アースラの長距離転送ポートから本局までは一瞬だった。いつもこの方法が使えればとても便利だと思うのだけれど、実際には予め設置されたポートにしか飛ぶことが出来ないうえ色々な手続きも必要で、いつでも気軽に使えるものではないらしい。ちなみに次元世界間レベルでの長距離転移魔法使用申請になると、更に十数枚の申請フォーマットが増えるのだとか。
「今日のスケジュールを確認しておくわね。グレアム提督との面会は午前10時から。それからシャトルでエルセアに向かうわ。お昼は向こうで食べた方が良いわね」
「はい、判りました」
ギル・グレアム提督から会いたいと言われた時、私は二つ返事でOKした。はやてさんのことで未成年後見人になっているというグレアム提督に一言文句を言いたいという気持ちもあったのだが、それ以上にミッドチルダに両親のお墓があることが判り、この機会にお参りさせて貰いたいと思ったから。リンディ提督は私のお願いを快諾し、お墓参りにも付き合ってくれることになった。
「それにしても驚きました。まさか地球からミッドチルダに日帰り旅行が出来るなんて」
「ポートの使用申請が受理されてさえいれば問題は無いのだけれど。あまり簡単には許可が下りないのよ。今回は表向き提督同士の会談に使用することになっているわ」
本来なら確りと申請して、許可を取ってから使用するらしいのだが、今回は特例尽くしで書類に記載出来ないようなことが多すぎるのだ。闇の書については現時点では公にすることは出来ないし、それどころか私の存在自体、今は公表することが出来ないとのこと。ちなみに私のレアスキルのことは、現状グレアム提督にも秘匿しているらしい。
「レアスキルのことを除いても、ヴァニラさんの存在は特異なのよ。何しろ時間跳躍の理論が確立できていないのに、11年前に亡くなったH(アッシュ)提督に7歳の娘がいるのは説明出来ないし。そういえば、7歳で良いのよね? 」
「地球で取って貰った戸籍上では、私もアリシアちゃんも8歳ということになっていますが」
「もういっそ、2人共8歳で通しちゃう? 」
ミッドチルダの戸籍を持ち出すなら今の私は30歳を超えている訳だが、さすがにこの見た目でそれは有り得ない。ただ今更7歳とか8歳とか程度の差が問題になるようには思えなかった。なのはさん達とも同い年ということで通していることもあり、今更7歳でした、などとカミングアウトしたところで誰も得する人はいないだろう。
「アリシアちゃんにも相談は必要でしょうけれど、私はそれで構いませんよ」
「そうね…じゃぁ、その話は取り敢えず置いておきましょう。着いたわよ。ここがグレアム提督の執務室」
リンディ提督が示した先には飾り気のない、スライド式のドアがあった。その前にクロノさんが立っていて、こちらの姿を認めると軽く手を上げてきた。
「クロノさん、おはようございます。大丈夫ですか? 少し疲れているようですが」
「ああ、おはよう。大丈夫だよ。任務に支障はきたさないさ」
リラクゼーション・ヒールを準備しようとすると、リンディ提督がそっと私の肩に手を当てて、首を振った。
<本局にいる間は、出来るだけ魔法は控えて頂戴。一応チェックされているから>
現在でもミッドチルダでは治癒術師が不足しているのだそうだ。下手に回復系の上位魔法を使ってしまうと、それだけでも相当目立ってしまうらしい。折角色々と情報を秘匿して貰っているのに、うっかり暴露してしまう訳にもいかないだろう。私は魔法を中断し、アドバイスは心に留めておくことにした。
「準備はいいか? じゃぁそろそろ行こうか」
クロノさんが何やら合図をすると、ドアがスライドして開いた。グレアム提督の執務室は思っていた以上に広く、十数人が座れそうな大きなソファが部屋の中央に設置されている。窓辺に立っていた初老の男性が振り返って微笑んだ。これがギル・グレアム提督なのだろう。ただ艦隊指揮官や執務官長を歴任してきた、所謂歴戦の勇士と聞いていた割に影が薄いというか、笑みに力が無いことが少し気になった。
