他愛もない日常のメロディー   作:こと・まうりーの

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第8話 「トラウマ」

俺がはやてと一緒に八神家に戻ったのは、たとえ2週間とはいえ闇の書とはやてを離した状態にしておくことにより、何らかの影響が出ないか心配に思ったからだ。一応、微弱ながら魔力を感じるということを理由にして、はやてに持参して貰おうと思っていた。

 

(…そう言えば、猫姉妹の姿は見かけませんわね)

 

初めてはやての家に来てから今までの間、たまに監視するような魔力は感じるものの、実際にリーゼ姉妹が姿を見せたり、直接干渉して来たりすることは無かった。

 

もしかしたら最初にアースラメンバーにはやてを紹介してしまったため、計画の練り直しでもしているのかもしれない。そうやって考えてみると、随分と原作とは話が変わってきてしまっている。はやてとなのはが知り合った時期も不自然だし、そもそもすずかと図書館で出会うのも原作ではもっとずっと先だった筈だ。

 

ジュエルシードの発動も俺の知識とは違っている。本来最初の思念体を倒すのはなのはで、その時に入手するジュエルシードは1個だけだった筈だ。それにユーノがその時点で既に1個のジュエルシードを入手していた気がする。そして2個目のジュエルシードは神社の犬…

 

(それが何故か桜台公園で猫になっていましたわね)

 

巨大猫といえば月村家でのお茶会で登場する筈だったが、今日見た虎のようなものではなく、子猫をそのまま大きくしたような愛嬌のある容姿だったように思う。

 

例の公園前でバスを降り、車椅子を押す恭也さんの後ろを歩きながらずっとそんなことを考えていたが、最終的に辿り着いた結論は、そもそも役に立たない原作知識など忘れてしまえばいいということだった。

 

(むしろ望むところですわ)

 

原作知識は万能ではない。既に現状は俺の知識から大きく乖離してしまっている。嘗ては介入に当たって原作知識を武器にしようなどと考えていたこともあったが、今の状況ではむしろ原作知識を重要視してしまうと判断を誤ることになりそうだった。

 

結局介入どころか当事者になってしまった訳だが、俺が知っているのはあくまで別の世界の物語。今の世界とは似通った事象がいくつも発生してはいるものの、全く別の世界と捉えるべきだ。八神家に到着し、はやてが着替えを纏めている横でそんなことを考えながら、俺はじっと闇の書を見つめていた。

 

「ミントちゃん? どないしたん? その本、どうかした? 」

 

「えぇ…初めて見た時から思っていたのですが、矢張りこの本からは微弱ながら魔力を感じますわ」

 

「やっぱり何か曰く付きなんやろか。本気でネクロノミコンとかやったりしてな」

 

魔導書という意味では間違いないが、その例えを持ち出す8歳の幼女というのは些かシュールだと思った。

 

「契約とか出来ひんのやろか? 」

 

「契約、ですか? 」

 

「ネクロノミコンやったら、中の精霊と契約して悪の組織と戦うんやろ? 」

 

俺の知っているネクロノミコンとは何かが致命的に違っているような気もしたのだが、闇の書としてみた場合はあまり齟齬ないようにも思えてしまい、言葉を失った。するとはやてはカラカラと笑い声を上げる。

 

「冗談や。ゴメンな、ミントちゃん。今のはネクロノミコンを題材にした、ゲームのお話や。せやけど、魔力があるっていうことは、これもやっぱり魔法関連っちゅうことやろね」

 

「時空管理局の人達はこうした物品についても造詣が深い筈ですわ。鑑定する意味も含めて、一度見て貰いましょう」

 

「そっか。ならこの子も一緒に行こか」

 

はやてはそう言うと本棚から闇の書を手に取り、大事そうに抱えた。

 

はやては闇の書の主であり、闇の書は時空管理局の第一級捜索指定遺失物に認定されている。アースラスタッフに書を見て貰うということは、はやて自身が封印される危険性もあるということだ。だが本来なら見つけ次第問答無用で封印されるべきロストロギアとはいえ、俺は以前クロノが言っていた『事情も聴かずにいきなり被疑者を攻撃する訳がない』との言葉を信じることにした。

 

「私の方はこれで大丈夫や。ミントちゃんの方は用事は済んだん? 」

 

