その夜、私は道場で正座していた。私の隣にはアリシアちゃん、正面には美由希さんとなのはさん。ちなみに士郎さんや桃子さん、恭也さんもいる。高町家全員集合だった。
「つまり、あたしとなのはだけが知らされてなかった、と」
「美由希、判ってやってくれ。いきなり自分たちが住んでいた世界から事故で別の世界へ飛ばされて、しかもそこが正式な交流が無い場所だったんだ。秘匿義務もあったようだし」
「でもとーさん、それって、あたし達にも隠す必要があることなの? もしその世界のことをばらしちゃったとして、どういうデメリットがあるのよ」
美由希さんが怒っているのは良く判る。彼女は家族として完全に信じてもらえていなかったことを怒っているのだ。それはなのはさんについても同じなのだが、なのはさん自身はそれほど怒っているようには見えなかった。
「ねぇヴァニラちゃん、アリシアちゃん。もしかして、なんだけど」
なのはさんが尋ねてきた。
「2人の世界って、わたし達の世界に知られたら困るようなことがあったりするんじゃない? 」
あまりにも核心を突いた質問に、私は目を見開いた。
「言いたくても言えないようなことがあるのって辛いよね。でもどうしても言えないことなら無理には聞かないよ」
なのはさんはそう続けたが、ここまでお世話になった高町家の人達に対して、それはあまりにも不義理に思えた。それに美由希さんが銀行で見せた動きは尋常ではない。ここは私が知っている日本とは似て非なる世界。もしかすると、あれはこの世界の魔法なのかもしれない。
「ヴァニラちゃん…もう言っちゃった方がいいんじゃないかな」
アリシアちゃんの言葉にも後押しされ、私は頷いた。
「そうですね…私もこれ以上隠し事をするのは忍びないです。全てお話します。『ミッドチルダ』のこと、そして…『魔法』のこと」
「「「「「魔法!? 」」」」」
私とアリシアちゃんを除く、その場にいた全員の声がハモる。その驚きの声を聞いて、改めてこの世界でも魔法は認知されていないのだということを再確認した。
「はい。先日お話した『プログラム』ですが、あれは全て魔法です。私達の世界で使われる魔法は、TVアニメのように無から有を作り出したりはしません。全て確りとした理論に基づいて組み上げた術式があり、そこに魔力を流すことによって発動させるものなんです」
「成程、まさにプログラムだな…」
「恭ちゃん、どういうこと? 」
「つまり、彼女が言っている理論に基づいて組み上げた術式っていうのは、俺達が使う電子機器の基板のようなものさ。そこに電気を流して動かすように、彼女達は魔法を使う。そう言うことだろう? 」
「言い得て妙ですね。実際には見てもらった方が早いでしょう。ハーベスター」
<≪Are you sure, master? ≫>【よろしいのですか? 】
ハーベスターからの念話と同時に緑色のペンジュラムが明滅する。
「光った!? 」
なのはさんが声を上げ、美由希さんが窘めた。
「高町家における発言は今後許可。魔法関係の情報秘匿からも除外して。はい、ご挨拶」
≪All right. My name is “Harvester”. Nice to see you, everyone.≫【了解しました。初めまして、みなさん。『ハーベスター』と申します】
ハーベスターが念話ではなく、全員に語りかける。みんな一様に驚きを隠さない。
「ああ…初めまして。っていうか、不思議な言葉だな。英語っぽい発音なのに、普通に理解出来る…この石は一体…? 」
「これはマシン語です。普通に人間が話す言葉を魔法で翻訳すると流暢な現地語に訳されるんですが、デバイスの音声だけは何故かこう言った形で訳されるんです」
「デバイス…? 」
「はい。ハーベスターは魔法の行使をサポートするデバイス…所謂『魔法の杖』です」
≪That is correct. I can be the “Device Mode”, if you want.≫【その通りです。お望みであれば『デバイスモード』に移行します】
私が頷きお願いすると、ハーベスターは錫杖形態に変形する。
「さすがに…これを見せられたら納得せざるを得ないよね。っていうか質量保存の法則を完全に無視しているし」
