「お母さま、そちらのビーンカードを取って頂けますか?」
「はい。一応小さ目に切っておいたわよ」
「ありがとうございます。助かりますわ」
「もう少ししたらマーカスさん達のシャトルが到着する時間ね」
イザベル母さまの言葉に少し手を休めて時計を見ると、丁度正午になるところだった。管理局のシャトルはいつも集落から少し離れた広場に着陸する。次の巡回は12時半の予定だ。
「あと少しで完成しますから、そうしたらお迎えに行って参りますわ」
3年前から身長は殆ど伸びてはいないのだが、少し前に漸く1人でも油と火を同時に使ってもよいとの許可を貰うことが出来た。但し母さまがいる時は基本的に監視付きでの作業になる。今日作っているのはクラナガンで購入しておいた味噌と醤油を使用した麻婆豆腐もどきだ。初めてフェイトがクラナガンに来た時に作って、好評だったためそれから何度も作ったのだが、特にユーノの受けが良かった料理でもある。
片栗粉代わりのコーンスターチを水で溶いて流し込み、とろみをつける。小さじで掬って味見をしてみると、丁度良い甘辛さ加減だった。
「これで良いですわね。では仕上げに…『プリザベーション』」
火を止めても冷めてしまわないように、保存魔法をかける。
「トリックマスター!」
≪I am ready, master.≫【準備は出来ています】
「ではお母さま、行って参りますわね」
「行ってらっしゃい。気を付けてね」
クラナガン・セントラル魔法学院を卒業して1週間が経ち、俺と母さまはブラマンシュに戻ってきた。そしてそれに合わせてユーノがブラマンシュを訪れることになっていたのだ。丁度お昼の巡回に合わせてマーカスさんが乗せてきてくれる手筈である。
「トリックマスター、セットアップ」
≪Stand by, ready. Set up.≫【準備完了。セットアップ】
集落の入り口を抜けると俺はバリアジャケットを身に纏い、高機動飛翔の呪文を発動した。クラナガンと違ってブラマンシュでは飛行魔法を操る人間は殆どいない。というより、俺以外では長老が偶に使用しているのを見かける程度で、俺は長老から管理局のシャトルにさえ注意していれば自由に飛んでも良いとの許可を貰っているのだ。
飛行魔法を使用すれば、普通なら徒歩10分程かかる広場もあっという間に到着する。
「…少々早すぎたかもしれませんわね」
≪It is quarter past 12. You may have to wait for their arrival bit more.≫【現在時刻は12時15分です。到着までもう少しかかるでしょう】
トリックマスターが時間を教えてくれる。
「まぁ、15分程度でしたら待つ内には入りませんわよ。トリックマスター、フライヤー・バージョンFですわ」
≪Sure.≫【了解】
俺の周囲に6基のフライヤーが展開される。これは通常のフライヤーとは異なり、1方向に連続して直射弾を射出するのではなく、一度に全方位に短射程の直射弾を発射する。攻撃力としての威力は殆ど0にまで絞り込んであるのだが、その代わり魔力光が出来るだけ明るく発光するように設定した、別名見かけのみバージョンである。
漂うフライヤーを見つめながら、1週間振りに会う幼馴染のことを考えた。別れ際にキスをしてしまったことを思い出し、顔が熱くなるのを感じる。
(やっぱり、異性としてユーノさんのことを好きになっているのかもしれませんわね)
それは別に嫌なこととは感じられず、むしろ表情が緩むのが自覚できた。
≪Are you all right, master? Your smile is rather suspicious.≫【大丈夫ですか? 笑みが少々キモいですよ】
トリックマスターの言葉にハッと我に返ると、コホンと咳払いをする。
「今までは一緒に来ることが多かったですし、お迎えするという感じではありませんでしたが、今回はばっちり盛大な花火でお迎えしますわよ」
≪I think it is not good idea to launch it during the day.≫【あまり日中に打ち上げるのはよろしくないとは思いますが】
そんな話をしているうちに管理局のシャトルは定刻通りに飛来して、広場に着陸した。ドアが開いてタラップが下ろされると、ユーノが手を振りながら降りてくる。
「やあミント。1週間ぶり」
「ようこそブラマンシュへ。歓迎致しますわ」
俺はそう言うと6基のフライヤーを全て上空へと飛ばし、はじけさせる。それはまるで花火のようにキラキラと輝いて消えた…のだが。
