初手の一撃は広範囲による圧倒的火力による不意打ち。強力無比なこの不意打ちは、怒涛の茜色の炎による爆発と、その炎の中に紛れ込むようにしてある無数の剣による、並のフレイムヘイズならこの初手で完全に消し飛ばすほどの攻撃。
その広範囲な攻撃から、消し飛ばすのはフレイムヘイズの存在だけに留まらず、周辺にある全てのモノを巻き込み、破壊する。
完全な不意打ちにして最強の攻撃。
この二つを満たす、驚異的なまでの戦闘能力を見せつけてきたのは、
「``壊刃``サブラク、やってくれるじゃねえか」
強力で強大な力を持ち得ている``紅世の王``。
『殺し屋』と呼ばれるだけあって数々のフレイムヘイズを亡き者にしてきた、現世に存在する``紅世の王``でも飛び切りの力を持っている。
レベッカも当然ながら、その名を知らないずもなく、苦々しげに、しかしどこか楽しそうにその名を呼んだ。
「いかにも」
レベッカの言葉に反応したのは、レベッカの目の前に浮き黒いマントと硬い長髪を茜色の火の粉が混じる熱風にはためかせ、幾重にも巻いたマフラー状の布で顔を隠し、わずかに見える目は赤く、背の高い男と思われる──サブラクとレベッカに呼ばれた者。
放つ存在は重々しく重厚。
名前を確認するまでもなく、最初の一撃とその姿からサブラクであることは確定していたが、言葉で再確認をしたレベッカは、己の不利を悟る。
(ちっ、やっぱりな。敵がサブラクっつーことは、この傷は致命傷になりかねない)
わずかに痛む脇腹に向けて舌打ちをする。
この程度の怪我で済んだことには、自分自身に絶賛を送ってやりたいが、こと眼前のサブラク相手にはこの程度の傷でも危うい。
今も、チリチリと傷口が広がっていく感覚に襲われている。
(噂に違わぬこれが『スティグマ』だねえ)
『スティグマ』とは``壊刃``サブラクが『殺し屋』たる由縁の一つである、破られたことのない不破の自在法。この自在法の知名度たるやものは、フレイムヘイズのみならず``紅世``に関係する者であるなら、常識と言われても可笑しくないほどの高い知名度を誇る。
だのに、『スティグマ』は未だに破られること無くフレイムヘイズたちを苦しめている。
初手の大火力攻撃はサブラクと戦う際の鬼門ではあるが、破られたことのない『スティグマ』がその後にも構える二段構えによってサブラクと戦ったフレイムヘイズは死す。
(念のために治癒の自在法でも掛けてみる?)
(やめとけ。時間と力の無駄だ)
時間経過による傷の悪化と傷の治癒の負荷こそが『スティグマ』の力の正体。
レベッカほどのフレイムヘイズでも、事前察知不可能の初撃を完璧にかわすことは出来ずに傷を負う。『スティグマ』はそのわずかな傷であっても致命傷へと転化させる。
それだけではない。眼前に迫るサブラクとの戦闘が始まってしまえば、傷は増えていってしまう。たった一つの怪我ですらも、致命傷へと移り変わるのにだ。
闘いの激しさが増せば増すほど、時間が経てば経つほどに、状況は深刻化していく。
(時間の浪費は、こいつを相手には馬鹿のすることだ!)
