他愛もない日常のメロディー   作:こと・まうりーの

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第24話 「質量兵器」

ミッドチルダにおける「修学旅行」は、かつて「宿泊研修」とも呼ばれており、課外授業の一環として魔法の成り立ちや過去の歴史について実地研修を行うためのものだった。

 

例えばクラナガン・セントラル魔法学院の初等科が行先にしている第12管理世界フェディキアは、聖王教会の総本山である中央教会堂があり、時空管理局が発足するよりもずっと昔、旧暦以前にあった古代ベルカの戦争について当時のベルカ側から見た戦争記録の写本が少数ながら遺されている。写本とはいえ制作された年代も旧暦以前であるため、それ自体の歴史的価値も高い。

 

こうした写本は門外不出ではあるものの中央教会堂の図書室を訪れれば見学することは可能であり、教会のシスターも口伝として遺された伝説や伝承を説明してくれる。フェディキアの聖王教会中央教会堂を修学旅行先にしている魔法学院は多いが、クラナガン・セントラル魔法学院も含めてその殆どが古代ベルカにおける戦乱について教えられ、質量兵器やロストロギアの危険性についてを学ぶのだ。

 

「…という訳で、古代ベルカで行使されていた魔法の殆どは、現在では失われてしまっています。みなさんの中にはベルカ式魔法を使用されている方もいるとは思いますが、これは失われてしまった古代ベルカの技をミッド式魔法の傍系として再現したものなんです。これを近代ベルカ式魔法と呼びます」

 

ミナモ先生の説明を聞きながら、陳列棚に並べられた聖王の聖骸布(レプリカ)やら古代のアームド・デバイス(レプリカ)やらを見学する。殆どの陳列物に「(レプリカ)」の表記があるが、オリジナルは恐らく厳重に保管されているのだろう。

 

 

 

唐突だが、俺達はフェディキアにある聖王教会、中央教会堂に来ている。初等科5年の恒例行事、修学旅行だ。尤も所詮は初等科、行程は2泊3日のあくまでも小旅行ではあるが、今日はその2日目だ。

 

「それにしても、すぐに治って良かった。昨日は心配したんだよ? 」

 

ミナモ先生の説明が終わると、隣のフェイトが小声で話しかけてきた。実はフェディキアに到着してすぐ、俺は魔力素不適合症を発症してしまったのだ。ただ以前リニスがブラマンシュで発症した時よりも軽症で、半日休んでいただけで体調は元通りになった。

 

「心配をおかけしてすみません。もう体調は万全ですわ」

 

偶に発症する生徒もいるらしいのだが、今回は過去の発症例と比較しても然程重篤な状態ではなかったらしい。但し後遺症の恐れもあるとのことで旅行中は念話以外の魔法使用を禁止されてしまっている。

 

勿論街中で攻撃魔法や移動魔法などを無許可で行使するのは違法だし、それは病気に関係なく禁止されているのだが、初日に実施された近代ベルカ式魔法の術式を構築する研修に参加出来なかったことだけはとても残念だった。

 

尤もとりあえず基本構築式さえ覚えておけば構築自体はミッドチルダに戻ってからでも出来るので、然程不都合はない。むしろ今は旅行を楽しむべきだろう。そう言うと、フェイトはクスッと笑った。

 

「ところで今夜はディナークルーズだったっけ。楽しみだね」

 

「中央教会堂を出たあとは昼食後に自由行動、夕方18時にSt.ワレリー港に現地集合でしたわね」

 

ディナークルーズ自体は研修とは関係ないだろうが、生徒達のモチベーションを上げる役には立っているようだ。St.ワレリー港から船で沖に出ると、中央教会堂を中心としたフェディキアの街並みの夜景が水面に反射して、それはそれは綺麗なのだそうだ。次元世界の夜景100選にもなっており、ここのディナークルーズはとても人気が高いのだ。

 

「だけど、さすが聖王教会のお膝元だね。いろんな場所に聖人の名前が使われてるみたい」

 

「聖ワレリーは聖王教会の宣教師でしたわね。そう言う意味では港の名前になるのも頷けるのですが、どちらかと言うと空港の方が相応しい気がしますわ」

 

「空港には最初の殉職者、聖ジルベールの名前が付いちゃっているからね。はい、これ。念のためおでこに貼っておいてって先生が」

 

ユーノが横から額に貼り付けるタイプの解熱シートを差し出してくる。姿が見えないと思っていたら、どうやら先生から解熱シートを貰ってきてくれたらしい。

 

「ありがとうございます。もう殆ど問題はないのですけれど」

 