「…確かに昼間だとあまり目立ちませんわね」
≪Yes, this is what I wanted to say.≫【でしょう? 】
「大丈夫だよ! 通常よりも明るかったから光ったのは判ったし」
綺麗に晴れ渡った青空に、俺の空色の魔力光は残念ながらあまり映えることは無かった。
実はこのフライヤー・バージョンF、構成が完成したのは昨夜のことで、試射をしている余裕は無かったのだ。ちなみに「F」は「ファイアーワークス」(花火)を意味している。
「折角派手な花火でお迎えしようと思ったのですが、残念ですわ」
「まぁ、夜にでも改めて打ち上げればいいだろうがよ。とりあえず移動するぞ。いつまでもここにいる訳にもいかないしな」
マーカスさんに促されて、俺達はそのまま集落に向かった。
ユーノが母さまに挨拶を済ませると、早速お昼ご飯にした。用意してあった白米をお皿によそい、麻婆豆腐をかける。
「「「今日の糧に感謝を」」」
嬉しそうに麻婆豆腐を食べるユーノを何となく微笑みながら見つめる。
「ミント? どうかした? 」
「美味しそうに食べて頂けるのが嬉しいと思っただけですわよ」
視線に気づいたらしいユーノが問いかけてきたので、そう答えると俺もスプーンを口に運んだ。
「そう言えばユーノさんは今回1か月程滞在する予定でしたわよね? やっぱり行方不明のロストロギアについて調査を? 」
「あ、いや、そのことなんだけどさ…」
以前スクライア一族が見つけることのできなかったというロストロギアの調査をしに来たものだとばかり思っていたので確認がてら問いかけると、ユーノは急に口籠ってしまった。
「どうかされましたか? 」
「う、ん…実はさ、今回ブラマンシュに来る直前にスクライアの族長に聞いたんだけど、どうやらロストロギアは前回の調査で見つかってはいたらしいんだよ」
「そうなのですか!? でも確か、持ち帰ったり売却したりといった話はなかったんですわよね? 」
どうやらそのロストロギアはブラマンシュに存在する限り暴走することは殆ど無いらしいのだが、一度ブラマンシュから持ち出すと、ちょっとした刺激を与えるだけで暴走してしまう可能性があるような危険なものだったとのこと。
「午後にそのことでブラマンシュの長老さんに会おうと思うんだ。詳しい話はそこで」
「ええ、判りましたわ」
昼食を終え、洗い物も済ませると、俺はユーノと一緒に長老の家に向かった。ちなみに母さまはそもそもロストロギアというものが何であるのかすら良く判っていない様子だったこともあり、下手に不安がらせても仕方ないので、今回は家に残って貰っている。
「うむ、スクライアの族長からも話は聞いておる。例のロストロギアのことじゃな? 」
「はい。族長からは、ブラマンシュ長老、時空管理局との三者合意の上で『ロストロギアは見つからなかった』ことにしたと聞いています。それ以上の詳細はブラマンシュ長老から聞け、と族長が」
何でも最低でもスクライア族長とブラマンシュ長老の許可を得てからでないと話を聞けない取り決めになっていたらしい。それなら俺は話を聞けないのでは、と思ったのだが、ユーノと何故か長老までスクライア族長に俺の分の許可を貰っていたのだそうだ。
「概要はともかく、これから話すことは他言無用じゃ。改めて説明すると、そのロストロギアはブラマンシュに存在する限り、暴走する可能性は限りなく0に近い。これは最初にロストロギアを発見したスクライアの学者が、調査を重ねて結論付けたことじゃ」
最初にそのロストロギアを発見した人は、当初その状態があまりにも安定していたことから本物ではなくダミーだと思ったらしい。だが調査を進めていくうちに状態が安定しているのは、そのロストロギアがブラマンシュの魔力素に適合しているためであることが判り、ブラマンシュから持ち出すこと自体が危険であるとの結論に達したのだとか。
時空管理局もロストロギアの捜索や確保を行っているとはいえ、安定状態にあり暴走の可能性が限りなく低いものを態々危険な状態にするようなことは愚策と考えたようだ。スクライア族長とブラマンシュ長老から連絡を受けて管理局から派遣された提督も、このロストロギアをブラマンシュに置いたままにしておくことを提言したらしい。
「表向きロストロギアが見つからなかったことにしたのは、興味本位や犯罪目的でこれを持ち出すような輩が出ないようにするためじゃな。遺跡探索のプロであるスクライアが無いというのじゃから、大抵の者はそれを信じるじゃろう」
