なのはとヴァニラが虎の対処に向かった後、俺は改めて例の魔導師と向かい合った。
「テロリストのクセに、態々結界を張るなんて随分と手間をかけるのですわね」
「結界を展開しなかったら銃を使えないだろう? 今この世界で問題を起こすと後々厄介だしな」
ニヤニヤしながら男がこちらに銃を向けてくる。その時ふと結界の魔力パターンが、目の前の男が先日ブラマンシュで使っていた飛行魔法の魔力パターンと違っていることに気が付いた。恐らく、結界を展開した魔導師が近くに隠れているのだろう。到着する直前に感じた攻撃魔法も結界と同じパターンだったので気付くのが遅れたのだ。
意識して魔力を感知しようとしてみたのだが、気配は感じられない。だが結界を張ったのが目の前の男ではない以上、警戒しておく必要があった。
(認識阻害系の上位魔法でしょうか…厄介ですわね)
魔法で身を隠している魔導師も発見できるような強力な探索魔法があれば良いのだが、生憎とハイパー・エリア・サーチの改修は完了していない。今度ユーノと相談して隠蔽看破の術式も組み込んでみようと、頭の片隅で考えながら、錫杖形態のトリックマスターを構えた。
「さて、覚悟は出来たか? 今度は確実に仕留めてやる」
「何度やっても、返り討ちにして差し上げますわ」
拳銃のメリットは離れたところから攻撃が出来ることではあるが、逆に距離が近ければ弾速も早く、殺傷能力も高い。1発や2発撃たれただけなら身体強化だけでも躱すことは可能なのだが、至近距離で何発も撃たれた場合はそれも困難だ。まずは適性距離を保つ必要がある。
≪"Blitz Action".≫【『ブリッツ・アクション』】
短距離とは言え、高速で移動することで相手の視覚をも錯乱させるこの魔法はフェイトの得意技だ。相手の男が発砲するのと同時に男の背後に回り込んだ。だがフライヤーの一撃を加えようとした瞬間、男は飛行魔法で空中に飛び上がり、身体をひねってこちらに銃を撃ってきた。即座に高機動飛翔を行使して弾を躱しつつ、俺も空中に異動して男を追う。
「…よく背後にいることが判りましたわね」
「瞬間移動の後に死角に入りこまれているのは常識だろうが」
何だかんだ言いつつ、律儀に返事を返してくる男に若干違和感を覚える。距離を取って男を観察するが、ブラマンシュで戦った時と同じくデバイスを所持しているようには見えない。だが黒っぽいバリアジャケットは展開し、飛行魔法を行使している。男が使用できる魔法はこれらの他にはブラマンシュで俺を拘束するために使ったストラグル・バインドと…
(…そう言えば、わたくしはこの男がそれ以外の魔法を使用しているところを見たことがありませんわね)
フライヤーの射撃にしても、初級の防御魔法であるアクティブ・プロテクションすら展開させずに、全てを躱そうとしている。躱しきれずに掠ったり命中したりしても、とにかくバリアジャケット以外の防御魔法を使う素振りがないのだ。
(バリアジャケットの構築と飛行魔法、ストラグル・バインド…それ以外の魔法を使わない、或いは使えない…? )
再度、男の射撃をブリッツ・アクションで躱し、今度は男の直上に移動する。
「! 」
銃口はすぐにこちらを向いた。地上で背後なら即座に対応出来たとしてもおかしくはないが、360度の1点のみを看破するのは勘が良いというようなレベルではない。
(きっと隠れている魔導師が、念話か何かで位置を教えているのですわ)
俺の姿を目視しているのだとすれば、上空にいるよりも公園の木を遮蔽物にした方が戦局を有利に展開出来るだろう。男が撃った弾を躱し高度を下げると、俺は木々を縫うように飛びながら追ってくる男に対してフライヤーでの射撃を行った。
「! 今ですわっ! ブリッツ・アクション!! 」
木々の隙間をすり抜けて、三度男の死角に飛び込む。だが男の反応は矢張り早かった。これは視認しているのではなく、探査魔法を使用している可能性もある。
