とある竜騎士のお話   作:魚の目

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21話 夢から覚めれば

 

 看病してくれたお礼、とウルドに食事に誘われ迷うことなく了承した。

 乙女心を弄ばれた腹癒せに随分潤ったらしいウルドの懐事情に打撃を与えてやろうと画策したためだ。

 少しは自分の罪を思い知れば良い。

 アルビオンでのサイト捜索を終え、ウルドと別れた後はまた何時も通り「任務」に従事していた。

 一週間ほど時間が出来て学院に戻ったがウルドは突然の出来事にも嫌な顔一つせず「虚無の曜日にでも行こうか?」と何時もの調子で快く応じてくれた。

 この時には冷静になっていたので、初めての異性との2人きりでの外出に少しどぎまぎした感情を覚えていた。

 もっともそれも街に行くまでの話だったが。

 

 ウルドが連れて行ってくれるという店が開くまでには時間があった為、街に着いてからは先ず最初にそこかしこに出店してた露店を冷やかしがてら回ることになった。

 戦争による経済の停滞を払拭するが如く威勢よく声を上げる商売人につられて多くの人々で混雑していた。

 青果、食料品、日用雑貨、アクセサリーなど各自様々な物を取り扱っていた為どこのお店から見ればいいのか困った。

 取り敢えず空いているお店から覗こうという意見で一致してあっちこっち動き回っていた。

 アクセサリー店を流し見した後、最後に怪しげな物品を扱っている露店を物色しているとウルドが一つの商品を見て固まっていることに気付いた。

 アレがどうしたのかと訊いてみれば金属製の糸車は見たことが無いから驚いたと目を逸らしがちに答えた。

 …糸車には見えない気もするし、第一微妙に取り乱していた感じが有ったので何かを誤魔化された様にも感じた。

 少し気になったのでジッと糸車の様なナニカを見ているとウルドの目つきが何か失礼なことを考えているような目つきに思えたので脇腹を小突いて引っ張って行くことにした。

 あんな得体のしれないものよりも、もうちょっとアクセサリーなり何なり見てくれれば少しは見直していたというのに…。

 

 

 

 ウルドを引っ張って行ったのは学院の女学生向けに制服やマントと言った衣料を下ろしている、由緒正しいらしいお店。

 入学の時から今まで度々世話になっていたお店ある。

 任務中に下手を撃ち身に着けていたマントをボロボロにされてしまった為、新しく用意するために寄らせて貰った。

 身に着けていた予備を外し寸法を測って貰っていると、ウルドはフラフラと店内を練り歩き始めた。

 ここは女性向けの店で、下着とかのサンプルも展示されているのだが…。

 店に入る時も何の気負いも無く何時もの調子で入り、店員に変な顔をされていたのに対して不思議そうな顔をしていたのを見るに、気付いていないか、気付いているうえで無視できるほど心臓が強いのか、まあ様子を見る限り前者だろう。

 布地を見たり展示されているサンプルを見たりとフラフラ歩き回り、不意にとある一角にウルドが目をやると。

 直ぐに目を逸らした。

 涼しい顔をしているつもりだろうが、目を逸らすのが速過ぎたので逆に怪しく思ってしまう。

 チラリとこちらを窺うウルドの視線を真っ向から受け止め、こちらも見返す。

 バツの悪そうな顔を浮かべ足早にその場を立ち去り布地をボケッと見つめるウルドから視線を逸らさずに、採寸が終わり自由になった身で近づき袖をチョイチョイと引っ張ってやる。

 

 

『やあ、終わったかい?』 

 

 

 とさも何もありませんでしたよと言わんばかりの表情で話しかけてきたウルドに言葉を浴びせる。

 

 

『下着、見てた』

 

 

 その後、明らかに狼狽えだし取り繕おうとするウルドに小声でスケベスケベと畳み掛ける。

 やがてがっくりと肩を落として「…はい。スケベですいません」と何に謝っているのか分からない謝罪をしてくる姿を見て満足する。

 

 

 やっぱり、ウルドはイジると面白い。

 

