他愛もない日常のメロディー   作:こと・まうりーの

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第14話 「使い魔」

魔導師登録が無事完了し、プレシアさんがアースラで次元航行に出てから数日が経った。リニスが魔法について色々と教えてくれることになったので、俺は登録完了の翌日から毎日、フェイトと一緒にサリカさんの家から程近い場所にある、公共の魔法練習場に来ている。

 

「はい、そこまで」

 

リニスの合図に、フェイトと2人で地上に降りた。

 

「ミントは中・長距離からの射撃が得意なようですから、もう少しバインドの練度をあげてフェイトに取りつかせないように。後はフェイトの動きを予測するクセをつけて下さい。特に『ブリッツ・アクション』を使用した直後は常に死角を取られているものと考えた方が良いでしょう」

 

「了解ですわ」

 

「フェイトはミントの広域攻撃に注意して下さい。『フライヤー』はかなりの精密射撃が可能な上に単基の威力もバスタークラスの魔法に匹敵しますから、極力ヒット&アウェイを心掛けるべきですね。取りついた状態で動きが無いと、あっという間に撃墜されてしまいますよ」

 

「うん、判った」

 

「さて、お互いの長所と短所を理解するために2人には模擬戦を実施して貰ったわけですが、実際に戦ってみてどうでしたか? 」

 

「ミントの射撃は正確で、しかも直射砲が至近距離から来るようなものだから躱すのが大変だったよ」

 

「フェイトさんは動きが早い上にトリッキーで、捕捉し辛いところが怖いですわ。躱されたら近接攻撃もありますし」

 

「それがお互いの長所でもありますからね。正解です。じゃぁ今度はそのやり難い部分をどうやって克服したらいいか、2人共明日までに自分の考えをレポート形式で纏めて提出して下さい」

 

リニスは人にものを教えるのが上手い。このまま学校の先生になってもやって行けるのではないかと思う。魔法に関わることだけでなく、一般常識や歴史などについても知識が豊富で、色々と教えてくれるのだ。そしてこれは魔法学院の入学試験対策にも非常に役に立っている。

 

「さて、今日はここまでにしておきましょうか。午後はクラナガン・セントラル魔法学院に願書を提出しに行くんですよね? 」

 

「ええ。魔導師登録も完了しましたし、奨学金の申請書も用意出来ていますからいつでも問題ありませんわ」

 

「あれ? ミントは奨学金制度利用するの? 」

 

フェイトがそう聞いてきた。隣のリニスも初耳、といった表情だ。そう言えば彼女達にはまだ事情を説明していなかった。

 

「ブラマンシュでは、お金は基本的に集落の共有財産ですから、出来るだけ個人的なことでの出費は控えておきたいのですわ」

 

「なるほど、それなら成績上位者の給付奨学金狙いなのですね」

 

リニスの言葉に首肯する。

 

「最悪貸与奨学金でもよいのですが、その場合は将来的に管理局と嘱託契約でもして返済金を稼がないといけませんわね」

 

「確かに今のフェイトやミントの学力なら学年でもかなり上位を狙えるとは思いますが、確実に10位以内に入るためには、座学はもう少し集中的にやった方が良いですね」

 

「お、お手柔らかにお願いしますわ」

 

「いえ、そういうことであれば手加減は出来ません。幸い入試まではまだ時間的にも余裕がありますし、明日からはペースアップしてビシバシ行きますよ」

 

素敵な笑顔でそういうリニス。俺としては願ってもないことであり、本当ならリニスに感謝すべきである筈なのだが、何故か色々なことが終了してしまったような気がした。

 

「…私も給付奨学金狙ってみようかな。母さんにばかり負担をかけるのは悪いし」

 

「ではフェイトもミントと一緒にがんばりましょう。えっと、貸与奨学金の受給資格は魔力ランクB以上、入学試験の8割以上を得点することですか。給付奨学金はその中の上位10名に限定されるそうですが、例えば入試を満点でクリアした生徒が11人以上いたとして、全員が給付奨学金を希望したらどうなるのでしょうね」