「え…えっと、つまり、ヴァニラちゃんやアリシアちゃんは魔法使いってことでいいのかな? 」
なのはさんの問いにはアリシアちゃんが答えた。
「うーんとね、魔法を使うのには『リンカーコア』っていう特別な器官が必要なんだけど、私にはリンカーコアが無いんだ。だから魔法を使えるのはヴァニラちゃんだけ」
「…そうなんだ」
「この前見せてもらった身体強化も魔法か。それに今日美由希が見たという瞬間移動も魔法…他にはどんなことが出来るんだい? 」
今度は士郎さんが質問してくる。
「私たちの世界で使われる魔法は、基本的には武力に相当します。攻撃や防御といったものが主ですね。他にも結界や移動、治癒や封印などといった術式が存在します」
「君はそれを全部使えるのかい? 」
「概ね使うことは可能ですが、魔導師にはそれぞれ得意分野があって…たとえば近接戦闘が得意な術者、砲撃が得意な術者、結界が得意な術者などです。そういった括りでいうと、私はあまり攻撃系の呪文は得意ではないのですが…」
「そうか…ヴァニラちゃんが懸念する理由も判るな。瞬間移動で相手にダメージを与えて、そのまま再度瞬間移動で逃走…こんなことが現実に可能な人間がいたら普通は危険視されて、排斥されるだろうな。ヴァニラちゃんはそれを恐れているんだろう? 」
さすがメンタリズムの心得がある士郎さん。私の懸念点は正にそこだった。恭也さんも美由希さんも得心がいったような顔をしている。
「序に言うなら、移動魔法は瞬間移動だけではなくて、高機動で飛行する魔法もありますし、数え切れないほどの魔力弾をばら撒く攻撃魔法も存在します」
「なるほど、人間爆撃機という訳か。それは確かに畏怖の対象だろうな…隠したくなる気持ちも判る」
「えー、でもヴァニラちゃんはいい子だよ? そんな事しないって判ってるし」
「なのはさん、ありがとう。でもこれは私のことを知らない人が、私に対してどういう感情を持つか、っていうことなの」
それに私と一緒にいるアリシアちゃんですら排除の対象になるかもしれないのだ。そうなったら、自衛の手段を持たないアリシアちゃんはひとたまりもない。
「ですから、この話はくれぐれも内密にお願いしたいのです。もしかすると私がここにいるというだけで、みなさんに迷惑がかかるかもしれません」
「あぁ、そう言えば昔そんな感じの漫画があったよね。悪魔の力を手に入れた主人公が親友に騙されて能力を暴露されて、疑心暗鬼にかかった町の人に恋人やお世話になった家族まで殺されちゃう話」
美由希さんがやけに明るい口調で、とんでもなく恐ろしい話を始めた。だが、その内容は改めて私の懸念点を具体的なものにした。
「お姉ちゃん、デ○ルマンは名作だよ? 」
なのはさんが若干ずれたツッコミを入れる。っていうか、デビ○マンっていう名前は聞いたことがあるのだが、実際に読んだことは無かった。そんなにシリアスな話だったのか。
「大丈夫だよ、ヴァニラちゃん、アリシアちゃん。あたし達は絶対に秘密を漏らしたりしない。だから心配しないで」
なのはさんのツッコミをスルーして、美由希さんがそっと私達を抱きしめる。私は美由希さんの腕の中で、ありがとう、と呟いた。
「今の話を聞いて、ますます君達をウチで預かって良かったと思ったよ。さて、次は私達の話をしようか」
士郎さんがそう言うと、美由希さんがスッと立ちあがった。
「ヴァニラちゃんもアリシアちゃんもさっき見たと思うけど」
そう言った瞬間、美由希さんがまるでテレポートでもしたかのように恭也さんのそばに移動する。
「すごい…改めて見ても、魔法にしか見えません」
≪No, master. It was not the magical behaviour. It was a kind of physical movement.≫【いいえ、マスター。これは魔法ではなく、肉体運動の一種です】
「その通り。御神真刀流小太刀二刀術奥義、『神速』だ。簡単に説明すると身体のリミッターを意図的に外して、常人には知覚出来ない動きをするんだ」
恭也さんが微笑みながら説明してくれた。
「今日は咄嗟のことだったから無手だったけど。本当は小太刀を使うんだよ」
「当然、この技にしても一般の人間に扱えるものじゃない。さっきヴァニラちゃんが言ったように、魔法にしか見えないと思う人だっているだろう。だから本来これは秘匿すべきことなんだ」
