他愛もない日常のメロディー   作:こと・まうりーの

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第2話 「幼馴染み」

俺が転生してから3年の月日が流れた。あれから出来る限りの情報を収集して判ったことは次のような事だった。

 

まず、俺の名前は「ミント・ブラマンシュ」である。だがここはトランスバール皇国ではなく、ブラマンシュというのも姓ではなく氏族名らしい。「リリカルなのは」に登場する「スクライア一族」と同じだ。つまり、俺は「ブラマンシュ一族のミント」と言うことになる。

 

大商会を擁する財閥の一人娘という設定は逆に息が詰まりそうだったので、むしろギャラクシーエンジェルのミントとは異なる設定に俺は安堵した。もっとも容姿はギャラクシーエンジェルのミントをそのまま更に幼くしたような感じだったが。明るめの青い髪に琥珀色の瞳は母親譲りだ。

 

自分自身の意識を残したまま性別だけが女の子になってしまったことについては最初のうちはとても悩んだし色々と考えもしたのだが、正直な所1年、2年もミントとして生活していると、それが当然のように感じるようになり、今では随分と慣れてしまった。尤もそれはあくまでも女の子を演じているだけのように感じている部分も少なからずあったのだが。

 

 

 

次に気になっていた「テレパスファー」についてだが、これは最初の印象通り、寄生生物だったらしい。但しブラマンシュ一族に限っては恩恵を受けこそすれ、それ以外の害は殆ど無いのだとか。その恩恵とは、魔力の増幅。そう、この世界には魔法が存在するのだ。

 

と、勿体を付けて言ってみたが、実はここ、前述の「リリカルなのは」世界らしい。何故それが判ったかと言うと、先ほども話題に出た遺跡の発掘・調査を生業とする「スクライア一族」や、数多の世界を管理するという「時空管理局」が存在することを確認出来たためだ。そして第73管理世界『ブラマンシュ』、これが俺達の暮らしている世界だ。

 

話しを元に戻そう。テレパスファーはずっと昔からブラマンシュ一族と共生してきた生物で、ギャラクシーエンジェルに登場したものと違って宿主にテレパシー能力を付与したりはしないが、その代わり宿主の魔力を増幅させる能力がある。但しブラマンシュ一族ではない人間がテレパスファーを使おうとしてもブラマンシュ一族ほどには魔力は増幅されず、おまけに長くても数年でテレパスファー自体が死んでしまうのだそうだ。

 

ブラマンシュの人間は生まれるとすぐにテレパスファーを付けられ、これにより魔力が大幅に跳ね上がる。具体的には元々の魔力ランクが少なくとも3ランクは跳ね上がるのだ。これがブラマンシュ以外の人間だと0.5ランク上がるかどうかといったところらしい。

 

ちなみにこの寄生生物には宿主に対して翻訳魔法を常時発動する能力があり、宿主の意図に関わらず常に全ての言語を理解できるようになっている。むしろ宿主の意思で翻訳魔法のON、OFFを切り替えられないことだけが欠点らしい欠点と言えるかも知れない。

 

何故テレパスファーがブラマンシュ一族だけに恩恵を与えるのかは判っていないが、ブラマンシュ一族が生まれながらに持っている特殊な体質と関係があるのではないかと考えられている。

 

特殊な体質。それはブラマンシュ一族が老化しにくいということだ。生まれてから5、6歳くらいまでは普通の人間と同じように成長するのだが、それ以降、基本的に成人するまでは精々一般の人間の小学生から中学生程度にしか見えない。成人した後も老化スピードは同じで、例えば俺にテレパスファーをつけてくれた女性は見た目こそ20代半ばだったが、実はもう40を超えていたのだとか。

 

そして転生したばかりの俺を抱いていたのは間違いなく俺の母親で、当時既に25歳だったのだそうだ。そして俺に対して話しかけていたのは「念話」だったらしい。赤ん坊の時から念話で話しかけることによって脳を活性化させ、精神的な育成を早めるのだそうだ。

