニラちゃんと一緒に学校に行けるんだね!やった~」

 

そう言えばミッドチルダでは私と一緒に学校に通えないのを残念がっていたっけ。大喜びしているアリシアちゃんを見て、私もつられて笑みがこぼれる。

 

「でも、読み書きの勉強は続けるからね。言葉が判らないと何かと不便でしょ? 」

 

「うん、がんばるよ~」

 

そんな話をしているうちに目的地である翠屋に到着した私達はタクシーを降りた。目の前にはインターネットでも見た、お洒落な外観のお店がある。

 

「そうそう、君達の事情を知っているのは私と恭也、母親の桃子だけだから。美由希となのはにはカバーストーリーの方で通すように注意してね。まぁ今は2人共学校だけれど」

 

「あ…判りました」

 

桃子さんと言う人は事情を知っているとのことだが、いきなり家に異世界人を住まわせると聞いて、拒絶しなかったのだろうか。

 

私の心配を余所に、士郎さんはお店のドアを開けて中に入っていく。カランカランとドアに取り付けられたベルが鳴った。私も慌ててアリシアちゃんと一緒にお店に入る。そこは外観だけでなく、内装もお洒落な雰囲気だった。まだ営業時間前のため、お客さんは入っていない。

 

「ただいま。連れてきたよ」

 

士郎さんが声をかけると、店の奥から緑色で『翠』のロゴが入った黒いエプロンを身に付けた若い女性が出てきた。

 

「お帰りなさい。彼女達が例の子達なのね。ようこそ翠屋へ。私が高町桃子です」

 

「あ…あの…はっ、初めまして。今日からお世話になります。よろしくお願いしましゅ!」

 

思いっきり噛んだ。これは桃子さんが想像以上に若かったことに驚いたせいだ。士郎さんの例もあるのだが、桃子さんはそれに輪をかけて若作りだ。高校3年生の息子がいる以上、30代後半なのは間違いないのだが、どう見ても20代前半、下手をしたら10代後半にすら見えてしまう。そんな事を考えているうちに、アリシアちゃんも挨拶を済ませたようだった。

 

「お姉ちゃんって呼んだら複雑な表情されちゃった。若く見えるのは嬉しいらしいけど、どっちかっていうとママみたいに呼んだ方がいいんだって」

 

「うーん、でもやっぱり『お母さん』は違和感あるなぁ…」

 

私は、アリア母さんがいるのに桃子さんを『お母さん』と呼ぶことに違和感を感じていたのだが、既にプレシアさんとアリア母さんを共にママと認識しているアリシアちゃんは別の意味で受け取ったようだった。

 

「でも、もう33歳なんだって」

 

「アリシアちゃん、あまり他人の年齢を聞くのは良くないよ…って、33歳!? あれ? 恭也さんって、高校3年だから18歳ですよね? ? 」

 

計算すると15歳の時の子供と言うことになる。士郎さん、それは犯罪なのでは…

 

「ああ、恭也は以前武者修行で1年休学しているから19だよ」

 

「…はい? 」

 

そうすると、何と14歳の時の子供…?

 

完全に混乱してしまった私を、微笑みながら見つめる士郎さん。

 

「松っちゃんが厨房で仕込中だろう? じゃぁあまり大きな声では話せないな。2人共、ちょっとこっちへ来てくれるかな」

 

士郎さんに誘われて、店内の角席に座る。私達が席につくと、士郎さんは改めて話し始めた。

 

「君達は秘密を打ち明けてくれたのだから、こちらの事情も説明しておこうか。実は恭也は私の連れ子でね。桃子の実の子じゃないんだ。あと、美由希も本当は私の姪なんだが、事情があってウチで引き取った子だよ」

 

複雑な家庭事情をいきなり告げられた私は何も言えなくなっていた。完全に固まってしまっていた私に桃子さんが声をかけてきた。

 

「例え血の繋がりが無くても私達は家族だし、その絆は本当の親子にだって負けないと思っているわ。だからね、貴女たちとも家族になれると思うの。お家に帰る時までは、私達を本当の家族と思って貰えると嬉しいかな」

