私達の戸籍が出来上がったのは、それから2週間経ってからのことだった。翠屋の閉店作業を終えて帰宅した士郎さんに説明を受ける。桃子さんや恭也さん、美由希さん、なのはさんもその場にいたため、発表のような形になってしまった。
「想像以上に手間取ってしまって、すまないね」
「いえ、むしろ手間をかけさせてしまって。こちらこそすみません」
連絡をくれた士郎さんに改めてお礼を言う。
「何はともあれ、これで君達も漸く編入試験が受けられるようになった訳だ」
「おめでとう、アリシアちゃん、ヴァニラちゃん」
「…えっと、なのは。おめでとうは合格した後の方が良いんじゃない? 」
「え…? あれ? ? 」
「美由希お姉ちゃんとなのはちゃんが夫婦漫才をしている」
「アリシアちゃん、『夫婦漫才』は男女間でのやり取りに対していうから、この場合に使うのは正しくないよ」
「いやヴァニラちゃん、最近は同性同士でも夫婦漫才と呼ばれることはあるみたいだよ」
何だか話がどんどんずれてきてしまった。
「さてと、話を元に戻すけれど、聖祥の編入試験で直近は12月11日の土曜日で、教科は国語と算数の2つ。それから面接があるな。無事に合格出来れば、3学期から通学することになる」
「面接もあるんですか? 」
「ああ、児童面接と保護者面接だ。保護者面接の方は私が出よう。2人は一先ず試験までの3週間、翠屋の手伝いはしなくていいから、ちゃんと勉強しておくこと」
「はーい」
そうは言うものの、この2週間でアリシアちゃんの学力は飛躍的に伸びていた。翻訳魔法を使わなくても概ね普通に日本語で会話できるようになっていたし、ひらがなとカタカナの読み書きも問題ない。算数にしてもなのはさんの得意教科ということもあり、教えて貰っているうちに公式などは粗方覚えてしまった。
「唯一の難関は漢字…だよね」
ただでさえ複雑な偏や旁、冠などが存在し、同じ文字でも複数の意味があったり、似たような形でも違う意味になってしまったりする上、小学校2年生までに覚える教育漢字は340字もあるのだ。如何にアリシアちゃんの記憶力がいいとは言っても、さすがに大変な作業である。
「じゃぁ、これから3週間は漢字の書き取りを中心にやって行こうか。なのはさんが使ってる漢字書き取り帳と同じのを買って貰ったから、一緒にやってみよう」
「うん、判ったー」
「あと気になるのは面接かな…どんなことを聞かれるんだろう? 」
「基本的には問答の内容よりも、姿勢や言葉遣いをチェックしているようだね。よっぽどふざけたりしなければ大丈夫だよ」
「そうなんですね。ありがとうございます」
教えてくれた士郎さんにお礼を言う。それならあまり緊張せず、自然体でいればよさそうだ。
「ふむ、少し遅くなってしまったな。じゃぁなのはとヴァニラちゃん、アリシアちゃんはもう寝なさい。明日も朝練するんだろう? 」
「「「はーい、おやすみなさい」」」
私達はみんなにおやすみの挨拶を済ませ2階の部屋に戻ると眠りについた。
=====
なのはさんの朝練も順調に続いている。念話での会話は私とハーベスターを相手に、個別でも同時でもチャンネルを繋げることが出来るようになっていたし、身体強化についても瞬間的であれば、ほぼ完璧に全身を強化できる状態だ。ただ、さすがに全力全開で身体強化をしてしまうと銃弾ですらよけられるレベルになってしまう。
さすがにそこまでの強化は必要ないだろう、ということで今は恭也さんや美由希さんにも協力して貰い、「気の流れ」とやらで察知されないレベルの強化を長時間続ける練習をしている。先日は体育の授業でドッジボールをした時に、強い子が投げたボールをちゃんとキャッチ出来たと言って大喜びしていた。
「でもヴァニラちゃん、これって学校でも出来る練習だよね? 折角朝練しているんだし、学校では練習出来ない、他の魔法も覚えてみたいなぁ」
朝練の最中になのはさんがそう言ってきた。元々朝が苦手ななのはさんのモチベーションを維持するのには、何か新しい飴が必要なのだろう。ただこの世界で生活する以上、魔法は必須でないどころか邪魔にすらなる。
