第1話 「邂逅」
「ヴァニラちゃん…? ヴァニラちゃん! 」
アリシアちゃんが何度か私の名前を呼び、それではっと我に返る。
「あ…アリシアちゃん、ゴメン。ちょっと驚いちゃって」
「ねぇ、この子達、どうしようか? 」
アリシアちゃんの問いに、改めて青い少女を見つめる。どうもこうも、このまま高台に放置しておくわけにもいかないだろう。かといって、勝手な判断で高町家に連れ帰るのもどうかと思う。
「あ、なのはさん! 士郎さんに連絡取って貰っていい? 」
「ふぇっ!? あ…うん、そうだね」
なのはさんが携帯電話で翠屋に連絡を入れ、簡潔に事情を説明しているのを聞きながら、ふと青い少女が持っている杖に意識が向いた。
「ミッド式のデバイス…同系の魔導師だよね? インテリジェント・デバイスならこっちの言ってることも判るかな? 」
デバイスにミッド語で語りかけてみたが、反応がない。
「ハーベスター、どう? 」
≪I think she is on the way of repairing her function due to some kind of problem.≫【どうやら現在何らかのトラブルにより自己修復中のようです】
自分のマスターを守るためにも、まずは自身の修復を優先させているのだろう。
「ヴァニラちゃん、大丈夫だよ。自宅の方で休ませてあげてって」
「ありがとう、なのはさん。じゃぁ行こうか。あ、アリシアちゃんはそっちのフェレットを抱いてあげて」
「オッケー。うわぁ、温かい」
フェレットやうさぎのような小動物は発汗して体温調節することが出来ないのだが、概して体温は高めである。そのため温かく感じるのだろう。
「なのはさん、身体強化して手伝ってくれる? 1/10で良いから」
「うん! 」
なのはさんと2人で、両側から支えるようにして少女を運んだ。少女のデバイスは、フェレットを抱いたアリシアちゃんに一緒に持ってもらった。
家に戻ると、まず少女を私のベッドに寝かせた。デバイスは枕元に置いておく。
「フェレットは…どうしよう、ベッドじゃない方が良いかな? 」
「あ、わたしの部屋に丁度良いサイズのバスケットがあるんだ。持ってくるね」
そう言ってなのはさんが持ってきてくれたのは円形のラタンバスケットだった。底に折りたたまれたタオルが敷いてあり、フェレットには丁度良いベッドになりそうだ。
「どうかな? 」
「うん、丁度良いみたい」
アリシアちゃんがフェレットを中に入れ、布団代わりのタオルをかける。
「良かった。そっちの子はどう? 」
「さっき高台で簡易スキャンをした時にも外傷は特に見当たらなかったし、一時的な意識障害だろうから、時間が経てば自然に目が醒めると思う…」
そう言いながら少女が寝ているベッドを見た私は、違和感を覚えた。少女の様子は特に変わってはいないのだが、枕元にアンティーク・ドールが1体置かれている。そこはさっき、少女のデバイスを置いた場所だった。
「え…あれ!? 人形!? 」
≪It may be the standby mode. I think that repairing is going smoothly.≫【恐らく待機モードでしょう。修復は順調のようです】
ハーベスターが様子を説明してくれた。
「すごーい。お人形さんが待機モードって、かわいいね」
アリシアちゃんは目をキラキラさせながらそう言うが、「だるまさんが転んだ」状態でいきなり錫杖形態のデバイスがアンティーク・ドールに変わったりしたら、それは驚くというものだ。
≪Hello, everyone. Nice to see you.≫【こんにちは、初めまして】
「ひゃいっ!? 」
急にそのアンティーク・ドールから声をかけられて、変な声を上げてしまった。見た目に相応しい可愛らしい女性の音声だったのだが、あまりにも急だったため心臓が激しく動悸する。深呼吸をして何とか落ち着かせた。
≪First of all, thank you very much for saving us. I really appreciate. My name is Trick Master.≫【まずは助けて頂きありがとうございます。感謝します。私はトリックマスターです】
「いえ、どういたしまして…それで、こちらの方が貴方のマスターで良いのですか? 」
≪Yes, you are right. She is my master, and her name is Mint Blancmanche. Pleased to make your acquaintance.≫【その通りです。彼女が私のマスター、ミント・ブラマンシュです。どうぞお見知りおき下さい】
