とある竜騎士のお話   作:魚の目

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あけましておめでとうございます。





27話 一つの終わりと彼らの始まり

 

 疲弊しきった状態でタバサとの会話が弾むはずも無く、意識があったのはサイト達と合流してから此方を迎えに来たレッドの背に乗せて貰った所まで。

 失血か脱水か精神力の枯渇なのかあるいはそれら全てが原因なのか分からないが、恐らく気絶してしまったのだろう。

 一度たりとも起きることは無く、その結果として今の状況が出来上がっている。

 

「ここ、どこよ?」

 

 寝ぼけながらも覚醒した意識が徐々に鮮明になっていくにつれて頭の中を困惑が埋め尽くしていく。

 身を預けていたベッドの横にはチェストがあり、上に水差しが置いてある。

 その他室内に置かれている家具や部屋の内装に至るまで全く持って見覚えの無いものばかりで埋め尽くされている。

 思わずこれが知らない天井という奴か、とわざわざ天井を見上げながら独りごちてしまう。

 チェストとは反対側のベッド脇には剣やら何やら愛用の装備品が無造作に置かれているので一安心である。

 最近はどうも武装が手元にないと落ち着かないのである。

 ビダーシャルの蛮人という言葉に同意するわけではないが、かといって心の底から否定できないのが癪である。

 

 

「よっ……痛ってぇ」

 

 

 起き上がろうとすれば四肢に鈍い痛みが走る。

 我慢しつつも一息に体を起こして体の状態を確かめていく。

 一応開けられた穴は塞がっているみたいだがあまり無理は出来ないだろう。

 軋む体を動かして一先ずは水分補給と水差しに直接口を当てて中身を飲み干していく。

 育ちを疑われる飲み方ではあるが、お上品に育てられた訳じゃないしそもそも誰も見ていないから問題なし。

 温くて口当たりがとっても悪いが文句など言っては居られない、何せ起きたばかりだから喉が渇いているのである。

 一息ついてから動作を確認するように軋む体をゆっくりと動かしていく。

 思い切って立ち上がって見れば両足の丁度風穴を開けられた辺りに違和感があるが歩く分には支障は無い。

 じっとり汗ばんでいた体をシーツで適当に拭いてから態々用意されていた真新しい衣服に身を包み、剣を引っ掴んで様子見に部屋から出る。

 長い廊下には幾つも扉が有り随分と景気の良い貴族の屋敷であることが窺える。

 あてどなくフラフラと歩いて行けばこのお屋敷が随分と珍妙なことに気が付く。

 ちょっと歩けば内装がガラッと変わるのである。

 複数の建築様式が混ざり合っているというか、まるで継ぎ接ぎのようだ。

 調度品も奇抜と言うか、正直理解しがたい前衛芸術の様なものがちらほら見受けられる。

 丁度見つけた外への出口から不思議の国を抜け出して見ればやっぱり外側も珍妙だった。

 アルビオンで見る様な外壁だったり、トリステインの建物のように見える部分が有ったりと不思議の国は外から見てもフランケンシュタイン博士の人造人間染みていた。

 外に出ることで新鮮な空気に晒され靄がかっていた頭の中がすっきりしてきた。

 燦々と輝いている太陽に眩しさを感じつつ散歩がてら適当に歩いていくと練兵場だろうか、踏み固められた地面を晒している開けた場所に出る。

 自分が今どんな調子なのか確認しようと鞘から剣を引き抜こうと柄に手を掛けるが、少し考えて止める。

 起きたばっかりだからもう少しダラダラしたいのである。

 当たりをきょろきょろと見回してみると端っこに切り出された石材やら丸太やらが積まれていることに気付く。

 練兵場ではなく資材置き場かも知れないがどっちでも良いだろう。

 同じ大きさに切り出され積み上げられている石材の上に乗っかる。

 

 

「平和、だねぇ……」

 

 屋敷は色々と愉快なことになっているがそれ以外は平穏その物。

 爆音が聞こえてくる訳でも無く怒号が飛んでくることも無い、風が吹き抜け草木が揺れて小鳥の囀りが聞こえるだけ。

 いや、此処がどこなのかさっぱりわからないという異常事態ではあるけどさ。

 こうやって何かに追い立てられることなくゆっくりするというのも随分久しぶりに感じられてしまう。

 学院を飛び出してからまだ3週間と言うのに随分と濃い時間を過ごした気がする。

 タバサと杖を交えて。

 エルフから逃げて。

 守れなくて。

 結局自分一人では何もできなくて。

 