 

「あ…」

 

どうやら士郎さんも桃子さんも、私達に余計な気を遣わず、本当に家族として接して欲しいのだと改めて認識した。

 

「ありがとうございます。改めてよろしくお願いします。ヴァニラ・H(アッシュ)です」

 

「アリシア・テスタロッサだよ」

 

「改めて、ようこそ高町家へ。さて、開店までそんなに時間がないな。バイトの子達もそろそろ来るだろうし、私は準備にかかるよ。退屈かもしれないが、少しこの席に座って待っていてくれるかい? 」

 

士郎さんは私達にそう言いつつ、どこからか取り出した黒いエプロンを身に付けた。

 

「あの、私達にも何かお手伝い出来ることはありませんか? 」

 

「ふむ、そうだな…さすがに料理や接客を任せるわけにはいかないが…」

 

「洗い物とか、お掃除だったら私得意だよ!」

 

アリシアちゃんも元気に答える。労働基準法では就業の下限は15歳なのだが、別にお給料を貰う訳でもなく、家族の手伝いをするということであれば特に問題もないだろう。

 

「店内に出るのは不都合があるだろうから、じゃぁ厨房のほうでお皿を洗ってくれるかい? 」

 

「はい、判りました」

 

ただ待っているのも退屈だし、何より却って気を使ってしまうだろうから、むしろ身体を動かしていた方がよさそうだ。私とアリシアちゃんは桃子さんに厨房へと案内してもらうと、仕込みをしていたらしい女性に紹介された。アシスタントコックの松尾さんと言うのだそうだ。挨拶をしているとバイトの人達も到着したようで、併せて紹介して貰った。バイトの人達はホールスタッフらしく、挨拶を済ませると更衣室で着替えて店内に戻って行った。

 

「あの、さすがに子供用のエプロンなんてありませんよね…」

 

「あるわよ。昔、美由希が使っていたので良ければだけど」

 

「あるんですか。助かります。じゃぁそれを貸して貰えれば」

 

「予備もあった筈だから、2枚出せるわね。ちょっと待ってて」

 

桃子さんはそう言うと、奥の棚から段ボール箱を取り出した。さすがに飲食店の厨房だけあって、段ボール箱自体はかなり古いもののように見えるにもかかわらず、ほこりなどは一切ない。

 

「ヴァニラちゃん、いつも通りの分担でいいかな? 」

 

「うん、それでいいと思う。そういえばここでもディッシュウォッシャーは使っていないんだね」

 

ミッドチルダの自宅ではよく私が洗い上げをして、アリシアちゃんが乾拭きして棚にしまう、という役割分担で洗い物をしていたのだ。ちなみにディッシュウォッシャーは使っていなかった。これはお母さんから聞いたのだが、娘とのコミュニケーションの一環で、一緒に手で皿洗いをするのが良いのだそうだ。

 

「ディッシュウォッシャーもあるんだけど、よっぽど忙しい時じゃないと使わないの。一緒にお皿を洗っていると、連帯感みたいなものが生まれるのよね。はい、これエプロン」

 

私の呟きを聞いていたらしい桃子さんがエプロンを手渡してくれる。お母さんと同じような意見を持っていることが判って、一気に桃子さんに親近感がわいた。お礼を言ってエプロンを受け取ると、アリシアちゃんと一緒に支度を整える。これで飛沫を気にせずに洗い物が出来るだろう。そしてどうやらお店も開店したようで、店内が賑やかになってきた。

 

「よーし、じゃぁがんばろう!」

 

アリシアちゃんが気合を入れる。開店したばかりでお客さんに出した料理のお皿やコップはまだ運ばれていないが、ひとまず仕込みで使用した食器類を洗い上げておいた。

 

 

 

午前中はそれほどでもなかったのだが、お昼を過ぎた頃に忙しさはピークを迎え、アリシアちゃんも私もシンクに張り付いた状態になっていた。

 

