両腕のギプスが取れてから更に1週間が過ぎた。最初は手首が固まったように動かなくて驚きもしたが、直接ダメージを受けた部分ではなかったためか、お湯などに浸けてゆっくり動かすようにしていると、数日で元通りになった。
右足のギプスも漸く外れた。まだ低下した筋力を元に戻すためにリハビリが必要なのだが、松葉杖で院内を自由に動き回れるようになったので、気分的には随分と楽になった。
何より嬉しかったのは、漸くお風呂の許可が出たことだった。この1か月近く、サリカさんや母さまが体を拭いてくれたり髪を洗ったりはしてくれたのだが、ギプスの所為でお風呂はおろか、シャワーすら浴びることが出来なかったのだ。
クラナガン総合病院にはかなり広い共同浴場があった。それも洗い場が別にある、日本タイプの物だ。最初に存在を知ったときからずっと入りたいと思っていたのだが、ギプスが外れるまでお預けになっていたのだ。
「おっ、おっ、おっ、お、ふ、ろ~が好き~だ~」
どこぞの金狼を真似して歌ってみる。さすがにあそこまで酷い音痴ではないが、彼女がイメージした本来のメロディーラインが判らないため必然的に音痴っぽい歌い方になってしまい、付き添ってくれたサリカさんも最初はどう反応したら良いのか判らず、戸惑っている様子だった。
「お、お風呂好きなのね。ちゃんと入れるようになって良かったわね」
「そう言えば、サリカさんのご自宅、バスタブと洗い場は別ですの? 」
「ええ、そうよ。バスタブを泡だらけにするのはあまり好きじゃなくて」
「良かったですわ。やっぱりお風呂ではゆっくり温まりたいですから」
確りと身体を洗い、サリカさんに背中を流して貰った後でゆっくりとお湯に浸かる。久しぶりのお風呂はとても気持ちがよかった。
「そういえばブラマンシュは基本的に各家庭に温泉があるんですってね。羨ましいなぁ」
「うちは露天でしたわ。源泉掛け流しですのよ」
ブラマンシュの集落近くには弱アルカリ泉質の源泉が湧出しており、これが各家庭に引かれているのだ。源泉の温度は46度と若干高めだが、家庭に届く時には42度になるように分配管が調整されている。
「そのうち是非お邪魔させて欲しいわ」
「いつでも歓迎致しますわよ」
2、3年前はよくユーノと一緒に露天風呂に入ったものだ。当時は今よりもずっと男性の意識が強かった所為か、ユーノと一緒に入るよりもむしろイザベル母さまと一緒に入る方がよっぽど恥ずかしかったのだが、今では殆ど意識しないで済むようになっている。その一方で、仮に今ユーノと一緒に入れ、と言われてもあまり抵抗は無いように思った。
(逆にユーノさんの方が意識してしまいそうですわね)
ユーノには申し訳ないのだが、彼に対する感情は未だ家族的なものが大きく、恋愛対象として見ることは出来ていない。男性としての意識も以前と比較して小さくなっているように思うが、相変わらず存在している。時間が解決してくれる問題なのかどうか今は判らないが、これについては現状を維持するしかない。
そういえば、入院してからユーノに連絡を入れていないことに思い至った。
(もしかしたらブラマンシュの方に手紙が届いているかもしれませんわね)
魔導師資格を取得するためにクラナガンに行くという話は以前手紙で伝えたのだが、それからは連絡をしていない。デバイスを入手したら通信を入れておこうと思った。
お風呂から上がって身体を拭いた後、病室に戻って髪を乾かす。母さまがドライヤーを用意して、俺の髪に当て始めた。
「ドライヤーくらい自分でも当てられますのに」
「でもミントの髪って触ると気持ちいいのよ」
「髪質はお母さまも同じだと思いますわよ」
「強いて言うなら長さの問題かしらね」
温風を避けるようにテレパスファーをぴょんと立てた。本来は寄生生物なのだが、宿主の意思でこうして動かすことも出来る。ただ、さすがに自分の身体を支えられるくらいに伸ばしたり、サルの尻尾のように使って木登りをしたりといったことは出来ない。
