とある竜騎士のお話   作:魚の目

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アルビオン動乱編開始。


9話 開戦

草原広がる演習場の上の空。

激しい動きを繰り出す複数の竜の影。

大空を舞台とした竜同士によって繰り広げられるドッグファイトは次第に激しさを増していく。

混戦での戦闘技術を高める目的で行われている訓練はしかし少しだけその様相を変えていた。

訓練で攻撃に魔法を使うことも出来ないので被弾判定に使用されているペイントボール。

それをぶつけられ多くの竜と騎士が塗料をぶちまけたかのようにその身をカラフルに染められている中ただ1騎のみ平常通りの格好をしている。

 

(何故だ、何故当たらん!)

 

被弾により続々と脱落していく中何色にも染められていない竜騎に食い下がり執拗に攻撃を仕掛けようとするこの部隊の隊長である男は焦りを感じていた。

見習いから繰り上げで配属された者が多い部隊の中トリステインの竜騎士として経験を積み上げてきた男は自分の能力に誇りを持っていた。

事実竜騎士隊として長い時間をかけて力を磨き上げてきた男はトリステインの竜騎士隊の中でもかなりの実力者であった。

そうであった筈だった。

しかし、自分の視界の中にいる男には一撃も通らなかった。

曲芸染みた機動で避けられるのはまだしも。

攻撃を仕掛ける前に突然の急制動からの急降下やまるで空中で側転するかのような動きなどあの手この手で視界の中から消えて攻撃そのものをさせてくれないことすらある。

男が乗る火竜に比べ飛行速度に優れる筈の風竜に乗っているのにも関わらず、だ。

自分に追いすがられている筈なのに近づいてくる別の竜騎からの攻撃を少し体をずらすだけで避ける男。

避けるばかりか逆に一撃を与え撃墜数を増やす。

高度を取ろうというのか男の騎乗する竜が上昇していく。

高度上げればその分速度が遅くなる。閉めたものだと自分の騎竜に追撃させる。

上昇中に必死に後ろを取ろうとし漸く射程範囲に捉えた。

今だ、と『念力』にてペイントボールを撃ち出そうとしいうその時に目の前の竜が突如その速度を急激に落とす。

いきなりの出来事に反応できずそのまま追い越してしまう。

パン、と何かが弾けるような音と自身を揺らす衝撃。自身の体を見ると心臓の辺りに増えている染料の跡。

すれ違いざまにぶつけられた様だ。

自身が最後だったようで悔しい気持ちを堪えつつ全体を集合させ一時地に降りる。

降りる途中に染料の付いていない竜と騎士を睨む。

詰まらないとばかりに無表情のままの男。

訓練中も同じ表情だった男にプライドを傷つけられた気持ちになる。

そんなに我らの相手をするのは詰まらないかと心の中で男に吐きすてる隊長。

実際には詰まらないとかそんな事すら考えていなく、ただある少女への自身の発言を顧みて悶々としているだけであるのが尚性質が悪い。

男の騎乗する使い魔である竜もそんな主に呆れる反面、関係ないことを考えつつも尚正確な指示を自身に与える主に従い行動するだけだった。

 

詰まる所、男、ロナルことウルドは学院のクラスの次に今度は部隊から浮いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ…」

 

『さっきからため息が多すぎるぞウルド。訓練とはいえしゃんとしてくれないと困るぞ』

 

竜舎前の広場でレッドから駄目だしを受けてしまう。

気が付けば気もそぞろなまま訓練を終えてしまっていた。

訓練にまともに集中することもできず訓練後は部隊員からは避けられ隊長からは親の仇を見るような目で見られている。

体調面は全く持って問題なくむしろ頗る快調なのだが、精神面が完全に死んでいる。

なんでナチュラルに友人である(と思う)タバサを口説いているんだよ、俺は。

嫌いではない、むしろ好ましく思っている相手ではあるが、いや違う違う。

あの笑顔、すげー可愛かったなあってまたズレてるよ。

ここ最近ずっとではあるが、ふとした瞬間に少し頬を赤くしていたタバサを思い出してしまう。

思い出しては胸の高鳴りが感じられて集中どころの騒ぎではない。

中の人は前世も合わせればおっさんみたいなものだが、まるで思春期の片思いみたいな気分に陥る。

そもそもこの世界に生を受けて以来恋愛感情なんぞすっかり忘れていたが今になって思い出すとは。

 