「さっ、さすがはこの街で一番おいしいスイーツのお店っていうだけあって…」

 

「お客さんの数すごいねー…」

 

「お昼時だからねー」

 

雑談しながらも手は休めない。聞けばこれでもまだ本当に忙しい時期と比べたらまだまだ温い方なのだそうだ。松尾さんが言うには、12月下旬には泊まり込みでケーキを作ったりすることもあるらしい。その時は高町家も一家総出でいろいろな作業をするのだそうだ。

 

(クリスマスかぁ…そう言えばアリシアちゃんにこの世界の行事とかも教えてあげないといけないな)

 

マルチタスクも駆使して洗い物とアリシアちゃんとの雑談、そして色々な考え事も進める。そのうち漸くお客さんが途切れたようで、バイトの人も交替で休憩に入っていた。私達も一通り洗い上げを終え、一息つける状態になった。

 

「2人共お疲れさま。もう後はバイトの子達で回せると思うから、上がっていいわよ。あと、お昼作ったから食べておいてね」

 

そう言いながら桃子さんが賄いを用意してくれた。お礼を言って食べてみると、これがまた美味しい。ネット記事に偽りは無かったようだ。これは自家焙煎コーヒーも期待できるかも知れない。そう考えた時、士郎さんも厨房に入ってきた。

 

「飲み物は何がいい? コーヒーに紅茶、ミルク、オレンジジュースやリンゴジュースもあるけれど」

 

「あ、私ミルクティーがいい」

 

「じゃぁ、私はコーヒーをお願いします」

 

早速コーヒーを頼んでみる。私達がそう答えると、士郎さんは嬉しそうにドリンクを用意してくれた。私達くらいの子供がコーヒーや紅茶をオーダーすることは滅多になく、それが嬉しかったのだと言いながら私達に飲み物を手渡す。

 

「わ、すごく良い匂い」

 

「そのミルクティーは、アールグレイを使っているんだ。少し味にクセがあるから、飲みづらいようなら言ってね」

 

「うん…すごく不思議な味。でも美味しい」

 

アールグレイはベルガモットで着香された茶葉で、ミルクとの相性が非常にいいのだ。アイスティーよりもホットにした方が香りは引き立つのだが、その分クセも強くなるためあまり初心者向けではない。まぁアリシアちゃんは気に入ったようなので問題はないが。

 

ちなみに私が何故そんなことを知っているかと言うと、アールグレイに含まれるベルガモチンと言う成分が一部の医薬品と相互作用を生じることから、医大で話題に上がったことがあったためだ。

 

そんなことを思い出しながら、私もコーヒーに砂糖とミルクを入れて口をつける。

 

「!…美味しい…」

 

風味といい、コクといい、これは相当なレベルだと思った。以前ミッドチルダでお父さんのブラックコーヒーを試した時はあまりの苦さに吐き出してしまったのだが、これならブラックでも行けるかもしれない。

 

「2人共、口に合ったようでよかったよ。コーヒーも煎りたてだから一番おいしい時なんだ」

 

コーヒーは焙煎が命、と士郎さんは力説する。何でも生豆であれば数年は持つが、焙煎すると数日で香りや味が落ち始めてしまうのだそうだ。このため翠屋では厳選した豆を毎日適量焙煎するとのことだが、焙煎のテクニックは店によって違うのだそうで、それがその店の味として固定客をつかむのだとか。

 

こうして美味しいお昼ご飯を頂いた後で、自分達が使わせてもらった食器だけ洗って、私達は作業を終えた。桃子さんが言った通り、午後はお昼時と比べると厨房はそんなに忙しくない様子だった。

 

「お昼は回転も速いから色々と忙しいのだけれど、午後はゆっくりしていくお客さんが多いのよ」

 

そっと店内を覗いてみると、確かにお客さんは入っているのだが、みんなのんびり談笑している感じだった。見たところ女子中学生か女子高校生くらいの層がメインだが、有閑マダムといった感じのおばさま達もいるようだ。

 

「やることがないと退屈? 」

 