だから、レベッカは名乗りを上げず、語ることもせずに、攻撃を仕掛ける。
光球を出現させる。複数なんていうケチな数ではなく、群と言えるほどの大火力を誇るはずの光球群だ。一つ一つには、レベッカ特製の爆発の自在式が組み込まれ、彼女が最も得意とする攻撃。
即ち、
「これでも喰らっって吹き飛べぇぇええッ!」
最強の攻撃。
彼女が敵を正面から捉え、一気に討滅せんとするほどの大威力の爆発。並の``紅世の徒``であれば、光球一つの一撃にて沈めることも可能な火力を誇るものだ。それを群の数にて攻撃力をさらに増しに増し、この攻撃が当たれば``紅世の王``でさえも無傷ではいられない。
このレベッカの一斉攻撃の構えに対してサブラクの姿勢は静。さらには、
「聞くまでもなく『輝爍の撒き手』か」
独り言を発したが、レベッカはそれに答えず。攻撃の手を休めない。
サブラクは、正面より迫ったきた光球群をかわすような動作をするが、
「吹き飛べッ!」
それよりも早く光球が爆発する。
光球はサブラクに直接当たる前に爆発をしたため、ダメージは与えられないが、一挙に爆発したため強烈な爆風がサブラクを襲う。
自身に当たる前の爆発と強烈な爆風という続けざまの自身の予想だにしない攻撃のためか、爆風に抵抗するがわずかに身体が後ろに下がり、隙を生じさせる。
サブラクの下がった先には、先程になかったはずの光が現れる。眩しいと感じるほどの数の光球が存在を露わにし、
「これを喰らいな!」
爆発する。
先ほどの爆発を上回る爆発だ。
爆発はありとあらゆるものを破壊する。巻き込まれた建造物の全ては瓦礫の山と化し、砂塵が舞い上がる。
レベッカは爆発の余波である砂塵混じりの慣れ親しんだ熱風を顔に受ける。
いつもの火力の三倍も五倍も上である今の爆発は、数多の``紅世の王``を葬ってきた彼女の正真正銘の本気の一撃。例え``王``であっても討滅する自信がある必殺の爆発。
「手応えはあったんだけどな」
ビキリ、と傷の広がる音がする。
「これで倒れてくれるほど生易しい敵さんじゃないってことさ」
レベッカをも包んでいた爆煙が徐々に晴れていき、爆発の後が少しずつ明らかになっていく。
濃かった煙が薄くなっていくと一つの影が浮かび上がる。
影だけで十分にその存在がどういった現実を突きつけているかをレベッカは理解し、どこまでも強気な彼女にしては珍しい弱音を吐く。
「自信なくしちまいそうだぜ」
レベッカの言葉に、彼女の相棒たる``糜砕の裂眥(びさいのれっせい)``バラルが強いられている苦戦の状況にはそぐわない陽気な声を発する。
「それならこいつをさくっと滅して取り戻せばいいさ」
「違いねえ」
相棒の言葉に同意し、再び戦意を上げる。
獰猛なレベッカの目は一切ブレることなく、晴れて姿を表して無傷の敵に射抜かんとばかりに向ける。自然に目と口の端が釣り上がり、獣(フレイムヘイズ)の闘争心を剥き出しにする。
視線に含まれるのは、自分の攻撃を正面から受け、無傷で立っている事への敬意と畏怖。そして何より、好敵手への敵意。
「この俺を相手に正面から戦うとは、流石は名高き『輝爍の撒き手』だ。猪突猛進に見せながらも、しかりと練られている戦術は称賛に値する。俺を相手に逃げぬことは勇気でもあるが、無謀でもあるといえる。やはり、ただの獣か」
クレーターの上で無傷で立っているサブラクは、ブツブツと攻撃もせずに悠長に独り言を言っている。
レベッカはそのサブラクの言葉など聞かずに一人考える。
彼がこの場に現れた意図を。
(これほどの大物がこんな辺境の地に居るってことは、ホノルルは)
彼女の考えに同意するように、バラルは続ける。
(こいつの仕業、と考えるのが妥当だろうね。理由は分からないけど)
(分からなければ、聞けばいいさ)
眼の前の真実を知っているであろう人物に問いかける。
時間が経てば、レベッカの戦況は不利となるが、さっきの不意打ちでも倒せない以上、ここから焦って闘いを挑めば、無駄に力を消費し、死を早めることに繋がりかねない。
