鎮守府はいつも晴れ   作:bounohito

4 / 7
第三話「こうしうんてん!」

 

 

 艦むすさんたちの、少し長いけど大事なお話が終わり、ようやく葉舟にも出番が来た。……時雨さんのおまけでもお仕事はお仕事、頼りにされると嬉しい葉舟である。

 

「ふきんにかんえいなーし!」

「よし、機関10分の10全力!

 ……ふふ、気持ちいいね」

「あい!」

 

 両足の浮体が波を蹴立て、時雨さんを疾駆させる。

 

「大角度変進、いくよ!

 ……とーりかーじ、一杯!」

「あーい!」

 

 ぐぐっと大きく傾いた時雨さんに合わせ、葉舟も身体を傾けた。

 

「……復元性も問題なし、と」

 

 時雨さんは舵を戻した後にほっとしていた。……実はちょっぴり、艦体の安定に不安があったので。

 

 航行試験中、連装砲にお仕事はない。

 葉舟も見張りのお手伝いぐらいしかすることはないが、時雨さんが楽しそうなこともあってはりきっていた。

 

 そのまま大回りして湾内をぐるりと半周し、明石さんの元に戻る。

 

「おめでとう、過負荷全力の最高速、35.14ノットよ。

 計画値を上回っているわ」

「ありがとうございます、明石さん」

「異常はなかった?」

「はい」

「じゃあ、休憩する間に……葉舟二等兵」

「あい?」

「演習弾を支給するから、積み込んで」

「あい!」

「この湾内は鎮守府の真っ正面だから、信管抜きでも流石に実弾の射撃は禁止なのよ。

 実弾演習は正式に配属されて、訓練海域に出して貰えるようになってからね」

 

 分身して明石さんから演習弾を受け取り、予備の弾架に並べていく。

 信管がついていないからと言って、取り扱い注意であることに変わりない。

 時雨さんの主砲と魚雷発射管にも、同様の演習弾と訓練弾頭付きの魚雷を装填する。

 

「ありがとう、葉舟。

 行ける?」

「あい!」

 

 よし! ……と葉舟も気合いを入れた。

 

 兵装公試は架空の目標を設定して装備を試射し、動作に問題はないか、命中率や散布界が計画値に達しているか、衝撃や爆風で艦むすさんや装備が破損しないか実際に確かめる、公試の一番最後で一番大事な試験である。

 

「まずは僕からだね」

「あい、たいきします」

 

 協力した方が強い攻撃力を生み出せることはわかっているけど、これは試験なので仕方がない。

 

「南西の風風速4メ-トル、波高0.5メ-トル、測定準備よし。

 いつでもいいわよ」

「はい。

 目標、12時、距離3000。

 ……撃ちます!」

 

 湾内では、遠距離の試射など元より出来ない。

 時雨さんは、目標とした近距離の海面へと順に火器を放った。

 そのたびに水柱が上がり、それを明石さんが記録していく。

 

 ……残念ながら、12.7cm連装砲単独の試験はない。

 量産兵器として十分な実績がある上に、試射そのものも工廠妖精の手によって既に行われていた。

 

「良好のようね」

「はい」

「次の魚雷はあの砂浜、的板が目標よ。

 雷速35ノット、調停深度は2mにして」

「はい。

 ……諸元入力完了。

 魚雷発射管、用意」 

「……海流は南南西、流速0.5メートル」

「流速0.5メートル、射角調整良し……発射!」

 

 残念ながら試験の都合で魚雷の発射数は1本だが、内海の静止目標なら新人の時雨さんにも余裕だ。

 

 訓練弾頭は爆発しないので、大きな水柱は上がらなかった。

 代わりに明石さん配下の妖精が、砂浜から手旗信号で命中位置を知らせてくれる。

 

「ふくごー。

 ……ど、ま、ん、な、か」

「……よかった」

 

 手旗信号を復号した葉舟は、こちらからも『お、つ、か、れ、さ、ま』と旗を振った。

 ちなみに魚雷は高価───葉舟の大好きなお汁粉20万杯分───なので、砂浜にめり込んだ後、工廠妖精によって回収され再整備される。

 

「最後は全力射よ。

 目標は先ほどの海面ね」

「はい。

 ……葉舟、射撃準備」

「あい!

 ……えいっ! えいっ! えいっ! えええーい!

 はいちにつけー!」

「おー!」

「おおー!」

 

 操作盤に取り付いた葉舟は、一番砲手、二番砲手、測的手、装填手……ぽんぽんぽんっと数人に分身した。

 それぞれがえいやそいやと狭い砲塔内を動き回って配置につく。

 

「はいちかんりょー!」

「どうりょくぶ、いじょうなーし!」

「とうないいじょうなーし!」

「そうてん!」

「あい!

 ……そうてんよし!」

 

 元は同じ自分なので、以心伝心どころではない連携が取れるのも妖精の強みだ。

 

「目標12時、距離3000。

 砲戦用意」

「しゃげきしょげんにゅうりょく!」

「ほういかくよーし!」

「ぎょうかくよーし!」

「しゃげきじゅんびかんりょう!」

 

 必要な射撃諸元を入力された苗頭盤がはじき出した方位角と仰角にぴたりと砲身を向け、葉舟は号令を待った。

 

「うん、いいね。

 ……砲戦、始め!」

「てー!」

 

 どどん!

 

 時雨さんは号令と同時に固有兵装を射撃開始し、葉舟の50口径の砲身からも12.7サンチ砲弾が撃ち出される。

 

「あい!」

「つぎ!」

「よし!」

 

 がしゃこんと後退した砲身が復座すると同時に、各砲に2人づついる装填手が砲弾と装薬を装填して尾栓を閉鎖した。

 

「ふぎょうそのまま! みぎ1みる!」

「あい!」

 

 合間に水柱の位置を観測していた測的手が修正を指示、砲塔と砲身が僅かに動いてそれに対応する。

 

「てー!」

 

 どん!

 どどん!

 

 再び発射。───この間、6秒の早業である。

 

 用意された訓練弾頭はあっと言う間に尽きてしまった。

 

「砲戦止め!」

「あい!

 ほうせんやめ!」

「やめー!」

「めー!」

 

 時雨さんが砲煙を払い葉舟がふいーと息をつく間に、明石さんがひのふのみと折っていた指を戻した。

 

「おつかれさま。

 二人合わせて全射弾中、命中2割、至近弾4割というところかしら。

 公試はもちろん合格だけれど、これからも精進してね」

「はい。

 ありがとうございました」

 

 いまは公試中で目標は近距離の海面、時雨さんも停止していたからこの数字だが、実戦では射弾の1割も命中弾を出せるなら異常な高率として賞されるほどなのである。

 

 後かたづけがあるので先に帰っていいわよと言う明石さんに促されて、時雨さんはその場を後にした。

 

「葉舟、お疲れさま」

「あい!

 しぐれさんも、おつかれさまでした!」

 

 鎮守府の湾内は、波も穏やかできらきらしている。

 鰯か何かの群が泳いでいるのが見えた。

 

 港へ戻れば、再び船渠に逆戻りして点検と整備が行われる。

 その後、引き渡し───提督さんが迎えに来てくれるまでは、葉舟も時雨さんと一緒に一休みだ。

 

「……乗る?」

「あい!!」

 

 主機を震わせてすいーっと中速まで上げた時雨さんは、少し傾いてきた陽光とその向こうの大海原を眩しげに眺めながら、葉舟を頭に乗せてくれた。

 

 




ここで一段落です
次話「ういじん!」(予定)の更新はすこし間が空きます

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。