鎮守府はいつも晴れ   作:bounohito

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第一話「はいぞく!」

 

 

 鎮守府の敷地は広い。

 

 葉舟には、倉庫の建ち並ぶ荷役埠頭から出るだけでも一苦労だった。

 艦むすサイズでも広すぎるのだから、妖精にはそりゃあもう広いどころの騒ぎじゃない。

 

 でも大丈夫。

 提督や艦むす用の四輪車や自動貨車とは別に、妖精専用の超小型乗合自動車が専用道路を走っていた。

 

「かんたいふとういき、はっしゃしまーす」

 

「こうしょうけいゆ、えんしゅうぷーるいき、まもなくのとうちゃくでーす」

 

 停留所を見つけると、鎮守府の所属らしい工廠妖精や猫吊るし妖精に混じって、葉舟も順番に並んだ。

 

 

 

 鎮守府に所属する妖精は、艦むすを手伝って装備を操る装備妖精、鎮守府の業務を引き受ける鎮守府妖精、世界の理を司る司令部妖精の三種類で、更に細かく分類される。

 

 装備妖精なら、葉舟のような砲術妖精や魚雷を扱う水雷妖精など、担当装備によって分けられた。

 鎮守府妖精は船梁や工廠、資料室と言った具合に所属でお仕事が変わる。

 

 司令部妖精は少し特殊で、鎮守府所属でありながら提督の命令を受けない存在だ。

 

 鎮守府の運用にはほぼ寄与しないように見える彼女たちの存在は、その実、鎮守府の安定と存在の維持に欠かせない。

 羅針盤妖精は艦むすたちが呪力に満ちた大海原で航路───航路でない海域は、一度進入すれば二度と出られない魔の海───から外れないよう羅針盤によく似た魔法陣を操るエキスパートだし、猫吊るし妖精は世界が猫───放っておくとどんどん増えて鎮守府を埋め尽くし、猫かわいさに艦むす達が仕事を放りだしてしまうため鎮守府が麻痺してしまう───で埋まってしまわないように猫をあやして元の世界へと送り帰す従軍巫女集団だ。

 

 彼女たちは一見、半眼で眠そうに見えても半トランス状態で邪気の濃淡を見極めていたり、遊んでいるように見えても猫の気配を感じて待ちかまえていたりするので侮れない。

 

 

 

「こうしょうまえ~! こうしょうまえ~!」

 

 乗合自動車を降りた葉舟は工廠を見上げ、やっぱり艦むすの使う建物は大きいなと一人頷いた。

 鎮守府の全ての建物には、提督や艦むすの使う大扉の他に、妖精専用の小さな入り口があって、きちんと歩哨も立っている。

 

「すいか!」

「かんせいめいをなのれ!」

「はやあきつなるかみのはふねにとうへい、であります!

 ちんじゅふへのはいぞくをめいぜられました!」

 

 びしっ!

 

 お互いに敬礼する。

 

「ほうこくはうけている、であります!」

「ついてこい、であります!」

「あい!」

 

 歩哨の一人について、葉舟は大きな工廠の中を奥へ奥へと入っていった。

 階段を六つほど登り、工廠内部を見下ろす手すり付きの狭い通路を歩く。

 やがて歩哨は、開発部と書かれた部屋の前で止まった。

 

「ここだ、であります!」

「あい!

 ありがとうございます!」

「ぶうんちょうきゅうをいのる、であります!」

 

 びしっ!

 

 先ほどと同じように敬礼。

 葉舟は歩哨を見送ってから、扉に向き直った。

 

 ……実はちょっとだけ緊張している。

 

「しつれいします!