(空を飛ぶことも出来ませんわね。どこかでそんな描写を見たような気もするのですが)
矢張り空を飛ぶのはデバイスを入手して、バリアジャケットを構築するのが一番の近道だろう。退院後にエルセアを訪れるのがとても楽しみだった。思わず顔が緩むのを自覚するが、目の前の鏡台に置いてある壊れてしまったポーチを見て、直ぐに気を引き締めた。
(ジャンさんのお墓参りでもありましたわね)
既にサリカさんにも事情を話して、ランスター家にも連絡してもらっている。今回はジャンさんと面識があった母さまも一緒に行くことになっていた。ジャンさんが亡くなった事故ではランスター夫妻以外にも亡くなった方が何人かいるそうで、合同の追悼式典が近々開催されるとのことだったため、その式典に参加させてもらうことにしたのだ。
「サリカさん、退院は1週間後で間違いありませんでしたわよね? 」
「そうね。それまでにリハビリの進め方を指導するから、確りマスターしてね。あと自然治癒力を高めるために、あまり強化はしちゃダメよ」
式典は2週間後だった。退院しても暫くはリハビリが必要らしいのでエルセアに行く時にも松葉杖は持っていくように念を押された。
=====
1週間後、無事退院した俺は母さまと一緒に臨海エリアに買い物に来ていた。サリカさんも一緒に来たがっていたのだが、生憎とシフトの都合で今回は一緒には来れないとのことだった。その代り、今夜の晩御飯はサリカさんが帰宅する前に俺と母さまで『揚げ鶏の香味タレ』を作ってあげることにしている。
「あのタレにはガーリックとジンジャーが入っていたわよね」
「若干酸味もありましたから、ビネガーも少量必要だと思いますわよ」
そんな話をしながらルークさんに教えてもらった調味料専門店に入る。
「これは…すごいですわね」
店内には次元世界で入手できる各種調味料が所狭しと並べられていた。管理世界のものもあれば、管理外世界のものもある。
「あ、ミント。これじゃない? 」
母さまが見つけた棚には『97管理外』と書かれた札が挿してあり、日本語で『醤油』と書かれたラベルが貼られたボトルが置いてあった。ご丁寧にミッド語でふり仮名もつけられている。
「!」
同じ棚に味噌や出汁の素などが並べられているのを発見し、思わず手に取った。
「お母さま、これとこれと、あとこれも買いましょう」
目についたところから白味噌、いりこ出汁の素を籠に入れた。
「ミント、これは何? 」
「味噌っていう管理外世界の調味料ですわね。以前何かの本で読んだことがあります。これで美味しいスープが作れるはずですわよ」
本当は前世の知識で知っていたのだが、さすがにそれを伝える訳にはいかないので誤魔化しつつそう言っておいた。具材にはブラマンシュにもある乾燥わかめとお麩を使うことにする。幸いこの店でも乾物として扱われていたので、1袋ずつ購入。
醤油は今後のことも考慮して、多少大目に購入しておくことにした。母さまは、味噌が美味しかったらまた買いに来ることにしたようだ。
「確か、ライスはあると言われてましたわね」
「あと、レタスと胡瓜、トマトもあるって言っていたわよ」
ドレッシングがあることも出がけに確認済みだった。これでサラダも作れるだろう。揚げ鶏のソースに使う葱、生姜、ニンニク、白胡麻黒胡麻に至るまで在庫があったし、そもそも揚げる時に使用する油もコーンスターチも余裕があった。
「じゃぁ、後は鶏もも肉を買っておけば大丈夫ですわね」
鶏もも肉はサリカさんの家の近くにある店で新鮮なものを扱っているため、帰り道に寄って購入。これで必要な食材は全て揃った。
サリカさんの家に戻った頃には終業時間を迎えようとしていたので、早速下拵えを始めた。まず俺がお米を研いだ後、ソースの調合に入った。ニンニクと生姜を擂りおろし、醤油を適量混ぜる間に、母さまが包丁でもも肉を軽く叩きながら筋を切り、塩を塗す。もも肉はこのまま少し寝かせておいた。
