無事に契りが終わった12.7cm連装砲は台車に乗せられ、工廠妖精の運転する牽引車で工廠から引き出された。
運ばれている先は、隣り合っている建造ドックだ。
葉舟は連装砲の上部にちょこんと座って一緒に運搬されながら、装備してくれるのはどんな艦むすさんだろうなあと、にこにこ顔で防盾をぺたぺたと触りながらあれこれ考えていた。
「ぶっぶー!
とおりまーす!」
建造船渠は工廠と違って天井がない代わりに大きなガントリークレーンが備えられていて、荷役扉の前には『けんぞうちゅう』『あんぜんだいいち』と可愛い字で書かれた看板がぶら下がっていた。
「とーちゃーく!」
「おつかれさまでしたー!」
「でしたー!」
当然、こちらでも工廠妖精が忙しく立ち働いている。
「12.7さんちれんそうほう、とうちゃくであります!」
「のうひんおつかれさまです!」
びしっ!
「こちらはじゅんびかんりょう、であります!」
「こちらが『しぐれさん』です!」
「しぐれさん?」
工廠妖精に手招きされて船渠をのぞいてみると、すらっとした体つきの俊敏そうな駆逐艦むすさんが、今は目を閉じて横たわっている。
ちなみに提督さんにも工廠妖精にも、進水式が終わるまでは建造中の艦むすさんの名前はわからない。
界渡りを幾度も繰り返したその向こうの大本営にあるという艦むすさんを祀ったお社から分霊されてくるとも、異海の底から魂だけが呼び出されるとも言われているが、定かではなかった。……たぶん、艦むすさん本人にもわからないだろう。
それはともかく、その後必要な艤装を施して公試運転を行い、実際の性能諸元を記録してからはじめて提督に引き渡されることになっていた。
「あい!
このれんそうほうは、しぐれさんにそうびされるのです!」
「しぐれさんはしんすいしきもぶじしゅうりょうして、いまはぎそうちゅうなのです!」
「ついさきほど、ぎょらいはっしゃかんのとりつけがおわったのです!」
防御鋼板や防空火器、固有兵装の取り付けなど、進水式が終わった後も、船梁は艤装作業に忙しい。
一部特別な艦種の艦むすさんは防空火器だけだったりするけれど、大抵の艦むすさんには固有兵装があって、単体でもある程度の攻撃力を発揮することが出来る。
しかし各々の艦むすさんが自分で操る固有装備だけでは、深海棲艦と戦うには心許ない。
そこで装備妖精と彼女たちが操る追加の装備が、どうしても必要になった。
「きじゅうきおこせー!」
「たまかけよーい!」
その時雨さんは固有兵装の搭載は終わったと言うから、艤装作業の追い込み、最後の目玉が葉舟の12.7cm連装砲搭載となる。
「しぐれさーん!」
「そうびのとうちゃくでーす!」
「おきてくださーい!」
葉舟が連装砲ごとクレーンで吊られている間に、時雨さんも上半身を起こした。
じーっと見られているが、とても優しそうな艦むすさんである。
「ほうじゅつようせい、はやあきつなるかみのはふねにとうへい、であります!」
「僕は白露型駆逐艦、時雨。
これからよろしくね、葉舟」
「あい!」
「うん、いい子だ」
……この人と一緒に、頑張るのだ。
葉舟は嬉しくなって、びしっと敬礼した。
「じゃあ、装備しようか。
このあとすぐ、公試運転があるからね」
「あい!」
慣れないうちは命中率が悪かったり威力が出せなくて苦労もあるけれど、艦むすと装備、装備妖精が真に一つとなった時、限界を超えた力を発揮するのだ。
12.7cm連装砲を受け取った時雨さんは、葉舟が配置についたのを確認して初の命令を下した。
「葉舟、出航前点検」
「あい!
どうりょくよーし、ふぎょうよーし……」
葉舟ははりきって操作盤にとりついた。
流石は新品、距離苗頭盤はかっちりしているし、レバーもハンドルも握り心地はとてもよい感じだ。
「せんきょない、おかたづけしゅうりょー!」
「ちゅうすいかいしー!」
船渠も新造艦を送り出すという最後のお仕事に、工廠妖精が走り回っている。
時雨さんの周囲は、すぐに海水で満たされた。
今は船渠の手すりを握っている彼女だが、不安定ということはない。
両足の浮体はきちんと役目を果たし、時雨さんは海水面に『立って』いる。
「せんきょないすいい、かいすいめんにとうたーつ!」
「もくしかくにん!」
「あい! もんだいなーし!」
「ちゅうすいかんりょー!」
「こうもんひらけー!」
船渠の前扉───閘門がゆっくりと開き、外海へと繋がる。
「えいせん、ていいちにとうちゃーく」
「えいこうよーい!」
「あい!」
「しぐれさん、えいこうさくです!」
「ありがとう」
時雨さんは、工廠妖精の操る曳船から曳航索を受け取った。
しっかりと感触を確かめて、両手で握りしめる。
「ぜんぽうにかんえいなーし!」
「びそくぜんしーん!」
「よーそろー」
工廠妖精たちのばんざいに見送られてそろそろと船渠から引き出され、艤装岸壁へ。
艤装は終わっていたが、これから補給が行われるのだ。
その間、葉舟も点検を頑張っていた。
「おおー!」
最後に砲身の後ろについている尾栓の閉まり具合を確かめれば、本体の点検は終了である。
「だんやくのつみこみ、ねがいまーす!」
「あい!