ユーノにお礼を言うと、シートを額に貼り付けてもらった。

 

「ところで、何で聖ワレリーの話をしていたの? 」

 

「丁度夕方にSt.ワレリー港に参りますから、名前の由来を話していたのですわ」

 

「ああ、成程」

 

暫く3人で見学を続け、次のブースの手前まで来るとフェイトが手元のパンフレットを見つめた。

 

「ミント、ユーノ、次のブースはロストロギアのレプリカが陳列されているみたいだよ」

 

「ではユーノ大先生に解説をしてもらいましょう。よろしくお願いしますわね」

 

照れるユーノを煽て透かして解説をして貰いながら3人で見学を続けた。ちなみに中央教会堂内は少人数で移動することが推奨されていたので、コレットやマリユース、エステルは別行動だ。教会堂から出た後で合流する予定になっている。

 

「そもそもロストロギアっていうのは過去に滅んでしまったり、消失してしまった世界で製造された物の中で、現存技術では再現できないような超高度技術で作られたものを言うんだ。中には使い方次第で次元世界を崩壊させるようなものもある…」

 

ユーノが、ブースの一角を示した。

 

「これなんかは危険度で言えば最大級のものだね。旧暦462年に起こったとされる次元断層…隣接する世界が複数崩壊して虚数空間に飲み込まれてしまったんだ」

 

「ここにはレプリカが置いてないんだね」

 

「言い伝えでしか存在しないんだ。どんなロストロギアだったのかは誰も知らない。でも実際に断層が発生した場所は今でも座標が不安定で虚数空間が広がる危険な場所だよ」

 

「まるで…」

 

時空震爆弾(クロノ・クェイク・ボム)…と言いかけて、すぐにその言葉を飲み込む。

 

「どうしたの? ミント」

 

「いえ、何でもありませんわ」

 

フェイトに笑顔で答える。結果として大災害に繋がったという点は同じでも、時空震爆弾はギャラクシーエンジェルのエピソードに登場した空間を相転移させる爆弾であって、この世界とは関係ない。俺は軽く頭を振ると、その考えを追い払った。

 

「程度の強弱はあっても、次元干渉型のロストロギアは概ね危険だよ。時空管理局のA級捜索対象になっているのも殆どがこのタイプなんだ」

 

「そう言えばスクライア一族は、そうした危険度の高いロストロギアの捜索も行っていましたわね。発見したら管理局に通報して引き取ってもらうのだとか」

 

「そうだよ。僕達一族はそうした対価の支払いで生計を立てているからね」

 

「ちょっとお伺いしたいのですが、ブラマンシュの遺跡にもそんな危険なロストロギアがあったのですか? 」

 

そもそもユーノ達スクライア一族がブラマンシュにやってきたのは先史文明の遺跡調査と発掘が目的だったが、その遺跡から危険な代物が発掘されたというような話は聞いたことが無かった。

 

「僕が知っている限り、危険な発掘品はなかった筈だよ。でもあそこはブラマンシュの人達が暮らすようになる前から存在している遺跡だし、実際のところ次元干渉型のロストロギアが存在することを示唆する文献があったからこそ調査に行った筈なんだ」

 

ユーノの言葉を聞いて背筋が凍るような気がした。

 

「では、本来ならそうした危険物があった筈なのですわね」

 

「うん。でも発掘のプロであるスクライアが調査して出てこなかったんだから、あの遺跡には間違いなくロストロギアは存在しなかったんだと思うよ」

 

「既に盗掘されていたとか、かな? 」

 

フェイトも興味を持ったようで、ユーノに尋ねている。

 

「ううん、その可能性も低いと思う。盗掘されていれば必ずその形跡がある筈なんだ。スクライアがそれを見落とすはずがないよ」

 

いずれにしても、現時点でブラマンシュには危険なロストロギアは存在しないのだろう。そう思ったのだが、ユーノは意外にも答えを保留にした。

 

「もしかすると、僕たちが調べた文献の情報が間違っていた可能性もあるんだ。例えば文献が作成された後に、何らかの事情で保管場所の方が変更されたとか、そもそも文献自体が後世の探索者を欺くためのダミーだったとか」

 

過去にもそうした誤情報によって調査や発掘が空振りになったケースは多いらしい。ブラマンシュでも目的のロストロギアは見つからなかったが、それ以外にいろいろな収穫があったため、長期間の発掘作業を行っていたのだそうだ。

 

「フェイトには言ってなかったけれど、僕のレイジングハートもブラマンシュで発掘されたコアを使っているんだよ」

 

「そうなんだ。知らなかった」

 

