はーるばるー来たぜー。
トリステイン魔法学院。語呂悪い。
上司(みたいなもの)が学生と使い魔の2人(2人って表現おかしくない?と最初は思った)ということなので学生になってね!とのお達しで19歳になって学生服を着る羞恥プレイにイラっとくる今日この頃。
愛用の得物すら使えなくて少し心細い。
腰に差してるのはただの杖。予備というか子供のころに使っていた奴だ。
ちなみに本来の俺の得物はハルバードと剣。
ハルバードは棒の部分が、剣は柄の部分が杖となっている。
まあ最後の切り札としてもう一つあるがどっちにしろ使うのはNG。
寮の部屋には持ち込んで良いらしい。こんなこともあろうかとって奴だ。
今現在2年生のなんたらってクラスで護衛対象と共に授業を受けている。
ピンクブロンドの小柄な少女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールという覚えるのが大変な長い名前を持った凄い偉い貴族の末娘。
黒髪で何か親近感と懐かしさが湧いてくるサイト・ヒラガ少年。
うん、人間が使い魔ってなんかスゴイ。
ご主人様と下僕って言い換えるとそこはかとない背徳感を感じる。
なんとかのなんとかに出てきた気がするようなしないような。うむ、わからん。
サイト・ヒラガ、漢字に直すと平賀才人といったところか?
多分日本人、だよね?
パーカー着てる上、スニーカー履いてるし。
ザ・日本人という表現がぴったりな彼とは何時か日本語で話してみたいものだ。多分怪しまれるけど。
というかこの2人ゼロ戦に乗ってたよね。彼らはも俺の顔見てびっくりしてた気がするし。
部下を撃ち落されたりしたので色々思うことが無い訳でも無いが、戦争であり、尚且つ自身が操られていた時に出来た部下で、それまであまり面識が無かった為あまり感情が湧かないのである。
なので上手くやれる、筈。多分。
彼らと引き合わされたあと学生の身分として魔法学院に送り込まれた俺は季節外れの転校生ということになっている。
すっげー怪しい目で見られたけど。
俺が彼らの立場でも怪しいと思う。
俺のアルビオン訛りはそこまで酷くなくちょっと矯正されただけで問題ないだろうとの話だが、ボロが出ると嫌なので寡黙キャラで押し通している。
無口でミステリアスな謎の転校生。
自分で言ってて腹を抱えて笑いそうになる。
さて全く持って馴染めていないクラスではあるが、このクラス2人ほど学生の身分に似つかわしくないほどの使い手が居る。
一人目はキュルケという赤髪で褐色の肌、グラマラスな肉体を持つ美人さん。
ゲルマニアの名門ツェルプストーの出らしいがなんでここにいるんだろう。
授業での魔法実演で見せられた彼女の火魔法から察するにトライアングルくらいはあるんじゃないかな。きっかけがあればスクエアになれるだろう。
もう一人の方は青髪でヴァリエール嬢に輪をかけて小柄な体系の美人ちゃん、タバサ。
家名は不明。名前も貴族らしからぬ、簡単に言えば平民っぽい名前がなんだかとっても怪しい感じ。
そんな彼女は魔法がトライアングルクラスと言うのもあるが、身のこなしがヤバい。
本気で動いている所を見たわけじゃないが筋肉の付き方からして相当な瞬発力があるだろう。
魔法も凄そうだし、いやー恐ろしいね。
くわばらくわばら。
我らがお嬢はそんなおっかない奴らとギャースカやってそれにサイト君が巻き込まれている。
微笑ましいがハラハラする。
肝心の授業であるが魔法、特に実技に関しては問題ない。火と風に関しては。
俺は火が一番得意でスクエアまで重ねられ、風はライン、土はドットまでで水に至ってはドットスペルすら失敗することがある。
ある程度実力のあるメイジは魔法を見ただけでその魔法の使い手の技量を予測できる。
学院の教師はそれ相応に技量を持つものしかいないので、手の抜き方には苦労する。
水と土は投げ捨てるもの。
ルーンなどの座学も同様、火と風は大丈夫。
基本的に俺は必要なルーンだけしか覚えてない。
その為火系統と風系統はそこそこ覚えてはいるものの、土と水はほぼノータッチである。
というか土系統で使えるのは錬金だけで、水系統は何一つ知らない。
これは俺自身の得意な属性の傾向による影響が大きい。
次に算学、というか算数みたいなもんだがこちらも問題ない。元現代人を舐めるなよ。指数関数とか大分忘れているが。
次に貴族としての礼儀作法の授業。
格調高いこのトリステイン魔法学院で要求されるマナーは結構レベル高い。
来る前に突貫で叩き込まれたがそう簡単に身に着くはずも無く、田舎の貴族だという嘘の設定があるからこそなんとかなっているレベル。
こちとら平民生まれで脳筋にしごかれて育ったんだ。誰か助けてください。
歴史?