「ウチで預かって良かったというのはそう言うことさ。私達は基本的に同じなんだよ」
美由希さん、恭也さん、士郎さんが口々に言う。彼らが本当に私達のことを受け入れようとしてくれているのは痛いほど判った。
「ありがとうございます。ミッドチルダに帰る目処が立つまでは、改めてよろしくお願いします」
私はアリシアちゃんと一緒に頭を下げた。
「ねぇ、ヴァニラちゃん。あのことも…」
アリシアちゃんがそっと耳打ちする。実はアリシアちゃんには、なのはさんが魔力資質を持っていることを教えていたのだ。彼女ほどの資質があれば、いずれ自分の魔力と向き合う必要が出てくる可能性が高い。そして魔法のことを知ってしまった以上、そのことを秘匿する意味は薄くなっている。
「そうだね…すみません、もうひとつだけ。さっきアリシアちゃんが話した『リンカーコア』についてなのですが」
「あぁ、魔法を使うのに必要な器官だったっけ? 」
「はい。ごく稀に、こちらの世界でも『リンカーコア』を持って生まれてくる人がいるようなのですが、その…なのはさんが」
「えっ、わたし!? 魔法が使えるの!? 」
「うん。その素質はあるよ。でもね、なのはさん。さっきも言ったように私達の魔法はイコール武力となることが殆どなんだ。だからあまり深入りするのはどうかと思う」
「えー…」
「ただ、基本的な魔力の制御方法は覚えておいた方がいいと思うんだ。なのはさん、体育が苦手って言ってたでしょ? 」
「うん、お兄ちゃんやお姉ちゃんはみんなすごいのに、何でだろうね? 」
「それね、魔力が原因だよ。確り制御出来てない魔力は身体機能の感覚を阻害するの。だけど魔力を制御出来てさえいれば、運動はきっと私以上に出来るようになる」
「ホントに!? 」
なのはさんの目がキラキラと輝いたような気がした。
「折角だし、美由希さん達が朝練するときに、場所を借りて一緒に練習しない? もちろん士郎さんに許可を得ないとだけど」
「ぅっ…」
途端になのはさんの表情が暗く沈む。
「あー、そう言えばなのはちゃん、朝苦手だっていってたっけ」
「そう、そうなんだよアリシアちゃん。はっ、ねぇヴァニラちゃん!朝が苦手なのも、もしかして魔力が原因だったりするの!? 」
「…ごめん、なのはさん。それはたぶん違うと思う」
一瞬希望を持ちかけたなのはさんだったが、私の言葉で思いっきりがっくりと項垂れて両手をついた。その姿を見た時に、私の頭の中で閃くことがあった。
「あ…あ!そのポーズ!インターネットで見たあの”orz”って、これのことだ!」
そう言った瞬間、なのはさんはべちゃっとつぶれた。
「ヴァニラちゃん、今このタイミングでそれを言う~? 」
「天然ね…」
目の幅の涙を流しながらなのはさんが抗議し、美由希さんが呟く。それをきっかけに、誰からともなく笑い始めた。アリシアちゃんや士郎さん、桃子さんまで笑っていた。おまけにさっきまで涙を流していた筈のなのはさんまで笑っている。
あぁ、懐かしい感覚だ。プレシアさんとアリシアちゃん、アリア母さん、イグニス父さんと笑い合った日々。ほんの1カ月ちょっと前のことなのに、随分昔のことのような気がした。
その場で道場の使用をお願いすると士郎さんからは意外にもあっさり許可が下り、私となのはさんは毎朝道場の片隅で魔力制御の練習をすることになった。アリシアちゃんも一緒に見学したいと言ったので、3人一緒である。
「それにしても、ヴァニラちゃん最初の頃と随分イメージ変わったよ。もっと壁作っちゃってたもんね」
なのはさんに言われてふと思う。魔法のことを秘匿しようとするあまり、私は彼女達のことを完全に受け入れることが出来ず、一線を引いてしまっていたのだろう。魔法学院にいた頃も、転生のことがあって周りを受け入れられずにいた。さすがに転生のことを話す訳にはいかないが、そっちは既にある程度割り切れている。今なら学院に戻っても、他の生徒達と普通に友達付き合いが出来るような気がした。
「なのはさん達のおかげだよ。ありがとう」
私はそう言って微笑んだ。
「さてと、子供はもう寝る時間をとっくに過ぎている訳だ。明日は日曜日だし、事情が事情だったから、今日は仕方ないが、練習は明日からやるんだろう? ならもう寝ないとな」