予想していたためか、あまり驚きは無かった。もしかしたら私と同じように転生したのかもしれないと思うと心が騒いだが、呪いのことを考えると安易に話す訳にもいかない。「ギャラクシーエンジェルのヴァニラ」を知っている人だとすると少し恥ずかしい気もするが、それと同時に「ギャラクシーエンジェルのミント」の姿をした彼女の存在を何故か心強く思った。
「よろしく…私はヴァニラ・H(アッシュ)です。それと私のパートナーで、ハーベスター」
≪Nice to see you.≫【初めまして】
「わたし、高町なのは! よろしくね」
「アリシア・テスタロッサだよ。よろしく~」
口々に自己紹介をしていると、いつの間にかアンティーク・ドールと話をしているという異様な光景にも違和感がなくなっていた。
≪Testarossa... Oh, I see.≫【テスタロッサ…なるほど】
「ん? 私の名前がどうかした? 」
≪Just I know someone who is your look-alike. It will be much more fun if you see my master face to face.≫【あなたにそっくりな知り合いがいます。あなたと直接お会いした時のマスターの反応が楽しみです】
「え? そうなの…? 」
≪It was a slip of my tongue. Please ignore. By the way we are lucky to be saved by little girls like you.≫【失言でした。ご放念下さい。それよりも、貴女方のような幼女に助けて貰えたのは幸運でした】
「……」
不思議なデバイスだった。ハーベスターでもここまで冗談を言ったり、ふざけたりすることは無い。AIとして相当熟成されているのだろう。
「ところで、貴女達はどうして空から落ちてきたのですか? 」
≪You would better to ask my master regarding this issue. I guess she is getting up.≫【それはマスターに直接伺った方が良いかと。そろそろ覚醒しそうです】
トリックマスターの言葉で、私達は一斉に少女を見た。琥珀色の瞳がゆっくりと開かれた。
=====
目を醒ますと、目の前には珍しく可愛らしい服を着たフェイトがいた。心配そうな表情で俺のことを見ている。
「フェイトさん…ここは…? 」
ゆっくり起き上がろうとすると、頭が少しずきずきと痛んだ。それと同時に記憶が蘇ってくる。俺はテロ組織のシャトルから脱出したは良いものの、そのまま気を失って墜落してしまった筈だった。
「わたくし…生きていますわね。それにフェイトさんがいらっしゃるということは、もしかしてアースラが救助に来てくれたのですか? 」
「ふっ、ふぇっ!? 」
何やら妙なリアクションをするフェイトに、違和感を覚える。魔力が全く感じられないのだ。
「フェイトさん…リンカーコアが…? 」
「え、えーと、私はアリシア! アリシア・テスタロッサだよ。フェイトっていうのがさっきトリックマスターが言っていた私のそっくりさんかな? 」
「え…」
アリシア・テスタロッサというのは、26年前に行方不明になったプレシアさんの娘の名前だった。ぎぎぎ…という擬音をたてるような感じで辺りを見回すとそこはアースラの船内ではなく、どちらかといえばクラナガンのものに近い個人宅の部屋のようだった。アリシアを名乗った少女の他に2人、同じような年頃の少女がいる。
そのうち片方の少女はどう見ても「高町なのは」だった。もう1人の少女は翠色のセミロングヘアにフェイトと同じような赤い瞳をしている。どこかで見たことのある容姿だったが、思い出すよりも早く脳が思考することを拒否した。
俺の意識は再び闇に落ちた。
=====
「きゅぅ…」
まるで漫画のような声を上げて、少女…ミントさんは再び気を失ってしまった。
「何だったんだろう、今の…」
「少なくとも、『フェイトさん』っていう人がさっき話に出たアリシアちゃんのそっくりさんだろうってことだけは判ったんだけれど」
「取り敢えず命に別状はなさそうだし、今はゆっくり休んで貰おう。お話しは落ち着いてからっていうことで」
私はそう言うと、フェレットを入れたラタンバスケットをベッドの上に移動させ、ミントさんと一緒に改めてリラクゼーション・ヒールをかけた。