「馬鹿の一つ覚えのような戦術に早々ハマるかよ! 」
「そうですか…ではこれなら如何です? 」
もう一度ブリッツ・アクションで男の背後に回り込み、立て続けにブリッツ・アクションを行使して、正面に戻った。そして更に2度、3度と移動を繰り返す。
「なっ…くそっ! 」
さすがに俺の姿を追い切れなくなったようで、男はでたらめに銃を撃ち始めた。だがそんなものが命中するような幸運はそうそう有り得ない。なまじ威力が高い銃であるだけに、生木相手では跳弾も起こり難い。直ぐに弾切れを起こした様子で、男は手にした銃のグリップからマガジンを落下させた。
「今ですわ! フライヤー、最大出力! 」
フライヤーの直射弾は一撃で男を大きく仰け反らせ、続く2発目、3発目で確実に意識を刈り取った。フライヤー・ダンスは敢えて使用しない。周囲にまだ他の魔導師がいる可能性もあるため、出来るだけ消耗を避けようと思ったからだ。
気を失った男を捕縛しようと近づいた時、案の定俺の死角から魔力の高まりを感じた。発射された射撃魔法を難なく躱す。
「予め来ると判っていれば、回避もさして難しくはありませんわ」
射撃魔法が飛んできた方に注意を向けるが、その時には既に気配がない。念のためサーチャーを作成して、エリア・サーチをかけたところで、なのはとヴァニラが戻ってきた。
「ミントちゃん、大丈夫? 」
「お2人共、注意して下さいませ。まだ他にも魔導師がいる筈ですわ」
「…他にも? 」
ヴァニラが不思議そうな表情で聞き直してきた。
「そこに倒れている男の仲間…で…」
ふと見ると、先程倒したはずの男の姿は既に無かった。
「…まるでホラー映画ですわね」
尤もあのダメージで即回復するのは困難な筈なので、恐らく仲間が回収したというのが実情だろう。そしてこれだけの至近距離で気配を掴ませないのだから、かなり強力な隠蔽系の魔法の筈だ。更に言うなら射撃魔法を撃ってきた魔導師の方角からして、それとは別の術者がいたと考えるのが妥当である。
「…最低でも3人、ですか」
そう呟いた時、先程男が落下させた銃のマガジンが目についた。周囲に注意しながら拾い上げたところで、はやてから念話が入った。
<ミントちゃん、さっき恭也さんから翠屋宛に連絡があってな。今桜台公園の池の辺りにおるらしいんよ。例の結界、張っとるんやろ? 解除してあげて>
マガジンをトリックマスターに収納して周囲のサーチを続けるが、魔導師は見つからない。だが結界がまだ存在している以上、近くに術者がいる筈だった。
<はやてさん、この結界はテロリストの一味が張ったものですわ。わたくし達が解除することは出来ませんから、術者を探しているところです>
<…厄介なんやね。壊すこととか出来ひんの? >
はやてにそう言われて、なのはのスターライト・ブレイカーに結界貫通効果が付与されていることを思い出した。
「…術者を探すよりも手っ取り早いかもしれませんわね」
「何? 何かするの? 」
そう聞いてきたなのはの顔をじっと見つめた。
「なのはさん、先日練習していたっていう集束砲、ありますわよね? あれをここで撃ってもらえませんか? 」
「え? うん、行けるけど…大丈夫なの? 」
「丁度今はやてさんから念話があって、恭也さんが到着しているらしいのですわ」
「成程…結界を破壊するってこと」
ヴァニラの推測に首肯する。改めてなのはを見ると、彼女も大きく頷いた。
「判った。少し離れててね」
「ヴァニラさんは念のため集束砲自体に認識阻害の付与をお願い致します。わたくしはその間周囲を警戒しますわ。射撃魔法を撃てる魔導師がいるのは確認済みですから」
