他愛もない日常のメロディー   作:こと・まうりーの

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第6話 「里子」

その夜、アリシアちゃんが寝ついたことを確認した私は、そっと病室を抜け出した。さっきキッズルームに行く途中で、一般に開放されていると思われるパソコンが2台ほどロビーに設置されていることを確認したためだ。

 

(本当にサービスがいい病院だなぁ。こんな病院だったら働きたいかも)

 

2台のうち1台は入院患者らしい別の人が使用していたので、もう片方のパソコンを起動する。既定アカウントでしか入れないように制限されているようだったが、私の目的であるインターネット検索は問題なく出来るようだった。

 

検索エンジンを立ち上げると、検索欄に「ギャラクシーエンジェル」と打ち込んでEnterを押す。検索結果は…0件ヒットだった。次に「ヴァニラ・H(アッシュ)」で検索をかけてみたが、結果は同じく0件ヒット。「ランファ・フランボワーズ」も「ミルフィーユ・桜葉」もヒットしなかった。

 

(私が以前住んでいた世界とは違う…「ギャラクシーエンジェル」が存在しない世界? )

 

念のため西暦を確認すると、私が琴として生活していた世界の時代とほぼ同じであることが判った。試しに私が通っていた医大の名前を検索すると、こちらはちゃんとヒットした。

 

(一部だけが違っている、並行世界みたいなものかな? 何にしても、これからは問題なく「ヴァニラ」を名乗れそう。よかった)

 

自分が痛い子と見られないで済むことに、私は心の底から安堵した。

 

それからも色々な事を検索してみると、地名や文化等については概ね私の知識と一致した。この世界の労働基準法も確認しておいたのだが、満15歳になった後の4月1日以降でなければ就業できないことも同じ。ただ、私が知っている歴史とは一部違いがあったり、要人の名前が異なっていたりすることも判った。矢張りここは似て非なる日本なのだろう。ちなみに今日が11月2日の火曜日であることも判明した。

 

最後に私は「海鳴」で検索してみた。ヒットした項目をざっと目で追う。その名の通り、海に面した土地だが、山にも恵まれ、温泉郷などもあるようだ。看護師さんから聞いた、私達が倒れていたという臨海公園も大学病院から然程離れていない場所にあった。

 

(結構広い…それにキレイなところだし、そのうちアリシアちゃんと一緒に散歩にでも行ってみようかな)

 

一通り検索を終え、ふとタスクバーの時計に目をやると、時刻は22時になろうとしていた。そろそろ寝ないと、と思いブラウザを閉じようとした時、私の目に気になる文言が飛び込んできた。

 

『海鳴で一番おいしいスイーツの店』

 

個人のブログで、喫茶「翠屋」というお店のスイーツがとても美味しい、スイーツだけでなく自家焙煎のコーヒーや普通の料理も逸品だが、特にシュークリームはお勧めとの記載があった。

 

(『翠屋』…『みどりや』かな? それとも『すいや』? )

 

改めて「喫茶翠屋」で検索し直すと、「みどりや」が正しいことが判った。退院したら是非一度行ってみたい、と思ったが、すぐに私が日本円を1円も持っていないことに思い至る。ミッドのお金は持ってはいるが、管理外世界で両替は出来ないだろう。

 

(むしろ調べるんじゃなかった。シュークリーム…食べたくなっちゃったじゃない)

 

私は絶望に打ちひしがれながらブラウザを閉じ、ログアウトすると病室に戻ることにした。取り敢えずシュークリームは児童養護施設などに入って、お小遣いを貰ったりするようになるまではお預けだろう。病室に戻り、ベッドに潜り込むと、私はそっと涙した。

 

 

 

翌朝、TVの音で目が醒めた。身体を起こすとアリシアちゃんが部屋に備え付けられたTVをいじっているところだった。

 

「あ、おはようヴァニラちゃん。起こしちゃってごめんね」

 

「ううん、いいよ。TV観てたの? 」

 

「うん。操作方法はミッドチルダのと大差ないね。さすがに何を言っているのかまではまだよく判らないけど」

 

私が翻訳魔法の効果範囲まで近づくと漸く理解できるようになった様子で、画面に見入っている。ふと時計を見ると朝の7時だった。そろそろ朝食の時間かと思っていると、ドアがノックされ、看護師さんが食事を持って入ってきた。