「そうですね、正直にいえば手持無沙汰です」

 

「まぁこれくらいの時間になると、ホールスタッフの子達が交替で洗い物をしても大丈夫だし、お手伝いとはいえ、あまりあなた達くらいの子供を長時間働かせるわけにもいかないから、我慢してね。その代りと言っては何だけれど」

 

桃子さんがシュークリームを1つずつ用意してくれた。アリシアちゃんが目を輝かせながらお礼を言い、お皿を受け取る。

 

「折角だから店内で食べてきたら? 」

 

桃子さんはそう言ってくれたが、空席があるとはいえさすがに他のお客さんたちに悪いような気がしてしまい、それは丁重にお断りした。

 

厨房の一角を借りて絶品のシュークリームを堪能し、一息ついたところで士郎さんに呼び出された。

 

「2人共ちょっと来てくれるかな? なのはが帰ってきたから、紹介するよ」

 

「あ、はい」

 

アリシアちゃんと一緒に士郎さんについて行くと、そこには私達と同い年くらいの女の子がいた。栗色の髪の毛をシュリンプ・ツインテールに纏め、白を基調にしたワンピースとボレロに身を包んだ、可愛らしい子だった。

 

「ウチの末娘のなのはだ。2人共よろしく頼むよ。なのは、この2人が昨夜話したヴァニラちゃんとアリシアちゃんだよ」

 

「高町なのはです!よろしくね、ヴァニラちゃん、アリシアちゃん」

 

「アリシア・テスタロッサだよ。今日からよろしく」

 

「…あ、すみません、ヴァニラ・H(アッシュ)です。よろしく、なのはさん」

 

挨拶が一瞬遅れてしまったのは、なのはさんに明らかに魔力があることに気付いたからだ。以前アレイスターさんが「管理外世界にもごく稀に魔力を持った人がいる」と言っていたことを思い出す。

 

<ハーベスター>

 

<≪Yes, master. What’s up? ≫>【はい、何でしょう】

 

<彼女は魔導師だと思う? >

 

私は2日ぶりにハーベスターを起動させ、念話で確認してみた。ハーベスターは暫く沈黙した後、否定の意を念話で返してきた。

 

<≪Although the capacity of her magical power seems to be same as you or more, she is not controlling it at all. She is talented, but I guess she is not a wizard.≫>【魔力量こそマスターと同等かそれ以上ではありますが、彼女は全く制御を行っていません。才能はあるようですが、魔導師ではないと考えます】

 

<判った。ありがとう>

 

私はふぅっと息をつくとハーベスターをスリープモードに戻して、怪訝そうな顔でこちらを見ているアリシアちゃんとなのはさんに笑顔を返した。

 

「ごめんなさい、ぼーっとしていました」

 

「さて、なのは。2人を自宅の部屋まで案内してあげてくれるかい? 」

 

「うん!その後、街を案内してあげてもいい? 」

 

「晩御飯までにちゃんと戻ってくるなら構わないよ。2人共、今日はお手伝いありがとう。また後でね」

 

なのはさんが嬉しそうに先導する。私達は士郎さんと、見送りに出てくれた桃子さんに挨拶をすると、なのはさんの後について翠屋を後にした。

 

 

 

高町家の自宅は翠屋のすぐ裏手にあった。洋風でお洒落な外観の翠屋とは違い、どちらかというと古風な日本家屋の雰囲気を醸し出す引き戸の門をくぐる。

 

「…広っ」

 

思わず声が口をついて出た。庭は落ち着きのある庭園調になっており、母屋とは別に離れまである。片隅には少し大きめの棚に見事な盆栽が並び、その隣には池まであった。ミッドチルダではあまり見かけない作りのためか、アリシアちゃんも珍しそうに眺めている。

 

「ここが玄関。あ、日本では靴は脱いで上がるんだよ…って、それは知ってるのかな」

 

なのはさんはそう言うと、玄関を開けて中に入る。門は和風だったが、玄関はドアになっていた。私達もなのはさんについて家の中に入った。

 