 

 

 

 ようやく良い時間になって当初の目的であった食事に向かうとカチンコチンに固まったぎこちない動作で対応するウルド。

 緊張するウルドが遠慮せずに頼んでくれと言ってきたので、それならばと予定通り料理をこれでもかと頼んでやる。 

 次々に運ばれてくる料理に目を真ん丸にして呆けるウルド。

 食べないのかと尋ねれば、ちょっとぎこちないが戦争前よりはよっぽど上達した動きで皿の上のものを口に運んで行った。

 デザートまで完食し少し休んだ後に支払いをするウルドがあまりの金額にフラフラと力無い動きをしていたが、別の店に行こうとまたも引っ張る。

 次はスイーツを食べに行くと伝えると絶望したかのような表情を浮かべる引っ張られるがままになっているウルドには見えないように会心の笑みを浮かべた。

 してやったり、と。

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、時間は過ぎ去っていき時刻は夕暮れとなっていた。

 当初の目的を果たしたため此方としては大満足であったし、なんだかんだでウルドと食べ歩くのは楽しかった。

 何時ぞや待ち合わせをして2人並んでサンドイッチを食べた広場のベンチ。

 夕日が沈み始めている為そろそろ帰ろうかという時間。

 ウルドは食べすぎたから休憩させてくれというので、また2人一緒に座り込んだ。

 今日はどうだったかと雑談を続けると不意に真剣な表情をウルドは浮かべた。

 実を言うとこの日何度も同じような表情を浮かべているのを見ていた。

 それまでは直ぐに何時も通りの厳ついが気の抜けた顔に戻っていたがこの時は違っていた。

 

 

『なあ、戦争に行く前に帰ってきたら話したいことがあるって言ったじゃないか』 

 

 

 不意にかけられた言葉に心臓が跳ね上がった様な気がした。

 少し緊張しながらも「言ってた」と返すと。

 

 

『聞いてくれるか?』 

 

 

 と、問いかけられた。

 心臓が自分のものでは無くなったと思ってしまいそうほどに鼓動を速めていく。

 緊張からか、無意識に手をぎゅっと握りしめる。

 震える唇で「……聞く」と返答する。

 気の利いた言葉は言えないから率直に言う、という前置きに頷く。

 数瞬の後。

 

 

 

『好きだ』

 

 

 

『タバサ…君の事が好きだ。だから…』

 

 

 

 

 

 

『俺と、付き合ってくれないか?』

 

 

 

 伝えられた言葉に胸が高鳴ってしまう。

 自分自身もしかしたらと、期待はしていたのかもしれない。

 2人一緒に食事に出かけること。

 それは、世間一般で言う所のデートというものでは無いか。

 看病していた時も、共にアルビオンへと向かった時も、ウルドからの好意的な視線を感じていた。

 だから。

 

 

 でも。

 同時に恐れていた言葉でもあった。

 アルビオンへ向かう前、何故ついてくるのかという問いに心配だからと答えたことがあった。

 確かに心配もしていたがそれよりも、前日にルイズの使い魔であるサイトの生死を確かめよという任務が与えられていたから、同じ目的を持っていたウルドを利用したという事が大きい。

 人を騙して、気持ちを利用して。

 悪い女だろう。

 ウルドの思いには応えられないと、最初から解っていたという事もある。

 母を救うという先の見えない苦難の道。

 ジョゼフに復讐を果たすという悪鬼の道。

 ウルドに優しい言葉を投げかけられれば一人で戦い続けるという決意が鈍ってしまいそうで。

 ウルドに縋ってしまいそうで。

 何も知らないウルドを巻き込んでしまいそうで。

 

 

 

 だからこそ、決断せねばならない。

 例え胸が張り裂けそうだとしても。

 零れ落ちそうになる涙を我慢して、泣き叫びそうになる感情を押し殺しても。

 しくしくと痛む何かを無視してでも。

 だから。

 

 

 

『……ごめんなさい』

 

 

 