「ええ。問題ありませんわ。では参りましょう」

 

取り敢えず居間で待っていてくれた恭也さんに声をかけ、俺達は再び高町家に向かった。

 

 

 

高町家に到着すると、まず2階に用意された、はやてと俺の部屋に案内された。

 

「足のことがあるのに、部屋が2階にしか用意できなくて申し訳ない。2週間だけだから何とか我慢してくれるかい? 上り下りには必ず誰かが付き添えるようにしておくよ」

 

申し訳なさそうに言う士郎さんだったが、ヴァニラやなのは、俺がいる時なら身体強化で問題なく支えることが出来るだろうし、士郎さんや恭也さん、美由希さんも小学校低学年の女の子を介助するくらいは問題ない筈だ。はやてが特に問題ない旨を伝え、闇の書を含めた荷物を部屋に置くと次は1階に移動した。

 

「1階ではこれを使ってくれて構わないからね」

 

そう言って士郎さんが示したのは、室内でも動きやすいように簡素化された車椅子だった。

 

「だいぶ前に私自身が大怪我をしたことがあってね。その時に使っていたものなんだ。大人用だから少し重いかもしれないが、無いよりはいいだろう」

 

「ありがとうございます。簡易車椅子なら子供用の物ともそない変わりませんし、大丈夫です」

 

聞けば廊下なども車椅子で楽に移動が出来るように広めになっており、曲がり角には隅切りもされているのだとか。士郎さんが怪我をした時に、一部改装したらしい。実はこれ、はやては最初に高町家を訪れた際に既に気付いていたのだそうだ。改めて見てみると、普通とは少し違った感じがして不思議だった。

 

「ミントちゃん、何言うとるん? ウチの廊下も全部これと同じタイプやで」

 

「あら、そうでしたの? 全く意識していませんでしたわ」

 

普通に生活していると、特に健常者は障害者の苦労を理解し辛いものらしい。これにはヴァニラも同意していた。そんな話をしていると、美由希さんが声をかけてきた。

 

「はやてちゃんとミントちゃんは、お風呂入る? なのは達はさっき入っちゃって、後は寝るだけなんだけど」

 

「あ、折角やし、入らせて貰ってええですか? ミントちゃん、一緒に入ろ」

 

「ええ。では着替えを持ってきますわね」

 

はやてを待たせて2階に上がると、荷物からはやてのパジャマと替えの下着を用意する。その時に、ふと闇の書からの魔力反応が少しだけ大きくなったような気がしてそちらに目が行った。

 

「…出来れば、貴女も助けたいのですわ、『夜天の魔導書』さん。よろしければ協力して下さいませ」

 

俺は呟くようにそう言うと、着替えを持って部屋を出た。

 

 

 

=====

 

「じゃぁ、ユーノくんは今夜からミントちゃんとはやてちゃんの部屋に移動? 」

 

「うん。その方がお互い安心するだろうし」

 

案内をするためだけに抜け出して来た士郎さんが翠屋に戻り、はやてさんとミントさんがお風呂に向かうと、私はなのはさん、アリシアちゃんと一緒にユーノさんの引っ越しについて相談を始めた。

 

「…僕は別に今のままでもいいけど」

 

「ダメだよ~その間が本音を白状しているから」

 

アリシアちゃんがそう言ってユーノさんを抱え上げた。ユーノさんの治療に関しては、私に出来ることは丁度全て完了したところだ。体力も十分回復しているし、後は暫く念話以外の魔法を使わないことで完治する筈だから、実際部屋がどこになってもあまり影響はないのだが、アリシアちゃんは特にユーノさんを移動させることに積極的だった。

 

確かに元々馴染みの深い人と相部屋の方が安心感もあるだろうし、色々とお喋りしたいこともあるだろう。だがアリシアちゃんがここまで積極的なのは、恐らくユーノさんがミントさんのことを好きだということに気付いたからのようだ。

 

なのはさんはあまりピンと来ていない様子だが、ミッドチルダの人は精神的に成熟が早いので、男女間の機微にも気付きやすいのかもしれない。勿論、それには個人差もあるのだろうけれど。

 

「好きかどうかってことなら、わたしもユーノくんのことは好きだよ」

 