万が一のことも想定して、時空管理局はブラマンシュそのものの監視体制を強化し、スクライア族長とブラマンシュ長老には出来るだけロストロギアの存在を口外しないように指示したらしい。
「大まかな経緯は判りましたわ。ですが、それでしたらわたくしには引き続き秘密にしておいた方が良かったのではないですか? 」
「ミントにこの話をしたのには別の理由があるのじゃ。実は今までブラマンシュにはわし以外にまともに攻撃魔法を扱える人間はおらんかったからの」
「…つまり防衛するような事態になった場合には協力する必要があるということですわね」
ブラマンシュにも狩人が何人かおり、そうした人達は多少の攻撃魔法を使用することも出来るらしいが、残念ながら俺のように魔法学院で確り魔法を学んだ訳ではなく戦力としては心許ないのだそうだ。おまけに飛行魔法を行使できるのは現状では長老と俺だけである。
「判りましたわ。今はそんな不逞の輩が現れないことを祈るばかりですが。ところでそのロストロギア、ブラマンシュから持ち出して暴走した場合、どの程度の被害が予想されるのですか? 」
「そうじゃな、1つだけでも下手をしたら小規模次元震くらいは発生する代物じゃ。複数纏めて暴走したらそれこそ次元断層ですら発生するやもしれん」
「ちょっと待って下さいませ。複数って…ブラマンシュにロストロギアが複数存在するんですの!? 」
「そうじゃ。全部で21個ある。形状は青い菱形で、文献によると宝石のようにも見えることから『ジュエルシード』と命名されていたようじゃ」
俺はその場で頭を抱えて蹲った。
=====
ジュエルシード。原作ではユーノが発見したことになっていた筈だが、この世界では彼が本格的に発掘に従事する随分前からブラマンシュに存在していることが判っていたようだ。だが乖離はそれだけではない。ブラマンシュに存在する限り暴走しないという特性がある以上、好んでこれを持ち出そうとする人は多くないだろう。従って輸送中に襲撃されることもない。
(それに原作と違ってプレシアさんが襲撃事件を起こすとはとても思えませんし)
現在時空管理局の嘱託魔導師として働いているテスタロッサ家の家庭状態は円満だし、犯罪行為に走る理由も見当たらない。だがそれで安心するわけにもいかないだろう。何故ならこの世界には原作に表だって存在しなかった、テロ組織なども存在しているのだから。
「ジュエルシードが暴走する条件のようなものはあるのでしょうか? 」
少し考えるようにしていたユーノが長老に問いかけた。
「スクライアの調査結果から聞いておる限りでは、ブラマンシュ以外の魔力素に数時間触れていることで、いつ暴走してもおかしくない状態になるそうじゃ。封印状態にしてあれば多少は安定するようじゃが、それでも周囲で強い魔力が働いた場合は連鎖的に発動する可能性がある」
「昔の人は随分と厄介なものを作ったものですわね。用途なども判らないのでしょう? 」
「いや、文献に書かれている通りだとすれば、このロストロギアはブラマンシュの豊かな自然を維持するのに役立っているようじゃな。別になくなったからと言ってすぐにブラマンシュが滅びたりする訳ではないじゃろうが、気候などが不安定になる可能性もあると聞いておる」
ブラマンシュの魔力素を吸収して状態が安定しているジュエルシードは、太古の昔からこの地に住む人達の「平和に、穏やかに暮らしたい」という願いを、自然を豊かにすることや気候を安定させることで具現化しているのだそうだ。もしも住民の大半がカタストロフィを願えばそれが具現化されてしまうのだろうが、現状では仮に十数人程度が崩壊を願ったとしても平和を望む気持ちの方が圧倒的に強いので問題はないらしい。
万が一ジュエルシードが他の世界で暴走状態になると、周囲の願望や欲望を片っ端から取り込んだ上、自身に蓄えた膨大な魔力を使って強引に叶えようとするのだそうだ。そしてその時に放出する魔力が次元干渉可能なレベルを超えると、次元震や最悪次元断層といった災害を引き起こす可能性があるらしい。
「つまり用途が限定された願望器のようなものですわね。分を超えた願いが破滅を呼ぶのはよくあるお話しですわ」
「他にも願望器と呼ばれるようなロストロギアが時空管理局で厳重に管理されているっていう話を聞いたことがあるよ。もしかしたらブラマンシュのものと同じ特性を持ったもので、何らかの理由で適合する魔力素が供給出来なくなったものなのかもしれないね」
ジュエルシードが他にも複数セット存在するということはあまり考えたくないことではあったが、今の話からすれば可能性としては十分にあり得るだろう。
