「うっ......うっ......」
タクム──シアン・パイルは呻き声をあげながら上体を起こした。ダメージは全身に及び立ち上がるのも難しい。
ユウスケはザッザッとゆっくり一歩一歩を踏みしめながらタクムに近づく。
「お前の負けだ。シアン・パイル。」
そう言って右拳を握り締め振りかぶる。シアン・パイルの右腕の武器は空しく粉々になりもう攻撃手段は無いに等しい。しかも彼の体力ゲージは残り5%以下。一撃で終わりだ。
「や......やめてくれユウ。もう殴らないでくれ........君に負けたらもうポイントがゼロになるんだ.......いやだ......奪わないでくれ......失いたくない」
「タク..........お前..........!!」
ユウスケは怒りを露わにする。
「お前わかってんのかよ?お前は卑怯な手段で姫を追い詰めて.........お前のことを信じてたチユのことも裏切ることになったんだぞ!
お前は.....お前は!!ただの自分勝手な大バカ野郎だ!!」
「..........っ!!」
タクムはがっくりとうなだれて身体から力を抜いた。降参、ということだろう。
「じゃあな、シアン・パイル。」
ユウスケは拳を握り締め、振り下ろした。
ガツッ!!という鈍い音が聞こえた。そこまで大きな音ではない。ユウスケとタクムにしか聞こえなかったくらいだ。
それはユウスケが地面を殴った音だ。
「タク..........お前、俺達と一緒に来い。」
「..........!?」
「これからチユに....あと姫にも話さないとな..........今回のことを全部2人で話す。ちゃんと悔やんで苦しんで、そして謝れ。」
「助けるっていうのか?僕を........君たちに酷いことをした僕を....」
「..........勘違いするな。別にお前を助けるわけじゃない。
俺はお前を助けない。罪を犯した奴は助けられるんじゃない。許されて、その後で自分が助かるだけだ。」
ユウスケはそう言った後タクムに向き直る。するとタクムはふふっと笑みをこぼした。
「まったく......変わんないよね。ユウは、変に格好付けてさ。」
「なっ..........うっ、うるせえよ!今の忘れろ!今すぐに!!ったく......今のそんなに変だったか......?」
「いや......よかったと思うよ。素直に心に響いた気がする。ありがとう、ユウ。」
「ありがとう、なんて言われるようなことをした覚えはねえよ。」
ユウスケはドロー申請を出そうと手を動かした。その時──
ガコン!
ユウスケはその音に気づいて後ろを振り向く。先程タクムが昇ってきたエレベーターだ。その扉が開き、誰かが現れる。
「ひ.......姫......なのか?」
黒いドレスに背中の黒アゲハの羽根。そして黒く長い髪。間違い無い。黒雪姫だ。
ユウスケは体力を使いすぎたのか、自分で走り黒雪姫のところに行き、向かい合う。
「よかった......意識が戻ったんだな。心配......した、」
ぞ、と言う前に黒雪姫はユウスケの脇の下から両腕を通して正面から抱き付いた。
ユウスケは少し戸惑ったものの、すぐに両腕で包み込むように抱きしめ返す。
「キミのおかげだよ、ユウスケ君。夢を見ていたんだ。
キミが、遠くにいってしまう私の手を必死に握って、言ってくれたんだ。『絶対に行くな。俺と一緒にいてくれ』って。」
黒雪姫は右眼から一筋の涙を流しながら言った。
「ありがとう、ユウスケ君。」
「俺は......姫がいなかったらたぶん負けてたよ。この力も取り戻せなかった。」
黒雪姫はその言葉に気づき、ユウスケが纏っているマントを見る。
「ああ、また見ることができるとはな。キミの本当の姿を。
《加速アビリティ》──移動と攻撃を加速させるアビリティ。キミのポテンシャルの殆どを捧げた純粋にスピードを追求する力。」
そう、アッシュ・ローラーとの戦いでは使えなかったクリスタル・スパロウの本来の力。《加速アビリティ》
「えーっとさ......姫様。ちょっと放して。」
「嫌だ。」
え?何で?