「恭也さん、美由希さん、そこのところ、どうでしょう? 」
「そうだな、確かに強すぎる力が災いや破滅を招くのはよくあることだ。俺は不要な力なら持つことはないと思うけれど…」
「ただ、なのはが魔法に憧れる気持ちは判らなくもないんだよね。あたしだって、もしリンカーコアっていうのがあったら魔法使ってみたかったし」
「そうだな。その気持ちは判らないでもない。ちなみになのははどんな魔法を使ってみたいんだ? 」
「前にヴァニラちゃんが言ってたよね? 移動魔法には空を飛ぶものもあるって。わたし、空を飛んでみたい!」
いきなりハードルの高い要求が来てしまった。
「飛行魔法かぁ…うーん…」
「難しいの? 」
「難しいっていうよりは、危険かな。空を飛ぶには何段階かのステップがあるの。たとえば空を飛んでいる時に何かの事故があって意識を失ったら、術者は魔法を制御できずに墜落するよね? 」
「うん」
「高度にもよるけれど、普通高いところから落ちたら人は助からないよね」
「…そうだね…あ、でもそしたら飛行魔法なんて危険すぎて誰も使わない? 」
「そういう事態でも身体を守ってくれる魔法があるんだよ」
「あ、バリアジャケットだね」
近くで漢字の書き取りをしていた筈のアリシアちゃんが会話に加わってきた。
「そう。アリシアちゃん正解。っていうか、漢字の書き取りは? 」
「今日の分のドリルはもう終わったよ」
「えっと、そのバリアジャケットっていうのも魔法なの? 」
美由希さんが興味深そうに聞いてくる。
「バリアジャケットっていうのは、魔力によって構成されている、一種の防護服です。物理攻撃や魔法攻撃から身を護り、気温が高かったり低かったりする状態でも体温を一定に維持出来たりします」
「でも、それだって術者が意識を失ったらダメなんじゃないの? 」
「それもあるので、バリアジャケットの生成と維持管理はデバイスが実施することが殆どですね。百聞は一見に如かずと言いますし、実際に見て貰いましょう。ハーベスター、セットアップ」
≪Stand by, ready. Set up.≫【スタンバイ完了。セットアップ】
私の服は一瞬でバリアジャケットに変わり、ハーベスターは錫杖形態に変形する。
「あ、その服って前にアリシアちゃんが絵に描いたのだよね」
「そうだよ!何だか久し振りだなぁ」
私はなのはさん達がバリアジャケットを良く見ることが出来るようにくるっと一回転してみた。何故か拍手が起こる。
「これがバリアジャケットです。ちなみにこの状態で美由希さんや恭也さんに軽く打ち込まれる程度なら、たぶん吹っ飛ばされても、怪我はしないと思います」
「なるほど。爆弾の爆発なんかにも耐えられるのかい? 」
恭也さんがいきなり物騒なことを聞いてきた。
「そうですね…規模にもよりますけれど、多少なら大丈夫かと。ただ防御力も無限大ではないので、一定以上のダメージは抜けてきますし、そうなるとバリアジャケットも破損してしまいます」
「どのくらいなら持ちこたえられるんだい? 」
「そうですね…高度3,000メートルくらいの高さから墜落しても、たぶん打撲程度で済むでしょう。尤も打ち所が悪いと骨折くらいはするかもしれませんが」
「って、その高さから落ちて、骨折で済むのがすごいよ…」
「まぁ、魔法だからねぇ」
「爆弾の場合は…さすがに経験がないので判りませんね。私達の世界では爆弾や銃器といった人体に直接ダメージを与えるような武器は『質量兵器』と言って使用を禁止されていますし」
「まぁ、高度3,000メートルから墜落しても大丈夫なら、爆弾くらいどうってことないようにも思うけどね。ところで魔法は人体にダメージを及ぼさないの? 」
「非殺傷の設定が出来るようになっています。もちろん人体に直接ダメージを与えるようにも設定できますし、犯罪者などは律儀に非殺傷設定なんて使ってくれませんけれど」
本来なら魔法を習得する上で殺傷・非殺傷の設定は最初期に勉強するものなのだが、なのはさんに教えている魔法は設定の必要が無いものばかりだったので、今までは教えるのを失念していたのだ。
