他愛もない日常のメロディー   作:こと・まうりーの

36 / 83
第15話 「昔話」

とりあえず俺たちは手早く草むしりを終えると屋内に戻ることにした。子狼はフェイトに抱かれ、撫でられながら気持ちよさそうに目を閉じている。

 

「問題なのは、入学する半年後以降ですわね。現時点で考えられる候補としては、まずフェイトさんが入寮を諦めてわたくしと一緒にサリカさんの家から通学することと…」

 

「私は予定通り入寮するけれど、この子だけでもミントのところで預かってもらうこと、くらいかな」

 

「正直、後者はあまりお勧め出来ませんね」

 

リニスの言葉に俺達は頷く。使い魔とはいっても1つの命。術者には使い魔に対する責任があり、面倒を見る義務がある。

 

「いずれにしても黙って連れ帰る訳にもいきませんわね。トリックマスターの調査が終わったら一度サリカさんにも連絡を取りましょう」

 

「うん。私もバルディッシュの調整が終わったら母さんに連絡してみるよ」

 

「リニスさんは精神リンクとかでプレシアさんに連絡を取ったりすることは出来ませんの? 」

 

「精神リンクはある程度の感情を察知するくらいで、連絡に使うようなものではないのですよ。基本的に使い魔の側から主の方に感情を流すことは出来ませんし」

 

そう言いながら、リニスはすっと席を立った。

 

「ミルクを温めてきますね。貴女達も何か飲みますか? 」

 

「わたくしもミルクをお願いしますわ」

 

「あ、私もお願い」

 

 

 

リニスが淹れてくれたホットミルクを飲みながら、俺たちは話を続けた。子狼の前にも人肌程度に温められたミルクがお皿に注がれており、先程からおいしそうに舐めている。

 

「この子がリニスと同じように確り分別のついた行動が出来るようになるまで、どのくらいかかるかな? 」

 

「個体差もありますから一概には言えませんが…そうですね、大体半年から1年といったところでしょうか」

 

「ギリギリですわね」

 

半年後には俺もフェイトも魔法学院に入学する。仮にフェイトが入寮を諦めたとしても、学校に行っている間は面倒を見ることは出来ない。サリカさんは当然のように病院のシフトがあるし、リニスはプレシアさんの手伝いでアースラに行っているだろうから、この子は1人で留守番しないといけない状態になる。ある程度精神的に成長して、ちゃんと留守番が出来るようなら問題ないが、そうでないなら誰かが傍についていてあげないと可哀想だし躾をするにしても問題が多い。

 

「1か月もしたら人間形態に変身できるようになるのでしたわね。それなら尚のこと、ネグレクトは問題ですわ」

 

「すみません、私がついていながらそんなことにも思い至らなくて」

 

確かにいつもしっかり者のリニスがうっかりミスをするのは珍しいことだったが、話を聞いてみると、どうやら子狼にかつての自分を重ねて見てしまい、出来れば助けてあげたいという気持ちが先に立って判断を鈍らせていたらしい。

 

「もう20年以上昔のことになりますが、私もこの子と同じように瀕死の重傷を負ったことがあるんです。それを助けてくれたのがアリシアとヴァニラでした」

 

リニスが話してくれたのは、まだリニスが使い魔になる前の出来事だった。

 

「今ここにヴァニラがいてくれたら、きっとこの子は使い魔にしなくても助けてあげられたのでしょうけれど」

 

「私も母さんの話でしか聞いたことなかったけれど、そんなに凄い魔導師だったの? 」

 

「当時は私も魔法のことなど全く判っていない1匹の山猫でしたが、今にして思えばあれはどう贔屓目に見ても軽くSランクはある魔法でした。それをデバイスなしで行使した訳ですからね。後でプレシアから聞いた話では、彼女の魔力ランクは当時AA+程度だったそうですから、もしかしたら治癒魔法に関するレアスキルでも持っていたのかもしれません」

 

今となっては知る術もありませんが、とリニスは寂しそうに言った。

 

「そう言えば、リニスさんはどうしてプレシアさんの使い魔になったのですか? 今の話の流れだと、使い魔になる要素がありませんわよね? 」

 

「それを説明するにはヒュードラ…魔力駆動炉の暴走事故のお話をする必要がありますね。ミントは暴走事故のあらましを知っていますか? 」

 

「大まかなお話であれば、プレシアさんから伺っておりますわ。ヴァニラさんとアリシアさんが行方不明になった事故ですわね」

 