言葉はあくまでも乱暴だが、頭は冷静さを失ってはいけない。戦いを求め、戦いに明け暮れ、戦いに勝利し続けることが出来た猛者だからこそ、戦い方を誤りはしない。
最善は最速の決着。最悪は長時間に渡る無駄な消耗。ここは、リスクを抱えてでも、時間を少しかけ勝てる方法を探る方向性へと戦法を変える。
「おい、ホノルルの外界宿を壊滅させたのはお前の仕業か?」
隠すことのないストレートな物言いだった。
ホノルルの外界宿──ハワイにおいて唯一あった外界宿であり、``紅世の徒``とのハワイの取り合いにて、苦労をして宝具``テッセラ``を設置し成し得た外界宿だった。この外界宿はハワイという欧州からかけ離れた土地、さらにはアメリカ本土とも遠い島であったために、ドレル・クーベリックなどの近年のフレイムヘイズの組織の枠組みに属していなかった。
そのため、壊滅の事実が知らされたはここ数年前。
どのようにして壊滅されたかの情報は、事態察知が遅れたために分からず。生き残ったのは人間の構成員のみ。この構成員が生き残り、欧州に事件を知らせることがなければ、壊滅の発覚は更に遅れていた可能性すらあった。
そのためホノルルの外界宿の壊滅は、ほとんどが謎。
外界宿という立場上の関係で、壊滅させたのは``紅世の徒``であることは、容易に推測できたが実行犯も不明、理由も不明だった。犯行したのが``紅世の徒``である以上、邪魔なフレイムヘイズの殲滅が理由でもおかしくはないが、ドレルとピエトロはそうは見ていなかった。
レベッカとフリーダーに託されていたホノルルの件とは、単純な``紅世の徒``による攻撃ではないと見た外界宿の代表格が、立地調査をし、あわよくば再建の目処を立たせることであった。
``海魔(クラーケン)``の殲滅戦がハワイを最初としたのは、外界宿壊滅の容疑者が``海魔(クラーケン)``である可能性を考えたための判断。
外界宿の殲滅があった、その現場に``紅世の王``が居るのだから、疑うのは当然。ましてその``王``が、大規模殲滅を完全な不意打ちで行うことの出来る世に聞こえし``壊刃``サブラクなら、確定的とも言える。
故に、レベッカの問いは疑問ではあるのだが、確認のようなもの。答えが返ってこなくても問題はない。
レベッカの問いに対しサブラクは、
「いかにも、この俺が頼まれてやったことである。にしてもだ、外界宿とはひ弱な小鳥の集まりなのか。たったの一撃で壊滅だ。雇われの身とはいえ、抱いた感想はつまらぬの一言だったが」
容易く白状した上に、愚痴にも似たことを呟き始める。
「だが、それも今日のための余興と思えば悪くはない。『輝爍の撒き手』と正面切って戦うことが出来るのだから」
喜びを感じる。
レベッカと戦うことを楽しみ、望んでいることが言葉と僅かに含まれる興奮の色が分かる。
一本の刀の切っ先がレベッカに向けられ、戦意を放つ。レベッカは正面からその気迫を受け、自身の敵意を返す。一歩たりとも引かぬ、堂々としたたち振る舞い。
刻一刻と傷が広まっている最中だのに、それをおくびにも出さない。
サブラクは、「しかし」と言葉を続ける。
「些かながら、俺と貴様では相性が悪いらしい。我が刀剣は貴様の破壊力の前では無闇に壊されゆく。幾ら宝剣の類ではなくとも愛着のある物を簡単に壊されるのはヒドく不愉快だな」
「そりゃー悪かった。悔しかったら宝具の一つや二つ使っても構わないぜ」
「僕らを相手に錆び付いてる刀じゃいくらあったって足りないさ。尤も、素晴らしい宝剣を持っていたって僕らに近付けるとは思えないけどねえ」
ドカンとやられる度に、幾多の刀が壊されていく様はサブラクにとっては傷心ものだったらしい。嘆かわしいと言わんばかりの物言いだった。
レベッカはそれに対してあっけからんとし、バラルは挑発する。
(自在法『地雷』の準備は)
(出来た。足元を一発ふっ飛ばして、僕たちの恐ろしさってのを)
(見せつけてやるさ!)