「話を戻しますが、もし爆弾があるって判ったらバリアジャケットだけに頼らず、他にシールド系の魔法もありますから、そっちも併せて使うと思います」
「そうか。参考になったよ。ありがとう」
私は改めてなのはさんの方に向き直ると、話を続けた。
「空を飛ぶなら、まず安全を確保する必要があるの。そのためにはバリアジャケットの構築が必須で、それにはデバイスが必要不可欠。ハーベスターは私に最適化されているから、なのはさん用のバリアジャケットは展開できないんだ」
「そっか、残念」
「あ、でも適性があるかどうかは判るよ。初級の浮遊魔法があるから、それを使ってみて」
「うん!」
ハーベスターに30cm以上は高さを取らないように念を押した後なのはさんに手渡し術式を展開すると、なのはさんの身体がふわりと宙に浮く。
「わ!楽しい~気持ちいい~」
なのはさんは浮いたまま、道場の中をふわふわと漂い始めた。器用に身体をひねって方向転換をしたり、そのまま回転したりしている。それを見て正直驚いた。普通、飛行魔法の適性がある人でも、最初に浮遊魔法を使う時は多少バランスを崩すものなのだ。それをここまで自在に操れるのは相当に空間把握能力が高く、三半規管が優れているのだろう。
「凄いね…ここまで適性があるとは思わなかった」
彼女用のデバイスがあって、バリアジャケットの構築が出来るようなら、もしかしたら飛行魔法も教えてあげられたかも、と思う。
「ねぇヴァニラちゃん、飛行魔法とか浮遊魔法とかこそ、目立つ割に他人に見られたらまずいんじゃないかな? 認識阻害系の魔法を教えるのが先だと思うんだけど」
半分妄想に入っていた所為か、アリシアちゃんのツッコミに一瞬固まってしまった。さっきの殺傷・非殺傷設定の説明を失念していたこともそうだが、うっかりが続いている。
「うわっ、その通りだよアリシアちゃん。うっかりしてた…っていうか、アリシアちゃん、何処からそんな魔法知識を? 」
「ママにいろいろ教わっていたよ? 将来、ハーベスターのメンテナンスとか出来るようにって。言ったこと無かったっけ? 」
そう言えば、以前デバイスマイスターになりたいと言っていたのを聞いたような気がする。丁度、魔力駆動炉の暴走事故が起きた日だったか。小学校の編入試験を受けようとしているレベルの幼女であるはずなのに、アリシアちゃんがすごく頼もしく思えた。
取り敢えず、士郎さんと恭也さんにも許可を貰った上で、なのはさんには認識阻害系の魔法を練習して貰い、ハーベスターと私が一緒にいるという条件付きでなら浮遊魔法を行使しても良いということに落ち着いた。この日から、なのはさんは朝練の締めくくりに認識阻害をかけた状態で浮遊魔法を使用し、私やアリシアちゃんと散歩に行くのを日課とするようになった。
=====
3週間というのはあっという間で、アリシアちゃんと私の編入試験は滞りなく終了した。結果は20日までに連絡されるらしい。
「ってことは、クリスマスには合否が判っているってことよね」
「あ、アリサちゃんがまた何か企んでる」
「またとは何よ。人聞きが悪いわね…別に企むっていうようなことじゃないわよ。考えてることはあるけどね」
アリサさんとアリシアちゃんは随分と意気投合したようで、今も翠屋のテラス席で笑い合っている。
「それで? 試験の感触としてはどうだった? 」
すずかさんが聞いてくる。実際のところ判らない問題は特になかったし、面接の方も無難にまとめたとは思っている。
「うん、たぶん大丈夫だとは思うんだけど。なのはさんにもいろいろと教えて貰ったし」
「えー、ヴァニラちゃんは殆ど自分で解いちゃってたよ? アリシアちゃんも一度覚えたことは忘れないし、2人共すっごく優秀!って感じ」
「なら2人共合格はほぼ間違いなしってことね。OK、じゃぁこっちは予定通りに進めるわね」
「予定って? 」
「あんたたちの合格祝いを兼ねたクリスマスパーティーのことよ。さすがに24日は翠屋も忙しいだろうから、25日の夕方からみんなですずかの家にお泊りするのよ」
「…初耳なんだけど」
