他愛もない日常のメロディー   作:こと・まうりーの

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第2話 「衝撃」

誰も、何も言えなかった。高町家の居間は、水を打ったように静まり返っていた。

 

「え、えっと…それって」

 

なのはさんが声を発したことで、漸く私も再起動出来た。

 

「ミントちゃんが、未来から来たってことにはならないのかな? 」

 

「なのはさん、時間は常に先に流れるの。未来に行くことは出来ても、過去に戻ることは出来ないんだよ」

 

前言撤回。私は完全に再起動した訳ではなかったようだ。自分でも訳のわからないことを言い出し始めている。いや、むしろ逃避していたのかもしれない。

 

「え? じゃぁ、タイムマシンは? 」

 

「理論的に不可能。タイムパラドックスっていうのがあってね。例えば私が過去に戻って、赤ちゃんだった時の私を殺したとすると、その時点で私という存在はいなくなるから、誰が赤ちゃんの私を殺したのか、っていうことになっちゃうの」

 

これには並行世界理論やら事象の強制力理論やらで反論している人達もいるようだが、話しがややこしくなってしまうので敢えて話題には出さないことにする。いずれにしても現時点で過去に戻る理論が確立されていない以上、私達が未来に来てしまったと考えるしかないのだ。

 

「えっと、取り敢えず続きを聞いても良いかな? 私とヴァニラちゃんが未来に来ているとして、それが『フェイト』っていう人とどう関係するの? 」

 

アリシアちゃんは私とは違って、正常に再起動した様子だった。だがそれも次のミントさんの言葉を聞くまでの間だけだった。

 

「フェイトさんのフルネームは『フェイト・テスタロッサ』。プレシア・テスタロッサさんの娘であり、アリシアさん、あなたの妹に当たる人ですわ」

 

アリシアちゃんは再び固まってしまった。以前から妹が欲しいと言ってはいたが、急に言われても対応しきれないのは当然だろう。そう言えばプレシアさんは大分前に離婚していた筈だが、再婚でもしたのだろうか。

 

「そっ、それにしても奇遇ですね。そんな20何年も経っているのに、プレシアさんの知り合い同士がこうして管理外世界で出会うなんて」

 

「確率としては天文学的な数字になりそうだよね…」

 

「そのプレシアさんという人がアリシアちゃんのお母さんなんだね。もしかしてミントちゃんって、ヴァニラちゃんのご両親のことも知っていたりするの? 」

 

なのはさんがそう口にした瞬間、ミントさんの雰囲気が変わったような気がした。そのまま黙ってうつむいてしまう。その態度から、彼女が私の両親について何か、それもあまり良くないことを知っているのだと悟った。

 

「ミントさん…もし何かご存知なのでしたら、教えて貰えませんか? 」

 

恐る恐るそう声をかけると、ミントさんの代わりにデバイスであるトリックマスターが言葉を発した。

 

≪I guess it is too hard to explain the situation for my master. I will tell you the fact instead if you want.≫【マスターは事情を説明するのが忍びない様子です。お望みでしたら私が代わりに説明しますが】

 

「トリックマスター…いいえ、大丈夫です。わたくしがお話ししますわ」

 

ミントさんはそう言うと、じっと私の顔を見つめた。

 

 

 

=====

 

「そんな…じゃぁヴァニラちゃんのご両親は、もう…」

 

俺が伝え聞いた限りのエスティアの事故のことと、エルセアで起きた交通事故の話を終えると、みんな絶句してしまった。俺は居た堪れなくなってしまい、もう一度俯くと言い訳をするように口を開いた。

 

「申し訳ありません。特にエスティアの事故についてはわたくしもお話を聞いただけで、詳しくは判らないのですわ…」

 

「いえ…それに両親のことはミントさんの所為ではありませんし、お気になさらず」

 

そう答えるヴァニラだったが、改めてその表情を見ると血の気が失せて真っ青に近い。

 

「ヴァニラちゃん…ごめんね、あの時私が無理にしがみついたりしなければ、もしかしたらこんなことにはなっていなかったかもしれないのに」

 