 何もかも摩耗させ、自分自身の感情すら見失いそうになりながら。

 頭の中の冷静な一部が、奢ってもらっていた自身の食事代を払わないのは拙いのではないかと、金貨を袋に入れたままその場に置いて。

 ベンチから立ち上がりウルドの前から去ろうとした時に少しだけ見えた、力が抜け落ちてただ呆然としている彼の表情に、一瞬だけちくりと何かが痛んだのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう、関係は清算されたと思っていた。

 過去のものになった筈だった。

 でも、ウルドはサイトとの戦闘に割って入って来た。

 与えられた任務は、ルイズをガリアへ誘拐するための援護として使い魔であるサイトを足止め・抹殺すること。

 直感的になのであろう。

 すぐさまサイトを自身の使い魔であるレッドに乗せてルイズを追いかけさせた。

 自身はその場に残り私の足止め。

 母の心が治るかどうかがかかっていたのだ。

 だから、邪魔をするというのであれば殺す気で戦うほか無かった。

 身体能力も魔法も格上であるから容赦などできる筈も無かったが。

 魔法を撃ち合い、互いの得物を交え。

 回避し続けることで遂に掴んだ隙。

 『ウインディ・アイシクル』を牽制で当ててからの『ジャベリン』。

 苦し紛れの『フレイム・ボール』で威力を削がれ、驚くべきことに手に持つ剣に『ブレイド』を纏わせ弾かれた。

 驚きはしたが、剣を取り落していた為、走り駆け寄るウルドに対して余裕を持って2発目の『ジャベリン』を構築して。

 射出する前に、どうやったのか『フライ』を発動させて低空を高速で移動するウルドとそのまま接触し転げまわった。

 結果。

 

 

 

 

 

 

 自身の上に馬乗りになり体重をかけて押さえつけたまま、振り上げられた手甲に覆われた右手からゆらゆらと『ブレイド』を展開し、『ブレイド』の発する光でぼんやりと照らされているウルド。

 察するに手甲を杖として契約しているのだろう。一体ウルドは幾つの物品と契約すれば気が済むのだろうか。

 こんなタイミングまで使わないということは切り札の様な物か。

 自分にウルドを押しのける様な力は無い。

 負けた、のか。

 力が抜けていく。 

 

 無力感に襲われている自分に訳を話せと言うウルド。

 話せるわけない。

 話してしまえば何のためにあの時遠ざけたのか解らなくなってしまう。

 でも。

 

 

 

『お前は俺に脅されて知っていることを吐くだけだ。巻き込むとか巻き込まないとか関係ない』 

 

 

 

『俺の意思で首を突っ込むだけだ』 

  

 

 

 

 全く。

 こっちの悩みも知らないで。

 思わず観念して洗いざらい全て吐き出してしまった。

 最後は涙が堪えられなくなってしまった。

 好きだと言われた時の決断が無駄になったのと、大事な任務に失敗してしまったこと。

 今まで辛かったこと全て思い出してしまったのだ。

 狼狽える様に自身の上から退いて地面に座り込むウルド。

 もっと狼狽えると良い。

 涙は女の最後の武器なんだから。

 でも。

 あれこれ考えていたらしいウルドが罪悪感からなのか。

 

 

 

『君がシャルロットに戻れるまでの間で良い。だから』

 

  

 

『君の、騎士にしてくれ』 

  

 

 

 

 

 なんて顔に似合わない、クサいセリフをいきなり言われてしまったら。

 

 

 

『……ありがとう、ウルド』 

 

 

 

 笑顔で、こうとしか答えられないではないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜が明けて。

 母が拘束されたことを送りつけられてきた手紙で知った。

 昨日は確かに嬉しかったが、やはり巻き込まないようにと一人で行こうとしたというのに、勝手に着いてきたウルド。

 腹立ち半分、嬉しさ半分。

 シルフィードに飛び乗ってきたウルドが置いて行ったことに対してあんなクサいセリフを忘れたのかと言ってくるが、忘れられる訳がないだろう。

 

『君の、騎士にしてくれ』

 