「そう言えば、わたくしもすっかり忘れていましたわ」

 

ちなみに今ここにはレイジングハートもトリックマスターもバルディッシュもいない。中央教会堂は一般観光客のデバイス持ち込みが禁止されているため、入り口のクロークに預けてあるのだ。

 

「一応、ブラマンシュでの調査結果と文献との照合は実施したんだけど、ロストロギアについての記述以外は殆ど一致していたらしいから、たぶん後世に保管場所が変更された可能性が高いと思う」

 

残念ながらユーノはブラマンシュにあったのがどんなロストロギアだったのか詳しく教えられていなかったようだが、いずれまたブラマンシュに探索に行きたいと抱負を語った。

 

 

 

中央教会堂の展示ブースを出てクロークからデバイスを受け取り、中庭に向かうとコレット達が待っていてくれた。

 

「こっちだよ~」

 

手を振るコレットのところに向かう。

 

「思ってたよりも遅かったな。体調は大丈夫か? 」

 

「ええ、大丈夫ですわ。ご心配おかけしました」

 

「解熱シートを付けている状態で言われてもあまり説得力はないわね。少しこっちのベンチで休んでいたら? 」

 

エステルに勧められるままにベンチに腰掛ける。

 

「ありがとうございます、エステルさん。でもこれはミナモ先生が心配して下さっただけで、本当に体調はもう大丈夫ですのよ」

 

「魔法が使えないだけだよね」

 

フェイトが苦笑しながら言う。

 

「ゴメン。ロストロギアのブースで話し込んじゃって、それで遅れたんだよ」

 

「まぁユーノがいるからな。そうじゃないかって話はしてたよ」

 

雑談をしていると「集合~」というミナモ先生の声が聞こえたので教会堂正面に集合し、全員で昼食を頂くレストランに移動した。

 

フェディキアは海産物が有名で、次元世界でも屈指の魚市場がある。今日の昼食はこのマーケットに併設されたシーフードレストランでロックオイスターを頂いた。日本の岩牡蠣とは異なり、小振りで一口サイズだったが、味は十分に美味しかった。

 

 

 

=====

 

午後の自由時間は6人で街の散策をし、お土産を買ったりしているうちに、あっという間に時間が過ぎてしまった。一応集合時間まではまだ多少余裕があるものの、いつの間にか買い物をしながらSt.ワレリー港とは反対側の方まで行ってしまっていたので、全員無意識のうちに小走り状態になっていた。

 

「あっ、危ない! 」

 

不意にエステルが声を上げた。丁度狭い路地から大通りに飛び出した俺の目の前を、白い服を着た女性が歩いていたのだ。俺は勢いを止められず、女性にぶつかって転んでしまった。

 

「ミント! 大丈夫? 」

 

フェイトが駆け寄ってくる。多少膝を擦りむいてしまったが、他に怪我らしい怪我はなさそうだ。

 

「わたくしは大丈夫ですわ。それよりも…」

 

ぶつかった相手の女性も尻餅をついていたが、すぐに立ち上がって服の裾を払うと、にっこり笑って俺が落としてしまったトリックマスターを拾ってくれた。見たところサリカさんと同じくらいの歳のようだ。

 

「急に飛び出すと危ないわよ。はい、このお人形さん、貴女のよね? 」

 

「あ…申し訳ございませんでした。ありがとうございます」

 

その女性の笑顔に引っかかりを憶えた。大きめの丸い眼鏡をかけた、青い瞳。肩ほどまであるプラチナブロンドの髪。マーメイドスタイルの白いワンピースドレスに身を包んだこの女性を、俺はどこかで見たことがあるような気がした。

 

「あの、すみません。どこかでお会いしたことはありませんでしたでしょうか? 」

 

「うーん、貴女のような可愛い子に会ったら忘れないと思うけれど。生憎と記憶にはないわね」

 

「そうですか。他人の空似かもしれませんわね。本当に失礼致しました」

 

フェイトやユーノ、コレット達も一緒になって謝ってくれ、女性も大丈夫だから、と笑顔で手を振ってくれた。

 

≪I would like you to apologize as well, master.≫【私にもお詫びをお願いしたいです】

 

「そうですわね。手を放してしまってすみません」

 

≪…Please be careful not to tumble.≫【…これからは転ばないように気を付けましょう】

 

「ええ、気を付けますわ」

 

女性と別れた後、抗議してくるトリックマスターに苦笑しながら謝り、今度は注意しながら走った俺達は何とか集合時間の10分前にSt.ワレリー港に到着することが出来た。点呼の後で船に乗り込んだのだが、ディナークルーズで見た夜景はとても綺麗で、食べたロブスターも逸品だった。