「クロノ、ありがとう。リンディは久し振りだな」
「ご無沙汰しています、提督」
クロノさんとリンディ提督が挨拶を済ませると、グレアム提督が私の方に向き直った。
「君がイグニスの娘だね」
「はい。ヴァニラ・H(アッシュ)です。初めまして、グレアム提督」
少しの間私のことを見つめた後、グレアム提督はふっと息を吐いた。
「成程、全く変わらないな。時を超えたというのは…確かに公にする訳にはいかないか」
「…あの、失礼ですが、以前お会いしたことがありましたか? 」
私の記憶にある限り、グレアム提督とはこれが初対面だった筈だ。変わらない、という言葉を不思議に思ってそう尋ねると、提督は壁際にある机の引き出しから古びたロケットを取り出した。
「これは以前、イグニスが持っていたものだ。本当なら君の母親に渡すべきだったのだろうが、忙しさを理由に先送りにしているうちに、再び会うことすら叶わなくなってしまった」
提督がロケットを開くと、そこにはお父さんとお母さん、そして私の3人が笑顔で写った写真がはめ込まれていた。予想もしていなかったことに、思わず両手で口を覆う。また涙が溢れそうになった。
「形見のつもりで預かっていたんだが、むしろ君こそがこれを持っているのに相応しいだろうし、その方がイグニス達も喜ぶだろう。これは君にお返ししよう」
「あり…がとう、ございます…」
私はロケットを受け取ると、ハーベスターと一緒に首に掛けた。両親の思い出になるようなものを何一つ持っていなかった私にとって、このロケットは本当の意味での形見のように思えた。
「…そろそろ本題に入らせて貰ってよろしいですか? 」
クロノさんの言葉に慌てて涙を拭うと、姿勢を正す。
「ヴァニラさん、大丈夫? 」
「はい。すみませんでした」
「良いのよ。貴女が悪いわけじゃないのだから」
優しく声をかけてくれるリンディ提督に、こちらも微笑んで頷いた。その後リンディ提督は改めて表情を引き締めると、グレアム提督に声をかけた。
「昨日、クロノ執務官から提出された報告書には一通り目を通しておきました。一部の確認内容は重複する場合もありますが」
「ああ、判っているよ。では始めようか」
リンディ提督が確認や質問を行い、それに対してグレアム提督が答えていく。元々はやてさんが闇の書の主であることに気付いたのが数年前。これは全くの偶然で、休暇を利用してイギリスに帰省していた際に使い魔が本場のお寿司を食べたいと言い始め、日本まで足を延ばした時に同じお寿司屋さんで両親と一緒に来店していたはやてさんと出会ったらしい。
偶々リンカーコアがあることに気が付いたものの、その容量に対してあまりにも魔力が少ないことが引っかかり、身辺を調査したところ闇の書を所持していることが判ったのだそうだ。その後両親を事故で失ったはやてさんに父親の親友を装って未成年後見人になり、生活資金の援助を行っていたとのこと。
「では、別に独自調査などをして闇の書の転生先を突き止めたわけでは無いのですね? 」
「さすがにそれは無理だ。確かにエスティアの事件以降、私も闇の書について色々と調べてはみたが、どうやら転生先には適合する魔力資質の持ち主をランダムで選定するらしいのだ。たかだか数年の調査で、管理外世界も含めた全次元世界を調査し尽くすのは物理的に不可能だよ」
ここで守護騎士ですら知らなかった情報が出てきた。
「ランダム…じゃぁ、闇の書の主は」
「ああ、主となった当初は何も知らない筈だ」
私の呟きに、グレアム提督が答える。ランダム選定ではやてさんが主に選ばれたということは、はやてさんに落ち度も責任もなく、気にする必要が無いことを意味している。それでも2日前の夜、はやてさんの苦悩を知ってしまった私には、気軽にこのことを伝えたり慰めたりする気にはなれなかった。
