他愛もない日常のメロディー   作:こと・まうりーの

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第18話 「喧嘩」

長距離次元航行を終えた民間船がブラマンシュ衛星軌道上のベースに到着し、真っ先に出迎えてくれたのは馴染みの管理局員、マーカスさんとベアトリスさんだった。

 

「お久し振りですわ。その節は大変お世話になりました」

 

「ベアトリスにも聞いたが、何だか色々と大変だったようだな。まぁ、見たところ元気そうで何よりだ」

 

マーカスさんは一応管理局員なのだが、ベアトリスさんのことを「シャリエ二等空曹」と呼ぶことはない。逆にベアトリスさんもマーカスさんのことはいつも「マーカスさん」と呼んでいる。ブラマンシュに駐留している局員達は、そういう意味では大らかなのかもしれない。尤もこのため俺はずっとマーカスさんの名字も知らなかった(と言うよりは気にしていなかった)訳だが、改めて聞いてみたところ「オージェ空曹長」と言うのだそうだ。

 

今回は俺が帰省することをイザベル母さまから聞き、それなら巡回の時間を合わせてシャトルに便乗できるようにと申し出てくれたのだそうだ。

 

「それで、そちらが友達か」

 

「ええ。紹介致しますわ。わたくしの親友、フェイトさんとその使い魔のアルフさん、それからフェイトさんのお母様のリニスさんですわ」

 

「ミント!? 違いますよ。お母様ではなく、お母様の使い魔です!」

 

「失礼、噛みましたわ」

 

絶対わざとですね、と言うリニスに笑いながら謝る。実は長距離次元航行の間殆ど寝てしまっており、先程起きたばかりで上手く口が回らず、うっかり言い間違ってしまっただけなので「かみまみた」とかふざけたりはしない。ちなみにサリカさんはこの場にはいないが、仕事の都合で1日遅れて到着する予定だ。

 

「まぁ、よろしくな。俺はマーカス、そっちの女性がベアトリスだ」

 

よろしく、とベアトリスさんも微笑む。

 

「あの、ベアトリスさんってもしかしてミントが怪我した時の…? 」

 

フェイトが恐る恐る尋ねると、ベアトリスさんは少し照れたように頷いた。

 

「大したことは何も出来なかったけれど」

 

「いえいえベアトリスさんがいなかったら、わたくしは冗談抜きで殺されていましたわよ」

 

フェイト達には以前違法魔導師に叩きのめされた経緯を話していたので、それを憶えていたのだろう。フェイトに尊敬の眼差しを向けられたベアトリスさんはますます照れてしまった様子だった。

 

「それにしても完治したようで良かったわ。私はまだギプスが外れる前にこっちに戻ってきちゃったし、イザベルさんがその後のことも話してはくれたけれど、ブラマンシュの人達も心配していたわよ」

 

そう言えばブラマンシュへの連絡は殆ど母さまに任せきりだった。今回は心配をかけた人達にも直接経緯の報告をしておいた方が良いだろう。

 

「そうだ、それで思い出したんだがスクライアの坊主にはまだ怪我のこと、話していないんだってな」

 

「ええ。こういうことは通信などでお話ししても下手に心配させるだけですから。後程わたくしから直接お話ししますわ」

 

むしろ話さないで良いならそのまま黙っていたいことではあるのだが、周りがみんな知っていることなのだからユーノに対してだけ隠し続けるのも逆に難しいし面倒だろう。だったらタイミングを見て、過去の話として話してしまった方が良い。

 

「判った。あぁそれと坊主の方は1時間後の船だそうだ。少し待たせちまうが、どうせなら一緒に送った方がいいだろうよ」

 

「そうですわね…」

 

辺りを見回すと飲食スペースのついた喫茶店のようなお店もあったので、そこで時間を潰すことにした。マーカスさんやベアトリスさんも誘ったのだが、勤務中であることを理由に固辞された。何でもベース内の警備も仕事のうちなのだとか。

 

「坊主が到着したら声を掛けるからよ。それまではのんびりしていてくれ」

 

「了解ですわ。ありがとうございます」

 

マーカスさん達にお礼を言うと、少しお値段が高い紅茶を購入して窓際の席に座った。

 