 

こうして並べ立てると別に問題はないようにも聞こえるが、実際にはこれに伴う悲劇もあった。それは違法研究者達に不老不死や魔力増幅に関する実験材料として捕えられ、殺されてきた歴史だ。最近でこそ時空管理局の介入もあって大規模な違法研究の話は無いらしいが、それでもブラマンシュの総人口は過去の殺戮で激減し、今では100人いるかどうかといったところなのだ。しかも今でも2、3年に1度くらいは行方不明者が出るらしい。

 

 

 

「ふ~ん、随分と物騒な話だね」

 

過去の殺戮の話を聞いてくれているのは、先日ブラマンシュの集落付近にある遺跡の調査に訪れたスクライア一族の1人、ユーノ・スクライア少年。天才的な理解力と魔法知識を持ちながらも、まだ3歳と言う理由で発掘調査に加われなかったのだとか。お互いの族長同士が話し合い、それなら同い年のミント、つまり俺を遊び相手に宛がおう、という話になったらしい。

 

勿論俺は、彼が物語のキーパーソンになることを知っている。介入の是非などはあまり意識したことは無かったが、実際話をしてみるととても良い奴で、何となく打ち解けてしまったのだ。

 

「ミントは大丈夫なの? 」

 

「昔の話ですわ。わたくしも実際にはお話として聞いているだけですし、過去にそう言った事件があったことは事実としても、誘拐の部分はもしかすると子供に対してあまり1人で出歩くな、という教育的なお話なのかもしれませんわね」

 

 

 

そこ、吹かない。

 

モノローグ以外、俺の口調はこんな感じなのだ。これは以前うっかり「俺」という一人称を使ってしまった時に集落中が大騒ぎになったためだ。なまはげの如く「ミントに汚い言葉を教えたのは誰だー」と族長や母さま達が家々を回る姿は転生経験を持つ元男の俺ですら恐ろしく感じるほどで、それ以来「俺」という一人称は封印した。

 

かといっていきなり「私」口調は慣れないものがあった。「僕」も試してみたのだが、今の俺の容姿は幼いとはいえ明らかにミントであり、声だって自分で言うのもナンだが、可愛らしい女の子の声。いくら中身が元男であっても、その響きのあざとさには狂い死にしそうだった。そして最終的に俺が選択したのが、ギャラクシーエンジェルのゲーム内で実際にミント・ブラマンシュが使っていたお嬢様口調だった。

 

実はこの口調、若干芝居じみていることもあって、意外と照れずに使いこなすことが可能なのだ。今ではお嬢様口調にも大分慣れ、咄嗟の時でもこの喋り方が出来るようになってきた。

 

「ブラマンシュの集落には今の所わたくし以外の子供はいませんし、大切にされているのは判るのですが、必要以上に怖がらせるのはどうかとも思いますわね」

 

「それを言うなら僕も同じだね。スクライアは本当にあちこちの世界を旅して回る一族だから、なかなか落ち着いて子育てをしたり出来る環境じゃないらしくて。でもその分大事に育てられている気はするよ」

 

傍で聞いている人がいたら、これが3歳児同士の会話だとは思わないだろう。流石はスクライア一族が誇る期待の天才少年。俺は単なるチートだけど。

 

「発掘というのは概ねどのくらいの期間が必要ですの? 」

 

「短ければ半年、長くて数年って聞いたことがあるよ。今回はブラマンシュが一族を挙げて協力してくれているから、結構長くなるんじゃないかな? 」

 

こうして俺は成り行きとは言え原作主要人物の1人、ユーノ・スクライアと幼馴染になってしまったのだった。

 

 

 

=====

 

スクライア一族の発掘作業がある日は、ユーノは必ずと言っていいほどブラマンシュの集落に遊びに来たし、また俺も何度かスクライアの発掘現場付近を見学させて貰ったりもした。流石にユーノと一緒でも立ち入り可能なエリアは決まっており、現場そのものに入ることは禁じられていたが。