「なるほど。確かに俺の放つ刀剣は貴様の爆弾の前では無意味のようだ。だが、俺が振るう刀剣まで無意味と驕られるのは、心外だ。侮辱でもある」
「んなら、証明してみやがれッ!」
再びの爆発。爆発元はサブラクの足元。
自在法『地雷』は、隠蔽された設置型の爆弾である。予め設置していなければ、設置するまでの時間を稼がなくてはならない。サブラクとの対話は、外界宿壊滅の真相を掴める上、『地雷』を設置するまでの有意義な時間稼ぎとなった。
いつもよりも火薬(存在の力)を多めに、数も多めにされたその破壊力は先の攻撃を上回るものだ。
最初の爆弾で、無傷というのはレベッカにとってはありえない事態ではあるのだが、実際に起こっているのだから仕方ない。あれで傷一つつかないのであれば、あれ以上の攻撃をするより他になかった。
「この程度、すでに予測の範囲内だ! 二度も不意打ちを食らうつもりはない!」
「ちっ!」
「これで当たってくれれば楽なんだろうけど」
この不意打ちはサブラクに通用しなかった。
けれど、レベッカもこれで攻撃が終わりではない。避けられることを予測に入れておき、先と同じように、初撃を囮にし、もう一段階目の爆弾を当てようとするが、
「俺が同じ手を通じるはずがなかろう!」
サブラクは爆弾が爆発するよりも先に、加速の手段を用いて爆発地点を斬り抜ける。
爆発の余剰もあって、加速は増す。
サブラクの持つ刀剣の切っ先が、レベッカへを斬りつけようとするが、刀剣がレベッカに届くことはなかった。
「我が剣技を喰ら──な!?」
「なんだ!?」
「わっ、と」
対峙している双方に驚きの声が上がる。
その驚きは、レベッカとサブラクの間を遮るようにして現れた壁──否、巨大な盾。
「なら、これなら食らってくれるのでしょ?」
「喰らってもらわないと困るがな」
同時に、周囲の茜色を反射し輝きながらそれはサブラクの貫いた。
貫いたのは槍。
刃物が先に付けられている物や、刃物はなく先に行くほど鋭く尖っている物など、様々な槍がサブラクの胴体を、頭部を、四肢を、体のありとあらゆる部位を貫いている。
一つは体に留まり槍が刺さったままであり、一つは貫き通されポッカリと穴が空いていたりする。
満身創痍、無様とすら思える姿に成り果てていた。
そこにさらにリーズは大きな槍を一つ放つ。槍はサブラクを突き刺し、サブラクを刺さったまま建造物まで飛ばされ、建造物に釘打たれる姿となった後、槍の衝撃に耐えきれなくなった建造物は轟音を響かせ、煙を上げて、サブラクと共に崩れ行く。
「遅いっつーの。オレ一人で倒しちまうところだったぞ」
「それならそれで私は構わないんだけど?」
「……ッち。ノリ気のないやつ」
こいつとは反りが合わないと思うレベッカ。
戦場でのこういった冗談とも言える話に、全く乗ってこないリーズはレベッカにとっては面白味が欠けていた。
「でも、あれだ……正直助かった」
「うん、素直でいいと思うわ。私も余裕があるわけじゃないけどね」
苦笑いとも取れる笑みを零しながら、自身の右肩を左手で指す。
尋常ではない血が右肩は流れていて、右腕は力なくぶら下がっているだけのようだった。顔もよく見れば、尋常ないほどの汗をかいており、どこか余裕そうな表情も艶がなく、青ざめているように見える。
自身の怪我よりもひどい有様を見て、少しレベッカは心苦しくはなるが、あえて軽口を言う。
「片腕だけで済んでよかったじゃねーか」
レベッカの意外な対応、それとも優しさに驚いたのかリーズは目を丸くする。
すると先程よりも、ほんのちょっとだけマシな表情になり、「ありがとう」と照れくさそうにいった。
リーズの言葉に、頬を掻いてレベッカも照れくさそうにした。
ビキリ、と何度目か分からない傷の広がる音に二人は苦渋の顔をする。
「うーぬ、そうそう甘くはないってことだ」
「この丈夫さには、さすがに呆れるものあるよ」
痛みは未だにサブラクが健在であることを示している。
レベッカもこれ以上の交戦の不利さを悟ってか、リーズにやや声を荒げながら言う。
「まだあいつは来ないのか!?」
言外に「それとも来れないのか」と言う意味が含まれていた。
ベッタリとまるでカップルかのようにずっとペアで行動していた内の片方しか、今現場に来ていないことから、レベッカがモウカの不能を予想した。
だが、その予想は、女のレベッカでも惚れ惚れするようなリーズの笑みによって打ち消される。
「大丈夫」
その笑みは信じて疑っていない。
絶対的な信頼と友情と他にもレベッカの知らない何かが混じったような笑みで、
「私がここに来れるってことは」
可愛らしく、可憐で、
「あの人が生き残る術を見出したってことだから」
強い乙女だった。
──どこからか、笑い声が響き渡る
高い女の声。
馬鹿にしたような、それでいて興奮していて、楽しくてしょうがないというのが直に伝わってくるような笑い。
──雨が降り、風が吹く
豪雨ではない。暴風でもない。
だが、その雨と風はリーズが出現させていた鉄の盾をあっという間に錆びつかせ、崩れ去る。
そうして二人は気付く。
傷の広がる、ビキリという音がもう聞こえなくなっていたことに。