 女なら一度は言われてみたいセリフかもしれない。

 ウルドにはあまり似合わないセリフではあるが。

 でも、言われて嬉しかった。

 

 騎士。

 私の、私だけの騎士。

 初めての味方。

 

 父の派閥だった者も味方と呼べるかもしれない。

 でもそれは自分がオルレアン公シャルルの娘だからなのではないか、という疑問をどうしても覚えてしまう。

 それに表立って味方になってくれた訳でも無い。

 皆、自分が生きるので必死なのだ。

 

 だけど。

 ウルドだけは。

 オルレアン公シャルルの娘では無い、自分の味方になってくれた気がする。

 確かに下心もちょっとは有るかもしれないが、人間なのだから仕方ないのではないかとも思う。

 ただ単に嬉しいから、……だからそう思うのかもしれないが。

 

 だから。

 着いてくるのはイヤかと訊かれて、イヤじゃないとちゃんと答えた。

 それなのに、ウルドの返答ときたら眠そうな顔で「何か言った?」だ。

 少し、ムッとしてしまった。

 勇気を出して言ったのに。

 

 自身との戦闘での負傷。

 放って置けば治ると気楽そうに言うウルド。

 逆にこちらの体の心配をされてしまい困惑してしまうが嬉しさもあった。

 あれくらい、いくらでも経験してきたのだ。

 そこまで軟じゃない。

 必死だったために何の手加減も無い全力の自分を傷つけることなく、深手を負うこともなかった文字通りの完勝。

 火のスクエアであるウルドならもっと威力の高い魔法を使えた筈なのに使わなかったのだから、最初から無傷かそれに近い軽傷で抑え込もうとしていたのであろう。

 悔しさもあるがやっぱり嬉しい。

 そんな風を考えてしまうのだから自分ももうダメなのかも知れない。

 

 半開きの目をなんとか閉じるまいと格闘しているらしいウルド。

 『タバサ』の騎士。

 じゃあ、私が『シャルロット』に戻ったなら?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自身の家に到着。

 ウルドが敵を探知すると敵が居たのは母の居室。

 現れたガーゴイルにウルドが突っ込み牽制している隙に『ウインディ・アイシクル』を発生させ丁度彼が避けれるであろうタイミングで放ち、ガーゴイルを蹴散らして。

 敵からの挑発とも取れる行動に怒り狂い誘われるままに真っ直ぐに向かった母の部屋の中でのエルフとの戦い。

 大人しく投降しろなどと言う相手に魔法を打ち込めば弾かれて、帰ってきた自身の魔法はウルドが庇ってくれたことで自身を傷つけることは無かった。

 ウルドは傷だらけになりながらも問題ないと一蹴する。

 それどころか、正体不明の先住魔法を使ってくる相手に対して、頭に血が昇り過ぎた自身を諫めてウルドは撤退を勧めてくれた。

 撤退する為とは言え抱き上げられたことにはそんな場合では無いにも関わらず少し恥ずかしさを覚えてしまった。

 抱き上げた本人は気付いていなかったが。

 

 撤退時に気を失ったウルドに拙いながらも治療を施して森に身を隠し。

 自身の使い魔であるシルフィードと、韻竜である事が発覚したレッドに周辺の警戒をお願いした。

 自身はその場に残りウルドの様子を見ていた。

 傷が痛むのか時折顔を顰めるウルド。

 身を挺して庇ってくれたことへの感謝と、ちょっとの悪戯心から膝枕をしてみた。

 結局、寝ぼけていたのか大した反応はされなかったが。 

 ウルドが起きた後は、レッドが取ってきてくれたウサギの肉を焼いたものを渡して。

 起きるまでの事を質問されたり。

 そうしていると今頃になって意識しだしたのかウルドがこちらを見る様になってきた。

 その視線が何となくではあるが足の方を見ているような感じがして少しばかり恥ずかしかったため「何?」と問いかけてみれば慌てて視線を逸らしながら平静を取り繕うかのように足は痛くないかと聞いてくる。