「それから提督は、生活援助をしながらはやてさんのことを監視していましたね。闇の書の存在を知ったにも関わらず、管理局員である…それも顧問官に相当するような人が、何故第一級捜索指定遺失物の情報を隠蔽しようとしたのです? 」
「君達だって、今まさに隠蔽しようとしているのだろう? それと同じことだよ。情報を公開してしまえば大騒ぎになる。そうなると却ってまともな対策が立てられなくなる」
グレアム提督が再びふっと息を吐いた。
「それに、私以外の人間が闇の書の対応にかかるのは正直複雑だった」
「…つまり、ご自分の手で決着をつけたかった、と」
グレアム提督は黙って頷いた。すると、今まで黙っていたクロノさんが口を開いた。
「提督が以前、僕の執務官研修の担当官をしてくれた時に言って下さった言葉を覚えていますか? 『窮地に於いてこそ、冷静さが最大の友たるべきである』…お一人で闇の書との決着をつけるなど、とても冷静な人の考えとは思えません」
「それでもだよ、クロノ。今にして思えば、私はどうしてもイグニスやクライドの仇を取りたかったのだろうな」
これ以上犠牲者を出さないために、護るために闇の書と対決するのではなく、自身の溜飲を下げるために、恨みの矛先として闇の書と対決する。それは明らかに間違った判断だった。
「それに闇の書を封印するためには、蒐集が行われていなくてはならない。封印のタイミングは闇の書が完成してから暴走が始まるまでの、短い期間だけだ。この時に主ごと封印しなければ、闇の書は主を取り込んでまた別の主の下へ転移してしまう」
主ごと封印する可能性については以前クロノさんからも伝えられてはいたが、改めてグレアム提督の口からその言葉を聞くと胸が締め付けられる思いがした。
「グレアム提督、もしかして貴方が後見人を引き受けながら、はやてさんに会わなかった理由は…」
「…そうだな。実際に会ってしまうと情が湧く。いざ封印をする際に決断が鈍ってしまうかもしれない」
はやてさんを施設に入れずに一人暮らしさせていたのも、出来るだけ関係者を減らしておくことで、いざという時にはやてさんを失って悲しむ人が少なくなるようにしていたのだそうだ。それを聞いたとき、以前はやてさんが私に言った言葉を思い出した。
『実は私、ちょっと前までずっと人生を悲観しとったんよ』
ずっと孤独で、寂しい思いをして、今でこそ明るく振舞ってくれているが、彼女はたった8歳の女の子なのだ。良くも今まで心が折れずにいてくれたものだと思う。それと同時に、今までそれを強いてきたグレアム提督に対して改めて怒りがこみ上げてきた。
「それはあまりに自分勝手だとは思いませんか? はやてさんが今までどれだけ寂しい思いをしてきたか、判っていますか? 彼女はつい先日まで闇の書のことなんて何も知らなかった、たった8歳の女の子なんですよ」
「だが書を封印しなければ、もっと沢山の人達が苦しむことになる。下手をしたら地球が…第97管理外世界が滅んでしまう可能性だってあるのだよ」
確かに1人の命とその他大勢の人達の命を天秤にかけるのであれば、大勢の人達を救うべきなのかもしれない。でも少なくともそれなら、尚のことグレアム提督ははやてさんに会って事情を説明すべきだったのだ。
「…何も知らずに、何も知らないまま、第三者に人生を翻弄されて、封印されてしまうなんて、おかしいですよ。どうしてそこまで傲慢になれるのです? 」
私の糾弾に、グレアム提督は俯いてしまった。さっき私にロケットをくれた時にも思ったが、この人は本当は優しい人なのだろう。本心でははやてさんを犠牲にすることに、未だ躊躇いを感じているようにも見えた。
「…でも、もう遅いです。はやてさんは家族の暖かさを知ってしまいました。今更大勢の人のために犠牲になってくれと言われて素直に頷くとは思えませんし、仮に本人が認めたとしても、私は友人として、それを認めることは出来ません」
私だけではなく、きっとなのはさんやアリサさん、すずかさんやアリシアちゃん達もみんな同じように思うに違いない。それに私は少なくとも医学を志す者としても、誰も犠牲にせず全員の命を救う方法を探したいと思っていた。