「ビネガーも少し入れますわね。味の方はどうでしょうか」
自分で味見をしてみると、少し期待していたものとは違っていた。酸味はもう少しあっても大丈夫そうだったのでお酢の量をさらに増やし、母さまにも少し舐めてもらう。
「前に頂いたお弁当のタレはもう少し甘味があったような気がするわ」
「確かにそうですわね。お砂糖も少し入れてみましょうか」
砂糖を加えると途端に味が整った。
「かなり近くなったと思いますわ。どうでしょう? 」
「そうね。確かこんな味だったわ。後、お酢はもうちょっと入れてもいいかも。醤油と同じくらいでも大丈夫だと思うわよ」
母さまのアドバイスに従って醤油とお酢、砂糖はそれぞれ1:1:1くらいの量で、そこに擂りおろしたニンニクと生姜を適量加えると、かなりいい感じのソースになった。ひとまずタレはこれを完成形として、次に研いでおいたお米を炊くことにした。
吹きこぼれそうになる直前まで強火で炊き、その後は10分ほどトロ火で炊く。
「じゃぁ次は揚げ鶏ね。揚げ油の準備をしておくから、お肉にコーンスターチを塗しておいてくれる? 」
「承りましたわ」
ビニール袋にコーンスターチを適量入れ、もも肉を入れてポンポンと叩くと丁度良い具合に揚げ準備が完了。油も適温になったようなので、母さまが鶏を揚げている間にサラダと味噌汁も作っておく。
「ただいま。何かすごくいい匂い」
タイミングよくサリカさんも帰宅した。
「ちょうどよかったですわ。もうすぐ完成しますから、着替えて手を洗って来て下さいませ」
「ミントもありがとうね。その足だと配膳は難しそうだから、後はテーブルで待ってて」
「すみません、お母さま。そうさせて頂きますわ」
無理して料理をひっくり返したりしても大変なので、ここは母さまのお勧めに従って先にテーブルについておくことにした。母さまは揚げ終わった鶏肉に包丁を入れて均等にカットし、そこに刻み葱と白胡麻、黒胡麻を振りかけ、最後に例のソースをかけた。
「出来たわよ」
「うわぁ、美味しそう!あ、私持って行きますよ」
丁度着替え終わったサリカさんが戻ってきて、配膳してくれる。
「「「今日の糧に感謝を」」」
全員が席について食事を始める。結果から言うと、この日のメニューは大成功だった。
「帰宅した時にご飯が出来てるって幸せ!しかも美味しいし」
「喜んでもらえて良かったですわ。こちらのスープもお召し上がり下さいませ」
「うん、すごく美味しいわ。ミント、これお麩よね? 」
「ええ、ここまで味噌に合うとは思いませんでしたわ」
お麩はタンパク質や各種ミネラル分が含まれていて、尚且つカロリーが低い。サリカさんが言うには、ミッドチルダの病院でも幼児の離乳食や高齢者向けの食事で出すことがあるのだそうだ。
「揚げ鶏も美味しい。ねぇイザベルさん、ミントちゃんが卒業するまでここで生活しません? 」
「あら魅力的な相談ね。でもやっぱり私にはブラマンシュのような田舎の方が合っているわ」
実年齢はイザベル母さまの方がサリカさんより10歳ほど上なのだが、見た目だけなら母さまはサリカさんの妹と言われても違和感がない。その2人の会話風景はギャップがあって不思議な感じだった。
揚げ鶏にかけるソースは大好評で、レシピのメモはサリカさんにも共有した。母さまは味噌汁がとても気に入った様子で、ブラマンシュに帰る前に味噌をお土産に買っていくことにしたらしい。
食後、俺は改めてサリカさんに挨拶をした。
「では改めまして、サリカさん。これからよろしくお願い致しますわね」
「こちらこそよろしくね、ミントちゃん」
こうして予定より1か月ほど遅れて、俺のミッドチルダでの生活が始まった。
=====