ヴァニラが頷き、なのはがレイジングハートを空に向かって構えると、足元に大きな魔法陣が現れた。それと同時に林の奥からまた射撃魔法が放たれる。だがそれらは悉く俺が作り出した空色のアクティブ・プロテクションによって防がれた。それらの残滓も含め、なのはは周囲の滞留魔力を集束して巨大なスフィアを形成していた。そして公園全体を囲うことが出来そうなほど大きな魔法陣がスフィアの周りに生成されていく。
「高町なのは、スターライト・ブレイカー、いっきまーすっ!! 」
次の瞬間、桜色の光が奔流となって放たれた。その衝撃の余波はあまりに凄まじく、立っているのがやっとの状態で目すら開けていられない程だったが、幸いそれはテロリスト達も同じだったようで、その間に攻撃されることは無かった。
余波が収まり目を開けると、結界は既に破壊されていた。周囲には疎らながら、一般人の姿も見える。認識阻害が功を奏したのか、特に騒ぎが起きたりはしていない様子だ。相変わらず魔導師達の気配はないが、結界が破壊された以上ここに留まるとは考えにくい。
「ありがとうございます、なのはさん。お疲れさまでした」
ヴァニラをお尻で押し倒したような形のなのはに手を貸し、立ち上がらせる。どうやらひっくり返りそうになったなのはを、ヴァニラが後ろに回って支えながら倒れたらしい。
「にゃ…ありがとう。あ、ヴァニラちゃん、ゴメンね。大丈夫? 」
「うん…大丈夫だよ。それより魔導師は? 」
「たぶん、撤収していますわ。ジュエルシードはわたくし達が確保して結界も破壊されているのに、この場に留まる意味はありませんわよ」
俺がそう言ってバリアジャケットを解除すると、なのはとヴァニラもふっと息を吐いてそれぞれバリアジャケットを解除した。一般人がいる中での早着替えは、認識阻害をかけていればこその芸当だろう。
その後、俺達は恭也さんと合流すべく、移動することにした。
=====
歩き始めてすぐに、辺りの空気が張り詰めるような感じがした。毎朝、高町家で感じる空気と同じだった。
「ミントさん…」
「了解ですわ。この先ですわね」
ミントさんに声をかけると、すぐに答えが返ってきた。
「何? どうしたの? 」
「この先で、恭也さんが戦っている可能性があるの」
なのはさんだけは事情が判っていない様子だったので、簡単に説明する。
「あ! そう言えば朝の道場と雰囲気が似てるかも! 」
なのはさんの言葉に頷き、再度セットアップしようとしたところで急に空気が弛緩した。
「…終わったのかな? 」
状況が掴めずに警戒していると、少し先にある林の中に続く小道から美由希さんが姿を現した。
「あれ? お姉ちゃん」
「あ、なのは! 丁度よかった。恭ちゃん、なのは達いたよ」
どうやら恭也さんと一緒に美由希さんも来ていたようだ。美由希さんに連れられて一緒に林の奥に入っていくと、そこには恭也さんの他に、倒れ伏した男が4人いた。全員気を失っているようだが、そのいずれからも魔力は感じられない。
「何人か逃げられた。気配の遮断が素人とは思えないレベルだったし、すぐに視認も出来なくなったから、魔導師が含まれていた可能性もあるな」
「恭也さん、こちらも先程、魔導師と交戦しました。私となのはさんはジュエルシードを封印していて実際に戦ったのはミントさんがメインですが、最低でも3人は居た様子です」
「そうか…判った。ありがとう」
倒れた男達の両手を背中に回し、親指同士をワイヤーのようなモノで縛りながら恭也さんが答える。
「何か、痛そう…」
自分がワイヤーで指を縛られる事態を想像してしまったのか、なのはさんが顔を顰めて呟いた。だが背中に回された親指同士を、特に第一関節と第二関節の間で縛るのは身体の構造上からも有効な拘束手段だ。これで足の親指も同じように縛られたら脱出はほぼ不可能だろう。
恭也さんが使っていたのは、丁度カテーテルに使われているガイドワイヤーと酷似していた。後で聞いたところ「鋼糸(こうし)」という武器の一種なのだそうだ。