 

「夜景、綺麗だったね~」

 

「うん。すごく綺麗だった。鮮やかっていうのかな」

 

クルーズを終え、ホテルに戻ってからも女子達は夜景の話で盛り上がっていた。実際、クラナガンの夜景よりも色とりどりの明かりに浮かび上がった街並みは筆舌に尽くし難いものがあり、機会があればまた訪れてみたいとも思った。

 

「そう言えば、明日の予定はどうなっているんだっけ? 」

 

「朝からお昼過ぎまでは旧市街と博物館の見学ですわ。お昼ご飯の後にSt.ジルベール空港から出発になりますわね」

 

「そっか~楽しかったな。また来たいね」

 

魔力素不適合症で初日を無駄にしてしまったのはとても残念だったが、それをおいても楽しい旅行ではあった。そもそもフェイトやコレット、エステル達と泊りがけで旅行に出る機会など早々なかったのだから、それだけでもみんなテンションが上がっているのだろう。

 

「貴女達、楽しいのは判るけれど明日もあるんだから、いつまでも騒いでいてはダメよ」

 

見回りに来たミナモ先生に注意され、ベッドに潜り込む。

 

「ねぇ、ミナモ先生」

 

「なあに?」

 

「イノリ先生のこと、毎朝お迎えに行ってるってホント? 」

 

コレットの質問に、ミナモ先生は軽く笑いながら言った。

 

「本当よ。学生時代からの腐れ縁なのよ。さぁ、無駄話はこれくらいにして、もう寝なさい」

 

「「「「はーい」」」」

 

みんなで布団を被ると、先生は電気を消した。勿論、それで眠らないのがお約束なのだが、暗い中でおしゃべりを続けていることがバレて先生に怒られるのもまたお約束。さすがに廊下に並んで正座、などということはなかったが、4人共学院に戻ってから3日間のトイレ掃除を言い渡された。

 

 

 

翌日、旧市街を観光していると、黒っぽい修道服に身を包んだ数人のシスターが巡礼のような行列で教会堂の方に向かうのを見かけた。シスターのうち何人かは頭からフードの付いたマントを羽織っていた。

 

「何だか、こういう風景はさすがフェディキアだと思うわ」

 

「そうだね。クラナガンではまず見ない景色だと思う」

 

聖王教会が実質国のような形で保有する北部のベルカ自治区に行けば同じような光景が見られるのかもしれないが、確かにクラナガンではそうしたことはまず目にしない。思わずありがたいものを崇めるかのように、手を合わせてお辞儀をしてしまう俺達がそこにいた。

 

「お待たせ…みんな、何してるの? 」

 

近くのお店で飲み物を買っていたユーノとマリユースが戻ってきた。

 

「聖王教会のシスターが中央教会堂に向かわれる所を拝見していたのですわ」

 

「へぇ。言われてみれば、あまり見ないよな。ほら、ドリンク」

 

「ありがとうございます」

 

紙パックの紅茶を手渡してくれたマリユースにお礼を言うと、受け取ったパックを開けてストローを差し込んだ。

 

「そう言えばお前ら昨夜騒いで怒られたんだって? 」

 

「うん…戻ったらトイレ掃除だって」

 

「言っとくけど、オレらは手伝わないからな」

 

「女子トイレですわよ?手伝って貰っても逆に困りますわ…」

 

 

 

=====

 

「…随分と騒がしいですわね。どうしたのでしょう? 」

 

博物館で古代ベルカ時代の武具や鎧などを見学しお昼御飯を食べた後、いよいよミッドチルダに戻るためにSt.ジルベール空港に向かったのだが、どうも様子がおかしかった。

 

「何だか人も多いね。何かあったのかな? 」

 

「皆さん、集合して下さい~」

 

雑談をしていると、先生の声が聞こえてきたのでクラス毎に整列する。

 

「今、どうやら航路上で磁気嵐が発生しているとの情報があり、次元航行船の発着が見合わせられているのだそうです。復旧の目途は立っていない様子で、最短でも2、3時間は動けないだろうとのことでした」

 

磁気嵐は次元航行を行う上では然程障害にはならないが、次元空間に入るときと通常空間に出る時には一度宇宙空間に出る必要がある。この時に磁気嵐が発生していると、船体や計器に影響が出てしまうのだ。時空管理局本局のように最初から次元空間にポートがある場合は例外だが、それでも地上に降下するシャトルは一度通常空間に出るため、磁気嵐が発生している時は運行を見合わせるのが常だった。