士郎さんが声をかける。時計を見ると、既に深夜0時になろうとしていた。翠屋の閉店を待ってから話を始めたのだから、そもそも開始時間が遅かったのだ。
「大変!日付変わっちゃうよ!? あー、お風呂入れなかった」
「明日、練習が終わったら入ろう? 士郎さん、桃子さん、恭也さん、美由希さん、お休みなさい」
「ああ。3人ともお休み」
なのはさん、アリシアちゃんと一緒に道場を出て部屋に戻る。話をしている間はあまり気にしてはいなかったが、道場を出た途端に睡魔が襲ってきた。
「じゃぁなのはさんも、おやすみなさい」
「また明日ね~」
「うん。2人ともお休み」
なのはさんと別れて部屋に戻ると、今日買って貰ったばかりのパジャマに着替えてベッドに倒れこんだ。思えば今日はいろいろなことがあった。買い物に出たこと。銀行強盗に遭ったこと。大泉さんと知り合ったこと。そして魔法を暴露したこと。
「お休み、ヴァニラちゃん」
「うん、お休み。電気消すね」
今日は本当に疲れた筈なのに、気分はすっきりしていた。何だか、いい夢が見れそうな気がした。
=====
翌朝、なのはさんは珍しく早くに起きてきた。もっとも士郎さん、恭也さん、美由希さんはとっくにランニングから戻ってきてはいるのだが。
「ねぇ、ヴァニラちゃん。魔力制御の練習って、具体的には何をすればいいの? 」
「簡単な魔法をいくつか覚えて、それを行使することによって魔力の循環を意識出来るようにするんだよ。今は無駄に溢れちゃってる魔力を、意識して身体中を循環させるようにするの」
「え!じゃぁ、結局魔法を覚えられるってこと? 」
「そうだね。まずは念話かな」
「それってどんな魔法なの? 」
「声を出さずに、私と会話出来る魔法」
「ヴァニラちゃんだけなの? アリシアちゃんは? 」
「昨夜も言ったけど、私にはリンカーコアが無いんだ。だから念話が出来るのはなのはちゃんとヴァニラちゃんだけ」
「厳密にはハーベスターもだけどね。念話が出来るようになったら次は身体強化かな。とりあえずこの2つをマスターするだけで、大分違う筈だよ」
「うん!わたし頑張るね!」
そう言ってなのはさんは笑顔を見せる。道場の中央あたりからは士郎さんの声が聞こえてきた。
「恭也、なのは達の様子が気になるのは判るが、集中できていないぞ」
「はいっ、すみません師範!」
邪魔をしてしまっているようだ。そのうち練習場所を変えることも検討しよう。
「まず何をしたらいいのかな? 」
「じゃぁ、まずは私が念話を送ってみるね。受信だけなら資質を持っている人は誰でも出来る筈だから」
「うん、わかった」
なのはさんはそう言うとギュッと目を閉じ、両手を堅く握る。
<そんなに力まなくても大丈夫。自然体でいいよ>
「うん…って、あれ? 」
<ふふっ、これが念話だよ、なのはさん>
「わー、何かすごい。ヴァニラちゃんの声が頭の中に直接聞こえる感じ。これって、こっちからも送れるの? 」
<送受信、両方ともできるよ。ただ、最初は任意の相手にチャンネルを合わせるのが少し難しいから…ハーベスター、なのはさんのサポートをお願いできる? >
<≪Yes, master.≫>【はい、マスター】
私は待機モードのハーベスターをなのはさんに手渡した。
<≪Good morning, little lady. Can you hear me? ≫>【おはようございます、お嬢さん。私の声が聞こえますか? 】
「え…っと、はい、聞こえます!」
<≪All right. First of all, please feel your hot lump beating in your breast.≫>【まずは貴女の胸の中で鼓動する熱い塊を感じて下さい】
ハーベスターが念話についての講義を始めたのを確認し、私はアリシアちゃんに向き直った。
「さてと、なのはさんが念話の練習をしている間、アリシアちゃんは日本語の勉強をしようか」
「うん!本はちゃんと持ってきたよ」
それから朝ご飯までの間、私はマルチタスクを駆使してアリシアちゃんの勉強となのはさんの念話の両方を監督したのだった。
本当は事件の章から連続したお話だったのですが。。
文章量が多くなりすぎたので2つに分けました。。
このため、各話の文量は若干少なめになっています。。