「…これで良し、と」
男達を縛り終えた恭也さんが、携帯電話を取り出して電話を始めた。
「あぁ父さん。こっちの準備は終わったよ。…判った。これからなのは達を連れて帰るから」
そう言って電話を切った恭也さんが「じゃぁ行こうか」と私達を促した。
「あの、恭也さん。この人達は置いて行ってしまっても良いのですか? 」
「構わないよ。ちゃんと対応する人を呼んでもらったからね。尤もいつも通り黙秘なんだろうけれど」
詳しいことは不明だが、どうやら士郎さんの方でテロ対策のスペシャリストに伝手があるらしく、最近頻発している爆破テロについても情報を共有したりしているらしい。そしてそれによると過去に何度か捕えられたテロリストメンバーは悉く黙秘しているのだそうだ。
「まぁ、ここから先は専門家の仕事だ。本格的にテロリストが絡んで来たのなら、俺達も本腰をいれて対応しなくちゃな」
改めて士郎さんや恭也さんは何者なんだろうと思いながら、私達は翠屋に向かった。
その日の夜、高町家の食卓に、なのはさんの叫び声が響き渡った。
「えぇーっ、じゃぁ温泉旅行は無くなっちゃうの!? 」
「落ち着け、なのは。中止じゃなくて延期だよ」
ちなみに、はやてさんとミントさんも一緒にいる。一度八神家に帰ろうとしたのだが、士郎さんと恭也さんに「大事な話があるから」と引き留められたのだ。その内容はジュエルシード探索についてだった。
「すぐに集まるのなら良かったんだが、思った以上に難航している様子だし、先日ヴァニラちゃん達に見せて貰った予測地点は海にまで及んでいる。まだ大きな被害こそ出ていないけれど、地球規模の災害に発展する可能性があるものを放っておいて、温泉旅行なんて行っていられないからね」
「幸いまだキャンセルも間に合ったから、宿の方には連絡しておいた。忍には俺の方から連絡してあるよ」
「…本当にすみません。僕たちの所為で…」
ユーノさんは相変わらずフェレット姿だが、家の中だけなら自由に行動して良いという許可を桃子さんから貰っている。それにしても食卓で一緒にご飯を頂きながらしゅんと項垂れるフェレットは見ていて若干シュールだった。
「いや、これはこちらにも関係があることだから、君たちが気に病む必要はないよ。どうやら本格的にテロ組織が動き出したようだし、むしろ本題はここからなんだが」
士郎さんはそう言うとみんなを見渡した。
「はやてちゃんとミントちゃんには、時空管理局が到着するまでの2週間、うちに滞在して貰おうと思う」
「…はい? 」
「え…えっと、申し訳ありません、お話しが見えないのですが」
はやてさんとミントさんがほぼ同時に声を上げた。
「順を追って話そうか。まず現状でジュエルシードの探索が可能なのはミントちゃん、ヴァニラちゃん、なのはの3人だけだ。これはジュエルシードの発動を感じ取ることが出来て、尚且つある程度自分自身を護れる手段を持っていることが前提になる」
確かにはやてさんやアリシアちゃんは自衛という意味では心許ないし、戦闘力では私達を大きく上回るだろう恭也さんや美由希さんはジュエルシードの発動を感じ取ることが出来ない。そうすると矢張り捜索のメインは私達魔導師組ということになる。
「だけど今日の一件で、テロリスト達もジュエルシードを狙って動き始めていることが判った。姿を見せていない魔導師がいるということは恐らくまだ様子見の状態なのだろうけれど、動員している数もそれなりに多いし、これからもっと増える可能性もある」
そう言って士郎さんは私達を見つめた。
「いくら魔法が使えるからといって油断することは出来ない。複数の、それもテロを実行することすら厭わない人間に襲われた場合も想定して、単独での捜索は控えるべきだ。連絡は常に取り合って、万が一の場合は独断専行せず、必ず恭也か美由希も含めて3人以上のチームで対応すること。そしてそのためには…」