「これがブラマンシュ…綺麗な星だね」

 

「うん、きれいー」

 

窓の外に見える惑星ブラマンシュを眺めながらフェイトが呟き、アルフが相槌を打つ。ちなみにアルフはここ1か月で随分と成長し、身長は100cmに達していた。112cmのフェイトはともかく、105cmしかない俺はすぐに追い越されてしまうだろう。体重の方はダイエット作戦が功を奏して15kg程度まで絞り込むことに成功している。

 

「ミッドチルダも似たような感じの筈ですが、本局は次元空間にあるので見えないようです」

 

「大気や水がある星はみんなこんな感じなのでしょうけれど。そう言えばミッドチルダの地表から見えるのは色が淡いですし、ここまで鮮やかな景色を見た記憶はありませんわね」

 

リニスに言われて改めて思ったのだが、確かに時空管理局本局で窓から見た景色は大体艦船の係留ポートばかりだった。地表から見えるロシュ限界を超えたような星も、ミッドチルダの大気越しだとうっすらとしか見えない。こんな綺麗な景色が見れないなんて勿体ない、と思いつつ紅茶を口にする。チェーン店っぽいお店の割にいい茶葉を使っているらしく、味はとても良かった。

 

その後も暫くフェイト達と他愛もない雑談を続けて、ふと気が付くとテーブルの横にマーカスさんが立っていた。時計を見ると1時間は既に過ぎていた。

 

「声を掛けて下さっても良かったですのに」

 

「いや、女3人寄れば姦しいっていうがよ。ポンポンと新しい話題が出て来るもんだから声を掛ける切欠がなかなか掴めなくてよ」

 

頭を掻きながらマーカスさんが言った。

 

「スクライアの坊主はさっき到着したぞ。あっちでベアトリスと一緒に待ってる」

 

「ありがとうございます。ではわたくしの幼馴染に会いに参りましょうか」

 

 

 

ロビーに出ると直ぐに、少し大きめの荷物を持ったユーノが目についた。

 

「ミント!久し振り」

 

「お久し振りですわ、ユーノさん。まずは紹介しますわね」

 

先刻と同じようにフェイト達を紹介する。

 

「初めまして。話はミントから良く聞いているよ。フェイトって呼んでも? 」

 

「うん、問題ないよ。私もユーノって呼ぶね」

 

「よろしくお願いします。私のことはリニスと呼んで下さいね」

 

「アルフはアルフだよ」

 

お互いの紹介を済ませ、俺達はマーカスさん達と一緒に地表に降下するシャトルに向かう時、ふとユーノが持つ荷物が気になった。

 

「随分と大荷物ですわね」

 

「そうかな? 一応1週間滞在するんだから、着替えとかは必要だよね? っていうか、ミントの荷物はどうしたのさ? 」

 

そこまで言われて気が付いた。確かにデバイスの格納域をクローゼット代わりにするのはあまり一般的ではない。フェイト達と初めてクラナガンで会った時に、俺自身が思いつかなかったことなのだ。

 

「これはフェイトさん直伝の手法なのですわ。私の荷物はこれだけですわよ」

 

背中の小さなリュックを開け、中からアンティークドールを取り出す。

 

「あら、かわいいお人形さんね」

 

「見た目に騙されてはいけませんわよ、ベアトリスさん。トリックマスター、ご挨拶を」

 

≪Hello, everyone. Nice to see you.≫【みなさん、初めまして】

 

自立し、軽く手をあげながら挨拶するトリックマスターにユーノもベアトリスさんも驚いたようだった。

 

「えっと、トリックマスターって確かミントのデバイス名だよね? この人形がデバイスなの? 」

 

「ええ、待機モードが人形に設定されているのですわ。それでユーノさんの質問への答えがこちらです」

 

トリックマスターの格納域からケープを取り出して羽織る。

 

「この時期、地上は少し冷えますからね」

 

「…ああ、なるほど!デバイスのストレージに荷物を入れているんだ」

 

早速ユーノがレイジングハートを取り出し、格納域に荷物を格納可能か確認した。結論から言えば、レイジングハートの格納域はトリックマスターやバルディッシュほど大きくはないものの、ユーノの荷物くらいなら何とか格納できることが判った。