 

「おはよう。昨夜はよく眠れた? 」

 

「はい、ありがとうございます。おかげさまでゆっくり休めました」

 

「よかった。それでご両親のこととか…まだ話してくれないのかな? 」

 

私は黙って俯くことしかできなかった。看護師さんはふぅとため息を吐くと諦めたように食事を並べてくれた。心の中でひたすら看護師さんに謝りながら私は塩味が薄い目玉焼きを頬張った。

 

 

 

アリシアちゃんの日本語の勉強は絵本の他にTVも活用することになった。某国営放送の子供向け番組が午前中に数多く放送されていたためだ。アリシアちゃんもいたく気に入った様子で、モニターを見ながら一緒に体操をしたりしていたのだが、そうこうしているうちにまた看護師さんがやってきた。

 

「二人に面会希望者よ」

 

「面会? 」

 

この世界に知り合いなどいない私は首を傾げる。入ってきたのは昨日のハンサムさん…高町さんだった。今日はお友達なのか兄弟なのか、知らない男性が一緒にいた。入ってきた二人と入れ替わりに、看護師さんは病室を出て行った。

 

「やあ、昨日ぶり。そっちの君は初めましてだね」

 

高町さんがにこやかに話しかけてくる。

 

「ヴァニラちゃん、この人だあれ? 」

 

「あぁ、アリシアちゃんは昨日寝てたから知らないか。高町さんっていって、私達を助けてくれた人だよ」

 

「そうなんだ」

 

アリシアちゃんも高町さんにお礼を言う。

 

「それで高町さん、そちらの方は? 」

 

「自己紹介が遅れてしまってすまないね。高町士郎だよ。よろしくね、ヴァニラちゃん、アリシアちゃん」

 

「高町…ということはご兄弟なのですか? 」

 

「いや、これでも恭也の父親なんだ」

 

「え…どうみてもそんな歳には…あ、すみません。お若く見えるので、つい」

 

「いや、よく言われるからね。気にしなくてもいいよ。そうだ、忘れていたけれど、これ。お見舞いだよ」

 

苦笑しながらそう言うと、高町士郎さんは手に持っていた包みをテーブルの上に置いた。

 

「そんな…態々すみません。別に怪我をした訳でも病気な訳でもないのに」

 

そう言いつつ、その包みに目をやると、化粧箱には『翠屋』の文字。

 

「あっ…翠屋!? 」

 

「おや? 知っているのかい? 」

 

「ええ、ちょっと…シュークリームがとても美味しいとのことで、興味を持っていました」

 

「そうか、丁度良かった。そのシュークリームを持ってきたんだ。よかったら食べてみてくれ」

 

「ありがとうございます。じゃぁ、遠慮なく頂きます」

 

化粧箱を開け、中から2つのシュークリームを取りだすと、私は片方をアリシアちゃんに渡し、残った1つを口に運んだ。

 

「!…美味しい」

 

「うん!おいしいねー」

 

正直なところ「琴だった頃」も含めて、ここまで美味しいシュークリームは食べた記憶が無かった。シュー部分の食感は絶妙で、中の生クリームとカスタードクリームもこれ以上ないというバランスでマッチしている。

 

「口に合ったようでよかったよ。食べながらで構わないから、少しお話させて貰ってもいいかな? 」

 

「? はい、構いませんが…」

 

「看護師さんから聞いたんだけど、君たちはご両親の話になると口をつぐんでしまうそうだね」

 

何の話かと思ったら、両親のことだった。恐らく病院側から依頼されたのだろうが、その手のカウンセリングでもしている人なのだろうか。いずれにしてもミッドチルダのことを話せない以上、両親のことも慎重に対応する必要があるだろう。

 

「…もしかして君達にはご両親がいないんじゃないかと思ってね」

 

高町士郎さんがこちらをじっと見つめながら言う。別にいない訳じゃないけれど、と思いながらもいつもの通り俯こうとした時、彼が続けた。

 

「成程、別にご両親がいない訳ではない、と」

 