 

ブラマンシュの集落で遊ぶときは、大抵近くの小川や森に行ったり、念話や初級魔法の練習をしたりしていた。発掘現場を見学する時は、付き添ってくれるスクライアの青年に色々なロストロギアの話を聞いた。それらは前世で既に得ていたこの世界の情報を補完する上で、とても重要で密度の濃い時間だった。

 

「ユーノさんは、やっぱり将来考古学者に? 」

 

「まだ判らないけど、たぶんね。変身魔法も大分上達してきたし、あと数年もしたら現場にも入れて貰えると思うんだ」

 

「わたくしは生憎と変身魔法にそんなに適性がありませんでしたけれど。ユーノさんの活躍をお祈りしていますわね」

 

ユーノは既に変身魔法を習得しており、フェレットに変身できるようになっていた。何でもスクライアにとって狭い発掘抗などに入りこんだり、いざという時に狭い坑道を脱出したり出来るようにするためには小動物への変身魔法は必須なのだそうだ。あいにくと俺はどんなに頑張っても外見がほんの少し変わる程度で、小動物に変身することは出来なかったが、ユーノと一緒に練習しているうちにちょっとした変装には役に立つ程度には発動できるようになった。

 

「ミントだって純粋な魔力量なら僕なんか足元にも及ばないよ。その内管理局からスカウトされるんじゃない? 」

 

「どうでしょうね…一応この世界は表向き管理世界に分類されてはいますが、管理局側からスカウトに来たことは、わたくしが知る限りありません。希望者が入局して歓迎されたっていうお話は以前聞いたことがありますけど」

 

「そうなの? 何だか勿体ないね。ブラマンシュの人達ってみんなすごく魔力高いのに」

 

「テレパスファーのおかげですわね。わたくしは正確な魔力量を測定したことはありませんけど、母はAAAだそうですし、父に至ってはオーバーSだったそうですわ。それでいて管理局には入らず、こんな辺境で猟師とかやっていたのですから、まぁ宝の持ち腐れと言えないこともありませんが」

 

母、イザベル・ブラマンシュは28歳になった今でも十分10代で通る容姿だ。ちなみに父、ダルノー・ブラマンシュには俺自身は会ったことがない。ギャラクシーエンジェルのゲームとは異なり、商人ではなく狩人だったらしいのだが、何でも俺が生まれる少し前、狩りの最中に不慮の事故で他界してしまったのだそうだ。

 

尤も集落の人達がお節介なほど面倒を見てくれるので、父親がいないことについては全く気にならない。むしろ集落の女性全員が母親で、男性全員が父親のような感じだった。ちなみにスクライア一族も似たようなものらしい。それは発掘現場近くを訪れた時に出会う人たちのユーノに対する態度を見ていてもよく判る。

 

「とはいえ、少子化は深刻な問題ですわね」

 

「スクライアは僕達のように発掘に携わっているグループだけじゃなくて、他にも文献調査や物品売買専門のグループもあるからね。そっちは子供も多いっていう話は聞くよ」

 

どうやら少子化はブラマンシュ一族のみの問題だったらしい。

 

「まぁ、総人口が100人程度という時点で、既に種としては絶滅同然ですわね。もしかしたら管理局から積極的なスカウトが無いのもそのあたりに理由があるのかも知れませんわ」

 

「種の保存を優先させているとか? 」

 

「ユーノさん…まさかとは思いますが年齢詐称、なんてことはございませんわよね? 」

 

「え? 僕何か変なこと言ったかな? 」

 

この少年は3歳児にしては聡すぎるのだ。知識も豊富で、最初はユーノの姿をした転生者なのではないかと疑ったほどだ。尤も何度も会って話をしているうちに彼がユーノ・スクライア本人であり、転生者ではないと確信した訳だが、その時は転生の話をしないで良かったと、心から安堵したものだ。

 

 

 

「さて、今日は何をしましょうか。また森にでも行ってみます? それとも集落裏手にある湖の方にでも行ってみましょうか? 」

 