「もう私はキミを絶対に放さないぞ。」
「い、いやちょっと待って。俺あいつらに話すことあるから。」
「むぅ、仕方ないな。なら今度リアルでな。」
「ああ、わかってるよ。向こう側でな。」
ユウスケは黒雪姫を少々強引に引き離し、僅かに貯まっている必殺技ゲージを消費して加速した。
適当な位置に立ち、上を見上げる。
視線の先は、ギャラリーだ。
ユウスケは大声で叫ぶ。
「純色の六王どもに伝えろ!!クリスタル・スパロウとブラック・ロータスはお前達を全員倒す!!精々簡単にやられないよう気をつけろってな!!」
それから数週間して、久々にユウスケは黒雪姫に会いに病院を訪れた。
まあネットでは結構会ったけれど、リアルで直接会うのは本当に久しぶりだ。
ユウスケは扉に手をかけて開けようとするが、よく考えたらまず何て言えばいいのだろう。シンプルに久しぶり、とか。いやネットで会ってんのにそれはないだろ。
とか、考えているうちにいきなりドアが横にスライドした。なんら不思議ではない。あの時の女性看護師が偶然黒雪姫の病室から出てきただけだ。その看護師はユウスケを見ると2、3度瞬きをしてごゆっくりどうぞ、と言って退室した。
ユウスケはその言葉に呆気にとられてしまい、数秒フリーズしていた。
すると、ベッドでピンクのパジャマを着て髪を三つ編みにした黒雪姫が可愛らしく頬を膨らませてユウスケを睨んでいた。
「あのな......ユウスケ君。いくら綺麗な看護師さんだからといって、必要以上に仲良くするなんて許さないからな。」
「いやいや、違う違う。そんなつもりじゃないって。」
ユウスケは必死に顔を横に振り、否定した。すると、黒雪姫はフフンと笑う。
「冗談だよ、半分はな。座ってくれ。話したいことがある。」
それから今回の件の報告を済ませ、これからのことの話もした。
そして、
「ああ、そうだ。これさっきの看護師さんから預かってたんだけど。返してなかったな。」
ユウスケはそう言ってポケットから黒雪姫の生徒手帳を取り出した。
「あっ......!!」
黒雪姫は顔を真っ赤にして生徒手帳を奪おうとした。それをユウスケはかわした。
確かなんかうっかり見たとか言ってたよな。何のことだろ、と。好奇心でそれを開くと最終ページにユウスケと黒雪姫が、彼の自宅マンションの前で再会したときのユウスケの顔写真があった。
「ば......バカかキミは!!勝手に女子の持ち物を見るんじゃない!!」
今度こそは黒雪姫は生徒手帳の奪取に成功した。変わらず黒雪姫の顔は真っ赤なままだ。
「はいはい、悪かったな。」
ユウスケは腰掛けていた椅子から立ち上がり黒雪姫に少し近づいた。
その表情は真剣な、しかしどこか哀しそうだった。
「あのさ、俺......姫が俺のこと好きなんじゃないかって言われたとき凄く悩んだ。こんな俺じゃあ、とても姫には釣り合わないって。
でも、姫が俺に告白してくれたとき、正直嬉しかった。もし俺が本当の気持ちを押し殺したら、お前を裏切ることになる。だからちゃんと返事しようと思う。」
「あ......ああ。」
黒雪姫は顔を赤くしたままユウスケを見つめる。
「俺はお前のことが好きだ。《親》として、そして1人の女子としてのお前が。
だから、俺と付き合ってくれ。」
ユウスケもまた顔を赤くし、返事を待つ。
黒雪姫は涙を流した。しかし、それが嬉し涙だというのは言うまでもない。そして、最高級の笑みを浮かべ、言った。
「喜んで。」
よし、原作1巻終了!
最後は、まあ自己満かもですけど微笑ましいからいいよね\(^^)/