私は目を見開いた。この人、メンタリストだ。それで病院から依頼されたのかもしれない。どうやって隠し通したものか、と思った時、アリシアちゃんが声を上げた。

 

「すごーい!何で今ので判っちゃうの? 」

 

「アリシアちゃん!? 」

 

「ねぇヴァニラちゃん、私達のことって、本当にそうまでして隠さないといけないことなのかな? 」

 

私は答えられなかった。管理局が定める法によれば、管理外世界においては濫りに魔法や管理世界のことを流布してはいけないという。でも別の世界のことは兎も角、魔法のことなど話したところで信じる信じないは聞き手次第であり、私が知っている日本であれば、まず信じないのが普通だろう。

 

では信じて貰えなかったらどうなるのか。大抵の場合はまともに取り合って貰えず、「真面目に話しなさい」的なことを言われるだろう。度が過ぎれば精神科医のお世話になるかも知れない。だが、それだけだ。むしろ問題なのは信じられてしまった時だろう。

 

魔法が使える人間。飛行器具などに頼らず空を飛ぶことが出来、離れた場所からでも他人を攻撃することが出来る…それも大量虐殺が可能なレベルで、だ。そのような人間を管理外世界の人達がどう見るかなど、自明の理だろう。こちらにその気がなくとも確実に迫害対象、場合によっては人体実験などのサンプルにされかねない。だからこそ、魔法のことは伝えることは出来ない。

 

だが高町士郎さんが凄腕のメンタリストだった場合、私は全てを隠し通す自身は無かった。元々嘘が苦手な性格だし、それにいろいろと親切にしてくれた看護師さんや高町恭也さんに対する罪悪感もあった。

 

(簡単に行き来出来ないところに両親がいる、と言うことくらいは伝えておこう。むしろ管理世界のことを話せば少なからず衝撃は受ける筈だし、却って魔法のことは誤魔化せるかも知れない)

 

私は観念してふっと息を吐いた。

 

「判りました。お答え出来るところはお話します」

 

「ありがとう。あぁ、そんなに緊張しなくてもいいよ。恭也、そっちは大丈夫か? 」

 

「大丈夫。ドアの外には人の気配はないよ」

 

あれ?

 

「あの…すみません、高町さんは病院に依頼されたメンタリストの方なのでは? 」

 

「ああ、そう言う風に思っていたのか。いや、メンタリズムは少しかじっただけで、本業としてやっている訳じゃないんだ。君たちに話を聞きたかったのは、あくまでも個人的に興味があったからだよ。それから私のことは士郎と呼んでくれていいから」

 

それを聞いた私は一気に脱力してしまった。一体何を気負っていたのだろう。別に今からでも嘘を吐くことも出来るだろうが、そうする気は全く起きなかった。

 

「見た目外国人なのに日本語が流暢で、どう見ても小学生くらいなのに話をしていると同年代の人と話をしているような不自然さを感じる不思議な女の子がいるって、恭也に聞いたものだからね」

 

「それでシュークリームで懐柔ですか…」

 

「それだよ。そう言う皮肉は子供だったら普通言わないからね。さっきのやり取りも6歳児とは思えない内容だったし」

 

「良いですよ。お答えします。そう言う約束ですから」

 

「ありがとう。じゃぁまずは君たちがどこから来たのかを教えてくれないかな」

 

「具体的な名称は避けさせて下さい。少なくとも地球ではない、とだけ言っておきます」

 

士郎さんの目が鋭くなる。

 

「成程ねぇ、いきなりその答えが来るとは…思った以上にヘビーかな。個人で聞いて良い話じゃないような気がしてきたよ」

 

「では止めましょうか? 」

 

「いや、最後まで聞かせて貰おう。毒喰らわば皿までも、だ。じゃぁ次に、日本語が流暢な理由は? 」

 

「言語を翻訳するシステムがあります。ちなみにそれを切ると…」

 

私は翻訳魔法をOFFにしてアリシアちゃんとミッド語で二言三言会話をし、再度ONにする。実は私の場合、翻訳魔法なしでも日本語は流暢なのだが、それは敢えて今言わなくても良いだろう。

 

「…と、こんな感じです」

 

「成程ね。確かに聞いたことのない言葉だな。どことなく英語に近いような気もするが、発音だけでは何ともね」

 