アリシアが気遣うようにそっとヴァニラの肩を抱くと、ヴァニラもアリシアを抱き返した。

 

「ううん。アリシアちゃんの所為でもない。むしろアリシアちゃんがいてくれたおかげで、虚数空間に落ちなかった可能性だってあるの。だから自分を責めたりしないで」

 

それよりも、とヴァニラは俺の方を向いて言った。顔色は相変わらずだったが、口調ははっきりとしている。

 

「ロストロギアを探すのが優先なのでしょう? 私も封印魔法は使うことが出来ます。幸い今日は日曜日で学校もありませんから、すぐにでも探索に向かえます」

 

「ですが…」

 

言いかけた俺の肩に、高町士郎さんが手を置いた。

 

「じゃぁヴァニラちゃん、一足先に捜索を開始してくれるかい? 恭也と美由希はお昼までは翠屋で、状況を見て午後から捜索に参加だな」

 

「はい…ありがとうございます」

 

ヴァニラは呟くようにそう言うと、部屋を出て行った。

 

「すまないな、ミントちゃん。彼女は今、少し一人になる時間を欲しがっている様子だったからね」

 

士郎さんはそう言うと、少しだけ寂しそうに微笑んだ。

 

「さて、じゃぁそのロストロギアというものがどういう物なのか、形状や色などを教えて貰っていいかな? 」

 

恭也さんにそう言われて初めて、捜索対象について全く説明していなかったことに気が付いた。ヴァニラは聞かずに出て行ってしまったが、今は捜索よりも気持ちを整理することを優先させた方が良いだろう。

 

「ヴァニラちゃんには後であたしから伝えておくね」

 

「ありがとうございます。ロストロギア…ジュエルシードについては、僕から説明します」

 

ユーノがジュエルシードの形状について説明をすると、アリシアが少し考えるような素振りを見せた。

 

「それって、昨日ミントちゃん達が落ちてきた時に、一緒に落ちてきた隕石みたいなのだよね? 確かヴァニラちゃんが1つ封印していたよ」

 

「そうか、ありがとう。全部で21個ある筈なんだ。だからあと20個…テロ組織よりも先に集めなくちゃ」

 

すると、それまで黙っていたなのはが何かを決心したような表情で口を開いた。

 

「あの! わたしにも何か手伝えないかな? わたしにも一応魔法を使う素質はあるみたいだし、ミントちゃん達を助ける力があるなら、お手伝いしたい! 」

 

「でもなのはちゃんはデバイスを持っていないし封印術式も無いから、出来るのは本当に探索だけくらいだと思うけれど」

 

アリシアが申し訳なさそうに言う。正直、地球の小学校3年生であるなのはは俺達とは違って、正規の魔導師としての教育を受けていない。だがヴァニラが既にある程度のことは教えている様子で、原作よりも魔法に関する知識があるのは間違いなかった。

 

ふと、シャトルのハッチを吹き飛ばした桜色の魔力が頭を過った。あれがもしなのはの砲撃だとしたら、その威力は相当なものだ。

 

「あの、なのはさん、もしかしてわたくしが落ちてくる直前に、砲撃か何かを撃ちました…? 」

 

「え…っと、うん。ヴァニラちゃんやアリシアちゃんと一緒に砲撃魔法の練習をしたよ」

 

矢張りそうだった。だが、ただの砲撃にしては威力があり過ぎた気がする。その疑問に答えたのはアリシアだった。

 

「うん、集束砲だよ。うっかり結界を貫通させちゃって…あ、まさかミントちゃんを撃ち落としちゃったの!? 」

 

「いいえ、逆に助かったクチですわ。捕まっていたテロ組織のシャトルから脱出できたのですから」

 

明らかに安堵の表情を浮かべるなのはとアリシアを見ながら、俺は内心驚愕していた。なのはの集束砲といえばスターライト・ブレイカーだろう。これは本来、フェイトとの戦いの中で編み出されるもので、しかも結界貫通効果が付与されるのはA's以降だった筈だ。なのはの魔法戦闘力は間違いなく原作よりも上を行っている。

