アルビオンのテューダー王朝が事実上滅亡したことで今現在サハラ以西の人類の生活圏は大きく分けて4つの国によって構成されている事になる。
若く美しい女王、アンリエッタによって治められ列強に負けじと様々な政策に取り組んでいる国、トリステイン。
トリステインと同じく若き教皇、聖エイジス32世に率いられるブリミル教の総本山にして「光の国」と謳われる宗教国家ロマリア。
野心家アルブレヒト3世を頂点に頂き、例え平民であろうとも優秀であれば積極的に登用することで大きく勢力を伸ばした帝政ゲルマニア。
そして。
今までの3国を越える国力を持つハルケギニア一の超大国、ガリア。
広大な国土を持ちその総人口はおよそ1500万人程。
その莫大な人口に比例して他国を圧倒する数の貴族がいる為、軍の規模と質は4か国の中でも突出している。
また保有する魔法技術も先進的な物であり、単純に軍事力だけで考えれば他の3国を纏めて相手にすることが可能ではないかとも言われている。
そんな恐るべき国家ではあるが、その王たるジョゼフ1世の評価に関して言えば散々な物であると言う他無い。
無能王。
始祖の直系にしてハルケギニア一の超大国の国主に付けられたその渾名はジョゼフ1世が魔法を全く使えないことに由来する。
王族にとって魔法が使えないということは有象無象の貴族以上に致命的である。
そんな男がスクエア・メイジにして実の弟である故オルレアン公シャルルを差し置いて王となり、王となってからも政治を顧みずに気の赴くままに行動しているのだ。
確かに無能王と呼ばれても可笑しい所は一つも無い。
しかし、そんな男が王であるこの国が何故大国で有り続けていられるのだろうか。
優秀な家臣団に支えられているから、など様々な反論があるだろうならば何故その優秀な筈の家臣団が王に対して反逆を企てないのだろうか。
他に王たるに相応しい人間が居ない?……そんな物いくらでもでっち上げられるだろうし、国の中枢にいる人物ならシャルルの忘れ形見であるシャルロット公女が今なお生き永らえていることも知っているだろう。
暗愚な者の方が操り易い?……未だ増改築の終わらぬヴェルサルテイル宮殿に掛けられている金は少なからず国政を圧迫しており他にもジョゼフのきまぐれからか多くの使途不明の物品、建築物に多大な金銭を投じている。
ジョゼフよりももっと金がかからず操り易い人間が居るのではないだろうか。
仮に、無能王と呼ばれている男が真の意味での「無能」では無かったとしたら……。
今の時点で真実を知る者は極一部の人間を除いて存在していなかった。
ガリアの国政の中枢、グラン・トロワのとある一室。
以前はこの部屋に置かれている巨大な箱庭の中で本物の様に精巧に作られた戦場を多数の騎士人形が動き回っていたが今は静かなものである。
今現在小康状態を保っているハルケギニア全土と同じように、人形たちは互いの領土を狙い睨み合いを続けている。
室内には人形たち以外にヒトガタをしている者が3人。
うち2人は人間の男女で、もう一人は耳が長い事からエルフであることが分かる。
豪奢な服を纏った偉丈夫が跪くエルフに声を掛ける。
「エルフというのも存外大したことが無いのだな。たった2人のメイジに負けて逃げ帰ってくるとは思いもしなかったぞ。全く、他人の話という物は当てにならんな」
どこか面白がっている様な口調だが、よくよく聞いてみればその声からは何一つ感情の色が感じ取れない。
口角を上げて楽しそうな表情をしているが同じようにその瞳には何の色も浮かんではいない。
大根役者でももう少し上手く感情を籠められると言えるだろう。
声を掛けられたエルフの姿は痛々しい物だった。
女性と見紛うばかりの美しい金色の長髪は焦げ落ちて短くなっており、熱波にやられて艶やかさを失っていた。