「長老、可能であれば明日にでも実物を見てみたいのですが、よろしいですか? 」
「こうなった以上、わたくしも実物は見ておきたいですわね」
俺達の言葉に長老はゆっくり頷くと、俺に1本の鍵を手渡した。
「ユーノはスクライア族長から鍵を預かっておるのじゃろう? それはスクライアの鍵で、こちらがブラマンシュの鍵じゃ。ロストロギアが封印されている部屋へはその2本の鍵がないと入ることはできんからの」
ロストロギア・ジュエルシードを封印した時、時空管理局の立会いの下でスクライアとブラマンシュの双方が施錠し、お互いの了承が得られた場合のみ開錠するという取り決めがなされたのだそうだ。
「よいか? かのロストロギアはブラマンシュに存在する限りは安全じゃが、他の世界では爆弾どころではない破壊をもたらすじゃろう。決して持ち出してはならぬものなのじゃ」
「はい、判りました」
「心得ておりますわ」
「明日は念のため儂も遺跡まで同行しよう。ユーノは今日到着したのじゃったな。なら今日はゆっくり休んで疲れを取っておくが良かろう」
その日の夜、湖の畔で改めてフライヤー・バージョンFを打ち上げた。昼間と違ってとても綺麗に見えた。ユーノもとても喜んでくれたので、大成功と言っていいだろう。
=====
翌朝、日課になっている棒術の型稽古を終えて朝食を頂いた後、ユーノと一緒に家を出ることにした。
「では行って参ります、お母さま」
「行ってらっしゃい。気を付けてね。ユーノくんも」
「はい、行ってきます」
見送ってくれる母さまには何かあったら念話で連絡すると伝えて、俺達は集落の入り口に向かう。そこには長老が待っていてくれた。
「お待たせしてしまいましたわね、申し訳ありません」
「大丈夫じゃ。では参ろうかの」
長老はそう言うと、デバイスを取り出してバリアジャケットを展開して飛行魔法を行使する。ユーノも俺もそれに倣ってそれぞれバリアジャケットを展開し、飛行を開始した。
ブラマンシュの長老は、見た目だけなら初老の男性なのだが、実はもう100歳を超えているらしい。ただブラマンシュ独特の体質により肉体的には然程老化していない上、魔法で身体強化もしているため俺やユーノと比べても遜色ないレベルで運動出来るのだ。ちなみに本名はグレゴリーと言うのだが、みんな「長老」と呼んでおり、名前で呼ぶ人は見たことがない。
集落から遺跡までは通常徒歩で1時間弱ほどかかるのだが、空を飛んでしまえば15分程度だ。俺達はかつてスクライア一族が作業をしていた発掘坑の入り口付近に着地すると、坑道を覗き込んだ。
「…明かりの類は全部撤去されているから、暗いね」
「お任せ下さいませ。『ウィル・オー・ウィスプ』」
俺が鬼火を呼び出すと、歩行に支障がないレベルで辺りが明るくなる。
「これで大丈夫ですわ。さぁ、参りましょう」
「ありがとう、ミント」
「足元に気を付けてな。念のためバリアジャケットは展開したままにしておいた方が良いじゃろう」
別に危険な生物などはいないのだそうだが、万が一転んだりした時のため、ということらしい。そのまま暫く進むと坑道はあちこちに枝分かれしていて、さながら地下迷宮のようだった。
「ここにはスクライアの符丁がつけられているね。奥に行くのはこっちの道だよ」
ユーノに先導して貰いながら暫く先に進んでいくと、やがて祭壇のようになっている場所に出た。奥に扉があり、鍵穴が2つある。
「ここじゃな。ミント、ユーノ、それぞれの鍵で扉を開錠するのじゃ」
長老に言われるまま扉にかかった鍵を開け、扉を開く。目の前にあったのは台座に収められた21個のロストロギア…ジュエルシードだった。
「これが…? 」
ユーノが不思議そうに言う。俺も違和感を拭えなかった。膨大な魔力を蓄えた次元干渉型ロストロギアと言う割に、魔力が微弱にしか感じられないのだ。
「これが安定しているということなのでしょうか…確かに一見してロストロギアとは思えませんわね」
「そうじゃ。この状態であれば触れたりしても特に問題はない。ミント、掌をジュエルシードの上に翳してみい」
「…こう、ですか? 」
長老の言う通りにジュエルシードの1つに手を翳すと、ジュエルシードから魔力が身体に流れ込んでくるかのような錯覚に陥った。驚いて手を退けると、その感覚はすぐに治まる。横ではユーノも同じようにジュエルシードに手を翳しているが、特に何も感じていない様子だ。
「それはブラマンシュの魔力素に慣れ親しんだ者のみに発生する現象じゃ。例えばユーノならばあと3年もここで暮らせば、同じようになるじゃろうな」