 

士郎さん、恭也さん、美由希さんを見ると、無言で頷かれた。なのはに対する信頼か、サポートすることへの自信の表れかは判らないが、なのはが魔法を使うことに対して、全員が了承している様子だった。

 

「ユーノさん、彼女にも手伝って貰った方が良いと思いますわ」

 

それは打算だった。テロ組織よりも早くジュエルシードを入手するには人手が欲しい。俺は危険があることを承知の上で、なのはを巻き込むのだ。そんな自分に多少嫌悪感を抱きつつ、ユーノに語りかけると、ユーノはそれだけで俺の意図を察してくれた。

 

「なのはさん、だっけ? 僕は暫く魔法を使うことが出来ない。ヴァニラにも止められているしね。だから暫くの間、僕の代わりにこのデバイス…レイジングハートを使って欲しいんだ」

 

「え…いいの!? あ、でも確かデバイスは所有者に最適化されているってヴァニラちゃんに聞いたけど」

 

「管理権限があれば、新規使用者設定が出来る筈だけど…もしかしたら、彼女のデバイスは管理者が別にいるのかもしれないね」

 

念のために一度庭に出て、なのはに新規使用者としての権限を付与する。だが矢張り光の柱が立ち上るようなことは無かった。どうやら確りと魔力をコントロールできているようだ。

 

「ありがとう、ユーノくん。レイジングハート、暫くの間よろしくね」

 

≪All right. I will support you as much as I can, Nanoha.≫【了解です、なのはさん。出来る限りサポートします】

 

なのはのバリアジャケットは矢張り聖祥の制服をモチーフにしたのだろう。白地に青いラインや赤いリボンがあしらわれたその服は、見覚えのあるものだった。

 

「なのはが探索に出るなら、サポートは恭也に任せよう。何かあったら翠屋に連絡を入れるんだぞ」

 

「ああ、任せてくれ」

 

「お父さん、ありがとう! お兄ちゃん、よろしくね」

 

嬉しそうに恭也さんと出かけるなのはを見送ると、俺も動くことにする。魔法が使えない上、リンカーコアの回復が優先されるユーノには部屋で大人しく寝ていてもらうことにし、アリシアがその面倒を見てくれることになった。

 

「午後になったらあたしもサポートに回るけど、それまではちょっと我慢してね」

 

美由希さんはそう言うと、士郎さんと一緒に家を出た。恐らく翠屋に向かうのだろう。連絡を取る場合はユーノを介して貰えば良い旨をアリシアに伝え、俺もジュエルシード探索のために高町家を出た。

 

 

 

=====

 

家を出た私は暫くの間あてもなくふらふらと歩きまわっていたが、気が付くと桜台公園の、いつもの高台に来ていた。日曜日の午前中ということもあって、公園にはそこそこの人がいたが、高台の方には誰も来ていなかった。

 

「嘘、だよね…」

 

思わず呟いてみたが、ミントさんが嘘を吐く理由もないことは判っていた。彼女の話によれば、お父さんは11年前に、お母さんは3年前に他界したらしい。半年前まで元気だったイメージが強いため、全く実感が湧かなかった。

 

「お母、さんに…心配かけて…ごめんなさいって…」

 

言えなかったな。そう思うと涙が溢れてきた。お父さんとの最後の会話も、通信で冗談を言ったきりだった。まさかあの冗談が本当になってしまうなんて、思ってもいなかった。

 

ベンチに腰掛けたまま俯いていると、涙が後から後から零れてスカートを濡らしていった。ふと、涙で歪んだ視界の隅に人影が映ったような気がして、咄嗟に封時結界を展開した。結界は鳥のさえずりや風が運んでくる街の喧騒も消し去る。静かになった世界の中で私の孤独感は却って膨れ上がってしまい、改めて両親を失ってしまった悲しみが押し寄せてきた。

 

「う…ひくっ、くぅ、ぅあああぁぁぁぁっ…! 」

 

私は本当に久しぶりに、声を上げて泣いた。

 