≪Sorry, but I am also dedicate myself to restore for a while. See you later.≫【申し訳ありませんが、私も暫く修復に専念させて頂きます。また後程】
詳細な説明はマスターからするべきと思っているのか、トリックマスターもそう言うと再び黙り込んでしまった。
「そろそろ桃子ママが戻ってくる時間だよ。お手伝いどうする? 」
「うーん、じゃぁアリシアちゃんとわたしでお手伝いに行こう。ヴァニラちゃんはミントちゃんだっけ? この子のことお願いしていいかな? 」
「うん、判った。こっちは任せて」
そう答えると、なのはさんとアリシアちゃんは2人で階下に降りて行った。引き続きリラクゼーション・ヒールをかけながら、ミントさんとフェレットの様子を伺う。
その時、ふとフェレットの首にかけられた紅い宝石が揺れたような気がしてそちらに注意を向けると、フェレットの目がゆっくりと開いた。
「良かった…気が付いたみたい」
そう独り言を口にして安堵の息を吐く。
「これは…回復系の、上位魔法…治癒術師ですね…助けてくれて、ありがとう…」
フェレットがそう言った。言葉を話せるということは、矢張り使い魔の類なのだろう。ただ意識を失っていただけにしては随分と消耗しているようにも見えた。
「特に怪我もしていないようですし、スキャン結果も問題ないから、身体的には大丈夫だと思うのですが…」
と、口にしたところで1つの可能性に思い至った。
「もしかして魔力素不適合症…? 」
「うん…しかもちょっと、魔法を使っちゃって…」
通常この病気は個体差こそあるものの、早ければ数時間、遅くても2日程度で完全に回復する。ただフェレットが言うには発症した状態で魔法を使ってしまったらしい。この場合リンカーコアがダメージを受けてしまうため、回復にはかなりの時間がかかる。
「判りました。出来るだけのことはしてみます」
「ありがとう、ございます…僕は、ユーノ。ユーノ・スクライアといいます…」
「え…スクライア!? 」
スクライアといえば一族で遺跡等の発掘や調査を生業にしている人達だった筈だ。嘗て転生の呪いについて気付かせてくれた人の顔が頭を過る。
「ということは、貴方は人間だったのですね。私はヴァニラ・H(アッシュ)といいます。すみません、ミントさんという方の使い魔かと思っていました」
人間は魔法を使って小動物等に変身することで、魔力の消費を抑えることが出来る。フェレットの体温が高かったのは小動物をベースにした使い魔であった所為ではなく、恐らく本当に発熱していたのだろう。
「あ…ミントっ…そうだ、ミントは無事ですか…? 」
「ええ。先程少し意識が戻ったのですが、今はまたお休みになっています」
「そう…ですか、良かった…ところで、ここは…どこですか? 」
「ここは地球です。ミッドチルダ風に言うなら、第97管理外世界ですね」
ユーノと名乗ったフェレットの目が大きく見開かれた。管理外世界に魔導師が、それも治癒術師がいることに驚いたのだろう。
「事情は改めてお話します。貴方達にも何があったのか聞いておきたいですし」
「それが…僕は、途中から気を失っちゃって…あまりよく、覚えていないんです…」
「そうですか。ではそのお話はミントさんが意識を取り戻してからにしましょう。今はゆっくり休んで下さい」
「はい…ありがとう、ございます、ヴァニラさん」
「ヴァニラ、で構いませんよ」
それには頷くだけで答えると、ユーノさんは目を閉じた。私はリンカーコアが負ったダメージを回復させるようイメージし、リラクゼーション・ヒールにレストア・ヘルスという病状回復に効果を発揮する呪文も上乗せした術式を発動させた。だがこれにしても一瞬で回復させるようなものではない。多少治りが早くなる程度だろう。
「…ゲームみたいには、簡単にいかないか」
思わず独り言が零れた。
結局その日は夕食を終えて夜になってもそれ以上の進展は無く、続きの治療はまた翌日ということにして、私はアリシアちゃんと一緒のベッドで眠りについた。
=====
目が醒めると、窓にかかったカーテンの隙間から光が差し込んでいた。俺はベッドから起き上がると、伸びをした。
「トリックマスター、今何時…」
そう言いかけて、部屋の中にあるもう一つのベッドに気が付いた。そこで寝ている2人の少女を見た瞬間、夢かと思っていた光景がフラッシュバックする。1人はリンカーコアのないフェイト…アリシアと名乗った少女で、もう1人はどこかで見たことのある、翠色の髪の少女だった。
不意にその翠髪の少女が目を開けた。
「おはようございます。早いですね。体調はどうですか? 」