「…闇の書は、封印しなければ必ず暴走する。蒐集してもしなくても、最終的には必ず主を取り込んでしまうのだ。守護騎士も主のためなら冷酷無比に蒐集を行う。私はこの11年の間、ずっと独自に調査を続けてきたのだよ」
「でしたらその情報はユーノさん達とも共有して下さい。…日本には三人寄れば文殊の知恵という言葉があるそうです。みんなで考えれば、守護騎士達も含めて、みんなを助けることが出来る良い方法が見つかるかもしれませんよ? 」
グレアム提督はまた溜息を吐いた。
「確かに君の言う通りなのかもしれない。だが守護騎士達は君の父親の仇とも言える存在だろう? 何故彼等まで助けようと思うのかね? 」
「守護騎士達は、あくまでも主の命令に従っているだけです。主が平和を望めば蒐集はしません」
「…根拠は? 」
「先日、はやてさんと一緒に闇の書の記憶を見ました」
それを聞いてグレアム提督だけでなく、クロノさんやリンディ提督も驚いた表情を見せた。
「ヴァニラ、それは本当か? 僕も初耳なんだが」
「そうね。確かに報告義務はないけれど、詳しく教えて欲しいわ」
2人にも促されて、私は2日前の出来事を詳しく説明した。過去に様々な主がいたこと。守護騎士達が本当に酷い扱いを受けていたこと。その時の守護騎士達は本当にプログラムのように見えたこと。ただ主によっては守護騎士にも感情があるように思えたこと。そして、はやてさんと一緒にいる今の守護騎士達にも感情があるように思えること。
話が終わって暫くの間はグレアム提督もリンディ提督もクロノさんも、みんな無言のまま何かを考えているようだったが、やがてクロノさんが口を開いた。
「推測にすぎないが、恐らくヴァニラが見たのは闇の書とその主の相互理解を深めるためのシステムだろうな」
「でも、あの時のはやてさんの状況では、刺激が強すぎるように思いました。精神安定の魔法が上手く効いてくれましたが、そうでなければ逆効果になってしまった可能性もあります」
「…もしかしたら、はやてさんが無意識のうちに闇の書の深層部分にアクセスしてしまったのかもしれないわ。そしてヴァニラさんははやてさんの心を護るために、闇の書に呼ばれたのかも」
「本来なら管制人格がそういった状況を管理する筈なのだが、まだ全く蒐集が行われていない状況では管制人格の起動が出来ていないのだろうな。もしかしたらリンディの言う通りなのかもしれない」
クロノさんの発言がきっかけになったのか、みんなが次々に意見を述べていく。尤もこれらはあくまでも推論に過ぎず、もしかしたらユーノさん達の調査に役立つかもしれないという程度のものでしかない。
「まぁ、それはそうだが、今は情報が少しでも欲しい。取捨選択は後ですればいいさ。今の情報も含めてユーノに回そうと思うが、構わないか? 」
クロノさんの言葉に私は頷いた。その後面談もそろそろ終わるという時に、グレアム提督が私に声をかけてきた。
「ヴァニラ君、ありがとう。今日、君と話をすることが出来て良かったよ。私が持っている情報は、使い魔を通じて全て提供しよう」
グレアム提督はその上で、はやてさんを犠牲にしなくても闇の書を暴走させずに済む方法を一緒に探してくれると約束してくれた。その時の笑顔は、初めて会った時よりも若干力強く感じた。
「それから、闇の書の本当の名前…元々は『夜天の魔導書』という、色々な魔法を資料として纏めておくための本なのだよ。代々の所持者が次々とプログラムに改編を加えていった結果、今のような形になってしまったようだがね。この辺りの経緯はクロノが提出した報告書にも記載がある筈だから、調査チームも重点的に調べているだろうが…」
「夜天の魔導書、ですか」
その言葉はどこかで聞いたような気がしたが、はっきりとは思い出すことが出来なかった。取り敢えず私は思考を切り替え、グレアム提督にお別れの挨拶をした。