どのくらい経ったのだろう。随分と長い時間泣いていたような気もするが、その割に喉が嗄れていないことから、もしかしたらほんの少しの間だったのかもしれない。ふと我に返ったのは、まるでブランコが軋むような「きぃ…」という音が聞こえたのと人の気配がしたこと、そして私の頭を優しく撫でるような感覚があったためだった。

 

封時結界を展開しているのだから、なのはさんかミントさんが来たのだろうと思った。恐らく散々泣いていたため、こんな近くに来られるまで気付かなかったのだろう。少し照れ臭く感じた。

 

だが顔を上げた瞬間、私は固まってしまった。そこにいたのはなのはさんでもミントさんでもなく、大晦日に中丘町で出会った、あの車椅子の少女だったのだ。

 

 

 

「…っ!! 」

 

「ああっ、待って妖精さん! 逃げんといて! 」

 

フリーズから復活した途端、私は少女から距離を取ろうとしたのだが、彼女は私の腕にしがみ付いてしまった。無理に振り解こうとするとバランスを崩して車椅子ごと倒れてしまいそうだったため、私は諦めてもう一度ベンチに腰を下ろした。

 

「…もう、逃げませんから…腕を放してもらえませんか? 」

 

「ホンマ? ホンマに逃げへん? 」

 

大晦日には一度逃げた。今も腕を掴まれなければ逃げていただろう。少女の方でもそれが判っているのか、なかなか手を放してくれない。私はふっと溜息を吐いた。

 

「そもそも、妖精って何ですか? 私は普通の人間ですよ」

 

「あんな、普通の人間は空飛んだり急に消えたりせぇへんよ。髪もこんな綺麗な翠色で。普通の人間? ないわー、ないない」

 

改めて少女を見る。丁度私やなのはさん達と同じくらいの歳だろう。なのはさんより少し暗い茶色の髪を可愛らしいボブカットで纏め、左側をヘアピンで留めていた。少しだけ青みがかった大きな瞳で私のことを見つめている。

 

「それより、何や泣いとったやろ? 悲しいことでもあったん? 妖精の国から追い出されたとか? 」

 

矢張り一部始終を見られていたらしい。恥ずかしさで顔が熱くなった。

 

「…いい加減、妖精から離れて下さい。私はヴァニラ・H(アッシュ)といいます。魔導師ではありますが、妖精ではありませんよ」

 

「そっかぁ、魔法少女やったんやね! 私は八神はやてや。それにしてもヴァニラちゃん、ヴァニラちゃんかぁ…どっかで聞いた名前やけど…」

 

まさかこの子も転生者なのだろうか、と一瞬ヒヤッとしたのだが、八神と名乗った少女の口から出てきた言葉は想像をはるかに超えていた。

 

「あぁ、そうや。図書館ですずかちゃんに聞いたお友達の名前がヴァニラちゃんやった! まさかすずかちゃんのお友達が魔法少女やったとは! 」

 

何故すずかさんと八神さんに接点が、とも思ったのだが、そう言えばすずかさんは以前からよく風芽丘図書館を利用している口振りだった。中丘町からも近いため、2人が図書館で出会っていてもおかしくはない。それよりも、八神さんの口からすずかさんに情報が漏洩してしまうことだけは避ける必要があった。

 

「…お願いですから、その『魔法少女』というのも止めて下さい…それからすずかさんって、月村すずかさんですよね? 彼女にはこのことは内緒にして貰いたいのですが」

 

「えー、何で? カッコええやん。ってか、すずかちゃんこのこと知らへんの? 」

 

私は溜息を吐きながら、八神さんのような人が少数派であることや大半の人が自分達とは異なる人間を排除するであろうことを説明した。

 

「魔法のことを知っているだけで、八神さん自身にも危険なことがあるかも知れないんですよ? 本当なら記憶を消してしまいたいところなのですが…」

 

「えーっ、さすがに折角の記憶を消されるんはいややなぁ…」

 

「まぁ、私は記憶操作の魔法は知らないですし」

 