 

「ありがとう、レイジングハート。おかげで随分身軽になったよ」

 

≪You are welcome.≫【どういたしまして】

 

「おう、お前ら早くしないと置いていくぞ」

 

マーカスさんに急かされながら、俺達はシャトルに乗り込んだ。

 

 

 

=====

 

シャトルでブラマンシュの地表に降下している最中、リニスが体調を崩してしまった。巡回を終えベースに戻らなければならないマーカスさんやベアトリスさんと別れると、俺達は集落にある俺の実家にリニスを運び込んだ。

 

「魔力素が身体に合わないようですね。すみません、気を遣わせてしまって」

 

異なる世界に行った際に、偶に発生する病気のようなものだ。魔導師は大気中の魔力素をリンカーコアに取り込んでそれを魔力に変換するのだが、極稀に魔力素とリンカーコアが適合しない場合があり、体調を崩してしまうのだ。魔力素不適合症と言うらしい。

 

「リニス…本当に大丈夫? 」

 

「命に関わるようなことはありませんよ、フェイト。大丈夫、2日もすれば確実に順応できますから」

 

魔力素不適合症には個体差があり、何処で誰が発症するかは実際に行ってみなければ判らないのだとか。幸い一過性でリニスが言うように命に関わるような病気ではなく、伝染もしない。早ければ数時間、遅くても1~2日でリンカーコアが魔力素に適合するのだそうだ。

 

「リニスさんのことはお母さんに任せて、貴女達は折角だから出かけてきたら? 」

 

「そうですわね。ここにいても何が出来るという訳でもありませんし」

 

「本当にすみません。数か月ぶりの母娘再会の邪魔をしてしまって」

 

「お気になさらず。どちらにしてもフェイトさん達には集落周辺を観光して貰おうと思っていましたから」

 

魔力素不適合症が危険な病気ではないと判って多少安心したのか、フェイトもアルフも出かけることに賛成した。

 

「明日になればサリカさんも到着しますわ。さすがにリンカーコアの病気は看護師さんやお医者さまの範疇ではないでしょうけれど、少なくともわたくし達よりはずっと病人への対応方法を心得ている筈です」

 

「でも、この病気を発症している最中に無理して魔法を使ったりするとリンカーコアがダメージを受けて、回復までの時間が長くなるって聞いたことがあるよ」

 

「えっ、そうなんだ…リニス、魔法は絶対禁止だからね」

 

ユーノが披露した知識を聞いてフェイトが慌てて念を押す。

 

「大丈夫ですよ。私だって越年祭は楽しみなんですから。年末年始を寝て過ごしたくはありません」

 

リニスは苦笑しながら答えた。越年祭当日まであと3日。治るまで大人しくしていればリニスも問題なく参加可能だろう。

 

「ではお母さま、リニスさんのことよろしくお願いしますわね。行ってまいります」

 

「あ、ミント。念のため帰りにダリウスさんのところで睡眠導入薬を分けてもらってきてくれる? この手の病気はゆっくり寝ていた方が良い筈だから」

 

「了解ですわ」

 

 

 

ブラマンシュの自然は、フェイトにもアルフにも好評だった。針葉樹が多いアルトセイムの自然とはまた少し違う、樹木の層が複数に分かれた森は樹冠などが日光を遮ってしまうため多少暗く感じるものの、下草が生え難いので散策もし易く、冬の澄んだ空気も美味しく感じる。

 

「ブラマンシュに生まれて、本当に良かったと思う瞬間ですわ」

 

深呼吸をしながらそう呟いた。もし前世で肺癌などになっていなければ、いくら美味しい空気でもここまで感謝はしなかったかもしれない。隣を見ると、フェイトもアルフも、ユーノに至るまで同じように深呼吸をしていた。ふーっと吐く息が白くなる。

 

「本当…気持ちいいね。アルトセイムと比べても、少し空気が濃い感じがするよ」

 

「おもったほどさむくないね」

 

クラナガンと比べると大分寒いと思うのだが、アルフ的にはそれほど気にはならないようだった。

 

「以前はよくここの脇道を抜けて、小川の方に行ったよね」

 

「かわ!いってみたい」

 