リニスは頷くと、その時の状況を話し始めた。魔力駆動炉の暴走事故が発生し、溢れ出した粒子状のエネルギーが呼吸可能な空気を無くしてしまったこと。偶々フィールド型の物理遮断結界を使っていて難を逃れたリニス達だったが、その内部に確保できていた空気も徐々になくなりつつあったこと。ヴァニラが危険を覚悟で1人で移動魔法を使うことにより、アリシアとリニスの為の空気を確保しようとしたこと。そしてそれを良しとしなかったアリシアが強引にヴァニラにしがみつき、一緒に移動してしまったこと。

 

「事前にフィールドが固定されていたおかげで、私だけは助かることが出来ました。周辺の空気が回復した後、プレシアがアリシアを探しに来たのですが、そこにいたのは私だけだった、という訳です」

 

「その時の状況を確認するためにリニスさんを使い魔にしたのですわね」

 

「理由は他にも色々とあったのですが、それも理由の一つです。ヴァニラの両親にも状況を説明をしないといけませんでしたから。それから行方不明になった2人の捜索を補佐する助手も必要でした。ですが捜索の甲斐なく、一切手掛かりが掴めないまま時間だけが過ぎてしまったのです」

 

「その…今は捜索は? 」

 

「さすがに15年が経過した時点で捜索は打ち切りました。エスティアの事件もありましたし」

 

「エスティア…事件? 」

 

「ヴァニラの父親が艦長を務めていた艦の名前ですよ。巡航L級2番艦、エスティア。その話は聞いていないのですか? 」

 

「クロノさんから、8年前に何か事故があったということは聞いておりますわ」

 

「そうですか。そう言えばクロノの父親は提督補佐で、エスティアの艦長補佐もしていましたね。では事故があったということだけ認識しておいて下さい。もともと転移事故で2人が別の世界に飛ばされてしまったことも考慮して、エスティアからも管理世界、管理外世界を問わず行った先々の情報を提供して貰っていたのですが…」

 

「今度はエスティア自体に事故が起きて、情報が提供されなくなった訳ですわね」

 

「そうです。それにその事故から暫くはアリア…ヴァニラの母親やリンディ達と一緒に過ごすことが多くて、捜索どころではなかったですし」

 

リニスがそう言ったところで、フェイトのお腹が「くぅ」と音を立てた。時計は既に18時を指していた。

 

「ごっ、ごめん。話中に」

 

「大丈夫ですわよ。もうこんな時間でしたのね。そろそろ食事の支度を始めましょうか」

 

真っ赤な顔をして謝るフェイトに微笑みかけ、一緒に食材をキッチンに運ぶ。リニスも手伝ってくれたので、下拵えはあっという間に終了した。材料は少し多めに持ってきていたので、豚肉の一部を子狼用に軽く炒めることにした。さすがに使い魔になりたてだと素体の特性を強く引き継いでおり、玉葱や香辛料は避けた方がいいとのリニスからの助言があったためだ。

 

「そう言えば元々使い魔の対応について話をしていた筈なのに、随分と話が脱線してしまいましたね」

 

リニスは苦笑しつつも火を使っているフェイトの様子を注意深く見ていた。フェイトは大分慣れた手つきで灰汁を掬い、カレールーを投入している。ご飯も30分と待たずに炊き上がるだろう。

 

「脱線ついでに、ちょっとお伺いしたいのですが」

 

「何ですか? ミント」

 

「もし答え難いことでしたらそう言って下さいませ。先日エルセアでプレシアさんがアリアさんのことを話しているときに、『間違いを正してくれた』というようなことを言われて、それが少し気になっていたのですわ」

 

「なるほど、プレシアがそんなことを話していたんですね。確かに公に吹聴するような話ではありませんが、フェイトの友人として聞いておいて貰いたい話ではあります。食後にでもお話ししましょう」

 

リニスは普段以上に真面目な表情でそう言った。そうこうしているうちにご飯も炊き上がり、カレーも完成したようだ。

 

俺が炊き上がったご飯をお皿に盛り、フェイトがそこにカレーをかけてリニスが配膳する。持ってきた野菜でサラダも作り、一緒に食卓に並べた。そして子狼用に温めておいた豚肉をお皿に入れて床に置く。

 

「「「今日の糧に感謝を」」」

 

フェイトはもうカレーを作るのも得意になったようだった。

 

 

 

=====

 

「さて、プレシアの話でしたね。エスティアの事故から暫くしてからなのですが、一時期プレシアがクローン技術の研究に没頭したことがあったのです」

 