「何や、脅かさんといて。うん、判った。すずかちゃんには内緒にしといたるわ。あと、私のことははやてって呼んで」

 

一応すずかさん以外の人にも内緒でお願いします、と念を押しておく。魔法については極力秘匿すべきことなのだ。

 

「それで? さっきの質問にまだ答えて貰っとらんのやけど? 」

 

八神さん改めはやてさんの言葉で、再び喪失感が襲ってきた。だがはやてさんと会話をしていたおかげでかなり気も紛れていて、今度は泣くほどではなかった。少しだけ迷った後、私ははやてさんに大まかな事情を説明することにした。

 

「実は事情があって長いこと家に帰れていなかったのですが、その間に両親が他界していたことが判って…」

 

「そっか…ゴメンな、ちょっと無神経やったわ」

 

「いえ…」

 

少し気まずい雰囲気になって、2人して黙り込んでしまった。封時結界が周りの音も消しているため、本当に何の音も聞こえない。

 

「な、なぁヴァニラちゃん。このあたりの景色ってやっぱり魔法なん? まるで時間が止まってしもたみたいやけど」

 

「封時結界です。簡単に言えば、魔力を持たない普通の人が入ってこれない、人払いの結界のようなものです」

 

「ふーん…そんなものがあるんやね…って、私、入れとるよ? 」

 

「あぁ、それははやてさんにも魔力が…」

 

失言だった。はやてさんは期待に満ちた目で私を見て、そして声を上げた。

 

「なぁなぁ! それって私にも魔法が使えるってことやろか? 」

 

両親のこともあって、精神的に参ってしまっていたのかもしれない。だが今更口を滑らせたことを後悔しても遅いだろう。

 

「ええ、そうですね。素質はあると思いますよ…」

 

相変わらずはやてさんから感じる魔力はあまり大きくは無い。これではそんなに大がかりな魔法は唱えられないかもしれない、と思いつつ改めてはやてさんのリンカーコアを感じられるように集中した。

 

「…!? 」

 

「ん? どないしたん? 」

 

はやてさんのリンカーコア容量は、むしろ下手をしたらミントさんよりも多いのではないかと思われた。だがそこから感じられる魔力が異様に少ないのだ。

 

(何だろう、これ…魔力が漏れ出している…? ううん、違う。まるで何かに吸い取られているみたい)

 

今までに読んだミッドチルダの医学書や魔導書の知識では、当てはまる症状は無かった。明らかに不自然な状態で、何が起こるか判らないという観点からも、この状態のまま魔法を行使することは躊躇われた。

 

「ヴァニラちゃん? おーい? 」

 

掛けられた言葉に、ハッと我に返る。はやてさんは心配そうに私を覗き込んでいた。

 

「あ…ごめんなさい。少し驚いてしまって」

 

私ははやてさんの魔力が異様に減少していることと、その原因は判らないものの、今のままの状態で魔法を使うのは避けた方が良いだろうということを伝えた。

 

「そっか、残念やけど…まぁヴァニラちゃんがそう言うなら、使わん方がええんやろなぁ」

 

「あ、でも念話くらいなら大丈夫かも」

 

はやてさんがあまりにも残念そうに言うので、また口が滑ってしまった。だが確かに魔力消費が殆どない念話なら、使っても然程問題は無いように思う。

 

「念話? それも魔法なん? 」

 

「ええ、声を出さずに魔導師と会話ができる…」

 

≪Caution. Magical power has been detected. It is behind you.≫【警告。魔力反応を感知。背後です】

 

はやてさんに念話の説明をしようとしたところで、ハーベスターが警告を発した。それと同時に私はざわめくような気配を感じて後ろを振り返った。茂みが大きくガサッと揺れ、そこから何かが現れる。

 

「な…なぁ、ヴァニラちゃん…あれ、何やの? 」

 

「ごめんなさい、判りません。結界内に入っている以上、魔力を持っているもののようですが」

 

それは本当に「何か」としか形容できないモノだった。低いうなり声をあげてこちらを睨みつけている。攻撃をする気満々なのは明らかだった。

 