寝てるよ。
刈り込まれたくすんだ赤髪。
日焼けして浅黒くなっている肌。
鋭い眼光。
制服の上からでも良くわかる鍛え上げられた肉体。
極めつけに成体と比べてもなお大きい火竜の使い魔。
何処をどう見ても堅気の人間ではない、怪しさ満点の男がトリステイン魔法学院の2年生として転入してきてから丸1週間。
誰一人として彼に声をかけようとする者は居ない。
当の本人はこれでも抑えているつもりなのだが危険な雰囲気が漂う風貌と何も喋らないという2つの要素によって避けられている。
そんなクラスの中で2人だけ、正確には片方は生徒ではないが彼の事情を知るものが居る。
名門貴族の娘、ルイズとその使い魔、才人である。
ロナル・ド・ブーケル、偽名であるらしいが彼にはルイズと才人の緊急時の護衛兼移動手段という役割が与えられている。
先のタルブ戦にて2人の乗る竜の羽衣ことゼロ戦を地に叩き落した人物でもある。
才人はなんとかゼロ戦を大破させることなく着陸させることに成功したが装甲各部の損傷と、特に右側の主翼が折れ曲がって居る為現在飛行不能。
学院教師コルベールの元で修復作業中である。
速度に劣る火竜で機銃の一撃を悉く回避しあまつさえ撃墜しかける程の腕前を買われたからこそ彼が選ばれたと2人は聞いていた。
ルイズは投降兵にこんなことさせて大丈夫なのかと苦言を呈したが魔法で行動を縛って居る為問題ないと退けられた。
2人にも色々と思う所があったが王宮からの命令である為承諾した。
当の本人との関係だがロナルは必要以上には絡んでこない為2人は彼との距離感を取りあぐねていた。
一度は殺し合いをした間柄でもあるためそうそう打ち解けられるものでもない。
ロナル曰くいきなり転入してきた人物が大貴族の令嬢と絡みを持つのは不自然、とのことだがそれにしては他のクラスメイトとも交流していない。
詰まる所、現在彼は浮いていた。
(陛下…)
ルイズは女王に即位したアンリエッタの事を思う。
アルビオンでの一件にて自分たちの力不足で彼女の愛しき人、ウェールズ皇太子を死なせてしまったのみならず偽りの生命を持ってして結果的に彼の生命を冒涜させてしまった。
その報告をして以来一度も彼女と会っていなかった。
タルブ戦の後、呼び出されては『虚無』と竜の羽衣の事を詰問された時に会ったアンリエッタは、少しやつれていたものの今までと変わりなかった。
その目に宿る昏く、しかし烈しいもの以外は。
ルイズには察せられた。
きっと姫様は、あのレコン・キスタに復讐しようとしているのだと。
愛するウェールズを奪っただけでは飽き足らず死したその肉体を弄んだ仇敵を滅ぼしてやろうと。
だからこそ女王になった重圧も気にならない。むしろ都合が良いとすら考えているかもしれない。
自分に恋人はいないが、その気持ちを推し量ることはできる。
だが、だからといって。
(ご自身が禁呪を使っても良いというのですか?)
ロナルにかけられている魔法。
明言されてはいないものの魔法が使えなかったためにそれを補おうとひたすら勉学に打ち込んできたルイズにはどんな魔法であるのかわかってしまった。
『制約』。
人の心を操る禁呪。
かけられた当の本人はどこ吹く風といった体だが、少なくとも正しい行いではないだろう。
ここ数日同じことをグルグル考え続けてきたが答えなんて出る筈も無く。
埒が明かない、とロナル本人と話をしに行くことを決めた。
ここぞというときに頼りになる、使い魔と一緒に。
学院の敷地外の草原。
だだっ広く牧場でも開けば情操教育にも良いんじゃないかなと思えるそんな場所でレッドに飯をくれてやる。
クソデカい肉塊といくらかの野菜。
レッド自身も狩りをしているらしいが使い魔と思しき風竜の幼生体が居る為遠慮しているらしい。
図体がデカく日々嵩む食費に、これ経費で落ちるかな?と易も無いことを考えていると不意にレッドが学院の方に目を向ける。
ピンクと黒。
キツい顔してこちらに向かってくるルイズ嬢と、のほほんとしているサイト君。
此方から先んじて声をかける。
「こんな所までわざわざご苦労様です、ミス・ヴァリエール、ミスタ・ヒラガ。何の御用ですかな?」
「話をしに来たのよ。アンタったら学院内じゃ寄ってこないじゃない」
話しと言ったって『制約』でガチガチの俺には言えることなんて大してないのだが。
何が不満なのかは知らないがそれで納得してもらえるなら安いものか。