早く早くとはしゃぐアルフについて小川までの道を歩く。小川にはすぐに辿り着き、アルフが川底を覗き込んでいた。

 

「アルフさん、気を付けて下さいませ。水に落ちて風邪でも引いたら、リニスさんが治っても今度はアルフさんがお祭りに参加できませんわよ? 」

 

「うぅ…わかったー」

 

夏なら水遊びも出来たのだが、この時期はさすがに遠慮したい。小川の水は元々湧水で、越年祭で入る湖ほどではないものの水温はかなり低いのだ。

 

実はリニスやアルフといった使い魔は供給される主の魔力を消費して常時バリアジャケットを構築しているようなものなので、万が一水に落ちても風邪をひくことはないのだが、少し脅かしておく。その意図に気付いたらしいフェイトも苦笑していた。

 

 

 

森林散策を終えて集落に戻ると、今度は反対側にある湖に行くことになった。途中、集落の中心にある広場にさしかかった時、アルフが古い家具や木材などが積み上げられているのを気に留めた。

 

「あれはごみ? 」

 

「いいえ、越年祭で使う篝火になるのですわ。あそこで大きな火を焚いて湖に浸かった身体を温めながら、周りに置かれたお料理を食べますのよ」

 

「ごみって言えば、集落の中にはごみが全然ないんだね。すごくきれい」

 

「ちゃんと掃除しているのですわ。分別も確りやって環境に配慮しませんと、折角の自然を壊してしまいかねませんから」

 

「僕も2年前に随分と仕込まれたよ。ブラマンシュでは特にごみの分別が厳しいんだ」

 

ユーノに分別を仕込んだのはイザベル母さまだ。俺も一緒にみっちりと教え込まれた。その時のことを思い出したのか、ユーノも少し苦笑気味だった。

 

「おお、ミント久し振りじゃな。ユーノも来ておったか。で、そちらのお嬢さん方はお友達じゃな? 」

 

そろそろ湖の方に移動しようかと思っていると、突然声を掛けられた。そこにいたのはブラマンシュの長老だった。

 

「ご無沙汰しております。ただいま戻りましたわ。年が明けたらまたクラナガンですが」

 

「怪我の方はもういいのかの? 集落のみんなも随分と心配したのじゃぞ」

 

「え…怪我? 」

 

ユーノが驚いたような声を上げ、こちらを見つめる。自分で説明しようと思っていたのだが、タイミングを見極めきれず、ずるずると先延ばしにしたことを一瞬後悔した。まぁ今となっては後の祭りである。

 

「はい、もう全く問題ありませんわ。ご心配をおかけしてしまい、申し訳ありません」

 

フェイトも紹介し、少し世間話をしてから長老と別れた。

 

「ミント、怪我って何のこと? 」

 

「本当は今夜にでもわたくしからちゃんとお話ししようと思っていたのですが」

 

俺はそっと息を吐き、事の次第をユーノに説明した。

 

 

 

「そんな…どうしてもっと早くに教えてくれなかったのさ!? 」

 

「怪我をした直後はとても連絡できる状態ではありませんでしたのよ? ギプスが外れて漸く手が使えるようになって、それでも当時はまだデバイスはありませんでしたし」

 

「だったら手紙だけでもくれればよかったのに!」

 

「興奮しないで下さいませ。手紙で怪我のことなんて伝えたら、心配をかけるだけではありませんか」

 

「その後だって、何度もデバイス通信をしてるよね!その時だって怪我のことなんかは一言も…」

 

「通信だって、直ぐに会えない状態で伝えたら不安に思うだけでしょう!」

 

フェイトが隣でおろおろしている。アルフは呆然と見つめている。申し訳ないことに巻き込んでしまったと思いつつ、ユーノを落ち着かせようと声を掛けていたのだが彼の興奮は収まらず、いつしかこちらもヒートアップしてきてしまった。

 

「それでも僕は知っておきたかった!秘密にして欲しくなかった!」

 

ゴメンなさいと一言謝れば、この場は収まるだろう。だが何故かそれは違うような気がした。

 

「ユーノさんはわたくしの何なんですの? 親? 兄? わたくしのことを心配してくれているのは判りますが、その心配をして欲しくなくて伝えないことだってありますのよ!」