 

えー、とか、どうするんですかー、といった声があちこちから上がる。

 

「静かにー! とりあえず今から2時間、空港の施設内に限り自由行動とします。但しクラナガン・セントラル魔法学院の生徒として、節度を持った行動をすること。2時間後にまたここに集合です。良いですね」

 

先生がそう言った途端、生徒達はみんな元気な声で「はーい」と答える。ユーノとフェイトが俺のところにやってきた。

 

「とりあえず、マリユース達を誘って売店か喫茶店に行こうか」

 

そう言うユーノに返事をしようとした時、視界の隅に修道士らしい人の姿が映った。今朝見かけた修道士と同じように、フードの付いたマントを羽織っているのだが、マントが翻った時にちらりと見えた真っ白な服に違和感を覚える。

 

それは昨日、街中でぶつかってしまった女性だった。大きめの丸い眼鏡をかけた、肩ほどまでのプラチナブロンド。その女性が、修道士のようなフード付きのマントを羽織っていたのだ。その瞬間、俺はその女性をどこで見たのかを思い出した。

 

(…ルル・ガーデン! )

 

この世界ではない、前世でのことだ。ギャラクシーエンジェルの漫画版にのみ登場する女性。丁度漫画に初登場した時の恰好が、今の服装に酷似していた。

 

「すみません、ユーノさん、フェイトさん。後で連絡を入れますわ」

 

「ミント!? 」

 

女性を見失わないように後を追いかける。もしかしたら転生者なのかもしれない。そう思うと、どうしても話をしてみたくなったのだ。だが彼女は昨日会った時、俺のことを知らないと言った。

 

(少なくともミント・ブラマンシュの容姿に何の反応も示さなかったことは事実ですわ。もしかしたらただ容姿が似ているだけで、転生とは関係ないのかも)

 

いや、そもそも転生者がみんなギャラクシーエンジェルの登場人物の容姿と同じかどうかすら確証がないのだ。それこそ他人の空似ということも十分あり得る。

 

(他のエンジェル隊メンバー…いえ、せめてシェリー・ブリストルとかノアとかなら判り易いのですが)

 

ルル・ガーデンは漫画版でも一度だけしか登場していない。ミルフィーユ・桜葉とランファ・フランボワーズを人質にしてシヴァ皇子との交換交渉を持ちかけるものの、タクト・マイヤーズの策略により失敗してしまう人物だった。しかも「この借りは必ず…」と捨て台詞を残したものの、結局その後再登場することの無かった不遇のキャラである。

 

そんなことを考えながら後を追っていたのが悪かったのか、ふと気が付くとルルらしき女性を見失った上、空港の地下設備に迷い込んでしまっていた。

 

≪Master, non-official people are prohibited to enter around this area. I recommend you to back to upstairs at once.≫【マスター、このエリアは立ち入り禁止のようです。即刻戻られることを推奨します】

 

両手で抱えたトリックマスターが、そう提言してきた。

 

「そうですわね…あの女性も見失ってしまいましたし」

 

≪Can I ask you the reason why you are chasing her like this? ≫【ここまでしてあの女性を追いかける理由を伺ってもよろしいですか】

 

思わず回答に詰まってしまった。トリックマスターに詳細な理由を伝えるということは、転生について話すということだ。だがこの話には呪いがかかっている。さすがにデバイスのAIにまで有効な呪いと言うことは無いだろうが、念には念を入れておいた方が良い。

 

「…少しお話をしたかったのですわ。他の人には絶対に聞かせられないお話しです。もし彼女と相対する機会があったら、トリックマスター、貴女もスリープに移行してログを残さないようにお願いしますわ」

 

≪It is rather unconvinced, but I have noted.≫【納得は出来ませんが、了解しました】

 

「申し訳ありません。それから今の話は他言無用ですわ。とりあえず今は、みなさんのところに戻りましょう…」

 

そこまで言いかけて、ふと壁のパイプに取り付けられた、奇妙な装置に気が付いた。15cm程度の、円筒形の装置がパイプに取り付けられている。パイプに面した部分は円錐状に窪んでいて、装置から伸びたコードが別の装置に接続されていた。そちらの装置には徐々に減っていく数字が表示されている。

 

「…っ! 」

 

俺は目を見開いた。これは何処からどう見ても時限爆弾だった。バリバリの質量兵器である爆弾が、何故管理世界に存在するのかは判らないが、前世ですら物語の中でしか見たことの無いものがいきなり目の前に現れたことで、一瞬だけ思考が停止する。

 

「トリックマスター、このパイプは何のパイプだか判りますか? 」

 