 

リニスはパンフレットを見ながら考えるような素振りを見せる。恐らくそんな事態は想定されていないのだろうが、一度学院側にも確認しておいた方が良いだろう。

 

「まずはお昼ですわね。一度帰宅して、昨夜フェイトさんがまた作って下さったカレーを温め直しましょう」

 

「うん!」

 

嬉しそうに頷くフェイトと一緒に後片付けをして、俺たちは公共魔法練習場を後にした。

 

 

 

=====

 

その日の午後、俺とフェイトはクラナガン・セントラル魔法学院に向かった。リニスも一応保護者との名目で同行している。

 

「思っていたよりも大きい学校だね」

 

正門から校舎まで続く並木道を歩きながらフェイトがそう言った。

 

「これ、何の木なんだろう? 」

 

「公孫樹のようですね。これだけあると…秋は大変でしょうね」

 

フェイトの問いにはリニスが答えた。葉の形が地球の公孫樹と少し異なっていたため一見では判らなかったが、リニスの説明でミッドチルダの公孫樹も銀杏を落とすのであろうことが予測出来た。

 

「銀杏、ですわね」

 

「あ、あれは私も苦手。凄く臭いから」

 

「踏み潰したりすると最悪ですが、ちゃんと調理すれば美味しいですわよ」

 

皮膚が弱い人はかぶれやすいので注意が必要だ。それに食べ過ぎると中毒症状を起こす場合もあるらしく、よく「歳の数以上は食べてはいけない」とも言われる。ただ殻を割ってフライパンで炒めた果肉に塩を振って食べると、とても美味しいのだ。茶碗蒸しの材料としても欠かせない。

 

「今度実際に調理してみますわね」

 

そんな話をしているうちに校舎に辿り着いた。まだ夏季休暇中の筈だが、廊下には数人制服姿の生徒がいて会釈してくる。どうやら休暇中も帰省しない寮生らしかった。

 

「あれが噂の制服ですわね」

 

生徒と別れた後でポツリと呟く。母さまがあまり可愛くないと評した制服だ。襟元が白いセーラーカラーでタイも白いものを採用している以外は全体的に黒い、膝丈のワンピースになっている。確かに地味かもしれないが、清楚なイメージではある。夏は半袖、冬は長袖らしい。

 

「お母さまが言うほど可愛くないこともないですわね」

 

「うん。私も好きだな。ここの制服」

 

「フェイトさんは黒系のコーディネートがお好きですしね。逆に白でも似合うとは思いますが」

 

ちなみに男子はボタンが見えないタイプの黒い詰襟の筈だが、夏の間はジャケットを羽織らないのだそうだ。

 

「ミントのお母さんはここの制服、嫌いだったの? 」

 

「いいえ、嫌いとは言っていませんでしたわね。確かSt.ヒルデ魔法学院の制服の方が見た目が可愛い、と」

 

St.ヒルデ魔法学院初等科の制服はミニスカートにベスト、胸元にリボンが付いたブラウスという、どちらかと言うとブレザーのような感じで、確かに見た目だけならクラナガン・セントラル魔法学院の制服より明るい感じではあった。

 

「あそこの制服は確かに可愛いけれど、どっちかというとベルカ式に寄った教育プログラムだし」

 

フェイトも苦笑しながらそう言った。そう、普通ならそういうところで判別すべきなのだ。

 

「あと、スカートがちょっと短すぎて恥ずかしいし」

 

≪You do not need to be shy. Little girls' "absolute area" is the greatest thing.≫【恥ずかしがることはありません。幼女の絶対領域は至高のものです】

 

突然言葉を発したトリックマスターに、フェイトが首を傾げる。

 

「絶対領域って何? 」

 

≪"Absolute area" is the exposed skin between top of long socks and hemline of skirt.≫【絶対領域とは長めのソックスとスカートの裾の間に見える素肌部分のことです】

 