「あ…そ、そうですわね、特に問題は無いようですわ」
慌ててそう答えた。
「昨日は自己紹介も出来ませんでしたから。改めてよろしくお願いします。ヴァニラ・H(アッシュ)です」
俺はそのままの体勢で固まった。
ヴァニラは俺の名前がミント・ブラマンシュであることを知っていた。昨日のうちにトリックマスターが教えていたのだそうだ。そして彼女は俺に、ここが第97管理外世界、すなわち地球であることを教えてくれた。
「私も去年、魔力駆動炉の事故に巻き込まれてこちらに飛ばされてしまったんです」
そう言うヴァニラの言葉に違和感を覚えつつ、結局原作通りにジュエルシードが地球に落ちてしまった事実に溜息を吐いた。
「強制力、とでもいうのでしょうか…」
独り言が口をついて出た。ヴァニラはよく聞き取れなかったようで、首を傾げてこちらを見る。
「ごめんなさい、何でもありませんのよ」
改めてヴァニラの姿を見る。髪がイメージしていたよりも短いことと、ヘッドギアを着けていないことを除けば、確かにヴァニラ・H(アッシュ)であった。もしかしたら彼女も転生者なのかもしれない。随分と落ち着いた雰囲気を纏っているが、ルル・ガーデンと同様に「ギャラクシーエンジェル」のことを知らない可能性もある。
「あの…初対面でこのようなことをお伺いするのは、とても恥ずかしいというか…奇妙に思われるかもしれないのですが…その、どう思われます? えっと、わたくしが『ミント・ブラマンシュ』であることについて…」
少しだけ逡巡した後、俺はヴァニラに対してこう質問した。これは「ギャラクシーエンジェル」を知らなければ意味不明の質問だ。知らないなら聞き返してくるだろうし、知っているなら…。
効果は覿面だった。ヴァニラは急にそわそわしだし、顔を真っ赤にして俺の手を引っ張った。
「…少し出ましょう。ここでは、話し難いです…」
「あ、少々お待ち下さいませ。トリックマスター」
呼び寄せたトリックマスターを小脇に抱えると、俺はヴァニラに手を引かれるまま部屋を出た。
家は一般的な日本家庭の物だった。ブラマンシュともミッドチルダとも違う建物に一瞬戸惑いを憶えるが、すぐにそれは「懐かしい」という感想に変わった。居間の壁に掛けられた時計が目に入る。まだ5時前だった。その割には人が活動している気配がある。
何処に行くのかと思っていたら、和風な庭に案内された。
「少し、待っていて下さい」
ヴァニラはそう言うと、俺を置いて離れの方に歩いていく。手持無沙汰になると、急にブラマンシュのことが心配になってきた。爆弾はちゃんと解除されたのだろうか。母さまやみんなは無事だろうか。
「トリックマスター、長距離通信機能は…」
≪It has not been restored yet. Please wait for a while.≫【まだ直っていません。もう少しお待ち下さい】
俺は不安を振り払うように軽く頭を振ると、トリックマスターを錫杖形態にして、棒術の練習を始めた。
(今はジュエルシードを回収することが先決ですわね)
ジュエルシードの回収は急いだ方が良い。この近辺に散らばってしまっているのは間違いないのだが、恐らくテロ組織側も回収のために動いてくるだろう。ユーノは回復するまでに時間がかかる筈だし、他にも回収を手伝ってくれる仲間が欲しかった。
然程時間をおかずにヴァニラは戻ってきたが、練習をしている俺を見て目を丸くしている。
「何をしているのですか? 」
「ベルカ式棒術の型ですわ。日課にしていますので」
<そうですか。ではやりながらで構いません>
急に念話に切り替えて話しかけられたので、こちらも念話で返すことにした。
<やっぱり貴女も転生者なのですわね>
<!…それは>
一瞬顔色が変わったヴァニラを見て安堵した。彼女が呪いの存在を知っているのは間違いない。そしてルル・ガーデンとは違ってそれを口にすることを恐れている。
<大丈夫ですわ。転生者に対して転生の話をしても、呪いは無効ですわよ>
<そうなのですか!? …それは知りませんでした>
<普通なら知り得ない情報ですわ。わたくしの場合、少し事情があっていくつかの情報を取得していますの>
転生者が転生を繰り返すという情報は敢えて伏せておいた。これはあまり表に出すべき情報ではないと思ったからだ。俺はこれまでに知り得た、呪いの発動条件などの情報をヴァニラに伝えた。前世についての話はお互いしなかった。何故か話したいとも思わなかったし、彼女も触れてくることが無かったため、未練は無いものと判断したのだ。