 はやあきつなるかみのはふねにとうへい、はいぞくのごあいさつにまいりました!」

「はい、どうぞー」

「あい!」

 

 のんびりした声が、葉舟を誘った。

 扉が開いた先はいかにも工廠らしく、図面台や図版棚のある部屋だった。

 

 葉舟はえいっと図面台の上に飛び上がって敬礼した。

 ……大きさの違いからこのような仕儀になっているのであって、机に上っても失礼には当たらないし規定で決められている。

 

「ようこそ、新人さん」

「はやあきつなるかみのはふねにとうへい、であります!」

「はい、速秋津鳴加美葉舟二等兵ね。

 わたしは『明石』、工作艦むすよ。

 鎮守府工作部が私の受け持ちだから、艦隊に配属されていない装備妖精さんも私の管轄なの」

 

 明石さんの話によれば……とは言っても、葉舟に難しい話はわからなかった。

 とりあえず、新しい鎮守府なので装備も殆どないし、配属されている艦むすも妖精も少ないので大忙し、葉舟にも早速お仕事があるという。

 

「それじゃあ、装備妖精のあなたは……」

 

 行き先『だけ』を覚えた葉舟は、元気良く返事をして敬礼をした。

 

 

 

 

 

「たいきじょ、たいきじょ……」

 

 葉舟は明石さんから教えて貰った単語を頼りに、通路を行き交う工廠妖精に道を聞きながらその場所を目指した。

 

「あったー!」

 

 扉には、『装備妖精待機所』と書かれた木札がぶらさがっている。

 ……上官はいるかもしれないけれど、艦むすさんの部屋ではないからそこまで緊張はしなくていい。

 

「しつれいします!」

 

「お?」

「……お?」

「おおー」

 

 中にいたのは魚雷を扱う水雷妖精と電探を担う測的妖精、それに飛行帽を被った航空妖精の三人きりだ。

 

 全員が同じ二等兵でほっとした葉舟であるが、新鎮守府に古参の妖精が配属されることはない。彼ら歴戦の勇士は、激戦区にある鎮守府へと優先的に回されていた。

 

「「「しんいりだー!」」」

 

 わー、ぱちぱちぱち。

 

 工廠内の待機所は配属先の決まっていない無任所の装備妖精がお仕事を待つ場所で、お呼び出しが掛かるまではここが葉舟の居場所になる。

 

「なまえ!」

「なまえおしえて!」

「あい!

 ほうじゅつようせいの、はやあきつ……」

 

 葉舟が自分の名を口にしかけた時、高声器───スピーカーから呼び出しが聞こえてきた。

 

 ぴんぽんぱんぽーん。

 

『認識番号コ-525350-810、天羽羽矢剱箭真清二等兵。

 工廠一階装備開発処へ出頭せよ。

 繰り返す、認識番号コ-525350-810、天羽羽矢剱箭真清二等兵。

 工廠一階装備開発処へ出頭せよ』

 

 みんなで顔を見合わせる。

 

「お?」

「……お?」

「おおー!

 わたしだー!」

 

 わー、ぱちぱちぱち。

 

 大きく右手を突き上げたのは、この場にいた航空妖精である。

 呼び出しとは即ち、担当する装備が決まったと言うことだ。

 

「あめのはばやつるぎやのますみにとうへい、いってまいります!」

「ばんざーい!」

「ばんざーい!」

「ばんざーい!」

 

 びしっと敬礼して、真清二等兵は部屋から駆け出していった。

 羨望の空気が部屋に漂う。

 葉舟たちは、それぞれ新装備を与えられる自分を頭の中に思い浮かべた。

 

「ますみちゃんいいなー」

「はやくよばれたいねー」

「ねー」

「はふねちゃんおせんべたべる?」

「ありがとー!」

 

 工廠で新装備が完成するか、船梁で装備付きの艦むすが進水するか。

 

 配属待ちの装備妖精が呼ばれるのは、大抵このどちらかになる。……大戦果をあげれば軍令部から特配の装備が送られてくることもあるらしいが、新人の提督さんが手に入れられるはずもない。

 

「でもこのちんじゅふはかいせつまもないので、はいぞくのそうびようせいもすくないから、よばれるかくりつがたかいのです!」

「おおー!」

「かんむすさんも、まだすくないもんねー」

「そうなんだー」

「そうなんですー」

 

 わーいわーいと盛り上がっていると、再び高声器から呼び出しが聞こえてきた。

 

 ぴんぽんぱんぽーん。

 

『認識番号ホ-526952-110、速秋津鳴加美葉舟二等兵。

 工廠一階装備開発処へ出頭せよ。

 繰り返す、認識番号ホ-526952-110、速秋津鳴加美葉舟二等兵。

 工廠一階装備開発処へ出頭せよ』

 