≪It is slightly different, Nanoha. Yuuno Scrya loves my master. This is not "Like", but "Love".≫【微妙に違うのですよ、なのはさん。ユーノ・スクライアはマスターを友達として好きなのではなく、異性として好きなのです】

 

いつの間にかトリックマスターが会話に参加していた。前から思っていたのだが、このデバイスは本当に神出鬼没だ。

 

「トリックマスター! 余計なこと言わないでよっ! っていうか、何でここにいるのさっ」

 

≪You do not need to be so bashful now, Yuuno Scrya. My master seems not wholly averse to it. Additionally, I am here because other people's love story taste like honey.≫【何を今更照れる必要があるのです、ユーノ・スクライア。マスターだって、満更でもない様子ですし。ついでに言うなら、私がここにいるのは他人の恋バナが私を呼ぶからです】

 

以前からこのデバイスのAIは妙な方向に成長していると思っていたが、改めて随分と人間臭いのだと再認識する。

 

≪Well, "Love for family" is with "Sincerity". "Love for romance" is with "Desire".≫【良いですか? 真心があるのが愛で、下心があるのが恋です】

 

「んー、良く判らないよ。ヴァニラちゃん、今のってどういう意味? 」

 

「トリックマスター、それは今の話とはちょっと趣旨が違うよ。大体「愛」も「恋」も漢字は小学校3年じゃぁ教わらないんだから、なのはさんとアリシアちゃんには判らない…っていうか、何で貴女が日本語の漢字を知ってるの!? 」

 

≪I wish to exercise my right to remain silent.≫【黙秘します】

 

「……」

 

本当にどこまでも不思議なデバイスだった。

 

結局ユーノさんは赤くなりながらも、アリシアちゃんの勧めに従ってミントさんの部屋に移動することになった。

 

 

 

=====

 

お風呂から上がり、はやてを支えて2階の部屋に戻ると、程なくしてなのは達がユーノを連れてこちらの部屋にやってきた。心なしかみんなの視線が生暖かい気がする。

 

「や、やぁミント」

 

「みなさん総出で如何されたのです? っていうかユーノさん、挨拶が不自然ですわよ」

 

≪We came here to give a benediction to kids, who have a bright future.≫【前途ある若者達の未来を祝福しに】

 

トリックマスターの言葉となのは達の雰囲気から、何があったのかは容易く想像出来てしまった。

 

「成程、大体トリックマスターの所為ですわね」

 

≪I think this is absurd.≫【理不尽です】

 

抗議してくるトリックマスターは取り敢えず無視しておく。

 

「丁度良かったですわ。わたくしからもみなさんに相談がありましたの」

 

俺は今日の魔導師との戦いで気になっていた隠蔽魔法について、改めてみんなに説明した。

 

「ミントの魔力感知能力でも判らないような認識阻害の上位魔法、か…」

 

ユーノがそう言って考え込む。魔力感知とは相手の魔力を頼りに居場所を検知したり、気配を読み取ったりする能力で、魔力量が多い人ほど長けていることが多い。俺自身も例に漏れず、魔力感知は得意分野だった。慣れてくると、相手の魔力パターン分析も出来るようにもなるのだが、それは取り敢えず今は置いておく。

 

「丁度今、ユーノさんやトリックマスターと一緒にエリア・サーチの上級魔法を構築しているところなのですが、これに隠蔽看破の術式も組み込んでみたいのですわ」

 

俺はトリックマスターからハイパー・エリア・サーチの術式を呼び出すと、その場のみんなに見えるようにした。魔法を知ったばかりのはやてには然程期待できないが、ヴァニラや多少魔法に接する期間の長かったアリシア、なのはからも、可能な限りアイディアを貰えれば、と思ったのだ。

 

「うぁ…なにこれすっごい複雑」

 

「っていうか、索敵範囲の桁が違ってるよ。これ、本当にエリア・サーチなの? 」

 

アリシアとヴァニラからはほぼ予想通りの反応があった。なのはは良く判っていないのだろう。隣で困ったような表情で「にゃはは…」と笑っていた。これはなのはもはやてと同じく戦力外と見るのが良いだろう。

 

「『宙域艦隊戦用超広域探索魔法』だそうですわ」

 

「これだけのエリアを一斉に捜索するのって、サーチャーいくつ必要なんだろう…」

 