「確かに地球で使われている英語と共通点は多いです。文字もアルファベットと似ています」

 

「そうか、ありがとう。次に君達の住んでいるところでは、みんな君達のように知能が発達しているのかな? その…気を悪くしないで欲しいんだが、地球で君達の年頃だと、君達のように大人と会話出来る子供は殆どいないからね」

 

「先程の言語翻訳システムなのですが、赤ん坊にも適用されます。このため、私達の世界ではかなり早いタイミングで言語を学習することが可能で、知能の発育も早いものと思います。ですから若くして社会に出る人も珍しくありません」

 

「あ、でもヴァニラちゃんは中でも飛びぬけて優秀だったよね。アリアママとママが天才だって話してたよ」

 

「アリシアちゃん、今はその話はいいから」

 

「いや、それも重要な情報だよ。ありがとう。それじゃぁもう一つ。君達がここに来た理由は? 」

 

「事故に巻き込まれました。魔りょ…とあるシステムの暴走で、気が付いたらここに居ました」

 

「そうか。総合的に判断して、別に地球侵略に来た異星人という訳では無さそうだ」

 

「それはありえませんね。私達の世界ではこの世界のことを認識はしていますが、基本的には不干渉の立場を取っていますし、今後もいきなり攻撃を仕掛けてきたりするようなことは無いでしょう」

 

「ありがとう、信じるよ。で、ここからは提案なんだけれどね」

 

士郎さんは相好を崩して続けた。

 

「君達、帰る目処がつくまで、ウチに里子として来る気はないかい? 」

 

「…正気ですか? 」

 

士郎さんが発した言葉に、私は思わずそう返してしまった。たった今、事情をかなりのレベルで暴露したばかりだ。不気味に思うか、関わり合いにならないようにするのが普通だと思うのだが。

 

「もちろん正気だよ。君達は出来るだけ自分たちの正体をばらしたくはないだろう? だからといって、まともな生活基盤もない状態ではこの手の質問は常に付きまとうしね」

 

「でももしかしたらさっき話したことは全部嘘で、実は侵略の糸口をつかむために送られてきた斥候かもしれませんよ? 」

 

「君達のような子供を斥候に? 」

 

「それだって相手を油断させるためのカモフラージュかも知れないじゃないですか」

 

「まぁ、その辺は実はあまり心配していないんだ。さっきから見ていたけれど、君はあまり嘘が上手いようには見えないし、さっきの話も嘘をついているようではなかったからね」

 

そうか、そう言えばこの人は本業ではないと言ってはいたものの、メンタリズムの使い手だった。

 

「恭也、お前はどう思う? 」

 

「そうだね。最初に目を醒ました時に口走っていた台詞とも、辻褄はあっていると思うよ」

 

「え…私何か言いましたっけ? 」

 

「ああ、『魔力駆動炉の暴走』とか『状況を教えて欲しい』とか…」

 

「はぅぁっ!」

 

何て迂闊なことを。折角魔法について誤魔化そうとしているのに、私自身が『魔力』なんて口走っていたなんて。だが士郎さんも恭也さんも特にそのことについて突っ込んでくることは無かった。もしかすると固有名詞か何かと思っているのかも知れない。それにしても、あんな一瞬のことをよく覚えていたものだと、恭也さんの記憶力に脱帽する。

 

「もし迷っているようなら、君のそのペンジュラムに相談してもいいんだよ。確か『ハーベスター』って言っていたっけ? 」

 

「そんなことまで覚えているのですか…っていうか、あの時ハーベスターは音声を発していなかったと思いますが? 」

 

「でも君の言葉に呼応するように光っていたしね。何らかの意思疎通は可能なんだろう? 」

 

<ハーベスター、どう思う? >

 

私は念話でハーベスターに語りかける。

 

<≪I think that their suggestion is rather enticing. However, there might be a catch. Although the final decision is totally up to you, please think carefully.≫>【彼らの提案は魅力的だと思いますが、必ずしも裏が無いとは言い切れません。最終的にはマスター自身に判断して貰いますが、検討は慎重にお願いします】

 

<だよねぇ…ありがと>

 

ハーベスターとの念話を終えると、私は改めて士郎さんに向き直った。

 