 全員がぴたりと固まる。

 

「わたしだー!!」

「おー!」

「おおー!」

 

 明石さんが言ったように、葉舟の配属先はすぐに決まったようである。

 

 無論、砲術妖精は一鎮守府に所属する人数も多い方なのだが、新しい鎮守府では所属する艦むすも装備も少ないと同時に砲術妖精も少ないから、新人の葉舟にもすぐに順番が回ってきたのだろう。

 

「はやあきつなるかみのはふねにとうへい、いってまいります!」

 

 葉舟もびしっと敬礼をすると、装備妖精たちの万歳と拍手に見送られて真清二等兵と同じように駆け出した。

 ……嬉しくて仕方ないのである。

 

 

 

 工廠の一階、大扉近くにある装備開発処は新しい装備を開発する区画で、沢山の部品が置かれていた。

 周囲には幾人もの工廠妖精が作業している。

 時々バケツをこぼしたり、部品とにらめっこして手が止まっている妖精もいるが、それはともかく。

 

 びしっ!

 

「しんこくします!

 ほうじゅつようせい、はやあきつなるかみのはふねにとうへい、ちゃくにんします!」

 

 部品や工作機械に取り付いていた妖精が、いっせいに葉舟の方を向いた。

 各々ウエスやデッキブラシやレバーを動かしていた手が、ぴたりと止まる。

 

「むむむ……!?

 はやあきつ……はやあきつ……。

 あったー!」

「あったー!」

「たー!」

 

 班長格の妖精が懐から書類を取り出し、指を指しながら確認した。

 

 ……もちろん、複雑な書類ではない。

 正式な命令書だが、葉舟の名前と担当する装備の名前が書かれているだけの、メモに近いものである。

 

「ちゃくにんをみとめます!」

「みとめます!」

「ます!」

 

 びしっ!

 

 ……随分と遅れて答礼が帰ってきた。

 

「はやあきつなるかみのはふねにとうへいのたんとうそうびは、これだ! ……であります!」

 

 班長に手招きされて着いていった先。

 葉舟は一段高くなった整備台に乗せられている『それ』を、班長の紹介前から見入っていた。

 

「お……おおー!

 12.7さんちれんそうほう!」

「むむむ……。

 いまどきのしんじんはよくべんきょうしているであります」

 

 『それ』───12.7cm連装砲は駆逐艦むすの主要装備だが、葉舟も実物を見るのは初めてだった。

 

 もちろん入隊してからの訓練で、大砲の扱いはいっぱいお勉強していた。

 砲術学校時代───妖精と養成をひっかけて『よーせーじょ』と呼ばれる───に教官役の旧型駆逐艦むすさんの12cm単装砲は、何度も撃たせて貰っている。

 

 そりゃあ、大型艦乗り組みの砲術妖精が操る巡洋艦むす用の20.3cm砲や、戦艦むす用の35.6cm砲には敵わないけれど。

 

 とてもつよそうだ。

 葉舟はうっとりしながら二本の砲身を見上げた。

 

「しかも!」

 

 ばばーん!

 

「この12.7さんちれんそうほうは、そうびするかんむすさんもきまっているのです!」

「おおー!」

 

 大きく右手を突き上げた工廠妖精に合わせ、葉舟もよしと気合いを入れて、ぐーに握った右手を天井に向けて突き上げた。

 

「はやあきつなるかみのはふねにとうへい、ちぎります!」

 

 艦むすの装備は、そのままでは使えない。

 担当の妖精が契り───神儀による契約を施して、はじめて使えるようになる。

 

「たかあまがはらにかんづまります……」

 

 砲術学校で習った祝詞を一心に唱えながら、葉舟は12.7cm連装砲に神通力を込めた。

 

 見守っている工廠妖精達も、頭を下げて契りが上手く行くように祈っている。

 

「……ときはにかきはに、まもりたまひさきはひたまひ、かぢたてまつる。……ふぅ」

 

 言祝ぎ終えた葉舟は、12.7cm連装砲が『ちから』を与えられたことを感じ取った。

 

 


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