結局転生に関連する話は今後個別念話でのみ情報交換をすることにし、俺達以外の人には引き続き秘密にするということで落ち着いた。その後丁度棒術の練習を終えたところで、母屋から人が出てきた。
「ヴァニラちゃん、おはよう。それからミントちゃん、だっけ? 早いんだね」
「ずるいよ~1人だけで先にお喋りしてるなんて」
「おはようございます、フェイトさん…ではありませんでしたわね。すみません、アリシアさん。それと…」
「うん! なのは! わたし、高町なのはだよ! 」
アリシアの姿を見た時に、思わずフェイトと見間違えてしまったのだが、それは仕方のないことだろう。それよりも高町なのはの登場で、改めて俺はここが第97管理外世界、「地球」であることを実感していた。
なのはにも挨拶を済ませると、それまで転生以外の話を殆どしていなかったことに気付き苦笑した。
「実は日課にしている棒術の練習をさせて頂いただけで、お喋りらしいお喋りはしていませんのよ。丁度良いので、色々とお話しさせて頂きますわ。お伺いしたいことも、お願いしたいこともありますし」
「あ、それでしたら士郎さん…この家の人達にも一緒に聞いて貰いたいのですが、大丈夫ですか? この家の人達はみんな魔法のことを知っていますから」
今までの会話から、俺はヴァニラが「魔法少女リリカルなのは」についての知識を全く持っていないことを確信していた。そんな彼女を、少し羨ましく思う。彼女は何も知らないからこそ原作知識に振り回されることなく精一杯頑張って、良い意味で原作をブレイクしてきたのだろう。
だからこそ、俺は気が重くなった。今更乖離に乖離を重ねた原作知識について話すつもりは全くなかったのだが、これまでのヴァニラとの会話や彼女達の容姿から、彼女達が時を超えてしまったのはまず間違いない。そして彼女達が知らない26年の間に色々なことが起きているのだ。
アリシアにフェイトという妹が出来た事実については、驚きこそあれ悲しむようなことではないだろう。だがヴァニラの両親についてはそうはいかない。ただ時を超えたというだけでも十分ショックなのに、その間に両親が亡くなっている事実を知るのは、とてもつらいことのように思った。
(いずれ判ってしまうことですわ…むしろ早めに教えて差し上げた方が良いのかもしれません)
転生前にアニメで見たようなシューターでの空き缶撃ちをする彼女達を見ながらそんなことを考え、それでもまだ俺は真実を告げるべきかどうかを迷っていた。
=====
今日の練習はシューターでの缶撃ちをするだけに留め、私達は早々に家に入った。ミントさんはユーノさんからの念話を受信したとのことで一度部屋に戻ると、フェレットを抱くようにして階下に降りてきた。
「ユーノさん、大丈夫ですか? 」
「うん…ありがとう、ミント。こんな姿ですみません。僕はユーノ・スクライアという人間の魔導師なのですが、今はちょっと体調を崩していて、魔力消費の少ない小動物の姿になっているんです」
ユーノさんも、どうやら意識は回復したようだった。魔法が効いたのか、昨日よりは随分と口調もはっきりしている。なのはさんとアリシアちゃんが順番に挨拶すると、矢張りアリシアちゃんがフェイトという人にそっくりだと言って驚いていた。
その後ダイニングに行くと、既に桃子さんが朝食の支度をしてるところだった。
「桃子ママ、私達も手伝うよ~」
アリシアちゃんがテーブルの上にランチョンマットを敷き、なのはさんが食器を並べる。
「ミントさんは居間の方で待っていて下さい」
私はそう言うと、人数分のパンをトースターから取り出した。やがて朝練を終えた士郎さん、恭也さん、美由希さんも合流した。
「ご迷惑をおかけして申し訳ございません。ミント・ブラマンシュと申します。こちらは友人のユーノ・スクライアですわ。助けて頂いてありがとうございます」
「初めまして、ミントちゃん。私は高町士郎、そして妻の桃子、長男の恭也、長女の美由希だ。なのはやヴァニラちゃん、アリシアちゃんとはもう自己紹介は済んでいるんだろう? 」
ミントさんが多少緊張した面持ちで挨拶すると、代表して士郎さんが高町家の紹介をした。美由希さんはユーノさんのフェレット姿にとても惹かれたようだったが、ただの動物ではなく人間の魔導師なのだと聞いて自重した様子だ。
「折角だから先にお食事にしましょう。昨夜から何も食べていないのですもの。お腹空いたでしょう? 」
桃子さんがそう言うと、それに応えるようにミントさんのお腹が「くぅ」と可愛らしい音を立てた。真っ赤になりながら頷くミントさんを席に誘導すると私も着席し、それからみんなで朝食を頂いた。