「なんていうか…不思議な建物だね。でも良い匂いがする」

 

アリシアちゃんが大きく息を吸いながら言った。私も同じようにしてみる。うん、これは藺草の香りだ。玄関から中を見た感じでは床はフローリングだし、扉も襖ではなくドアが使われてはいるが、一般的な日本家屋に標準装備されている畳がこの家にもあるのだろう。

 

「昨夜、お父さん達と部屋割りを決めたんだ。2人の部屋は2階だよ。部屋数には余裕があるんだけど、お父さんが最初の内は2人一緒の部屋がいいだろうって…問題ないかな? 」

 

「大丈夫です。お気遣いありがとうございます」

 

私がそう答えると、なのはさんは少しむくれたような表情で私の顔を覗き込んだ。

 

「ど、どうかしましたか? 」

 

「ヴァニラちゃんの口調って、何か他人行儀。もっと普通に家族と話すみたいに話してよ」

 

返答に困ってアリシアちゃんの方を見る。

 

「うーん、確かに話し方が硬いよ? いつも私と話すときはもっと砕けた口調だよね? 」

 

「ぅ…」

 

言われてみれば、確かにその通り。そう言えば魔法学校でも同じような口調だった。

 

「うん…善処しま…する」

 

そう言うと、なのはさんはにっこり微笑んだ。

 

「うん!じゃぁ、お部屋に案内するね!」

 

 

 

なのはさんに案内された部屋には、既に2人分のベッドや机、クローゼットなどが用意されており、1台だけだがノートパソコンもあった。

 

「着替えまでは用意できなかったから、この週末にみんなでお買い物に行く予定なの。それまではわたしの服で我慢してね」

 

「いえ、至れり尽くせりで助かります。ありがとうございます」

 

そう言うと、横からアリシアちゃんにつつかれた。

 

「ヴァニラちゃん、口調」

 

「あ…えっと、ありがとう、なのはさん」

 

慌てて言い直す。すると何故かなのはさんとアリシアちゃんはぷっと吹き出して、そのまま笑い始めてしまった。

 

「あはは、ごめんごめん。やっぱりそう簡単には直らないよね」

 

私もつられて笑ってしまう。無理に直そうとしなくても、これから徐々に慣れていけばいい。相手を拒絶するのではなく受け入れていれば、自然とアリシアちゃんと会話する時のようになる筈だ。

 

「さてと。じゃぁわたし、ちょっと着替えてくるから、待っててね」

 

なのはさんはそう言って部屋を出て行った。

 

「…あれ? 」

 

「どうしたの? ヴァニラちゃん」

 

「なのはさん、今着替えるって…」

 

「うん、そう言ってたね」

 

「…部屋着にでも着替えるのかな…まぁいいか」

 

さっき街を案内するようなことを言っていたような気がするから、部屋着というよりは動きやすいラフな格好か。態々着替えるというのも、あの白いワンピースはもしかしたら外出用のお気に入りという可能性もあるので、私はそれ以上深く考えることは無かった。

 

 

 

「お待たせ~」

 

戻ってきたなのはさんは明るいオレンジ色の上着に同系だが若干濃いオレンジのミニスカートと膝上まである黒のソックスという格好をしていた。さっきの服と比べると、随分快活なイメージだ。

 

「晩御飯までに戻らないといけないから、簡単な所だけ案内するね」

 

「ありがとう。お願いします」

 

「あ、それからこれ。わたしのパーカーだけど、良かったら使って。まだ日中はいいけれど、そろそろ海風が肌寒く感じる時間だから」

 

なのはさんはそう言うと2着のパーカーを渡してくれた。改めて自分達の格好を確認すると、アリシアちゃんはピンクのチューブトップドレスにサマーカーディガン。私は水色のノースリーブワンピースで、確かにこれから寒くなる時期に服がこれだけというのは辛いだろう。私達はなのはさんにお礼を言うと、借りたパーカーを羽織って出かけることにした。

 




なのはさん登場。。
原作開始の半年くらい前のことです。。

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