母さまと一緒の傘に入れてもらい、松葉杖をつきながら雨が降る道を快速レールの駅に向かう。今日はエルセアにあるサリカさんの実家に向かうことになっていた。
「折角なのに、雨で残念ね」
「天気予報では夕方から夜にかけてが一番酷くなるみたいだから、午前中に移動するのが正解ですよ」
「でも明日には晴れるとも言っていましたわよ」
これからのスケジュールとしては、まずサリカさんの実家である「メルローズ・デバイス工房」を訪れて1泊、翌日ジャンさん達の追悼式典に参列して、夜にクラナガンに戻ることになっている。サリカさんは久し振りの連休なのだそうだ。
そして今回はサリカさんの父親で、A級デバイスマイスターでもあるアルフレッド・メルローズさんが試作したデバイスを受け取りに行くのも大きな目的の1つだった。何でも待機モードに斬新なフォルムを取り入れたため、デバイスとして正常稼働するかどうかも確認したいらしい。
「今更ですが、待機モードのフォルムを斬新にすることにどういう意味があるのでしょう」
「私に聞かれても、残念ながら判らないわね。ほら私リンカーコア無いし、魔法のことはさっぱりだから」
「お母さんも判らないわよ。デバイスなんて使ったこともないもの」
「まぁ、実際にお会いしたら色々とお話も聞かせてもらいたいですし、その時に併せて聞いておきますわ」
そもそも魔力を持たないサリカさんと、魔力こそあるものの電力替わり程度にしか使っていない典型的ブラマンシュの母さまに、デバイス関連の話はよく判らなかったようだ。餅は餅屋とも言うし、これについてはアルフレッドさんに直接聞くのがいいだろう。
駅に到着し、快速レールのチケットを購入すると、俺達はエルセア行きの車両に乗り込んだ。座席は2等のコンパートメントタイプだ。
「到着するまで3時間くらいかかるから、こっちの方がゆっくりできるわよ」
サリカさんはそう言うと早速座席を倒し始めた。
「まさかフルフラット状態にまでできるとは思いませんでしたわ」
「この車両は夜行としても運行しているのよ。寝台代わりね」
母さまも見様見真似で座席を倒すと、備え付けのブランケットの中に潜り込んだ。
「じゃぁお休み、ミント」
「お休みなさいませ。ブラインドは下しておきますわね」
「ありがとう。お願いね」
クラナガンを出発してから暫くは本を読んでいたのだが、少し飽きてきたのでブラインドの隙間から外の景色を覗いてみた。雨は大分強くなっていて、遠くの景色が霞んで見えない。
突然の稲光に驚いて「ひゃっ」と声を上げてしまった。続けてゴロゴロと雷の音が聞こえる。
「ミント、大丈夫? 」
「すみませんお母さま、起こしてしまいましたわね。大丈夫です。雷に驚いただけですわ」
「そう。こっちにいらっしゃい」
母さまがそっと俺のことを抱き寄せる。もう季節的には夏とはいえ、ミッドチルダの気候は1年を通して温暖だ。今も雨の所為か少し肌寒く感じていたこともあり、人肌の温もりがとても心地良かった。
「さて、そろそろ到着するから起きてね」
目を閉じて温もりを堪能しているうちに、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。サリカさんは既に荷物を纏め終わっていた。母さまも既に起きていた。俺もブランケットから這い出すと座席を元に戻し、松葉杖を手に持った。
雨は相変わらず、時折雷を伴って激しく降っていた。エルセア駅で改札を抜けるとアルフレッドさんが迎えに来てくれていた。
「あ、お父さん、ただいま。お母さんは家? 」
「ああ、店番をして貰っている。で、こちらが」
「うん。暫く家にホームステイすることになったミントちゃんと、そのお母さんのイザベルさん」
通信では何度か顔を合わせたが、実際に会うのは始めてだった。優しそうな壮年の男性がこちらに微笑みかけている。
「先日は通信で失礼しました。娘がお世話になります。イザベル・ブラマンシュです」
