敵艦撃破、当方損害なし。
艦隊集結した艦娘さんたちは、鎮守府からの指令を受け取っていた。
「ていとくのめいれいは、『しんげきせよ』、であります!」
「当たり前よね」
「被害なしでしたものね」
「行くわよ!
艦隊、進発準備!
……頼んだわよ!」
「はい!
らしんばん、じゅんびよし!」
羅針盤を手にした司令部妖精は、神力でくるくると指針を回しつつ祝詞を唱えはじめた。
「はやくはやくー」
「えいえいえーい」
「とまれー!」
……。
おおー!
いつみてもきれーだなー。
葉舟は司令部妖精の手際にうっとりと見惚れた。
▽▽▽
羅針盤は必ず北を指す……とは限らない。
実際に羅針盤のお世話になる艦むすさんたちはこういうものだと思っているし、提督さんは……報告時に頭を抱えたり半泣きで踞ってしまうこともある。
確かに、羅針盤を預かる彼女たちの行動だけを見れば、遊んでいるようにしか思えない。
しかしその実、重大なやり取りが神域と羅針盤の間では行われているのである。
彼女たちが持つ羅針盤は、正しくは航海用具としての羅針盤ではない。
等神万───ヤオヨロズの神託を等しく受ける神器としての能力を持つ、魔法陣の描かれた祭具なのだ。
「はやくはやくー」
(破厄破厄───災厄を破らむ、災厄を破らむ)
「えいえいえーい」
(慧威、慧威、慧威───慧きて威む、慧きて威む、慧きて威む)
「とまれー!」
(刀魔霊───海魔霊禍をかきわけむ)
戦いに赴く艦むすさんたちの安全祈願と航路の平寧鎮撫こそが、彼女たちの本領だ。
彼女たちの紡ぐ言葉は即ち神代の言の葉であり、手にする祭具と言祝ぎが合わさって航路を啓き、艦むすさんを守っているのである。
もちろん各海域で行われる深海棲艦との戦闘は鎮守府で指揮を執る提督の命令による人為的な選択の結果であり、神託によって選ばれた航路が作戦目的と合致しないこともあった。
だがこれもまた、彼女たちの引き当てた『最良の正解』なのだ。
無理な進撃命令によって沈んだ艦むすさんはいても、行方不明になった艦むすさんはいない。
遠征に失敗したとしても、戻ってこなかった艦むすさんもいない。
司令部妖精の示した方位は、幾つかある航路の中でも霊的神的には一番安定な航路なのである。
場偶や鎖蕃落ち───『ばぐ』は特定の行動が引き金となって偶然起きる場の乱れ、『さばおち』は鎮守府を統括する軍令部があまりの陳情数や報告書の多さに機能不全となり、全ての鎮守府が連鎖的に行動不能となってしまう状態───での不慮の事故はともかく、それ以外の要素で艦むすさんが喪失することがないよう、彼女たちは全身全霊を掛けてフネを守っているのだ。
希望の航路を艦隊が進んでくれないからと、彼女たちに辛く当たってはいけない。
彼女たちは真に艦むすさんの安全を願っているし、その行動に裏表や作為はないのだ。
───だからこそ彼女たち司令部妖精は、司令部妖精たるのである。
▽▽▽
「……南西ね。
全艦中速を維持しつつ変針!」
司令部妖精の指示通り、南西に舳先を向けてしばらく。
葉舟は初陣の高揚感の中、張り切って後方を見張っていた。
「ぜんぽう、いじょうなーし!」
「うげん、いじょうなーし!」
「さげん、いじょうなーし!」
「こうほう、いじょうなーし!」
敵艦は、正面から来るとは限らない。
鎮守府近海は比較的安全だが、深海棲艦はその数が多すぎる。
故に、警備も立派な任務となるのだ。
それに。
こちらの知らないうちに不利な位置取りを強いられれば、とても面倒なことになる。
「電探があれば、もう少し安心できるのにね」
「あい……」
葉舟もその存在だけは知っている。
電探は、遠方にいる敵艦の位置が分かるという、とても素晴らしい機械だ。もちろん貴重な代物で、扱いも難しいらしい。
葉舟は砲術妖精なのでで専門外だ。……と本人だけは思っているが、電探射撃なる新戦術は既に存在するし、駆逐艦むすさん用の小型電探もあったりする。
「てきかんみゆ!
ぜんぽう12じ、きょり11000!」
「いくわよ!
各艦、戦闘準備! 単縦陣!」
駆逐艦むすさんたちにも、さっと緊張が走る。
葉舟も時雨さんの頭から降りて配置についた。
「てき、かんすう3!
きょり8000!
そうたいそくど、だいなり!」
「せんとう、ちゅうがたかんとかくにん!」
「敵の旗艦は巡洋艦かしら……。
いいみんな、反航戦よ!
一瞬で決まるから、気を抜かないで!」
「こうほう2せきはくちくかんきゅう!」
「攻撃するからね!」
「了解!」
反航戦は、ものすごい相対速度で敵味方の距離が縮まる。
旗艦暁さんの言うように、一瞬たりとも気が抜けない。
「狙いよし。撃ち方はじめ!」
「てー!」
暁さんより先に、二番艦白雪さんの兵装が火を吹いた。
旗艦は艦隊指揮も任務の内で、お手伝いで妖精達も忙しく全艦総出のてんてこまいになる。大きな射程を誇る戦艦むすさんや巡洋艦むすさんでもないと、旗艦が戦闘の火蓋を切ることは難しい。
「めいちゅう!