「トリックマスター、フェイトさんに変なことを教えないで下さいませ。全く、どこからそんな妙な知識を仕入れて来るんですの? 」

 

≪I wish to exercise my right to remain silent.≫【黙秘します】

 

溜息を吐きながら、デバイスにも黙秘権があるのだろうかと考える。

 

「あまり変なことばかり言っていると10月の報告でエルセアに行く時に、アルフレッドさんにお願いして調整してもらいますわよ? 」

 

「あぁ、ミント。もし良かったらその前に少しそのAIを調べさせて欲しいのですが」

 

元々プレシアさんがデバイスマイスターの資格を持っており、リニスもその知識を受け継いでいるのだそうだ。

 

「ここまで腐…熟成されたAIはなかなかお目にかかれませんし、後学の為にも是非」

 

「ええ、構いませんわよ。調査にはどのくらいかかります? 」

 

「出来れば一度アルトセイムの庭園に戻って、本格的な設備でチェックしたいですね。次の週末辺りに一度泊りがけでアルトセイムに来てもらえませんか? 」

 

少しチェックするだけだと思っていたのだが、随分と大がかりなことを予定しているようだった。ただ今の状況なら多少の遠出は問題ないだろう。ついでにフェイトも一緒に行って、バルディッシュの調整も行うらしい。

 

「サリカさんにお話ししてからになりますが、まず大丈夫かと。アルトセイムは初めてですし楽しみですわ」

 

≪Do not be too hard on me, please.≫【お手柔らかにお願いします】

 

そんな話をしているうちに俺たちは事務局に到着し、入学願書を提出した。俺とフェイトが2人共C+ランクだと告げた途端、受付の女性は若干上ずった声ながらも各要項の説明を丁寧にしてくれた。

 

まず入学試験日程と入学までの流れについて説明を受けた後、簡単に年間スケジュールや学習プログラムについての説明も受けたが、それらは基本的に配布資料にも記載されている事項ばかりだったので、再確認程度に留める。

 

その後、何か質問は無いかと聞かれたので奨学金についても説明をしてもらうことにした。それによると給付奨学金が入試成績上位10名というのはあくまでも目安であり、状況に応じて増減する可能性はあるとのこと。

 

またフェイトが入寮する予定なので、寮規についての説明も受けた。門限などもあるが、思っていたほど厳しいものではない様子で、事前に連絡しておけば外泊許可の取得も比較的容易なのだとか。ただペットや使い魔の持ち込みは禁止とのこと。

 

「フェイトが入寮した後、私がプレシアのところに戻るのは、それも理由の一つだったんですよ」

 

どうやらプレシアさんがアースラで行っている嘱託業務には使い魔の存在は必須という訳ではないらしく、リニス自身の登録も武装隊と同じで有事の際に召集するような扱いになっているのだそうだ。むしろ親バカなプレシアさんがフェイトを心配するあまり、ぎりぎりまでリニスを傍に置いておけるよう手配したのかもしれない。改めて原作との乖離を認識する。

 

他には今のところ特に質問などはなかったので、追加の資料を貰って帰宅することにした。

 

「では、もし何かあればいつでもお問い合わせ下さい」

 

説明の途中から随分と落ち着きを取り戻した様子で、にこやかにそう言う受付の女性に「ありがとう」と返すと、俺たちは事務局を後にした。

 

 

 

「え~、アルトセイムに行くの!? いいなぁ~私も行きたいな~」

 

夕食のロールキャベツを食卓に並べながら、帰宅したサリカさんに週末の予定を伝えると、こんな反応が返ってきた。

 

「サリカさんのシフト次第では一緒に行けばよろしいのではありませんか? 」

 

「ダメ。その日私夜勤だもん」

 

「あ、サリカ。必ずその日じゃないといけない訳ではないので、別に日程をずらしても構いませんが」

 

リニスの言葉に少し考えるような素振りを見せたサリカさんだったが、結局同行は諦めることになった。

 