 

「世の中にはとんでもない奴もいるもんだな」

 

 

 正直に言えば自分の戦闘能力に関してはかなり自信があった。

 何せ色々と戦闘技術を叩き込まれた上で最も位階の高いスクエア・メイジになった挙句、韻竜まで召喚して竜騎士に成り果せたのだ。

 これで自信を持たない奴なんて居ないだろう。

 それがたった一人のエルフに良いようにあしらわれたのだ。

 タバサの事が無ければ俺はきっと打ちのめされていただろう。

 まだまだ未熟、か。

 座ったまま剣を鞘から抜き放ち正眼に構える。

 抜身のまま手の中に納まっている力の象徴は日差しを受けてギラギラと輝いている。

 思いついたが吉日と素早く『ファイヤー・ボール』のルーンを唱えて……あまりの結果に思わず溜め息が出てしまう。

 

 

「……はぁ」 

 

 

「こんな所にいた」 

 

 

 かけられる声。

 声が聞こえた方向に目をやれば青い短髪の少女、タバサが居た。

 最後に見た可愛らしい寝間着ではなくどうやって用意したのか既に学院の制服を着ている。

 手には大きな杖、何時ものマントの中にはこれまた何時もの真っ白なブラウス、短めのプリーツスカートに細く伸びた足の殆どを隠している白いタイツ。

 これまでと変わらないごく普通の格好に軽く感動してしまう。

 

 

「やあタバサ、調子は良さそうだね」

 

「ええ。ウルドの方は?」

 

「本調子と言えないのは確かだな」

 

 積み上げられた石材は多少高さがあった為タバサを見下ろす形になっている。

 1メイル程手前で止まったタバサは俺の方をじっと見つめている。

 何か気になるものでも有るのだろうか。

 いつも通りの剣は良いとして、拝借した服だって特に変な所は無い。

 自分の体をぺたぺたと触りながら変な所を探しているとタバサが呟いた。

 

「顔の傷跡、残ってる」

 

「碌な治療もしないまま放って置いたからな、仕方ないよ。……箔が付いただろ?」

 

 残ってしまったものは仕様がないとおどけた調子で笑いかける。 

 タバサが無事なら安い物だろう。

 当のタバサは何故か深刻そうな感じで俺の冗談に答えた。

 

「箔が付いたのは確か。……とても、悪人面になってる」

 

「そういう意味でかよ!?」

 

「ええ。子供が見たら泣き出しそう」

 

 何をそんな深刻そうな顔をしているのかと思いきや、語られた真実に衝撃を受ける。

 いや、確かに我ながらおっかない顔だなと思ってはいたが更に悪化してしまうとは。

 起きてから今まで鏡を見てなかったから気が付かなかった。

 鏡で確認したいが、自分の顔だというのに正直見るのが怖い。

 少し狼狽えたが取り敢えず今は置いておこう。

 俺と同じように石材の上に登ろうとするタバサに手を貸す。

 ひょいと軽やかに飛び乗ったタバサは俺の右隣にちょこんと座りこむ。

 その動作が何だか小動物的で癒されていると、此方側に顔を向けたタバサが口を開いた。 

 

「……いきなり居なくなったから心配した」

 

「ごめんごめん、目が覚めたらつい散歩がしたくなってさ。それでここは一体何処なんだ?」

 

「知らずに出歩くのはどうかと思う」

 

 ごもっともである。

 どこか呆れた目のタバサが言うには何とここはゲルマニアはツェルプストーのお屋敷らしい。

 レッドとシルフィードに分乗して国境を一っ飛び、検問を完全に無視してからキュルケの好意で一先ず此処に身を寄せたらしい。

 どうしても身の回りの世話に人手が必要なオルレアン夫人の面倒も見てくれるという太っ腹加減。

 俺一人で突っ込んでたら碌でもないことになってたなと今更ながらに自分の頭の空っぽさ加減に戦慄する。

 け、結果オーライということで。

 冷や汗をかきながら沈黙しているとタバサに声を掛けられた。

 