ヴァニラが呟くように言った。実際、この魔法の改修で一番ネックになっているのはそこだった。トリックマスターに言わせると、10歳未満の子供が同時に扱える攻撃魔法やスフィアは最大で6つ。サーチャーでも精々8つが限界で、それ以上は脳に負担がかかり過ぎるのだそうだ。

 

一方、ハイパー・エリア・サーチの索敵範囲を網羅するためにはサーチャーが最低でも30は必要になる。これは大人でもマルチタスクに長けた人が1人で行使出来るギリギリ上限らしい。このサーチャーの数を、今の俺達が使える限界値まで引き下げた場合、索敵範囲がワイド・エリア・サーチよりも若干広い程度で大差なくなってしまい、消費魔力も大きいAAランクのハイパー・エリア・サーチを使う意味があまりなくなってしまうのだ。

 

「つまり索敵範囲がワイド・エリア・サーチと大差ないなら、それ以外の付加価値が必要ってことだよね」

 

「それが隠蔽看破…でもそんな強力な隠蔽魔法を看破する魔法を上乗せしたら消費魔力も、魔法ランクも上がるんじゃない? 大体ベースになる魔法が無ければスリム化も出来ないでしょ」

 

「サーチャーの数は増やせないから、今のところ範囲はこれが限界なんだ。むしろワイド・エリア・サーチの構築式をベースに上乗せした方が早いくらいなんだろうけれど、そもそもどうしたら強力な隠蔽看破魔法が構築できるのかっていうところで躓いているし」

 

アリシアとヴァニラが意見を出し合い、ユーノも補足説明をする。

 

「なぁ、さっきから言っとる『サーチャー』って何なん? 」

 

話を聞いているだけでは飽きてきてしまった様子のはやてが質問してきた。取り敢えず実際にサーチャーを一つ作成して説明をする。

 

「このような探索用の端末ですわ。この端末が捉えた映像を視覚情報として離れたところからでも確認できるようにするのがエリア・サーチという魔法です」

 

「ふーん…なぁ、これって自立行動って出来ひんの? 」

 

はやては少しの間興味深そうにサーチャーを観察していたが、不意にそんなことを聞いてきた。

 

「自立行動、ですか? 」

 

「せや。例えば親機、子機、孫機みたいな感じでどんどん端末を増やしていって、孫機の情報は子機が取り纏める。子機の情報は親機が取り纏める。最終的な情報だけ術者が判断できるようにしておけば、索敵範囲は広がるんちゃう? 」

 

確かにそれなら相当な広範囲探索は可能だが、探索対象が都度変わることを考慮すると各サーチャーの思考ルーチンをかなり高度なものに設定する必要があった。

 

≪It sounds rather interesting. I will try to construct it.≫【それは面白そうですね。やってみましょう】

 

「…大丈夫ですの? トリックマスター」

 

≪Your "Flier" system can be applied to this. Please give me few days to prepare.≫【『フライヤー』システムの応用で行けると思います。作成に数日下さい】

 

フライヤーのシステムをどのように応用させるのかは今一つ判らなかったが、トリックマスターが出来ると言う以上、恐らく問題は無いのだろう。戦力外と思われていたはやての、思いがけないファインプレーだった。

 

「にゃっ? アリシアちゃん、何でそこでわたしを見るの? 」

 

「うん、次はなのはちゃんのファインプレーかな、って思って」

 

アリシアの冗談を真に受けたなのはが、うーんうーんと唸り始めてしまった。

 

「まぁ、一朝一夕に行くようなものでもありませんわ。あまり無理はなさらず」

 

「そうだよ、なのはさん。こういうのって無理に考えるよりも、ふとした思いつきで良い答えが出て来たりするものだから」

 

ヴァニラと2人でなのはを励ましていると、ふと部屋の入り口に美由希さんが立っていることに気付いた。

 

「…みんな、いい加減寝なよ。もう22時過ぎてるんだよ? 」

 

俺達が慌てて解散したのは言うまでもない。

 

 

 

=====

 

「はやてにミントね。オーケー、困ったことがあったらいつでも言いなさいよ」

 