「暫くまとまったお休みが無くて、一泊するのは難しいのよね。私はそのうち別口で行くから、今回は3人で行ってきて」

 

「判りましたわ。ではご飯を食べてしまいましょう」

 

久しぶりにカレーではない料理だ。糧に感謝を捧げて食べ始めると、当初顔を顰めていたフェイトの表情も変わった。どうやらお気に召したらしい。

 

「口に合ったみたいで良かったですわ。おかわりもありますわよ」

 

「ありがとう。実はロールキャベツって少し苦手だったんだけど、ミントのは美味しいね」

 

「なるほど…リニスさん、もしかして今までロールキャベツを作る時、合挽肉を使っていませんでしたか? 」

 

「そうですね。レシピにもそう書いてありましたから」

 

「牛肉は煮込むと汁に臭みが出ることがあるのですわ。普通ならナツメグあたりで抑えるのですが、それでも苦手な人はいるようですから合挽肉よりも豚肉のみを使った方が良いですわよ」

 

実はこれについては以前、自分でもレシピ通りに作ったロールキャベツの味が気に入らなくて、色々と調整してみたのだ。以前作ったハンバーグも同じなのだが、煮汁が出るロールキャベツは臭みもハンバーグの比ではない。リニスはなるほどーと言いながら、2つ並べたロールキャベツをペロリと完食していた。

 

トリックマスターがまたぶつぶつと文句を言ったことは言うまでもない。俺は食事の度にトリックマスターの話し相手をさせられているバルディッシュが変な方向に感化されることが無いよう、そっと祈った。

 

 

 

=====

 

9月に入り大分気候も和らいできた週末、俺たちは一泊の予定でアルトセイムにあるプレシアさんの庭園に向かうことになった。目的はバルディッシュの調整とトリックマスターの調査だ。尤も調査といってもあくまでリニスの趣味の領域なのだが。

 

「初めて来る場所なのに、何故か懐かしい気分ですわ」

 

快速レールの駅からバスに乗り、窓の外を流れる景色を見ながら俺はそう呟いた。森林が多く、湖や池が点在している。ブラマンシュの自然とはまた少し違う、むしろ前世で写真集を見たイギリスの湖水地方の様な感じだったが、豊かな自然は矢張り懐かしいと思えた。

 

「次の停留所で降りますよ。そこからは徒歩です。フェイト、荷物を纏めておいて下さい」

 

「うん。判った」

 

バスを降りると、そこは小さな村のような所だった。スレートストーンという粘板岩を積み上げた塀は正に湖水地方のようで、周囲の景観とも調和している。

 

「綺麗なところですわね。レストランもあるようですし、食事はここでしても良かったのでは? 」

 

実は今朝、家を出る前にリニスに頼まれてサンドイッチを作ってきたのだ。晩御飯もフェイトの強い希望でカレールーとお米、野菜にプリザベーションを掛けたお肉までトリックマスターの格納域に入れてある。そこまでしたにも拘らず、現地に小洒落たレストランがあることが腑に落ちなかったのだ。

 

ただ俺の言葉に対してリニスは苦笑し、フェイトは明らかに顔を顰めた。

 

「う…ん、あまり美味しくないんだよね…」

 

「そんなに酷いのですか? 」

 

「ただでさえそんなに美味しくなかったのですから、ここ暫くミントの手料理に慣れてしまったフェイトに食べさせるのが残酷と思えるほどには」

 

見た目だけでなく食文化もイギリス並みのようだ。取り敢えず昼食と夕食は予定通り持参した食材を食べることにし、翌朝に食べるパンとミルクだけを購入してから庭園に向かうことにした。

 

ちなみにイギリスの料理にも美味しいものは存在するらしいのだが、一般的な調理方法や味付けがとにかく大雑把すぎるという話を聞いたことがある。和食や中華などと違って調味料にも幅がない、というか訳の分からない味付け方法が取られたりもするのだそうだ。お腹が膨れて栄養が取れてさえいれば味は二の次という感じの食事は俺自身も遠慮したかった。