『すまない…』

 

『謝るくらいなら行動で示せ。今もだらだらと情けない感情が流れてきているぞ。好きなら好きでそれで良いだろう?』

 

相当腹に据えかねているのかレッドの尻尾の先が座り込んでいる俺の頭にビシビシ当たって痛い。

女の子に意味ありげなことほざいて何やってんだろうね本当に。

またもフラッシュバックする夕日に照らされたあの日の光景を振り払うように頭を振る。

 

『むう。今のウルドの相手をしていると頭が悪くなりそうだ。大人しく何も考えずに剣なりなんなり振ってきたらどうだ?』

 

『そうする…。情けない主でごめんなレッド』

 

『良いさ。だが明日には何とかしろよ』

 

努力するよ、と『同調』を打ち切りレッドを竜舎に入れる。

そのまま愛用の剣を片手に練兵場に向かう。

微妙な時間で人気のない練兵場でひたすら雑念を振り払うように剣を振るう。

精神の乱れを表すかのように太刀筋はブレにブレて、重心すら安定しない。

体調は問題ないが体の動作がちぐはぐだ。

一太刀の速度を下げ確認するかのようゆっくり一つ一つの動作を丁寧に。

体に慣れ親しんだ筈の動作が今の俺には妙に難しい。

体が温まり調子を取り戻し始めたので徐々に速度を上げる。

一心不乱に打ち込み始めると心のざわつきも徐々に落ち着いていく。

次第に息が上がり始め汗が滴り落ちる。

苦しいが心地よい感覚。

これ以上は明日に障る、と判断し素振りをやめると空には月が昇っている。

息を整え終わったころにはまた少しざわつきが戻ってきたがそれでもやる前よりは大分マシだ。

まずは戦争を戦い抜く。

言い訳するのも遅れてきた青春に一喜一憂するのもその後だ。

 

 

 

少しはマシになったとレッドからのお墨付きを貰い訓練に明け暮れ流れる様に日々が過ぎ。

始まるのは人殺しを生業とする人でなしでロクデナシの畜生どもによる醜悪な宴。

トリステイン・ゲルマニア連合軍対レコン・キスタ改め神聖アルビオン共和国軍の戦争が幕を上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

季節は冬に近づき寒さを増しているうえに空高くである為結構な寒さである新造艦ヴュセンタール号の飛行甲板上。

そこからデンドンデンドンとBGMが聞こえてきそうな連合艦隊の威容を眺めると寄せ集めにしては中々どうして頼りがいが有りそうだ。

先ほどから聞こえていた爆音の主に目を向ける。

完全に修復され見事大空を再び舞うことができるようになったゼロ戦。

本当にコルベール先生の頭の中はどうなっているのやら。

着艦し機体から降りてくる見覚えのある2人に手を振っておく。

驚いたような顔をしているが士官に促され何処かに連れて行かれる。

やはりあの2人には何かがあるんだろうな。

サイトは何故かゼロ戦を動かせるし、ルイズ嬢の場合はタルブ戦で見た謎の閃光の魔法か?

まあ、知らないことを考えたって仕方ないさ。

薄くなっていく空気と増していく冷気。

何故か与えられた今の人生で慣れ親しんだものから判断するに明日にはアルビオンだ。

懐かしの故郷を血に染め上げる為に戻ってきた。

戻ってきてしまった。

後戻りなんて出来ないんだから、やると決めたことをやろう。

 

 

 

 

広いとはいえ艦内である為体を動かすこともできない。

哨戒任務無いと暇だなーとしばらくボーっとしているといつの間にか戻ってきていたサイト達がこれまたいつの間にか竜騎士たちと仲良くなってる。

確か第2中隊の奴らだろう。

よくよく見れば適応訓練の時に目を付けた奴もいる。

ボケーっと眺めていると気づいたサイトが手を振って俺を呼びつける。

 

「おーい、ロナル何やってんだ?こっち来いよ」

 

わざわざ呼びつけてくれたおかげでサイトの周りの連中に注目されてしまう。

やることも無いのでえっちらおっちら向かっていく。

 