≪I am not quite sure, but it might be the gas pipe according to its structure.≫【正確には判りませんが、構造からガス管ではないかと推測されます】

 

「トリックマスター、ここの座標をレイジングハートとバルディッシュに転送! 急いで! 」

 

トリックマスターが了解と返してくる。俺は唯一許されている念話でミナモ先生に連絡を取ろうとしたのだが、上手く繋がらない。何かに念話を妨害されているような感覚があった。デバイス通信も上手く繋がらないようで、トリックマスターからデータ転送不可の回答がある。タイマーの表示は残り1時間半ほどだった。

 

「仕方ありませんわ。兎に角早く地上に戻って、このことを報告しませんと」

 

≪Caution. Suspicious people are approaching us.≫【警告。不審な人物が数人近づいてきます】

 

トリックマスターの報告にハッとして近くにあった機械の陰に隠れた。遮蔽物は他にもいくつもあったが、完全に体を隠せるようなものではなかった。

 

「トリックマスター、わたくしが囮になりますから、その隙に地上と連絡を」

 

≪I cannot accept your idea.≫【承服しかねます】

 

「あそこにあるのは質量兵器ですわ。早く伝えないと大変なことになります。魔法が使えないわたくしはむしろ足手纏いでしょう。それにトリックマスターのサイズなら、この通路を隠れたまま移動できそうですし」

 

≪…Sure.≫【…了解】

 

小声でトリックマスターに指示を出すと、若干不満そうではあったものの、同じく音量を抑えた回答があった。その時、何かが目の前に落ちてきて、周りに煙を吹き出し始めた。恐らく催眠、または催涙ガスの類だろう。もう一刻の猶予もない。

 

「お願いしますわよ、トリックマスター」

 

片手で口を押えながら、床の上を滑らせるようにトリックマスターを放り投げたところで、俺の意識はそのまま闇に落ちた。

 

 

 

=====

 

どのくらい意識を失っていたのだろう。気が付くと、小さな部屋で簡易ベッドらしきものの上にいた。衣服は脱がされて下着姿だった。一瞬状況が判らず起き上がろうとしたところで手足が拘束されていることに気付いた。四肢をベッドの柵に固定されているらしい鎖がじゃらっと音を立てる。

 

「目が醒めたみたいね」

 

声のする方に視線を向けると、そこにはあの女性が座っていた。

 

「ルル・ガーデン…」

 

「あら、何処でその名前を知ったのかしら? 爆弾を見られた上に名前まで知られたら、本当に生きて返す訳には行かないわね」

 

ルルは昨日見た笑顔とは全く違う冷たい笑みを浮かべて俺を見ていた。当初は転生者と話をしてみたいと思って彼女を追っていたのだが、今の一言で一気にその気が失せた。今、相手に余計な情報を与えるのは悪手だろう。ふと以前クロノやリンディさんから聞いた、大規模テロ組織の話を思い出した。

 

「そう言えば、管理世界、管理外世界を問わずに連続爆破テロを行っている組織がいるのでしたわね」

 

「それを聞いたところですぐに死んじゃう貴女には意味の無いことよ」

 

「…貴女達は何故こんなことを」

 

「だから無意味だって言っているのよ。そうね、貴女には必ず死ねる呪いをかけてあげる」

 

ルルはそう言うと俺の耳元に口を近づけて、言った。

 

「私は、転生したの」

 

 

 

ルルが俺に話した内容は予想の範囲内だったが、いくつかの収穫があった。1つ目は、転生話の呪いが新たな転生者を生み出すことを、彼女自身が知らないことだ。彼女は自分が転生の話をすることによって相手が死ぬということは理解していても、その相手が転生するということまでは気付いていない様子だったのだ。

 

それからもう1つ、彼女は「ギャラクシーエンジェル」に関する知識が全くなかった。会話の中に「ギャラクシーエンジェル」という単語や「トランスバール皇国」という単語等を織り交ぜて反応を伺ったのだが、そのどれにも興味を示さなかったのだ。つまり彼女が初対面の時に言っていた、「ミント・ブラマンシュ」を知らないというのは本当のことだった訳だ。

 

「あと1時間もしたら地上も巻き込んで大爆発が起きるわ。貴女だけでなく、お友達も一緒に逝けるのだから安心なさい」

 

そう言うとルルは立ち上がって部屋の扉を開けた。先程見た爆弾のタイマーは1時間半程度だった筈だから、俺が気を失っていたのは30分程度なのだろう。

 

「こんなことを続けていたら、いつか後悔しますわよ」

 