「ヴァニラちゃんとアリシアちゃんには内緒で進めていたんだよ。サプライズだったんだけど、そろそろ打ち明けておかないとプレゼント交換の用意もあるからって、アリサちゃんが。驚いた? 」
「それはもう。そうしたら士郎さん達にも言っておかないと」
「あ、お父さん達にはもう伝えてあるから大丈夫だよ。お泊りの許可も貰ったから」
何とも手回しの良いことで。どうやら本当に私とアリシアちゃんだけが知らされずに、準備は着々と進められていたらしい。
「ありがとう。すごく楽しみ」
アリシアちゃんも素直に喜んでいる様子だし、近いうちに交換用のプレゼントを一緒に買いに行こう。
「プレゼントかぁ。何がいいかな? 」
「それは自分で決めるのよ、アリシア。それから何をプレゼントするのかは当日まで秘密ね。その方が楽しみでしょ? ヴァニラも、判ってるわよね? 」
「もちろん、了解。そう言えば、学校はいつまでなの? 」
「土曜日なんだけれど、25日が終業式なの。だから学校が終わってからの集合になるよね」
「支度とかもあるから、わたしは一度家に帰ってから出るよ。お昼過ぎには戻れると思うから、その時に一緒に行こう? 」
「じゃぁ、私達も準備しておくね」
こうして私達は25日にすずかさんの家にお泊りに行くことが確定したのだった。
=====
「えー、いいよ態々買いに行かなくても。こういうのは気持ちなんでしょ? 手作りの方がいいって」
久し振りに翠屋で洗い物のお手伝いをして、部屋に戻った後アリシアちゃんにパーティーで交換するプレゼントを買いに行こうと誘いをかけたのだが、そんな答えが返ってきた。ふと、以前誕生日に貰った不思議なぬいぐるみを思い出す。
「そう言えばアリシアちゃん、ぬいぐるみとか作れたよね。今回もやっぱりぬいぐるみ? 」
「えへへーまぁそうなんだけど、何のぬいぐるみを作るかは秘密だよ。ヴァニラちゃんのところに行くかもしれないしね。サプライズサプライズ」
一応桃子さんからお小遣いは貰ってはいるのだが、アリシアちゃんとも相談して、このお金は出来るだけ手を付けずに、私達がミッドチルダに帰る時にお返ししようということになっている。
「じゃぁ私も何か手作りの物にしようかな…こっちのお金はあまり遣いたくないしね」
ふと見るとアリシアちゃんは部屋の片隅に、翠屋の食材が入っていたのであろう段ボール箱で何やら小部屋のようなものを作っている。
「…アリシアちゃん、それ何? 」
「ん~作業場!プレゼントはヴァニラちゃんにも判らないように作るんだ。覗いちゃいやだよ? 」
私は苦笑しつつ大丈夫だよ、と答えると、自作プレゼントのいいアイディアは無いものかと思考を巡らせる。ふと窓から外を見ると、学校帰りと思われる学生がちらほらと道路を歩いていた。12月半ばとはいえ、今日はそんなに寒くはなさそうだ。
「アリシアちゃん、私ちょっと散歩に行ってくるね。いいアイディアが浮かぶかもしれないし」
「うん、判った。行ってらっしゃい。あ、戻る時はちゃんとドア、ノックしてね。ヴァニラちゃんがいないなら作業場以外でも作業してるから」
「ふふっ、了解」
家を出ると澄んだ空気が気持ちよかった。高台からならずっと遠くの方まで綺麗に見えるかも知れないと思い、少し足を延ばして桜台公園の方に向かうことにした。
階段を上って池のところまで到着した時、不意に高台の方からなのはさんの魔力を感じた。しかもいつも使っている浮遊魔法のレベルではなく、かなり強いものだ。
「え…なのはさん…? 」
慌てて高台に向かうと、果たしてそこにはなのはさんがいた。使用しているのは浮遊魔法の強化版…いや、もはや既に飛行魔法と呼んでも差し支えないだろう魔法。足に桜色の翼を生じさせて空を飛んでいる。認識阻害も併用しているので、魔力の無い人にはすぐには判らないだろうけど、バリアジャケットが無く、デバイスのサポートもない状態で行使するにはあまりにも危険な魔法だった。
「なのはさん!? 何してるの!? 」
「にゃぁっ!? …ヴァニラちゃん!? 何でここに? ? 」
「何でじゃないよ…すぐに降りてきて。私とハーベスターがいない時は浮遊魔法を使わない約束だったよね? 」