「湖にしようか。じゃぁイザベルさんに言って、釣り具も借りて行こうよ」

 

「そうですわね。あそこのサクラマスは塩焼きにすると美味しいですし、たくさん釣ればお母さまも喜ぶでしょう」

 

ブラマンシュは自然がとても豊かな星だ。と言うより、そもそも生活しているのがブラマンシュ一族だけなので、手つかずの自然が至る所に残っているのだ。ルシエの集落がある第6管理世界と似たような環境ではあるが、ここにはドラゴンのような危険な生物は存在しておらず、地表にはブラマンシュ以外の人間が生活する近代的な街は一切ない。次元航行艦などが着陸出来る空港も当然ないのだが、衛星軌道上に小惑星帯があり、そちらに時空管理局員が常駐するベースがある。

 

そのベースから管理局員が定期的に巡回に来る以外は、外部の人間と接触する機会など殆どないのだが、今回のスクライア調査団のように、ごく稀に調査や発掘などで地表に簡易的な集落を造って一定期間生活する人達もいる。ちなみに今回のスクライア調査団も、衛星軌道上のベースに艦を係留し、小型の揚陸艇数台に分乗して地表に降下しているのだそうだ。

 

 

 

「第61管理世界スプールスだと、管理局の人は地上に駐屯して密猟者達の監視をしているみたいだよ」

 

釣り糸を垂れながらユーノがそう言ってくる。

 

「ブラマンシュには密猟者が喜びそうな希少生物はそんなにいませんわよ。テレパスファーにしても天然物は絶滅して久しいですし、今では調査用に輸出されているのも集落で養殖されたものの一部ですから…あ、ユーノさん、アタリですか? 」

 

「うーん、まだつついてる感じかな。あ、来たよ」

 

ユーノが合わせると竿が大きくしなる。この湖に生息しているサクラマスは元々山側の渓流にいたヤマメが縄張り争いに負けて湖に逃げてきたものらしいのだが、渓流と違って広い場所で成長出来るため、体格も良くなっている。本来なら3歳児が釣り上げられるようなものではないのだが、そこは優秀な魔導師の卵。確り身体強化の魔法も駆使していたりする。

 

「でもちょっとキツいかな…ミント、タモの準備お願い」

 

「ええ、判りましたわ」

 

タモというのは釣った魚を掬い上げるのに使う網のことだ。俺はユーノが近くまで寄せたサクラマスをタモで掬い上げるとビクに入れた。勿論俺も身体強化魔法は発動済みだ。

 

「これでユーノさんが3匹、わたくしが2匹ですか…まぁ大漁といっても差し支えありませんわね」

 

「鯉とハヤはリリースしてるんだから、釣果としては十分だよ」

 

「じゃぁ、そろそろ帰って捌いてしまいましょう。お昼はムニエルにしますから、ユーノさんも食べて行って下さいませ。余った物は冷凍してからお刺身にしますので、またの機会にでも」

 

地球にいるサクラマスと殆ど同じだったので以前調べてみたのだが、アニサキスやサナダムシはきっちりこの世界にも存在したのだ。尤も火を通したり冷凍したりすれば大抵の寄生虫は死滅するから問題は特にない。テレパスファーのこともあり、大抵のブラマンシュ族は寄生虫に対して抵抗感が少なくなるのだ。かく言う俺も、最初にテレパスファーを見た時こそ取り乱してしまったが、この3年で調理中にアニサキスを見つけても「あらあら」程度でつまんで捨てるレベルには成長した。

 

「いや…それは成長っていうのとはちょっと違うんじゃないかと」

 

ユーノのツッコミは敢えてスルーすることにした。

 

 

 

俺がこの世界に転生して、一番変わったことといえば矢張り趣味だろう。前世ではゲームやアニメ、ライトノベルといったサブカルチャー的な物ばかりを嗜んでいたが、この世界にはそういったものは一切存在しない。あるのは豊かな自然のみなので、趣味として成立するものは本当に数えるくらいしかない。