怜悧な美貌を誇っていた顔も一部引き攣れたように醜悪な火傷跡が残っている。
ゆったりと全身を包むエルフの民族衣装が隠しているが所々に似たような火傷跡が残っており、特に左腕は火傷跡が引き攣れてまるで老人の様であり右腕に至っては上腕部途中から完全に無くなっている。
エルフの癒しの魔法は多少の傷なら傷一つ残すことなく直ぐ様治すことが出来るがそれにも限度がある。
エルフの身を焼いた焔はその限度を超えていた為にこのような結果になってしまったのだ。
黙り込んだままだったエルフがそれまで閉ざされたままだった口を開いた。
「約束を果たさずして戻ってきてしまい申し訳無い」
「謝罪なんぞどうでも良い。それよりも、俺は姪御を助けに来たという男の、お前に手傷を負わせた男の話が聞きたい」
エルフ、ビダーシャルは一瞬何故そんなことをと疑問に囚われたが今の自分に口答えをする様な権利は存在していない"ウルド"と名乗っていた男の事を話し始めた。
ビダーシャルの眼前の男は真剣に、時折愉しげに口元を歪めつつ話を聞いていたがやはりビダーシャルにはこの男が何を考えているのかは分からなかった。
「それで、姪御とその男、ウルドとやらは親しげだったというのか?」
「その通りだ。でなければ男がああも食い下がることは無く、あの娘がもう一度私に立ち向かうことは無かったと言えるだろう」
男の問いにビダーシャルは太陽の如き輝きを放つ焔を生み出した
酷く痛めつけられ傷も癒えていない肉体を薬品、それも恐らくは複数の物を用いて更に痛めつけてまで再度自身の目の前に現れたウルドはシャルロットが心を壊されることを知るや否や怒りを更なる力に変え猛然と襲い掛かってきた。
圧倒的な力を見せつけられた上で杖を、抵抗する力を奪われ更に母親と同じく狂わされる事を告げられたシャルロットは抵抗する気力を無くして現実から物語の世界に逃げていたにも関わらずウルドが来るや否やもう一度杖を取り2人で立ち向かってきた。
ビダーシャルは彼らの人となりを殆ど知らないが、以上の事から2人がお互いに思い合っているのではないかという事は十分考えられるだろうと結論付けた。
思案するように気持ち俯いた青髪の男の反応をビダーシャルと女は待ち続け時間が過ぎていく。
過ぎていく時間は何処か居心地が悪く奇妙に間延びしているように感じられた。
「そうか、あの娘も色を知る年頃になったという訳か。ふっ、そうかそうか」
ぽつりとつぶやかれたその言葉にビダーシャルは不穏な色を感じ取ったがわざわざそれを指摘することは無かった。
男はまた何かを考えようと少し俯きがちになった所で思い出したかのようにビダーシャルの方に向き直り言葉を言い放った。
「もう良い、下がれ。あとその傷では辛かろう、ヨルムンガントに細工を施すのは遅らせて構わん」
だからさっさと出ていけ、とでも言わんばかりのぞんざいな物言いに思う所が無い訳でも無かったがビダーシャルは一礼した後に部屋を後にした。
部屋に残った男と女。
交わされる言葉は無く静寂だけが場を支配する。
部屋を飾る数々の調度品、彫像の様に美しく雄々しい男、男に傅くフードを深く被ったミステリアスな女性と言う構図からはある種の荘厳さが感じられる。
まるで作り物のようだった。
「ミューズ、余のミューズよ」
「何でございましょうか、ジョゼフ様」
「ウルドとやらを探らせろ。念入りに、な」
「仰せのままに」
男、ガリア王ジョゼフは抑揚の無い声で目の前で傅く女に命令した。
ミューズと呼ばれた女は主の期待に応えるべく迷いなく即座に返答する。
丁寧に一礼した後に出ていこうとする女にジョゼフはもう一度声を掛けた。
「ああ、それと例の件の確認はどうなっている?」
「現在対象を絞り込んでいる途中で御座います。何分数が多いのでもう少し時間が掛かりそうです。……急がせますか?」