 驚いているのが分かり易いウルドにもう一度膝枕をして欲しいのかと聞いてみたり。

 結局することは無かったが。

 しても、良かったのに。

 「冷えるな」と言うウルドに同意する。

 まだ春だからか夜は流石に冷える。

 それっきりお互い黙り込んでしまったが不意に、体を預けていた大木の幹の上にウルドが掌を上にして投げ出す様に左手を放った。

 恥ずかしいのかどうなのかは解らないが澄ましたようなぶっきらぼうな表情の横顔。

 さも偶然ですよといったその態度に思わず苦笑が漏れてしまった。

 だからという訳ではないが。

 優しく、投げ出されたごつごつとした左手に自身の右手を重ねる。

 重ねた時に驚いたようにびくっとウルドの左手が強張るが、それから間もなく右手を握りしめてくる。

 こちらも握り返せば伝わってくる熱でじんわりと右手が温まってくる。

 心地よいが、気恥ずかしい。

 触れてもいない顔までぼおっと熱くなる。

 手を握りしめたままウルドがちょっとずつ近づいてくる。

 ただでさえ短かった距離が詰められていく内に胸の高鳴りが大きくなっていく。

 母を取り戻すためにここまで来たのに、何でこんなことをしているのだろうかと言う疑問は、エルフと言う恐るべき敵に遭遇したため昂ったままなのだと自分を誤魔化して。

 距離が完全に詰められ手を繋いだまま肩が一瞬だけ触れ合ったという所で、レッドが帰ってきた。

 行く所まで行かなくて良かったとホッとする反面、右肩に残った温もりに名残惜しさを感じてしまう。

 

 少しした後でレッドが韻竜であるという事をウルドの口から実際に明かされたためこちらもシルフィードを戻してレッドと同じ韻竜である事を明かして『反射』への対策を話し合って。

 眠りにつこうとして。

 それから。

 

 

 

 それから?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、あ…」

 

 急速に意識が浮上する。

 夢を、見ていたようだ。

 閉じていた目を見開けば飛び込んでくる惨状。

 

 

 

 

 

 

 

 

 轟々と燃え盛る周囲一帯の木々。見渡す限りが炎に包まれているため森そのものが燃えているようにも見えてしまう。

 所々切り倒された樹木にも火が燃え移っている。

 切り倒したのは自分だ。

 スクエアとなったから使えるようになった『カッター・トルネード』によるものだ。

 森というフィールドはエルフにとって独擅場だった。

 大地も、森の木々も、吹き抜ける風も全てエルフの味方である。

 大地からは剛腕が伸び、森の木々は意思を持つかのように自らの枝を飛ばし、風は渦を巻き動きを阻害する。

 シルフィードやレッドは風の影響で身動きが取れなくなってしまうので、無理矢理風を抑え込んだ隙に逃がし、その結果遠距離からの援護攻撃しかできていない。

 術者であるビダーシャル本人を攻撃する暇も無くただ襲いくる周囲の環境に対処することで手一杯だった。

 自身の『カッター・トルネード』で風を阻害しつつ木々を切り倒し、それでも尚枝を飛ばす木々は精神力を限界まで注ぎ込まれ怖ろしい太さにまで膨張したウルドの『火砲』で根こそぎ焼き払い、射線上に存在していた土の腕を巻き込みドロドロに溶かしていく。

 それでも尚尽きることの無い物量。 

 確か、対処が追いつかなくなり、土の腕に殴り飛ばされて…。

 

「う、ん」

 

 思い出し自覚してしまったからか全身に痛みが走る。

 殴り飛ばされる前にウルドの叫び声が聞こえて…。

 

 ウルドは?

 

 うつ伏せになっている状態で体があまり言う事を聞かない。

 何とか腕を必死に動かしもがく様に上体を起こし周囲を確認する。

 意思を持つかのように動き回る火炎。

 渦を巻くそれは何か、いや、ビダーシャルに殺到し、『反射』される。

 炎の使い手、ウルドは反射された火炎を滑り込む様に回避し、回避と同時に次の詠唱に入っていた。

 館での戦闘で負った傷は既に開いており、この戦闘で負ったであろう裂傷なども合わせて全身から血を垂れ流しているウルド。

 絞り出すかのように声を張り上げるその姿は痛々しく凄絶なものだった。

 地面から伸びる腕は詠唱するウルドを殴り飛ばそうとするが。

 

 

 ゴオォウッ!!