 

そんな中、今の俺の趣味は炊事だった。転生前は一人暮らしをしていたこともあり、料理が全く出来ないという訳ではなかったが、あまり凝ったメニューを作ることは少なく、肉と野菜を適当に炒めた物をご飯にかけて食べる、というような大雑把なものだった。それが母さまの手伝いなどで厨房に立つうちに、自分で料理をすることの楽しみが判ってきた。

 

野菜が綺麗に切れると嬉しい。肉や魚に丁度いい焦げ目をつけられればまた嬉しい。出来上がった料理がテーブルを彩るのがとても嬉しい。

 

そして何より、出来上がった料理を美味しいといって食べてくれる母さまの笑顔がこの上なく嬉しい。

 

今日のように食材を自分で調達することが容易であることも、この趣味に拍車をかけた。野菜や乳製品、食肉なども農耕や牧畜、狩猟をしている集落の人に譲ってもらえる。調味料の類は基本的に別世界からの輸入に頼っているものの、大抵のものは手に入る。養殖したテレパスファーを研究施設などに提供して得た外貨を使い、集落の生活必需品を購入するのだ。

 

さすがに1人だけで火を使うのはまだ許されていなかったが、俺は今までに殆どの調理器具を使わせてもらっていた。今日も帰宅早々、台所に入る。

 

「お帰りなさい。大漁ね。すぐに捌くの? 」

 

「ただいま戻りました、お母さま。そうですわね、すぐに始めてしまいましょう。あ、ユーノさんも手伝って頂けます? 」

 

「いいよ。何をしたらいいかな? 」

 

「まずは鱗を取りましょう。包丁を立てて削り取るような感じで…そうそう、上手ですわよ」

 

鱗を落としたら次はお腹を開いてワタ(内臓)の部分を取りだす。

 

「アニサキスはこの辺りにいることが多いですから、注意して下さいませ。ほら、いましたわよ。ご覧になります? アニサキス」

 

渦巻状になっている寄生虫をつまんでシンクに落とす。

 

「いや…僕はいいよ。ミントは良く平気だよね」

 

若干青ざめた表情でユーノが言う。実際こう言った寄生虫は体内に入り込まれると痛みを伴って激しい下痢や嘔吐といった症状を起こすこともあるのだが、注意していればそんなに怖がる必要もない。ただ、稀にワタ部分以外にも寄生虫がいたりするので生食する場合は気をつけておく必要はあるのだが。

 

ワタを抜いたら次は血合いを取って、頭部分を切り取る。後は三枚におろすだけだ。

 

「ここまで来ると食材に見えてくるから不思議だよ」

 

「あら、これ以前も十分に食材ですわよ」

 

軽口をたたきながらおろした身やハラスをアラとは分けて袋詰めにすると、冷凍庫に入れて行く。ちなみに電気ではなく魔力で冷気を蓄えておくことが出来る、ブラマンシュ特製の冷凍庫だ。

 

「今から使う分はこっちに置いておけばいい? 」

 

「はい、ありがとうございます。ではユーノさんはそちらに掛けてお待ち下さいな」

 

ユーノにお礼を言いつつ、塩と胡椒を準備する。

 

「ハーブはどれにしましょうか…この前はタイムを使いましたから、今回はバジルかローズマリーを試してみたいですわね」

 

右手にバジル、左手にローズマリーの小瓶を持って、ユーノに声をかける。

 

「ユーノさん、右手と左手、どちらがよろしいですか? 」

 

「え? 何の話? 」

 

「いいから、答えて下さいませ」

 

「えっと、じゃぁ…左手? 」

 

「では今日のハーブはローズマリーで決まりですわね」

 

サクラマスの切り身に塩胡椒、ローズマリーを振り掛けておき、付け合せにするレタスも千切っておく。ふと横を見ると、イザベル母さまがムニエルに合いそうなパンを切ってくれていた。

 

「あら、お母さま。ありがとうございます。言ってくださればわたくしがやりましたのに」

 