「えっと、まずはわたくし達がここに来た理由ですわね。それをお話しした上でお願いしたいことがあります」
食後、洗い物を終えると私達は居間でミントさんの話を聞くことにした。翠屋FCの練習は、今日は中止ということで昨日のうちに連絡を回してあったらしく、翠屋の開店時間までは士郎さんも時間が取れるとのこと。仕込みが必要な桃子さんだけは一足先に翠屋に向かった。
「君達は空から落ちてきた、となのは達に聞いたんだが、本当なのかい? 」
「ええ、間違いありませんわ。その状況に至った理由なのですが、まずはロストロギアという、魔法文明遺産について説明します」
ミントさんが語ったのは、異世界で異様に発達した魔法文明が遺した技術などについてだった。下手をすれば世界そのものが滅んでしまうようなロストロギアの話を、私も以前お父さんから聞かされたことがあった。
「オーパーツみたいなものかな。ス○リガンみたいだよね」
「なのは、オーパーツが凄い力を持っているっていうのは漫画だけ。本当のオーパーツっていうのは時代にそぐわない、場違いな加工品のことだよ」
なのはさんの感想に美由希さんがツッコミを入れる。
「ですが、ロストロギアは本当に計り知れない力を持っているのですわ」
ミントさんの話によると彼女の世界「ブラマンシュ」では、通常なら時空管理局で管理するようなロストロギアが例外的に保管されていたらしい。
そしてそのロストロギアが、次元世界中で爆破テロを行っているテロ組織に奪われそうになったという下りで士郎さん達の目つきが鋭くなった。
「ミントちゃん、そのテロ組織は時空管理局が管理外としている世界でもテロ行為を行っているという認識で良いんだね? 」
ミントさんが頷く。
「父さん…」
「ああ、可能性が無いとは言い切れないな」
恭也さんと士郎さんが何やら剣呑な雰囲気で話をしているが、私はそれよりも気になる点があった。
「すみません、ミントさん。私は次元世界でそんなテロ行為が行われているという話は聞いたことが無いのですが」
「そうだね。私も爆破テロっていう言葉はこっちに来てから覚えたくらいだし」
違法魔導師による無差別攻撃などは毎年何件かは発生している筈だが、大規模な連続爆破テロ等は聞いたことが無かったのだ。私とアリシアちゃんがそう言うと、ミントさんは少し悲しそうな顔をした。
「その理由も判りますので、後程お話ししますわ。その前にお願いなのですが、そのロストロギアの回収を手伝って頂きたいのです」
「ああ、構わないよ」
予想外に、あっさりと士郎さんが答えた。逆にそこまであっさりと信じられた所為か、ミントさん自身が呆然としているようだった。
「君の話は信用するに足ると判断した。それに君が言うテロ組織は地球でもテロ行為を行っている可能性がある。いくつか心当たりのある事件があってね。因縁もあるから、ここは協力しない手はない」
「あ…士郎さんはメンタリストなんですよ。たぶんミントさんの仕草や表情からも判断している筈です」
私がそう言うと、ミントさんも納得した様子だった。
「じゃぁ、次はこっちから質問良いかな? ミントちゃんが『フェイト』って言っていた、私のそっくりさんについてなんだけれど」
アリシアちゃんがそう言うと、ミントさんは真剣な表情で私達を見つめた。
「ヴァニラさんとアリシアさんに関しては、このお話の方がよっぽど衝撃的だと思いますわ。それもかなり悪い意味で。心の準備をして、聞いて頂けますか? 」
「え…え? 」
アリシアちゃんが笑顔のまま固まった。私も一体何の話が出て来るのかと身構える。
「お二人のことは、実はわたくしは以前から存じておりました。魔力駆動炉の事故で行方不明になったというお話を伺っていたのですわ。ではここで質問です。魔力駆動炉の暴走事故は新暦何年に発生しましたか? 」
「え…と、新暦39年、5月でした。地球に来てから半年経っているので、もしかするともう40年にはなっているのかもしれません」
私は恐る恐る答えた。何だかとても嫌な予感がする。ミントさんは一呼吸おいて、そして言った。
「今年は新暦65年ですわ。お二人が行方不明になってから、既に26年が経過しているのです。つまり…」
私とアリシアちゃんは、時を超えてしまったのだ、と。
視点がコロコロ変わるので、最初はどちらの視点なのか明記しようと思っていたのですが、実際に書いてみたら(○○視点)や(○○'s view)、(Side ○○)などでも違和感がありまくりで、結局断念しました。。
敢えて視点は記載していませんが、一人称が「私」なのか「俺」なのかで判断して頂ければ助かります。。
三人称にした方が良かったかな。。?