 

「私が来た時に溜め息を吐いていたけど何かあったの?」

 

「いや、調子はどんなもんかと試しに『ファイヤー・ボール』を撃ってさ。……まあ、見た方が速いか」

 

 溜め息を聞かれていたようでタバサから追求を受けたので先ほどと同じように『ファイヤー・ボール』を使う。

 淀みなく唱えられたルーンに呼応して発生したのはピンポン玉よりも小さいかもしれないという情けないことこの上ない大きさの火の玉だった。

 

「……本気?」

 

「うん、本気」

 

 胡散臭げな表情で此方を見てくるタバサに正直に答える。

 

 

「いやさ、ビダーシャルに対抗するためにイケないお薬を使った訳よ。その上で限界まで精神力絞り出したからさ、どうやら回復がかなり遅いらしい」

 

「……」

 

 薬で精神力を無理に引き出したことが原因の一時的な精神力の減退。

 エルフに勝った代償がこれならまだ安い物、だろう。

 ついでに言うと起きた時に無駄に喉が渇いていて汗ばんでいたのも微妙にまだ発汗促進剤が残っているから、かもしれない。

 どっちにしたって大した副作用では無い。

 放って置けば治るのだから。

 

 

「無理、させた……」

 

 石材の上、俺の右隣のタバサは伏し目がちになりながら言った。

 何だかとってもしょんぼりしている気がするので慌てて弁解するように言葉を返す。

 

「傷と同じで大したことじゃないから気にしなくていいよ。それに、こっちが好きでやったことだし君に謝らなきゃいけないことだってある」

 

  

「……謝るって、どういうこと?」

 

「本当はあんな無茶苦茶やらなくても何とか出来たかもしれないってことさ」

 

 

 ルイズとサイトの、恐らくは伝説の『虚無』の力。 

 そんな大層な物を持ってるならもっとスマートに何とかできたのだろう。

 それを俺が我が儘を言ってビダーシャルとの再戦と相成った。

 結果圧死寸前までいって、タバサに助けられた。

 正直に、余す所なく伝える。

 

「本当、身勝手で情けない男だろう?……君を思うならもっと冷静に行動するべきだった。済まない」

 

 今更謝った所で意味などない。

 謝るくらいなら最初からそうするべきであるし、結果オーライであるとは言え一応はどうにかなったから。

 それでも、言葉を止めることは出来なかった。

 タバサに嫌われたくないから。

 俺という奴は本当に救いようの無い人間らしい。

 バツが悪くともせめて目は逸らすまいとタバサを見つめ続ける。

 視界の中の実年齢よりも幼げな少女は平常通りの無表情で少し考え込む様に押し黙っていた。

 弁解を続けるかこのまま言葉を待つか悩んでいるとタバサは意を決したようにマントの中に隠していたのであろう何かを差し出してきた。

 

「これ、遅くなったけど」

 

「?……ああ、アルビオンに行く前に預かってもらってた、って何で忘れてたんだよ俺」

 

 差し出されたのは随分前にタバサに預けた『イーヴァルディの勇者』。

 ドタバタしてたせいでずっと忘れていたようだ。 

 ……何か忘れてると思っていたがこれだったか、喉の奥に引っかかった小骨が取れたようなスッキリした気分を覚える。

 それは一先ず置いておいて。

 久しぶりに見た古ぼけたそれを受け取った俺にタバサは言葉を続ける。

 

「囚われている間ずっと、貴方の本を読んでた」

 

「……タバサ?」

 

「正気を失うことが怖かったから心を落ち着かせるために読み始めて、それを読みながら待ってたら貴方が助け出してくれるんじゃないかって縋りついて、でも最後には何も考えたくないって諦めながらずっと」

 