食事を終え、洗い物も片付けた後、広間のソファに腰かけてリニスは話し始めた。

 

「クローン、ですか」

 

「何処からか手に入れてきた『Fabrication of Artificial-life and Transferring-memory Engineering』(人工生命体の構築及び記憶の転写工程)という論文を随分と読み漁っていましたね。きっと何とかアリシアとヴァニラを蘇らせようと思っていたのでしょう」

 

リニスはふっと息を吐き、俺のことを見つめた。

 

「ですが、ここで問題が発生しました。ミントはクローンと言われてどんなイメージを持ちますか? 」

 

「そうですわね…寸分違わない、全く同じ個体という感じでしょうか」

 

「そう、それが世間一般に浸透しているイメージでしょうね。ですが、実際にはかなり異なる部分が発生するのですよ」

 

リニスが言うには、網膜をはじめとする血管の配置や指紋などは後天的なものであり、クローンとして生成された個体がクローン元と同一になることはないのだそうだ。また過去にマウスなどを使って行われた実験では、性格が全く異なる個体が出来上がることもあったのだとか。

 

「要はクローンとはいえ個体としては全く別のものであり、同一の人格として扱うには無理があったということです。先の論文は、その辺りの検証が殆ど無視されたものでした。そうした説明は皮肉にもヴァニラ自身の蔵書に記載されていたそうです」

 

医療系の知識に興味を持っていたヴァニラは非常に多くの医学書を所持していたのだという。彼女自身が行方不明になった後、アリアさんがそうした本を読むようになり、うろ覚えながらもそうした知識を持つに至ったらしい。

 

「当時既にクローン生成の準備を進めていたプレシアは、周りが見えていない状態でした。先の論文に記載されていた記憶の転写にしても、基になる記憶が存在しないことにすら気付いていなかったのです。そして私自身はその当時医学的な知識が皆無で、プレシアに対してそれを指摘することが出来ませんでした」

 

「そうした矛盾点をアリアさんに指摘された、と」

 

リニスは俺の言葉に首肯した。

 

「エスティアの事故から1年半程後のことです。アリアに諭されたプレシアも最初はそれを信じようとはしませんでした。ですが実際に色々な文献をアリアに見せられ、それらを調べた結果、クローンでは同一個体を生成することが出来ないことを納得したのです」

 

「じゃぁ、プレシアさんはその時点でクローンの生成を諦めた訳ですわね」

 

俺がそう言うと、リニスはフェイトと顔を見合わせた。フェイトは小さく頷くと俺に向かって口を開いた。

 

「ここからは私が話すよ。実はクローンで同一個体を生み出すことが出来ないことが判ったとき、母さんは既に自分の未受精卵にアリシア姉さんの体細胞を注入していたんだ」

 

かつてアリシアが愛用していたブラシに残っていた髪の毛を、プレシアさんはずっと保管していたのだそうだ。そこから取り出した体細胞を卵子に注入し、クローンとしての胎子を作成した。

 

「母さんは一度、クローンに関わる実験の全てを廃棄しようとしたんだって。でもアリアさんがそれを止めた。クローン技術では失った人を蘇らせることは出来ない。でも、新たに生まれようとしている命を廃棄していい権利は誰にもない。そう言ったそうだよ」

 

「フェイトさん…」

 

「母さんはその後、試験管で育てていた卵子を自分の胎に戻したんだ。そして生まれたのが私」

 

気が付くと、俺はフェイトを抱きしめていた。体格的にはフェイトの方が若干大きかったので俺の方がしがみつくような形になってしまい、あまり様にはならなかったが。

 

「大丈夫だよ、ミント。確かに普通の人と生まれ方は違うかもしれない。それは違法研究の結果なのかもしれない。でも母さんは私を愛してくれている。私にはそれだけで十分なんだ」

 

「軽い気持ちで聞いていい話ではありませんでしたわね。申し訳ありません」

 

「違うよミント。私は君にこのことを知って欲しかったんだ。それで尚、私の友達でいて欲しい。君は私の初めての友達だから。これは私の我儘だけど、ダメかな? 」

 

「ダメなわけがありませんわ!生まれ方なんて関係なく、フェイトさんはわたくしの親友ですわよ」

 

「ありがとう、ミント」

 

何やら感極まって涙が溢れそうになった。

 

「さて、これでお終いではありませんよ。今までのお話しは本題ではありませんからね」

 

「ええ、判っておりますわ。この子をどうするか、ですわよね」

 