アリサさんがいつもの調子で2人に話しかけている。週明けになのはさんと話をしていた顔合わせが漸く実現したのだ。ちなみにはやてさんが暫く高町家に滞在することについてはアリサさん、すずかさん共に連絡済みだ。理由については「士郎さんの事情」とだけ伝えたのだが、温泉旅行が延期になったのも士郎さんの事情であると伝えてあったことから、2人共何やら大人の事情らしいということで察してくれたようだ。

 

「そういえば、ミントちゃんは学校には通わないの? 」

 

「わたくしはこう見えて中等科まで卒業していますのよ。俗にいう飛び級というやつですわね」

 

「うわぁ、頭良いんだね」

 

「今は卒業後の休暇を利用して、はやてさんのところに遊びに来ていますの」

 

事前に口裏を合わせるように頼んでおいて良かった、と胸をなで下ろす。ミントさんははやてさんの遠い親戚にあたるという設定で、中等科を卒業して纏まった休暇が取れたので海鳴にやってきたということになっていた。

 

「そう言えばはやて、あんた麻痺は足だけよね? 水泳って出来るの? 」

 

「水泳? そう言えば試したことないなぁ。でもどうしたん? 急に」

 

「以前、本で読んだことがあるのよ。下半身麻痺なのにパラリンピックで10個以上も金メダルを取った水泳選手のこと。もしかしてはやてみたいに足が不自由でも、水の中なら自由に動けたり、リハビリになったりするんじゃないかって思って」

 

アリサさんはそう言うと、私の方を見てどう?と尋ねた。確かに水中での浮力は下半身麻痺のはやてさんにとって身体を動かす手伝いをしてくれるだろうし、水泳では陸上での動きと異なり全身の筋肉を使うことから、医学的に見ても悪くない判断だった。

 

「うん、良いと思う。念のため主治医の先生にも聞いて、許可を貰ってからにはなるだろうけれど」

 

私がそう言うと、アリサさんは嬉しそうに数枚のチケットを取り出した。何でもご両親の仕事の関係で温水プールの招待券を複数枚貰ったのだそうだ。

 

「明日の放課後に行こうと思っているんだけど、みんなで一緒にどう? 」

 

「あー、アリサちゃんゴメンな。明日は病院の検査日で、午後は病院に行かなあかんから…」

 

「わたくしもはやてさんに付き添って病院に参りますから、明日は無理ですわね」

 

ミントさんはどうやら検査の付き添いに託けて、ジュエルシード探索をしようと思ったのだろう。恭也さんと美由希さんのスケジュールは判らないが、念のため私も用事があることにして、ミントさんと行動を共にすることにした。

 

「…そう言うことなら仕方ないわね。プールは逃げないんだから、違う日にしましょう」

 

アリサさんはそう言うとスケジュールを確認し始めたのだが、なかなかうまく都合がつく日が無い様子だった。

 

「ねぇアリサちゃん。その温水プールって、この前オープンしたところだよね? 折角だからわたし達で先に行ってみて、後でヴァニラちゃん達に様子を教えてあげるっていうのはどうかな? 」

 

ふとなのはさんがそんなことを言い出した。そんなにプールに行きたかったのか、と苦笑すると、思いのほか真剣な声で念話が入った。

 

<違うよ、ヴァニラちゃん。プールの場所、例の地図で見てみて>

 

ミントさんと顔を見合わせると、アリサさんやすずかさんからは見えないようにジュエルシードの探索図を展開する。

 

<…あ>

 

プールがある場所は、赤い丸の1つで覆われていた。

 

<これって、早い方が良いよね? >

 

「良いね! うん、良いよ! なのはさん、それでお願い」

 

 

 

結局翌日の放課後はアリサさん、すずかさん、なのはさん、アリシアちゃんがプールに行くことになり、引率という建前で美由希さんに付き添ってもらうことになった。

 

一方私ははやてさん、ミントさんと一緒に病院に行き、プール以外の場所でのジュエルシード同時発動があった場合に備えておくことにした。こちらには恭也さんが一緒に来てくれることになった。

 

「実はプールの監視員のバイトを頼まれていたんだけど、捜索のこともあって断っておいたんだ。こうなるって判っていたら、バイトを受けておいても良かったかもな」

 

恭也さんは苦笑しながらそう言った。

 

「何だか振り回してしまったようですわね。申し訳ありません」

 