 

その場の温度がすっと下がった気がした。

 

「他でもないミントのことだから…僕は心配したかった。心配をさせて欲しかったよ」

 

「…ユーノさん」

 

「ゴメン、ちょっと先に戻ってる」

 

そう言うと、ユーノは広場から立ち去った。俺は軽く溜息を吐くと、苦笑しながらフェイトを見た。

 

「申し訳ありません。少し感情的になってしまいましたわ」

 

「え…ううん、それはいいんだけど…ユーノ、追いかけなくていいの? 」

 

「今追いかけても、かける言葉が浮かびませんわ。少し頭を冷やさせて下さいませ」

 

「ミント、けんかよくないよ」

 

「そうですわね…」

 

曖昧な返事をアルフに返すと、俺は広場の隅にあるベンチに腰かけた。フェイトとアルフも隣に座る。

 

「…私が初めてミントに会った時、ミントはもう怪我をしていたよね」

 

「そうでしたわね」

 

「片手で松葉杖をついていて、最初足が悪いのかなって思ったんだ。それなのにもう片手で人形を抱きしめて」

 

クスリと笑いながらフェイトが言う。

 

「後で話を聞いた時、そんなに酷い怪我だったなんて知らなかったからちょっと驚いたんだ。でも心配するっていうのとはちょっと違った。だって私たちが知り合った時、ミントはもう元気だったから」

 

「……」

 

「でもユーノはもしかしたら、怪我をする前のミントも知っているから、不安や心配が私よりも大きいのかも」

 

「…どうなのでしょうね」

 

「でも、しんぱいしたかったっていってたよ? 」

 

≪I guess, Yuuno Scrya loves my master.≫【思うに、ユーノ・スクライアはマスターに恋していますね】

 

急に背中から声が聞こえた。背負っていたリュックを下ろし、中からトリックマスターを引っ張り出す。

 

「ずっと静かでしたから、寝ているのかと思いましたわ」

 

「それより、恋ってどういうこと? 」

 

思いのほかフェイトの食い付きが良い。

 

≪According to his behaviour, he wanted you to rely on him bit more. He was not only anxious about you, but also wanted to share your trouble to support you.≫【先程の言動からすると、恐らく彼はマスターにもう少し信用して欲しかったのでしょう。ただ単に心配したかった訳ではなく、打ち明けてもらった上で怪我をしたマスターの支えになりたかったのだと推測します】

 

おおー、とアルフが感嘆の声を漏らす。意味を分かっているとは絶対に思えないのだが。

 

≪Have you got any clue for this, master?≫【心当たりは? 】

 

「…半年前に告白されましたわ」

 

「え!? ミント結婚するの!? 」

 

「しませんわよっ!? どうしてそこまで話が飛躍するんですか!? 」

 

「そ、そうだよね…結婚っていろいろ準備が必要だろうから、すぐには出来ないよね」

 

「…いえ、そういう問題ではなく」

 

≪You two are too young to date each other with a view to marriage. In general, the first love does not accomplish. You do not need to think about it seriously.≫【まぁ、お互いまだ結婚を前提としたお付き合いすら早い年齢ですから。初恋は概して実らないものとも言いますし、あまり深刻に捉えすぎなくてもよいかと】

 

「…そうですわね。ありがとうございます」

 

魔法のことでもないのにいつになく真面目にアドバイスをくれるトリックマスターと、天然さを醸し出してくれるフェイトのおかげで少しだけ気が楽になった。

 

「それにしても、今日は随分と真面目ですのね」

 

≪Well, other people's misfortune and love story taste like honey.≫【そうですか? 他人の不幸と恋バナは蜜の味ですよ】

 

「……」

 

「ねーミント、なかなおりは? 」

 

「そうですわね、ちゃんと仲直りしないといけませんわ。とりあえず一度帰りましょう」

 

何だかアルフが一番の常識人のような錯覚に陥りながら、俺達は一度帰宅した。ユーノは宛がわれた部屋にいるとのことだったが、うっかりダリウスさんに睡眠導入薬を分けてもらうのを忘れてきたので、結局もう一度出かけることになってしまった。