「初めまして。ミント・ブラマンシュですわ。よろしくお願い致します」
「よく来たね。待っていたよ。サリカもな。雨の中大変だったろう。車を回すから、少し待っていなさい」
「ありがとう、お父さん」
車を回してもらい荷物をトランクに入れる。サリカさんが助手席、俺と母さまが後部座席にそれぞれ乗り込むと、アルフレッドさんは車を出発させた。窓の外の景色は自然溢れる、と言うほどではないにしても、高層ビルが立ち並ぶクラナガンと比べれば随分と落ち着いた感じがした。
車は暫く走った後、『メルローズ・デバイス工房』という看板が掲げられたお店の前に停まった。どうやらお店の入り口から家に入ることになるらしい。
「先に上がっていてくれ。わしは車をガレージに入れてくるから」
俺達はアルフレッドさんにお礼を言うと、車を降りた。サリカさんと母さまが一緒にトランクから荷物を取り出していると、お店から女性が出てきた。
「サリカ、お帰りなさい。貴女達も、長旅お疲れさま」
「ただいま、お母さん。あまり帰れなくてごめんね」
「通信以外では初めまして、クリスティーナさん」
サリカさんの母親、クリスティーナ・メルローズさんだ。
「ようこそいらっしゃい。雨も酷いし、その足だと大変でしょう。立ち話も何だから中に入って頂戴」
俺達は荷物を纏めると、クリスティーナさんに促されるままお店の中に入った。
「話には聞いていたけれど、本当に大きな魔力を持っているのね。たぶん今の状態で、全盛期の私よりもすごいわよ」
「そうか。わしには魔力が無いから良く判らんが、確かニアSという話だったな。どうする? すぐにデバイスの確認をするか? 」
いきなりアルフレッドさんがそう言って立ち上がろうとしたので、まずは気になっていた部分を確認することにした。
「すみません、アルフレッドさん。わたくしくらいの子供は、下手にデバイスを持ったりすると逆に成長を阻害することがあると聞いたことがあるのですが、大丈夫なのですか? 」
「ああ、良く知ってるじゃないか。普通に魔力を持っている子供が、サポート能力に特化したデバイスを持ったりすると、そういうこともあるんだ。逆に魔力が大きすぎる場合はデバイスがサポートして魔力運用を調整しないと、上手く魔法が発動できなかったりすることもあるんだよ」
「そうね。ミントちゃんくらい魔力が大きいと、処理速度よりもサポート能力を重視した方が良いでしょうから、今回用意しているのもストレージ・デバイスじゃなくてインテリジェント・デバイスね。もちろんリミッターは必要でしょうけど。あ、適正はミッド式でよかったのかしら? 」
「はい、ミッド式で間違いありませんわ」
試しにアクティブ・プロテクションを発動させると、クリスティーナさんは興味深そうにチェックを始めた。
「かなり堅くて確りしたプロテクションね。でも実はプロテクションにはここまで魔力をつぎ込まなくてもいいのよ。相手の攻撃がどのくらいの威力なのかを見極めて、初撃を防げればいいの。中には『バリア・ブレイク』なんていう魔法もあるから、すぐに破られちゃってももったいないしね」
「お母さんがミントちゃんに魔法を教えてあげることは出来ないの? 」
「私が使う魔法はベルカ式だから、ミッド式を学ぶならちゃんと学校に通った方が良いと思うわよ」
ベルカ式と言うのはミッドチルダで使用されている魔法の一系統でミッド式とは異なり、より戦闘に、特に近接戦闘に特化した魔法体系だ。優秀なベルカ式魔法の使い手は『魔導師』ではなく『騎士』と呼ばれ、使用するデバイスもミッド式で使われる杖のような形状ではなく、武器を模っていることが多い。
「もしかしてクリスティーナさんはベルカの騎士なんですの? 」
「そう呼ばれていた時期もあったけれど、今ではただのデバイス屋さんのおかみさんね」
クリスティーナさんはそう言って微笑んだ。
=====