「いや、構わないさ。考えてみれば監視員の立場じゃぁ表立ってなのは達の手伝いは出来ないだろうし、バイトを断っておいて遊びに行くのも気まずいしね。却って良かったよ」

 

やがて海鳴大学病院に到着した。私とアリシアちゃんがこの世界に来て初めてお世話になった場所だった。まだ半年しか経っていないのに、随分と昔のことのような気がした。

 

はやてさんが外来棟にある受付機に診察券を入れると、担当医と番号がプリントされた紙が出てくる。これを持って、各科の受付に行くシステムだ。

 

「はやてちゃん、こんにちは」

 

神経内科の受付で、看護師さんが声をかけてくる。はやてさんも笑顔で挨拶を返しているので恐らくは顔馴染みなのだろう。やがてはやてさんの番号がモニターに表示された。

 

「ここからは中待合室や。折角ついて来てもろたけど、あまり大人数で入るのはどうかと思うし、そんなに時間もかからへんから、この辺りで待っとってもろてええ? 」

 

「ならヴァニラさんに付き添って貰って、わたくしと恭也さんがお待ちしましょうか」

 

ミントさんがそう言うのをそっと制した。恐らく医学的なお話しなら私が聞いた方が良いと判断したのだろうが、むしろ私達の年齢で医学的なお話が判る方がおかしいのだ。下手に相槌を打ってしまったり、専門用語が口をついて出てしまうことが無いとも言えない。逆に付き添うなら恭也さんか、ミントさんの方が適任である。そう小声で説明すると、ミントさんも納得したように頷いた。

 

「そう言うことでしたら、わたくしが付き添いますわ。ヴァニラさんと恭也さんは申し訳ありませんが、少々お待ち下さいませ」

 

「ああ、判った」

 

「そこの通用口から出ると中庭です。天気もええし、ちょっと散策してくるのもええと思いますよ」

 

はやてさんの言葉に恭也さんも微笑んで頷く。はやてさんとミントさんが中待合室に移動するのを見送ると、私達は通用口から中庭に出た。

 

「それにしても、随分と暖かくなったな」

 

「もうすぐ5月ですからね」

 

恭也さんと雑談しながら中庭を少し歩く。暫く歩くと、桜並木に出た。完全に葉桜になってしまっているが、良い日除けにはなってくれた。今くらいの時期は雨も少なく、良い天気が多い。尤も日照時間も長いので紫外線対策は必須なのだが、木陰にいるとむしろ爽やかな風が気持ち良かった。

 

少しだけ立ち止まって目を瞑ると、風が運んでくる新緑の香りが鼻をくすぐる。

 

「なぁ、ヴァニラちゃん。ジュエルシードの落下予測地点に、この病院は入っていなかったよな? 」

 

「え? ええ、ここは範囲外ですね。他の候補地も捜索はしているのですが、ただ探すだけだとなかなか…」

 

不意に声をかけてきた恭也さんにそう答えながら、何気なく彼の視線の先を追う。そこには桜の木の枝に、葉に隠れるようにしてカラスが1羽とまっていた。丁度カラスが首を捻ってこちらを向いた時、その嘴に咥えられたモノが光った。

 

「! ジュエルシードっ!? 」

 

幸いまだ発動はしていないが、カラスが発動させてしまったりすると厄介だ。空を飛ぶ相手に対して私が展開出来る結界はあまりにも効果範囲が狭く心許ない。

 

「でも…やらなくちゃ! ハーベスターっ」

 

≪Sure. Setup.≫【了解。セットアップ】

 

念のためバリアジャケットを身に纏う。万が一の時、すぐに飛べるようにするためだ。下手にバインドなどを使えば、拘束から逃れようとするカラスがジュエルシードを発動させてしまう可能性がある。出来れば自然に取り落してくれればいいのだが。

 

≪"Plasma Shooter".≫【『プラズマ・シューター』】

 

周りに人がいないことを確認した上で誘導弾を3発ほど生成して、カラスから少し離れたところを漂わせる。結界はギリギリまで使わず、いざとなったら認識阻害だけで飛行魔法を駆使するつもりだった。

 

カラスは誘導弾を興味深そうに眺めている。もう一押しだ。

 

「…ブレイクっ」

 

ぽんぽんぽんっと立て続けに誘導弾を弾けさせた。戦闘で使うようなものではなく猫騙し程度のものだが、効果は抜群だった。驚き、飛び去るカラスの嘴からジュエルシードが零れ落ちた。

 

「やった! 」

 

ホッとし、落ちてくるジュエルシードを封印しようとした瞬間だった。

 

ドクン!