「…ええ。少なくともわたくしはこちらで連携した方が良いですわね」
「ミントちゃんだけじゃないよ。現場には出られないはやてちゃんやアリシアちゃん、ユーノくんには情報の取り纏めや、連絡の中継をお願いしたいんだ。恭也や美由希は念話が使えないからね。戦いはフォワードだけで行うものじゃない。ディフェンダーやミッドフィールダーもいてこそのチームだ」
あまり馴染みのない単語が出てきたような気がしたが、どうやらサッカー用語らしい。そう言えば今週末は翠屋FCの練習試合がある筈だった。なのはさん達は応援に行くと言っていたが、私は辞退してジュエルシードの捜索に当たった方が良いかもしれない。
「…まぁ、そういう訳だ。なのは達のバックアップをお願いするにあたって、はやてちゃんもミントちゃんも、ウチに滞在して貰った方がいろいろと都合が良いんだよ。どうかな? 」
「私は構いません…っていうか、お手伝い出来るんなら是非お願いしたいです。ミントちゃんもそれでええ? 」
「はやてさんがよろしいのなら、わたくしも異存はありませんわよ」
はやてさんはどこか少し嬉しそうな表情だった。なのはさんとアリシアちゃんも若干燥いでいる様子だが、これはお泊り会ではない。あくまでもジュエルシード探索のために効率の良い手段を取っているのだから気を引き締めてかかる必要がある。
「ほな、今日からよろしくお願いします…あ、着替えとか持ってこな」
「後で一度俺が付き添って家まで行こう。必要最低限の物だけ持って来てくれればいいよ。2週間なんて、あっという間さ」
恭也さんがそう言った途端、はやてさんがハッとしたような表情になった。
「なぁ、ミントちゃん。ジュエルシードが全部集まったら、ミントちゃんは魔法の世界に帰ってまうんやろ? ヴァニラちゃんやアリシアちゃんは? お迎えが来たら帰らなあかんの? 」
「あ…そっか、よく考えたらアリシアちゃんのお母さんが来るんだよね…」
なのはさんも少し表情を曇らせた。正直なところ私はまだどうするのかを決めかねていたのだが、魔法を教えかけのなのはさんを放って、ミッドチルダに戻るのは避けたかった。はやてさんに念話を教えるように提言したのも、原因不明の麻痺について魔力譲渡による暫定対応を提言したのも私だ。今ここで2人を中途半端に放り出してしまったら、私はミッドチルダに戻ってもそれが気になって何も手がつかない状態になってしまいそうだった。
「…なのはさん、はやてさん。2人に魔法のことを教えたのは私で、私には2人の行く末を見守る義務があると思うの。ちゃんと魔法を使いこなせるようになるか、それとも魔法のことは全部忘れて普通の生活を送ることにするのか…」
「忘れるなんて、イヤだよ! 」
突然、なのはさんが叫ぶように言った。
「折角、わたしにもやりたいこと、続けていきたいことが見つかったんだよ…諦めたくないよ」
「私もやね。前にも言うたけど、折角貰った素敵な記憶や。無くしとうないな」
2人共真剣な表情で私を見ていた。私はふっと息を吐いて、それから言った。
「…それなら私も出来るだけこっちに残る方向で考えてみるよ。本気で魔法を習うならミッドチルダに来た方が良いと思うけれど、最低でも義務教育、出来れば高校くらいはこっちで出た方が良いと思うから」
「! うん…うん! うん!! ありがとう、ヴァニラちゃん。わたし頑張るよ」
「じゃぁ、ママたちが来たら、何かいい方法がないか、聞いてみようよ。私も折角みんなとお友達になれたのに、お別れするのはイヤだし」
何と当然ミッドチルダに帰るものとばかり思っていたアリシアちゃんまで、そんなことを言い出した。驚く私に、アリシアちゃんは笑顔を返してきた。