「これくらいはお母さんにも手伝わせて頂戴。そろそろ火を通す? 」

 

「そうですわね。それでは小麦粉を」

 

味付けした切り身に小麦粉をまぶしてフライパンを温め、オリーブオイルを入れる。

 

「お母さま、よろしくお願いします」

 

「はい、お願いされました」

 

母さまが微笑みながら切り身を焼いていく。俺だと背が低すぎて、火にかけたフライパンを扱うのは危険なのだとか。このため油と火を同時に扱う時だけはいつもイザベル母さまにお願いしているのだ。母さまはまず皮がついている面を焼き、その後ひっくり返して料理酒を少量振り掛ける。

 

「蓋をして…と。あと5分くらいでできるからね」

 

母さまが仕上げをしてくれている間に俺は盛り付け用の皿とレタスにかけるドレッシングを用意しておいた。ついでに下準備で使った食器類を洗い上げておく。

 

「はい、出来たわよ。じゃぁ頂きましょう」

 

母さまが大皿に盛り付けてくれたムニエルをテーブルの中央に置く。付け合せのレタスにドレッシングをかけると俺もユーノの隣の席に座って両手を合わせた。

 

「「「今日の糧に感謝を」」」

 

 

 

ムニエルはとてもおいしく出来上がっており、パンとの相性も抜群だった。

 

「如何です? ユーノさん、お味の方は」

 

「うん、とってもおいしいよ…おかわり貰ってもいいかな? 」

 

「気に入って頂けたようでよかったですわ。ええ、まだありますからどうぞ」

 

とても美味しそうに食べてくれるユーノを見ていると、自然と笑みがこぼれる。この感覚が病みつきになってしまったのだ。

 

のどかな昼食会はそれからしばらくの間続いた。

 

 

 

=====

 

おまけ。

 

「ごちそうさま。美味しかったよ」

 

「お粗末さまでした。申し訳ありませんが、ちょっと待っていて下さいませ」

 

「うん。ミントはゆっくり食べてて」

 

ユーノが使い終わった食器をシンクに運ぶのを横目で見ながら、ムニエルをゆっくりと口に運ぶ。ミントとして転生してから俺は食事をゆっくり摂るようになった。体が小さいので食べる量も少なく、急いで食べるとあっという間にお腹がいっぱいになってしまい、勿体ないような気がするのだ。

 

ふと、自分の取り皿に残った切り身に違和感がある。

 

「あら? あらあらあら? 」

 

違和感の元をフォークで掬い上げると、それは火を通されてお亡くなりになったアニサキスだった。ワタ部分ではなく身の方に寄生していたのだろう。

 

「ミント、どうしたの…って、うわぁ…何? それ」

 

「アニサキスですわ。身の方にいたのでしょうね。もうお亡くなりになっていますし、万が一間違って食べてしまっても害はありませんわよ」

 

一応、元寄生虫を取り皿の隅に除けて、俺は残った切り身を口に運んだ。

 

「それ…食べるんだ」

 

「勿論ですわ。美味しいですわよ」

 

「うん、美味しいのは美味しいんだけどね」

 

ユーノは寄生虫に対してあまり耐性がない様子だが、魚というのは概ね寄生虫がいるものなのだ。そして大抵の場合、見た目がえぐいだけで、しかも火を通したり冷凍したりすれば死んでしまうこともあり、人間が影響を受けるものはそれほど多くはない。

 

「ユーノさんは気にしすぎなのですわ」

 

「そういう問題なのかな…? 」

 

 

 

ちなみにこの時、イザベル母さまの取り皿にはお亡くなりになったアニサキスが3匹ほど除けられていた。

 




ミントの口調を真似ている筈なのに、何故か脳内再生される音声が白井黒子。。
久し振りにPS2版のギャラクシーエンジェルをやり直して漸くミントの声を復活させました。。

ギャラクシーエンジェルEXをやりたいのですが、Vista以降には対応していないんですよね。。

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