 

胸を打つような魔力反応が発せられた。マズい、発動する! 咄嗟に恭也さんも巻き込んで、封時結界を展開した。次の瞬間、目の前にいたのは…

 

 

 

…巨大な毛虫だった。

 

 

 

「…ひぅっ!? 」

 

硬直していた私の方に、毛虫が巨大な身体を向けてきた。棘も含めた全身が緑色で、身体の中央に青い筋がある。一部先端がオレンジ色に染まった棘もあり、見るからに毒々しかった。

 

「…いや」

 

ジュエルシードの発動とは異なる、ぞくぞくした悪寒が体中を走る。

 

「…いやぁ」

 

不意に毛虫が棘の先端をこちらに飛ばしてきた。咄嗟のことで反応出来ない。

 

「疾っ!! 」

 

恭也さんの声が聞こえたと思った瞬間、棘が何かに弾かれて落ちた。次の瞬間、恭也さんは毛虫の身体に木刀を打ち付けていた。素早い動きで毛虫を翻弄しながら、2度、3度と打ち付ける。

 

「ヴァニラちゃん! 今だっ! 」

 

「いやぁぁぁぁぁぁーっ!! 」

 

恭也さんが叫んだ瞬間、私の中で何かが弾けた。気が付くと私はありったけの攻撃魔法を毛虫に叩きこんでいた。

 

 

 

「…それでこの状態になった訳ですのね。ヴァニラさん、もう毛虫はいませんわ。封時結界も解除して大丈夫ですわよ」

 

いつの間にかミントさんとはやてさんが結界の中にいた。封印するのも忘れてその場に残したままになっていたジュエルシードはミントさんが封印してくれたようだ。結界を維持したまま荒い息で膝をついていた私が改めて周りを見ると、まるで爆弾でも爆発したのかと思うほど酷い状況だった。

 

「…わたくしの中では、どちらかというとヴァニラさんは毛虫くらいでは取り乱さずに、つまんで葉っぱの上に乗せてあげるようなイメージだったのですが」

 

「うーん、せやけど毛虫っちゅうのは生理的に嫌がる女の子も多いしなぁ」

 

「さっきの毛虫はヒロヘリアオイラガの幼虫だな。確かに毒々しい色合いだし、気持ち悪く思っても仕方ないだろう」

 

私は平然と話をしている3人を呆然と眺めていたが、暫くすると漸くまともに思考できるようになった。

 

「あ…終わったの? 診察…」

 

「さっきな。したら急にぞわぞわーってした感じがあって。で、ミントちゃんが走り出してな」

 

「つい先ほど、なのはさんからも連絡がありましたわよ。プールで思念体が発生したらしいのですが、あっさり返り討ちにしたそうですわ」

 

何でもアリサさんやすずかさんには気取られることなく、アリシアちゃんのアドバイスを受けながら鮮やかに封印完了したらしい。毛虫に怯えてしまい、プールでのジュエルシード発動まで感知できていなかったことを少し恥ずかしく思った。

 

だが今でも目を閉じると、あの毒々しい色が目に浮かんでしまう。当分の間、葉桜の下を歩く勇気は持てそうになかった。

 

 

 

この日以来、私は毛虫が大の苦手になった。

 




夏休みの間、母の病院に行ったり、タブレットで他の方が書かれたWeb小説を読んだり、ソーシャルゲームに勤しんだり。。結構満喫していました。。(笑)
また今後ともよろしくお願いします。。

前回「次回あたり実感できるようなことを」と書きましたが、結局そこまでたどり着くことはできませんでした。。
その代りヴァニラはトラウマを1つ手に入れました。。本当は夜の学校捜索をしようと思っていたのですが、いろいろなWeb小説を読んでいるうちに「全部原作沿いにする必要ないよね!?」と思い始めて、結局オリジナルエピソードと差し替えました。。

まぁ、プールの話も本来原作(Origin)通りなら虎の話の前に当たる筈なんですけどね。。

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