溢れそうになった涙を拭うと、フェイトと一緒に子狼に目を向ける。ちょこんとお座りをした状態でこちらを見つめる円らな瞳が可愛らしい。

 

「フェイトさん、まずは名前を考えましょう。いつまでも『この子』では可哀想ですし、わたくし達も呼びにくいですわ」

 

「そうだね…じゃぁ、アルフなんてどうかな? 」

 

「フェイトさんが気に入った名前で良いと思いますわよ。ところで、由来を聞いても? 」

 

「うん。初めての使い魔で、狼だから。『アルファ』と『ウルフ』をかけてみたんだ。あと、鳴き声も犬みたいだったし」

 

鳴き声なんて聞いたっけ? と思った時、丁度子狼が「わん」と鳴いた。確かによくトリックマスターが鳴き声を真似る時に使う「Arf!」に近い。

 

「良いんじゃないですか? この子も気に入ったようですよ」

 

「じゃぁ、これからはアルフさんですわね」

 

「よろしく、アルフ」

 

こうしてフェイトの使い魔の名前は原作通り「アルフ」になった。

 

「さてと、次はプレシア達への連絡ですね。バルディッシュの調整もそろそろ終わる予定ですから、様子を見てきましょう」

 

「わたくしも参りますわ。トリックマスターの調査結果も見てみたいですし」

 

「あ、私も行くよ。おいで、アルフ」

 

結局全員でメンテナンスルームに向かうことになった。液体に満たされた容器の中を漂うトリックマスターはどこか落ち込んでいるように見えた。

 

≪It was rather boring. Bardiche was only my bosom friend.≫【とても退屈でした。バルディッシュだけが心の友でした】

 

≪Thank you.≫【痛み入ります】

 

「そんなに拗ねないで下さいませ。クラナガン総合病院に通常通信をお願い致しますわ」

 

≪Could you sleep with me tonight?≫【今夜一緒に寝てくれますか?】

 

「……」

 

≪All right. Connected.≫【了解。繋がりました】

 

今夜、サリカさんは夜勤だった筈だ。取次ぎをお願いし、保留音を聞きながらフェイトの方を伺うと、同じようにバルディッシュのデバイス通信機能を使ってプレシアさんにコールしているところだった。

 

 

 

結論から言えば、サリカさんは子狼であるアルフが家に来ること自体は大歓迎としたものの、矢張りフェイトが一緒に面倒を見るべきであると主張。プレシアさんが次にミッドに寄港する時に是非お話ししたいと意気込んでいた。

 

一方プレシアさんもサリカさんとの話し合いは必須としたものの、それとは別にリニスの迂闊さに対して注意を促したらしい。通信中のリニスは随分としょげ返っていたが、フェイトが励ますことで何とか復活していた。

 

「フェイトが入学するまで未だ少し時間もありますし、暫くは現状維持ですね。アースラも2か月に1度はミッドに寄港する筈ですから、11月にはプレシアとサリカに話し合ってもらいましょう」

 

「それが妥当ですわね。折角ですから、また珍しい料理でおもてなし致しますわ」

 

「うん、凄く楽しみ」

 

話し合いとは言っても、十中八九フェイトがサリカさんの家で生活することで決まりだろう。元々サリカさん自身がそれを望んでいた訳だし、悪いようにはならない筈だ。

 

「そう言えば、トリックマスターの調査結果は如何でしたか? 」

 

「残念ながらあまり詳しくは判りませんでした。ただAIの熟成具合からは20年以上の育成が為されているとしか思えない様子なのに、パーツの製造記録はほんの数年前のものです。マイスターの方はきっとAI育成のエキスパートなのでしょうね」

 

リニスはアルフレッドさんの作品に対して興味津々だったので、10月にエルセアに行く時に同行してもらうことにした。当然フェイトやアルフも一緒に行くことになるが、メルローズ夫妻ならきっと歓迎してくれるだろう。

 

「さぁ2人共、一段落したところでアルフを連れてお風呂に入ってきて下さい。使い魔になったとはいえ元は野生の狼なのですから、寝る前に確り身体を洗ってあげないといけませんからね」

 

「うん。行こう、ミント、アルフ」

 

「了解ですわ」

 

着替えを用意してフェイトの後に続く。ちょこちょこと走ってフェイトを追いかけるアルフがとても可愛らしかった。

 

 

 

案内された先はとても広い浴室だった。例えるならローマの大浴場のような雰囲気である。

 