「第2竜騎士大隊第1中隊所属、ロナル・ド・ブーケルであります。ルネ・フォンク中隊長殿」

 

サイトに話しかける前に取り敢えず階級が上の奴に挨拶しておく。

中隊長になっていることから考えるに目を付けたのは間違いなかったか。

 

「君、もしかしてニイドの月にやった訓練の時の」

 

「はい、その通りです。お久しぶりです中隊長殿」

 

向こうも覚えていたようだ。

周りも合わせて少し顔が引きつっている所を見るとどうやら大分思い出深い訓練になったようだ。

 

「その堅苦しい喋り方は止めてくれ。階級はともかく、腕は君の方が上だろう?」

 

「では、そのようにさせて頂きます。中隊長になったからか顔つきが良くなったな」

 

「はは、ありがとう」

「それで、君たちどういう関係だい?」

 

俺とサイトを見比べながら言うルネ。

 

「なあに。ちょっとした知り合いさ。なあ、サイト?」

 

「お、おう」

 

余計なこと言うなよ、と軽く睨み付けながら言う。

サイトも察してくれたようだ。

 

「というか、ロナル、お前なんで此処にいるんだよ」

 

「うーん。サプライズ、かな?」

 

んな訳あるかよとツッコんでくるサイトに当たり前だろ、竜騎士だからだよと返す。

 

「竜騎士かあ。そういやお前の使い魔レッドって言うんだっけ?あのスゴイでっかいの」

 

「ああ、アイツが俺の相棒さ」

 

「タバサのシルフィードよりも此処にいる風竜たちの方がデカいけど、ロナルのレッドは更に輪をかけてデカいからな」

 

俺アレが普通なのかと思ってたよ、と続けるサイト。

確かに成体の火竜に比べてすらなおデカいからな。

このヴュセンタール号の竜舎が狭いと文句を言っていた。

 

「そうそう、タバサで思い出したけどさ。ロナル、お前タバサにこモガっ!」

 

「サーイトくーん。ちょーっとアッチ行きましょうねー」

 

口元に右手でアイアンクローをかましそのまま左腕を肩に回し甲板の端の方に引きずっていく。

サイトも暴れるがその程度では俺の拘束を逃れることは出来ない。

 

「サイト、誰から聞いたー?」

 

「きゅ、キュルケだよ!なんかニヨニヨしてたからどうしたんだって聞いたら、ロナルがタバサにこ!?言わない!言わないから、落とさないでくれ!」

 

大声でポロリと言いそうになったサイトに空中散歩してもらう所だった。

必死にすがりつき懇願するサイトに説明を聞く。

所々改変されてたり誇張されているが、ほぼ俺が言った通りの内容に閉口してしまう。

あの野郎、最初から聞いてやがったのか。

あの時、誤解を招く言い方をしてしまったが別にそういう意図で言ったのでは無いと弁解する。

じゃあどんな意図だったんだよと言い返してくるサイト。

言い返せない俺。

サイトが怪しいなーとニヤニヤしだす。

あれやこれやの問答の末この話は終わりだと強制的に打ち切る。

逃げたなと言われるが気にしない。

これは、そう、戦略的撤退だ。

 

 

 

 

その後酒盛りに誘われたルイズ嬢とサイトが第2中隊の面々と話し込んでいると突然「カカシよ!」と走り去るルイズ嬢。

酸素不足でおかしくなったのかなと失礼極まりないことを思ったのが昨日。

天気に関して言えば、雲はあるが良く晴れているといった所。

ヴュセンタール号から続々と発艦する竜騎士たち。

俺もレッドを駆り空を舞う。

敵艦の砲撃でヴュセンタール号が傾いたことで甲板を横滑りし真っ逆さまに落ちていくも、自由落下時の風でプロペラが回り無事飛翔するゼロ戦。

ゼロ戦は風竜で構成されている、第二中隊と思わしき部隊と共にアルビオンの方に飛んでいく。

そっちは良いとして。我が第1中隊の任務は敵竜騎士からの対空防御に加え場合によっては敵艦への直接攻撃である。

飛翔し迫りくる敵竜騎士にレッドを向かわせ、手甲に覆われた右手に持つハルバードに力を入れ持ち直す。

 

 

 

アルビオン上陸作戦、開始。

 

 

 




次回、戦闘回。

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