 

「お肉にジャムを塗って食べるのは、絶対に何か間違っていると思う」

 

フェイトの呟きには、苦笑で答えるしかなかった。

 

 

 

庭園に到着してトリックマスターからサンドイッチと夕食の食材を取り出すとすぐ、リニスがバルディッシュとトリックマスターを液体で満たされたメンテナンス用の容器に放り込んだ。

 

「バルディッシュはともかく、トリックマスターが入るサイズのポッドを用意しておいて良かったです」

 

通常デバイスは数cmから十数cm程度の宝石やプレート、キーホルダーのようなものなどが待機状態に設定されている。だがトリックマスターは待機状態がアンティークドールに設定されているため、他のデバイスと比べてもかなり大きいのだ。

 

「後は夜までデータを取るだけですね。丁度いい時間ですし、ミントが作ってくれた美味しい美味しいサンドイッチを頂きましょうか。折角ですからガゼボに行きましょう」

 

≪I am drowning!≫【溺れるー】

 

「大丈夫ですわよ。退屈かもしれませんが、夜までおとなしくしていて下さいな」

 

メンテナンス用ポッドの中で、ぷかぷかと浮かびながら何故か嬉しそうな声を上げるトリックマスターにそう言うと、俺達は庭に出た。

 

リニスが「庭園」と呼ぶこの建物、実はミッドチルダの魔法技術によって作られた次元航行も可能な移動庭園で、本来の名前は「時の庭園」と言うらしい。今はアルトセイムに普通の古城のような顔をして存在しているが、いざとなったらラ○ュタのように敷地ごと空中浮遊して移動可能なのだそうだ。

 

「…シュールですわね」

 

「まぁ、備え付けられた魔力駆動炉も年代ものですしアルトセイムもいい場所ですから、もう移動することはないでしょうけれど。あ、あそこです。天気が良い日はいつもあそこで朝食を食べていたんですよ」

 

リニスが示した先には文字通りの庭園に囲まれた東屋(ガゼボ)があった。敷地の周りには森林があり、遠くに湖が見える。庭園は手入れする人がいないせいか若干雑草が生えている様子だったが、全体的な景観は素晴らしいものだった。

 

「食べ終わったら少し庭園の手入れをしましょう。折角の花壇が雑草にまみれるのは勿体ないですし」

 

リニスの言葉に頷き、昼食を終えた俺達は花壇の手入れをすることにした。

 

 

 

「あれ…何だろう? 」

 

花壇の手入れ中、急にフェイトが声を上げた。手を休めてフェイトの示した庭園の一画を見ると、鴉のような鳥が複数、何かに攻撃をしている様子だった。

 

「動物のようですね。弱ってしまったところを捕食されそうになっているようです」

 

リニスがそう言った瞬間、フェイトが弾かれたようにそちらに向かって走り始めた。慌ててフェイトを追いかける。鴉達はその勢いに驚いたのか、獲物から離れて飛び去った。

 

「フェイトさん? 」

 

蹲ったフェイトに声をかけると、フェイトは傷だらけになった子犬のような動物を抱いて立ち上がった。一目見て致命傷を負っていることが判る。リニスも俺達を追ってやってきた。

 

「これは…狼の子供ですね。残念ですが傷が深すぎます。衰弱も激しいし治癒魔法を行使しても、もう体力が持たないでしょう」

 

そういうリニスの表情はとても悔しそうだった。

 

「この子、私に助けて、って言ったんだ」

 

絞り出すように呟くフェイト。俺は改めてその狼の子供を見た。オレンジ色の毛並と額の宝石。俺の中の知識がアルフと告げているが、既にかなり原作から乖離している状態なので現状では何とも言えないだろう。

 

「リニス、この子を使い魔にすることで助けられないかな? 」

 

「フェイト、使い魔を作成して維持していくためには、術者は常に魔力を与え続けなくてはいけません。これはとても大変なことなんです。軽い気持ちで手を出して良いものじゃないんですよ」