「そもそもこれは一体何なのですか? 身体に魔力が流れ込んでくるような感触でしたわよ」
「自身の魔力を回復したり、自らの身体を媒体にして他人に魔力を譲渡したりすることが可能なのじゃよ。まぁ使う機会など殆どないじゃろうがの」
試しにもう一度手を翳してみると、同じように魔力が流れ込んできた。
「どうすれば譲渡できますの? 」
「もう片方の手で対象に触れて、後は譲渡を願うだけじゃ」
折角なのでユーノを実験台にすることにした。錫杖形態のトリックマスターを台座に立て掛け、ユーノと手を繋いで魔力の譲渡を念じてみる。
「あ、本当だ。魔力が流れてくる…」
「あまりやり過ぎるでないぞ。飽和状態になると魔力酔いを起こしてしまうからの」
そう言われて慌てて手を放した。魔力酔いはリンカーコアの許容量以上の魔力を体内に取り込むことによって正常な循環が出来なくなり、発熱や嘔吐などを引き起こすのだ。これは「ディバイド・エナジー」などの魔法でも稀に発生することがあるらしい。
「でもそれが発生するのって魔力量Sランク以上の魔導師がEランクとかFランクの魔導師に魔力を分ける時くらいだよね? 」
「そうは言っても、ロストロギアですわよ? どの程度の魔力が流れ込むか、判ったものではありませんわ」
「そうじゃな。どこまで魔力が続くのかは全く判らんからの。自身については言うに及ばず、万一譲渡することがあっても相手の許容量に見合った魔力だけにするよう気を付けるのじゃぞ」
さすがに前例は未だ無いらしいが、理論上では魔力酔いを起こした状態から更に許容量を大幅に超える魔力を吸収してしまった場合、リンカーコアがダメージを受けたり神経系統などにも影響があったりする可能性があるらしい。
改めて台座に収められたジュエルシードを見つめる。今日はまだそれほど魔法を使用していないとはいえ、先程の一瞬で俺の魔力はほぼ満タンに近い状態まで回復していた。それでも尚、このロストロギア自体からは微弱な魔力しか感じられない。内包している魔力と外から感じる魔力に天と地ほどの差があるのだ。
背筋を冷たいものが走った気がした。
「…いくら安定しているからと言って、無闇矢鱈と触れてはいけないものだということが良く判りましたわ」
「それが『力』と言うものじゃよ」
その時だった。突然、長老のデバイスが警告音を発した。
「エマージェンシーコール…オージェ空曹長、どうしたのじゃ? 」
長老が通信回線を開いた。相手はマーカスさんだった。
『長老、たった今所属不明のシャトルが2機、こちらの制止を無視してブラマンシュの成層圏に侵入した! 』
「何じゃと!? 」
何時になく真剣なマーカスさんの声と今まで経験したことの無い事態に、思わずユーノと顔を見合わせた。
『次元航行部隊にも応援を要請したが、到着までは時間がかかるだろう。それまで集落のみんなをどこか安全な場所に避難させてくれ』
「了解じゃ。今少し集落から離れた場所におるのでな。急いで戻ることにしようかの」
『こちらも大至急追撃する。お互いの健闘を』
通信はそこで切れた。長老はふっと息を吐くと、俺達の方に向き直った。
「どうやら未曽有の危機と言うやつじゃな。今まで管理局の制止を振り切ってまで侵入してくるような輩はいなかったのじゃが」
「一体、何が起きているのですか? 」
「さてな、いずれにしても今はすぐにでも集落に戻って、皆の安全を確保すべきじゃろう。2人共、飛べるかの? 」
「問題ありませんわ」
「僕も大丈夫です」
俺達はロストロギアが収められた部屋を再び封印すると、鬼火をそれぞれのデバイスの先端にかけ直した。
「これで大丈夫ですわ。急ぎましょう」
「レイジングハートがマッピングしているから、最短距離で飛ぶよ。ついて来て! 」
まずユーノが飛び立ち、俺と長老も後に続く。暗い坑道が不安と焦りを更に煽るように感じた。
先週は急遽投稿をお休みしてしまい、申し訳ございません。。
経緯は活動報告に記載しておりますが、入院した母の看病をしていて時間が取れなかったことが原因です。。幸い回復はそこそこ順調で、一安心しているところです。。
そしてやっと第2部を終えることができそうです。。
ただ、最終話の作成に多少手こずっています。。プロットを文章に起こすだけのはずなのに、詳細な描写がうまくいかないのは矢張り書き手として未熟なせいなのでしょう。。
頑張って完結にこぎつけたいと思いますので(まだ無印突入直前ですが!)、引き続きよろしくお願いいたします。。