「面白いことを言うわね。良いことを教えてあげるわ。私はね、呪いの力で今まで邪魔な人間を何人も殺してきた。それで今の地位を手に入れたのよ。これからだって同じようにするわ」

 

不意に生前、アレイスターさんに聞いた言葉が頭の中に蘇ってきた。

 

『面白がって転生者を増やすような人がいたら、僕なら始末するだろうね』

 

違う、と思った。転生者が転生者を物理的に殺すことが出来るという話は、確証がなかった筈だ。このような人間は別の世界に行かせてはいけない。かといって、このままこの世界に留まらせることも危険過ぎる。何しろ、大切な友人達が今まさに危機に瀕しているのだから。だがいずれをも回避できる策など、浮かんで来るはずもなかった。

 

「そこの3人、爆弾が爆発するまでは他の人間を近づけないように、ここに残りなさい。それ以外は私と一緒にアジトに戻るわよ」

 

ルルがそう言って部屋を出る。入れ替わりに1人の男が部屋に入ってきた。

 

「じゃぁ、ね。お嬢ちゃん。もう二度と会うことも無いけれど」

 

ドアのところで一度だけ振り返ってそう言うと、ルルはドアを閉めた。

 

「貴方は良いんですの? このままではみんな爆発に巻き込まれて死んでしまいますわよ? 」

 

部屋の男にそう言ったが、彼は下卑た笑いを浮かべるだけで答えようとはしなかった。暫くすると、更に2人の男が部屋に入ってきた。

 

「…ルル様はもう行ったか? 」

 

「ああ。シャトルで離脱した。爆発までは? 」

 

「あと45分程だな」

 

男達が揃ってこちらを見る。

 

「な…何ですの…? 」

 

「お前さん、ルル様の呪いを受けたんだろう? ならいいとこ持ってあと数時間の命だ。尤もその前に爆発で吹き飛ばされちまうだろうけどな」

 

「最後のひと時、俺達と楽しもうぜ」

 

そう言われて、改めて自分が下着姿のままベッドに縛り付けられていることを思い出した。

 

「ちょっ…! 止めなさい、変態! ロリコン! ペドフィリア! 」

 

思わず普段なら使わないような言葉で男達を罵るが、それはむしろ彼らを悦ばせるだけだった。

 

「やだ! ユーノさん! フェイトさん! 」

 

思わず親友の名前が口をついて出た、その時だった。

 

<大丈夫。今助けるから>

 

フェイトの声が聞こえた気がした。次の瞬間、扉が吹き飛んだかと思うと、サイズ・フォームのバルディッシュを構えたフェイトが飛び込んできた。

 

「何だ、お前は! 」

 

男達が口々に叫んで、黒い塊を取り出す。拳銃だった。

 

「フェイトさん、危ない! 」

 

≪"Blitz Action".≫【『ブリッツ・アクション』】

 

聞き慣れたバルディッシュの声が響き、男達の拳銃が火を噴くのと同時にフェイトの姿が一瞬で消える。気が付くとフェイトはバルディッシュで俺を拘束していた鎖を断ち切っていた。

 

「貴様ぁ! 」

 

男達が慌ててこちらに照準を合わせようとする。

 

「コレット! 」

 

「任せて! 『ロード・オブ・ヴァーミリオン』!! 」

 

視界が朱に染まる。暴発事件からずっとマルチロックの練習に励み、旅行直前に漸く発動に成功した、ヴァーミリオン家伝来の魔法だった。

 

炎が収まると、そこには強固なバインドで雁字搦めにされた3人の男が倒れていた。

 

「貴女達は突っ込み過ぎです! 上手くいったからいいですけれど、もう少し先生達を頼りなさい」

 

ミナモ先生が入り口のところでデバイスを構えていた。どうやらバインドはミナモ先生がかけたらしい。

 

「ミント、大丈夫? 」

 

エステルがやってきて、鎖に繋がれて赤くなった手足にフィジカル・ヒールをかけてくれる。

 

「みなさん…ありがとうございます」

 

ホッとした瞬間に涙がぼろぼろと零れてきた。そんな俺をフェイトがそっと抱きしめてくれる。

 

「あ! ミナモ先生!! 質量兵器が…」

 

不意に爆弾のことを思い出し、先生にそう告げる。

 

「ええ、判っています。管理局にも通報済みですし、ベルカの騎士団も応援に来てくれています。私たちはこのまま避難しますよ」

 

脱がされていた制服は部屋の隅に放置されていたので慌てて着直した。

 

「あの…ユーノさんとマリユースさんは? 」

 