クリスティーナさんとお喋りを続けるサリカさんと母さまを残し、俺は試作品のデバイスを披露したくてうずうずしているらしいアルフレッドさんに案内され、半地下の倉庫に向かった。杖をつきながら慎重に階段を下りていると、不意に電気が消えた。
「おや、停電か。近くに雷でも落ちたかな」
「大丈夫ですわ。『ウィル・オー・ウィスプ』」
鬼火の魔法を使い、周囲を照らす。そのまま階段を降りると、アルフレッドさんが正面のドアを開けた。壁の高いところにある小さな窓を雨が激しく叩いている。鬼火に照らし出された若干薄暗い部屋を稲妻の光が一瞬白く染め上げた。
「っ!!」
部屋の奥に設置された棚には、複数体のアンティーク・ドールが並べられていた。それらの視線が一斉に俺に降り注いだような錯覚に陥る。
「あああるふれっどさん、あああれは」
「デバイスの待機モードだよ。斬新だろう? 」
シチュエーションはまるでホラーだったのだが、アルフレッドさんの言葉を聞いて何とか平静を保つことが出来た。
「デっ、デバイスでしたのね」
次の瞬間、アンティーク・ドールがいきなり浮遊を始めた。ご丁寧に、髪をかき上げるような仕草をしているものまでいる。
「ひぅ!? 」
≪Good eveneng, Meister Melrose.≫【こんばんは、マイスターメルローズ】
≪Who is this little girl?≫【こちらの少女はどなたですか? 】
≪Is she our master?≫【彼女が私達のマスターですか? 】
「今のところ、候補だな。この子の魔力はニアSランクだ。これからも成長することを考えると、アンとドゥは容量的には無理があるだろう。トロワとカトル、サンクもぎりぎりと言ったところだな」
≪That is fine with me. I will be able to support her.≫【私なら問題ありません。サポート可能です】
「そうだな、スィスなら容量的にも問題ないだろう。って、ミント嬢ちゃん、大丈夫か? 」
正直なところ意識はあったのだが、驚きのあまり頭の中が真っ白になっていたため、一瞬反応が遅れてしまった。
「あ…えっと、すみません。少し驚いてしまって」
「こいつが嬢ちゃんの相棒になるデバイスだ。便宜上スィスと呼んでいるが、これは6番って言う意味で正式な名前じゃない。嬢ちゃんの好きな名前をつけてやってくれ」
「はぁ、あ。はい。判りましたわ」
「どうだ、若干趣味に走ってはいるが、素晴らしい造形だろう? 」
その頃になって、やっと状況を理解出来るようになってきた。スィスと呼ばれたドールだけがその場に留まり、それ以外のドールは自ら棚に戻って普通に腰掛けた。
「あの、極自然に動いているように見えるのですが」
「あぁ、簡単なモーションプログラムを組み込んでみたんだ。人間と同じような仕草もいくつか登録してあるし、何ならダンスさせることも可能だぞ」
ディテールにこだわり過ぎである。それにどの程度のリソースが使われているのかなど、想像すら出来なかった。
「大丈夫なのですか? その、そんなに容量を使ってしまって、本来のサポート能力の方は」
「こいつはクアッドコア仕様だからな。メインAIとサブAIの同時起動が可能でストレージもエクサバイトクラスだ。むしろ通常のインテリジェント・デバイスと比較しても、1.25倍は高性能だな。尤もその分、開発にかかったお金は通常の10倍以上だったが」
そのセリフを聞いた瞬間、俺は今度こそ気を失った。
今年最後の投稿です。。
少し長くなりそうだったので、途中で切ってあります。。
閲覧して頂いた方々、評価を下さった方々、感想を下さった方々、本当にありがとうございます。。
来年も引き続きよろしくお願い申し上げます。。
新年1回目の投稿は1月11日を予定しています。。(4日はお休みです)
ではみなさま、よいお年を。。