 

 

 

=====

 

その日の夕食はイザベル母さまが作ってくれることになった。俺も手伝いたかったのだが、今日だけは自分が作るのだと言って聞かなかったのだ。

 

「ミッドチルダから到着した当日くらい、少しゆっくりしていなさい。そうだ。ご飯の前にお風呂にでも入ってきたら? 」

 

母さまの勧めに従ってお風呂に行くことにした。久しぶりの源泉かけ流し露天風呂だ。フェイトにも声を掛けたのだが、リニスの様子が心配だから後にする、との回答があった。

 

「トリックマスター、着替えを出して下さいませ」

 

≪Sure...Well, regarding our conversation just before,≫【了解…そう言えば先程の話ですが】

 

着替えを格納域から出しながら、トリックマスターが言ってきた。

 

「どうしました? 」

 

≪I think you like Yuuno Scrya as a friend, but his love seems to be too much for you. You do not need to mind it, because it is natural behaviour as your age. But...≫【マスターはユーノ・スクライアのことを友達として好きでも、彼の好意は今のマスターには重いのでしょう。それは年齢的に当然のことですから気にする必要はありません。ですが…】

 

「ですが? 」

 

≪Have you told him what you think?≫【貴女がどう思っているのかは、もう伝えたのですか? 】

 

「すぐには答えを出せない、と言うことは以前伝えてありますわ」

 

≪That is not good. Why do not you give him the final notice?≫【それは良くありません。さっさと引導を渡してしまいましょう】

 

「何故そこで引導を渡すのですか…」

 

半年前の気持ちは今でも殆ど同じで、ユーノのことは好きだがそれが恋愛感情かと言えば違うと思う。誕生日を過ぎて6歳になったところで、半年程度ではそうそう変わるものでもない。

 

≪All kidding aside, I believe that he is the one who felt uneasy about the relationship with you.≫【冗談は置いておくとして、恐らく彼自身がマスターとの関係に不安を抱いているのだと思います】

 

「不安、ですか? 」

 

≪Yes, it will be uneasy if a person cannot understand the intention of a loved one.≫

【想いを寄せる相手の気持ちが判らないのは、不安なものですよ】

 

「…何でトリックマスターがそんなことを知っていますの? 」

 

≪As I told you, other people's love story taste like honey. I browsed several web sites.≫【先ほども言いましたが、他人の恋バナは蜜の味ですよ。色々なサイトを検索済みです】

 

本当にどこまでもおかしなAIだと思う。

 

「とりあえず、お風呂から上がったら改めてユーノさんと話してみますわ。では行って参りますわね」

 

≪See you later.≫【行ってらっしゃいませ】

 

 

 

脱衣所に着くと、スクライアの民族衣装が置いてあった。それはつまりユーノがお風呂に入っているということだ。間が悪い、と思い脱衣所を後にしようとして、ふと足を止めた。俺はさっき母さまから「お風呂に入れ」と言われてここに来たのだ。そして客人であるユーノはお風呂を使う際に当然母さまに断りを入れるだろう。

 

「…確り話し合ってこい、と。そういうことですわね」

 

何も気づかない振りをしつつ何でも知っている母さまに脱帽するのと同時に溜息を吐くと、服を脱いで露天風呂へのドアを開けた。

 

「ミミっ、ミント!? 」

 

「失礼ですわね。これは耳ではなくてテレパスファーですわ」

 

自分で言って、滑ったかな、と思った。お湯に浸かる前に横の洗い場で手早く髪と身体を洗う。

 

「ゴメン、僕はもう上がるから、ごゆっくり」

 

「あら、折角だから久し振りに一緒に入るのも良いのではないですか? 1年前くらいまでは良く一緒に入ったではありませんか」

 

「や、でも恥ずかしい…」

 

「すみませんユーノさん、そこ、少しつめてもらえます? 」

 

とりあえず強引にユーノの隣でお湯に浸かった。

 

「露天風呂は気持ちいいのですが、冬は入るまで寒いのが難点ですわね」

 

「う、うん。何かさ、ミントってこういうところ無防備だよね」

 

「別にユーノさんはいきなり襲いかかってきたりはしないでしょう? 仮に来たとしてもフライヤーで丸焦げにして差し上げますけれど」

 