「はやてさん、少し下がっていて下さい。ハーベスター、セットアップ! 」

 

一瞬でバリアジャケットを身に纏うと、ハーベスターを錫杖形態にする。

 

「おお~っ、ホンマに魔法少女や! 」

 

少し後ろに下がったところではやてさんが感嘆の声を上げた。魔法少女は止めてと言ったのに、と頭の隅で思いながらも今は目の前のモノに集中する。

 

≪Scan has been completed. I guess it is the kind of substantial intellection, and holds 2 magical cores. These might be the Lost Logia, which Mint is looking for.≫【スキャン完了。恐らく思念が実体化したものかと。魔力核と思われるものを2つ確認。ミントが探しているロストロギアの可能性があります】

 

ハーベスターがそう言うのと同時に、その思念体は触手のようなものを鞭のように振り回して攻撃してきた。

 

≪"Round Shield".≫【『ラウンド・シールド』】

 

複数回にわたる攻撃を、翠色の盾が受け流していく。思念体の触手が、さっきまで私が座っていたベンチを粉々に粉砕した。

 

「っ! ありがとう、ハーベスター。プラズマ・シューター、行くよ」

 

幸い思念体の狙いは私だけのようで、はやてさんの方には全く攻撃が行っていない。私は攻撃を躱しながらシューターを生成して、思念体への反撃を開始した。だがこれはあくまで牽制だ。本命は…

 

「フォトン・ランサー! 」

 

プラズマ・シューターに紛れて生成しておいたフォトン・スフィアから2発立て続けに直射弾を発射する。魔力の槍は思念体を大きく削ることに成功した。

 

「ライトニング・バインド! 」

 

思念体の真下に魔法陣を生成し、バインドで拘束する。後は魔力核を封印さえすれば、思念体は実体を保っていられなくなる筈だ。

 

≪Sealing mode.≫【封印モード】

 

ハーベスターを封印形態にして思念体に近づく。その時、一際大きく暴れた思念体の触手が地面を叩き、弾かれた石が複数、はやてさんに向かって飛んで行った。

 

「ひゃっ!? 」

 

「っ! プロテクション!! 」

 

アクティブ・プロテクションで石を防ぐ。それは何とか間に合ってはやてさんに怪我は無かったのだが、一瞬の隙をついて思念体がバインドを解除して逃走した。

 

「あっ、ヴァニラちゃん、逃げたで! 」

 

幸い今までは封時結界の中で戦っていたので周りへの影響は無かったのだが、結界魔法にあまり適性がない私が展開したものであるため、結界自体の範囲は非常に狭い。このままだとすぐに結界の外へ逃げられてしまうだろう。

 

瞬時に頭の中で計算する。射程がそれほど長くないシューターでは追いつくのが難しい。ランサーはいけるかもしれないが、直射弾は少し離れると命中精度が落ちてしまう。

 

「ハーベスター! 確かディバイン・バスターの術式、記録してたよね!? 」

 

≪Yes, but you do not have much aptitude for buster magic. The power will be less than half of Nanoha.≫【はい。ただマスターには砲撃の適性があまりありませんので、威力はなのはの半分以下でしょう】

 

「それでも、当たればいいよっ!」

 

≪All right. I am transitioning to buster mode.≫【了解。砲撃モードに移行します】

 

砲撃ならランサーと違って効果範囲が広い。仮に直撃しなくても半径数m内にいれば巻き込める筈だ。私は砲撃モードに変形したハーベスターを構えると、思念体をロックした。ハーベスターの先端を囲むように複数の魔法陣が、そして足元に一際大きな魔法陣が描き出される。

 

「行っけぇぇー!! 」

 

≪"Divine Buster"≫【『ディバイン・バスター』】

 

トリガーを引くと翠色の砲撃が思念体に向かって発射され、それは結界を抜けるギリギリ手前で見事に思念体を捉えた。

 

「ふぅ…」

 

