「……あれは僕も驚いたよ。
嬉しかったけれど」
「あい」
公試が全て終わった後、時雨さんと一緒に艤装岸壁でもういちど補給を受けて船渠に戻ったところ、もう提督さんが待ちかまえていた。
そのまま提督の執務室───ダンボール箱が置きっぱなしの殺風景な部屋だった───に案内されたが、説明も程々にそのまま第一艦隊に配属されることが告げられたので、いまは第一艦隊埠頭へと足を向けている。
……完成が待ち遠しかったのか何度も何度も確認をされていたのよと、明石さんは笑顔でこっそりと教えてくれた。
「見間違いはないと思うけど、あそこだね」
「あい!」
視線の先、第一艦隊埠頭では、駆逐艦むすらしい2隻の艦むすさんが燃料の積み込み作業をしていた。
時雨さんが近づいていくと、気付いた妖精が報告してくれたのか、艦むすさん達がこちらに向けて手を振ってくれる。
「おおー、新人さん……って、時雨姉さんだー!」
「やあ、『五月雨』。
元気そうだね」
「特型駆逐艦、2番艦、『白雪』です。
よろしくお願いいたします」
「僕は時雨。こちらこそよろしくね。
五月雨と同じ白露型の、2番艦だよ」
「あたしは6番艦なんですよー!」
艦むすさん達が雑談をするその間に、葉舟も時雨さんから降りて五月雨さんと白雪さんに所属する妖精と敬礼を交わす。……お話もしてみたいけれど、向こうは補給中なので邪魔をしてはいけない。
時雨さんは船渠から出て就役したばかりで、補給も完了していたから葉舟にお仕事はなかった。
「ところで五月雨」
「はい、なんですかー?
あ」
「命令かな?」
ぴんぽんぱんぽ-ん。
時雨さんには気になることがあった様子だが、それは高声器から流れてきたチャイムによって中断された。随分と可愛らしい声である。
『鎮守府よりお知らせです。
第一艦隊に出撃命令が下りました。
所属艦艇は速やかに埠頭に集合して下さい。
繰り返します、第一艦隊に……』
「いよいよ私達の出番ですね!」
「ええ、頑張って行きましょう」
「ほきゅう、しゅうりょうしましたー!」
「いつでもいけます、であります!」
初陣だ!
にわかに緊張が走った埠頭で、葉舟もよしと気合いを入れて時雨さんを見上げた。
時雨さんたち艦むすと葉舟たち妖精は、深海棲艦と戦うのがお仕事だ。
……座学で習った深海棲艦の姿は少し恐くもあるけれど、世界の安寧には変えられない。
「葉舟、がんばろうね」
「あい!」
「うん、いい子だ。
……そうだ五月雨、さっき聞きかけたんだけど、旗艦は誰なのかな?
五月雨? それとも白雪さん?」
「違うよー。
あたしたちの旗艦は、さっき放送してた……」
「おまたせよ!」
振り返れば、制帽を被った駆逐艦むすが走ってきた。
慌てていたのか髪が乱れていて、それを装備妖精たちが手櫛で梳いている。
「暁ちゃん!」
「秘書艦、お疲れさま」
「んもぅ、提督が電文きちんと読まないから時間かかっちゃって……。
あら、あなたが時雨?
わたしは『暁』、第一艦隊の旗艦よ」
暁さんは数多い特型駆逐艦の中でも最終型になる特Ⅲ型、別名暁型の一番艦だった。旗艦の証として、羅針盤を手にした司令部妖精を肩に乗せている。
お姉さんなのよと得意げな暁さんの笑顔に、時雨さんは苦笑してよろしくと微笑みを返した。
「時雨姉さん、旗艦は持ち回りなんだよ」
「昨日はわたしが旗艦でした」
「第一艦隊の旗艦は、秘書艦のお仕事も兼任になるから忙しいの……って、お喋りはそこまでー!
作戦のが……が……」
「概容よ、暁ちゃん」
「わ、わかってるし!
その、概要を説明するわよ!」
……磯波さんと同じ特型でも、次女と二十一女では性格も容姿もかなり違う。
それでも暁型だと一番のお姉さんなのよ、第一艦隊の旗艦なのよと膨れたところを白雪さんに宥められている様子は、とても微笑ましい。
「作戦名は『近海警備』作戦……ってそのままだわこれ!?」
「提督さん、あまりそういうのこだわらないみたい」
「大らかなお方ですものね」
「あはは……」
「と、とにかく、出撃する海域は鎮守府の正面!