てきにばんかん、たいは!」
聞こえてくる報告に、よし、わたしもやるぞーと、葉舟は気合いを入れた。
「うわあん、痛い!」
「五月雨!?」
敵旗艦の砲撃で五月雨さん小破。
当たり前だが、やはり巡洋艦級は侮れない。
「……葉舟、目標、敵旗艦!」
「あい!
1、2、3、4……みぎに2つ!
じょうげかくそのまま!」
「あい! びょうとう、みぎふたーつ!」
「そうてんよーし!」
……姉妹艦が痛めつけられて嬉しい艦むすさんは、いない。
時雨さんの期待に応えるべく、分身した自分に指示を出す。
相対速度は早いが、距離も近いので距離苗頭盤に入力する修正量は少なく済んでいた。
「やぁ!」
「てき3ばんかん、げきちん!」
その間にも、戦闘は我が方有利で推移している。
暁さんの砲撃は、敵のしんがりを見事轟沈した。
さすがは旗艦だ。
「たぁーっ!」
「てききかんにめいちゅう、しょうは!」
傷つきながらも五月雨さんは一矢報いた。
駆逐艦級にくらべれば、巡洋艦級は装甲も厚いし耐久性も上だ。急所に上手く当てないと、12.7サンチ砲弾では一撃必殺とは成り得ない。
「……ここは譲れない。
葉舟!」
「あい!
……てー!」
斉射!
葉舟は座学で教わった通り、敵深海棲艦───たぶん、軽巡ホ級と思われる───の中心部を狙った。
軽巡ホ級はずんぐりとした本体が特徴で、その中央にぶわっと開いた口から生体部が『生えかけている』。
頭のない上半身……とでも表現するしかない軽巡ホ級の生体部は、じっと見つめていてあまり気持ちのいいものじゃない。
だが同時に、そこは急所でもある。
12.7サンチ砲弾は時雨さんと葉舟の思いを乗せて、敵旗艦へと突き刺さった。
「てききかん、げきちん!」
「……うん」
時雨さんは短く返事をして、小さく頷いた。
これで残るのは、白雪さんが大破させた敵の2番艦である。
取り逃がしたわけではないが、反航戦故にすれ違ったそのあとはどんどんと距離が離れてしまう。
「全艦、雷撃戦用意!
絶対に沈めるんだから!」
五月雨、いけるわね?」
「お任せください!」
五月雨さんも、大丈夫そうだ。
「1隻にはちょっともったいないけど、けちけちしちゃ駄目よ!」
「あい!
ぎょらい、じゅんびよしであります!」
暁さんには基本装備の他に、葉舟と同じ12.7cm連装砲を操る砲術妖精とともに、61cm三連装の魚雷発射管と水雷妖精も乗せられていた。
雷撃戦ともなれば大活躍は当然で、水雷妖精を同乗させていない艦むすさんに入力すべき諸元を伝えている。
「突撃するのだ!!」
「てー!」
暁さんの号令一下、艦隊が放った魚雷は、各艦固有の発射管34門に加えて暁さん装備の三連装発射管の計37射線。
敵の3番艦は、文字通り木っ端微塵になった。
▽▽▽
敵艦隊の全滅を確認後、再び集合が掛けられた。
「やったわ!」
「戦果は時雨さんが一番かしらね?」
「旗艦撃沈だもんね、時雨姉さん!」
「この勝利、僕の力なんて些細なものさ」
時雨さんは照れた様子もなく、小さく頷いた。
戦果より作戦の成功より、皆が無事に帰れる事の方が大事なのだと、葉舟は何となく理解した。
「さくせんせいこう!
ちんじゅふより、きとうめいれいがでました!」
司令部妖精から作戦の成功が伝えられ、艦隊にもようやくほっとした空気が流れた。
しかしその司令部妖精はびしっと敬礼してから、羅針盤を高く掲げて周辺の海域を鎮めはじめた。
こちらも大事なお仕事なので、終わるまで艦隊は現海域で留まらねばならない。
その間が暇かと言えば、艦むすさんたちにも報告というお仕事があった。
「五月雨は小破、他被害なし、と。
ちゃんと司令官に言って、修理して貰うからね」
「ありがとー、暁さん!」
「暁さんはほんといい子ね!」
「わぷっ!?
頭をなでなでしないでよ!もう子供じゃないって言ってるでしょ!」
今は口頭による報告のみだが、後で書類も出さなくてはならない。報告は大事だ。
……暁さんは白雪さんに抱きつかれ、頭を撫でられているけれど。
「あたらしいなかまです!」
仕事を終えたらしい司令部妖精が、光り輝く小さな珠を誇らしげに掲げた。
艦むすさんたちは、顔を見合わせてから頷いた。
「「「「ばんざーい!!」」」」
戦闘が行われた後の海域は神的霊的に不安定で、異なる空間、異なる次元、異なる世界、あるいは異なる時間軸と繋がりやすくなってしまう。
そこで司令部妖精が鎮めるのだが、別に魍魎怪異ばかりが引き寄せられるわけではない。
中には艦隊を構成する艦むすさんという力の満ちた存在に、引き寄せられてしまうものもあった。
司令部妖精は、虹色の球に向けて羅針盤から神力をそそぎ込みつつ言祝いだ。
ぱあっと柔らかな光の渦が周囲を包み込む。
「あの……軽巡洋艦、神通です。どうか、よろしくお願い致します……」
光が消えると、そこには一隻の軽巡洋艦むすさんが佇んでいた。
……ちなみに艦むすさんたちが───あの普段から冷静沈着な時雨さんまでもが万歳で喜んだ理由は、新しい艦むすさんを連れて帰ると提督さんが褒めてくれるから、である。