「かぐや姫を力づくで護ろうとした朝廷の兵士は、月からの使者に逆らえなかったんだったよね? でも今回はちゃんとお話が出来る筈だよ。無理矢理連れ戻される訳でもないし、使者に対して攻撃するわけでもないんだから」
何度も読み返した絵本の内容に事態を例えるアリシアちゃん。だが確かにアリシアちゃんの言う通りだ。何かいい方法がないか、プレシアさん達に相談してみよう。そう考えただけでも、随分と気持ちが楽になった。
「さて、私達はそろそろ翠屋に戻るよ。恭也、はやてちゃんのこと、よろしくな」
「あぁ、任せておいてくれ」
いつもより随分と賑やかな夕食を終えると、士郎さんと桃子さん、美由希さんは翠屋に戻り、恭也さんがはやてさんの荷物を取りに行くのに付き添うことになった。
「わたくしも、一度戻りますわね。少々確認しておきたいこともありますので」
ミントさんもそう言って、恭也さんと一緒に八神家に向かうことになった。家に残ったなのはさん、アリシアちゃん、私の3人で洗い物を済ませ、はやてさんとミントさんが滞在する部屋の片付けをする。
「ゴメン。僕も手伝えれば良かったんだけど」
「仕方ありませんよ。ユーノさんの人間形態を禁止したのは私なのですから、そこは気にしないで下さい」
「ユーノくんは、今は身体を治すことを最優先に考えてね」
「…そうは言っても、もう体調は万全なんだけれどね」
どうやら苦笑しているらしい微妙な表情のフェレットに、少しだけ頬が緩む。
「リンカーコアの障害はあまり甘く見ない方が良いですよ。ダメージを受けすぎて魔法が使えなくなって、管理局をやめた、なんていう人もいるらしいですから」
以前お父さんがそのような話をしていたのを思い出しながら、そう言っておいた。
元々美由希さんが掃除などをしてくれていたそうで、部屋の片付けは然程時間をかけずに終えることが出来た。翌日の学校に備え、早めにお風呂に入ろうとしている私達に、ユーノさんが声をかけてきた。
「あの…すごく申し訳ないんだけど…後で僕もお風呂に入りたいんだ。洗面器で良いから、お湯を入れて貸してくれると嬉しいんだけど」
「え? 別に、一緒に入っちゃえばいいんじゃない? そうすればユーノくんのことも洗ってあげられるよ? 」
「あ…いや、あの、それは、ちょっと…」
ユーノさんはアリシアちゃんの申し出にしどろもどろになっている。年頃の男の子として恥ずかしがっているのだろう。
「アリシアちゃん、ユーノさんも今はこんな姿だけど、一応人間で同い年の男の子だからね」
「うーん、でも人間の姿は見ていないし、あまり実感がないんだよね」
「あ! それに最近出来たスーパー銭湯は10歳未満の子供は男湯でも女湯でもOKだって、クラスの子が言ってたよ」
基本的には小学校に上がったら混浴禁止とする地域が多いと思うのだが、確かに東京都の条例では10歳未満は混浴OKだった筈。どうやら海鳴の条例もそうなっているらしい。ちなみに私も恭也さんや士郎さんならともかく、それこそ10歳未満の男の子相手ではあまり恥ずかしいという気持ちも起きなかったので、そのまま成り行きを見守っていると…
「大丈夫、大丈夫。痛くしないから」
「綺麗に洗ってあげるからね~」
「……」
アリシアちゃんとなのはさんという、2人の美少女にがっちりホールドされて、ユーノさんはお風呂場に連行されたのだった。
前回出した伏線(というよりは個人的な疑問)を回収しておきました。。
でもヴァニラはまだ実感を持てていないでしょう。。次回あたりで少し実感できそうな事態を起こしてみようと思います。。
そして唐突ですが、夏休みをとることになりました。。
詳細は活動報告にも記載していますが、母親の転院に絡むことです。。
この期間中は恐らく執筆できないので、申し訳ないのですがまた少し休載しようと思います。。
次回の更新は8月9日を予定しています。。ご迷惑をおかけしますが、しばらくお待ちください。。