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翌日
時刻は昼休み。ユウスケは、とぼとぼラウンジに行こうと廊下を歩き、昨日のことを考えていた。何せ、2代目赤の王がリアルで交渉、もとい強行してきたのだ。
ゆえに、当然ながら交渉役はユウスケということになる。
「はぁ~..........姫に何て言おうか。」
「私がどうかしたか?」
「いや、実は昨日......ってか誰だ!?」
思わず上の空で答えそうになったが、寸でのところで踏みとどまり話しかけてきた相手を確認した。
「そう大きな声を出さなくてもいいだろう。私だよ、ユウスケ君。」
腰の辺りまで伸ばした長い黒髪。同じく黒の制服に身を包んだ女子生徒。黒雪姫だ。
「あ、ああ姫。どうしたんだ急に。」
「ん?今日もキミと一緒に昼食をとろうと、ラウンジに向かう途中だよ。昨日も一昨日もその前もそうだっただろう?」
そう。ユウスケと黒雪姫は3ヶ月前から交際を始めて、それから黒雪姫が退院し学校に通い始めてからというもの、昼休みにはラウンジの奥で2人で向かい合って昼食をとっているのだ。
おかげで周りから散々羨ましがられているのだが。
「あ、ああ.........そ、そうだったな。」
ユウスケは苦笑いしながら答えた。
「え?ま、まさかユウスケ君、忘れていたのか..........」
黒雪姫の顔が青ざめて悲しみの表情が浮かぶ。
「ち、違うって!俺も姫とこれからラウンジに行くところだったから!ホントに!」
ユウスケは首を左右にぶんぶんと振って否定した。必死に。
「よかったぁ、覚えててくれて..........」
ユウスケの必死の弁解が届いたのか、黒雪姫は胸をなで下ろして安堵した。
「当たり前だろ。ほら、行こうぜ。」
ユウスケは元に戻った黒雪姫を連れてすぐさまラウンジへと歩を進めた。
「「..........」」
黒雪姫はブラックコーヒーを、ユウスケはミルクティーをテーブルに運び、お互いにどちらがどう話を切り出せばよいのか分からずに1、2分が過ぎた。
すると、黒雪姫が痺れを切らして言った。
「ユウスケくん。」
「はっ、はい!」
思わず敬語になるが、ここはスルー。
「キミは、何か私に隠していることは無いかい?」
「なっ......えっ......?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
「な、なんでわかった?」
しまった、ここはしらばっくれるところなのに、あっさり隠し事をしているとバラしてしまった。
「フフン、キミの隠し事など恋人である私にはお見通しだよ。キミの雰囲気がいつもと違ったからね。」
などと、誇らしげに黒雪姫は言った。
「えーっと、それは..........」
「なんだい?」
言葉に詰まった。なぜなら、黒雪姫は最大級の笑みを浮かべてはいたが感じたのはほぼ恐怖だったからだ。
歴戦のバーストリンカーであるユウスケもこれには適わず、
「あ......あうぅっ....」
それから、赤の王のことについて一切合切話した。
「ふーん、へぇー、つまりキミは年下の女子に鼻の下を伸ばしてまんまと騙されそうになり、直前にそれが赤の王だと気づいたと?合ってるかな?」
「は、ハイ。ソノトオデス..........」
怖い。目が。顔は笑っていても目は笑ってない。めっちゃ怖い。
黒雪姫は、すぐに表情を平静にして尋ねた。
「しかし、キミも王との戦いは大変だっただろう?以前と違ってキミはまだレベルは..........」
そこまで言って、止めた。ユウスケ本人にはレベルが下がったことは大きなショックなのだ。
「ああ、いや安心しろよ。今度はどの王と1対1になっても善戦くらいはしてやる。」
ユウスケは、笑いながら答えた。それを聞いて黒雪姫もホッとした様子を見せる。
「大体、向こうは先に《スカーレット・レイン》と名乗ったのだろう?だったらそのときにネット接続を切るか、ニューロリンカーを外すかしていれば対戦せずに済んだのではないのか?」
「ああ..........」
尤もな意見だ。確かに対戦しなければ向こうも『力ずくで言うことを効かせる』なんてことはできない。リアルでの腕力はユウスケの方が上なのだ。
「でも、赤の王の2代目ってことはさ、新しく《レッド・なんとか》が現れたんじゃないかって思ったんだよ。」
「いや、それはない。加速世界での純色の赤は《レッド・ライダー》だけ......なんだからな。」
黒雪姫は悲しそうに歯切れの悪い返事をした。
レッド・ライダーは2年前、ブラック・ロータスによってポイント全損──強制アンインストールとなったのだ。
やはり、黒雪姫はそのことを悔いている。
ユウスケはそれを悟り、ゆっくり目を閉じ再び開き、言った。
「姫、お前はライダーのことは忘れなくてもいい。お前にとってライダーが大切な奴だったことは、まあなんとなくわかってたからさ。
その、なんだ。お前は変に考え込んだりしないで、今のままでいてくれよな。
俺はお前が自分らしくしてるのが..........好きなんだから。」
後半は照れくさそうに言っていたが、なんとか言えた。ふと、黒雪姫の顔を見るとポカンと呆気にとられて、それから
「ゆ、ユウスケ君。違うんだ、私は..........」
「?」
「あ、いや何でもない。」
黒雪姫の何か言いたげな表情は気になったが、ユウスケはそれ以上問いつめずにフフッと笑い、そしていつもの如く他愛のない話を始めた。