 

 突如発生した『火炎旋風』に焼かれ、ボロボロになって崩れ落ち吹き飛ばされていく。

 自身との戦闘で使ったそれよりも遥かに高い熱量と強力な風によって齎される破壊力を余すところ無く全て発揮している。

 そのまま周囲に存在する全ての敵意を持つ自然を殲滅しようとして。

 そこで、お終いだった。

 

 『火炎旋風』がきれいさっぱり跡形も無く消え去り、力が抜けたようにウルドは両膝を着きそれでも尚倒れまいと力を入れて耐えるが、そこに土の腕が襲い掛かった。

 吹き飛び、転がり続けて、燃え残っていた先ほどまで共に寄りかかっていた大木に激突して動きを止めた。

 

「ウル、ド…」

 

 呼吸はしている様だが気を失ったのか身動き一つしないウルド。

 自身も漸く弾き飛ばされていた杖を見つけ、這いずる様に、徐々に近づいて行き。

 あと少しで漸く手が届こうという所で取り上げられた。

 

「まだ意識があったのか」

 

 無造作に杖を取り上げたのはビダーシャル。

 杖をその手に近づいてくる。

 

「眠りを導く風よ…」

 

 ふわりと暖かい風が自身の体を包み込む。

 包み込まれた直後に強烈な眠気が襲ってくる。

 眠気に抗う事すら出来ないまま最後に見た光景は。

 

 いつの間にかやって来たレッドの腕に抱かれたまま、自身に向かって手を伸ばすウルドの姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ」

 

 主を助けようと突撃を敢行した幼い風韻竜は『反射』によってあっさり弾き飛ばされ、次いで発生させた暴風で無造作に吹き飛ばす。

 何度も何度も繰り返し吹き飛ばされ傷ついた風韻竜はようやく諦めたのか、飛翔し逃げて行った。

 無駄だと理解していながらも精神力が尽きる限界まで戦い続けた結果満身創痍になった主を抱えて先に飛び去った火韻竜と同じように。

 足元には枝や土の腕で傷ついたまま眠り続ける、ジョゼフの前に連れて行くと約束した少女。

 少しの言葉を紡げば、時を巻き戻すかのように少女の体に刻まれた傷は跡すら残さず消える。

 傷一つなくなった少女を抱き上げ荒れ果てたこの場を去ろうとして。

 

「む?」

 

 1つの物を見つけた。

 男と少女、どちらの物かは分からないが散乱し一部は既に炎に焼かれて炭化している荷物の一つ。

 運良く焼かれることを免れ、皮でできたケースの中からはみ出していたそれは。

 

「これは、書物………どうやら"物語"のようだな」

 

 少女を抱えながら地面に落ちていたそれを拾い上げてまじまじと見る。

 

「"イーヴァルディの勇者"か。一度読んだがこれは…装丁が違うな」

 

 俯きがちにどうしようか悩む。

 暫しの黙考の後に決めた。

 

「このまま焼け落ちるのも忍びない、持って行くか。もしかしたら、内容も違うやもしれぬ」

 

 

 

 

 

 

 

 そのまま、指輪に嵌め込まれている風石の力を開放し1人のエルフは飛び去った。

 

 

 

 

 

 

 





回想からの現実回帰。
夢から覚めてしまったのはタバサさんでした。

忘れ去られていた形見。流石に強引だったか。

最初からビダーシャルとの2戦目を真面目に書くつもりは有りませんでした。
エルフには勝てなかったよ…






書き溜めが遂にお亡くなりになりました。
当初10話程度までしか出来ていなかったのを騙し騙し書き溜めつつ投稿してきたことによる息切れと、リアルが立て込んできたことによる余裕の無さから更新速度が極端に落ちます。
申し訳ありません。

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