「あぅぅ、ごめんなさい」
そろそろと降りてきたなのはさんを捕まえると、その場に正座させる。
「いくら身体強化しているからって、バリアジャケットなしで万が一のことがあったら大変なんだよ? 最初に言ったよね? 」
「うん…」
「大体、今のって浮遊魔法じゃないよね? 普通に飛行魔法だったよね!? どこでこんな魔法を覚えたの? 」
「え…とね、ヴァニラちゃんに教えて貰った術式を参考にして、こうしたらいいんじゃないかなーって思ったところを直してたら出来たの」
どうやら感覚だけで飛行魔法を構築してしまったらしい。何とも末恐ろしい才能だった。
「それにしても…デバイスのサポートなしで飛行魔法なんて、初心者がやることじゃないよ…ちょっとでも制御を間違ったら本当に危ないんだからね」
項垂れるなのはさんにお説教をしながらも、本当に空を飛んでみたかったのだろうな、という気持ちもあった。
「…なのはさん、今の術式ちょっと見せてくれる? 」
「え…うん、いいよ」
目の前に魔法陣が展開される。ベースは確かに浮遊魔法のようで、いくつかリミッターがかかった部分はあるものの、飛行魔法としてはほぼ完成形に近かった。魔法陣内に記述された魔法名を読み解く。
「『フライヤー・フィン』、か。良い魔法だね。殆ど手を加える必要もなさそう」
「ホントに? よかった~」
「で・も!1人での行使は絶対にダメだからね。必ず私がいる時にしてよ? 」
「はーい…って…え!? 使っていいの!? 」
「飛びたかったんでしょ? 禁止しても使っちゃいそうだし。それなら私が出来るだけサポートするから」
「ありがとう、ヴァニラちゃん~!」
なのはさんの『フライヤー・フィン』にかかっていたリミッターの内、高度制限に関わる第一段階のリミッターを解除する。
「ちょっとだけ飛んでみようか? 認識阻害と身体強化は忘れずにね」
「うん!!」
私もハーベスターを起動してバリアジャケットを身に纏うと、高機動飛翔の魔法を用意する。
「ハーベスター、『マニューバラブル・ソアー』いくよ。なのはさんも一緒に飛ぶから、彼女の安全を最優先にサポートをお願い」
≪All right. ”Maneuverable Soar”≫【了解。『マニューバラブル・ソアー』】
なのはさんの手を握り、空へ飛び立つ。なのはさんも飛行魔法を展開し、暫く2人で空中散歩を楽しんだ。
「すごい…気持ちいい」
「私はバリアジャケット着ているから良いけど、なのはさん寒くない? 」
「全然大丈夫!ねぇ、ヴァニラちゃん見て。夕方の街ってすごく綺麗」
「本当…上空からだとまだ夕日が沈みきってないのに、もう街灯が点く時間なんだね」
夜景も綺麗なのだろうけれど、完全には暗くなりきっていないこの時間だからこそ、映える景色があった。アリシアちゃんにも見せてあげたいな、と思う。
「あ、そうだ!ハーベスター、景色記録しておいて」
≪Sure. Recording started.≫【了解。記録開始しました】
そのまま、また暫くなのはさんと2人で空を飛ぶ。丁度夕日がはるか先の地平線に沈もうとしていた。
「あ、ヴァニラちゃん、日の入りだよ」
「本当、綺麗…って、ちょっと待って!ハーベスター、今の時刻は? 」
≪It is quarter to six, master.≫【17:45です】
なのはさんと顔を見合わせる。
「失敗しちゃったー!上空を飛んでたんだから、日の入りは当然いつもより遅いんだ!」
「ヴァニラちゃん、とにかく降りよう!今ならまだ18時に間に合うから!」
安全確認はしながらも急いで高台に降り立つ。ハーベスターを待機モードに戻してバリアジャケットを解除すると、私はなのはさんに手を引かれながら桜台の階段を駆け降りた。
ずっと走り続けたおかげで、何とか18時前に帰宅することが出来た。
「はぁ…はぁ…なんとか…間に合った…ね…」
「む…無断で…遅れると…桃子さん…怖いから…」
玄関先で息を整えると、2人揃ってドアを開け「ただいまー」と声を出す。丁度居間の柱時計が18時を告げた。いつもなら漂ってくる筈のご飯の匂いが無く、家の中に電気もついていない。