「実家の露天風呂もかなり大きいと思っていたのですが、ここはその3倍はありますわね」

 

「ミントの実家ってブラマンシュのだよね。一度行ってみたいな」

 

「いつでも大歓迎ですわ。さぁ、アルフさんを洗ってしまいましょう」

 

お湯をかけられて見た目が情けなくなったアルフにシャンプーをつけてじゃぶじゃぶと洗う。子犬などは体力消耗やストレスなどの関係上あまり小さいうちからお風呂で洗うのは推奨されないのだが、使い魔になってしまうとシャンプーやお風呂程度で命に関わるようなことは無いのだそうだ。

 

「早く人間形態で、自分で洗えるようになるといいね。それまではちょっと我慢だよ」

 

一通り洗い終わったアルフをフェイトがひょいと抱き上げた。

 

「フェイトさん、少しの間アルフさんのことお願いしますわ。わたくしも髪をあらってしまいますので」

 

「うん、判った」

 

髪を濡らし、シャンプーでもみ洗いをしていると、フェイトが俺の方をじっと見ていることに気付いた。

 

「どうかしましたか? 」

 

「あ、えっと…ミントって髪を洗うのが上手いんだね」

 

「そうでしょうか。まぁわたくしはフェイトさんほど髪が長くないですから、そう感じるのかもしれませんわね。もしかしてフェイトさんは髪を洗うのが苦手ですか? 」

 

「そ、そんなことないよ? ちゃんと一人で洗えるよ? ホントだよ? 」

 

慌てて言い訳するフェイトの様子が微笑ましくて、つい笑みがこぼれる。真っ赤になったフェイトが俯きがちにポツリと呟いた。

 

「あのね…髪を洗ってる時に目が開けられないんだ」

 

「でしたら洗って差し上げますわ。少々お待ち下さいませ」

 

まずは自分の髪を洗い終えると、手早くタオルで纏める。続いてフェイトの髪をシャワーで濡らし、シャンプーをつけた。フェイトはお湯が目に入らないように一生懸命目を閉じている。その様子が可愛らしくて、また顔が緩んでしまった。

 

「フェイトさん、アルフさんが苦しそうですわ。抱きしめるのは良いですが、髪を洗ってる間は離してあげた方が良いですわよ」

 

「う、うん、そうする。ごめんね、アルフ」

 

解放されたアルフは少し離れた所に行って、ぶるぶると身体を振るわせ、水を飛ばしていた。

 

フェイトの長い髪は俺のショートヘアと比べると洗うのに時間がかかる。それでも何とか洗い終えると、母さまが以前やっていたように見よう見まねでフェイトの髪を結いあげた。

 

「終わりましたわ」

 

「あ、ありがとう」

 

そのままフェイトの背中を洗ってあげる。

 

「かゆいところはございませんか? 」

 

「ふふっ、大丈夫だよ。次は私が流してあげるね」

 

「ありがとうございます。ではお願い致しますわ」

 

ボディタオルを手渡すと、フェイトはソープをたっぷりとつけて俺の背中を洗い始めた。

 

「あれ…? ミントのこれ、傷? どうしたの? 」

 

ふとフェイトの手が止まる。

 

「普段はそれほどでもないのですが、お風呂に入るとやっぱり目立つのですわね。もう痛みは全く無いのですが」

 

苦笑しながらフェイトを振り返る。そう言えば魔導師登録の時にリニスもこの傷について気にしていた様子だったことを思い出した。

 

「興味があるようでしたら、お風呂から上がってアルフさんを確り乾かしてあげたら、リニスさんも交えてお話ししますわよ。ただ本当にそんな大袈裟なお話ではないのですけれど」

 

自分でも二度と体験したくない事件ではあったが、フェイトが今日話してくれたことに比べたら精々ちょっとしたネタ程度にしかならないだろう。

 

ただそれでも、今日は何か自分の出来事をフェイト達と共有したい気分だった。

 




今回のお話はプレシアさんの裏設定です。。
ずっと時の庭園の建物内で、珍しく場面移動が殆どありません。。

第2部ももう15話なのに、まだ入学すらしていません。。
本当はもっとあっさり終わらせるつもりだったのですが、いつの間にか書きたいことが増えていて、ただでさえ冗長なお話がどんどん伸びています。。
第1部は21話で終わっているのに、このままだと大きく上回ってしまうかも。。

原作突入を楽しみにされている方、申し訳ございません。。もう暫くお待ち下さいませ。。

※他愛もない日常のレシピは移動することにしました。。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。