 感情の籠った、口下手なタバサらしからぬ独白。

 堰を切ったかのように語られる言葉に思わずしどろもどろになってしまう。

 一度目を閉じて混乱しかけた頭で語られた内容を思い返す。

 今まで散々実の母親の狂態を見てきた挙句今度は自分も狂わされるというのだ、誰だって恐怖するだろう。

 むしろ、刻々とその時が近づいてくる状況で曲がりなりにも正気を保ったタバサは本当に強い心を持っていると思う。

 俺を待っていてくれたという事には不謹慎ながらも嬉しさを感じてしまった。

 それと同時に、諦めを覚えさせるほどに待たせてしまったことと逆に助けられてしまったことに申し訳なさも感じてしまったが。

 目を開いてタバサの方を盗み見る。

 一見普段と変わりないように見える表情にはいつもの凍てつく氷のような硬さは無く、触れれば壊れてしまいそうなガラス細工の様にも見えてしまう。

 惹き付けらるほどに輝いていて、でも触ることを躊躇してしまうのは変わらない。

 かと言って上手い言葉も浮かばない。

 

「遅くなって、ごめん」

 

 辛うじて出てきた言葉は当たり障りの無い物で。

 そんな俺にタバサは頭を振りながら言葉を続けた。

 

「良いの。だって、最後の最後に貴方は、貴方たちは来てくれたから」

 

 穏やかな声、優しげな笑顔。

 こんなタバサは初めてだけどきっとコッチが本当のタバサ、いや、シャルロットなのだろう。

 

 

「レッドから貴方がビダーシャルと闘ってるって聞いたから、だからもう一度立ち向かえたの。……一度は抵抗することを、生きることを諦めた私が立ち上がれたの」

 

 だから気にしないで、とタバサは話を終えた。

 再び口を閉ざしたタバサの顔にはいつも通りの無表情が戻っていたが、その頬には朱が差している。

 照れてるのと、言い終った後に慰める様に俺の右手の上に置かれた誰かさんの色白な左手が原因だろうか。

 右手に感じる温もりは春の日差しよりもなお心地良い。

 

「ウルド、1つ聞いても良い?」

 

「何さ?」

 

 暫くの間お互いに言葉を交わすことなく心地よい沈黙の中日向ぼっこに興じていた所、隣のタバサから声が上がる。

 

 

「ウルドは私がシャルロットに戻れるまでの私の騎士にしてくれと言った」

 

「言ったなあ」

 

「じゃあ、私がタバサからシャルロットに戻ったらどうするの?」

 

 何時になるかは分からないその時。 

 その後の事を特に考えずに言った言葉。

 

「何処かに行ってしまうの?……私の騎士を続けるの?……それとも」

 

「また、前みたいに一緒に食事にでも行こう」

 

 平坦に聞こえる声色にはどことなく不安げな色が混じっていて、そんなタバサの声を遮る様に普段通りの軽い調子で言う。

 その割には鬱陶しい位に早まっている心臓の鼓動。

 俺は自分でも自覚している程度には脳筋だと思うが鈍感と言う訳では無い、と思う。

 だから右手を裏返してタバサの左手を握り返し、唯でさえ縮まっていた距離を互いの息遣いが聞こえる程近くまで更に縮める。

 腕が絡み合う様な形になってタバサの左肩と俺の右上腕が触れ合う。

 

「いろんなお店回って今度は小物でも買ってみたりして、美味しいご飯食べた後に口直しに甘い物でも探してさ……」

 

「ウルド、それって……つまり」

 

「……そういうこと」

 

 背丈の差から上目遣いのような形で此方を見上げるタバサの顔はリンゴのように真っ赤に染まっているが、それは俺も同じだろう。

 だってまだ一応春だって言うのに顔が凄い熱いからね。

 心臓は更に唸りを上げるし、動いていないのに息苦しいし。

 深呼吸してほんの少しだけ整った呼吸。

 口を開く。

 

「だから、一緒に頑張ろう」

 

「うん。……一緒に食事に行くの、楽しみにしてる」

 

 もう一度見せてくれたタバサの笑顔は雪が解けた後に咲いた花を思わせるようで。

 つまり言葉が出なくなってしまいそうなくらい可憐だった。

 

 

 

 

 




恋愛っぽい雰囲気を表現できているのか心配な今日この頃。
これで一応タバサさんのフラグは建った、と思いたいです。
ルート突入とかそんな感じです。
ダブルヒロインとかハーレムとかには決してならないのでご安心(?)下さい。

当初の予定より凄まじく長くなってしまったガリア編終了。
正直此処まででお話的には一区切り。
後はもう1個裏書いて前章終了。

遅ればせながら。
ヒャッハー!お気に入り登録数1000越えだー!
ありがとうございます。

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