「トリックマスターの証言で、AMF発生装置が見つかったんだ。あの2人はそれを止める方に参加していたんだけれど…あ、来たよ」

 

ユーノとマリユースも合流して、一緒に避難することになった。

 

「ミント! 本当に、心配したんだよ…でも、無事で良かった」

 

ユーノはそう言いながら、預かってくれていたらしいトリックマスターを手渡してくれた。

 

≪Please, never behave like this time again.≫【こういうことは今回限りにして下さい】

 

「すみません、トリックマスター。判りましたわ」

 

 

 

=====

 

結局爆弾はベルカ騎士団と時空管理局フェディキア駐留部隊が解体し、爆発することは無かったが、実際に爆発していたとしたら相当な被害が出ていたらしい。そもそも磁気嵐すら偽情報で、どうやらテログループが被害を大きくするために客たちの足止め目的で流したものだったらしい。

 

「元々鉄筋の建物は爆弾の爆発だけでは早々壊れるものじゃないんだ。だがガス爆発が加わると被害は途端に拡大する。今回爆破テロを未然に防ぐことが出来たのは君達のおかげだ。本当にありがとう」

 

修学旅行を終えてクラナガンに戻った俺達は、何故かクロノに呼び出されて直々にお礼を言われることになった。結局今回の事件はトリックマスターが敵に見つかることなく地上に戻り、事情を的確に伝えてくれたからこそ回避できたのであって、俺はあくまでもおまけである。

 

「はぁ…」

 

「どうしたんだ、ミント? あまり嬉しそうじゃないな」

 

「判っていますわ。上げて、落とすんですわよね? 無謀だ、とか危険だ、とか」

 

「判っているなら話は早い。うちの艦長がお説教したくてうずうずしているんだ。一緒に来てくれるか? 」

 

「止めて下さいませ! わたくしのライフはもう0ですわ! 」

 

「何だ、まだ元気そうじゃないか。さぁ、こっちだ」

 

事件の後、俺は勝手に行動して危険な目に遭ったことをユーノやフェイトに怒られ、コレットやエステルに怒られ、ミナモ先生に怒られ、ベルカ騎士団の人に怒られ、サリカさんとリニスに怒られ、アルフに詰られ、イザベル母さまに怒られ、族長に怒られた。これから向かう部屋にはリンディさんとプレシアさんが待っていることだろう。

 

一応、俺の行動があったからこそSt.ジルベール空港は爆破されずに済んだということもあって、お説教だけで済んでいるのがせめてもの救いではあるが、ずっと怒られ続けるというのはかなり精神を蝕むのだ。

 

「大丈夫、私達も一緒に行くから」

 

フェイト達が微笑みかけてくれることで、何とか平静を保つことが出来ているが、そうでなかったら泣いていたかもしれない。

 

 

 

だが、それはまだ良い。それよりも大きな問題が目の前にあった。

 

前世でアレイスターさんが言っていた通り、ルルの呪いは俺には作用しなかった。図らずも我が身を以てアレイスターさんの話が正しかったことを立証してしまった訳だが、今まさにテログループを摘発しようとしているクロノ達はそういう訳には行かない。万が一彼らがルル・ガーデンと対峙することになったら、彼女の言葉は決して聞いてはならないのだ。

 

聞いてしまったら最後、数時間以内に必ず死に至る呪いの言葉が存在することを。その言葉を躊躇うことなく発してくる女性がいるであろうことを。俺自身が発動条件すら良く判っていない呪いを発動させることなく、クロノ達に伝える必要がある。

 

もし伝えないのであれば、俺自身が彼女との決着を付けなくてはならない。だがそのためには俺が彼女と戦うことが出来る立場にならなければならない。だがこれは私闘になるだろうから、例え嘱託であったとしても局員として遂行することは出来ない。

 

仮に戦うことが出来たとしても、相手を殺してしまうことなく、それでいて呪いを使用することが出来ない状態に持ち込む方法を見つけなくてはならないのだ。

 

八方塞だった。

 

これからのことを考えると、溜息しか出なかった。

 




どうしてもキリがいいところで終われず、通常投稿の1.5倍くらいの長さになってしまいました。。
そろそろ物語が第3部に向けて動き出そうとしていますが、作者としてはさっさとジュエルシード事件を終わらせて、またのんびりと日常のお話を書きたいな~と思っています。。

タイトル詐欺と言われないように、非日常は早めに終わらせましょう。。終わるといいな。。

※磁気嵐について違和感を持たれる方が何人かいらっしゃいましたので、説明文を追記しようとしたところ、記載ミスが発覚しましたので、合わせて修正しておきました。。
 

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