航行序列は一番艦、旗艦のわたし、二番艦白雪、三番艦五月雨、四番艦時雨ね!
警備のお手伝いがわたしたちの任務よ」
鎮守府には正規艦隊に所属していて提督の命令で出撃する艦むすさんの他にも、鎮守府の裏方を任されている零番目の艦隊所属とも言うべき艦むすさんたちが皆を下支えしている。
ちなみにこの鎮守府では、工廠を預かる明石さん、演習などのお手伝いをする摂津さん、補給の手配を一手に引き受ける『間宮』さんらの他にも、生命線とも言うべき補給物資の輸送を行う宗谷さん、『鳴門』さん他各種運送艦むす・油槽艦むすたちも在籍していた。
そんな裏方さんの中でも少し特異な存在が、敷設艦むす『初鷹』さんが率いる鎮守府警備部の警備艦隊である。
彼女たちは裏方でありながら、時に戦う存在だ。
主戦場から迷い出た深海棲艦が鎮守府近海に入り込まないよう機雷や防潜網を設置することも大事な仕事だが、時には妖精達が乗り込む駆潜特務艇や魚雷艇を指揮して深海棲艦を独力排除することさえあった。
しかし脅威度の低い駆逐イ級深海棲艦───小型の深海棲艦はあまりにも数が多く、気を付けていても鎮守府近海に潜り込まれることがある───程度ならまだしも、それ以上だとやはり荷が重いのである。
「暁、水雷戦隊、出撃します」
補給や装備の確認と簡単な申し送りが済まされると、艦隊は補給妖精の帽振れに見送られて微速前進で港内から湾へと出た。
「機関中速!
各員、警戒を厳と為せー!」
暁さんの号令一下、一列に並んで湾外へ。
全員が同じ艦隊型駆逐艦───特型はその代表格、白露型は特型の小型版として開発された初春型の改良型───なので、速力はほぼお揃いである。
「こうほう、いじょうなーし!」
しんがりの時雨さんは後方警戒で、葉舟も時雨さんに背負われた砲塔の上できょろきょろと周囲を見回していた。
「時雨は初陣になるけど、大丈夫?」
「私たちは3回目ですから、少しは慣れてきましたけれど……」
「うん。
ありがと」
「時雨姉さんはいつも落ち着いてるもんね」
「……五月雨はもう少し落ち着こうか」
「あはー」
作戦海域が鎮守府の目と鼻の先なので、到着はあっと言う間である。
「まもなくさくせんかいいきです!
がんばりましょー!」
旗艦暁さんの肩の上で、羅針盤妖精が声を張り上げた。
その声が消えやらぬうちに、暁さん所属の装備妖精が声をかぶせる。
「てきかんみゆ!
ぜんぽう1じ、きょり12000!」
「暁の出番ね、見てなさい!
各艦、戦闘準備! 回り込むわよ!」
「……思ったより急だなあ」
「あい。
がんばります!」
「うん、そうだね」
第一艦隊は、一列縦隊───単縦陣を保ったまま艦速を上げた。一度左舷に大きく舵を切り、その後緩く右舵を当てながら大きな弧を描くように進み、敵の頭を押さえる位置取りだ。
葉舟も時雨さんの頭から降りて、連装砲に取り付いた。
「かんえい、こがたかん1です!」
「まだ気付かれていないわね。……ふぅ。
8000を切ったら撃つわよ!
暁に続きなさい!」
ほぼ全速───艦隊運動中の規定最大速度である30ノット付近───まで速度を上げた第一艦隊は、敵艦の前方へと躍り出た。
▽▽▽
「あー……」
「ふふ、残念。
でも、誰も怪我がなくてよかったよ」
「あい」
結果から言えば、時雨さんに射撃の機会は回ってこなかった。
「私も、お役に立てたようで何よりです」
「白雪さん、砲撃上手いねー」
……敵艦は暁さんの攻撃で小破したところに白雪さんの弾が急所を直撃し、あっけなく沈んでしまったのである。
「艦隊集合ー!
被害はないわね?」
時雨さんは活躍は出来なかったけれど、敵は単艦で暁さんたちの火力だけでも圧倒できてしまったのだから、戦闘全体を見渡すならばこれも一つの成功である。無駄弾を撃つのはよくないですよと、砲術学校でもきびしく戒められていた。
「白雪、やれます」
「五月雨、問題ないよー!」
「時雨、異常なし」
ともかく。
暁さんが戦闘止めを発令したことで、時雨さんと葉舟の初戦闘は……無事、終了した。