「どうしたんだろう。お母さん、まだ翠屋にいるのかな? 」
「あ、上にアリシアちゃんがいた筈だから、ちょっと聞いてくるね」
なのはさんにそう言うと、私は階段を上がって部屋に向かった。出かける前に言われた通り、ちゃんとノックをする。
「アリシアちゃん? 入っても大丈夫? 」
ドア越しに声をかけたが返事はなく、人の気配もなかった。ドアを開けてみると矢張り誰もおらず、電気もついていない。
「ヴァニラちゃん!ヴァニラちゃん!!」
階下からなのはさんの慌てた声が聞こえた。階段を駆け下りると居間からなのはさんが出てきて、メモのような物を差し出した。
「これ!テーブルの上に置いてあったの!」
メモには日本語でこう書かれていた。
『桃子ママが倒れちゃったので、美由希お姉ちゃんと一緒に病院に行きます。士郎パパと恭也お兄ちゃんは翠屋です。心配しないで。アリシア』
とりあえず士郎さんと恭也さんが翠屋にいると言うことは、そんなに大事ではない可能性が高いのだが、倒れたというのは穏やかではない。心配するなと言われても、これは心配しない方がおかしかった。
「わたしの所為だ…約束を破って1人で魔法を使ったから…」
「なのはさん落ち着いて。それは、今は関係ないでしょう? 」
「でもわたしはいい子にしていなくちゃいけないのに…お父さんの時はいい子にしていたのに…」
「なのはさん、ちょっとごめんね…『サニティ』」
ショックの所為か、うわごとのように繰り返しているなのはさんにパニックを鎮め、精神を安定させる効果がある魔法をかける。
「なのはさん、なのはさん大丈夫? 」
「あ…ヴァニラちゃん? 」
「今のままだと状況が良く判らないから。まずは翠屋に行って、士郎さん達に話を聞いてみよう? 」
「うん…そう、そうだよね」
私達はそのまま翠屋に向かった。
=====
「え…捻挫…? 」
翠屋に着いた私達を待っていたのは士郎さん達のそんな説明だった。
「で…でも、倒れたって…? 」
「あぁ、転倒した拍子に足を捻ってね。2、3日で良くなるとは思うけど、念のために病院に行って貰ったんだ」
なのはさんも私も、ヘナヘナとその場に座り込んでしまった。確かに『倒れた』のだろうけれど、今回の場合は『転んだ』とするのが正しい。アリシアちゃんにはもう少し言い回しのニュアンスを覚えて貰う必要がありそうだった。
「でもよかった…お母さん、大したことないんだよね? 」
なのはさんはそう言うと、安心したのだろう。ぽろぽろと泣きだしてしまった。ほっとしたのは私も同じだったのだが、さすがに営業時間中の店内中央で泣かせたままにしておくわけにもいかない。私はなのはさんを抱えるように立たせると、奥の空き席に連れて行った。
しばらくなのはさんを抱いた状態で背中を軽くぽんぽんと叩いていると多少落ち着いたのか、泣き声もしなくなっていた。
「なのはさん、ごめんね。アリシアちゃんはまだちょっと日本語の細かいニュアンスが判ってないみたいで。悪気はないんだよ。怒らないであげてね」
「うん、大丈夫。こっちこそごめんね、恥ずかしいところ見せちゃったな」
なのはさんは照れたように笑った。そこに士郎さんが食事を運んできてくれる。
「今日はさすがに家でご飯を食べるのは難しいから、松ちゃんに夕食を作ってもらったよ。さっき病院から連絡があってね。そろそろ3人とも帰ってくる筈だから、ここで食事にしてしまおう」
士郎さんが言い終わるや否や、入口のカウベルの音と共にアリシアちゃん、美由希さん、桃子さんが入ってきた。桃子さんは足首にテーピングはしているものの足取りはしっかりしていて、見たところ問題はなさそうだ。
その後、みんな揃って翠屋で食事を食べた。その際、アリシアちゃんのメモの内容について話すと、美由希さんはツボにはまったらしくずっと笑っており、アリシアちゃんは状況を理解すると、ひたすらなのはさんに謝っていた。
そして桃子さんは「心配掛けてごめんね」と言って、優しくなのはさんを撫でていた。
今度は長くなりすぎた。。?
難しいです。。