「進んでいるのならば良い。まだ時間はある」
「御意」
箱庭の縁に手を付き小さなハルケギニアを睥睨しながら言うジョゼフに女は内心の嫉妬を押し隠しながら答えた。
やはり、ジョゼフ様のお心を動かすことが出来るのはあの人しかいないのか、と。
只の一度も会ったことも無い人物への嫉妬を確かに感じながら次の言葉を待った。
「ああ、それと以前アルビオンでお前に使わせた玩具、あれはどうした?」
「厳重に保管させております。……もう一度使われるお積りで?」
「一度使った物を引っ張り出してくるのは風情に欠けるが、今回に限ってはそれもまた面白いかもしれん」
「面白い……ですか?」
「ああ、余興には丁度良い。万に一つ何か感じ入る物が有るかもしれんしな」
そこで話が終わりジョゼフは箱庭が鎮座する部屋に一人きりとなった。
その身を流れる始祖の血と、ハルケギニア一の国力を誇るガリア。
そう言う意味ではジョゼフはハルケギニアの頂点に立つ人間と言えるだろう。
望めば大抵の物を手に入れられるであろう最も満たされているだろう人物のありのままの姿はは、しかし実際には空っぽのがらんどうであった。
「シャルル、シャルルよ。お前の娘が"偏在"を使ったらしいぞ!遂にお前と同じスクエアだ。流石はお前の娘だ、俺の娘とは大違いだな」
シャルル・オルレアンとはジョゼフの弟だった人物である。
信望厚く、また魔法の腕も超一流であった正に貴族とは、王族とはかくあるべしという見本の様な存在だった。
魔法の使えないジョゼフはそんな良く出来た弟と比較され続け鬱屈した物を抱えてはいたがが兄弟仲はけして悪い物では無かった。
「おお、すっかり忘れるところだった。聞いて驚けシャルル、どうやらお前の娘が恋に落ちたそうだ!相手は同じスクエア、因果な物だな」
しかし、致命的にボタンを掛け違えてしまった。
先王の今際の際、ジョゼフが王に指名されたことが全ての始まりだった。
シャルルはジョゼフが王になることを祝福した。
だからジョゼフは弟に毒矢を浴びせたのだ。
何故ならばジョゼフは、王の座を王には相応しくない自分に取られて悔しがるシャルルの姿を見たかったのだから。
他の誰が見ても理不尽に過ぎる理由だったが、ジョゼフにとっては十分すぎる理由だった。
弓を引いて殺したのはジョゼフだったが、弓を引く後押しを図らずもしてしまったのは間違いなくシャルルだった。
「男親としては娘を他の男に取られるのは面白くないことなのだろうが、生憎俺には分からん。……ただ、お前はきっと祝福してやるんだろうな」
在りし日の弟の姿を脳裏に浮かべながらジョゼフは一人ごちる。
まるで直ぐ傍にシャルルが居て、語りかける様に。
「まあ、もしかしたら違うのかもしれんな。……シャルル、お前も王族として完璧では無かった様だしな。王族である前にお前も一人の人間だったという事か」
今この瞬間だけはジョゼフは空っぽでは無かったかもしれない。
少なくとも先程のジョゼフの言葉には微かにではあるが確かに無邪気に喜ぶような色が確かに存在していたのだから。
その事にジョゼフ本人は気付いていない。
「シャルル、俺はお前の娘を傷つけるぞ。しかも、とても残酷な方法でだ!」
気付かないまま、無邪気さは消え失せ代わりに危険な色を帯びる。
毒を持つ生き物の極彩と良く似たその色を持つそれは悪意。
「……そうすれば俺の胸も少しは痛むかもしれないからな」
ガリア王、ジョゼフ1世。
もう一度、自身の心の震えを感じたいが為に世を乱す破綻した男。
がらんどうの心と、そしてその身に宿す伝説の力。
彼はまさしく、虚無の王だった。
書いててふと思いました。
これが自分に酔った文章なんだなと。
遅れて申し訳ありません。
次話はある程度出来上がってますので近日中には投稿したいと思います。