ならば。
「では、此処では人の目につくかもしれないので遊覧飛行でもどうですか?」
風を切り空に舞い上がるレッド。
天気が良くこのまま風を感じながら昼寝でもしたい所だったがそうは問屋が卸さないと言わんばかりのお嬢さん。
本名はだのアルビオンの何処出身よだとか根掘り葉掘り聞こうとしてくる。
護衛対象だろうと任務中に素性を漏らすなと『制約』で縛られているのでお答えできませんとしか言えなかったが。
一度物の試しに言おうとしてみたものの言う位なら死んだ方がマシと言わんばかりに自分で自分の首絞めそうになったので無理だった。
精神系の魔法って怖いね。
「じゃあどんな事なら話せるっていうのよ!」
咆えるお嬢。
普通にしてりゃ可愛いのに台無しである。
「あんまりかっかするなよルイズ。ロナル…さんが困ってるだろ」
一応年上であるためかさん付けにしてくるサイト君。
年上ではあるけれどの幼いころから筋肉付けすぎたせいかサイト君よりも少し(此処大事)背は低いけどね。
前世より背が低くなったことに凹みそうになる。
「ロナルで良いですよ。ミスタ・ヒラガ」
「そうですか?だったらオレもサイトで良いっすよ」
「なら、そうさせてもらいます。よろしく、サイト」
立場が上であろうと、学院内では俺は貴族ということになっているので使い魔とはいえ平民であるサイト君にへつらうのは流石にまずい。
元々そのつもりだったとはいえ、これ幸いと許可を貰っておく。
ちょっと空気が和らいだもののお嬢様がまたも噛みついてくる。
「そんな風に喋れるならもっとクラスに打ち解けようとしなさいよ!スゴイ浮いてるのよアンタ!」
「しかし私は貴族の方々の嗜むものなどに造詣が深くなく、またアルビオンの訛りもあるため怪しまれるものかと…」
「こんな微妙な時期に、しかもいきなり2年生のクラスに転入してきたんだから最初から怪しさ満点よ!」
ぐうの音もでないほどの正論である。
なんとか反論しようとするも、お嬢さんは俺に喋る暇を与えてはくれない。
「だから!怪しいのは仕方ないからもっと他の人と交流深めてなんとか悪い印象を無くしていった方が私は良いと思うわ」
「それは…そうですね」
他人から見た自分の印象。
最初から期待はしていなかったがそれを払拭する努力を、俺は怠っていたようだ。
正気に戻ってから一息つく間もなく目まぐるしく変化していく環境に不貞腐れていたのかもしれない。
目の前のいつもプリプリ怒っているようにみえるこの年下の少女に窘められるなんて、情けないものだ。
「もしかして、私の事を心配してくれていたのですか、ミス・ヴァリエール?」
「な、何言ってんのよ。アンタが頭悪いことしてたから心の広い私が注意してあげただけよ」
我が上司はキツい性格なのは確かだが同時に優しさも兼ね備えているようだ。
照れたように顔を逸らすルイズ嬢に、サイトと共に苦笑してしまう。
「それと、ミス・ヴァリエール。私は自分にかけられている『制約』に対して特に思う所はありませんよ」
はっとした風にこちらを見返すお嬢さんに笑いかける。顔怖いとか、言うなよ?
授業を見ているとこの少女はとても勉強熱心でかつ頭が良い。
そんな頭脳明晰なお嬢さんには説明がなくとも俺にかけられた魔法が分かったのだろう。
この優しい少女が俺に声をかけてきた目的は最初からこれだったのだろう。
「あなた方にどのような事情があるのか私は知らされておりませんが、『制約』をかけるに値する何かがあるのでしょう?」
「それならば仕方がありませんよ。それに私は始祖の血脈に杖を向けた反逆者でした。本来なら問答無用で縛り首でも可笑しくはありません」
それに任務が終われば解除して貰える様なのでご心配なく、と付け加える。
本当にそうしてもらえるのかは分からないが信じる他ない。
まあ戦争が始まったらクロムウェルの首でも持って帰れば大丈夫だろう。
この俺を良いように操った報いは受けてもらう。
俺は根に持つタイプなのだ。
傾き始めた日が空を赤く染め上げていく。
暗くなるまでもう少し他愛のないことでも話していようかな。
取り敢えず聞きたいことは。
「私って、そんなに怪しかったですか?」
「悪いけど、俺も怪しいって思ってた。制服着てるのに筋肉でピチピチだし」
「そうよ。もうちょっと何とかしなさいよ」
仕方ないじゃんか。騎士だから、筋肉は。