 

「軽い気持ちなんかじゃ…」

 

フェイトは子狼を抱いたまま俯いている。プレシアさんが次元航行に出てしまっている今、フェイトは随分寂しい思いをしている筈だ。もしかすると孤独で死の縁にいるこの狼に自分自身を重ねているのかも知れない。

 

<リニスさん…>

 

<ええ、判っていますよ、ミント>

 

リニスは念話でそう答えた後、フェイトに向かって優しく諭すように話し始めた。

 

「良いですか、フェイト。使い魔の呪法は死亡の直前か直後の動物の肉体を憑代に、魔法で生成した人造魂魄を宿らせるというものです。だから実際には命を助けるわけでも、蘇らせるわけでもないのです。 失われた命を取り戻す魔法なんて、この世界のどこにも存在しないのですよ」

 

「だけど使い魔の呪法で生まれた命にも、生前の記憶が残る可能性があるって…リニス自身もそうだったんだよね? 」

 

フェイトがそう言うと、リニスは少しの間目を閉じ、ふっと息を吐いた。

 

「…その通りですよ、フェイト。本気なら、いくつか覚悟をしてもらう必要があります。ミントも聞いて下さいね」

 

リニスはいつもの座学のように、俺達に向かって話し始めた。それは生命への向き合い方。たとえ作り物ではあっても1つの命と運命を共にするということに対する、そして場合によっては契約の解除という形で自らの手でその命を絶つことになるという、その覚悟を確認するためのものだった。そんなリニスの問いかけにフェイトは小さく、だが確りと頷いた。

 

「では支度を始めましょう。契約の内容はどうしますか? 」

 

「取り敢えず仮契約で、正確な内容は後で考えるよ」

 

「ミント、契約の儀式には高度な術式が必要です。バルディッシュがメンテナンス中でトリックマスターもいませんが、出来るだけサポートをお願いします」

 

「了解しましたわ」

 

展開された魔法陣の傍らで、リニスの指示に従ってフェイトの儀式をサポートする。

 

「我が元に契約の承引を…契約の元、新たな生命と魂を」

 

呪文の詠唱が進むと、フェイトのリンカーコアから魔力が流れ出るのが傍目にも判った。

 

「我が力を糧に、新たな生命をここに…!」

 

魔法陣が一際強く輝く。俺は眩しさに一瞬目を瞑ってしまった。再び目を開いた時、そこには傷痕もなく、元気そうにフェイトの手を舐めている子狼の姿があった。

 

「成功…したんですの? 」

 

俺の問いかけにリニスは首肯する。

 

「暖かい…」

 

子狼を抱いたフェイトがポツリと呟いた。

 

「それが、命の温度です」

 

「リニスさんのように、人間形態になったりはしないのですか? 」

 

「仮契約したばかりですからね。人間の姿になるには、まだ1か月くらいはかかりますよ」

 

「そうなんですね…フェイトさん、大丈夫ですか? 」

 

「うん、ちょっと魔力が吸い取られる感じがするけど、問題ないよ」

 

子狼を抱いたまま、フェイトは優しく微笑んだ。その笑顔に心が温かくなるのを感じたが、次の瞬間、俺は重要なことを思い出して固まってしまった。

 

「あっ」

 

「どうしたのですか? ミント」

 

「魔法学院の寮って、使い魔禁止だったのでは…? 」

 

「「あ…」」

 

フェイトとリニスの頭に、大きな冷や汗が見えたような気がした。

 




使い魔についてのお話は基本的に原作(SS)通りですが、言い回しや設定は変えています。。

SSだとアルフはバルディッシュの完成前に使い魔になる筈ですが、本作では魔導師登録の都合上、バルディッシュが先に完成しています。。病気ではなく、怪我で死にかけてますし。。
そしてリニスが使い魔になった経緯は原作とは全く異なり、彼女は過去の記憶を保持しています。。

そして折角原作通りのシリアスっぽい流れだったのに、最後にオチをつけてしまいました。。

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