……えいっ! えいっ! えいっ!」
もう艤装岸壁についたらしい。
神術を駆使して数体の分身を作りだすと、砲塔の外に送り出す。
「だんしゅ、かくにんしましたー」
「だいいちけんぞうせんきょ、かんめい『しぐれ』さん、かくにんしましたー」
「だんやくつみこみ、かいし!」
「あい!」
補給妖精から弾頭と装薬を受け取り、分身した全員で砲塔基部の弾薬庫に並べていく。
規定量は10基数で、昼間砲戦のみなら5回、夜戦の連戦があっても3回の戦闘が行える。……それ以上に戦闘が継続しそうでも、普通は提督さんから撤退命令が出るので問題はない。
「12.7さんちれんそうほう、すべていじょうなーし!」
「了解。
時雨、出航準備よし」
葉舟が点検を終える間に、時雨さんの方も準備を終えたらしい。
曳船が離れ、岸壁のもやいも解かれた。
……いよいよだ。
「葉舟、見張りお願いできる?」
「あい!」
時雨さんは頭の上に葉舟を乗せた。
専属の妖精が葉舟しかいない今は、役得である。ゆるい潮風が気持ちいい。
「しゅういにいじょうなーし!」
「よし。
駆逐艦時雨、出撃するね」
……微速前進」
最大出力42000馬力を誇る2基2軸の主機は、静かに唸りを上げている。
全力運転にはほど遠いが、時雨さんをゆっくりと、しかしながらしっかりと岸壁から外海へと押し出した。
「ぜんぽう12じ、きょり300、うんかせん!」
「宜候」
時雨さんは波立たないように静かに舵を切って港内用の運荷船───中発動艇を避け、燈台の向こうへと回り込んだ。
すれ違う中発の上では、こちらが新造艦だと気付いた補給妖精が帽子を振ってくれている。葉舟ももちろん、大きく手を振り返した。
艤装岸壁や船渠のある工廠部分は、港内の一番奥になる。
時雨さんが微速から低速に切り替えて進むうちに、艦隊埠頭が見えてきた。
「……誰もいないね。
出撃中かな?」
「ですー……」
「挨拶は後でいいか」
「あい」
鎮守府の港を抜ければ、そこは静かな湾になっている。
時雨さんは大きく転舵して訓練海域へと向かった。
「指定の海域で明石さんが待ってくれてる予定なんだけど……」
「あい……。
ぜんぽう1じ、きょり8000、……かんえい2。
……2?」
「……ほんとだ、2隻だね」
葉舟はあれれと首を捻った。
距離8000メートル。
昼の今なら、艦種はともかくそうそう数を見間違えたりする距離ではない。
でも流石に時雨さんは、戦うための艦むすだけあってしっかりしている。
鎮守府の湾内に敵がいるはずもないし、いればいたでもっと大騒ぎになっているはずだからと、躊躇なく近づいていった。
「きょり6000、1せきはあかしさん。
もう1せきはふめい」
工作艦むすの明石さんはついさっき挨拶をしたので、葉舟も艦型の特徴を覚えていた。
でも、もう一隻がわからない。
……深海棲艦でないことは間違いないのだけれど、少し不安だ。
「きょり3000、かんしゅ……ふめいです」
「うん、僕にもわからないや。
巡洋艦や戦艦……にしては主砲塔がないね。
誰だろう?」
近づいていくと、明石さんよりも大きな装備───甲鉄の盾を両の手に、巨大な蓋をつけた煙突が目立つ機関部を背負っている───を身に着けた艦むすさんであることがわかる。
明石さんと立ち話をしている様子から、時雨も葉舟も緊張を解いた。
「艤装終了おめでとう、時雨さん。
ここまでの航行で異常はなかったようね」
「はい、明石さん。
主機関、装備ともに問題ありませんでした。
あの、そちらの人は?」
「わたし?
わたしは標的艦『摂津』よ。
第一艦隊に演習任務が入ったから、お手伝いに来たの」
おー、ひょうてきかんさん。
葉舟はぽんと手を打った。
標的艦は、艦むすや装備妖精たちが訓練をするときに敵艦役を引き受けてくれたり、他の艦隊と演習するときに統裁官として審判をしてくれる裏方の艦むすさんだ。
「わたしも準備するわね。
ふふ、これでも元は戦艦なの。
演習の時は遠慮なく撃って頂戴な」
「よろしくお願いします」
摂津さんは、今度は訓練で会いましょうと、沖合に向かっていった。
「じゃあ早速、公試運転いきましょうか。
まずは中速で機関の安定を見て、調子が良好ならその後全力運転と過負荷運転、休憩を挟んでから……」
明石さんたちのお話は、難しい。
頷いている時雨さんとは対照的に、葉舟はいいお天気だなと空を見上げていた。