「…もしお時間が取れるなら、是非はやてさんにも会ってあげて下さい。会いたがっていましたよ、『グレアムおじさん』に」
「そうだな。彼女が私に会いたいと願ってくれるのなら…私の贖罪を受け入れてくれるなら」
「はやてさんはきっと感謝しかしないと思いますよ。私も…ロケット、ありがとうございます」
「…これからご両親のお墓参りだったかな。よろしく伝えておいてくれるかな? 」
「はい」
私はお辞儀をすると、リンディ提督と一緒にグレアム提督の執務室を後にした。クロノさんは少し残って今後の打ち合わせをした後、情報を持って無限書庫に向かうのだそうだ。
「今日は私が言わなくちゃいけないことを、全部ヴァニラさんに言って貰っちゃったわね。ごめんなさい」
本局の通路をシャトルのゲートに向かって歩いている時、急にリンディ提督がそう言ってきた。
「いえ…未成年後見人になっておきながら、はやてさんのことを放置していたことに対する文句を言っただけですよ」
「ああ言ってはいたけれど、グレアム提督もはやてさんを犠牲にすることは随分悩んでいたようなの」
それは私も感じていたことだった。グレアム提督には初めて会った時からどことなく覇気が感じられなかったのだが、恐らくその罪悪感もあったのだろう。
「実はね、アルカンシェルでエスティアごと暴走した闇の書を撃った後、合同葬儀の会場で彼、私とアリアに泣きながら謝ったのよ」
艦隊司令でもあった提督が、公の場で頭を下げたのだという。それほどまでに、グレアム提督は参ってしまっていたのだろう。そしてそのまま管理局を辞職しようとしたのだそうだ。
「私とアリアで相談して、辞めないようにお願いしたのよ。H(アッシュ)提督やクライドは志半ばで逝ってしまったけれど、その遺志だけは継いで欲しかったの」
「そう、だったんですね」
「尤も却ってそれが負担になっちゃったのかもしれないわね。ずっとあの時のことで自分を責めていたみたいだから」
ゲートを抜けると、そのままエルセア行きのシャトルが係留されているポートに向かう。
「…でも今日、ヴァニラちゃんが言ってくれたことは、随分とグレアム提督の気持ちを動かしてくれたみたい。別れ際の笑顔はここ数年、見たことないくらいだったわ」
「…闇の書のこと…ジュエルシードのこと…みんな無事に解決できると良いですね」
「そうね。そのために、私達も全力を尽くしましょう」
私達が乗りこんだシャトルは本局から30分程かけてエルセアの空港に向かう。
「凄い! 壁が全面モニターになるんですね」
「ええ。ヴァニラさんはシャトルに乗るのは初めてだったのね」
「はい。快速レールは良く使っていましたけれど。そう言えばエルセアに行くのも初めてですね」
私の家はクラナガンにあり、お父さんもお母さんもクラナガンで暮らしていた。リンディ提督やプレシアさんから聞いた話では、魔力駆動炉の事故が起こって間もなくプレシアさんはアルトセイムに、お父さんとお母さんはエルセアに引っ越したのだそうだ。
事故の直後にはプレシアさんも査問会議にかけられたらしいが、色々な調査を行ってプレシアさんを助けたのがお父さんだったらしい。お母さんも精神的にプレシアさんを支えてくれたと聞いている。その後住んでいる場所が離れてもお互いの交流は続いていたのだそうだ。
やがてシャトルが空港に着陸し、私達は快速レールで市街地に向かった。窓から見える景色はクラナガン程都会という訳ではないものの、一戸一戸の敷地はクラナガンよりも広めな感じで落ち着いた雰囲気の住宅地が続いていた。
「次の駅で降りるわよ。そこからは歩いてもそんなにかからないから」
「はい」
リンディ提督について改札を抜けると、駅前にあった花屋さんでお墓に供える花を買い、同じ並びの食堂で軽く昼食を食べた。その後、共同墓地に向かう。
「事故があったのも5月だったのよ。本当の命日まではまだ2週間くらいあるけれど、その頃になると関係者も訪れるようになるから、今くらいの時期に来れて良かったわ」
「…そうでしたか。出来れば命日にも来れたら良かったのですが」