「私達としては十分すぎるくらい魅力的なご提案なのですが、そちらのメリットは? 」

 

「うーん、メリットという訳では無いけれど…ちょっと昔話を聞いてもらえるかな? 」

 

私が頷くと、士郎さんは話しを続けた。

 

「実は私は5年ほど前に仕事の関係で事故に遭ってね。恭也と美由希…上の娘はそれなりに大きくなっていたからまだよかったけれど、下の娘は当時まだ2歳だった。怪我はかなりひどくて、一時は命の危険もあったらしい。当然母親は毎日のように病院に来るが、集中治療室に面会に来る場合、子供はよっぽどのことがない限り制限されるのが実情だ。兄と姉は学校があって、その上放課後はお見舞い。おまけにうちは喫茶店も経営していてね。基本的にお店は開けていたから、バイトの子達がいるとは言っても母親も兄姉も空き時間はそちらにかかりっきりで、当然妹は留守番という形になる」

 

「あの、家政婦さんとかにお願いは? 」

 

「もちろんしたさ。でも家政婦さんも娘の面倒だけみているわけじゃないし、何しろ2歳の女の子だ。両親や兄姉の認識もできてくる時期に一人で寂しい思いをさせてしまった。今でこそ明るく元気に育ってくれてはいるけどね」

 

士郎さんはそこまで話すと少し息を吐いてから更に続けた。

 

「かつて私のせいで娘には寂しい思いをさせてしまった。今、娘と同じくらいの年頃の女の子が二人、行くあてもなく寂しい思いをしていたら、助けてあげたいと思うのは自然なことだと思うんだ。もちろんこれが娘に対する贖罪になる訳じゃないし、ただの自己満足であることは十分承知しているよ」

 

私はじっと士郎さんを見つめた。どうやら士郎さんにしても恭也さんにしても、本気で私達のことを心配してくれているらしい。その時、それまで黙って私達の会話を聞いていたアリシアちゃんが声を上げた。

 

「はいはーい、質問~」

 

「いいよ。何だい? 」

 

「さっき、喫茶店を経営しているって言ってたけど、それってもしかして…」

 

と言いつつ、私達が食べたシュークリームの箱を見つめる。

 

「ああ。『翠屋』だよ」

 

「ヴァニラちゃん!帰れるようになるまではお世話になろうよ」

 

「もう…アリシアちゃん、下心見え見えだよ。商品なんだから、好きなだけ食べられる訳じゃないんだからね」

 

苦笑しながらアリシアちゃんを窘める。

 

「まぁ、パティシエには出来るだけ融通を利かせるように言ってはみるよ」

 

士郎さんが笑いながら言う。今のやり取りで、一気に緊張感が失われた気がした。

 

「何か色々とすみません…ではご厄介になってもよろしいでしょうか? 」

 

「ああ、もちろん。病院側には私の方から連絡しておくよ」

 

こうして私達は一旦高町家にお世話になることになった。カバーストーリーは士郎さんが考えてくれたのだが、アリシアちゃんの両親が日本に帰化した英国人、私は親を亡くしてそこに引き取られた親戚の娘と言うことになった。尚、両親は現在行方不明。よくもまぁ、こんな調べたらすぐ嘘だと判ってしまいそうなお話しが通ったものだと思うが、士郎さんはこれで病院も、警察すらも納得させてしまった。

 

「ちょっと昔の伝手があってね。時間はかかるが戸籍の方も用意できるから、心配しなくていいよ」

 

士郎さんはそう言うが、そんなことを簡単にやってのけてしまう彼は一体何者なのだろう。

 

「そう言えば、ヴァニラちゃんはどうして翠屋のことを知っていたんだい? 」

 

「昨夜インターネットで調べていた時に偶々見かけました。とても美味しそうだったので、是非一度食べてみたいと思っていたところだったんです」

 

「そうか。これでウチの知名度も異世界レベルだな」

 

士郎さんはそう言って再び笑った。

 




誤字などがあったら是非ご一報くださいませ。。

※一部矛盾点解消のため「琴として生活していた世界の時代より30年程後の時代」の部分を「琴として生活していた世界の時代とほぼ同じ」に変更しました。。ご指摘ありがとうございます。。(2014/01/29)

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