「丸焦げって、殺傷設定入ってるよね!? 」

 

「ええ。殺傷設定の魔法は痛いですわよ。経験者が言うのですから間違いありません」

 

冗談めかしてはいるが、本題である。ユーノがハッとしたような表情をした。

 

「ユーノさんは、わたくしが怪我をした時、そのことを知った上で心配したかったと言いましたわよね? 」

 

「うん」

 

「それはユーノさんの自己満足なのですわ」

 

「っ!」

 

「そして、わたくしがユーノさんに心配して欲しくなくて、怪我のことを伝えなかったのは、わたくしの自己満足です」

 

「…」

 

「その件に関しては、お互い様ということで水に流しませんか? 」

 

「…ミントはさ、僕のことをどう思っているの? 」

 

「大切なお友達、ですわね」

 

「フェイトは? 」

 

「大切なお友達、ですわね」

 

「そっか…」

 

「ユーノさん、正直なところ今のわたくしにとって、お友達と呼べるような人はユーノさんとフェイトさんだけですのよ」

 

「うん…えっ? そうなの? 」

 

一瞬、最年少執務官の顔が頭に浮かぶが、彼を友達と呼ぶのは少し違うだろう。アルフ辺りは友達として数えてもいいかもしれないが。

 

「学校に行くのも、たくさんの友達と知り合って楽しく過ごすためですわ。そこでたくさんのお友達が出来たとしても、ユーノさんがわたくしのお友達第一号であることに変わりはありませんわよ? 」

 

「…うん」

 

「焦るようなことではありませんわ。わたくし達はまだこれからずっと長い時間を生きていくのですから。恋愛感情だって普通はそうした中で理解していくものだと思いますわよ」

 

「そう…だね」

 

ユーノの返答がはっきりしない。改めてユーノをみると、顔が真っ赤だった。

 

「ミント…ゴメン、僕もうダメかも」

 

ユーノはそう言うと、俺に覆いかぶさるように倒れてきた。慌ててユーノの体を支えようとするが、バランスを崩してお風呂の淵で仰向けに倒れてしまい、ユーノに押し倒されたような形になる。

 

「……!」

 

唇に柔らかいものが押し当てられた感触があった。目の前にユーノの顔がある。頭が上手く回らない。視界の隅に、お風呂場の入り口のところで親指を立てているトリックマスターの姿が映った。

 

一瞬の後。

 

「トっ、ト…トリックマスタぁぁぁぁぁっ!!」

 

俺の叫び声に呼応するように、脱衣所の方から「気づかれちゃった!」「大丈夫、逃げるわよ」と言う声が聞こえた。フェイトと母さまの声だ。2人ともここにいたということは、結局最初から示し合わせていたのだろう。それを把握した瞬間、どっと脱力してしまった。

 

「…はっ、そうですわ。ユーノさん!? 」

 

ユーノは完全にのぼせてしまっていた。慌てて身体強化の魔法をかけ、脱衣所までユーノを運んで寝かせると、お腹が冷えないようにバスタオルをかけ、足を冷水で冷やしたタオルで拭いていく。幸い症状は軽く、少し休んでいれば大丈夫そうだったのでリニスと同じ部屋で休んでもらうことにした。

 

 

 

この日、不可抗力とはいえユーノとキスをしてしまった。あの状態だと本人が憶えているかどうかは怪しいところだが、母さまやフェイト、トリックマスターにも見られてしまっているので、誤魔化すことも出来ない。

 

だが何故か不思議と、イヤな気持ちはしなかった。

 




今回のお話は、当初「越年祭」というタイトルになる予定でした。。

でも何故か越年祭までお話が進みませんでした。。なので、それ以外のサブタイトルをつけようと思ったのですが、しっくりくるものがなかなか思い浮かばず、苦肉の策で「喧嘩」としました。。

ですが、タイトルにできるような大きな喧嘩にはなっていませんね。。

※本局からミッドチルダが角度的に見えないとしていた部分を、次元空間にあるため見えない、に修正しました。。ご指摘ありがとうございます。。
 上記に合わせて、その後のミントのセリフにも若干修正を入れました。。


 

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