思念体が消えて、後に魔力核になっていた青い石が残っているのが確認できた。なのはさんの半分以下の威力とはいえ、思念体を倒すには十分すぎる威力だったようだ。私ははやてさんにはその場で待ってもらい、ミントさんが探しているロストロギアであろうその青い石を封印することにした。

 

≪Sealing mode, internalize number 20 and 21.≫【封印モード、20番、21番収納】

 

表面にXX、XXIの文字が浮かび上がる。

 

「昨日の石と同じだね…あの隕石みたいなのがロストロギアだったんだ」

 

青い石をハーベスターに取り込ませると、私ははやてさんのところに戻った。

 

「あー、びっくりしたわー。何やイメージしとった魔法少女とは随分違うたけど、カッコ良かったで」

 

「…お願いします。その『魔法少女』は本当に勘弁して…」

 

 

 

その後バリアジャケットは解除し、ハーベスターも待機モードのペンジュラムに戻した。封時結界を解除すれば、壊れてしまったベンチ等も元通りだ。

 

「魔法って、便利なんやね」

 

「ですがさっきも見て貰った通り、圧倒的な暴力にもなります。はやてさん、人は基本的に異質なものを拒むんですよ」

 

「そやね…さっきヴァニラちゃんが言うとったことも何となく判る気がするわ」

 

ふと公園の時計に目をやると、丁度正午を過ぎたところだった。

 

「…あんな、ヴァニラちゃん。実は私、ちょっと前までずっと人生を悲観しとったんよ」

 

急にはやてさんがそんなことを言い出した。

 

「私もヴァニラちゃんと同じで、事故で両親を亡くしとってな。おまけに足は動かへんし、病院で診て貰っても原因不明や。何やもう、どうでもよくなってしもてな」

 

私は黙って、はやてさんの独白を聞いていた。それによると、はやてさんはずっと長いこと両足の麻痺を患っており、学校は休学中。病院には通っていたものの治療に積極的にもなれず、病院に行く時以外は出掛けることも殆どせず、引き籠りのような生活を送っていたらしい。

 

「でもな、去年の大晦日にヴァニラちゃんを見た時にはホンマ驚いた。で、妖精さんやーって思ったらすっごく嬉しくてな。きっと神様がちょっとだけサービスしてくれたんやって思った。それから少しだけ、生きて行くのも楽しいかなって思うようになって」

 

そう言いながらはやてさんは私の方を向いてにっこりと笑った。

 

「それからやな。あちこち自主的に出かけるようになったんは。そんで図書館ですずかちゃんとも知り合うて、お友達になれた。主治医の先生も最近明るくなった、って喜んでくれとる。ええことずくめや。ヴァニラちゃんは私にとって幸運の女神やったんかもな」

 

「…そんなことは、ありませんよ」

 

持ち上げられすぎて、顔が熱くなるのを感じた。

 

「今日魔法のことも知って、余計人生が楽しくなったわ。なぁヴァニラちゃん、私ともお友達になってくれへん? 折角やし、これからもいろんなお話ししたいわ」

 

案ずるより産むが易し。はやてさんに出会うことを避けてばかりいないで、もっと早くに話をしていれば悩むことも無かったのかもしれない。なのはさんやアリシアちゃん達ともいいお友達になれそうだし、紹介も兼ねて一緒に帰ることにしよう。

 

「そうですね。じゃぁ折角ですから、一緒にお昼ご飯でも如何です? 翠屋っていう、とっても美味しいお店があるんですよ。紹介したい人もいますし」

 

両親のことで、高町家の人達にも心配をかけたことだろう。思い出せば矢張り悲しいし、寂しい。一人でいる時は泣いてしまうこともあるかもしれない。それでも今なら…みんなの前でなら、普通に笑顔を浮かべていられるような気がした。

 




先日Original Chronicleを購入したのですが、思った以上に資料として役立ちそうだったので助かります。。特にレイジングハートのセリフとか。。(笑)

そしてはやてさんは本格的に登場していきなり魔法バレしてしまいました。。でもこのシーンは年越しのお話を書いた時からずっと書きたかった部分なので、ちょっと嬉しいです。。

引き続きよろしくお願い致します。。

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