「…そう、ね。都合をつけて、来られるようにしましょう。きっとプレシア達も来たいでしょうし」
そんなことを話しながら歩いていると、前の方から15、6歳くらいの少年が、私よりも少し年下と思われる女の子の手を引いて歩いてきた。様子からして、お墓参りの帰りなのだろう。
<ヴァニラちゃん、H(アッシュ)の名前は今は伏せておいてね>
不意にリンディ提督から念話が入り、それでこの2人も関係者なのだろうと察しがついた。
「リンディ提督、ご無沙汰しています」
「こんにちは、提督」
どうやら2人は兄妹のようだった。リンディ提督とは知り合いのようで、挨拶をしてきた。
「久し振りね、ティーダ君。ティアナさんはまた大きくなったわね。最近調子はどう? 」
「先月漸く課程を修了して、実地研修に入りました。今は空曹長見習いですが、半年後の本着任時は三等空尉です。これもリンディ提督が士官学校を紹介してくれたおかげです。ありがとうございます」
話の内容から、ティーダさんは入局を目指している様子だった。どうやら過去にリンディ提督がお世話をしたことがあるようだ。ふと、ティアナさんと呼ばれた少女と目が合った。私が微笑むと、少し恥ずかしそうに顔を赤くしながらも微笑みを返してくれた。
「リンディ提督、こちらの女の子は? 」
「うちの遠い親戚なのよ。ヴァニラさん、こちらティーダ・ランスター君とティアナ・ランスターさんよ」
「ヴァニラ、と言います。初めまして、ティーダさん、ティアナさん」
ティーダさんとティアナさんに挨拶をする。ティーダさん達の両親も、お母さんと同じ事故で亡くなっているのだそうだ。命日まではまだ少し日があるのだが、入局絡みの実地研修でなかなか時間が取れそうにないため、偶々今日お墓参りに来ていたらしい。
話では聞いていたけれど、本当に私以外にもこの事故で両親を失った子達がいたのだと、改めて思った。ティーダさんは管理局員だった父親の遺志を継いで入局を目指しているらしい。ティアナさんにも魔力資質があるそうで、来年から魔法学院に通うのだそうだ。
暫く世間話をした後でティーダさん達と別れ、私達はお母さんのお墓に向かった。
「向こうには例の事故で亡くなった方の慰霊碑もあるわ。後で行ってみましょう」
「はい」
リンディ提督に連れられて、お母さんのお墓の前に立った。墓石には「アリア・H」の名と一緒に、「イグニス・H」の名も刻まれていた。それが改めて両親が他界している事実を突きつけてくる。
「H(アッシュ)提督の名前は、アリアが寂しくないように後で入れたの。でも遺体は無いわ。ごめんなさい」
宇宙空間で反応消滅させられた艦に乗っていたのだから、遺体は無くて当たり前だろう。私は軽く首を振った。
「いえ…むしろお父さんの名前も入れて下さって、ありがとうございます。だって…ここに来れば、2人に、会えるから…」
涙で視界が霞む。以前、お墓に魂は留まらないのだから、お墓の前で泣かないで、というような歌を聞いたのを思い出した。
(違うよ…やっぱりお墓は、亡くなった人たちとの思い出に会える場所なんだ…)
お墓は、亡くなった人達のためにあるんじゃない。遺された人達が亡くなった人達との思い出に浸るための場所。お墓に魂は留まらなくても、遺された人が思い出に浸って泣くことが出来る場所なのだ。
リンディ提督がそっと抱きしめてくれているのを感じながら、私は両親のことを思い出していた。グレアム提督に貰ったロケットを握りしめて、私は暫くの間その場に蹲っていた。
最初はグレアム提督との面談とエルセアのお墓参りのお話は別にして、それぞれミント視点のお話を入れようと思っていたのですが、文字数のバランスが悪かったのでヴァニラのお話だけで1話にまとめてしまいました。。
その分ちょっとグダグダになってしまいましたが。。
次回はミントメインで書いてみようと思います。。
※一部誤字や表現の訂正を行いました。。
ご指摘ありがとうございます。。